構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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Analyzing propaganda

最近、小泉政府の内部で活動した政治家や、官僚の思い出話のような記事や本が、続々と出版されています。自慢話の類でもありますし、肝心のことは明らかにしない本が多いのですが、それでも情報は漏れてきます。冷戦のさなかで、ダイジェストオブザソビエトプレスというニュースレターが、発刊されていましたが、それは、旧ソ連の中で発刊される、チラシ、地下出版物の類を集めて、情勢判断をしようという試みでした。秘密になっていた中ソ論争なども、そうした分析作業の中から明らかにされました。
 そうした、『今だから話そう』の類で、表に出たのが、エコノミスト〔英語のほうではない、毎日新聞社発行の経済週刊誌〕12月25日号に掲載された、竹中総務大臣当時の補佐官だった、高橋洋一氏のインタビュー記事である。(実際のインタビューは、去年の八月に行われた由である)。財投改革で、郵便貯金を国庫から出してしまったことが、郵便貯金がそのままほっておけばつぶれる、だから民営化は必然だったと主張している。逆手にとって郵貯資金を資金運用部から切り離したなどとの主張だ。どうにも、大蔵省が郵貯資金の預託を受けて、資金運用部を抱えていたら大変なことになると言うのが本音のようだが、前提としての、この国のバランスシート不況、金利をいじってもどうにもならず、本質的には財政政策で、何とか危機を回避し、バブル崩壊後の急激な信用収縮を乗り切り、財政均衡論という官僚支配の逆噴射を回避すべきであったと言う視点は、どこにも見当たらない。財投改革が、特殊法人の郵便貯金原資を無駄遣いしていて、税金投入が行われていたことなどを認めながら、片方で、資金運用部では
ALMを導入して収益管理を行い、収益を上げたとある種の自慢話をしながら、郵政公社ではそれができないと言うのは、論旨が一貫しない話である。郵政公社は、企業会計を導入して、ALMもやり、民間的な経営手法を導入したのではなかったのか。郵貯は国債しか買えない、もっと金利の高い貸し出しで運用しないと破綻する、などとの主張は、現実の制度論からも乖離した主張である。ゼロ金利でも、資金需要がなくあえいできた日本経済を無視して、あるいは、外国に郵貯資金を流出させて、ハゲタカ連中の投機の資金として活用されることがいいことだとの本音がちらついているような発言振りだ。景気対策としての財政出動の原資として、郵便貯金が使われ、むしろ、セイフティーネットの役割をしたことに対する評価などは微塵もない。第一、国債しか買えないなどとは、事実に反する。むしろ市場が反転して、金利が上昇する局面になれば、国債が売却されるから、政府の資金需要の原資としてのリスクが増大することにもなりかねない。ある高名の政治家が、国債だけを買うとか、国債以外は買わないなどと発言することは慎重にすべきだと、郵政公社発足時に発言していたことを記憶しているが、むしろその方が正論だと思う。もっとも安全な国債で運用して、利ざやが稼げるなんて、変でしょうと発言するが、日本の銀行金利が国債金利より低いと言う死に至る病のデフレ経済をどうするかの視点はない。郵政の4社分割は、金融と非金融を分ける原則を考えた結果だとしているが、小生のニューヨークの友人などは、それが問題だと言っていた。日本の郵便局の利点は三事業と一体で運営して効率的に経営していたことが、日本の郵政政策の優位なところであった。別にしないと、両方とも生き延びられないとの主張であるが、社会政策、地方政策の視点など微塵もない。岩崎弥太郎の創業の銀行が長らく、土佐の高知に支店がなかったとの笑い話などはどう受け止めているのだろうか。民営化の基本方針は少人数の秘密作業でやったと言う。自民党の論議の過程で法案の内容はほとんど変わらなかったという。官僚支配が貫徹したと言わんばかりの発言であるが、国会の先生方で、この記事を読んで、お怒りになる人はいなかったのだろうか。経済財政諮問会議は、民主的統制を受けずに、独裁に手を貸したような話し振りである。運用は、クレジットデリバティブを考えて、下りていってリテールだとも発言している。郵便貯金は、国民の財布代わりの、ローリスク・ローリターンの政策金融であることを正面から否定して、ウォールストリートなどの投機の世界に入れ込もうとする魂胆があったことになる。怖い話である。骨抜きにならないように監視しなければならないとも主張するが、劇場型政治の熱狂の中での危なっかしい、現実離れの誤った理論?で、読めば読むほどに、次の国政選挙では、郵政民営化法を修正して、あるいは凍結するほうが、国益になることを改めて確信させるインタビュー記事である。
 『民間に資金需要がなく、借り手が政府しかいない状況で、民営化を急ぐ理由はなかった。今の日本経済は、政府がカネを借りて使うことで回っているのであり、このような局面で必要なのは、政府ができるだけ低コストで民間の過剰貯蓄を吸い上げることができるようにすることである。そうすることが国民の負担する景気対策のコストを最小限に抑えることになるからだ。そして、その役割を担っていたのが郵貯であった。』〔引用は、新刊の、リチャード・クー『陰と陽の経済学』東洋経済新報社、110ページ〕
 前総理秘書官による『小泉官邸秘録』も同じような類の本である。メディアの『操縦の仕方(まま)』についても一節がさかれているが、参議院否決の夜の記者会見で、真紅のカーテンをバックにしたことが、特筆されており、別のところでは、政党のテレビコマーシャルは『評価の高かった真紅のカーテン』の前での総理の会見をセットとして組み立てたと記述している。真紅のカーテンとはどんなイメージを狙ったのだろうか。邪推であるが、血の色のことではなければといいがと思う。レーニンが獅子吼する場面を模したのでなければとも思う。『改革はとめるな』のポスターは、小泉総理就任時に使った4年前のポスターを基本にその間に変わった髪の色を修正して使うこととしたそうである。全体主義の国では写真を修正することなど朝飯前で、毛沢東の長征の写真がその典型であったが、そんなことがこの国でも起きていたことを知ってびっくりする。広告会社のコンプライアンスなどは配慮されないものらしい。身分証明書の写真などは古くても六ヶ月以内の賞味期限である。プロパガンダの手法である。民主主義は扇動の前では脆弱であることがよく分かる。

 「今だから話そう」の記事や本が、反面教師として、どのようにして誤った政策が形成されてきたか分析するために、有用な例である。

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