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Telecom Development

電気通信開発の20年
~メイトランド卿のミッシング・リンクから20年~
  


次の世紀の初頭まですべての人類が電話を容易に手にすることができないあるいは電話がもたらす利益を享受できないということがあってはならないという理念で、世界的な電気通信開発を求めて、国際電気通信連合のもとに、独立委員会が組織された。イギリスのメイトランド卿を委員長としたために、メイトランド委員会とも呼ばれる。その委員会が提出した資料は、ミッシング・リンクと言う題名で、失われた輪と翻訳されるが、人類の進化の歴史の中での欠落した部分を示唆している。ともあれ、その報告書は、内容が実際に読まれるかどうかは別として、世界的な電気通信開発の文書の中では、おそらく最も頻繁に引用された文書である。1985年に公表されてから、20年の歳月が流れた。10年ひと昔というからその倍の時間が流れたわけである。温故知新。現状を見定めた上で、過去の歴史を紐解くことは大切である。そうした矢先に、2005年の英連邦諸国会議に訴えるために、主にイギリスの関係者が、上記報告書の20周年を機会にして、Maitland+20と言う題のエッセー集がロンドンで発刊された。


 メイトランド報告の中で、全アフリカにある電話台数よりも、東京23区内の電話台数のほうが多いと言う表現がよく人々の口吻にのぼった。(現在では、アフリカには2500万回線を超える固定電話があり、携帯電話は5000万台を超えているから、総量としては大きく状況は改善されている。〕20年前には、約96%の電話が高所得国あるいは、中の上の所得国に存在していて、いわゆる開発途上国には、電話が存在していなかったが、その25年後には、96%の数字は、61%に低下したとされる。例えば、インドと中国は、3%を占めるに過ぎなかったが、いまでは、世界の3分の一の電話台数が、両国で占められている。この20年間に劇的な進展を見せたのが、携帯電話であり、1980年代初頭にサービスを解した無線電話は、10億人のユーザーを獲得するのに20年かかったが、なんと、2002年から2005年のわずかに4年間で、更に10億人のユーザーを拡大するにいたった。固定電話のインフラが整備されてこなかった国々でも競って携帯電話が導入された。現在、二人に一台の固定電話と携帯電話の普及が先進国ではあり、開発途上国では、10人に一台の固定電話と携帯電話の普及が見られると言うのが大まかな見方である。しかし、世界全体の伸びも、地域ごとに見ると大幅な格差が見られ、東アジアの伸びが、50倍だとすれば、南アジアや、サブサハラのアフリカや、南太平洋諸国では、わずかに、5倍内外の数字でしかない。一方では、ラテンアメリカや、中部ヨーロッパのように、いろいろな問題を抱えながらも、普及が着実に伸びた地域もある。スペインの電話事業体である、テレフォニカなどが、スペイン語圏で、大幅な進出を果たしたことも現象的には、特筆すべきであろう。興味深いことに、パソコンとインターネットの普及は、先進国ではいざ知らず、開発途上国での普及は、遅々としたものである。インターネットの普及は、固定電話のネットワークの存在を前提とするものであったことが推測できる結果で、携帯電話の爆発的な普及とは、軌を全く同一にすることはできない。要すれば、電気通信格差の問題は、世界全体としては大きく改善されたが、逆にその偏在の状況あるいは、地域間の格差は増大していると見ることができよう。インターネットなど、固定電話のインフラに依拠する部分が多い場合には、進展は見られず、開発途上国のほとんどの場合、インターネットの接続については、取り残されたままである。


