構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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2007年7月

Centenary

柳田國男の遠野物語が出版されて、2010年が百周年になると言う。ゆかりの岩手県遠野市あたりで、その記念の集会などがきっと行われると思う。

遠野物語は、献呈の辞として、外国にある人々へと、ある。柳田國男は、韜晦の癖があるので、判じ物のような感じがするが、外国にいて、豊かな生活をしている日本人に祖国日本の貧困の実態を訴えているようにも思う。

遠野物語は、読み方が色々あるだろうが、単なる伝説、昔話ではなさそうだ。時代の変化の中での、貧困の物語とも読める。気の狂った兄と妹の話などは、格差社会で、現代の日本の街や村のそこらにも、また姿を現したように思う。山姥は、山間の村の置くに打ち捨てられた、爺さんばあさんの変形なのかもしれない。参議院幹事長が議席を失った岡山県の山奥なども、それほどの深山幽谷ではないのに、年老いた人々が、谷あいの家々に取り残されようとしている現実があった。一昨日の、地方の反乱の選挙となった原因である。

遠野物語は、もしかしたら、日本残酷物語であるかもしれないと思う。露骨なかわいそうな話にはせずに、昔話に姿を変えているが、おそらくは現実の話であったろう。

アメリカで、30年ころ前に、公民権運動が盛んになったときに、マイケル・ハリントンと言う社会思想家が出て、色んな著作が出版されて、その中に、Invisible Societyと言う本があった。著者が黒人に変装して、その観察を記録にしたものであったが、人は、隣にある、すぐ近くにある悲惨や、貧困には気がつかない可能性があるという。道路をひとつ越え、あるいは峠をひとつ越えたところには、もう関心を示さない怖さが、無関心があるのが普通である。見過ごしてしまうのではなく、もともと視野に入らないのである。

市場原理主義者には、日本で新たに作られた、貧困と、格差、地方の切捨てがおそらく目にも入らず、気にも留めずの現象となっているに違いない。六本木の高層ビルの住人となって、高みの見物のような気配で、生活が破壊されつつある実態への同情はない。トンジャクがない。(国会議員は国会議員で、高層マンションに格安で住むようになって、えらくなったような錯覚を持っているらしい。社会の現実を見ない者が政治家に値するだろうか。)(何とかヒルズの高層ビルの前には、外国の資本の会社の横文字の碑が鎮座しているのには驚く、高い塔に祭られているのは、外国資本であるかのようだ。)

話が飛んだが、もしかしたら、新しい、遠野物語の世界が今現出しているのではないかと思うと、新遠野物語、しかもより残酷な話の収集が今必要になっているのかもしれない。

House of Councillors 3

郵政民営化で、日本のほとんどの自治体が、民営化反対あるいは慎重審議の決議案を出した。小泉当時の総理は、そうした地方議会の決議が民意を反映していないとして一蹴した。地方の地域住民、郵便局長などの関係者は、昨日の選挙でようやく大義名分を回復した。郵政民営化反対、高速道路の無料化賛成、を声にしていくことが決して国益に反しないと言うことである。声なき声を上げよう。郵便局でのベルリンの壁の構築に反対の声を高めていこう。地方切捨ての民営化反対は、今回の選挙で圧倒的な支持を得たと言わざるを得ない。関係者は泣き寝入りになってはいけない。主権者は一部の財界人や政治家や御用学者ではない。

House of Councillors 2

参議院は2度死ぬではないが、一昨年の郵政国会では、参議院は2度殺された。参議院で否決した郵政民営化法案が、両院協議会も開催されない中で、衆議院が解散のうきめになった。衆議院解散で総選挙があり、刺客と、マスコミの改革大合唱の仲で、チルドレン、筆者はヒットラーユーゲント、と一緒の構図になるのであるが、が大量に誕生した。圧力に屈して、参議院のドンの方々は、小泉独裁政治に屈した。島根県や岡山県での、現象は、国民が、もう要らない参議院ではなく、国民の良識の府としての参議院の復活を願う心が、それはそれは、もうありえないような、現象を生じせしめた。いわば、地方からのクーデタであった。参議院会長の地元、しかも六年前の選挙では、全国で開票後一時間もたたないうちに当確を出した候補者が落選した。岡山県では、幹事長が落選した。新聞は書かないが、郵政民営化が、実は郵政だけの問題ではなく、この国の統治機構のあり方についての批判が、この国にくすぶったから野、結果であった。東京の投票率は依然低いものがあったが、地方では渾身の力で、批判票を投じた。元郵政大臣やら、本来は郵政民営化に反対すべき人士で、単なるポスト狙いで参議院に鞍替え立候補した候補者は、落選した。自見元郵政大臣は、幸いにして、今朝の5時にいたりようやく当選の数字となった。単なるくらがえではない。刺客候補に見舞われ、衆議院選挙を落選した、論旨の一貫した、大臣経験者の参議院にふさわしい人である。辛勝であったが、ともあれ当選した。慶賀すべきことである。6年前には、158万票を獲得した、もと東大教授のタレント議員も、もう50万票も取れなかった。そのあおりで、、旧自治省出身の候補者などは当選しなかった。残酷なのは、医師会の押した候補者である。元医師会会長の2世議員で、医療制度が改悪されているのにもかかわらず、妥協を重ねて、当選には届かなかった。地方の医者からは、せめて九州大学医学部出身の自見候補が当選してよかった。二人ともの当選では、内紛があって返って困ったかもしれないとの声もあった。

民主党の政策は、初めて農業政策を喧伝するなどしたが、比例区は従来型の組合主導の候補者が組織票で当選したのであるが、地方の反乱には、基本的には、まだまだ声が浸透したとはいえない。市場原理主義の本来保守であるべき自民党の横暴にお灸をすえるとの声が多かっただけのことかもしれない。もちろん、小沢党首の背水の陣の発言には多くの有権者が好意的に反応したことは間違いないが、比例区の候補者にはこれと言ったカリスマのある候補者がいたわけでもない。

市場原理主義の適用による、この国日本の衰退政策に、国民が否定したのである。アメリカと同様に、新自由主義の経済政策を否定したのである。日本国民の投票行動は、世界的にもまったく依存のないものであったといえよう。年金問題にいかったことは事実ではあるが、この国日本の根幹を揺るがすような、一部の財界人と政治家との癒着、格差の拡大に日本国民は、怒りを表したのである。

選挙の数日前に、霞ヶ関と永田町の空白の時期を狙って発表された、郵政会社の人事案は、振り出しに戻すべきである。民意は、小泉・竹中路線を支持していないことが明らかになったのである。道路公団の実態なども明らかにすべきであろう。

沖縄で、糸数慶子氏が当選したことはさも有りなんであったが、社民党の候補者が当選したことにはなお驚いた。選挙前に、グァムへの海兵隊移転の問題など、全容が明らかにならないままである。三兆円にも上る移転費用が税金で支出されるなどとの話もあるが定かではない。沖縄県民の反応は、実はそうした、密約的な、日米交渉に敏感に反応しているのではないかと思われる。安全保障にかかわることであり、この選挙も終わったkとであり、また、前の防衛大臣の鋼鉄もあったところから、透明性のある議論が展開されてほしいものである。

小泉・竹中政治を延命させたのは、今回民主党の主力支援団体となった連合にも責任の一端はある。高木会長になって始めて路線変更があったが、それまでは、最低賃金を含め、経営団体の単なる酸性勢力でしかなかったのではないか。

道路公団の民営化、郵政公社の民営化、すべて白紙に戻してほしい。三角合併の禁止なども早速立法化を進めるようにしてほしい。日米間の構造協議も早急に中止をしてほしい。

巨悪を眠らせないようにすると言うのが検察の理想であれば、目標を変更する必要がある。財務省幹部や、マスコミ幹部、検察幹部などを交えた赤坂での会合なども、議題を別のものに、清廉なこくみんのための議題に変更してほしいものである。

