構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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2007年5月

Call to End 7

ノーベル経済学賞受賞者で、元世界銀行にいた、ジョセフ・スティグリッツ教授は、米国議会で、世界銀行の総裁は暫定ポストとして、次のような証言を行った。

Joe Stiglitz argues for an Interim President for the World Bank before the U.S. Congress. In a hearing by the House Committee on Financial Services last Tuesday about " The Role and Effectiveness of the World Bank in Combating Global Poverty ", Nobel Laureate, Joseph Stiglitz argues for appointing an "Interim President, for the next 20 to 24 months"

Dr. Stiglitz says:

"It will take time and care to reform Bank governance. Another president chosen under the flawed conventions of the past may have a particularly difficult time reaching the required consensus for these reforms. The appropriate course of action at this juncture may be the appointment of an interim President, for the next 20 to 24 months, who, while continuing with oversight of the day to day operations of the bank, sees as his/her mandate reaching consensus on a new model of governance. A system that may have worked well at the end of World War II, when colonialism was still alive and well, is unsuited for the twenty-first century.

There are, fortunately, some excellent candidates, people from the Third World, who know about development and have proven their competency in both politics and economics. I hesitate to mention names, but one that quickly comes to mind is Ngozi Okonjo-Iweala, a scholar at the Brookings Institution, who proved her mettle during the difficult period of the East Asia crisis, while serving as the World Bank’s country director for Malaysia, and who subsequently showed her effectiveness in promoting development and fighting corruption as Nigeria’s Finance Minister and, later, Foreign Minister. It would send a wonderful message to the world that those who fight consistently and effectively for development and against corruption get rewarded, regardless of political connections, gender, and nation of origin."

To watch a video of the full hearing and read the statements from those who testified, including Stiglitz, see here.

Poll 2

世論調査は、ちゃんとやればデータがちゃんと取れて、基礎データと成る。

猪口孝東京大学名誉教授が、アジア各国で行っている世論調査は大変すばらしいものである。政府ではなく猪口教授が行っている。日本人の順法精神についての分析は興味深い。世論調査を行えば、単なるイメージと実態との乖離を探ることができる。

それにしても、最近のマスコミの世論調査は、世論作りのためにプロパガンダの手段となっているのではないか。残念である。

猪口教授が発表した小論文の引用です。

「ウェブサイト: AsiaBarometer Official Website: http://www.asiabarometer.org
日本社会は遵法社会ではなくなったのか。
猪口孝(中央大学)
1・この数年、どのような価値が尊ばれ、どのような規範が通念となっているかに私は関
心を向けている。世論調査をアジア諸国で行い、その分析結果を毎年英文と日文で刊行し
ている。i アジアの世論調査は二つの問題をもつとよくいわれる。ii 第一、民主主義体制
でないところがかなりあり、世論調査を学術調査の一環の方法とする際には注意が必要に
なる。友人はそろいもそろってこの国は、あの国は無理だという。たとえば、ミャンマー、
ブルネイ、トルクメニスタン、ブータン、アフガニスタン、中国、ベトナムなどである。
事実はすべて調査可能である。2000年からはじめて2003年、2004年そして2
005年とこのような世論調査をアジアで行っているが、すべて可能であった。私自身が
絶対不可能のきめてかかって試みなかったのはアジアでは北朝鮮だけである。たしかに、
この質問は、あの質問は許さないという注文はでやすい。それに対してどうぞ、でも他の
質問は残してください、というとしっかりと許可がでる。まったくデータがないよりはな
にかデータがあった方がよいのである。そうでなくともアジアは社会科学的データの砂漠
とよばれているのである。欧米はともかく、中南米やアフリカなどよりも地域大の共通の
世論調査データがひどく欠落しているのがアジアである。データの砂漠とはアジアのこと
である。iii 第二、民主主義体制であってもなくても、世論調査は必ずしも正しい反応を生
まないから気をつけよう、とお説教を垂れる友人がいる。それを承知で、できるだけ明快
で、反応しやすい質問を作る工夫をするというのが私の解答である。英語の質問票をしっ
かりとつくることがすべての出発点になる。それを現地語に翻訳し、しかも現地語の質問
を英語に翻訳して、最初の英語の質問と同じになるかまで、二、三の質問についてチェッ
クする。また、社会通念や文化的な感覚からみて、そんなことを世論調査で聞いてもより
的確な反応が得にくい場合も少なくない。不適切と思われる質問に対して答えない人、わ
からないと答える人が増えるのだろう。
2・なぜこのような問題について少し説明したかというと、私が興味を持っている問題の
ひとつはこのことをしっかりと考えておかないと、世論調査の結果が出ても解釈がしにく
いからである。私の質問は社会の遵法精神についてである。iv
- 1 - 質問:
1・役人に賄賂をやる
2・コネを使う
3・あきらめる
4・辛抱強く待つ
5・手紙を書く
6・許可証なしで行動する
7・わからない
役所から許可証を貰おうとしたが、しばし待ってほしいといわれました。あなたならど
うしますか。次の選択肢からひとつ選んでください。
2004年に東アジアと東南アジアの十三カ国で行った世論調査の結果は小さな驚きを
含むものであった。第6番の選択肢がフィリピンと日本で他のアジア諸国にくらべていや
に高いのである。いうまでもなく、どちらでも一番多い選択肢ではない。第6番の選択肢
を選ぶ人が他国にくらべて突出しているのである。なぜかというのが小文のといかけであ
る。
日本では第四番と第三番とあわせると半分以上になる。どちらも受動的、消極的な行動で
ある。勝手に推測するだけだが、第二次世界大戦以前にはこの割合が7割か8割だったの
ではなかろうか。第一番、第二番、第五番、第六番をあわせると半分近くになる。どれも
能動的、積極的といってよいのだろう。そのなかでも、第一番と第二番は伝統的といって
もよいだろう。第一番は日本では最も少ない。第一番を選ぶ人はほとんど皆無である。こ
れはたとえば、6割以上が第一番を選ぶカンボジアと正反対である。第二番も意外と
少ない。フィリピンや韓国やタイなどと対照的である。人間関係を辿って影響力を行使す
ることが相対化されたとみるべきか。はたまた、社会的通念として悪いこととされている
度合いが強く、聞かれたときに肯定的に答えないだけなのだろうか。第一番についても同
じようなことが言えるだろう。第五番は意外と多い。NHKの紅白歌合戦に寄せられる視
聴者の注文や感想などが増えていることからみても、趨勢的に第五番は増加しているよう
だ。第六番がアジアで一位、二位を争っているほど、目立つ。これは一体どうしてなのだ
ろうか。
- 2 - 3・まず正面からの解釈のひとつは、そうなのだ、遵法精神とか社会的常識などというも
のは昔昔の話になっているのだ。法律は検挙率の著しい低下に象徴されるように、悪い事
をやっても、咎められることが少なくなったのだ、という解釈がなりたつ。無頼暴漢のの
さばる時代が到来したのではないか、という解釈である。アスベストの放置、耐震建築の
無視、汚染食物の販売、親子同士の殺害、乳飲み子や学童の誘拐ー殺害、言葉を交わさな
い株の大量取得―――最近半年新聞テレビを賑わしたものだけでもきりが無いようである。
警察が把握している犯罪件数自体は減少しているが、法律で規定されていない行為、社会
倫理的にもかってなかったような現象を前に市民がすくみ、行動欠如になっているのでは
ないか。そのようななかで、少数の無頼暴漢が目立たないが強烈な自己主張をしているの
ではないか。v それに市民の正義感、連帯感が著しく劣化してきているのではないか。同
じ質問票のなかにある別の質問のひとつに、次がある。
質問:
路上に迷ったような人がいる。あなたなら、次の選択肢のどれを取りますか。
1・すぐに助けに行く
2・ほかの人が助けに行かないならば、助けにいく
3・助けにいくことはまずない
4・わからない
インドやミャンマーやウズベキスタンなどとくらべて、第三番の反応がかなり高いのが日
本である。かかわりたくないのである。第一番も第二番も第三番もほぼ均等な割合である。
上記三国のようにヒンズー教、イスラム教、仏教(小乗)について信心深い人が多い国で
は第一番の反応が圧倒的に多い。具体的な日常で善行を記録することが幸福に直接的に繋
がるということなのだろうか。仏教(大乗)について信心深い人は性善説には大賛成でも、
このようて質問に対しては第一番が圧倒的にはならないようである。韓国,中国,ベトナムで
は性善説大賛成の反応が多いが,この質問に対する第2 番の反応は意外に多い。vi いうまで
もなく、反応が具体的な状況での行動と強い正の相関関係を保障するものではないことは
いうまでもないが、日本人のこの質問に対する反応は上記のような解釈(正義感の喪失、
連帯感の希薄化)に一定の妥当性を強めるような気もする。
まったく別な視点からすると、フィリピンや日本の第六番の突出はそうふしぎでもないこ
とになる。なぜか。東アジアと東南アジアの十三カ国の内、市民的自由や政治的自由がひ
どく制限されている社会がすくなくないのである。ひとつづつみてみよう。北朝鮮、中国、
- 3 - ベトナム、ラオスは共産党の一党独裁の色彩が強い。ミャンマーは軍部独裁である。市民
的自由の観点からみると、シンガポールも別な種類の一党独裁的な要素が強く、マレイシ
アもそれに似ている。日本の1925年の治安維持法を凌ぐ国内治安法が両国では厳然と
している。韓国もこの点国内治安法が強力である。ブルネイでは権威主義的な君主制のた
めに、市民的自由は限定的である。タイやカンボジアやインドネシアではかなりの市民的
自由がある。フィリピンではさらに市民的自由がある。vii**国内治安当局の実効的掌握と
いう観点からみると、フィリピンと日本は市民的自由の高さに比して、低めになっている
ことが第六番を突出させる一つの大きな要因になっているのではないだろうか。
4・日本社会はかつての遵法精神を喪失しつつあるのか、という問い掛けに私の回答は半
ばまで肯定的である。それを政策的にどのようにすべきかについてはまだ初級的な分析に
留まっていることから鑑みて、ここでは控えたいと思う。viiiしかし、市民教育という観点か
らみると、正義心や連帯性についてもっと教室でふれる、課外活動で実践する、そしてな
によりもお互いに討論してみるようなことが強調されてはよいのではないかと切に思う。ix
この小文は日本学術会議政治学委員会主催―慶応義塾大学COE 共催で発表された。のち、
『学会の動向』(2006 年3 月号、80-83 ページ)と『JapanSpotlight』(Vol.25, No.3, pp38-39)
に掲載された。
i
Takashi Inoguchi, Miguel Basanez, Akihiko Tanaka and Timur Dadabaev, eds., Values
and Life Styles in Urban Asia: Across Cultural Analysis and Sourcebook Based on the
AsiaBarometer Survey of 2003, Mexico City: Siglo XXI for the Institute of Oriental
Culture, University of Tokyo, 2005; 猪口孝、ミゲル・バサネス、田中明彦、ティムール・
ダダバエフ(辺)『アジアバロメーター:アジア都市部における価値観とライフスタイル-
2003 年世論調査』明石書店,2005 年; Takashi Inoguchi, Akihiko Tanaka, Shigeto Sonoda,
Timur Dadabaev, eds., Human Values and Beliefs in Asia: East Asia in Focus, Tokyo:
Akashi Shoten, 2006; 猪口孝,田中明彦、園田茂人、ティムール・ダダバエフ、(編)『アジ
アの価値観と信念:東アジアと東南アジア』明石書店、2006 年。
ii 猪口孝(編)『アジアバロメーター:目的、射程、効果』『アジアバロメーターアジア都市
部における価値観とライフスタイル』明石書店、pp11-28。
iii
Takashi Inoguchi, “Infrastructure: Social/ Behavioral Research (Japan and Korea),”
in Neil J. Smelser and Paul B. Baltes, eds., International Encyclopedia of the Social and
v
Behavioral Sciences, New York: Elsevier, vol.11., pp. 7489-7493.
iv
猪口孝(編)「アジアバロメーター:目的、射程、効果」『アジアバロメーターアジア都市
部における価値観とライフスタイル』明石書店、pp265-290.。なおこの質問と解答に基づ
いた私の考えはNHK「私の視点」2005 年11 月7 日10:50-11:00PM で発表した。
高村薫と山岸俊男「信頼喪失社会を語る」『読売新聞』2005 年12 月28 日、佐藤公寛「失
- 4 - われた企業倫理」『読売新聞』2005 年12 月28 日、法務取材班「法化社会・・・備えはあ
るか」『日本経済新聞』2005 年12 月3 日。
vi
Inoguchi, Takashi, "Social Capital in Ten Asian Societies," Japanese Journal of
Political Science (Cambridge University Press) Vol.4., No. 3., (2004).
vii Freedom House, ed., Freedonm in the World 2005,. New York: Freedom House, 2005.
viii 「ライブドア事件が起こした原因身売り新聞緊急全国世論調査」『読売新聞』2006 年1
月20 日。によると「経営者や企業幹部のモラルの欠如」、「金さえあればというルールの風
潮」「株式市場や企業を監視する機能の不足」、「株取引のルールの不備」、「規制緩和による
競争の激化」などが原因として考えられている。
ix
Richard Pring, “Citizenship and Schools.,” in Bernard Crick, ed., Citizens: Towards a
Citizenship Culture, Oxford: Blackwell Publishers, 2001, pp.81-89. 」

Call to End 6

世界銀行の総裁にゼーリック氏が就任することは、日本の国益にも反する可能性がある。財務大臣はアメリカ人でもいいと発言したそうであるが、これで別の話になった。

http://www.worldbankpresident.org/

世界銀行の人事の私物化に反対するサイトです。ご覧ください。

Fake Reform

古本屋で、ニュージーランド行革物語という単行本を105円で買った。96年10月に初版が出たときは、1500円の本である。サブタイトルに国家を民営化した国とついている。

著者は、当時の松下政経塾出身の国会議員であった、山田宏、仲田宏、長浜博行氏によるニュージーランド視察の記録であり、ニュージーランド民営化礼賛論である。

もう、その後に、ニュージーランドは、国家を民営化したおかげでつぶれそうになり、政権を交代してようやく息をつないだことは良く知られているが、ちょうどその直前の民営化論華やかなりしころに作られた単行本である。この本で分かることは、当時、松下政経塾出身の先生方が民営化論にはまっていることがよくわかる。

その後のニュージーランドにおける改革は、典型的な改悪とされている。前の衆議院選挙でも、民主党は、この古本のような主張をして驚いたことがあるが、民主党の中にも小泉・竹中改悪に通じる部分があったことが、やはり選挙の敗因であったことが想像できる。

10年前の本が、105円で流通する。ニュージーランドの行革が夢物語であり、また改悪であったことが、10年後に明らかになり、そうした改革の噂に載せられた日本の野党の政治家が三人もいたと証明する本になっている。

Call to End 5

世界銀行のウォルフォビッツ総裁は、女性職員とのスキャンダル・えこひいき問題で、辞任することが決まったが、その後任に、ゴールドマンサックスに行っている、ゼーリック氏がをブッシュ大統領は推薦するとのワシントンポストの報道だ。

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/05/29/AR2007052900760.html?referrer=email

最悪の人事である。ゼーリック氏は、日本では、小泉竹中政治の中で大きな後ろ盾の役割を果たした可能性が高い。竹中氏は、ゼーリック氏と、郵政民営化などについて、17回会合をしたことを国会で、桜井民主党議員の質問に答えて明らかにしているが、その内容は、ゼーリック氏がハッシュツした書簡は私的なものであったなどと主張して、明らかにしていない。それから、中国べったりといわれるぐらいの人物である。

国務省でもライス長官のもとで働いていたが、そのポストには不満があったとされる。日本の権益と米中関係を天秤にかけて動かした実績もある。日本アイビーエムのコンピュータの中国企業への売却などの背景についても知悉している可能性がある。スーダンの内戦問題についても同様だ。しかし、ブッシュ政権に対する中精度は高い由である。

いずれにしても、ブッシュ政権の中枢の人物だ。任期は5年。政権は後600日で終わる。

世界銀行は、アメリカの国際機関ではない。もう総裁が、アメリカ人で固定する時代は終わったのかもしれない。そうすれば、IMFもヨーロッパ人がなる、アジア開銀は日本人がなるという時代は終わる。(アジア開銀の場合は単純に日本人ではなく大蔵省のOBというところが閉鎖的であるから、もうやめにしてもいいのかもしれないが。)

ウォルフォビッツ氏の場合は、対岸の火事であったが、ゼーリック氏となれば、日本の構造改悪の中心にいた張本人の一人だから、世界銀行総裁就任は日本の利益にならない。

世界銀行の総裁として、市場原理主義を今以上に振り回されては、世界が混乱に陥る。ちなみに、ゼーリック氏は、中国をWTOに引き込むことに成功したひとりであると見ることができる。怖いことがおきる。イラク開戦に導いた張本人のひとりであることは、退任するウォルフォビッツ同様である。

オーストラリア、ブラジル、南アフリカの大蔵大臣は、既に総裁選定が透明な手続きでアメリカ国籍にこだわらずに行われるよう求めている。

Disparities 3

ちなみに、大卒社員の初任給は、韓国の方が日本の大企業より高くなっているようです。例えば、ソニーよりサムスンの方が高いし、新日鉄よりも、韓国の製鉄会社の初任給の方が高いといった具合です。

最近気になるのが、若い社員の海外留学制度をどんどん辞めている企業が多いことです。途中でやめる人が多いからとか色々理由をつけていますが、本当のところは人件費の削減でしょう。

人件費を抑えて、雇用をフリーター化する。長期的には、人材育成などできない話です。

市場原理主義の経営が、実は、日本を滅ぼす経営手法である。そんなことを、ある経済団体は大真面目に立派な経営としていることは不思議な現象です。

Diparities 2

格差社会是正のための処方箋としては、次のような項目が挙げられている。

① 国民生活へ配慮した経済財政政策への転換、法人税減税より家計支援強化、給付削減路線の修正など。

② 違法派遣、偽装請負、同一価値労働同一賃金の原則によるパート労働などの処遇改善。公正なルール作り。

③ パートタイマーなどの職業訓練や、正規雇用化の促進。

④ 賃金改善。最低賃金の大幅引き上げ。

⑤ 中小企業支援策の充実。税制、産業内分配構造の見直し、金融支援など。

⑥ 都市と地方の配分の見直し。ふるさと納税の提案はナンセンス。低有効求人倍率の地域での、産業振興。

⑦ セーフティーネットのほころび繕いとしての、年金医療介護を巡る扶南の解消。医療提供の格差を是正する。

と主張している。これまで、政府の政策の追認の役割をになってきた連合の最高責任者の発言は、重いが、その変化の兆しが見られる。日本最大の労働組合が、時既に遅し、いまさらの感はあるが、最低賃金の大幅上げや、東京と地方のの格差是正についても言及した意味合いは大きい。連合の提案とその実践に注目したいし、また期待もする。

「今の格差社会化の原因を作った政府・企業の責任の自覚がほとんどないのが最大の問題点、特に経営者の責任に関する自覚の欠如は深刻」と述べたことが印象に残る。  

Disparities

いわゆる格差社会が深刻化している。多面的かつ多様に2極化が起きており、しかもその両極の格差が拡大している。正規雇用は約400万人減少し、その分、400万人の非正規雇用で代替された。つまり、1200万人の労働人口の三分の一を占めるに至った。派遣労働者の違法な雇用、偽装請負といった、労働関係のルールが壊されている側面もある。例えば、キャノンという一流の製造業の会社では100人のうち、30人が請負の労働者である。

そうしたことから、所得の格差が拡大しており、中小企業と大企業との格差、地域間の格差が絡み合い、また、労働分配率が低下し、一方で、企業の経営者分の取り分が増大し、株主尊重の観点から、株主配分が急速に上昇しながらも、賃金による還元はむしろ減少している。生活保護世帯は、100万世帯を突破した。東京都の足立区の例が有名となったが、就学児童が、給食費などを支払えない世帯が急増している。自殺率は年間三万人を超える高水準にあり、しかも、生活苦を原因とする自殺も増えている。犯罪の増加は言うまでもない。

