構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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Blossoms

もう北海道の山間部で桜が満開になっているのかもしれない。温暖化した東京で桜はさっさか咲いて、その後に、花冷えがちょっときついような寒さがあって、桜前線は列島を駆け抜けた。桜は温帯にもあるし、亜寒帯にもあるから北海道でも咲く。千島や樺太ではどうだろうか。亜熱帯の沖縄の桜は、花吹雪の桜ではなく、八重の鮮やかな桜である。沖縄のどこかの島でソメイヨシノを宝くじの財団あたりのカネで大量に植えたが、もうつる草や唐草に絡められてやぶに戻ってしまった。

桜の木は、秋には葉をさっと散らし、枯れ木になったような装いで、春になるといっせいに花をつける。その散らし方が、得意で、地面を花びらで覆いつくし、小川などは、花いかだとはよく言ったもので、川面を覆いつくす。雨が降るともう今日で終わりかもしれないと一喜一憂しながら、とどのつまりは、春の嵐が吹いて、桜の花びらが吹き飛ばされ、季節が変わる。その一連の変化は、人々を一時期狂わせるが、桜が散ってみて、しかし、また来年も変わりなく咲くのだという安堵感がどこか心の日と隅に残るから、死ぬことと見つけたりばかりではない。公園の桜の下で酒盛りをしても、明日への希望とか絶望ではなく、そんな変化も、春夏秋冬の変化を楽しむ区切りとして楽しんでいるだけかもしれない。ともあれ、桜は、地に咲きにおう国の花ではある。

一方こうした転変の速さを国民性は、なかなかいいのであるが、夏になれば、冬の寒さを忘れその場しのぎのことになってしまう恐れは十分にある。政治や経済でも、瑣末なことの変化を改革と称したり、あるいは、のど元過ぎればのように、根本で問題が解決されないままに、時間が解決してくれるような錯覚を引き起こすこともある。七変化のように、くるくる変わることで幻惑させて、実際は裏で、あるいは、別のところで仕掛けが行われることもある。あっちだこっちだと、目移ろいをさせておいて、飛んで火にいる夏の虫とばかりに一網打尽にしようと待ち構えている向きもある。変化を好む国民性であるから、じっくりと考えて、根を生やして、たまには毛虫でもぶら下げておけば、小手先だけの改革があっても、また、桜の木を断ち切ろうとするやからが現れても、桜ののろいをかければ、いずれ先に倒れるのは、切り倒す連中である。

御母衣のダムの堰堤には、水没する湖底の集落から移植した、大きな桜がある。夜桜を見たことがあるが、魔物が宿る雰囲気があったが、その桜の場合には、魔物ではなく、そのダムの行く末、あるいは、この国のエネルギー政策など諸々を見守るような善性の、霊魂が宿っているようにも見えた。電源開発で、桜を移すエネルギーが実はこの国を支えているのではないかとも思う。

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