日本国民は、投票行動怒りをあらわにしたが、本当は投票のある選挙だけではなく、日常生活においても表現を豊かにする必要がる。デモや、集会も、憲法に保障されたけんりであるから、パリの住民なりに、もっと意思表示があったもし駆るべきであるがおとなしくなった。

郵政会社の幹部人事も、国会の査問を受けていない。安倍政権は、小泉・竹中路線と決別すべきである。小泉政権で重用されて、出世をしている官僚についても、整理を図るべきである。

注意すべきは、安倍総理の指導力の低下とともに、小泉・竹中路線の復活が囁かれるところである。日銀の総裁ポストに、竹中流の、原則のない場当たりの経済政策tがとられては、この国は破綻することになろう。反対すべきである。安倍総理がもともとの保守勢力の考え方で、小泉・竹中路線と決別すれば、案外と地方の支持も残るのかもしれないが。

いずれにしても、道路の民営化、郵政の民営化に反対してきたものにとっては、参議院の与党の敗北によって、正統性を回復した。間違っていなかったのだ。元銀行頭取や一部経済人による、郵政公社の国民資産の私物化には断固反対の声を今から上げていかなければならない。ベルリンの壁を作る、分社かも、納得できないと、地方を切り捨てる名との声を高める大義名分が今回の選挙で証明されたのである。

郵政会社の人事案は、断固撤回させなければならない。労働組合の組合員はともかく、国民利用者の利益にならないことは、見直しを建議する必要がある。西川総裁が、いかなる理由で、人選が行われたのか、国会で早急に査問する必要がる。民主党や、国民新党に期待を寄せる理由である。

Advertizement

読者の皆様へ。4月からほそぼそと、このブログを書いております。まだ、インターネットは普及しているようで、普及していない、それほど、影響力のあるメディアではありませんが、ささやかに、自由な意見のフォーラムになればと、念願しております。

民主主義の基本は、適正な手続きと、自由な言論の空間の確保があります。世界的には一時的に市場原理主義や、ネオコンの考え方が一世を風靡しましたが、もはやそれでは成り立たず、戦争経済でなければ持続できない状況になっています。

真に自由で闊達で、豊かな日本、文化と伝統を守り育てて、世界に貢献できる自尊自立の日本を作るために、(ちょっと大げさですが)微力ながら筆を進めますので、よろしくお願いします。

また、友人の諸兄諸嬢に、このブログをご紹介賜りますようお願いいたします。

Post Office 8

日経新聞が25日報道したように、郵政民営化に伴い、上意下達の経営が強行されている。人事案が昨日発表されたが、国民の支持を得られるものではない。竹中流の市場原理主義はなお、残存しており、小泉政権のお先棒を担いだものが重用される布陣となっている。郵貯もかんぽも国民の反応は敏感で、既に減少を始めており、流出の速度は速まっているとの見方がある。そもそも、分社化が、困難なビジネスモデルであって、参議院で否決された理由のもっとも大きなものであったが、外国資本によるのっとりの危険など、まったく放置するような、人事である。郵政民営化が、日本の金融システムの不安定化を促進しかねない状況にあるが、それを、見透かすような強硬な人事案である。

地方や、弱者の意見を代表する者はまったく含まれていない。完全な資本の論理、市場原理主義の体現である。せめて、修正資本主義の概念をこの人事暗に含めるべきである。

参議院選挙が終結した後、ただちに、こうした、露骨な国民資産の一部官僚組織一部財界人あるいは、一部御用学者の、私物化を阻止するための議論を開始してほしいものだ。財界人の横暴は、政治でくいとめる以外にない。

Post Office 7

郵便局会社は、会長が、コンビニの会社の労働組合出身の川茂夫氏。社長の寺坂氏は、おそらく誰も予想してなかった人物か。

郵便事業会社と、郵便局会社は、監査役を設けて、日本郵政公社の理事をあてているが、それでも、滞貨いっそう人事のようなもので、窓際に追いやる人事であることは一目瞭然である。西村清司氏は、自治省出身で、広島県の副知事を務めたことのある人物で、郵政官署法の成立に伴う、郵便局の地方行政事務の痛く受け入れを推進したが官職に回されたことになる。ローソンと、三井住友海上火災からの役員も受け入れており、郵便局のコンビにかの視点が、読めるかもしれない。

Post Office 6

かんぽ生命会長の進藤氏は、東京海上火災の子会社から、既に日本郵政の準備会社にいる。山下社長は、現在郵政公社の理事で、日銀出身。途中、米コンサルの空く戦中兄在籍したことがある。今回の民営化の過程で、アクセンチュアなどのコンサル会社との契約高についても調査する必要はある。前述のマッキンゼーとの関係も同様である。郵政公社においても、生田総裁の時代に、石倉洋子氏がマッキンゼー出身で社外理事を務めていたことがある。

郵便事業会社の会長は、イタリアトヨタの社長であった、北村憲雄氏。社長に団宏明氏、先述のとおり、持ち株会社の副社長には、元金融庁長官の高木氏が残り、失脚した。しかも、他の会社には、副社長ポストを設けていないが、どういうわけか、中城吉郎氏が就任している。財務官僚で、おそらくは、北村憲雄氏と、挟み撃ちにして、団氏の影響力の低下を狙ったものと考えられる。松原東洋大学教授が社外役員となっているのは、一瞬冗談かと思った向きもあろう。

社外重役の人事で特徴的なことは、西川社長は、かんぽ会社には参加せず、郵貯、郵便事業と郵便局会社の社外重役として参加していることである。かんぽ会社には証券業協会のOBをすえているところを見ると、既に、早期売却に手を着けているのではないかと見て取れる。日野正治弁護士も社外重役に名を連ねている。

Post Office 5

まず、持ち株会社の人事から見てみよう。

高木祥吉氏が副社長である。元金融庁長官である。竹中平蔵氏の側近の財務官僚である。金融と非金融の分離が、郵政民営化の本質であることを露呈している。郵政官僚で、元郵政事業庁長官の団宏明氏は、日本郵政会社から、失脚させた人事となっている。

牛尾治朗氏は経済同友会の人である。市場原理主義者の政商の財界人である。小さな伝記会社の会長がなぜ、これほどまでの権勢を保持できるのか理解しがたいところがある。

奥谷禮子氏は、残留。国会で、当時の城島正光議員からの、規制改革会議の委員の問題について追求されたことがある人物である。

宇田左近氏は、マッキンゼーの出身である。民営化有識者会議で、色々な数字を竹中郵政民営過失の求めに応じて提出したと言われる。郵政公社の外郭団体の整理を推進している人物と言われる。

ゆうちょ銀行の古川会長はは、三菱商事からの人物。社長が、日本郵政副社長の高木氏。郵貯の官僚支配が露呈したところである。

Post Office 4

郵政民営化後の会社の役員人事が発表された。いくつかの特徴があるが、小泉・竹中政治のもとで、いわゆる財界人が臆面もなく要求をしてそれが入れられた人事となっている。これまでも、財界は政治献金の見代わりに色々なことを要求してきたが、今回の人事は、分をわきまえる要素がなく、抑制をかなぐり捨てて、国民資産の私物化に群がったような人事案である。(ちなみに、役員人事は、株主総会を経て決定されるとあるところから、今のところ、株主は、政府であり、国民の意思を聴かなければならない余地は残されている。)選挙の二日前に、発表したところも、重要な決定を行うのは、国民を代表する政治家であって、決して一部財界人、民間人ではないが、そうした手続きを見限るかのようなタイミングで発表が行われている。粛清人事の対象になった者のなかには、外国出張中で、急遽帰国すると言った話もまことしやかに伝わっている。

