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Centenary

柳田國男の遠野物語が出版されて、2010年が百周年になると言う。ゆかりの岩手県遠野市あたりで、その記念の集会などがきっと行われると思う。

遠野物語は、献呈の辞として、外国にある人々へと、ある。柳田國男は、韜晦の癖があるので、判じ物のような感じがするが、外国にいて、豊かな生活をしている日本人に祖国日本の貧困の実態を訴えているようにも思う。

遠野物語は、読み方が色々あるだろうが、単なる伝説、昔話ではなさそうだ。時代の変化の中での、貧困の物語とも読める。気の狂った兄と妹の話などは、格差社会で、現代の日本の街や村のそこらにも、また姿を現したように思う。山姥は、山間の村の置くに打ち捨てられた、爺さんばあさんの変形なのかもしれない。参議院幹事長が議席を失った岡山県の山奥なども、それほどの深山幽谷ではないのに、年老いた人々が、谷あいの家々に取り残されようとしている現実があった。一昨日の、地方の反乱の選挙となった原因である。

遠野物語は、もしかしたら、日本残酷物語であるかもしれないと思う。露骨なかわいそうな話にはせずに、昔話に姿を変えているが、おそらくは現実の話であったろう。

アメリカで、30年ころ前に、公民権運動が盛んになったときに、マイケル・ハリントンと言う社会思想家が出て、色んな著作が出版されて、その中に、Invisible Societyと言う本があった。著者が黒人に変装して、その観察を記録にしたものであったが、人は、隣にある、すぐ近くにある悲惨や、貧困には気がつかない可能性があるという。道路をひとつ越え、あるいは峠をひとつ越えたところには、もう関心を示さない怖さが、無関心があるのが普通である。見過ごしてしまうのではなく、もともと視野に入らないのである。

市場原理主義者には、日本で新たに作られた、貧困と、格差、地方の切捨てがおそらく目にも入らず、気にも留めずの現象となっているに違いない。六本木の高層ビルの住人となって、高みの見物のような気配で、生活が破壊されつつある実態への同情はない。トンジャクがない。(国会議員は国会議員で、高層マンションに格安で住むようになって、えらくなったような錯覚を持っているらしい。社会の現実を見ない者が政治家に値するだろうか。)(何とかヒルズの高層ビルの前には、外国の資本の会社の横文字の碑が鎮座しているのには驚く、高い塔に祭られているのは、外国資本であるかのようだ。)

話が飛んだが、もしかしたら、新しい、遠野物語の世界が今現出しているのではないかと思うと、新遠野物語、しかもより残酷な話の収集が今必要になっているのかもしれない。

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