 東欧諸国が、旧ソ連の支配の桎梏から解放された直後に、ワルシャワや、ベオグラード、ブダペストなどに対して、アメリカはすみやかに、携帯電話技術を中心とする技術供与に踏み切ったが、わが国の援助・あるいは開発関係者は、固定電話を中心とするインフラ援助が中心で、携帯電話は収益性が高く援助対象にならないとの議論が主流であった。現在の状況からすれば、むしろ採るべき政策と実態は逆転していたものと考えられる。世界銀行や、特にアメリカの圧力で、固定電話のインフラ整備が、東南アジア諸国あたりを中心として、次々と中止され、この国での具体論としては、途上国援助の円借款の対象から電気通信のインフラ整備がはずされる傾向が生まれ、収益性の高い分野、電気通信であれば携帯電話事業に、市場原理のもとで資源を集中すべきとの議論が喧伝されたことが、特筆される。インフラが拡充しない中で、国営事業体なども民営化され、次々と外国資本を招きながら、大規模な投資が行われ、富の集中を引き起こし、一方では汚職の原因となった事態も見られた。この時代に携帯電話事業を開始した投資家は、利益を急速に回収することに成功したし、開発途上国に進出した特にヨーロッパの事業体は、例の電波権益のオークション制度の導入の失敗があるまでは、劇的な経済成功を収めた。オークション制度については、この国でも、ヨーロッパやアメリカの影響の下で、導入を強く要求する勢力が見られたが、これに抗して、携帯電話からの、技術革新による付加価値を一般的な国の支出に転化させずにユニバーサルサービスを追求しながら、新しいインフラ構築の為に活用するという暗黙の政策方針を維持できたことは僥倖であった。BOTなどの手法が喧伝され、開発途上国の一部でも採用されたが、ほとんど成功例を見ていない。海外からの投資が行われた後に,投機で急速に引き上げられ、安定的な経済運営が瓦解すると言った具合の悪夢のサイクルが、現出しただけのことだったのかもしれない。


 さて、総体としての電気通信格差は、この20年間に大きく改善されたことは、携帯電話の顕著な進歩と著しいコストの低下が、その原動力であることは、もはや明白であるが、世界の国々の経済格差は、実は、グローバリゼーションの進展とともに拡大しているところから、電気通信の格差是正はある程度成功して、むしろ今後は、地域間の格差是正やインターネットなどのインフラ整備をすることが必要だとの結論付けることができる。アジアのある国では、未だに、携帯電話が普及せず、一台2800ドルの高額で流通している国もあるし、島嶼国などでは、規模の経済が働かないために、従来の植民地時代の残照の通信政策の一掃の課題とあいまって、衛星通信の黎明期に見られたような相互扶助の経営主体を模索する必要もあろうし、課題はなお各論では山積している。なんと、国際連合が策定した、いわゆるミレニアム開発目標は、一日一ドル未満の生活を送る人口を2015年までに半減しようと言う国際合意となっている。初等教育、女性の地位向上、乳幼児死亡率、エイズやマラリア、安全な飲料水と言った、基本的な環境問題、スラム居住者の人口を一億人以下に減らすと言った目標が掲げられているなかで、情報通信の政策を全体の困難の中で、優先度をどうとるかと言う深刻な課題も残されている。


 グローバリゼーションは、国家の介入を減らして、富めるものが富んでその後に、貧しきものの引き上げが行われ、世界が平和になり安定すると言う考え方であるが、危機に瀕している。ロンドン・エコノミストの7月29日―8月4日の合併号は、座礁して朽ちかけた船の写真を掲げて、グローバリゼーションの未来を特集している。ドハのラウンドも中断された。カナダでは、グローバリズムの崩壊と言う書籍が、ベストセラーとなり、積み上げられている。「フラット化する社会」と言うニューヨークタイムスの記者の書いた本がベストセラーになったばかりなのに、ITの技術の恩恵も、アウトソーシングも、世界をフラットにさせてはおらず、富の偏在が持続することで、世界の不安程度が増したと言う論説も強化されている。市場原理主義者や、ネオコンの考え方は、アメリカでは中間選挙で敗退しつつあることが明らかになった。いちはやく、世界銀行や、IMFの政策を批判した、ノーベル経済学賞受賞者のジョゼフ・スティグリッツ氏の新著は、日本でも同時出版されるほどである。(「世界を不幸にしたグローバリズムの正体」、近刊の「世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す」は、いずれも徳間書店から邦訳が刊行されている。)