政治はいわゆる財界の下僕になったことを象徴する人事である。小泉・竹中政治で、主権者たる国民の負託を経て、代表権をウル、選挙の前に、国民の意見がどの辺にあるかを聞く前に、いわゆる財界人の判断を前面に押し立てている。

今回の人事については、明日の選挙が終わり次第、西川郵政会社社長などを国会に参考人として招致して、議論を深めてほしいものである。

それにしても、懐の深い財界人がいなくなった感である。国会こそが権威を示し、いさめなくては、政治が経済にひれ伏すことになってしまう人事案である。民営化と名ばかりで私物化の郵政民営化となってしまう。

New book

「小泉純一郎氏が内閣総理大臣を務めた時期に日本外交は八方塞に陥ってしまった。」と、佐藤優氏は、新著「地球を斬る」で書き始める。国際政治の頭の訓練としての教科書のようである。一読を勧めたい。

Economics

バブル崩壊後の15年間の鉱工業生産指数を見ていると、小泉政権の超緊縮財政による史上空前の落ち込みから、5年間連続して上昇している。落ち込みすぎの反動であるとの見方もできるが、とくに、郵政民営化を参議院が否決したことを契機に、株価は上昇するトレンドになり、鉱工業の生産指数も上昇に転じている。安倍政権は、小泉・竹中路線の中枢である緊縮財政路線を踏襲しており、また、いわゆる市場原理主義の竹中路線を引き継ぐ閣僚を内部におんぞんしたままであるから、財政政策からは、株価や生産に対して、下方圧力がかけられている。住民税は増税になっているし、定率減税の廃止は、家計の負担を増加させており、景気にみずをかけると、せっかくの景気回復心理が失われて、逆に税収を減少させて、財政赤字の縮小に水をさすことになる。橋本政権の緊縮、森政権後の小泉政権は、逆噴射の連続で、日本経済を貶めてきた。金融政策も超低金利を継続するなら、今後の触れ巾が大きくなるリスクが高まる。

その点からも、日曜日に行われる参議院選挙においては、中小企業や、家計、地方経済に対する配分率を高める経済、財政政策に転換する機会となるべく、真剣な考えが期待される。原油価格の高騰の可能性などのリスク、あるいは、国際情勢のリスクなど、を念頭に入れれば、本格的な政治政策の決戦の議論と判断が必要である。とくに、官僚支配に堕しがちな、安易な財政均衡論を改める最大の機会であり、また、不必要な増税論を阻止する機会でもある。王道は景気回復のための積極財政論であろう。

Post Office 3

郵政民営化ならぬ郵政私物化が着々と進行しているようである。

25日付の日本経済新聞は、西川体制「誰も発言しない」と題する記事を掲載して、西川郵政公社総裁が上意下達型の意思決定手法を取り、自由な議論が、理事会で行われなくなっていることを指摘した。理事会で、苦言を呈したのは、アサヒビール相談役で社外理事を務める瀬戸雄三氏と見られるという。瀬戸氏は、社外重役が三人、すなわち、ホンダの宗国会長と、慶応大学の池尾教授の三人の社外重役の一人である。

ところが、今しがた入ってきた未確認のニュースでは、今日中に、民営分社化後の郵政会社の人事配置が発表される予定で、しかも、西川氏の強硬な経営手法を反映する、「粛清人事」が行われることになったと言う。昨日、所管大臣の承認がとられたとの消息筋のみかたである。西川郵政公社総裁は、住友銀行頭取を務めた人物であるが、同行時代にも、子飼いの人物、しかも、従順な配下を駆使して、銀行経営を推し進めた手法はつとに知られているところである。その手法を、また郵政公社あるいは民営化後の郵政会社においてもとることにしたのであるとの見方である。すでに、子飼いの人材が着任しており、そうした人物を正面に押し立てて、住友銀行当時の配下を使って、郵政の私物化あるいは実質的なのっとりを完成させる動きであるとの見方ができる。

瀬戸氏は、住友銀行に経営が4代続いた後を引き継いだ生え抜きの、現場主義の社長を務めた経営者であり、伝えられる諫言は今後波紋を呼びそうだ。

夜が明けると行われるとの観測のある郵政民営化の人事は、参議院選挙のため、霞ヶ関、永田町の間隙を突くものであり、既成事実を作る焦りがあるとの見方もある。

とりあえず、マスコミであれば、至急報の書き込みであるが、昼前にはニュースの真贋、事実かどうか確認できる状況になるものと推察する。もちろん、郵政私物化の怖い話ではある。

House of Councillors

参議院選挙が、いよいよ迫ってきた。不在者の投票制度もあるから、もう選挙が行われていると言っても過言ではない。しかし、指呼の間に迫った選挙を政争の具にしてはならない。参議院の存在意義を高める選挙であってほしい。参議院を殺した小泉内閣の郵政改悪法案をめぐる審議が反省されて、その中で、議会政治の改革のありようが議論される選挙であってほしい。参議院の再生がかかった選挙であってほしい。小泉恐怖政治の下でのご都合主義の参議院議員は淘汰せれることにはなるが、既に二院制の原理を否定され国会が生き返るためには、必要な過程だ。参議院が生き返れば、衆議院の横暴も否定されるからである。民主主義は、適正な手続き、due process が必要であるが、それが否定され、議会政治が瀕死の状況にある中での選挙である。成熟した議会政治を取り戻すためには、与野党が逆転して衆議院の一方的な数の力の行使に歯止めをかける機会となる選挙である。

Rope way

函館や六甲山のロープウェイの設計者の名前など知られていない。

先駆者の記録を読んでいただけるとありがたい。

そして、特に神戸や函館で、そのロープウェイにゆかりのある方々は、設計者の故地の小さな島を訪ねて、寂れていく現状から脱却する機会を与えていただきたい。つまり、観光で訪ねていただきたいと言うこと。

http://www.sokuhou.co.jp/library/tokunoshima/tokunoshima01.html

Post Office 2

幸せの赤いハンカチが消えた。岡山の北部の菅生という山里の郵便局が発案した赤い〒マークの旗が消えた。郵便局が尾根道を越えて統合され、民営分社化とやらで、旗をたよりに郵便局員が御用聞きをしていたことができなくなった。瀬戸内海放送がドキュメンタリーに仕立てて放送して、深夜番組ながら反響を呼んだ。地方ではサービスダウンが起きており、郵政民営化が、国民のためにはならないことを表現する番組であった。
 

郵便が不便になるとか、貯金と保険の外務員が来なくなるとか問題が指摘されるが、小泉・竹中政権の中枢でシナリオを書いた官僚の今だから話そうの回想によれば、郵便局における金融と非金融の分離が郵政民営化の本質だという。さもありなん。郵貯資金などを海外に流出させて、利鞘を稼ぐことが良いとの構造改革論の極め付きだ。社会保険庁を民営化するほうが先だ、郵政は税金を使っているわけでもないのにという不都合な真実は、プロパガンダにかき消された。米国の赤字の穴埋めも四、五年前まではひとり日本がやっていたから有り難味もあったが、今は中国とロシアとアラブ産油国のカネが流れ込み、恩義は忘れられ、慰安婦決議案などがまかり通るほどだ。

 郵政民営化は、郵便が遅れるとか、老人がカネをおろしにくくなるとかの話ではなくて、もっと怖い話しである。復習すれば、民営化がこの10月から始まり、郵便局会社と郵便会社は、持ち株会社の子会社として残るが、郵貯銀行とかんぽ生命は、完全に政府との関係を経って、巨大な民間会社にするというのである。株式を売却せよとのお達しで、10年を待たずに一刻も早く売却せよとの動きである。はてさて、世の中には状況の変化というものがあるが、昔と違って銀行には金が余っており、官から民へのカネを流すことなど必要はない。郵政公社の形のままでも、十分資金運用はできる。