なかんずく、東京と地方の格差の拡大は著しい。いわゆる限界集落が急速に増加しており、日本の伝統と文化は、破壊されつつある。もう、過疎の村では、祭りをすることはできない。高知県では、この10年間に労働人口が2万人から8000人に減っている。仕事が地方では減少しているのだ。日本では、大戦後、旧植民地からの帰還した人々が、全国に散った。高度成長で、地方から、各地の協業地帯への人口の移動があった。そういう意味では、第三の人口移動が起きている。食えない地方から、大都市への人口移動である。

社会保障の給付削減があり、病院が閉鎖され、医師は供給が不足しており、将来に対する漠然とした不安が広がっている。

その責任は、経済のグローバル化と称する経営で、先述のアルバイト雇用指向、株主の優遇と利益配分のいびつな配分がおおぴらに行われるようになった企業にもあるが、それを助長する政策で、特に、小泉・竹中政治はそれを政府の政策としたところである。

連合などの労働組合もその点では、格差拡大の責任をになう必要がある。多くの企業組合は、縦割りで、自分たちの雇用を守ることに救急として、国民全体の視点から労働分配率の是正、非正規労働者の待遇改善に対しては関心が薄かった。

格差拡大は、先進諸国の共通の問題と主張する向きがあるが、実は、そうでもなく、北ヨーロッパの諸国では社会的包摂(ソーシャルインクルージョン)と呼ばれる福祉指向の政策もとられている。総じて、アメリカと、それに追従する日本の減少である。企業合併などは、資本家にとっては、有利であるが、多くの場合、労働者、会社員は、路頭に放り出される事例が多い。最低賃金にしても、先進諸国で最も低いのが日本となった。中間選挙で民主党が勝利したアメリカでは、早速最低賃金の是正案が立法されている。日本では、青森、岩手、秋田、沖縄では最低賃金時給610円という地域が残されている。ちなみに、イギリスやフランスの時給は、この二倍の水準である。

個人所得は、労働配分率が悪く、給料の上昇がないところから、まったく伸びない。これが個人消費につながらない大きな原因であり、景気拡大は広がらない。

以上は、5月29日に、東京有楽町において外国特派員協会において行われた、高木剛連合会長の講演の要旨である(当ブログのまとめであるが)。

(続く)

Freedom of Information

携帯電話で、iモードが導入された当初、そのニュースサイトに人民日報がはいったことに驚いた。そのサイトに登録されると、月額料金は僅かだが大きな利益があがるので、登録企業になることに、しのぎを削っていたから。北京の政治宣伝力と国内の協力者の感度の高さに関心?した。インターネットは発展を続け、電波の紙つぶてならぬネットの紙つぶてとして、外国からの日本語版サイトはいよいよ巨大化している。(朝鮮中央通信のネット配信は、日本のアドレスを使用している。)冷戦時代の情報戦は、ラジオが主流で、東西ベルリンなどの局地はもとより、モスクワ、北京、アメリカの声と大電力を使っての、宣伝合戦が行われた。ミュンヘンに本部のあった、自由ヨーロッパの声、ラジオ・リバティーなどの活動も著名である。電話が自動化された頃が佳境で、ルーマニアで地震があれば、報道管制が敷かれる前に、ポルトガルにある送信施設から電波を出して、放送する体制であった。米国は、象のおりと呼ばれる受信設備と直結した傍受施設をつくり、傍受した放送を整理して、日刊でFBIS(フォーリン・ブロードキャスティング・インフォーメーション・サービス)から配布した。短波放送の受信機がついたラジカセが普及して、北京の住宅街でも、外国放送に耳を澄ませる者も現れた。国境を越える衛星放送が実現されると、国際連合で、電波漏れのスピル・オーバーがどうのと、議論が行われたが、事実は小説よりも奇なりで、東欧崩壊の頃には受信アンテナが林立する状況となっていた。ヘルシンキの情報の自由な流通の米ソ合意は、決定的であった。時代をさかのぼって、三十年代は、まだ、新聞と通信社の時代で、ドイツはロイター通信社に負けたなどとの言い方もあった。柳田國男が翻訳したことで有名な、WJ・ロバートソン・スコットと言う英人ジャーナリストが書いた、「是でも武士か」は、日本向けにドイツをこき下ろすプロパガンダの名作である。スコットは、新東洋と言う英文雑誌を発行しながら日本の農村をめぐり、後に「日本の真髄」と言う大著を発刊している。英人は、長期滞在で、じっくり観察するのが得意なようだ。ジャーナリストの肩書きの、リヒャルト・ゾルゲは、北進を南進に転換させ、判断を誤らせ、スターリンの英雄となった。例えば上海からの情報送信は郵便か、大北電信社の海底ケーブルを経由しての電報かであったから、傍受・検閲が行われる中で限られた情報を使っての、新聞雑誌による政治宣伝が主流であった。平時には正確度の高い記事で信用がある通信社が、戦時には、意図を紛れ込ませることで国益を担った。ボストンのハーバード大学の図書館には、連邦通信委員会の放送傍受記録が大量に残されていたし、国際関係の大学であれば、東京の大使館が翻訳した日々の新聞の社説などを、英文で読むこともできた。インターネットが普及する前の時代である。ソ連との対決の時代は、インディアナポリスに、ロシア文献センターがあり、地下出版物から、チラシの類まで集めて、ダイジェスト・オブ・ソビエトプレスと言うニュースレターを発刊していた。北京の郊外の工学系の大学図書館には、技術のパンフレット類を集めて整理する中心があり、横浜や川崎の工場を視察の際に渡されるパンフレットやカタログを、整理収蔵していた。外国出張とはパンフレットを貰って帰ることでもあったようだ。中ソ対立の存在も、北京週報あたりの更改情報の分析から明らかになったが、情報閉鎖社会には作法があり、強固に見えるが意外と脆弱な面もある。真実(プラウダ)を装う記事も、国民の信用がなければ、官製の落とし紙にしかならない。戦争中の日本の宣伝映画をエール大学の在学中に見て、これは反戦映画ではないかと思ったと、アメリカのパブリック・ディプロマシーの教授は述懐した。ニューギニアのジャングルを整然と行進する場面などは苦行と映り、アメリカの戦意高揚映画は、艦艇が港に着くたびに、麗人が水兵さんを取り囲むのがパターンだったと言う。序文を南京虐殺の報道に従事したマンチェスターガーディアン誌のティムパリー記者が書いた、「日本の秘密の代理人」が映画化されたのもこの頃だ。戦後50年を経て、エドガースノー、アグネス・スメドレー、テオドア・ホワイトなどの記者と、当時の中国国民党・共産党の政治宣伝担当などとの関係が明らかになりつつあるが、秘密の外国人の代理人を重用して、対象国の文化や作法に適合させて政治宣伝を行うやり方などは、苦行映画と比べて洗練されている。中国のネットの動画サイトでは、アメリカ訛りのアナウンサーが毎日出ずっぱりとなっている。今年になって「南京の政治」と題する、北村実立命館大学教授の著書が、英文でアメリカで出版され、中国の30万人説の一人歩きに抗するためには、英文で主張するほうが事実解明に資する証左となっている。アイリス・チャンの宣伝本に対抗するためには、英文図書となってはじめて、世界のジャーナリズムが関心を持つという言語の現象である。インターネットの時代は、大容量高速の時代になったが、日本の取り組みは旧態依然ではないか。事実を多面的に主張して、実像が焦点を結ばせるためには、国際放送などを、ただ命令することではない。情報の収集、伝達、分析、配布の過程を、事実と意図とのバランスをとりながら、正義の女神テーミスの信頼をどう勝ち取るかとの国策である。年月が経って、朝鮮戦争でどちら側が先制攻撃したかなど、もう議論はない。嘘はいつかばれる。郵政民営化の際の政治宣伝のように、国民を欺く手法は民主主義に反する禁じ手であり、一方的に謝ることと裏腹の関係にありはしないか。

RFE/RL

久しぶりに、ラジオフリーヨーロッパと、ラジオリバティーのサイトをのぞいてみた。

http://www.rferl.org/

昔は、西ドイツのミュンヘンにスタジオがあったが、今はプラハにある。多言語の充実は相変わらずだ。短波放送が削減されて、衛星とインターネットに乗り換えていることもよくわかる。Listenのところをクリックすると日本国内ではほとんど聴いたことがないような言語が流れてくる。

Poll

ギャラップという世論調査の会社がある。

現実を世論調査をして分析する。

アメリカの大統領選に関する世論調査などは秀逸である。

http://www.galluppoll.com/

Propaganda

中国は、南京の問題を、殊更にプレイアップしている。最近、アメリカにもそれに呼応する動きがある。深刻な問題である。

日本人を悪者に仕立て上げる。ロシアで、ユダヤ人が世界支配を目指しているという、プロパガンダの本が出たことがあり、それが、ヒトラーによるユダヤ人の大虐殺につながった。宣伝映画が、今年中でも7本は製作されるという。日本側の反論の映画は、ひとつ企画されているが。

中国共産党は、宣伝の技術に長けている。要注意であり、沈黙は金ではない。反論することが大切である。

http://tamagawaboat.wordpress.com/2007/01/27/ted-leonsis-scatters-the-protocols-of-the-elders-of-zion/

このブログは、英文で反論しており、反響は甚大であり、中国人の良心的な部分からのコメントも垣間見られる。

Exodus

杉原千畝氏のこと。両陛下がリトアニアを訪問され、記念碑にお立ち寄りになられたとの報道。

http://en.wikipedia.org/wiki/Chiune_Sugihara

が、日本語の紹介よりもうまく書いているように思う。ご参考まで。

http://tamagawaboat.wordpress.com/2007/01/21/rabe-is-sugihara-of-nanking-no-way/

このブログは、相当の水準の方が描いておられると想像するが、興味深い。コメントが外国からも寄せられていて直され興味深い。

Reunion

P4230043 Mr. Michael Dobbs(on the left). Mr Dobbs is Novelist, formerChief of Staff and Deputy Chairman of the Conservative Party of the United Kingdom..

左の人物は、英国保守党の副党首マイケル・ドッブス氏。ウィンストンチャーチルの伝記作家としてのほうがもっと有名なのかもしれない。最近では、ファーストレディーという、イギリスの総理夫人をテーマにした本がベストセラーと成ったし、ウィンストンチャーチルの伝記は、BBCの人気番組の原作ともなった。右側の人物は不明。

Dobbs氏の演説は、http://media.web.tufts.edu/asxgen/fletcher/05192007/Day_1_Dobbs.wmv.

で動画で聞くことができる。戦時にあるアメリカについて言及して、また同時に平和を目指すことができるとする名演説である。

Dean Bosworth, Dr Ebadi, Friends New and Old. And some of you are now very old.

I thank you for your warm welcome, and thank you in particular, Dean Bosworth, for that kind introduction. So much more flattering than the one I received recently, when the president said: before I ask Michael Dobbs to speak, I have to point out to you the location of the emergency exits.

But your kind remarks aside, I want to thank you, Dean Bosworth, for your remarkable leadership of this institution. Nothing could be more satisfying for an alumnus than to return and see our beloved school being raised to such spectacular new heights. And the presence here of Dr Ebadi is yet another example of your successes. I am honoured to be asked to help celebrate all you and your colleagues have achieved.

Now it痴 customary on these occasions to offer a few reflections on my time at the Fletcher School, but as I sat down the other night to think about what I should say, I discovered that my task was going to be more difficult than I had anticipated. It wasn稚 so much a matter of what I remember, but whether I remember. Such are the penalties of age. When we were here 35 years ago we were men and women of broad minds and narrow waists, but somewhere along the road they seem to have switched places.

There have been so many changes in the Fletcher School since I first set foot on its doorstep as a shy and uncertain Englishman. In those days, recycling meant seeing if you could get away with using the same term paper in more than one class. And the dining room was not so much a matter of haute cuisine as haute courage.

Yet it was also an intensely serious time. It seemed that the world had come to a point of great crisis. Our world was torn in two, the Middle East was in chaos, terrorism was a word on everyone痴 lips, and we were waging war in a far off, distant country about which we knew too little.

How strange such nonsense seems today. Yet I don稚 despair ・indeed, because of Fletcher I am something of an optimist. The follies of mankind may still leap out from behind every Bush but that doesn稚 mean we have made no progress.

Far from it. That Cold War has gone. The Vietnam War is ended. The terrorism that ripped apart my country in Northern Ireland and in which thousands died, including close friends of mine, cruelly cut down, is now over. Old enemies have put aside their religious hatreds and just last week made their peace, joining together in government. Terrorism can pass.

When I first came to this place I marvelled at it. It was unlike anything I had ever seen. We were from backgrounds that were imperialist and African, European and Oriental, we were Arab and Jew, refugees from Stalinism and those who had fled from Fascism ・oh, and a few Americans, too.

We learned, we laughed. We became brothers, sisters, lovers, even husbands and wives. We found ourselves amongst some of the greatest minds in the country, teachers who could find ways of making even lampposts sit up and think. And we learned so much from each other, from our different creeds and cultures.

There was my dear friend Farrokh, an Indian who asked me to share his apartment with him. I asked why. He said it was about time the Indians got their own back.

A little like Eddson, my classmate, sadly no longer with us, from what was then Rhodesia, who was black and desperately radical and asked me, the Englishman, to baby-sit his children. I asked why. He said it was because his children were unruly, and he had learned over many years of personal experience that the English made excellent jailers.

There were my friends Shokri and David, Arab and Jew, who woke up one morning to discover that their countries were at war.

There was Irshad, whose wedding I tried to attend, not realising that the address on the invitation was not the Mall in London in front of the Palace but the Mall in Peshawar in the North West Frontier province of Pakistan.

There was my dear friend Andrei, who came from a background of extraordinary Stalinist poverty in Romania yet who here at Fletcher shared even his last dollar with me - and today still shares everything he has with me, although I知 delighted to say that his resources have increased substantially.

And there was Ed, an American, who shared what he had with me for no better reason than because that is what Americans do.

Most of them are here today, along with many other dear friends. And all still committed to the principles of service they honed here at this School.

We are the Fletcher School of Law & Diplomacy; the name implies that there are rules, of sorts, and there is a value in dialogue. Yet today those rules have become grey and there is often little but a dialogue of the deaf. I have been a politician, but I fear that our politicians have not always served us well these last years. How is it that we find it so easy to start wars, yet seem so inept at finishing them?

It makes what we do here all the more important. It needs our continuing support. And to sum up that need I have adapted an old message: For the want of a dollar, the book was lost. And for want of the book, the knowledge was lost. And for want of that knowledge, scholarship and wisdom were lost. And for want of wisdom in a world of chaos and strife, a whole generation was lost.

So to those who are from classes of long ago, I bid you a warm and very welcome return and I urge you to be generous. And to those who leave here as graduates for the first time, look around you. This is the start of the greatest adventure of your lives. You, like generations before you, go out into the world to do what Fletcher graduates have always done: to improve our world, to enhance it, often to dazzle it, and always to serve it. And you will do that in the company of some of the best friends you will ever make.

Yet time marches on. I write books about Winston Churchill, and he always had an appropriate thought for the moment. The moment that comes to mind is when he went into the Guildhall in the City of London with Lady Astor at his side. 銑ook around you, Winston,・she said, 惣ou could fill half of Guildhall with all the brandy you致e drunk in your life.・

The Old Man looked around him. 塑es,・he said, 奏here痴 so much more still to do and so little time to do it.・

Good advice for speakers on such occasions. And if you are ever to graduate then I must sit down. So from where will I find the right words to finish? But ・perhaps ・words are superfluous. It is enough that we are here. In this very special place that is so close to our hearts, and with each other.

Winston Churchill said he required only three things from an audience. That they be well educated, well intentioned, and well oiled.

It痴 a little early in the day for all three conditions to be met, but I feel sure that the great statesman himself would have been extraordinarily proud to be a graduate of the Fletcher School. As, indeed, have I.

Satellite Country 6

外国の支配には、三要素があるとされる。

まずは、軍事的な支配である。片務的な同盟関係は、真の同盟ではない。第二は、経済的な支配である。生命保険分野では、多くの生命保険会社が外国資本の傘下に入ったことが明らかとなった。今、支払い問題が新聞紙面をにぎわしているが、こうした国際資本の動きと関連はないのか。第三は、文化や伝統の支配である。まず、言語を支配しようとする。音楽を邦楽を廃して、外国音楽にすることなどであり、放送局で外国語を重用することなどがその傾向である。食文化もそのひとつである。残念ながらアメリカには見るべき食文化はないが、コーラや、ハンバーガーといった、即製食品がものめずらしかったが、最近では、価格破壊にもかかわらず、和食の良さが見直されている。アメリカでもベトナム人や中国人の経営するすし屋が、繁盛する時代となっている(そのすしであるが、まがい物の日本食が世界的に横行しているが、それを標準化することはきわめて重要である。最近秋葉原などで、日本の着物が販売されているが、着物とはいえないような軽薄なものであり、これまた、規制することが必要であろう。)(子供に外国語で洗脳することなどは、旧植民地の経営に携わった経験のあるものには常識である。)(公共機関、鉄道や市町村などを含めて英語やそのほかの外国語を駅名表示などに採用しつつあるが、これはある意味では日本の文化と伝統、言語を劣化させる危険な動きである。むしろ外国人旅行者向けにはパンフレットを準備する、充実することの方が重要である。)第三の支配の対象は、もちろん、教育である。教育を無力化させれば完全な支配になる。その昔、イギリスは、植民地からの学生に、学歴をどんどん与えた。有名な笑い話にこんな話がある。イギリスに行ってシェークスピアの博士号を採った。帰国すればイギリスびいきの高官になること間違いなし、それでは、シェークスピアの教科書はなんだったのかと聞かれて、チャールズ・ラムとこたえた話。チャールズ・ラムは、子供向けのシェークスピア物語を書いているから、学士号を乱発したわけである。日本に開校している、○×大学日本校などもどういう位置づけになるのか要注意だ。安易に規制緩和をしてはならない。外国資本の崇拝者を養成されてはかなわない。

Satellite Country 5

簡易保険について、95年版の年次改革要望書は、「郵政省のような政府機関が、民間保険会社と直接競合する保険業務に携わることを禁止する」。99年版では、「簡易保険(Kampo)を含む政府および醇公共保険制度を拡大する考えをすべて中止しえ、現存の制度を削減または廃止すべきかどうか検討することを強く求める」と表現している。日本の簡易保険制度が、民間の制度とは異なる側面があり、社会政策として、学資保険など、あるいは葬式費用の準備などの側面があり、また、学校建設資金と需要などを勘案した制度である事は、まったく無視して、すべて民間保険にしろとの要求である。郵便局で保険が買えるとの制度は、むしろアメリカにない優れた制度であった。いくつかの開発途上国では、日本の簡易保険制度を真似て導入を図った国もあるほどであった。

開発途上国が今なお苦しんでいるのは、資本が外国の支配化にあることも大きな理由である。日本は、例えば戦後世界銀行などからの借款を導入したが、基本的には国内の郵便貯金や、簡易保険による資本の蓄積があったからである。別の表現を借りればそうした国民資産の有効利用を目指すことが大切であり、廃止することではない。郵政民営化では、郵便貯金も簡易保険も廃止されるわけであり、残るゆうちょ銀行、郵政保険会社は名前は似ているが、まったく似て非なるものである。保険会社がなかなか保険金を支払わないときに、簡易保険は郵便局の職員が現金を持参して、葬式に間に合わせるなどの努力があったことを多くの国民はきっと記憶しているに違いない。