 それほど注目されていないことであるが、放送機器のコストが、大幅に下がり、開発途上国では、電気通信の代替機能を果たしていることが指摘できる。受信機も大幅に低廉化して、送信設備も、省エネルギー化、昔風に言えばトランジスター化で、大電力ではなく小電力の世界が急速に普及しつつある。日本でも、デジタル地上波のテレビがいよいよ普及を始めた。富の分配は、市場原理ではおそらく果たしえないことで、民主的な合意にもとづく政策介入の成功例であるとも考えられる。ユーゴスラビアの名勝の地の、デゥブロブニクで日本のデジタル技術が国際標準として採用されてから、大国の逡巡,反対で, 電話の世界同様の20年が立とうとしている。ウクライナでのソ連原発の暴発事故があり、各国の代表団が、放射能被害の恐怖におののきながらの審議をしたことも、忘れ去られようとしているが、この国が、ほぼ独自に、着実に目標を追求して、単に市場原理主義に依拠せずに、ユニバーサルサービスを追及しながら、政策方針を追求したことは、もって瞑すべき現象である。市場原理主義の修正に関心を寄せるブラジル、今は中進国となったラテンアメリカの諸国なども、日本方式のデジタルテレビの政策制度そして製造技術に好感を寄せている趣である。
 メイトランド委員会の報告書が公表される丁度一年前の1984年に、
AT&Tの分割があり、長距離通信と端末分野での競争促進政策が採られ、世界を風靡した。96年のアンバンドリング規制による競争促進政策も、ネットワークの一部を切り出して競争相手にリースする政策であるが、古い交換機が需要を増大させる点では画期的なものであったが、技術革新と新たな分野への投資には貢献しなかった。インフラ整備を大切にする世界の、特に交換機を中心とする製造会社は壊滅的な打撃を受けた。アメリカ国務省の高官から、日本が推し進める光ファイバーの大容量の回線投資、ISDNなどは、感心しないとの主張は、日本出のブロードバンド化を遅らせるのでしかなっかた。ヨーロッパの会合で、オークションをなぜ日本は採用しないのかと、欧州委員会の官僚は主張したが、日本が圧力に屈しないで、オークションを採用しなかったことは僥倖であった。2000年の電気通信関連株の高騰と崩壊、会計上のスキャンダル、粉飾決算、やはり、一連の出来事であった。競争を支援しているようで、内実は寡占化、あるいは、新たな独占の形成であってはならない。2003年になって、ようやくアメリカの電気通信行政当局は、見直しに着手している。2005年にはアンバンドリング対象も大きく縮小させた。日本はなぜ、アメリカの政策に追従したのかなどと批判するアメリカの論者が時々見られるが、なにおかいわんやの感である。


電気通信分野の市場原理主義が修正に向かっている現在は、世界の電気通信の開発の現況を再度分析しなおして、国際協力、あるいは、援助、はたまた標準化の政策を、外圧に屈しないでやんわりと受け止めて、この国独自の体験に基づきながら他国に強制せずに、しかも、内外でのユニバーサルサービスを求める、と言う日本の成功例を伝播させることが、安定した諸国の関係と豊かで平和な世界づくりに貢献するし、しかも国益だと確信できる。新たな情報通信政策づくりに邁進すべき転換期にある。


ちなみに、メイトランド委員会には、日本を代表して、日本電気株式会社の取締役会長を勤めておられた小林宏治博士が委員として参加した。新聞に掲載された「私の履歴書」には、若いときには自宅に電話がなかったとのエピソードが伝えられているが、C&C、コンピューターとコミュニケーションズのアトランタの国際会議で発表した標語のもとに、世界を啓蒙した。経済開発を専門とするヨーロッパの学者がアジアは泥沼で、発展の可能性など見つからないと豪語する同時代の経営者であった。世界の電気通信の普及に着目して、メイトランド委員会で、大いに活躍された。氏は、国内の叙勲はもとより、ブラジル、エジプト、ヨルダン、パラグアイ、ペルー、ポーランド、から色々な功労賞を受けた。匹敵する慧眼の経営者は、この国の経済界ではなかなか見当たらないが、世界の情報通信の新秩序と均衡点が議論されようとする現在、デジタルテレビや、携帯電話、インターネット技術などの成功分野から、この国からも、必ずや、真にグローバルな市場で、その安寧と発展のために主張が行える経営者や企業が輩出することになるものと期待している。

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