さて、三つになったメガバンクは本当に強くなったのか。民間銀行も国債を買わされているが、郵政公社が国債を引き受けてくれるのであれば、銀行はもっと民間企業に貸し出しが出来る。中小企業からおっかなびっくりの個人保証など取らなくても、民間資金需要を優先することができるのではないだろうか。資金を必要としているのは政府の部門ではないのか。勿論、緊縮財政論で、もう何もしないで、国は疲弊して朽ちてもよいというのであれば、資金需要の話も論外だが、ドハの壮大な人工島のプロジェクトには及ばなくても、地震対策とか、地球温暖化対策のための研究開発やら、地域開発、教育改革のためなど、美しい日本を作る内需拡大の政策を組み上げていけばいいのである。民営化
後の郵貯銀行が国債購入を減らしていけば迷惑するのは民間銀行で、とどのつまりはカネ回りが必要な民間企業である。

 分社化で笑い話にもならない事件が起きている。郵便局の中を、会社が違うので壁で仕切る工事をやっている。郵便局長は、別の部屋の郵便配達の作業を指示することもさせないようにと、ベルリンの壁を、小さな郵便局で作っている。分割ロスという経済学の言葉も知らない連中がやっていることで、三事業をひとつの組織でやる効率性を範囲の経済と言うが、見当違いの分社化である。やはり壁をつくる陰謀は、金融と非金融の分離と考えれば納得がいく。

 さて、地方の衰退が激しい中で、地方の金融機関をこれ以上いじめていいものだろうか。郵貯銀行が、住宅ローンや、その他の貸し出しで、民営化で民業をつぶしていくことなど、誰も期待していない。利益優先の民間企業であれば、民営化されて、日本国債を買い続けることはできない。長期金利と短期金利が上昇を始めるとどうなるか。国債を持っていれば、評価損が出る。評価損が出れば、貸し出しが減るとの関係である。デフレも死に至る経済の病であるが、それも治さないうちに信用収縮に陥る可能性がある。景気対策をまともにやらないから、税収は減り続け、公共投資と地方交付税の交付金を減らすものだから、明治以来の社稷が滅びているのが現実である。自己負担分が払えず、医者にかかれず、蟄居を余儀なくされる老人の話も聞いている。教育費が削減され、都会へ出稼ぎに来ればいいとのご託宣は、「ああ上野駅」の歌を知らないお坊ちゃまの話だ。郵政民営化は、金融システムの罠あるいは日本経済の落とし穴となった。

 早急に郵政民営化を取りやめることが大事だ。郵貯や簡保の資金は、国債を主たる運用の対象として、その資金を供給するにふさわしいナショナルプロジェクトを立ち上げることだ。美しい国日本を作るために新たな公共事業を早急に開始することだ。実際に公社の決算を見ても悪くない数字ではなかったのか。米国でも、クリントン時代には、財政赤字を公共投資優先の積極財政で黒字に転化させたではないか。その後の戦争で天文学の赤字国家とはなったが、それに従属して朝貢を続けることは、新大統領の望むところでもない。カネの切れ目が縁の切れ目では真の同盟国たりえない。

 10月以降の郵政民営化・分社化は、日本の社会・経済システムを破壊しつつあり、文化と伝統、特に明治以来の近代国家日本の根幹を破壊する危険性を内包するものである。むしろ郵政公社を存続させて、郵政民営化法を廃止する方が国益に合う。参議院選挙における国民の叡智に期待を寄せたい

Post Office

岡山県の鳥取県との境の新見市の山間部にある菅生と千屋の集落を訪ねた。瀬戸内海放送が今年の春に、赤いハンカチが消える日という番組を制作して話題になったことがあるからだ。

http://www.post-fan.jp/topic/topic070427.htm  参議院選挙が迫る中で、郵政民営化のささやかな検証をしてみようと出かけた。

その番組は、瀬戸内海放送が、一昨年から、10分単位くらいで何分かに分けて地元で放送していたものが、総集編となって、テレビ朝日の系列で、放送されたと言う。

空撮場面は総集編になってから入っているが、その菅生という集落と千屋という集落とは、峻険な峠道で分かれていて、今年は雪がたまたま少なかったが、普通の年には一メートルばかりはすぐに雪が降りつむようなところであった。灰が峠というらしい。

菅生の郵便局の郵便配達業務が、千屋の郵便局に吸収されたために、大きな郵便局の建物が、建てられてから13年ほどしか経っていないのに、無用の長物と化していた。郵便局の前には、ポストがしかも丸型の古い形のポストが立っていたが、そのポストの鍵を開けるのは、その峠の向こうの郵便局から人が毎朝バイクで乗ってきて開けるのだと言う。

絵に描いたもちの郵便局の統合再編成計画だったらしく、地域の住民は、サービスがダウンしたと述べていた。

赤いハンカチと言うのは、地元の郵便局長が考えか出したアイデアで、赤いハンカチ、〒マークの入ったキャンバス地の旗のようなものだが、それを、独居老人の家庭などで、庭先などに出していると、郵便局の外務の職員が、訪ねて、御用聞きをするというアイデアであった。外国からの取材もあったそうで、当時は、すばらしいことだと誉めそやされたと言う。

ところが、郵政民営化の嵐の中で、民営化法案が、準備されるようになると手のひらを返したように、郵政公社は、無駄なことだと指摘するようになり、民営化の準備の中で、郵便配達の再編成があり、分社化の中で、郵便配達の職員が、貯金や保険の世話をすることができなくなったので、そもそも、赤いハンカチを出しても、地域住民の要望にこたえることができなくなってしまった。

総担と言う言葉を聞いたが、これは、総合タンムの省略で、郵便も貯金も保険も、郵便局の職員であれば、三つの事業をこなしていたが、小泉・竹中改悪の法案で、会社が別々になって、郵便は郵便、貯金は貯金の職員と言う具合に、分断されてしまったと言う。

郵便局の統合であれば、機械化やIT化が進展したかと言うと、そういうことはなかったと言う。近くの岡山県の高梁のあたりでも、集約化があったが、機械化もなく、ただ職員が長距離をバイクに乗るようになっただけで、手紙の配達時間も遅れるようになったと言う。

ゆうパックも、近くの集落では、岡山名産のぶどう農家では、郵便小包で出荷していたが、もう郵便局では、集荷に来る人でもないので、すべて、民間の会社に出荷するようになったと言う。しかもその民間の会社は、郵便配達の郵便局の統廃合を狙い撃ちにしている感じだという。わざと、郵便サービスの水準を落とすために仕組まれたのではないかと指摘する地域の意見もあった。

地域格差を意図的に拡大する政策が大手を振って採用され、しかも惨状を呈している一例であった。大手の新聞マスコミもあれだけ、あすなろ村の郵便局の紙芝居を、ばら色の民営化を演出した割には検証していない。

まったく残念ながら、地域社会、限界集落の崩壊を後押しするような政策が郵政民営化であったが、その現実が郵便局の郵便配達の統廃合の過程の中で現出している。

選挙に行って投票してもどうにもならないとの声も聞かれた。統合は、地元の声を聞く耳がなかったと言う。絵に描いた机上のプランだからと言う声もかき消されたと言う。地元の国会議員も調整すると言うばかりで、実際には政府に意見を言うこともなかったと言う。

地元には、生鮮食料品を扱う店もなくなったと言う。巡回の移動のトラックの荷台に店を開く、移動店舗が一週間に一回は回ると言う。

しかし、よくも考えてほしい。岡山や倉敷の水は、そうした山間部でつくられているのである。中国山地の山は高くはないが、それなりに山深い。海と山とが、連携を取って栄えているのである。山が荒れれば、海沿いの人間生活も駄目になる。

