構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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Freedom of Information

携帯電話で、iモードが導入された当初、そのニュースサイトに人民日報がはいったことに驚いた。そのサイトに登録されると、月額料金は僅かだが大きな利益があがるので、登録企業になることに、しのぎを削っていたから。北京の政治宣伝力と国内の協力者の感度の高さに関心?した。インターネットは発展を続け、電波の紙つぶてならぬネットの紙つぶてとして、外国からの日本語版サイトはいよいよ巨大化している。(朝鮮中央通信のネット配信は、日本のアドレスを使用している。)冷戦時代の情報戦は、ラジオが主流で、東西ベルリンなどの局地はもとより、モスクワ、北京、アメリカの声と大電力を使っての、宣伝合戦が行われた。ミュンヘンに本部のあった、自由ヨーロッパの声、ラジオ・リバティーなどの活動も著名である。電話が自動化された頃が佳境で、ルーマニアで地震があれば、報道管制が敷かれる前に、ポルトガルにある送信施設から電波を出して、放送する体制であった。米国は、象のおりと呼ばれる受信設備と直結した傍受施設をつくり、傍受した放送を整理して、日刊でFBIS(フォーリン・ブロードキャスティング・インフォーメーション・サービス)から配布した。短波放送の受信機がついたラジカセが普及して、北京の住宅街でも、外国放送に耳を澄ませる者も現れた。国境を越える衛星放送が実現されると、国際連合で、電波漏れのスピル・オーバーがどうのと、議論が行われたが、事実は小説よりも奇なりで、東欧崩壊の頃には受信アンテナが林立する状況となっていた。ヘルシンキの情報の自由な流通の米ソ合意は、決定的であった。時代をさかのぼって、三十年代は、まだ、新聞と通信社の時代で、ドイツはロイター通信社に負けたなどとの言い方もあった。柳田國男が翻訳したことで有名な、WJ・ロバートソン・スコットと言う英人ジャーナリストが書いた、「是でも武士か」は、日本向けにドイツをこき下ろすプロパガンダの名作である。スコットは、新東洋と言う英文雑誌を発行しながら日本の農村をめぐり、後に「日本の真髄」と言う大著を発刊している。英人は、長期滞在で、じっくり観察するのが得意なようだ。ジャーナリストの肩書きの、リヒャルト・ゾルゲは、北進を南進に転換させ、判断を誤らせ、スターリンの英雄となった。例えば上海からの情報送信は郵便か、大北電信社の海底ケーブルを経由しての電報かであったから、傍受・検閲が行われる中で限られた情報を使っての、新聞雑誌による政治宣伝が主流であった。平時には正確度の高い記事で信用がある通信社が、戦時には、意図を紛れ込ませることで国益を担った。ボストンのハーバード大学の図書館には、連邦通信委員会の放送傍受記録が大量に残されていたし、国際関係の大学であれば、東京の大使館が翻訳した日々の新聞の社説などを、英文で読むこともできた。インターネットが普及する前の時代である。ソ連との対決の時代は、インディアナポリスに、ロシア文献センターがあり、地下出版物から、チラシの類まで集めて、ダイジェスト・オブ・ソビエトプレスと言うニュースレターを発刊していた。北京の郊外の工学系の大学図書館には、技術のパンフレット類を集めて整理する中心があり、横浜や川崎の工場を視察の際に渡されるパンフレットやカタログを、整理収蔵していた。外国出張とはパンフレットを貰って帰ることでもあったようだ。中ソ対立の存在も、北京週報あたりの更改情報の分析から明らかになったが、情報閉鎖社会には作法があり、強固に見えるが意外と脆弱な面もある。真実(プラウダ)を装う記事も、国民の信用がなければ、官製の落とし紙にしかならない。戦争中の日本の宣伝映画をエール大学の在学中に見て、これは反戦映画ではないかと思ったと、アメリカのパブリック・ディプロマシーの教授は述懐した。ニューギニアのジャングルを整然と行進する場面などは苦行と映り、アメリカの戦意高揚映画は、艦艇が港に着くたびに、麗人が水兵さんを取り囲むのがパターンだったと言う。序文を南京虐殺の報道に従事したマンチェスターガーディアン誌のティムパリー記者が書いた、「日本の秘密の代理人」が映画化されたのもこの頃だ。戦後50年を経て、エドガースノー、アグネス・スメドレー、テオドア・ホワイトなどの記者と、当時の中国国民党・共産党の政治宣伝担当などとの関係が明らかになりつつあるが、秘密の外国人の代理人を重用して、対象国の文化や作法に適合させて政治宣伝を行うやり方などは、苦行映画と比べて洗練されている。中国のネットの動画サイトでは、アメリカ訛りのアナウンサーが毎日出ずっぱりとなっている。今年になって「南京の政治」と題する、北村実立命館大学教授の著書が、英文でアメリカで出版され、中国の30万人説の一人歩きに抗するためには、英文で主張するほうが事実解明に資する証左となっている。アイリス・チャンの宣伝本に対抗するためには、英文図書となってはじめて、世界のジャーナリズムが関心を持つという言語の現象である。インターネットの時代は、大容量高速の時代になったが、日本の取り組みは旧態依然ではないか。事実を多面的に主張して、実像が焦点を結ばせるためには、国際放送などを、ただ命令することではない。情報の収集、伝達、分析、配布の過程を、事実と意図とのバランスをとりながら、正義の女神テーミスの信頼をどう勝ち取るかとの国策である。年月が経って、朝鮮戦争でどちら側が先制攻撃したかなど、もう議論はない。嘘はいつかばれる。郵政民営化の際の政治宣伝のように、国民を欺く手法は民主主義に反する禁じ手であり、一方的に謝ることと裏腹の関係にありはしないか。

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