Satellite Country 4

郵政民営化の、日米関係における動きであるが、もともとは、日本の生命保険業界に対するアメリカの保険業界からの圧力からはじまったといえる。94年の日米保険協議は、保険市場の規制緩和を受け入れて、翌年保険業法を改正?している。その結果、中堅中小の生命保険会社は経営破たんを起こし、そのほとんどが、外資にのっとられたことは広く知られている。東邦生命は、渋谷に本社ビルがあるが、GEの傘下に入り、その後、AIGに支配されている。千代田生命はAIG.。平和生命はエトナから、マスミューチュアル、協栄生命とオリコ生命はプルデンシャル、しかもプルデンシャルは、協栄がアメリカ、オリコがイギリスのプルデンシャルという芸の細かさである。第百生命がカナダ、日産生命が、フランスのアルテミス、日本団体生命がアクサ、ニコス生命が、クレディ・スイスの参加になるといった具合である。いわゆる第三分野の生命保険は、アメリカ企業が独占することとなった。アメリカの内部にも、日本の保険市場がいわば租界の状況にあるとして、問題視する報道も一部にはあったが、日本の政府が唯々諾々として受け入れ、アメリカの世論も批判的な動きが拡大することはなかった。アメリカの保険団体のロビーストが、しばしば来日して、対日工作を繰り広げていたことは、新聞報道のべた記事として報道された。

Satellite Country 3

独占禁止法などは、アメリカの要求は、法改正まで言及する強硬なものであった。(年次改革要望書2002年版)国会に法案を提出せよというのであるから、内政干渉といっても差し支えないが、国会議員唐そうした声を聞いたことはなかった。昨年、福島県知事、和歌山県知事、宮崎県知事があいついで、検察や警察に逮捕されたが、アメリカの要求に従った、官製談合防止法(2003年1月施行)を受けた動きである。2006年一月に改正された独占禁止法などは、内部告発の奨励の考え方なども入れているが、内部告発などはどう見てもアングロサクソン文化の考え方であり、従来日本の企業統治や、組織経営には、ない考え方である。密告奨励という、陰鬱なものの考え方であり、スターリンの時代に、親の反政府活動を密告した少女を、英雄に祭り上げた話を思い出すばかりである。日本郵政公社などでも、内部告発制度が麗々しく採用されたと聞く。独占禁止法では、内部告発があれば、課徴金をまける、罪を一等減じるといった、アメリカ型の内部通報者奨励の考え方があからさまに採用されている。

Satellite Country 2

まず、年表を整理してみよう。

89年から90年までが、日米構造協議と題して、アメリカが株式持合い、メインバンク製などを強硬に批判したのが思い出される。系列ということががはやった時代である。日本の経済の絶頂期でもある。アメリカの情報機関が、日本の経済についても対象とすることを明言したために、各省で、盗聴の困難な別室を作ったこともあったがその時代である。

1993年7月が、最初の出だしであり、日米経済包括協議と呼ばれるもので,当時の宮沢総理がクリントン大統領との間で合意したものである。小泉前総理は、宮沢内閣で郵政大臣を務めている。94年10月に最初の年次改革要望書が公表されている。その次の節目が2001年6月の成長のための日米経済パートナーシップという、当時の小泉総理とブッシュ大統領との間の合意である。クリントン大統領は民主党であり、ブッシュ大統領は共和党であるが、大統領が代わっても、その枠組みは変わることはなかった。アメリカはワシントンにシンクタンクなどを設けて、対日のロビー活動を行ってきている。例えば、フレッドバーグステン氏などが、設立した経済戦略研究所などは、民主党のネオリベラルとも呼ばれる経済理論家の集団で、日本改造?を意識した者の集まりであり、毎年来日してシンポジウムなどを開催して、アメリカ側の主張を声高に行っているが、日本側がそうした対米広報活動を行った形跡はない。郵政民営化の時も、官邸で様ようなシンポジウムが開催されたが、そうした人脈を通じての対日工作の色濃いものがあった。米国内ではほとんど報道されることもなく、アメリカ外交の強圧的な姿勢には、ガバナンスが効いていない。アメリカ企業の出先である、在日米国商工会議所などが報告書を出し、その主張がさほど検証されないままに、アメリカの政府の主張として添加されるといった具合である。もっとも自国の企業の言い分を代弁するのが政府の役割とすれば、米国政府の交渉担当は全力を尽くしているわけであるが、情けないのは、やはり、唯々諾々と、隷従している我が方の交渉姿勢である。アメリカの交渉担当者は、政府を去った後は、来日して、米国企業に職を求めるものもある。コダックの在日代表として、フジフィルムと争ったウルフ氏や、現在、エアバス(これはアメリカ企業ではないが)の在日子会社の社長をしているグレンフクシマ氏、最近、アメリカの一大生保会社AIGの代表としてのレイク氏などがいる。(レイク氏などは、米国人でありながら、東京証券取引所の非常勤の役員に就任している。)

小泉政権発足後に、日米投資イニシアティブが発足している。株式持合いという、日本の相互扶助の体制を破壊するために、持ち合い株式等の時価評価が導入されたのは、02年の3月である。別の記事で批判した、社外取締役と言う、仲間内の会社経営の手法が米国型ガバナンスとして、商法改正までが行われて導入されたのは、03年4月である。外国からの直接投資や外国企業による日本企業の買収を妨げる企業慣行として、アメリカが見ていることは、2001年版の、米国貿易代表部(USTR)の報告書に記載されている。米国の主張は、明快なもので、株式持合いを解消する、株主よりも会社への忠誠が悪いこととして、これが、会社乗っ取りに反対することにつながるため、社外取締役制度などを導入する、会計制度、外国人弁護士などの規制を緩和するよう主張した。(04年法科大学院が開校した。これで、法曹人口が大幅に増加することになるが、日本をアメリカ型の訴訟社会、つまり紛争が多発する社会で弁護士が儲かる社会にすることの意図が透けて見える)

Satellite Country

構造改革論といえば、イタリアの社会主義運動のイデオロギーであったが、いつの間にかこの国では、今までのこの国のやり方を変えて、制度をアメリカの要望に従うこととなった。構造改革は決して、改悪ではない。単純に、アメリカ企業にとって有利な制度に改変することであり、そろそろ、その是非を、国益と国家戦略の観点から見直す時期に至った。

日米間の構造改革に関連する公式文書は、年次改革要望書と日米投資イニシアティブ報告書がある。

まず、年次改革要望書であるが、これは、毎年10月から12月ごろ日米両国政府が交換している。在日の米国大使館のホームページに日本語で掲載されている。奇妙なことに日本側のホームページ掲載はない。http://japan.usembassy.gov/ からはいって、政策関連文書、経済・通商関連、規制改革と見ていくと見つかる。

日米投資イニシアティブ報告書は毎年6月から7月ごろ日米両国政府が公表している。これは、経済産業省のホームページに掲載されている。外務省ではなく、通産省のホームページであることも特徴がある。ttp://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/n_america/us/ からはいっていくと見つかる。

これらの文書を読むと、日米間の協議といっても一方的なものであり、いわば対米隷従といっても差し支えないような一方的なものであり、日本側の強力な主張はみられない。年次改革要望書は、情報通信や、医療・医薬品、金融、流通といった個別分野から横断的なテーマとして、競争政策や、商法・司法制度など諸々の分野にわたって、アメリカの要求が掲げられていて、その要求が数年たつと実現しているというときの流れがよく分かる。

投資の方の報告書は、国境を越えたM&A(外国株式を使った株式交換、明らかに日本の医療制度の破壊につながる混合医療の解禁や、病院経営への株式会社参入の解禁等が並べられている。外国大学(アメリカの大学でしかないのだが)対日進出に関する規制緩和が教育分野では要求されている。

新聞紙上をにぎわす、いわゆる改革が、アメリカの要求を受け入れるための便法でしか過ぎないことがよく分かる。

郵政民営化の場合には、年次改革要望書の公表が遅れたことがあるが、これは、両政府間で、そのときの国会審議が、刺客選挙などでずれ込んだために、発表が遅れて書き込まれたものと推察される。

Darkness

ファクタという会員制の雑誌がある。その六月号は、防衛省震撼「山田洋行」の闇という記事を掲載している。サブタイトルは、一千億商標争奪で内紛泥沼化、次期輸送機CX利権と、旧住友銀行「西川案件」の暗部が浮かぶという副題である。

山田洋行のオーナーと、現日本郵政社長の西川善文氏との関係が記載されている。「西川と山田との付き合いは三十年以上にも及ぶという。85年に丸の内支店長になると、シン密度はさらに増し、それ以降、山田案件は「丸の内支店長案件」として、住銀内部で特別な扱いを受ける。安宅産業の処理のときに水産部門を購入したのは、山田グループだったし、イトマン案件の処理でも山田は協力している」と書いている。

「西川の退任に合わせるように、グループの中核企業弥生不動産は113億の負債を抱えて整理回収機構に遺憾汗、弁済案が了承されたという。05年に西川は、三井住友銀行の頭取を退任しているが、その直前に、西川案件を抱える融資第三部は消滅している、ファクタによれば、退任を見越して「外部人脈の」幕引きを進めたともいえようと書く。

西川氏が日本郵政の社長に就任するのは、その後である。なぜ、郵政の社長に、失敗した銀行頭取が就任することになるのか。疑問は尽きない。

Side Jobs

週刊朝日の拝啓西川善文様 総裁職はアルバイトですか?は、なかなかの調査報道記事である。日本郵政公社総裁の西川氏が、勤める社外役員を報道している。松下電器産業、第一三共、レンゴー、インターネットイニシャティブ、TBS、南海電気鉄道である。

この兼業は大きな問題をはらんでいる。国営の公社の総裁は、職務専念義務はないのか。民営化は課題山積といいながら、片手間の仕事なのか。日本郵政の社長の報酬は年額2900万円。総裁の報酬は兼任だから、無報酬。社外重役の報酬はいくらなのか、まさか、郵政社長の収入より多くないでしょうかね。週刊朝日の単純な計算によれば、松下、800万、第一三共300万円、TBS422万、何回766万、と成る。レンゴーなどは、情報非開示である。総務省が、兼業を承認するのもおかしいのではないか。コンプライアンスの意識のないお方のようである。コンプライアンスとは、単に法令順守にとどまらず、志と、道徳規範を守ることも含まれるからである。

全国銀行協会の会長の時は郵便貯金は意志を声高に言っていた方であり、主張も一貫しない。全くの便宜主義の発言である。経済界のモラルの衰退の象徴のような話である。それを、政治が助長していることは疑えない。竹中・小泉政治のあだ花の人事でもあったから、まあそんなものかもしれないが、あきれ返る話である。

西川日本郵政会社社長は、そもそも、金融庁からの処分があったが、そのときも、いくら給与があったとかの公表はなかった。今でも、銀座あたりでの豪遊の時には、元の職場の関係もあるのか、派手な豪遊ぶりだという。喜び組みまでとはいわないような話も聞いたことがある。たいしたものだともいいたくなる。

しかし、やはり、人品の卑しさを感じる話である。郵政民営化は、民営化法を見直すべきである。人事は、透明に行われるべきであり、国会の査問が、日本郵政のような巨大機関の場合には必要である。

そもそも、社外役員制度は、内々の仲間内の人事のたらい回しの制度で、アメリカ直輸入であり、日本の優れた恥の文化に基づくガバナンスを破壊する制度であることは、以前にコメントしたことがある。

Code Broken

日本でも自分の後任をあからさまに批判することには差しさわりがある。ためらいがある。先週元大統領のジミー・カーター氏のブッシュ大統領批判があった。選挙中の発言で批判があることはあっても、前任が後進を批判することは、今までなかったことである。ブッシュ外交は歴史上最も悪い外交だと述べたという。翌日ホワイトハウスは直ちに反論して、カーター氏は耄碌したのかといわんばかりである。ルーズベルト大統領とその後任のタフと大統領との確執は有名である。ウィルソン大統領が生まれたのはこのときである。

カーター氏は、自分のコメントはニクソン大統領に対するものだったと釈明している。

Disown War

ニューヨークタイムスとCBS放送とによる世論調査によれば、76パーセントのアメリカ人は、イラクの戦争がうまくないと認めている。いかっげつ前よりも10パーセント上がった数字である。共和党支持者ですら、52%が、余りうまく言っていないと回答している。イラクに駐留する米国軍の兵力は13万5千である。それに、三万五千の増派をしようというブッシュ政権である。61%のアメリカ人はイラク振興を過ちだと判断している。72%の人が、アメリカが、seriously off on the wrong track 進路を本当に間違えているというのに、日本は、まだ、アメリカ追従の政策を採っているように見える。

WASHINGTON - The U.S. Senate Thursday, following the lead of the House of Representatives, approved US$100-billion in new funds for the wars in Iraq and Afghanistan without a timetable for withdrawing combat troops.

By a vote of 80-14, the Senate passed the emergency funding bill, sending it to President Bush, who is expected to promptly sign it into law.

Innovation

日本は、最もイノベーションが進んだ国であることは間違いない。労働者自体が自分の仕事を何とか改善しようという意欲が一番ある。アメリカの下層の労働者などには申そう言う意欲すらないものが多い。特許の数などは、アメリカの3.5倍だ。情報通信のインフラなども、イノベーションをあげるのに役立つ。社会に経済格差が小さいのもイノベーションをあげるのに役立つ。例えば、その昔、開発途上国から日本に研修生が来て勉強したが、その研修生は自国に帰ってからは、決して日本で習ったことを隣の同僚に教えようとはしないようなものが多かった。勿論国柄にもよるが、日本は、平等志向の国であるから、外国帰りなどは洋行したとして、その成果は、どんどん普及させることのほうが美徳であった。知識を一人のものにしておくことはいけないという考え方のほうが日本人である。それにつけても、社会経済格差をどんどん大きくしながら、イノベーションを叫ぶ政府のおかしさはどうしたものか。

Productivity

朝日新聞5月23日号に、日本の労働生産性が先進7か国中11年連続最下位だという記事が載っている。そこで、労働政策審議会の議論で、奥谷禮子・ザ・アール社長のホワイトカラーエグゼンプションン導入論を紹介する。その導入論の根拠が、日本の労働生産性が低いというものだが、全く根拠のない話である。そのランキングによれば、一位がルクセンブルグ、2位があめりか、ノルウェー、アイルランド、ベルギー、フランス、、イタリア、オーストリア、オーストラリア、オランダ、スェーデン、イギリス、ドイツ、フィンランド,デンマーク,カナダ、スイス,スペイン,日本の順である。政府は、労働保護の緩和を求めて労使の自由な契約に任せたほうがいいなどと主張しているが、この順番を見ただけで、そのいかがわしさが判る。もともと、経済活動の効率性を示す指標であって、労働者の能力や、福祉については何の関係もない。日本人は、圧倒的に平準化された優れた労働力の持ち主であって、労働生産性を高める要因は、色々である。もしかしたら、日本の労働生産性が低いのは、週休二日など、休みがあって、生活が、アメリカの2文かされた労働者のように格差が少なく、国民の福祉が高い水準にあるからというのも一つの大きな理由である。確かに週休二日制度が導入されてから、表向きの労働生産性は下がっている。日本は、リクルート事件などがあった中で、パート労働の人口の比率がどんどん上がった。帰属心のないものに、生産性が上がるわけがない。オランダなどは、パート比率が高くても、正社員とパートとの給料格差は小さい。サービス産業でも、チップを払う文化などない。チップだけで生活するより、日本の給料制度のほうが安定しているのかもしれない。アメリカなどのように不親切で我関せずの社会になれば、救急車も有料になり、労働生産性は上がるだろうが、そんなことが数字の遊びでしかないことがわからないのだろうか。過労自殺や、過労死などをやめるほうが、生産性を向上させる。福祉を向上させずに、本当の生産性が上がるわけがない。その昔、共産主義国で、経団連会長の肖像画を刺繍している職人に会ったことがある。その職人は、その肖像画が誰かとも知らず、また知ろうともしないで、筆者に、こんなつまらない仕事はないと。給料が公平に支払われずに、針仕事を淡々とやる気力が生まれるわけはないし、その後に、その肖像画が日本で麗々しく掲げられていることを見たことがある。朝日新聞の記事は、情報通信技術に対する投資が労働生産性をあげる大きな理由であるが、それも怪しいところで、携帯電話会社が儲かるだけの投資で、本当に国民が公平にサービスを受けられるように成るかはまた別問題である。国内総生産を全銃業者数で割って算出すること自体が、前提条件の大まかさである。単に計算上の話であって、国民の幸せとは関係がない。ところで、ホワイトカラーエグゼンプションなどを、麗々しく主張する、奥谷社長などが、そうした審議会に座っていること自体がおかしくないだろうか。労働政策審議会を運営する厚生労働省も本当にしっかりして欲しいものだ。アメリカの空港で、おととい出くわした光景であるが、マクドナルドのハンバーが屋の職員が、全日空の待合室で昼食を取っている。会社には食堂がないのかと聞いたら、ないという。生産性が上がるというのは、そんなことでもある。ハンバーガー屋は、職員のための福利厚生施設としての社員食堂を作らないので、儲かるかもしれない殻、数字の上での生産性は上がるが、アメリカのハンバーガー屋の職員の処遇は劣悪である。日本の羽田や空港で、そこの職員が乗客の待合室で、弁当を食べている後継など見たことがない。奥谷氏などは、きっと、奴隷制度のあったアメリカの労働慣行などのほうがいいという類の連中を支持しているに違いないが、日本を、そんな劣悪な国にする必要などさらさらないのである。奥谷氏などが委員でいること自体が異様である。(日本郵政会社の非常勤取締役などを務めているとの由であるが、それも、利益相反の可能性がある。)むしろ、人材派遣業など、中間搾取をしているから、規制を強化すべきである。労働組合も、同一労働、同一賃金などの原則を追求すべきである。日本の労働生産性の数字の低さは、むしろプラスの側面の現象である。 電気ガスが設備産業で、人手との関係で労働生産性が高いのは当たり前として、金融が労働生産性が高くて、それを手放しで喜ぶのはどうかと思われるし、本当の労働である農業が、最も低いからといってそれを非難することが正しいのだろうか。道理に合わない話しだ。

Foreign Legion

フランスの外人部隊は、サハラ砂漠でらくだに乗っているようなイメージであるが、そうではない。7655人が、フランスの外人部隊の人数であるが、最近では、経済的な理由からの応募がほとんどのようである。構成員は136カ国からの成る。創立から176年の歴史があるが最も多国籍の構成である。外人部隊の募集は法律的には、フランス国内に限られているが、インターネットの出現で、無実化している。多国籍であるがゆえに、兵員相互の意思疎通に困難があり、4ヶ月の新兵訓練のうちに、400語ないし600語のフランス語の単語を習うことにしている。女性は、外人部隊にはいない。

Reunion

P4240056Sushiという名の変な食べ物。サラダを下敷きにしてある。醤油をかける。

サラダのドレッシングがついてくる。オリーブ油が基調のドレッシングだ。

P4240053

ハーバード大学の生協の書店。

P4240054 書店の書棚

Reunion

P4230038 Dr.Shirin Ebadi, 2003 Nobel Peace Prize winner adn noted layer and human rights activist.

