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Fake Privitization 6

新聞報道によれば、総務省は25日、郵便・新書便制度の見直しに関する調査研究会を開いて、郵便内容による区分をやめて、重量や料金などの外形的な基準での規制方法を検討をはじめたという。郵政の経営形態とは理屈の上では関係はなしであるが、遅きに失した感があるし、信書便法という、ザル法を立法した反省もあった叱るべきであるが見当たらない。メール便などというふざけたサービスを導入した事業者を、あるいはいいとこどりを助長したわけだ。開封しなければ新書かどうか解らないという言い方もおかしなことで検閲しなければ、わからないというのと同じである。違法、脱法行為を助長するものであった。メール便業者の封筒には、これは郵便物ではありませんとシールを貼るだけで、中身がわからないから、どんどん、違法行為が行われた。それで、郵便の経営が悪くなった、だから、民営化すべきだとの論で、信書便法は、郵政民営化の間接促進法ともなっていた。その点、過ちを認めた点では評価できる。カタログ小包というジャンルがあるが、これも、本来は郵便物の世界ではないのか、もう市場に開放されて、覆水盆に返らずかも知れないが、誤った政策であった。雑誌の配布などは、物流の世界ではなく情報の流通の世界のこととして理論を構築すべきである。

ヨーロッパでも、郵便自由化の議論があったが、つい先日、それがヨーロッパでも棚上げになった。アメリカはもともと、国営の郵便事業であり、フェデラルエクスプレスなどとは、完全なすみわけがある。

国際物流の話が、空の城として潰えたが、それを担当していた、郵政公社の理事が、国土交通省のお役人に復帰したとの話も不思議な話である。失敗の責任を取って、野に下るべきことだと思うがどうだろうか。観光担当だという。天下りではなく、アマ上がりの珍しい事例であるが、筋の通らない話である。たしか、船会社の社長であった前総裁が、じきじきに個人的に郵政公社に連れてきた人事だったはずだ。いったん私物化した人事の対象が公職に戻るとは理屈の通らない話しである。霞ヶ関はネポティズムが横行する気配かl、その兆候かもしれない。

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