郵政民営化は、分社化や、効率化しない民営化を止めなければならない。

郵便局には、職員の動きを監視するテレビカメラが異常に大量に導入されつつあると言う。左翼全体主義のようだ。スターリンや、ジョージオーウェルの言う、1984年や、動物農場の世界を再現しようとしているようだ。郵政民営化が実は、大衆の民集の支配ではなく官僚統制ではないのかとはよく指摘されているが、こうした監視システムの増強は決してこの国の民主主義や自由を強化することにはならない。

事実、郵便局の中には、壁をつくって、郵便担当の職員と、それ以外の職員とを区別する壁を設置したと言う。無駄な出費であるだけではなく、何か滑稽さすらある。現場の郵便局では、みんなあきれ返っていると言う。ベルリンの壁ともう、揶揄して呼ぶ向きもあるという。ただ、ベルリンの壁のように、壁を越えると銃殺が待っているようなものではなく、といるが共通だとか、玄関は同じだとかの、抜け穴がいっぱいある壁であるらしい。

もう赤いハンカチはいらなくなったから、郵便局で回収してほしいと怒りをあらわにした住民もあった。そうした怒りが、地方の憤怒が選挙には反映されるだろうか。

郵政民営化の検証は総合的に行われなければならないことは言うまでもないが、岡山県の山間部で見る限りは、郵政民営化は完全な失敗である。失政である。弱いものいじめである。過疎地を徹底的に叩きのめそうとする悪政である。

Kalashnikov

カラシニコフと言えば、ソ連製の自動小銃のことだ。AK-47と呼ばれ、社会主義の成果として喧伝された。社会主義の技術のシンボルでもあったが、初めて製造されてから、60年の記念の年となった。カラシニコフ還暦である。

社会主義国の武力の行使の手段として、おそらく数千万丁が製造された。今では、ブランドのようになり、本家のロシアでは、偽物?の出回りに苛つく状態である。アメリカは、80年代に、中国製屋、エジプト製のカラシニコフをアフガニスタンの、反政府勢力に提供した。本物のロシア製のカラシニコフは、AK-47と呼ばれても、改造版の方は、AK-47sと呼ばれて、Sがついている。ハンガリー製のカラシニコフは、AMD-65と言う識別番号となっている。アフガニスタンの警察には、55600丁がアメリカから供与されたのも最近のことだ。スロベニア製の追加の一万丁もアフガニスタンに到着している。イラクでは、なんと、18万5千丁のカラシニコフを調達しているが、ロシア製ではない。

もちろん、その自動小銃を開発したミハイル・カラシニコフ氏は、87歳で存命である。

カラシニコフは、共産主義の武力の象徴であったが、知的財産権など、どうにでもなれとばかりに、世界的には、三十カ国で製造が続けられている。しかも、アメリカがそれを買って配ると言うのは皮肉な話だ。

悲しいことだが、この国日本は、シベリアや満州で、カラシニコフに太刀打ちできなかった。ノモンハンで、機銃掃射を受けて、昔ながらの銃で、--ああ。

革命の輸出のための自動火器が出回って、めぐりめぐって、アフガニスタンやイラクではアメリカが大量に買って配る。武器の貿易の深遠は、筆者には理解を超える。

Tax evasion

かつて、竹中平蔵前総務相が日本と米国の間で住民票を移動させ、住民税を節税していたという疑惑が国会などで追及された。
と、産経新聞は、過去形で報じているが、疑惑と書いただけで、真偽のほどを確認していない。

税金逃れを、英語では、Tax Evasion という。納税の義務が憲法に書いてあるから、憲法も尊重しない連中だ。ところで、竹中当時の大臣の税金逃れの真偽はどうだったのだろうか。どこかのハンバーグ屋さんの未公開株をただで貰ったとか色々話はあったが、うやむやになってしまったが。時間がたったから、何が真実で、相ではなかったか明らかになってもいいころだと思うが。

選挙権がなく、市役所に行くのも相当アバウトな人かもしれない。緻密に正月を、冬休みを選んで、住民票を写した可能性のあるお方とは随分とちがうが、ワルと呼ばれるくらいが政治化には向いているのかもしれないから、結論としては、政治家候補生としては、失格なのかもしれない。

Yozan

「一汁一菜を用い、木綿着を着て平然としている治憲(のちの上杉鷹山)にとって、政治とは、民を富まし、幸せな日々の暮らしをあたえることである。民の膏血をしぼり取って、安楽と贅(ぜい)をあがない、権威を重々しく飾り立てるためにあるのではない」藤沢周平

漆の実のみのる国、文藝春秋刊、上下。各1714円 上記は、上巻の本の帯に書いてある短文。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E6%9D%89%E9%B7%B9%E5%B1%B1

Dinner

閑話休題。おいしい食事。右側のボトル二本は、宮崎空港で買ったマンゴージュースと、日向夏のジュース。そのまんま知事の宣伝が出ていたので買った。マンゴーは高いのでやめて、ジュースにしたがおいしい。夏みかんの方は、ビンがきれいで買った。

よく取れていないが、シャンパングラスに入っているのが、そのジュースをカクテルにしたもの。横から撮影しておけばよかったか。以上、宮崎の県産品の宣伝でした。

P5140002

Botanical Garden

花の写真。東京都三鷹市の深大寺植物園で撮影。デジカメ。P5210003 P5210005P5210004_1    

P6120008_4 紫陽花の花の種類が多いのには驚いた。

むかし、マレーシアの友人から聞いた話だが、自分の国の土壌の情報がみんな宗主国にあって自国にないので、植物の栽培が難しいとの話を聞いたことがある。植物園も珍しい植物など、特に自国の物を保存することは国力のひとつである。ソロモンの栄華も、谷間に咲くユリの花にしかないとは、よく言ったものだ。                

Poet

丸山薫の詩をひとつ。

人目をよそに 春はいのちの花を飾り 秋には真紅の炎と燃える あれら 山深く 寂寞に生きる木々の姿が 今は私になった 丸山薫

昭和47年10月8日、丸山薫が73歳の時に、山形県西川町岩根沢小学校校庭に詩碑が建立されて、その碑のために書き下ろされた詩である。

丸山薫記念館のパンフレットの写真に掲載されている文章をもうひとつ。

詩は一字一句が言葉の発見であり、偉業一作が韻律の創造である。 感覚を以てひびく言葉、ひびきを以て意味する文字、意味を以て感覚するスタンザ! 創造への熱情は一作の完成によって翔け去る。 その都度、詩人は詩の初心者である。詩に、つくるコツは永遠にないであろう。 丸山薫

丸山薫の記念館は小さな資料館ですが、文学的な評価の高い貴重なものです。実は地域振興などといくら叫んでも、本当は文化や伝統の力を再評価してみることの方が力になります。ちなみに、そうの資料館の看板は、井上靖が揮毫している。美しい筆の跡になっている。

ネットで調べたら、その岩根沢を案内するサイトがあった。http://www.iwanesawa.net/index.php

美しい山の集落である。

UpperHouse Election 2

参議院議員には、解散のある衆議院とちがって6年という任期がある。政局から一歩はなれて、安全保障、外交、教育、地方振興など国の基本政策にかかわることを、じっくりと取り組むことができるメリットがあります。小選挙区制になり、地元ばかりが大切になり、大局を考えることが難しい制度になったから、余計に参議院のそうした役割が大切になっているかもしれません。今回の参議院議員選挙は、そうした国の根幹の問題について、否決したものを、政府側が衆議院を解散したことに問題があることが、底流の争点となっている。そもそも、首相指名権を持っているのは衆議院ですから、普通であれば政権選択の選挙になるわけがありません。現実には、参議院選挙で政権がふらついた例は、いくらもありますが、特に今回の選挙は、議会制民主主義の手続き問題について、刺客選挙などが、行われた事態をどう是正するかの対極的な選挙になりそうです。与野党どちらが勝つか負けるかといった、数合わせの矮小化されたものであってはなりません。三年毎に参議院選挙があるのですが、今回は、日本の国運にかかわる基本問題が根幹にありますので、本当は、参議院全体の選挙であっても良かったかもしれません。(もちろんそれでは、憲法上の手続きがないのですが。)本質的には、参議院無用論と、有用論との選択の選挙でしょう。参議院の改革案も議論する必要がありますが、政党の争点にはならないようです。例えば、定数削減などもそろそろ議論になってもいいのかもしれません。思い切って、100議席にする考え方などがあってもしかるべきですが。各都道府県割で、各2人ずつとか、決めて、政党だけではなく、半分は個人名にする考え方などもあります。

小泉政治は、郵政民営化法案を否決した参議院を懲罰するために、解散権がないので、衆議院を解散、刺客選挙を憲法違反の疑いが濃厚な中で強行したのであるから、今回の参議院選挙は、そうした動きが国民の意見に合致しているのかどうかが問われている選挙となった。さて、選挙後政局にしないためにはどうすればいいかというと、政府と衆議院と参議院との役割について、再整理を図ることである。郵政民営化法を見直すことを政府が表明して、参議院との融和を再確認するとか、両院協議会を憲法手続きとおり実行するとか、解決策はある。多くの重要法案が参議院のスクリーニングを受けることになり、そのほうが、党利党略の衆議院よりもより公平、バランスの取れた国策が実行されることになるのではないだろうか。安倍政権は会期末に強行採決を繰り返して、参議院不要を主張するがごときであったが、それも問われることになる。

従って、参議院の改革としては、参議院は総理大臣の指名権とは関係なくする。大臣は出さない。6年ごとに一括してそう入れ替えの選挙をする。国の重要法案、対決法案だけを審議する。(細かい話にはこだわらない)。今、開催されている、経済財政諮問会議などは廃止して、参議院でその役割を持つようにする。などの、風格のある参議院に作り変えることが必要である。(衆議院がポピュリズムに堕すれば堕するほどバランスをとるために必要であろう)

Publication Books

今は年老いた大先輩から、執筆者の心構え参考記録というメモを頂戴した。もう2年も前のことだが。その先輩は、後世に残せるものは活字にした本だけですなどともアドバイスを頂戴したものである。

「古代中国魏の初代皇帝文帝(在位220-226)が、「曲論」に書いた「文を論ず」に次の文がある。 文章経国大業不朽之盛事 年寿有時而尽栄楽止其身 二者必至常期未若文章之無窮

{読み方}文章は、経国の大業にして普及の盛事なり。年寿は時ありて尽き、栄楽はその身に止まる。 二者必至の常期有り、未だ文章の無窮なるに若かず。

1800年もも昔の文章であり無窮の見本とも言えよう。永久保存のため国立国会図書館(〒100東京都千代田区永田町1-10-1 一般納本係)に書いた出版物を納本しよう。前項の読者が問い合わせ可能な奥付を必ず付けてください。(後略)」

とあった。97年9月21日にプリントしたとある。

現在であれば、出版するときには、ISBN番号、書籍登録の番号を、とるといい。そうすれば、流通するときの識別ができるので、買いやすい。最近も、友人から自費出版の本を頂戴したが、残念ながら、その登録番号がついていないので、どこからでも本屋に行って注文するわけには行かない。

さらに言えば、全文を電子ファイル化して、ネットに残しておくのがいいのかもしれないが。

Investment

投資信託に個人の、特に団塊の世代の退職金が流入しているという。株式投信(公募)の投資残高が67兆9千億円となったという。一年前から47%も増加したという。世界的な株高や円安傾向が、高い運用益の数字となって人気を呼んでいる。外貨預金も同じようなものだ。円安傾向で、ここ数ヶ月は、円換算の残高が大いに増えたように見える。外国株式型の投資信託が伸びているが、やはり、価格変動リスクは大きい。外国株安、円高が進行する事態となると、運用成績は当然悪化することになる。カジノほどの賭けではないが、注意するに越したことはない。数年前にもそんなことがあった。投資信託で、価格が10分の一くらいになって退職金をすってしまった時代もあった。世の中にうまい話があれば、眉につばをして考えるような話だ。ただ、タレントの故事ではないが、つぼにお金をためて、能力活かさないというのは最悪だから、この国全体が栄えて、分配を浴して育成策が必要だ。9月から施行される金融商品取引法は金融機関の投信販売をリスク説明などについて一段と厳しくしている。これまた当然の話であるが、銀行などは、個人のお客に低金利で利子もまともに払わないという、金融機関の優遇政策は、そろそろ終わってもいいのではないか。国民に対する分配率を高めるタイミングである。

Out of Focus

郵政民営化 西川体制でやれるのかと題する社説を朝日新聞が掲げた。7月13日である。的外れである。

組織が緩んでいないかと不安にさせられるような話も耳に入るとあるが、緩んでいるのは経営陣の方ではないのか。前総裁は、郵便局マスタープランと称する、郵便局いじめの改悪案を提示して、総スカンにあったが、将来に対する不安があるから、士気が下がっているのである。トヨタ生産方式も、郵便局の現場では不評である。マネージメント自体が、はやりのアメリカ経営型で、実態に合わない市場原理主義の色彩が濃厚な経営手法であった。「局長がいつも現場を留守にして、職員任せにしていて、果たして民営化の荒波へ漕ぎ出せるのだろうか」などと書くと、ほとんど言いがかりで、特定郵便局長に対する中傷だ。参議院で否決された法案を反故にして、衆議院を解散した刺客選挙をどう捉えているのか、などとの大議論もなく、大新聞にしてはまったく弱いものいじめで見識がかける。議会制民主主義を反故にした民営化法案の議論であったから、当事者の郵便局関係者が必死になって、その是正の糸口を見つけようとするのは当然のことであり、見方によっては健気な努力とするほうが正鵠を得ている。確かに、郵便局は民営化の成否を左右するが、4分社化で、郵便局会社の経営基盤をおろそかにして、制度設計を間違えた付けが回ってきているのではないのか。「有能な窓口になれないと、ゆうちょもかんぽも郵便局を見限って独自の販路の構築に精を出す可能性がある、そうすると経営が行きづまる」と書く。だから、おかしいのではないのか。竹中側近が、金融と非金融の分離が郵政民営化の本質だとどこかで回顧していたが、そうして、郵便局会社が路頭に迷う可能性は、法案審議の時から指摘されていたではないだろうか。大新聞の論説がその程度の論点にも気がつかなかったとは驚きである。だからこそ、三事業一体のシナジー効果を狙った、同じ屋根の下での、経理区分を明確にした一体経営が優れていると採算の主張があったにもかかわらず、修正案も出さず、しかも、新旧勘定を分離して、郵貯と簡保とを廃止して、今の国民資産を、独立行政法人に管理させるという奇策を、しかも国鉄の民営化のときすら採用しなかった制度を導入したのは、財政赤字の補填を意図しているのではないかと、邪推?させるようになったのである。郵政民営化の基本的な問題についての認識が、あまりにも浅薄であり、国論を二分する議論があったことを忘れtかのような社説である。

「懸念が出ているもうひとつの理由は、・・西川善文氏の求心力不足にある」という。そもそも、西川氏が就任したときに、経済からも、利益相反の声があったことを忘れたかのようである。郵便貯金の廃止を主張していた全国銀行協会の会長職にあったものが、前向きの経営に当たれるわけがない。人間は、国策に関する意見を会社を替わっただけで変える人にたいした人物があるわけがない。しかも、金融庁長官の職にあった人が、副総裁になっているなど、人事の私物化が行われたからではないのか。最近生田前総裁が、引き連れてきた要員もどんどん去っていることも書いていない。西川氏の登用については国会での議論もなかったが、そうして民主主義の基本の適正な手続きが不足していたことを指摘する方が、見識のある大新聞の社説だろうと思う。だれも、イトマン事件のこととか、旧住友銀行絡みの、真昼の暗黒のような事件のことも思い出したくないことは事実であるが。

前職頭取時代からの兼務である社外役員についていることが問題だという。たしかにそうだが、本質は、公職にあるものが、厳密に職務専念義務に違反しているかどうかの話だ。もし、前職の引継ぎだと、ただしに、その兼職を辞任すべきだと主張するのが、大新聞社の論説であれば迷いがない。公の組織を私物化すること自体が許されない。

社説の末尾にはこう書いてある。「現場をになう職員は、トップのふらふらした構えを見ている。」と。これは正しい。職員だけではなく、国民の大多数が、民営化でいいのかと考えている。もう、地方では、サービスダウンが起きておりこんなはずではなかったとの声が上がっている。国会での質問趣意書に対する回答が、サービス水準の維持ができているというものであっても、それは、形式的な話で、どうにもならないあきらめの気分が蔓延していることも良く知られている。末尾の表現は、最後に「西川体制で郵政民営化を乗り切れるのか、心配だ」と書くが、郵政民営化自体が、そうした私物化、市場原理主義、アメリカ追従の一部の政治家、経済人の追及した地方切捨ての政策であって、大新聞が社を上げて賞賛するような話ではない。もともと制度設計に欠陥があり、日本の社稷を破壊しようとすることであるから、まさに、ふさわしい人事というのが、それまでの朝日新聞の論理であれば、一貫することになるのかもしれない。

最近、ダイヤモンド社から、金融の罠と題する、郵政民営化が金融の安定を破壊するのではないかという警告の書が出版されたが、そうした金融論の分析もない。

朝日新聞は戦前から、左に揺れ右にゆれ、定見のない新聞として知られているが、各面での記事はともかく、小泉:竹中政治の亜流に追従した経営者が、全国津々浦々にてんかいする大組織を経営ができるわけがないのではないだろうか。再来週に迫った参議院選挙が、天王山となっているのは、社会保険庁のずさんな話とは別に、営々として日本の発展のために基礎をになってきた郵便局がばらばらにされる事態を見て、これを見直し修正させようとする、ささやかな抵抗が、いずれは大きな伏流水となり、美しい滝となって地表に現れるタイミングだと考えた方が美しい話になるのではないだろうか。民営化と称する官僚支配の「米営化」では、うまくいくわけがない。失われた十年の中で、経営が悪かったのは銀行であって、郵便局ではない。資金運用に失敗したのは、郵便局ではなく、政府のしきん運用当局ではなかったのか。事実を把握しない社説は、心配を通り越して怖い話になる。

最近、朝日新聞について、同社の総合研究所主任研究員の今西光男氏が、緒方竹虎の苦悩の逸話を交えながら、資本と経営の視点から朝日新聞社の問題を分析する好著が出版されたが、どうにも、7月13日の社説は、大政翼賛会張りに郵政民営化論礼賛を前提にするあたりは、朝日新聞の危機がこうした現代の社説にも現れているようである。(新聞 資本と経営の昭和史、朝日新聞社 1400円)

Tropical storm

台風が九州に上陸したようだ。

台風の進路予報については、もうテレビもラジオも色々あるが、世界的な視野でインターネット上で見ると、ハワイ大学のサイトあたりが便利である。http://www.solar.ifa.hawaii.edu/Tropical/tropical.html

このサイトが面白いのは、直撃率を数字で出してくるところである。

http://www.solar.ifa.hawaii.edu/Tropical/StrikeProb.html Strike probabiliteisとなっていて、国名が出る。例えばジャパンをクリックすると地名が出る。この地名は嘉手納などが真っ先に入っていて、岩国などもあるから、米軍の関係があることがわかる。

まあそれでも、便利ではある。空欄に、緯度・経度を入力すると計算して送り返してくる。

東京の台風直撃率、60海里、120海里、240海里の距離に入る確率。風の強さはノット。時間は世界標準時。http://www.solar.ifa.hawaii.edu/cgi-bin/StrikeProb?city=tokyo

自分の住んでいるところの緯度経度を入力すると何時間後に何マイル以内に入ってくる確立が表示される。こんなサイトを日本語であると便利なのにですね。それともどなたかが、ハワイ大学と相談して、日本国内に日本語サイトを立ち上げる。(それは本質的な解決にはならないかもしれない、計算機能は、ハワイにあるわけだし、安全保障を他人にゆだねることになる?)

Nation

社稷。中国らいの言葉であるが、コミュニティーでもないし、村でもないし、やはり風景がある。定義を言い換えることができない。日本という国では、たたずまいがある。権藤成卿の論ずる社稷のことである。町や村のことでも良いし、国家であるかもしれない。国敗れて山河アリ、城春にして草木深しの風景である。小泉・竹中政治は、特にアメリカの社会をモデルにして、急進的に経済・政治制度を作り替えようとした。ある種の革命を狙ったとも思われる。しかし、保守主義は温故知新、伝統の細い糸をたどって、世間の善悪を判断して、物事の良し悪しを選別していく。改革は過去の延長線上にしかないのに、今あるものを根絶やしにして、土壌に会わない種を撒く。凶作になる意外にないのだ。改革と称して、実は伝統を絶やそうとしたことは否めない。保守政党がのっとられ、冒険主義者にのっとられ、それに、ユーゲント(いや、チルドレンが)加担した政治劇であった。

不耕起農法という農法のことをどこかで呼んだ。苗は初夏には雑草に埋もれるが、いつの間にか絶えて偲んで、例外の夏にも、力強く実を結ぶという。

権藤成卿について詳しく書く力量を持たないが、世の中には、いる。

参考までに、ひとつのリンク。http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_6ebe.html

左翼と右翼とのレッテルがあるが、社稷のことになると左も右もなくなることがよくある。その点、市場原理主義などは、社稷をぶち壊しにして、一部の経済家や政治家が富や文化を独占しようとする動きだから、左も右もなく結託できる可能性がある。地方と呼ぶ言い方があるが、実は、地方が崩壊しているのではなく、社稷が崩壊しつつあるのであるから、都会の人も田舎の人も結託できる可能性がある。大企業や輸出型の製造業の好況を日本全土にキンテンしようとする政策がまったくない、特異な、日本人的ではない政策主導の政治が行われている中で、そうした左右の問題を克服しようという動きが見られるように思う。

East Timor

北京が東チモールの経済援助に乗り出している。大統領官邸や外務省のビルなどは、北京政府の贈与による建設が行われている。軍隊の制服を提供したり、医療チームの派遣や警察の訓練、それに、活発な招待外交を行っている。微笑攻勢である。東チモールは、Timor Leste( チモール レステ)が正式名称である。百万の人口しかない旧ポルトガル領の島であるが、99年にインドネシアから独立を果たした。空白の生じた東南アジアに中国は微笑外交で食いコモとしているとの見方がある。既に、中国はミャンマーやカンボジアで最大のけいざいプレゼンスがあり、フィリピンでも高速道路の建設などを行っている。アフリカでの旧ポルトガル領への食い込みが経験となっている由である。東チモールには石油資源が未開発のまま残されており、また、東南アジアのシーレーンの中間に位置しており戦略的にも重要である。はてさて、日本は中国に経済援助をし、援助を受ける側がアフリカやアジアの島嶼国で戦略援助をする。そうすると、見透かされているのはどの国だろうか。実にばかげたことである。戦略のかけらもない。ちなみに、アメリカは、いわゆる開発援助を北京に対して一切行っていない。

Upper House Election

いよいよ7月29日の参議院選挙に向けて、公示が行われ、宣伝カーなどが賑わってきた。参議院の定数は242人、過半数は122人である。非改選の議席は、与党58議席に対して野党は63議席であるから、過半数j獲得のためには、与党が64議席、野党が59議席をとればいい掲載となる。与党の公明党が改選議席は13議席である。47選挙区のうち、複数の定数の選挙区は18であり、複数区で自民党が一議席を確保したと仮定したとき、一人区と比例区で33議席を取る必要がある。29に一人区があるが、前回の比例区での獲得議席15を今回も維持したとしても、一人区で18議席以上取らなければならない計算である。さてどうなるのか。日本国民の叡智に期待する。

Pension

年金問題が騒がれているが、国民の間に不安が広がっているからである。

単純な話であるが、基礎年金部分は全額税金で負担することとして、生活保護費を超えて国が面倒見るとすれば、不安は治まると思う。

むしろ問題は、民間人から来た有能な筈?の社会保険庁長官などが、しっかりと対応をしているかどうかである。社会保険庁を解体するとの話であるが、解体するのは余計混乱するだけなのではないだろうか。そうではなく、突合をちゃんとやることであり、正確なデータに基づく給付事務を着々と行える体制作りをすることのほうが大切でないだろうか。ホリエモンが年金の制度などいらないと発言したことがあるが、そうした拝金の市場原理主義を却って応援してしまうことにはならないだろうか。

もしデータが失われてしまっているのであれば、むしろ、税方式に改めて、国民の最低限度の保障を明確に行うことで、今までの欠点を改善することができるかもしれない。

Freedom of Information

個人情報保護法をめぐる議論が続いている。2005年4月の個人情報保護法の前面施行後に起こった混乱と、情報保護の名を借りた意図的な不祥事隠しは、むしろ情報の不自由を守るためではないかと皮肉られる始末であった。同窓会の名簿が作られなくなるとか、公人と私人とを区別せず、政治家や一部の経済人などの、隠れ蓑に使われたことが指摘されている。

個人情報保護法とは、制度的な欠陥を含む法律となったのではないか。むしろ、社会の団結、社会の円滑なコミュニケーションを阻害して、国民の分断を図ったことになったのではないだろうか。

個人情報の定義がひろく、それに対する行政の権限が大きくかぶさった法律で、自由度が高めるのではなく、むしろ個人の規制を強化することが問題である。この数年の運用で問題点が明らかになった以上、法改正を行うことが必要であろう。

Castle in the sky

新聞報道によれば、6月26日夜に東京都内で、日本郵政公社の理事を22日に辞任した本保芳明氏が講演を行い、「新たな経営の柱とすることを目指した国際物流については「天地人のいずれの面でも厳しかった」さらに「かつては(郵政という)巨像が眼を覚ましたとも言われたが、虚像だったというのが今の実感」などと述べたという。なるほど、本保氏が認めるように、成果はほとんどなく全日空などとの業務提携に限られている。問題は、本保氏も、郵便と物流の区別もなく、夢を振りまいた挙句に、オランダの物流会社との提携話などをいかにも分がありそうな話として、マスコミの話題とした挙句に、破談になった実態についての責任を感じていない発言だ。ドイツは、郵便貯金の資金で、物流会社を買収してグロ^バルな展開を図ったが、それについても、相互補助の問題として、不公正なやり方だと指摘する向きもある。既存の物流会社の国際展開を国策とせず、郵便会社を物流会社に返信させようとしたことに先ずムリがあったのではないのか。いかにも官僚的なのは、そうした夢物語を自分で破談させておいて、それを、郵政の体質?のせいにするのはいかにも品のない話だ。辞任しておいて、また国土交通省の高官として戻ったというのも、失敗の責任を取らないという、恥を知らない厚顔ぶりだ。郵政公社における民営化推進論がお役人の主張に支えられたというのはいかにもこっけいな話である。

その辞任の数日後に、日中間で、早速、業務提携の強化が発表されているが、中国郵政や世界の郵政関係者が、日本の民営化を機会とした物流業者との提携を快く思っていないというのが真相で、郵便の物流化を修正したというのが真相ではないだろうか。

郵政民営化法では、郵便小包を国土交通省の所管に変更しているが、実は世界的には小包は通信の一環として郵便の部類に整理されているのが、通常であり、物流の世界に取り込もうという考え方は稀である。事実、万国郵便連合には、小包委員会と言う組織が編成されて、今後の世界化を検討している事実がある。日本のこうした立法はむしろ世界の慣行とは逆行したものであった。物流と通信とを混同したところに問題があったようである。

Canal

パナマ運河の拡張のこと。

とりあえず、ウィキペディアへのリンク。

http://en.wikipedia.org/wiki/Panama_Canal_expansion_proposal

東京にあるパナマ大使館のホームページ。

http://www.embassyofpanamainjapan.org/ja-canal_panama_expansion.html

Yen

円安が進んでいる。明らかに異常であるが、国内ではそれほど話題にならない。海外旅行で、高くなったことは実感できるし、海外駐在の人にとっては、縁で給料を貰っているのであれば、生活を直撃する。タダ、旅行はやめればいいのだし、海外生活者などは人口比からすれば小さなものだから、政治の対象にはならない。数字は、確かにプラザ合意以前の円安である。日本の金利は低い状態が続いているが、本来は円高に動いて調整されてきたが、それが働くなったようである。世界から円に投資が向かないどころか、日本から円が流出している。輸出企業にとっては円安は、大いに結構であるかもしれないが、本当はそれだけでは、いけない。超金融緩和で生き延びた、銀行やその他の重厚重大産業の輸出型ばかりが生き残るのでは、まずい。それに、資源高に円安が重なれば、どんどん買えた石油も高くなる。外国製の品も、ワインも飲めなくなる。資源がない国である日本は高い買い物をしなければならなくということである。独自の製品があって、資源の高等をテントツできるのであればいいが、中国や韓国で作れるものであれば、いずれは負けてします。物価が上がってインフレになる恐れもある。

それに、政府がドル建て試算に偏っているという基本的な問題がある。円安で、一息ついたと思っている、政府関係者がいるかもしれないと想像するのは怖いことである。要すれば、円安は、日本の国力が下がっているのだ。

円を日本国内で、美しい日本を作るためには使わず、他の国の赤字を埋めたり、他の国の住宅財源に使われているのはおかしなことだ。円がどんどん価値を失わせていくのはそろそろ歯止めをかけるべき時期だと思う。外国に資金が流れ、自分の国の通貨を信頼しない自体とは、日本政府と日本銀行に対する信頼が崩れていっているということだ。日本銀行のオービーと先日話したが、世界の混乱要素になる恐れがあるので、注意深くその構造を変えていったほうがいいという意見を聞いたが、なおざりにされたままだ。選挙の争点にもなっていいのだが、ならない。小泉・竹中政治の構造改革論は、全くの事実に反する、本当の守旧の論理であったように思う。国民が豊かになることを忘れた議論で、一部の産業だけを守る発想であったことが、最近の円安に現れてしまったように思う。

Genocide 2

慰安婦の問題で、筆者はワシントンポスト紙に意見広告を掲載して、一定の効果があったのではないかと評価する意見を述べたが、昨夜のある会合で、それは失敗だったとの意見があって、なるほどなあと思った次第。それは、慰安婦の問題を、ニューヨークタイムスの記事に対抗するために出しても、効果は薄く、記事の出元である,東京駐在のニューヨークタイムス紙の筆者をロビーすることが一番だとの意見であった。日系のカナダ人であるが、マイケルホンダ議員と共通するように、反日的な意見を書いているので、その人物に論争をぶつけることが大切との主張であった。日本の外交が、そうしたところに働きかけができていないときに、有志がカネをだしあって意見広告を出しても、利用されるだけだとの指摘だった。おっしