構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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昨年12月にニヤゾフ大統領が死亡して、後継の大統領が就任した関連の話を聞くべく、トルクメン人の友人に会った。トルクメニスタンはロシアならぬイスラエルの強い影響下にあり、ニヤゾフの資産は、英独仏の銀行管理下で、中央銀行は機能していない。『独立』後の石油・天然ガスの富は,海外に流出した。モスクワやオスロの亡命幹部の活動も、情報統制下でままならないとの話だった。中央アジアの『独立』は劣化している。第一次世界大戦は諸民族の独立を促したが、国際連盟の原則はヨーロッパに限定された。東西対立の下で、バルト三国や中央アジアの独立はソ連崩壊を待たなければならなかった。ヤルタ体制の過ち、すなわちヒトラーとの戦いのなかで、スターリンと手を組んだ過ちはヨーロッパでは認められたが、アジアでは逆行しかねない情勢にある。なるほど、ヨーロッパでの『冷戦』は、アジアでは熱戦で、朝鮮戦争、ベトナム戦争、あるいは幾多のゲリラ戦が展開され、帝国の草刈場となった。南東アジアでは代理戦争のゲリラは影を潜めたが、民族自決と独立の烽火は、アジアではおき火となった。バルカン半島では、冷戦後の熱戦で、独立を果たした。太平洋戦争後の東南アジアでも、綱渡りの独立を維持したタイを除き、バンドン会議の主張など、独立維持が精一杯で、その発展は近年のことである。雁行の先頭を切ったわが国の援助は大いに効を奏した。戦後のつくられた反日感情も払拭されたのは、その証拠である。英仏蘭の分割状況にあったアジアを覚醒させ、独立を促した。ソ連の崩壊でモンゴル人は民主化を達成したが、内モンゴルはなお自治区にとどまり、第一次大戦後のポーランドと同様に分割されたままである。中ソ対立の犠牲となった新疆ウィグルも自治区で、レアメタル開発の対象となり、植民地化が強化されている。カザフ、ウズベク、キルギス、先述のトルクメンなどは、ロシアの強い影響下にあったが、微妙に変化している。チベットは、青海省、甘粛省、雲南省の自治区に分割され、ラサ鉄道の開通など異民族支配は強化されている。朝鮮半島も、中国経済の肥大化と共にその経済圏として組み込まれつつある。要すれば、ヤルタ体制の反省は、アジアでは適用されていない。9.11以降のテロ対策の強化は却って、帝国の内部の民族独立の運動を抑圧する傾向にあり、人権問題に対する批判も影を潜めつつある。過酷な弾圧で、上記の地域では、第一次大戦後の万歳事件が毎日発生している状況である。ビルマなども親日国であったのは遠い昔のようで、中国の進出が続き,苛政の鎖国で属国化した。戦後の日本外交の成功のカンボジア和平も、今思えば、文化大革命の亜流のポルポトの排除であったようにも思う。資源高騰で、ロシアは経済大国となったし、中国の太平洋の島嶼国に対する展開は、すさまじい強烈さで、内向きの日本外交を尻目に海洋軍事戦略を強化している。中国の影響に対峙するために成立したのが、南東アジア諸国連合であったことを確認したい。タイのタナット・コーマン、インドネシアのムルトポ将軍、アダムマリク,比のシーシップなどの哲人経世家が連携して、経済基盤を強化して、中共ゲリラと対峙したのも古い昔ではない。中国南部は、多様な民族の駆け込み寺化しているが、タイは大電力放送局の運用を数百万人のタイ族人口に向けて継続しているし、比からは、バチカンの放送ながら、地下教会向けの情報供給を行っている。フジモリ大統領をかくまったが、中南米の日系人に対する支援は、十分いないだろうか。旧満州国の運命を、どれほど考えているだろうか。満州の士官学校の卒業生の運命は?バルト三国の国家承認を今どう考えるべきだろうか。北朝鮮の圧政について、旧宗主国の立場からの民衆への同情を、どう発露すべきだろうか。大相撲の横綱にモンゴル人がなった意味合いは、どうだろうか。紅白歌合戦などを、ブラジルや台北の会場から中継しても良いのではないだろうか。諸民族の運命に我関せずの姿勢で、拡張する帝国の手先として、資本や技術を、独立を妨げるために利用されている気配があってはならない。日本留学生の同窓会は、フルブライト留学生ほどに、組織化しているだろうか。スターリンと英米の帝国の妥協が中欧の諸民族を犠牲にしてヤルタ体制を生み出したとすれば、擬似経済同盟ともなった、米中の蜜月関係は、アジアにいかなる結果をもたらすだろうか。鄧小平の教訓を拒否したベトナムや、世界銀行の処方箋でずたずたの南東アジアの諸国の政治経済関係強化に力は入っているだろうか。独立支援で残留邦人の残るスマトラの天災地変に親身になっているだろうか。ルック・イーストのマレーシアの空港電車には日本語表記があるが、文化理解に応えているだろうか。タイの国軍が、華僑のタクシンを追放した背景への理解は進んでいるのだろうか。チャンドラボースのインド国防軍の関係者を含め、岡倉天心のロマンは、維持されているだろうか。他民族による支配の方法は三つある。第一は、武力による制圧、第二は資本による支配、第三は思想・イデオロギーによる改造であり、民族は壊滅する。アメリカ、ロシア、中国の帝国が入り乱れる中で、日本は独立を貫徹しなければならない。大国は強い者を好み、交渉相手に選ぶのであって、追従者など相手にもしない。南アフリカのアパルトヘイトが止んだのも10年程前で、アメリカ南部の公園でどのベンチに座るか、旅行者が悩んだのも、最近の時代である。日本人は文化と経済で人種差別を表面的に克服した。属領や衛星国になるほどつらいことはない。日本が当時の後発の帝国として謝罪を迫られるのであればなおのこと、アジアにおけるヤルタ体制の一掃のために、民族自決と独立の支援を行うことは、大義で、帝国の拡張を牽制する力となる。民族問題に絡む人権抑圧に妥協してはならない。アラビアのローレンスは、イギリス人でありながら、アラブの独立の大義を支持したし、中東でも、再度脚光を浴びている。日本人の中から、アジアのローレンスを再臨させるすることは、時代の機会にもかなっているように思える。

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