Reunion

P4240051 War and Discontentの展示の一部。Boston Museum of Fine Artsにて。

Morita Minoru

森田先生の新著を横浜の書店で買い求め、小生の簡易郵便局がなくなりつつある実態につきましてのコメントが引用されておりましたので、早速関係者にも届けました。数日後、先生の揮毫の入ったご本をご恵贈賜りました。厚く御礼申しあげます。5月29日の東京白金の都ホテルにての出版記念会が今から楽しみにしております。

 あいもかわらず、各地の郵便局関係者を回っております。最近も、郵政公社の生産性向上運動が、高額な指導料を払いながら、結果はほとんど出ていないとの話を聞きました。恫喝的な指導(?)が行われており、“やめろ”“辞表を出せ”などの言葉が飛び交う職場になったとの話も聞きました。郵便局から職員が減り、本社のみが人、組織が肥大化していく組織になったとの嘆きを聞かされました。超勤のために原資も大幅に削減され、反面、本社の民営化の関係だけが無尽蔵に超勤をしているという変な実態についても聞かされました。
 お客様からの苦情も増えているようです。人事についても、“オレがほめたから栄転した”とか、管理職が辞めていくことが多く、本社は、恫喝はするなという指令を出しながら、恫喝する人を出世させるという現象が起きているそうです。
 多くの職員は、最初は希望をもって取り組み、トヨタも郵便局の職場改善は職員と一緒に一体的に取り組まなければ改善も推進されないばかりか維持もできないと同じ考えだろうと思っていたというのですが、実際には、トヨタの関係者は人事という人質をもって脅迫まがいの指導(?)方法をとっているようです。
 “恐怖政治では人の心はついていきません”という発言も聞きました。“本社のトップを含めて現場の仕事がわからないからではないか”との意見も聞かされました。
 以上はトヨタ方式の生産性向上運動で、あまりにも現場を理解しないやり方に怒って辞めた局長の声です。

 郵便が遅れだしています。出版社や雑誌社の関係者も苦情を呈し始めています。
 4月20日、帝国ホテルでの郵政公社の郵政記念日の式典の懇親会に参加しましたが、何か華やかさがなく、証券会社や金融関係者がたむろするばかりで、先輩の姿もちらほらで雰囲気が暗くなっているのがよくわかりました。
 “民営化、さあやるぞ”という掛け声ばかりで、職員は先行き不安で建前の発言とは別に不安を隠しませんでした。
 西川社長が、コンピュータの問題で担当理事を怒鳴りつけたとか、イエスマンでいることがわが身のためとかの情けない話も聞きました。
 郵政民営化はまず成立過程で瑕疵があり、やみくもにアメリカの意向を聞いて進められた背景がありますから、関係者には焦りが見られます。ある種の私物化が起きているようです。
 夏の参議院選挙では、国民新党をはじめ郵政民営化の虚妄を主張する方々が勝利して、伝統ある日本の郵政を正道に戻さなければなりません。先生のご活躍を切に祈りあげます。

Reunion

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Reunion

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Reunion

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Reunion

ボストンからです。 気温は低め。東京の春の雰囲気で、花見月が満開です。

世銀総裁の辞任のニュースです。

A Poet 3

丸山薫の詩をもうひとつ。詩集仙境から。

山のさくら

雪が溶け始めて 道が日ごとに低くなり 額に触れるばかりのさくらの枝が 少しずつ 高く 遠退いていく その枝の網目をすかして眺める 空もみどりに色めくようだ ああ もうすぐ春になる 桃も李(すもも)も一時に花をひらく あの まばゆいきせつになる と そう心を躍らしたのだが ある日 山の媼(おうな)が私にかなしいしらせを囁いた 今年は山にさくらが咲かない と 麓から鷽(うそ)の群れがとんできて 蕾の芽をのこらず啄(ついば)ばんでしまった と

遅い時間です。明日は長い長い時間を乗り物に乗りますから、むしろ今日は遅くまで起きていたほうがいいのです。東京の夜は、街灯が人通りがなくても着いていて、くらがりはあまりありません。昼間は温度が上がりますが、すっかり涼しくなる季節です。いい季節です。

Fake Privitization

知り合いの郵便局関係者から、ビデオを頂戴した。瀬戸内海放送が制作した番組を集大成してテレビ朝日の系列で全国放送したビデオである。岡山県新見市内にある菅生(すごう)郵便局の物語で、赤いハンカチというタイトルである。石原裕次郎の赤いハンカチという唄と映画があったが、まったく内容は情け容赦のない話で、昨年9月11日の郵便局統合ー集配再編成と言うそうですが、それによって、郵便局の郵便物の集配機能がなくなってしまった郵便局の話です。地域住民が如何に困っているか、郵政公社の本社や広島にある支社が、サービスダウンはしないといったにもかかわらず、現実にサービスの低下が起こり、地域住民の反発が高まっていることを映像にしたノンフィクション番組です。新見市の地域では、89人の郵便局長の内、13人が退職したというショッキングな、人事の模様も報告されています。「この10月に民営化を前にして、退職するのはいかがなものか、職員と一緒に苦楽をともにして、民営化の悪しき実態を体で体験して、退くときは退くべきと思う」というコメントも寄せられています。「中央からのお達しに、疑問を抱きながら仕事を進めているのが現状です」とのコメントも寄せられました。

著作権の問題がありますので、このブログには、そのビデオを公開できないのは残念ですが、勇気のある放送会社の報道関係者に敬意を表します。瀬戸内海放送の関係者がもしおられれば、ネットでの公開もお願いしたいと思います。大きな反響がある番組のようです。郵政民営化が、地域住民のためにならない机上の空論で地域社会を破壊する政策であることが、映像で証明されました。

Public Diplomacy

アメリカの外交政策は、微妙に変化しつつある。情報通信の革命があり、外交関係に関するウィーン条約が想定した事態を超える現実が発生している。

その対応策についての優れた議論が発表されている。論文は、ネットで入手できるので、参考までに、そのリンクを紹介する。

http://www.clingendael.nl/publications/2006/20060900_cdsp_paper_dip_c.pdf

http://docserver.ingentaconnect.com/deliver/connect/mnp/18711901/v1n1/s2.pdf?expires=1179327708&id=37572260&titleid=75000389&accname=Guest+User&checksum=405AFA7F335D4230841DBCB447B877DD

第二の論文では、外圧外交についても触れられている。

はじめの論文は、いわゆるパブリックディプロマシーが、どのような概念であるかを考えるためには、最近の事例も踏まえた良い教科書となっている。

Kosovo 2

クリスチャンサイエンスモニターの記事を紹介したが、確信が持てるわけではない。

逆に、コソボはアルバニア人の人口が多いとすると、そのまま独立をしてしまってから、アルバニアとセルビアとの間で交渉を続けたほうがいいのかもしれない。セルビアにはロシアが着いているが、アルバニアには誰がついているわけではない。中国やロシアが拒否権を行使すれば、世界に中国やロシアが帝国主義的な行動をしていることが明らかになるだけであるから、それから考え始めてもいいのかもしれない。

人々は、入り混じって生活できないわけがない。それまで長い間、そうしてきたのだから。まずは、やはり平和を維持することが大切ではある。

それにしても、チトー大統領はいまからおもうと、大変な政治家で、連邦国家を良くまとめてきたものだと思う。第一次世界大戦以来の未達成の民族自決をバルカンで実践しなければならない。大国の思惑ではなく、地元の民族の納得いく解決でなければならない。そうであれば、領土分割論のように、これから議論をするのであれば、中国やロシアを利するだけの話なのかもしれない。アルバニアと、セルビアとの緩衝地帯としての独立、国連の維持軍つきの状態になるのかもしれないが、ありうるのかもしれない。他民族の共存を実験する中で、平和を模索してもいいのかもしれない。

正直言って筆者には、正解がどこにあるのかわからない。日本国内のご専門の方にご教示をお願いしたいものだ。

Tyranny and double talk

Financial Times of London reported on May 9 that the Deutche Bank admit the existence of Turkmenistan accounts.

The German bank for the first time admit athat it has been managing the funds in the centarl bank of Trukemenisatan for more than a decade.

Aleged role of Germany’s largest bank in the gas-rich central Asian country under the tyranny of the dictatorial presidency, should harshily be criticized.

The news report says that the German Bank still holds the accounts.

Former President Nyazov died last December tuthlessly oppressed any peaceful activities of  dissent in the country, and the dreams of true independence and democracy was totally discarded after being liberated from the collapsed Soviet Union.

Deutsche Bank had, in effect, supported the Niyazov regime and had thereby broken commitments to maintaining human rights standards as part of its membership of the Global Compact, a United Nations corporate responsibility initiative. It was as if colonial double standards executed by superficially respectable banking institution. German bank secretly operated for the dictatorship and for the oppression in the country.

Again the market fundamentalist in Germany helped the Dictatorship or tyranny in the oil and gas rich Centaral Asia while discarding the hopes of general populace after the separation from the oppressive regime of Soviet influence.

The money should be returned immediately for the sake of the Turkmenistan citizens.

Fair distribution of wealth again promises the future prosperity of the country. If the region can be stabilized it can seriously contribute to the peace worldwide.

Now German banks assets are disclosed but there may be some possibilities other banking institution may hold the dictator's accounts and defunct central bank's accounts. International organization possibly global watchdogs should throughly investigate the illegitimate accounts overseas.

Kosovo

コソボの独立の問題が国連の安保理事会で議論されている。独立と言えば、言葉は美しいが、その中身はどうだろうか。国際法上に合致しているのか。単に、西欧のバルカン政策の失敗を糊塗するだけではないのか。

クリスチャンサイエンスモニターの記事を紹介する。モザイク模様の不安定な独立の形よりも領土を分割した方がいいのではないかとの提案である。

http://www.csmonitor.com/2007/0507/p09s01-coop.html?page=2

Mahathir Hospitalized

ああ、そんな年になられたのかというのが、感想だろう。アジアの賢人政治家マハティール氏は81歳になられた。ランカウィで、呼吸困難になり、入院したとの報道である。マレーシアに行くと、個人崇拝はなかった。マレーディレンマと言う、自分の植民地主義との戦いの書を発禁にした。

Former Prime Minster of Malaysia Mr Mahathir bin Mohammad was put in intensive care at a hospital in Lankawi, a resort island in his home state of Kedha. He had difficulty breathing as reported. Japanese admires the leadership of the Malaysian stateman who published a book titled Malay dillemma about the cruel colonialism and later banned by himself of the book written by himself and lead the country of Malaysia to a p;restigious status of the countries in the world. Japanes in general respect him and never forget that Mr Mahathir lead the slogan the Look East policy to propagate the spiritual wealth of nations in Asia.

Referendum

The Japanese Government uner the leadership of Mr Abe, the Prime Minster, took an importanto step to revising the Peace Constitution after Parliament dendorsing the lawo to introduce the referendum on the issue.

The Japanese government now can hold teh referendum as early as 2010 under the bill so approved by teh prliament.

Polls show that the Japanese are split, especiallyu on the Article 9 of the Constitution, which renoundecs war and forbids th country Japan to have a fullfeldged military forces.

Proposals for any amendments would have to be approved by two-thirds of the both Houses of the Parliament and then by a majority of voters in a national referendum.

Washington has long backed Japan's constitutional revision so that Japan can play a larger military role. Americans thus face a dilemma whether Japan can be a major country in Asia or suppressed to a hermit kingdom in Asia.

Papal visit to Latin America

Pope Benedict XVI delivered a major speech in Brazil comdmning capitalism and at the same time Marxism as systems that marginalize God nad urged to ease the  poverty adn halt the decline of thje Roman Catholism  in the region. Pope tackled the issues from poverty and social injustice to the evangelical groups which is eroding the Catholic Church in Latin America.

He said that societybis undable to tackele the problems of poverty and social injustice without agrreing  on God. He further said that nonbelievers cannnot live alofty adn exemplary morality. He said the promise of capitalism and Marxism, ideological promise has proven false.

France can say 'Non'

アメリカに「NO」と言える国、フランスの大統領選がまもなく行われる。シラク大統領は退く。フランスの植民地となったのは、ベトナムだが、最近では、中央アジアの旧ソ連に所属していた国々でも影響力を高めつつある。ロシアとの伝統的な関係もあるかもしれないが、トルクメニスタンや、その外の新興国で暗躍できる実力があるのは驚きである。

日本は今こそフランスを見よ!!と言うのが、竹下節子著、アメリカに「NO」と言える国(文春新書)の帯に大きく書いてあるキャッチフレーズであるが、帯の裏には、日本人・5つの誤解と言う面白いまとめがある。長くなるが、紹介したい。

①「欧」と「米英」は、ひとつではない。アメリカはヨーロッパの近代から生まれた鬼子のような特殊で人工的な国で、本来なら日本的なメンタリティとは極めて異質な存在なのだ。

②冷戦後、アメリカ型「民主主義」が、肥大しすぎた資本主義のためにすっかり変質していた、と言うことに日本人は気がついていない。

③アングロサクソン・もdるを受け入れないと生き残れない、と言う理屈は既にアングロサクソンの考え方にのみた拠っている。

④テロリストがインフラやネットワークを作りやすい状況は、アングロサクソンの政策のひとつであるコミュノタリスム(共同体多元主義)、それ自体が生み出している。

⑤グローバリゼーションとは勝ち組のコミュニティのスタンダードを他のコミュニティーに押し付けること。ネオ・ナショナリズムはその反作用であり、まさにアングロサクソンの思うつぼなのだ。

なかなか整理されている。本の中身も一流であるし、著者は、アメリカが「犬の帝国」だとしたら、フランスは「猫の共和国」だとののこと、日本はなんに見えるかと聞かれて、肉食でない「羊のむら」と言うところでしょうかと答えている。

以上、再掲。大統領選の前に書いたものです。

A Poet 2

都会の雑踏の音が消え、静かになる時刻だ。遠くに自動車の道路を擦れ合うことが聞こえるが、音がかすかに聞こえるほど静かになったわけだ。詩を朗読したりする時間としてはいい。

丸山薫という詩人がいた。山形県の西山村(当時)の岩根沢に住んでいた。北国という詩集など、いくつかの詩集を出版している。その中からひとつ紹介しよう。

白い自由画

「春」という題で 私は子供たちに自由画を描かせる 子供たちはてんでに絵の具を溶くが 塗る色がなくて 途方に暮れる

ただ 真っ白な山の幾重なりと ただ 真っ白な野の起伏と うっすらした墨色の陰翳の所々に 突き刺したような 疎林の枝先だけだ

私はその一枚の空を 淡いコバルト色に彩ってやる そして 誤って まだ濡れている枝間に ぽとり! と黄色を滲ませる

私はすぐに後悔するが 子供たちは却ってよろこぶのだ 「ああ まんさくの花が咲いた」と 子供たちはよろこぶのだ

戦争で疎開して生活している中での詩だ。木々のてっぺんまで雪にうずもれた山あいの村で、春を待つとはこんなことかと、普通であれば後悔してしまう様な失敗が実は希望につながるとも感じることができる詩だ。絶望に陥らずに、季節は巡り来ることも教えてくれる。

Fake Productivity 2

過日、郵政公社の生産性向上運動である、JPS方式についてコメントしたが、郵政公社から受注しているトヨタ方式の関係者の実態についての情報が寄せられたので、紹介する。「年俸は、驚く無かれ・2千万円」だそうです。郵政公社とトヨタとのコンサルティングの総契約金額については触れられていません。コンサル契約についても競争入札があったのかの疑義もあるようで、また、郵政公社の全国の支社段階でも支出があり、各地方段階で一千万円の数字が挙げられています。「コレはたとえば○○局に行く際の駅からのタクシー代またホテル代飲み代とか、それぞれ赴いた支社管内で負担するそうです。(中略)JPSで削減しろといっているが、この人がいないほうがよっぽど削減になるように感じました。ただ、JPSを実施する際にトヨタに頼みにいったと思いますのでもう引けなくなっているのかもしれませんがそれをいいことにコンサルタントがやり放題では更にメチャメチャになりますね。・・・それと確かそのコンサルタントは昨年の3月で定年退職になっているので、再雇用制度で一年間ずつ更新をしているのだと思います。だからこそ、郵政からの報酬は、ラッキーなものだと思います。」と。郵便の遅れが目立ってきている。郵便局現場の混乱の実態を公表すべきであるし、本当にトヨタ方式が効果があるのか、はなはだ疑問を感じさせる情報である。間違っていればすぐに改善するのが、生産性向上ではないのか。

なお、過日の記事に対して、「そのコンサルタントのことを知れば、故大野耐一氏(トヨタ方式の創始者、元副社長)は、嘆かれるでしょう」との関係者のコメントがあったことを紹介しておきます。(一部個人攻撃になる恐れがありましたので、全文は公開せずに、紹介にとどめます。)

                                      

Water for All

郵政の次は、水道の民営化が狙われていることに対して警告する良書が出版された。世界の水道民営化の実態(作品社、1600円)のタイトルで、世界12ヶ国語で出版されているうちの日本語版である。

日本では公共水道の評判が高いために、水道事業が全体としては民営化を積極的に支持する声は少なく、政治的な課題には表面化していないが、世界では、水道の民営化が色々な国で行われた。外資企業が各国を訪れ、しかも、世界銀行や、○○開発銀行などの国際開発金融機関が後押しして、水道事業の民営化に踏み切った国も少なくない。

より近代的な技術で、よりよいサービスをより効率的に、しかも安価で、提供しますという耳障りのよい誘惑に屈服したが、世界中で料金の高騰、水質の低下、非効率が起き、しかも社会階層による水供給の差別を生み出した実態が赤裸々に解説されている。経済学的に、自然独占の状況であれば、競争よりも公共機関が、最高の効率、サービスの品質、公正な料金を達成できるという、論理を無視して、また、私的独占は、公的独占よりももっとたちが悪いという理論的なあるいは経験的な真理を無視する政策がとられた。

アルゼンチンでは、例のアメリカの札付き企業のエンロンが、ブエノスアイレスの水道事業を民営化して、ずたずたにしてしまった例を紹介しているが、惨惨たる失敗があり、協同組合による経営によって水道復活が図られていく事例が紹介されている。

コラムとして、ヨーロッパの二重基準、二枚舌についても触れられている。国内では水道は公共事業がいいとしながら、海外では民営化を促進するヨーロッパの貿易関係者の主張の二枚舌である。アメリカの郵政事業が国営でありながら、日本に対しては民営化を主張するようなものである。

その昔、水道の民営化事業を世界で手がけた、ヴィヴェンディ社のメシエ氏が、自慢げにテレビ局のインタビューにこたえるのを手近に見たことがあるが、フランスの水道会社の、スエズや、ヴィヴェンディ、などが主要な、多国籍企業であった。フランスのグルノーブル市では、市営に戻された報告も掲載されている。その市長が、水道企業の重役で後に汚職で逮捕された事件についても触れている。ブラジルのポルトアレグレ市、インドのケララ州オラファナ村、スペインのコルドバ市、アメリカの水道事業規制が成功例として紹介され、ドイツでは、水道の自由化は後退したが、最近では、近代化という名の下に民営化が勧められている実態が報告されている。

ラテンアメリカでは、一時期燃え盛った民営化の反動でもあるかのように、水道事業が光栄に戻される決断が相次いでいる。先述のアルゼンチンはもとより、ボリビアや、ウルグァイ、ペルーなどでの民営化反対運動が紹介されている。民営企業は水道ネットワークを広げるためには決して投資をしないという事実が、ラテンアメリカでは現実となっている。水を売り物にした結果が惨惨たるものであった。水は人権と憲法に記載させる動きまで現れたという。アメリカのベクテル社と、フランスのスエズ社との契約を終了させている。

イタリア、南アフリカ、フィリピン、インドネシア、中国での民営化の失敗例を、描いている。驚くべきことに、共産主義国の中国でも、水道事業の外資参入が行われ、水供給のインフラの劣化がいよいよ進んでいる実態も紹介されている。三億六千万人の人口は、まだ、水道サービスがないにもかかわらず、外資企業だけを儲けさせ、市などの自治体は、損害をこうむる構造には、汚職の構造があるとも結論付けている。一党独裁であるから、水道の問題についての国民の怒りもデモなどで表現されることはない。水道職員と利用者の便益を犠牲にして中国の水企業は巨大化しているようである。

世界銀行や、○○開発銀行が水道の民営化を条件にして融資することなどは即刻ちゅうしすべきと主張している。日本は、アジア開発銀行にも影響力があり、また国内の海外援助を担当する国際協力銀行などが、こうしたアメリカの市場原理主義の後追いをするような融資条件をつけることを認めてはならない。日本が二枚舌になってはならないのである。

最後になるが、フランスのヴィヴェンディ社のメシエ会長は失脚したが、最近サルコジ氏が大統領になった。また来た道をフランスはたどろうとする恐れもある。ヨーロッパの二枚舌で、例えば電気通信などでもオークションの採用など、いかにも理論があるようで現実的には失敗する政策を海外で押し付けたこともあるので、要注意だ。

公共財を私物化する破綻例と、私物化された水を、国民の権利として取り戻すために活動している事例を豊富に例示する良書だ。日本の自治体関係者もぜひ読んでほしい。末尾には労働組合の関係者による座談会があるが公平を期するために、水道事業の公的管理者にも参加させればなお良かったと思う。

Merger Failure and Success

日経ビジネス誌の調査によれば、大型合併の企業のうち、2件に一件は失敗だという。(5月七日号)

株価の相対騰落率を成功度として、ワーストテンとして、新光証券、セガサミーホールディングス、みずほフィナンシャルグループ、コカ・コーラウエストホールディングス、コニカミノルタホールディングス、日本航空、スクウェア・エニックス、三井トラストホールディングス、東京ドーム、三井住友フィナンシャルグループのリストを掲げている。成功例も掲げている。豊田通商、川崎製鉄とNKKの合併事例などだ。市場は合併の成否を見抜けないのではないかとも言う。工作機械メーカーで、上海電気集団が買収した池貝の事例も書いてある。
世界最大の小売企業ウォルマートが買収した、西友の嘆きについても書く、「体を張る人はもういない」と。ダイムラー・クライスラー傘下で苦悶する三菱ふそうトラック・バスにも取材している。

統合シナリオは美しくても、現実は異なる事例が多いようだ。

三角合併が解禁されているが、そんな外国支配をなんら規制なく許すほうがおかしいのだ。おかしな話だ。世界規模の資本再編から取り残されてもかまわないではないか。日本の国会は何をしているのだろうか、半分も成功しない合併を野放しにして。しかもこれからは、外国資本への隷属だ。アメリカに進出した日本企業のようなお人よしばかりではないのではないか。ブリジストンの米国進出の19年、ファイアストーンとの合併後の苦渋の歩みは泣かせる話だ。フォードに難癖をつけられて、270億円の和解金も取られた。日本で難癖をつける腕はあるだろうか。あるわけがない。三角合併など、日本の文化と伝統にそもそもあわないのだから。

Fake privitization 2

出版社からの案内なども、遅れだしている。S社の講演会の案内などは、締め切りを過ぎて、ようやく届く有様だ。大至急、郵政民営化を検証すべきではなかろうか。.

Fake privitization

今年初め、各地で年賀所の配達が遅れて苦情が噴出したが、その後、口にする人が少なくなった。ところが最近、定期刊行物が期日に届かないといった不満が急増している。本誌もその一つで、毎月一日刊行から逆算してすべての作業(編集から発送まで)を終えているにも拘らず、4月壕は5日遅れで配達されたところが続出した。それまでの遅延は、せいぜい一日か二日だった。この責任放棄、能率低下の現況は誰か!あの供覧のような郵政民営化を巡る国会の論議や総選挙の結果が、この体たらくでは、国民を馬鹿にするにも程がある。民営化すれば税金の無駄遣いが減るの、競争力がつくのなどの公約はウソだったのか。何回も指摘したが、やはり米国の圧力に屈したのか!倒産した銀行を税金で支えたところで外国のファンドに走り、格好がついたらまた高く買い戻すような事態が続いた。今度も、民営化された郵政の一番おいしいところを、外国のハゲタカどもに攫われるのではないか。そんな失政の元凶である小泉純一郎や竹中平蔵を、未だに持ち上げているマスコミが少なくない。大至急、郵政民営化をきっちり検証し、その後の米国の圧力と進出、それに乗じて金儲けをたくらんでいる奴らを白日の下に曝け出さなければならない。
(後略)

以上は、月刊誌テーミスの巻頭言に当たる、「姿勢」のコラムからの引用である。

Export of Poisonous chemicals

Last year, Panamanian government officials there without knowing mixed diethylene glycol into 260,000 bottles of cold medicine — with devastating results. Families have reported 365 deaths from the poison, 100 of which have been confirmed so far. Panama’s death toll leads directly to Chinese companies that made and exported the poison as 99.5 percent pure glycerin.

パナマでは、ヂエチレン・グリコールと言う化学物質が、風邪薬の甘味剤として混ぜられ、365人が死亡したようである。中国からの輸出で、グリセリンだとして輸出された。

アメリカでのペットフードによる、猫や犬の死亡事故では、メラミンが原因とされているが、新たに、Cyanuric Acidを、故意に中国企業が添加したとされるとの報道である。

拝金主義のいかさま国家であることを露呈した事件である。アメリカ国内で騒ぎになって、ようやく事実を認める。共産党政府は中国の輸出が原因ではないと強弁していたが、どんな責任をとるのか。日本にも、残留農薬つきの野菜を輸出した前科がある。中国製の農産品を、まずは、食べないことが一番だ。中国製の梅干とか、日本の伝統職のある産品までが、中国でつくられるようになってきているが、まずは検査を徹底することだ。製品管理をする組織的な対応が必要だが、そんなことは気にもしたいないのが実態だろう。儲かりさえすれば人が一人や二人の荒っぽい経済だろう。本当に、日本にそんな産品は輸入されていないのか、注視すべきである。

Pope in Latin America

ローマ法王のラテンアメリカ訪問が続いている。ブラジル訪問である。解放の神学ということが思い浮かぶ。ブラジルの前の大司教、Hummes氏は、労働者の司教とも呼ばれていた。バチカンは、ラテンアメリカを希望の大陸と呼び、貧富の格差の是正、貿易の規制緩和、医療援助の拡大などを訴えている。1980年にラテンアメリカを訪問した、ヨハネ・パウロ2世は、なんと2週間にもわたってブラジルに滞在して、スラム訪問までをやってのけている。その当時は、10人のうち9人は、カトリック教徒であったブラジルが、10年後のカトリック教徒は、3分の2に激減している。プロテスタントのペンテコステ派と呼ばれる新興宗教が教勢を拡大している。カトリック教会にとっては危機的状況である。ベネディクト16世は、80歳という高齢であり、ブラジルのカトリック国としての変化について、説教するたびというよりも現状を知るたびと位置づけられるが、期待にこたえることができるか。ヨーロッパとアメリカ、そしてラテンアメリカとの三角の精神世界の位置づけについても考えるたびである。もちろん、ベネディクト法王は、ヨーロッパ精神世界の具現者であるだけに、ブラジルの反応が注目される。

Cities on the rebound

地方から出かけた人が、散歩ついでに汐留や六本木あたりを歩いてみてビルが乱立していて、うらやましいという。有楽町の駅前あたりも、ごみごみとしてところが、更地になり、高層ビルが建つようになるという現場を見たという。地方が落ち込んで、東京が建設ラッシュになっているのをうらやましいという。

ただ、この建設ラッシュは、東京だけの現象であるが、本当に21世紀を展望した街づくりであるかどうかは、なお検討の余地がある。世界の趨勢は、歩ける街づくりであるが、東京は今、そうではない。ボストンの保険会社のビルは、失敗作だと言われたが、その類のビルばかりで、歴史のある建造物などをぶち壊して、ガラス細工のビルが作られる傾向にある。幕張なども、新都心ともてはやされたが、知人のアメリカ人で、都市計画に長く携わった人の感想であるが、日本の都市設計は、どうもアメリカの欠点を真似しているようであると。シカゴあたりでも、もうあの世界一のタワー建築などいらない、子供も青年も老人も歩いて回れる共同体の方がいい、車で、郊外に奪取して、貧富の格差で住居の地域が変わる都市の作りは、日本では止めたほうがいいなどとも言っていた。

東京湾の美しい水際も生かされていない。お台場など、これ見よがしの商店街ばかりで、屋形船ぐらいで、ヨットも、モーターボートもハーバーもない。水に親しむコンセプトがないのである。

地方の友人はうらやましいというが、もう日本でも、ミニ東京をいくらも作るのは、やめた方がいい。それぞれの個性で、街づくり、村づくりの自由が必要だ。例えば、地方に行けバイクほど、車漬けになっているような現象もあるから、むしろ東京の方が電車や地下鉄で歩ける街になっているという逆説もある。

高層ビルは、東京ではビジネス、会社のビルだが、一階の窓が美しくない。商店街になっていないからだろう。人気がない。ガードマンに守られた金融機関のイメージばかりだ。さて、スペインでは、イタリアでは、ビルのマンションもあるが、人が人生を過ごすための空間をつくっている。マドリッドなどは、空前の建設ラッシュであるが、後世に残るような建物が次々とできてきている。東京では、後世には残らないような細工のびるがおおいようにおもう。六本木のビルの回転ドアで、子供が圧殺死した事件があったが、優しさや、美しさがなく、怜悧な無機質のビルが増えることが、いいことなのかは判断するに速いように思う。

True producutivity

トヨタ生産方式は、すばらしい成果がいくつもある。故大野耐一氏との親交があって、設立されたという会社のホームページには、同氏の珠玉のような言葉が掲載されている。

http://www.mie-system.com/index.shtml

教会のドアには、ノブが片方にしかない。外側から押して、内側から引く、引き合いにならないという大野氏の発見には感動する。しかも会社に帰り、それを実践する。すばらしい読み物である。

Call to End 4

ワシントンの世界銀行総裁のスキャンダルをめぐる動きがそろそろ山場を迎えつつある。世界銀行は、名前は世界でも、その総裁人事は、アメリカ人が就任するという不文律で、当初ヨーロッパ諸国の関係者からは、そろそろ、アメリカ人が総裁になるというルールを変えるべしとの議論が聞かれたが、これ以上ブッシュ政権を追い詰めるのは得策ではないとして、ウォルフォビッツ氏が自発的に辞任する代わりに、アメリカ人が継続して総裁になってもよいという妥協案が囁かれるようになっている。この妥協案は、アメリカの財務省から出た提案のようだ。先週はじめに、調査委員会の報告が出され、なお、検討が続いているが、総裁の信頼は、修復の限界を超えた、つまり、辞任やむなしの状態にあるが、それが、ヨーロッパとアメリカとの微妙な主導権争いが背景に名あるために最後の調整段階にあるものと見られる。ちなみに、世界銀行の姉妹機関である、国際通貨基金はヨーロッパ人が総裁になるという寒冷にあるために、これまでのヨーロッパの主張を貫徹すれば、IMFのヨーロッパ人の総裁継続も、明け渡さなければならない。さて、アジア開発銀行の総裁ポストはずっと日本人が、大蔵省のOBが勤めているが、そこにも影響があることになる。山場に近づいているが、まだ目が離せない動きである。

Honey dew

郵政公社の非常勤理事、いわば、社外重役の給料は、29万4000円だそうである。一ヶ月にわずかに数時間だけ出席して、それだけの謝礼を貰うのは、ガバナンスに反する。

郵政会社の社外重役の給料はどうなっているのか。ザ・アールの奥谷禮子氏が社外重役を勤めているが、国会では審査は無く、まったく政治のガバナンスがない。いくらの給料になっているのか。

本当にばかばかしい話だ。怒ることが大事だ。仲間内だけでのいいとこどりだ。アルバイトの職員の給料が、年間300万になればとの希望で議論しているときに、アメリカの物まねの社外役員制度で、わずかに数時間、月に一回会合に出て、29万4000円。

どこかおかしくありませんか。それが、郵政公社の民営化を推し進めた民間的経営の実態です。

Imperial Presidency

公務員の兼業禁止の規定がある。勿論例外はあるし、大学で教鞭をとったりする公務員もいるかもしれないし、国立大学の教授が、電機会社の取締役になれるかどうかもめたこともある。話を単純にすれば、その程度の話は、本当は国の盛衰にはあまり関係がないのかもしれないが、要するに、公私の混同の許容度の問題になろう。

引き続いての、郵政ネタで申し訳ないが、非常勤理事などというポストも、民間の会長などを務めながらの就任であるから、オートバイを売っている会社の会長が、個人の立場といっても、相当の規制と自制が求められるだろう。さて、相談役だったらいいのかといえば、代表権がなければ、公私の混同度は、幾分下がる。友人知人だったらどうだといえば、それは、典型的なネポティズムである。

これまた小耳に挟んだ話であるが、4月から、郵政公社総裁に就任した、西川総裁は色んな会社の役員を兼任しているとのことである。総裁就任前に、アメリカ並みの査問委員会が国会で開かれた気配もないが、どんな会社だろうか。国家公務員法に抵触する恐れはないのか。国営の公社の私物化がはじまっているとされるが、薄気味の悪い話である。

単なる噂であればいいが。日本の市場原理主義は、アメリカの原理主義よりも始末に終えなくなる恐れがある。日本郵政公社で人材研修を受注した企業の代表が、郵政会社の非常勤役員に就任していることの問題点は、もう既にいくつかの単行本でも指摘がある。総裁は、帝王的(独裁的)民間人がなるポストに劣化してしまったのかもしれない。金融庁の長官だった人が、民営化される郵政会社の副社長辺りになるのも、戯画の世界である。公私混同は利益の相反の問題でもある。程度の問題の要素もあるかもしれないが。

Fake Productivity

郵政公社の生産性向上運動の実態です。ご参考まで。

1.      取組施策について、トヨタ自動車の出身のコンサルタントに高額な指導料を支払い、結果はまったく出ていない。というのは、(郵便局だけに課せられている)賃金・超勤の削減のため「バラツキチェックシート」という施策を指導していますが、要員配置と物数の関係から、要員配置のバラツキを見ろといっていますが、これはあくまでも「気付き」、これを実行したからといって削減には到底結びつきません。物数が不安定であり、 ゜明確なデータをとることは出来ない。

バラッキチェックシートを作成するために毎日相当な時間を割いているのが実態です。

コンサルタント本人は、「削減宣言額」というものをJPSコア局局長から提出させ、本人の期待にそぐわない削減額であれば、この局長は駄目とレッテルをはり、辞めろと「これは公社のため、支社のため」とさえ人事権を持っている人としての対応。局長としての人格は全く認めていません。

 コンサルタント本人はいつも恫喝的な指導「生田さん、高橋さんの名前を必ず出し」実効果が上げられない局長に対しては、管理職手当てを返納したらいかがですか、辞めろ、辞表を出せ、いつでも高橋さんに報告してあげると、これは郵政にとって良いことではありませんが御身が大切な局長は、本人に納得してもらえる資料を作っているのも事実です。

 コンサルタント本人がよく言う言葉としては、私は部外者ですが削減をして実効果が上げられないのであれば、生田さんや高橋さんに対しての背信行為ですよ、紙切れを出してすっきりした方が良いのではないですかと発言している。

こんなことで本当に郵便局の賃金や超勤が削減できるとは到底思えませんし、もともと大きな規模の中央局や地域でまとめ役をしている郵便局のように賃金や超勤の予算がたっぷりあった局と普通の局で予算が少ない局とで同じ取組をするのは至難です。これを受けて本社のJPSの担当部署から職員が来ては、出来ていないと攻められるのではたまったものではありません。 郵便局から職員が減り、本社のみが人で肥大化していく組織で良いのか疑問がありましたし、お客さんと直接結びつきのある現場の職員の減と超勤の削減こんなことで本当により良いサービスが出来るわけがありませんし、反面、本社の職員は無尽蔵に超勤をしているという変な現象です。

現場が稼ぎ・人を減らされ超勤も10分単位で発令しろと本社からやかましく言われ、こんなことで本当のサービスは出来るのでしょうか。

現場も悪いのかもしれませんがやたらとお客さんから苦情も以前から比べたら増えました。

2         人間性について

  トヨタ自動車のコンサルタントの本人は、さも郵政公社の役員気取りで、俺の後ろには副総裁がいるから従え、逆らえないぞという態度でいる。ほとんどの局長は服従、 「私の責任で副総裁に進言する。」と脅かしの指導。

  ゴマをする局長はご栄転、あの方に物申した局長は左遷人事か、現状維持で徹底的にやられる。思い込みが激しく、いったん駄目と思い込んでしまったら、後でがんばっても評価されない。「人に対しての好き嫌いが激しい」。人づくりといいいながら、大半の局長・管理者はやる気をなくしているのが現状です。これは本社の職員から聞いたのですが・・・・あの局長は俺がほめたから栄転したとか人事権を行使しているような話をしています。

 これは、今年の人事異動を見れはなるほどと感じるところがあります。

例としては、80 名程度の局からいきなり幹事局長とか中央郵便局長になるといったのも。JPSとご本人に嫌われないようにしていればご栄転、本当にこんなことで良いのか疑問です。

 最近は郵政公社自体がおかしくなっています。コア局の局長も部下の課長等にJPSの改善が進まなければ怒鳴るといった現象がおきており、管理者がやる気をなくしていく或いは辞めるといったことがおきています。

パワーハラスメントはやるなと本社から指示が出ているにもかかわらず、恫喝をする人が偉くなっていくといった変な現象です。

3         人づくりという言葉だけの恫喝

あくまでも郵便局の職場改善は職員と一体的に取組まなければ改善も推進されないばかりか維持も不可能です。

トヨタの改善も同様な考えであるものと理解していました。

それが本人の改善は、結果がなかなかでないという焦りがあるかもしれませんが、「やれ・できなければ辞めろ」副総裁に告げ口をする。人事に反映するように進言するという人事という人質を持ち脅迫まがい。

本人の指導に従わないのではなく、恐怖政治では人の心はついていきません。

本人は、人の意見を聞くことができない人。トヨタの改善方式の指導者であれば、少しは人の痛みや苦しみが分からなければ、ただの裸の王様です。

もっとも、本社のトップを含めた幹部も現場の実態が分からないまま指示のみです。

幹部たるもの現場を視察するのではなく、1年程度は経験をつんで欲しいと思います。

4         最後に

   当初の頃のムダ・ムラ・ムリの精神は今は何処に言ってしまったのか。○○局で改善が成功した(総本山であるので膨大な予算を投入)からといっても、前段でも書きましたが局の規模と局の地域性、予算のダブついた局と元々足らない局と一律では削減をといっても無理が多々あると思う。

  お客様が第一であれはもっと現場のことを理解してもらう必要があると思います。

 民営化に向かって一日も早く踊らされるのではなく、明治から続いた我が郵政の正常化になることを願い祈っております

April 17th

小泉前総理には、まだ、SPがついているようである。4月17日、午後七時、四谷見附の料理屋「りゅう庵」で、モルガンスタンレー証券のロバート・フェルドマン氏との会食があって、三時間後に上機嫌で終わったという。小泉氏との会合には、もう一人の人が同席していたが、官僚かとある。フェルドマンと言えば、外資系のエコノミストと称する人で、テレビ東京系の番組にも出ていたし、郵政民営化の時にはどういうわけか、いろんな番組に出ていた人だ。文藝春秋の6月号の記事にでている。官僚といえば、おそらく、財務省の官僚で、心を、連中に売り渡したやつだろうと思う。フェルドマンといえば、鉄人と訳してもいいぐらいの、プロフェッショナルで、もう日本語も達人で、お金が儲かれば、何も日本とかアメリカとかこだわりのない、やはり、日本人にはないような、怜悧な人物のように見受けられる。前総理が、四谷見附あたりで、どうして、一介の外人のエコノミストに会うのだろうか。私的会合と、モルガンスタンレー証券の広報はコメントしたようだが、そんなことでとおるわけがない。この国、日本の劣化の現象だ。役人が、外国人の謀略家を応援して、一国の総理を勤めた人が上機嫌になる。劣化だ。同席した官僚は誰か。大体想像はつくが、もしかしたら、もう現役ではないかもしれないが。小泉前総理に買われて、郵政民営化の裏方をした官僚なのかもしれない。SPは、別室に待たされていたようであるが、ちゃんと誰が着たのか把握しておいてほしい。国家の秘密は、残念ながら、SPの方々がちゃんとしておれば、事実は、警察には伝わることになる。そうでなければ、ヤミからヤミだ。前総理が、外資のコンサルタントと会う。しかも、夕刻。憂国の話でもある。

Arrogance-Sarkozy sophisticated?

Let us refrain for a while from drinking a wee of French wine and Paris-made confectionaries and further some brand items such as bags and autocture fashions.

. I do not think that the French politician's gesture to disdain the Sumo, the Japanese national sports and arts is sophisticated. France is not uber die Welt. That small and narrow minded arrogance shown by the  ultra nationalist of France is not compatible with the respectable grandeur of the French nation. At least he is not so tall as President Charles de Gaulle and not sexy as his predessesor Chirac who may have fallen in love with Japanese culture and probably with the existence which can be sweeter than wine. The discain is an arrogant interpretation against the Japanese tradition and culture  and it is worthy to present some strong rebuttal. Do you think really that the dances at the Moulin Rouge is so much sophisticated though the Sumo and the cabaret dancers lack thick costumes clad in common.

フランスの大統領選で選ばれたばかりのサルコジ氏が、日本の大相撲でフランス大統領杯を、止めると言う。宿敵シラク大統領が大の日本びいき?で、その優勝カップがシラク杯ということから、江戸の敵は長崎で、パリの敵は大相撲の優勝カップでとばかりの事態である。大相撲は、国技である。フランスの大統領が、カップを引き揚げるならそれでもよいが、問答無用ではなく、何か理由があるだろうから、それを糾すべきである。北京に行った折、相撲が原始的だとか何とか難癖をつけた前歴があるようだから、よっぽどの狭量の政治家のようだ。フランス人でありながら、ワインも飲まないというから、よっぽどの変人だ。日本の外交当局ももう少ししっかり対応して、大相撲は、単なる娯楽ではなく、桟敷で飲み食いしていても、土俵の周りは、神事の伝統もちゃんと残していて、しかも、国技だとちゃんと対応しておいただろうか。シラク氏はシラク氏で、愛人との間に子供がいてもあっけらかんと認めるほうだ。その喧嘩に巻き込まれる理由などどこにもない。もしかしたら、サルコジは、単なる小男の、狭い狭い民族主義者で、それも生粋のフランス人ではなく、ハンガリーの貴族の移民の末裔だから、相当なコンプレックスがあってのことかもしれない。抗議して、フランスのワインを不買運動する手もあるが、うまいものはうまいから、サルコジの好きなチョコレートをフランス製を輸入禁止にするとか、フランスのワインをひかえて、イタリアか、チリなどの上等ワインに当分の間切り替えるとかしても面白い。ボージョレーぬボーなどとのフランスかぶれの行事などは、もう止めで、ヌボー輸送のための、ロシアの大型輸送機など、着陸を禁止したらいい。フランスでも、日本の小泉前総理同様に、変人が大統領になったようだ。危ない危ない。中国が日本に難癖をつけるように、日本も少しは難癖をうまくつけなければならない。フランス人の立派な話をよく聞くが、どうも政治家が三流になったらしいから、ちゃんと抗議をして、微力ながら、フランスワインを控える、フランス料理を食べても、フランス製の(サルコジ氏の好きな)チョコレートを控えることにしよう。ああ、そうだ、フランス製のブランド物のバッグや、洋服など、金輪際ボイコットしよう。フェラガモ、アルマーニ、などなど、フランスと関係のないブランドにこだわってみるのも一興だ。

Survival

文藝春秋6月号に掲載された、脳梗塞からの生還と題する、平沼赳夫衆議院議員の闘病記は、単なる病人のリハビリの記録ではない。文藝春秋は特段入手の難しい雑誌ではないが、政治に関する発言を少し引用しながら、議論を進める。

病状は、昨年の12月6日夜に現れたという。11人の自民党復党を結わう会の席上で、症状が出て、東京・広尾の日赤病院で、検査を受け、即入院したという。

病名公表をしたのは、1月16日であったが、自分に都合の悪いことについても隠し立てをすることなく、常にオープンにしてきた。脳梗塞という病名もきちんと発表してほしいと、取り巻きの病名隠しを押し切ったという。

無所属で苦労をともにした、古屋圭司、森山裕、武田良太、古川禎久氏には、病院に来てもらった、綿貫民輔先生にも来て頂いたと言う。

復党の誓約書を要求されて、提出を拒否したのが、平沼氏であるが、「党議拘束、党の方針に反した場合は議員の職を辞する」という文言が、政治家としての心情にかかわるから拒否したということだ。そして、議員辞職は、自分でやめる場合と有権者が決めて辞める場合の二つしかないという。一法案が以下に党議拘束がかけられようが、いちいち議員辞職するのでは、議会制民主主義の原則に反するという。もっともなことである。つい先日行われた米国議会の、イラン撤退期限を巡る採決などは、共和党、民主党入り乱れての採決であった。この誓約書は、郵政解散の総選挙のときも書かせたというから、その時点で、自民党の党内民主主義は崩壊していたことになる。

安倍総理は、退院当日の夜、退院の結わいを電話してきたという。「平沼先生、たかが郵政じゃないですか。貴方には将来がある。憲法改正なり、教育基本法改正なり、国家の根幹にかかわる大きな仕事で力を出してほしい」と安倍総理はのべたという。それに、はんばくして、引用が長くなるが、「しかし、私にとって、郵政民営化問題はそんなに小さな問題ではなかった。これまでも繰り返し主張してきたが、アメリカに押し付けられた形で民営化を進めれば、大きく国益を失うことは目に見えていた。こうした動きに歯止めをかけることこそが、本来、政治の役割だと私は考える。安易な妥協はできないという信念があった。一昨年7月に続き、総選挙後の10月の特別国会でも郵政民営化法案に無所属議員で唯一、反対票を投じたわけだ。」

靖国問題では参拝したか、しないかも明らかにしないというあいまい戦略には正直ガッカリしたという。

公務員制度改革についてもポピュリズムの匂いを感じる。

改革は結構なのだが、小泉前総理はあまりに目先のことしか考えなかった。長期的な国家戦略などまったく無かった。三角合併で、米国や中国の外資による企業のM&Aのききにさらされたし、エネルギー外交など、日本は中国に一歩も二歩も立ち遅れた。

郵政民営化に際して、アメリカに唯々諾々と従うことの懸念も現実化しつつある。医療制度までが外圧にさらされている。

すべての鍵を握っているのが参議院選挙だ。亀井静香氏は、29ある一人区で与野党逆転ができると確信を持って闘っている。亀井氏は、もし、参院で与野党が逆転すれば、法案は次々と参院で否決され、一気に政局になる可能性があると睨んでいる。「だから、私の復党なんていずれも参院選後の話だ。

はっきりしているのは、誓約書をもう一度書けといわれても私は絶対に書かない。

劣化する議会制民主主義の状況の中で、平沼赳夫氏が、脳梗塞の病から生還し、また政治活動を再開するとの報である。慶賀。

Medicine sans Frontier

国境なき医師団と言う、フランスのパリに本部を置く、勇敢な医師の団体がある。戦争医療と得意として、戦場に赴き医療行為を行う。日本にも岡山に支部があったと思う。

医療制度の改革?が行われているが、その真相について、月刊保険診療・2007年一月号に、自味庄三郎氏が、インタビュー記事を掲載しており,優れた判りやすい内容となっているので紹介する。

医療制度で、アメリカを見習うには問題が多すぎる。1%の人間が40%の資産を持っていて、医療を受けられない無保険者が4700万人もいる。破産は、クレジット破産が一位で、2位が医療。悲惨な現状。アメリカの医療費は、高い。190兆円規模。日本は30兆円。平均寿命は世界の24番目。長寿国の日本が見習う必要なし。質の高い医療はアメリカがいい。ただし、アラブの王侯のためのような、例えば一日100万円の医療は。

混合医療は公的責任の放棄。穴を、民間保険がビジネス機会として利用すること。子供が救急車で運ばれてきて、10万円しかないから、10万円まで治療してください。後は、殺して結構ですとは、日本ではできないはずだが、そんな医療にしようとしている。

そこが狙い目で、第三分野、医療保険や傷害保険は、外資だけに認めている。2001年までは、国内保険には認めなかった。しかも、一番儲かる分野。公的医療がうまくいっているから、壊して儲ける。儲からない僻地医療を政府と日本人に押し付けて、病院はアメリカの巨大企業が買っていく株式会社論。

規制緩和にはしていいことといけないことがある。命にかかわる医療はしてはいけない。株式会社警察庁が成立するのか。

総医療費の25%を企業が負担していたが、地方自治体と患者さんに押し付けて今では、20%の負担。会社が儲けても、社員や、国民には還元しようとしない。株主配当だけ。人は会社の付属品になった。この10年で、国民は3兆1000億の増税、企業は1兆1000億の減税。小泉政権で、正社員が440万にも解雇。平均給与は、正社員で、450万円、派遣で、200万、パートは、僅かに110万円。日本の社会は崩壊しつつある。

日本の一部上場企業の25%の株を外資が持っている。キャノン、ソニー、NTTも24%。
北九州の一等地が外資の支配下。中央郵便局の跡地。東京中央、大阪や名古屋の中央郵便局も同じ手法で跡地が取られてしまうか。それが、郵政民営化の実態だろう。

日本の医師会もマスコミの餌食。批判精神もない。日本医師会も変わった。患者の見方もしていた医師会が、患者の立場を見なくなった。中医協に病院代表も入るようになって、医師には混合衣料を支持する人もいて、分割統治になってきた。僅かの違いに塩を塗って、
仲間割れのけんかをさせて、結局は言いなりにしてしまう。

前々回の診療報酬引き下げの時には、自己負担が13倍になる案もあった。障害者自立支援法では、負担が一番上がったのが、13倍。小泉チルドレンが83人いても、医療福祉の政策はない。総額医療費の導入で脅しておいて、診療報酬を下げるというやり方。それと、医師免許の更新制度。脅しか。
ヨーロッパ型の社会がいい。社会保障も経済発展もしている。日本の医療費は先進国中で、17番目、増えてもいい。人の命は金儲けになじまない。

自味庄三郎氏は、1945年生まれ。九州大学医学部卒業。1983年衆議院初当選。97年郵政大臣。2005年落選。刺客選挙の犠牲者。

Coup de etat

東谷暁氏の新著のなかで、2006年9月のタイのクーデタに関する評論は興味深い。
中国の経済が成長する中で広が広がっているのが、華人ネットワークであり、前総理のタクシン・シナワット氏が、4代目の華人であり、ヒーローであったとしている。クーデタは、潮州系の華人と客家系の華人との争いだったのではないかと推論している。その真偽はともかく、
シンガポールの李一族の資本であるテマテックあたりについても記述している。
日本は戦後、東南アジアに経済を拡大したが、華人とのネットワークの中で、拡大してきた歴史があるが、金融危機の以降は、華人に対する関心を大きく低下させている。タイの中の微妙な民族関係についても関心を払わなくなって、久しい。中国の経済拡大は、決して安定的なものではなく、アングロサクソンよりも俗悪で、直截的な金融経済が沸き立っているに過ぎないと記述する。拝金主義ーめちゃくちゃ儲けて何が悪いんですかの経済であるとする。

一読に値する分析ではある。

Compliance

コンプライアンスとは何だろうか。人のあり方や佇まいを語るときに使う言葉で、「合法的で法律に触れない、投資をすれば確実に儲かると判っている、でも自分の倫理観から敢えて手を出さない」というようなこと・・・・法律の原則は罪刑法定主義だから何が先に禁止しているかが重要。つまり、その時点において法で禁止されていないことは何を屋ってもセーフになる。でも、だからこそのコンプライアンスだ。明石散人著「アカシックファイル」より。

Seven mysteries

東谷暁氏の新刊「世界金融経済の「支配者」」が出た。祥伝社からの新書であるが、事実を緻密に検証して結論を導き出してくることに定評のある筆者だけに、時宜を得た本になることは間違いない。

七つの謎というサブタイトルがついているが、その第一が、五月から日本でも解禁された、M&Aは、世界経済を効率的に改造するかという疑問である。

日本では、株価中心のM&Aが正当化されつつあり、社会全体が損をしてもかまわない風潮が生まれている。株価吊り上げゲームである。問題のある企業を退出させ、産業再編を加速させるというお題目が本当に実行されるだろうか。プラスになるとする議論は、実は現実を無視した議論である。その証拠に、80年代のアメリカがどんなアメリカであったのか、M&Aが横行したアメリカがどんなアメリカであったのか、関係者は口をつぐんでいる。買収しようとしている企業の資産とキャッシュフローを担保に資金を調達するという不健全な買収方法が席巻したことを忘れているのではないだろうか。

80年代のアメリカでは、株価を上げることばかりで、労働生産性など伸びてはいない。ジャックウェルチなどは、典型的な株高経営で、その反面、技術開発力などは、どんどん低下して、単なる金融業のノンバンクが儲かっただけの構造であった。

乗っ取り屋たちの行動が経済を活性化させるというのは嘘だとして、その事例を挙げている。日本のお役所、経済産業省までが,毒されているとの怖い話も書いてある。

小泉首相が、ブッシュと合意して[日本企業の叩き売りに]加担して、三角合併が可能になった過程をさらりとまとめる。

M&Aは、アメリカ型ばかりではない。外国企業の国内企業買収については、政府が介入するのが普通の国である。イギリスの場合には、買収はすべて現金で行わなければならないそうである。また、買い付けを始めたら、最後まで遂行しなければならないという。

英国方式のM&Aであれば、村上事件もホリエモン事件も起きなかったとする。

分かりやすい本である。経済産業省の研究会までが、日本国に対する背任の報告書を出したことには驚きであり、政治的な追求が行われてしかるべきである。

Post Office Crisis 2

下記は参考までの情報です。

日本郵政公社になった年の7月の異動で○○県の○×郵便局に転勤いたしました。JPSが導入されていた○○局の配下にあり当然のごとくJPSをやることとなりました。この頃のJPSは効率的なことをする点についてはまともだったと思います。

その後、20057月に都内の○○郵便局に転勤となりましたが、この局もJPSのコア局の指定を受けており当然率先してJPSを実施しなくてはならないのですが、私が転勤となる以前に本社のJPSが入って改善を行ったことを後になって聞きましたが、ただ人を集めて改善モドキを行ったとしか思えない散々な状況でした。本社の改善責任者(現在は本社JPS担当部長に昇格)の報告書は完璧にできたと報告したと思われます。それは後に郵便事業本部の執行役員がお見えになったときに、お前は何もやっていないのか、以前本社が入って実施したやり方が浸透していないと叱責されました、私もJPSを実施してきた自負が有りましたので、本社が入って何をしていたのか疑問に思うことばかりでした。JPSとは人を減にすることですが、それは効率的に業務が回るようになってからのことで人員や超勤を減らせと号令をかけるのみで、本当に公社で存続しても、民間会社になっても品質を保った業務ができるのか疑問を持ち、東京支社と本社に私と局のJPS職員が区内を回り○○管内における現状の説明書を作成、○○地区と○○大学近辺の高層マンションの建築ラッシュ(非常にセキュリティが高く郵便物の配達にも時間を要する。)と○○駅の南側に大会社のその他の本社ビルの移転があり、到底人を減らしたり品質を確保する以前に現状での業務が非常に困難であるので、増員と予算が必要と訴えたがなしのつぶてで、挙句の果てにトヨタのJPS主査となっている方がお見えになり、貴方は何もやっていない、○×局で実施していてなぜできないと大分叱責され挙句には、生田総裁と高橋副総裁に対する背信行為であり、この現状を高橋さんと本社郵便事業部の○○さんに報告する。またやる気がないのなら紙切れを出してすっきりしたらいかがですかとも言われ、○○局の現状を報告しても本社も支社も何もしない、本社に現場からどんどん人を抜いて本社ばかり肥大化していく(民営化となれば当然人は必要にはなるし分割ロスも生じるのは分かりますが)結局は現場のことは何も思っていないことが良く分かりましたので、辞めようと決断し、20067月に36年間お世話になった郵政を辞めました。

民営化は反対ですが、民営化になって本当に良かったとなる日が来るのか疑問に思っています。

第一線のことを、本社は偉いという目線で見ていては駄目です。本社の上級幹部か゛視察や見学ではなくて、民営化になろうがなるまいが、現在の郵便局で自分が数ヶ月間責任者としてお客さんの目線でしっかり見なくては駄目だと思います。

先日、西川新総裁に年賀の遅配は現場の体制が悪く、郵便局長の責任であったと本社の郵便事業部幹部の説明のペーパを本社の方から見せてもらいましたが、現場の責任者はこれを知ったらどのように感じるのでしょうか。・・・・背筋か寒くなりました。

それといよいよ旧郵政省は完全に崩壊されますね。

郵政は小泉と竹中にぼろぼろにされて、生田と高橋には訳のわからないJPSで人減らし、反面、品質を高めろとあい矛盾する事を散々やらされて、小泉一派が消滅するや郵政を散々批判していた西川なる者が今度は「郵政事業の関連法人の整理・見直しに関する小委員会」を立ち上げ委員長がこれまた郵政に批判的な松原と全てが郵政にとってマイナスのことばかり、本当に現在郵政関連に生き残っている、元高級官僚の人たちは何を考えているのでしょうか。

多分、今のまま御身大切でいると民営化になるや郵政以外からの人々に全ての会社は支配されるのでしょうね。・・・現在でも要所のポストは侵食されているのに。

私は退職したからいいとはいえません。自分が36年間お世話になった郵政が日本の外圧や外資にのっとられるのは寂しいですね。

また、松原東洋大学教授が6月には郵政OBが役員をしている連結企業31社に対する中間報告を出そうとしていますが、全てがばっさりと切られてなくなるのでしょうか、いい加減ばかばかしくなってきました。

政府も天下り禁止法案の可決とか、四面楚歌ですね。

結論として民営化は絶対に反対(サービスは私がいた頃から更に低下)ですし、現職の郵政官僚にもつとしっかりしてもらいたいし、夏の参議院選は民営化反対者に頑張っていただきたいと思います。

注、JPSとは、日本郵政公社で行われているトヨタ方式の生産性向上運動のこと。

Passage to India

私たちは、インドの独立の過程について美しい映画で見ることができる。E。M.Fosterの原作で、デイビッド・リーンのインドへの道がすばらしい映画である。植民地のインド人と、宗主国の人との、微妙な心の織り成す世界を垣間見ることができる。

インドは独立したが、理念と現実との懸隔にさい悩まされた。非同盟主義の外交を独立後主張したし、ガンジーの非暴力主義の影響もあり、後継者となったネルーは、第三の道を追求したが、やはり限界があった。世界は、米ソの対立を軸にした冷戦の時代に入っていった。平和五原則の非同盟の象徴する国際関係は、アジアは偉大な文明で、その近代は惨めであったが、アジアを中心にすえようとの主張が鍵となった。ネルーは、きわめて理想主義的であって、周恩来が來印したときには、デリーの首都の両脇に人垣を作って歓迎した。ヒンディ・チニ・バーイバーイ、印中は兄弟であると歌い上げたが、59年にはチベットの反乱があり、対立は、むしろ激化した。中国は革命を輸出したし、ナクサライトと呼ばれる、毛沢東派の革命輸出で、現在のネパールなどの反政府運動にも影響を与えている。中国が、鄧小平のもとで行った、ベトナムの懲罰戦争についても、インド側からは激しい反発があった。

冷戦時代には、インドは、ソ連との関係を重視して、印ソ平和友好条約を結んだ。東パキスタンであったバングラデッシュも独立した。武器のライセンス生産が行われ、ソ連は、石油を極めて低廉な価格で提供した。

朝鮮戦争時にインドは、北の侵略について国連において棄権したし、国連軍の北進についても反対した。極東軍事裁判において、パル判事は、日本無罪論を展開したこともご高承のとおり。

南アジアにおいては、インドとソ連が手を携え、パキスタンと中国そして米国が連携するというねじれ現象が生じた。しかし、ソ連の崩壊後には、社会主義経済が頓挫して、経済開放を余儀なくされた。2000万人といわれる、在外インド人の力が発揮された。

現在、中印関係は経済的には、拡大の一途にあるが、一方ではインド洋への中国の進出をめぐって、微妙な関係にある。インド洋への中国の影はいよいよ色濃くなっている。例えば、ビルマについては、もうほとんど中国の強い影響下にあり、アンダマンニコバル諸島あたりに中国の影響が感じられるようになるかもしれない。中国のインド洋への進出である。ネパールは、ラサへの、鉄道開通とともに、中国の強い影響が感じ始めているし、もともとネパールの共産党はナクサライトの伝播で、毛沢東崇拝である。パキスタンでは、港湾建設などが、中国の指導の下に着々と進んでいる。経済的には、印中関係は、印日関係の規模を大きく上回っている。

最近になって、日本でも中国のカントリーリスクが意識されるようになり、インドの重要性が再び語られるようになったが、その関係は、いわば片思いのような関係である。

外務省の組織も最近になってようやく南部アジア部という組織ができている。

日本は大陸に深入りして成功したためしがない。その点からも、南東アジアや、インドとの関係を重視すべきであるが、ネルーの時代のように、純粋なアジア志向の時に日本はインドに関心を示さずに来たことも事実である。近年スズキ自動車がインドでの自動車生産に成功しているが、インド自体がIT産業の離陸に成功しており、アメリカがインドを支援する状況になっており、インドの日本熱は冷めたような状況にある。中国は懲罰戦争に見られるように共産主義の帝国的な行動を示すが、インドは民主主義の政体である。

Contaminated pet food

中国から輸入された小麦グルテンに化学物質であるメラミンが添加されており、それがペットフードに混入されていたところから、犬や猫のペットが大量に死亡するという事件が発生したために、米国内では大騒ぎになっている。この騒ぎは、カナダや他の国にも飛び火している。5月4日付のインターナショナルヘラルドトリビューンは、中国当局が汚染して小麦グルテンを輸出した業者の身柄を拘束したと報道している。なぜ、毒性の低いメラミンが大量死を引き起こしたかについては、科学的な検討が続けられているという。アメリカの食品規制当局によれば、報告があっただけでも犬や猫が4000匹が死んだという。アメリカは、中国からの小麦グルテンの全面輸入禁止を発表した。先月は、南アフリカでも同様な事件があり、ペットフードのリコール、回収が行われている。中国政府は当初、小麦グルテンをアメリカに輸出していないなどと強弁したが、先週に至り、世界にペットフードの問題が拡大したことでようやく、態度を軟化させてきている。先々週には、植物性蛋白にメラミンを使用することを禁止した。(それまでは使われてきたことか)。

メラミンには栄養価はないが、たんぱく質の検査で蛋白分が入っているように見せかけるための添加物だと言う。魚飼料などにも使われている。

米国では、6000万パックのペット飼料が回収する騒ぎとなっている。

中国のメディアは、報道管制をしており、この事件を報道していない。中国の輸出業者が広くメラミンを使っていたと言う証拠は固まりつつあり、アメリカの食品規制当局も検査官を派遣することを決定して、中国政府の妨害は見られない。しかし、中国政府は、ペットフードや飼料の回収は決定していない。

メラミンを入れた資料は、韓国や北朝鮮、インドネシアや、タイなどにも出荷されたとの報道である。(ニューヨークタイムス)

さて、日本に対する輸出はどうだろうか。魚の、植物の、鶏などの飼料、ぺっとフードの原料としての輸入はなかったのか。世界でこれだけの騒ぎになっているのに、日本国内の報道が遅々としているように見える。ペットフードの事件は、中国の農産物輸出に対して、強力な監視が必要であることを物語っている。過去にも、野菜に農薬が残留すると言う、考えられないような事故があった。中国は全体主義で、規制が強いように見えて、実は穴だらけの国である。そうした被害に日常的にさらされた、中国国民(人民と言えば良いのか)に同情を禁じえないが、日本は、黒いはじきと白い粉同様に、水際で、毒性物質の進入に防戦しなければならない。

それにしても、報道が少ないように見えるのは、何か背景があってのことか、気のせいか。時事のワシントン発電も、中国の名前が出るのを抑えているようだし。ともあれ、水際で防止するために日本のマスコミの奮起と農政と厚生当局の活躍を期待する。

Yellow sand

情報通信研究機構が、4月1日未明から夕方にかけて東京上空に飛来した黄砂の空間分布とその流れを可視化することに成功したと発表している。

黄砂は地球環境問題の一環であるが、中国の政治・経済問題とも密接に関連している。最近黄砂が飛来して顕著に見られるようになったが、その分、中国の黄河流域の乾燥化が進展していることを物語っている。

その昔、カナダとアメリカとの国境線沿いで、工場の煤煙を巡って紛争があった。スピル。オーバーの話である。電波が漏れてくることも紛争となった。黄砂もそろそろ、飛んでこないようにしてくれと、外交問題にしても良い頃かもしれない。これは、本当のことかどうかわからないが、フランスは、スイスとの国境沿いに原発を建設しており、それは困るとスイス人は思っていると言う話を聞いたことがある。垂れ流し、市場原理主義に毒されて、世界でもっとも不平等な国になった中国を、黄砂でいさめるのも一案かもしれない。

そのためには、データをちゃんととって突きつけることが大事であるから、探査用の電波レーダーが開発されることは大いに結構なことである。

No more Yalta

昨年12月にニヤゾフ大統領が死亡して、後継の大統領が就任した関連の話を聞くべく、トルクメン人の友人に会った。トルクメニスタンはロシアならぬイスラエルの強い影響下にあり、ニヤゾフの資産は、英独仏の銀行管理下で、中央銀行は機能していない。『独立』後の石油・天然ガスの富は,海外に流出した。モスクワやオスロの亡命幹部の活動も、情報統制下でままならないとの話だった。中央アジアの『独立』は劣化している。第一次世界大戦は諸民族の独立を促したが、国際連盟の原則はヨーロッパに限定された。東西対立の下で、バルト三国や中央アジアの独立はソ連崩壊を待たなければならなかった。ヤルタ体制の過ち、すなわちヒトラーとの戦いのなかで、スターリンと手を組んだ過ちはヨーロッパでは認められたが、アジアでは逆行しかねない情勢にある。なるほど、ヨーロッパでの『冷戦』は、アジアでは熱戦で、朝鮮戦争、ベトナム戦争、あるいは幾多のゲリラ戦が展開され、帝国の草刈場となった。南東アジアでは代理戦争のゲリラは影を潜めたが、民族自決と独立の烽火は、アジアではおき火となった。バルカン半島では、冷戦後の熱戦で、独立を果たした。太平洋戦争後の東南アジアでも、綱渡りの独立を維持したタイを除き、バンドン会議の主張など、独立維持が精一杯で、その発展は近年のことである。雁行の先頭を切ったわが国の援助は大いに効を奏した。戦後のつくられた反日感情も払拭されたのは、その証拠である。英仏蘭の分割状況にあったアジアを覚醒させ、独立を促した。ソ連の崩壊でモンゴル人は民主化を達成したが、内モンゴルはなお自治区にとどまり、第一次大戦後のポーランドと同様に分割されたままである。中ソ対立の犠牲となった新疆ウィグルも自治区で、レアメタル開発の対象となり、植民地化が強化されている。カザフ、ウズベク、キルギス、先述のトルクメンなどは、ロシアの強い影響下にあったが、微妙に変化している。チベットは、青海省、甘粛省、雲南省の自治区に分割され、ラサ鉄道の開通など異民族支配は強化されている。朝鮮半島も、中国経済の肥大化と共にその経済圏として組み込まれつつある。要すれば、ヤルタ体制の反省は、アジアでは適用されていない。9.11以降のテロ対策の強化は却って、帝国の内部の民族独立の運動を抑圧する傾向にあり、人権問題に対する批判も影を潜めつつある。過酷な弾圧で、上記の地域では、第一次大戦後の万歳事件が毎日発生している状況である。ビルマなども親日国であったのは遠い昔のようで、中国の進出が続き,苛政の鎖国で属国化した。戦後の日本外交の成功のカンボジア和平も、今思えば、文化大革命の亜流のポルポトの排除であったようにも思う。資源高騰で、ロシアは経済大国となったし、中国の太平洋の島嶼国に対する展開は、すさまじい強烈さで、内向きの日本外交を尻目に海洋軍事戦略を強化している。中国の影響に対峙するために成立したのが、南東アジア諸国連合であったことを確認したい。タイのタナット・コーマン、インドネシアのムルトポ将軍、アダムマリク,比のシーシップなどの哲人経世家が連携して、経済基盤を強化して、中共ゲリラと対峙したのも古い昔ではない。中国南部は、多様な民族の駆け込み寺化しているが、タイは大電力放送局の運用を数百万人のタイ族人口に向けて継続しているし、比からは、バチカンの放送ながら、地下教会向けの情報供給を行っている。フジモリ大統領をかくまったが、中南米の日系人に対する支援は、十分いないだろうか。旧満州国の運命を、どれほど考えているだろうか。満州の士官学校の卒業生の運命は?バルト三国の国家承認を今どう考えるべきだろうか。北朝鮮の圧政について、旧宗主国の立場からの民衆への同情を、どう発露すべきだろうか。大相撲の横綱にモンゴル人がなった意味合いは、どうだろうか。紅白歌合戦などを、ブラジルや台北の会場から中継しても良いのではないだろうか。諸民族の運命に我関せずの姿勢で、拡張する帝国の手先として、資本や技術を、独立を妨げるために利用されている気配があってはならない。日本留学生の同窓会は、フルブライト留学生ほどに、組織化しているだろうか。スターリンと英米の帝国の妥協が中欧の諸民族を犠牲にしてヤルタ体制を生み出したとすれば、擬似経済同盟ともなった、米中の蜜月関係は、アジアにいかなる結果をもたらすだろうか。鄧小平の教訓を拒否したベトナムや、世界銀行の処方箋でずたずたの南東アジアの諸国の政治経済関係強化に力は入っているだろうか。独立支援で残留邦人の残るスマトラの天災地変に親身になっているだろうか。ルック・イーストのマレーシアの空港電車には日本語表記があるが、文化理解に応えているだろうか。タイの国軍が、華僑のタクシンを追放した背景への理解は進んでいるのだろうか。チャンドラボースのインド国防軍の関係者を含め、岡倉天心のロマンは、維持されているだろうか。他民族による支配の方法は三つある。第一は、武力による制圧、第二は資本による支配、第三は思想・イデオロギーによる改造であり、民族は壊滅する。アメリカ、ロシア、中国の帝国が入り乱れる中で、日本は独立を貫徹しなければならない。大国は強い者を好み、交渉相手に選ぶのであって、追従者など相手にもしない。南アフリカのアパルトヘイトが止んだのも10年程前で、アメリカ南部の公園でどのベンチに座るか、旅行者が悩んだのも、最近の時代である。日本人は文化と経済で人種差別を表面的に克服した。属領や衛星国になるほどつらいことはない。日本が当時の後発の帝国として謝罪を迫られるのであればなおのこと、アジアにおけるヤルタ体制の一掃のために、民族自決と独立の支援を行うことは、大義で、帝国の拡張を牽制する力となる。民族問題に絡む人権抑圧に妥協してはならない。アラビアのローレンスは、イギリス人でありながら、アラブの独立の大義を支持したし、中東でも、再度脚光を浴びている。日本人の中から、アジアのローレンスを再臨させるすることは、時代の機会にもかなっているように思える。

Free way or privitized roads

山崎養世氏が、単行本を出版したので、紹介したい。『米中同盟を知らない日本人』(徳間書店)である。山崎氏は、ベストセラーとなった『日本列島快走論』で、高速道路の無料化を提言して国土の有効活用を図るべきとして、その道を閉ざしてしまう道路公団の民営化に異議を唱えた気鋭の論客である。第五章に日本列島快走論のエッセンスをまとめている。東京湾アクアラインがタダになれば、房総半島がリゾートと退職者のための別天地になる、淡路島や、四国の架橋が無料になれば、阪神が2時間で太平洋に繋がり、さまざまなことができると主張する。極端に東京に集中した交通体系の変更の提案で、単なる思い付きではなく、欧米での過去の道路政策の歴史、国内の高速道路建設の経緯を踏まえているから説得力がある。高速道路無料化を達成すれば、田園都市が創造できると新たな構想にも発

展させている。『日本はクルマ作りでは世界一です。それなのに,クルマが使えない道路システムを作ってきました。そのために、鉄道のある大都市しか選択肢がない、窮屈な国土ができたのです。もったいないことです。」とまとめる。「中国が小泉政権を生んだ」という第三章は、皮肉なタイトルで、米中間の実質的な経済補完関係がある中で、郵政民営化をシンボルにして対米従属をしながら、規制緩和と市場原理に偏向した政策の内実と背景を注意深く描写・分析する。「小泉改革によって進んだのは東京や名古屋のような景気のいい大都市とそれ以外の地域との二極分化でした。公共事業を切り捨てられた地方の経営はますます苦しくなり財政負担が増える、と言う悪循環が起きています』と。本の題名の基となる、第二章「米中経済同盟で世界は動く」は優れた論文で、黒字でドルを溜め込んだ80年代の日本を狙い撃ちにして米国債を買わせたレーガンの策略と、90年代に手を組んだ鄧小平の振り付けによる米中経済同盟の成立についての解説が内容だ。人民元を切り上げないのはアメリカ、米中がお互いにトロイの木馬になる、との小見出しをつくりながら、1985年のプラザ合意をもたらしたきっかけ、その直前の9月7日に当時の中曽根首相が日本の金融機関の米国際投資を規制し円安を円高に転換する方針を発表したことだったとする内幕に通じるコメントを述べる。もともと山崎氏は、大和証券に勤務したことがあり、中曽根総理のブレーンであった故徳山二郎氏と親交があった。「中曽根発言で、為替は円高に転じ、米国債が暴落しました。ジャパン・マネーのパワーがマーケットを揺るがした瞬間でした」とさらりと書いてある。『円高になれば日本企業が打撃を受け、アメリカ企業が復活する、と言うアメリカの目論見は外れ』、バブル経済に突入し、バブルを崩壊させた後には、米中経済同盟が進む中で、日本の金融はバブルの崩壊の処理に明け暮れたと解説する。山崎氏は、大和証券勤務を経て、米のゴールドマンサックスの投資信託の部門の社長なども歴任しているから、外国資本の動きには通暁している。文章は微妙に書かれて歯切れの悪い箇所もあるが、「戦争か平和か」との第四章では、激動する経済現場での中で著者の経綸問答の積み重ねがうかがえて興味深い。西郷南洲、中江兆民や、あるいは最終章の二宮金次郎にまで触れる。カントの平和論への言及は、日本の経済界の無教養主義の傾向が指摘される中で、なお新鮮である。長い引用になるが、「日本でも、国内の金融機関が二の足を踏んだような会社や不動産をアメリカの投資家が買い(中略)、日本政府がアメリカ政府から5%受け取り、日本の民間がはるかに高い収益をアメリカの金融機関やファンドに渡すと言う構図ができてしまったのです。(中略)財政の悪化が予想される日本が100兆円もの外貨準備を惰性で利回りの低い米国債に運用しているのは怠慢意外のなにものでもありません。(中略)国民の財産である外貨準備は大きく取り崩すか、さもなければ、より高い収益の上がる世界の投資対象に投資すべきでしょう。それと同時に、民間ではできない資源の確保や戦略的に重要な国への投資などにも振り向けるべきでしょう。」と痛烈な批判も吐露している。ちなみに、山崎氏は、郵政民営化問題については、郵貯資金を地域経済や中小企業の活性化のために新たな仕組みをつくり、郵貯の証券化という形で構築することを提案していた。郵貯資金量の2割程度を、国債プラス2パーセントぐらいで回ると言うことで、郵貯にも大きなメリットがあるとの主張であった。。「単純に官は悪で、民は善、こんな論議は世界のどこの歴史を見てもありません、アメリカで20世紀初頭に始まった独占禁止政策と言うのは、横暴なる民間企業をどのようにコントロールするかと言うことだ」と述べていた。『このままでは日本はまた世界から取り残される』ことを憂えて、世界的な視野を踏まえて、より良い世の中にしたいと思う読者のための好著である。高速道路や郵政の民営化の呪文を唱えるだけで、国民資産を有効活用しようとしない怠慢に憤り、世界の環境変化に適応しない日本を憂える思索の結果が、良くまとまっている。

 

Tenth anniversary

月刊「日本」と言う雑誌がある。平成九年に創刊された雑誌である。創刊の初志は日本国の自立と再生を実現すべく全力を傾ける覚悟であるという。叱咤激励をする会が、5月7日、午後6時半から、グランドアーク半蔵門で開かれる。会費は一万円である。

その雑誌に、チャイナウオッチングという特別記事があり、鳴 霞という月刊中国の主観なる人が執筆している。5月号の記事は、刻々と迫る中国の金融崩壊という題の記事である。中国の不良資産の総額が10兆元に達したとして、外資を投入しても間に合わなくなっている実態や、中国経済が極めてアンバランスで、中国人民のうち、10億人はカネがなくものを買うことができずに、つまり消費行動がとることができないし、9億人には社会保障もなく、農村部の7割の住民には医療保険が無く、都市部においても4割は保険がないとしている。現在の中国共産党の指導部は、青紅邦と呼ばれる共産党青年団と近衛兵が実験を持ち、反日理論としては、南京大虐殺と、盧溝橋事件を中心にすえているという。温家宝首相は、先日来日したが、4が11日には、韓国訪問を先にしている。中国は日本海の中ロ国境付近で、港湾を建設中であり、ロシアと組んで建設を進めている。温家宝首相は、ハルピン・大連間で新幹線を建設することなど、日本海への進出を並々ならぬ決意でいるという。長白山(白頭山)に空港も建設中の由。言論の自由は、まったく封殺され、国内で、南京の問題、長白山のこと、ソ連解体のことなどは、報道管制下にある。チベットに、軍用空港ではないかという空港を建設しようとしており、これには、7億人の中国人が汚染された水を飲んでおり、電気もガスもない。などの、きわめて貴重な情報が掲載されている。また、中国はチベットのために投資をした歴史などないと断じている。

一部の中国経済だけを見て、甘言に乗れば、中国人民の恨みを買うことになるのかもしれないし、ビジネスの隆盛はかならずしもこくえきに合致しないことが多い。中国との関係はそれほどにデリケートで、中国は依然として独裁政治の国であることを認識しておくべきだろう。また、社会主義を目指していた中国は、不平等を憂える国是もあったが、今はすっかり放棄して、世界でもっとも不平等な国家ともなっている。月刊日本の鳴霞氏の執筆する中国情報は貴重であるし、それを掲載する月刊日本も勇気のある雑誌である。

Disappeared

社外重役制度を導入することがはやっているが、実は、この制度自体が、アメリカ政府の要求を入れて、導入促進が行われているものである。旗振り役は、規制緩和会議の議長をしていたオリックスの経営者宮内義彦氏が会長の日本取締役協会などが推進している。日本の取締役会は、身内を大事にして、外の風が入らない、大局的な見地から社外重役をお願いするなどの掛け声であるが、実際にはアメリカ的な経営手法で、社外からの声で、例えば、買収合併などのときに、存在感を表すことになる。その背後にあるのが、市場原理主義である。

日本郵政公社の人事があり、生田総裁が更迭され、西川郵政会社社長が公社総裁を兼務することになったが、社外重役(後者の場合には理事(非常勤)としているようだが)にも人事異動があった。その名簿から、石倉洋子氏の名前がなくなった。石倉氏は、2006年4月に郵政公社の社外重役に就任している。興味深いことに、今では、日本市場から撤退したボーだフォンの社外重役にも、なんと同日付けで就任している。ヴァージニア大学で経営学の修士をとり、ハーバード大学で博士号をとった方で、例のマッキンゼーのコンサルタントをしており、一橋大学大学院の国際研究科の教授をしていると言う。青山学院大学でも教鞭をとっていたらしい。どういうわけか知らないが、日本学術会議の副会長にも就任しているし、そもそも、第一回目の規制緩和の会議には、専門委員として、参加しているから、宮内氏あたりとの市場原理主義者の関係とはよっぽど深いものがある方であることは容易に想像できる。ダボス会議、スイスの市場原理主義者の集団であるが、その関係もあるらしい。マツダの社外重役を模していたようであるから、外資との関係もボーだフォン同様あるらしいことが推察できる。

あまり知られていないことであるが、(インターネットで検索すれば簡単に分かるが)生田総裁自身が、先述の宮内義彦氏を会長である取締役協会の副会長を務めている。北城IBM会長が、郵政公社の非常勤理事を一年間していたが、その後任にJR東海の葛西氏が数ヶ月務めたが、後に公安委員に就任するとの理由で辞任している。今回、石倉氏の名前が公社の社外重役リストから消えたことは、興味深い。(郵政会社の方には、マッキンゼーの関係者が既に入り込んでいるし、同社は世界各地で民営化を手がけたじっせきがある。)

市場原理主義の特徴は、文化や伝統を非効率として大事にしないが、それ以外にも、仲間内を大事にするとか、色々な特徴がある。社外重役制度は、要すれば、そうした仲間内での人脈の中での情報交換の可能性も高い。郵政公社の社外重役に、慶応大学の池尾教授も名前を連ねており、今回は異動が無かったが、やはり先述の取締役協会の幹部である。経済同友会の仲間同士で、株の持ち合いとか、あるいは、福井総裁のときのように、株の贈呈?なども行われてきたようだ。初亥会などという親睦会があったことも有名であるが。

石倉洋子氏が、日本郵政公社の社外重役の地位を去った理由は、もうすこし、公開説明されてもいいのではないか。

社外重役は、それこそ会社によるが、一ヶ月にわずか一二回会合に出席するだけで、30万円とかの謝礼が支払われるという。講演会で著名人であれば、そのくらいの謝礼がもらえるかもしれないから不思議なことではないが、多くのサラリーマンからすれば、仲間内で社外取締役を、融通しあう不思議さを感じざるを得ない。宗国ホンダ会長も、取締役協会に名前を連ねているし、日本郵政公社の非常勤理事であるが、今回名前は残っている。瀬戸雄三アサヒビール相談役は、取締役協会とは縁がないようだが。日本郵政公社の社外重役のお給料は、一ヶ月いかほどであろうか、関心のあるところである。きっと郵便局の職員が聞けば怒るような額だったかもしれない。

アメリカの押し付けに、成果主義と、執行役員制度があるが、どれもうまく機能していない。成果主義はイエスマンをつくるばかりだし、執行役員制度は縦割りをつくり、日本型の経営の風通しのよさを悪くした。また稿を改めて議論したい。

Five Years Five months

五年五ヶ月の小泉内閣で、一貫して閣僚を務めたのは竹中平蔵氏であった。

5月一日の日本経済新聞が、インタービュー記事を掲載している。日経であるから、無批判に、あるいは一種の提灯記事であるが、興味深い。

仕えやすい上司の理想として、指示が明快、その支持がぶれないことが二条件とのこと。是はおかしい。単純に指示をすれば、竹中大臣は、やりたいほうだいにやったということか。議院内閣制では、閣僚は単に私兵でもなく。総理は、大統領でもない。「外部からはたたかれて大変だったけれども」とのべるが、竹中氏は多くの人を苦しませ、切り捨てたのだから、被害者意識を持っていることには驚く。独裁者の、幼いころの苦境のような話だ。マスコミ操作の実態などは、まったく述べられていない。回想録にはちらりと出てくるが、竹中大臣に取り込まれた新聞記者が連絡役をしたことが伺えるが、このインタビューには出てこない。これから党内で猛烈な猟官運動がはじまると、総理が電話をしてきたと言う。その時点で、参議院議員を辞めたと言う。国民よりも、主のほうをとったところを見ると、誰が、主人であるかよく分かっていなかったようである。国民の投じた72万票など、どうせ、世論操作の結果ぐらいにしか思っていなかったのかもしれない。普通であれば忠義の話であるが、弱いものいじめであるから、そうはならない。デフレ克服、不良債権問題、郵政民営化を、小泉首相と一心同体ではしり続けたとするが、デフレ克服はまともにこくふくされていないし、不良債権問題は、何も叱ったから日本経済は救われ、郵政民営化は、誤った改悪にしかならなかった。

しかし、大マスコミが、こんな提灯インタビューを今頃れいれいしく掲載するのも何か裏があるのだろうかとかんぐってしまう。逆風に飛べとタイトルをつけてあるが、それは間違いで、権力を笠に着てとすべきだろう。逆風であったのは、亀井静香氏であり、刺客を差し向けられたほうを逆風を受けた者をいうべきである。

Devil’s Cycle

内橋克人氏の著書、悪魔のサイクルの書評です。ご参考まで。

もうどなたかが書いているが、ミルトンフリードマンのエピソードは興味深い。何か、金の亡者が学説を垂れたようなものだ。分からないわけではない。ナチスの民族断絶を狙った弾圧の中で育ち、もう国が信じられなくなったことだから、あらゆる国家の規制を憎み、自分たちだけでも金の力で生き延びるという、半ば狂気の人生だ。しかし、経済至上主義が、実は、被害者から加害者に転換していくことが、問題なのだ。抑圧された者が、抑圧者になる。市場原理主義は世界に惨害をもたらしつつある。グローバリズムなどは、むしろ、国境を閉鎖しつつある。指の指紋と顔の写真を取り捲り、もう、X線の監査を潜り抜けて、内部統制とやらで、がんじがらめで、競争が大事といいながら寡占独占で、コンプライアンスといいながら法の支配は尊重せず、文化や伝統には目もくれず、富める者が分かち合うことなどもうどこにも無く、小さな政府といいながら軍事予算だけは膨張させる。南アメリカでの古典派の失敗が、よくかけている。いったいこの国の経済学者は何をしているのか。一読を進めたい好著である。

Disposable Japan

森田実氏の最新著「アメリカに使い捨てられる日本ー日本の真実を国民に訴える」日本文芸者1600円、が出た。意見が色々な論点で違うところはあるが、日本の政治の問題点と危険を、分かりやすく分析した好著である。安倍政権の批判と、小泉竹中政治を徹底的に追及することがこの本の眼目であり、夏の参議院選挙の参考書とする思いが伝わってくる。次の政権は、安倍、小泉政権の「負の遺産」を是正せよと迫る。政治言論に対する圧力が加わり、テレビの政治評論の仕事から追われた評論家の直言である。

Witch

魔女の宅急便と言う映画があった。キキというかわいい女の子が魔女で、もう筋書きは、忘れたが、いい映画だった。電通が制作したコマーシャルで、一歩前へ、などのキャッチフレーズが聞いたし、尾道の坂のある町を背景にして、宅配便の配達員が汗を拭き吹き小荷物の集配に駆け回る姿もよかった。その映画は、くろねことキキの物語であるが、くろねこは、勿論宅急便の会社のやまとのシンボルマークで、映画のスポンサーでもあった。

ヤマトホールディングスは、2007年三月期の業績を発表しているが、前期比約3%の減益である。宅急便が開始されたのは、76年でもう三十年以上の昔の話とはなったが、その宅配便事業への進出は、トラックの路線事業が頭打ちになったことを受けて進出したものであるが、国内宅配便市場が頭打ちになったことを意味するものである。

郵政民営化の議論の過程で、ヤマト、くろねこは、郵便局を激しく批判した。全国市場で、信書便にも進出することをほのめかしたが、実際には進出しなかった。メール便とかいう信書便法に抵触するかぎりぎりのところでのサービスが行われているが、ユニバーサルサービスの分野に入ると、勿論不採算のサービスも求められるところから、都市中心の現行のままでの継続が有利と判断するのは経営上当然のことであった。郵政公社が発足してから、コンビニと、ヤマトとの間には、独占的な契約があったことも明るみに出た。コンビには、ヤマトとの契約がある限り郵便小包は取り扱わないと言う契約である。裁判が出され、郵政公社が勝訴して、ローソンなどのコンビ二は、いっせいに郵便小包ーユーパックの取次ぎ所に転換した。それまでもいわれていたことであるが、サービスの品質は甲乙つけがたく、郵便小包は、かえって、離島や僻地では有利に展開していたとされる。大雪が降ると、クロネコ雅郵便局に配達を頼んだこともしばしばであったが、その宣伝力とイメージで、郵便局側は、泣き寝入りをさせられていたようである。もちろん、ゴルフ宅急便やその他色々なサービスを導入して、企業物流には、圧倒的な力を持ち、最近では日本郵船との資本・業務提携などにも踏み切っている。

ヤマトの人件費の増加があるという。デフレの経済の下では、労働賃金の引き下げがあったから、その効果があったが、今では、メール便のドライバー集めに苦労している模様である。

郵政民営化の議論があり、刺客選挙が行われ、この10月には郵政公社が民営化するという。しかし、本質は、くろねこのクリームスキミングのサービスを見直すことが必要である、言い過ぎになるかもしれないが、外形的には、信書なのかどうか分かりもしない信書便法を改正して、先進国並みの、重さ、サイズ、料金の要素で、規制していくことのほうが公平な政策ではなかっただろうか。日本の郵便市場、あるいは、小荷物の市場は、過当競争になってはいないだろうか。ある特定の市場はやすく、別の場所では高くなる傾向がないだろうか。今でも、「離島、沖縄を除く」と言う料金体系がおおぴらに宅配企業で使われているがそんなことが許されていいのだろうか。

民間宅配市場は転機を迎えて、雇用問題が好転すると人集めに最も苦しむのが、郵便や物流の業界である。少子化、給与のアップ、人材確保などで、適正な「改革」を迫るべきは、民会宅配業界を対象とすべきであったが、小泉内閣はその矛先を郵政公社に向けた。もともと、宅配業界ではなく、ゆうちょと簡保の国民資産をハゲタカに売り渡す、そこまで行かなくても資金源として提供することが目的だったのではないかとの邪推もあるが。

市場は、明らかに、宅配市場の正常化と、具体的な改革の成果を要求している。思い出してほしい。一昨年、郵政民営化の法案が参議院で否決されたときに、株価は反転したのだ。市場原理主義(本当は市場に会わない考えだが)が、否定されたときに、市場はそれを歓迎したことを。ヤマトの株価は4月に入り、急落。その後も軟調である。

夏の参議院選挙では、郵政民営化法を見直すことを本丸とする必要がある。ゆがんだ誤った物流の政策で、宅配業を脱却して、物量に投資をして、宅配依存から脱却することが困難になっている。小泉・竹中政治は、郵政会社に国際物流をになわせたかったようであるが、オランダとの提携話も雲散霧消した。夏の参議院選挙では、物流業界も参戦して、誤った郵政政策を修正させるべく、郵政民営化法を修正させる状況に持ち込まなければならない。宅配市場の「改革」を具体化して成果を出さなければならない。小手先の人件費削減ばかりが長く続く時代は終わったようだ。

Tokyo Central Post Office

天災地変で、すべてが変わり行くものとの感覚が我々日本人にはある。行く川の流れは絶えずしての感覚である。過去を振り返ることなく、すべてがかわる、だから、新しいものが大切だと考える。新しいビルが完成すると、そこに群がり、見物をする。好奇心が強い。

ヨーロッパなどに行くと、ドレスデンの爆撃ではないが、戦火に焼き払われた町の復元が進む。復興はそこでは、新しいビルができることではなく、昔の町並みが寸分たがわず再現されることである。もちろん、その昔でも、馬車道があり、とおりの広さも自動車時代に適応していたから、江戸の長屋とも違うし、住宅もアパートも、外見は古臭くても換骨ダタイノの今風のリフォームをすれば、住み心地も悪くないし、商店街としても機能する。ところが、日本では、一部の建物に昔を偲ぶよすががあったりするものの、町並み全体を保存しようと言う意欲には乏しい。いたるところで、アメリカ風のビルが林立して、古いものを壊すのになんらためらいがないというのが、風潮である。昔は木造建築が主流であったから、火事と喧嘩は江戸の花ではなきが、時代ごとに町並みは焼き払われてきたのかもしれないが、戦前や、あるいはもっと昔の江戸のころの面影など、ほとんど残っていない。

だから、新しい物好きで、新製品が、市場を席巻する。何でも新製品と読んで売れるような話で、絶え間のない改善、競争力の向上にも通じる話となる。長所ではある。

はたまた、一方では、歴史観の喪失が起きる。変わり身の早さはいいが、追いつけテイ兄頭の構造といった具合である。ソノヒ暮らしとなる。価値がたまらないから、減価償却にきゅうきゅうとして、マンションを買ったが、減価償却をしない槌に、ローンを払い終えないうちに、また新しいものを買ったり立てたりしなければならないから、たいした浪費と言えば浪費でその傾向はある。よくあることだが、新しい建物が、実は、その昔の建材がよっぽど立派なもので、新しいう家は、新建材で、何とか症候群とかがあったりの、張りぼてだったりすることもよくある。昔の農家の梁や柱を東京に持ってきてビルのないそうにして飲食店がはやっていたりするが、後継の家は、見栄えはいいが、日本の風土に合わない、ツーバイフォーの換気の悪い、冷暖房に頼るうちになっていたりもする。

東京中央郵便局の再開発があるという。郵政公社が基本設計などの提案の公募を募集したと言う。八月上旬にも業者を選択して、11年度には、地上37階地下4階のビルに立て替えると言う。東京のほか、大阪、名古屋の駅前にも、中央局があるから、高層化を検討すると言う。さてさて、郵政民営化を機にというが、民営化しなくても、再開発はできたわけで、景観の私物化が行われるわけである。隣接する丸ビルの地域は、三菱村と呼ばれる地域でもあるから、そことも連携が取れているのだろう。また、その高層化されたビルには、民営化後のゆうちょ銀行が本店を構えると言う。傑作な話だ。片方の東京駅は、創業時の建物に戻すと言うし、ばらばらである。保存運動はどうなったのだろうか。市場原理主義者は、文化や伝統には関心がないし、すべてカネだとの考えであるから、さっさと古い建物など壊してしまえとの考えであろうから、外壁保存すら関心を持たないのかもしれない。不思議なめぐり合わせであるが、東京中央郵便局が落成したのは、民営化を叫んだ小泉総理の祖父、小泉又二郎が逓信大臣のときである。

郵政民営化は、土地、建物の処理と深くかかわりがあるが、中央郵便局の立替のことなど、国会の議論があった話を聞いたことがない。大きな利権だ。民営化して私物化して、それを開発して巨万の富を挙げる。もう公社でもないから、株主で山分けの論理である。毎年、約300億のテナント収入が見込めるビルが、公社のままでもできるのに、わざわざ民営化してから建てるのは、どこかに私利私欲が入り込んでいるように見える。

夏には、参議院の選挙がある。郵政民営化の問題点を再度、本丸にして、冒頭に書いたような、行く川の流れは絶えずしてばかりでいいのかどうか、考える必要がある。昭和六年に完工した東京中央局の面積一万1800平方メートルの敷地と、わずかに4階建てのビルであるが、歴史を刻んだ建物の運命をどうするか、公的に検討をする必要がある。アメリカのボストンあたりでは、倉庫街を再開発して、世界中から観光客を集めているような地域もある。高層ビルをたてて、ハゲタカの外資の止まり木ばかりをつくるようになったら、元も子もない。宮城に続く目抜き通りを、シルクハットの馬車に乗った外国使節が溶け込むような町並みが会ってもいいのではないか。また、利益を国民に還元する必要もある。開発や不動産の業者が、鵜の目鷹の目で、郵政公社に群がっている話を最近好く聞くが、乱開発の二の舞になってはいけない。夏の選挙で郵政民営化の見直しをすることが必要なことは、中央局の再開発ひとつをとっても、必要なことだと理解できる。もともとお国のものであったから、国民の利益を優先すべきときに、景気のいい話ばかりが先行して、裏の財閥の巨額の利権となってはいけないからである。私物化が選考しているように見えるのは情けない話だからである。夏の参議院選挙を契機に、東京中央局の再開発の話を、国会でも議論してほしい。

Blossoms

もう北海道の山間部で桜が満開になっているのかもしれない。温暖化した東京で桜はさっさか咲いて、その後に、花冷えがちょっときついような寒さがあって、桜前線は列島を駆け抜けた。桜は温帯にもあるし、亜寒帯にもあるから北海道でも咲く。千島や樺太ではどうだろうか。亜熱帯の沖縄の桜は、花吹雪の桜ではなく、八重の鮮やかな桜である。沖縄のどこかの島でソメイヨシノを宝くじの財団あたりのカネで大量に植えたが、もうつる草や唐草に絡められてやぶに戻ってしまった。

桜の木は、秋には葉をさっと散らし、枯れ木になったような装いで、春になるといっせいに花をつける。その散らし方が、得意で、地面を花びらで覆いつくし、小川などは、花いかだとはよく言ったもので、川面を覆いつくす。雨が降るともう今日で終わりかもしれないと一喜一憂しながら、とどのつまりは、春の嵐が吹いて、桜の花びらが吹き飛ばされ、季節が変わる。その一連の変化は、人々を一時期狂わせるが、桜が散ってみて、しかし、また来年も変わりなく咲くのだという安堵感がどこか心の日と隅に残るから、死ぬことと見つけたりばかりではない。公園の桜の下で酒盛りをしても、明日への希望とか絶望ではなく、そんな変化も、春夏秋冬の変化を楽しむ区切りとして楽しんでいるだけかもしれない。ともあれ、桜は、地に咲きにおう国の花ではある。

一方こうした転変の速さを国民性は、なかなかいいのであるが、夏になれば、冬の寒さを忘れその場しのぎのことになってしまう恐れは十分にある。政治や経済でも、瑣末なことの変化を改革と称したり、あるいは、のど元過ぎればのように、根本で問題が解決されないままに、時間が解決してくれるような錯覚を引き起こすこともある。七変化のように、くるくる変わることで幻惑させて、実際は裏で、あるいは、別のところで仕掛けが行われることもある。あっちだこっちだと、目移ろいをさせておいて、飛んで火にいる夏の虫とばかりに一網打尽にしようと待ち構えている向きもある。変化を好む国民性であるから、じっくりと考えて、根を生やして、たまには毛虫でもぶら下げておけば、小手先だけの改革があっても、また、桜の木を断ち切ろうとするやからが現れても、桜ののろいをかければ、いずれ先に倒れるのは、切り倒す連中である。

御母衣のダムの堰堤には、水没する湖底の集落から移植した、大きな桜がある。夜桜を見たことがあるが、魔物が宿る雰囲気があったが、その桜の場合には、魔物ではなく、そのダムの行く末、あるいは、この国のエネルギー政策など諸々を見守るような善性の、霊魂が宿っているようにも見えた。電源開発で、桜を移すエネルギーが実はこの国を支えているのではないかとも思う。

A Poet

金子みすずの詩だ。山口の人だ。夭折の人だ。皇后陛下が、外国で講演された折に紹介された驚いたこともあった。名前のみすずは、枕詞のみすずかる信濃を思い出すが、その意味は浅学にして知らない。

私が両手を広げても お空はちっとも飛べないが 飛べる小鳥は私のように 地面を速くは走れない。 

私がからだをゆすっても きれいな音は出ないけど あのなる鈴は私のやうに たくさん唄はしらないよ。 鈴と 小鳥と それから私 みんなが ちがって みんないい。

その昔、イタリアがバルカンに参戦したころを描く映画があって、イタリア人がナチスドイツの将校に向かって、あなた方にはジャガイモ以外においしいものがあるのかとののしって、その最後の落ちは、ところで、唄が歌えるのかと言うせりふをはかせる映画があった。我々からすると、ドイツも、野ばらだとか、リンデンバウム、菩提樹とか、合唱曲があって、唄が下手だとは思わないが、タンクや自動車や、その他、精緻な兵器がつくれても、イタリアの兵士からすれば、うまいものを食べ唄を歌うために、バルカンから撤退することが先だと思う者もいた証拠だ。

さて、我々のふるさとは、今どうなってきているのか。金子みすずがいうように、みんながちがってみんないいではなく、粗野になってきているのではないか。唄も歌わず踊りもせずに、ただ自動車がつくれるとか、何とかの機械がつくれるとか、自慢するばかりになっていても、ことの根幹は外国のしたたかな連中に支配されるようになって、その使い走りをしている人が増えているのではないか。隣に苦しむ人はいないか、向こうの隣に悩めるものはいないか、最低たべているかとの優しい目くばりが、気配りがすくなくなってきているのではないか。

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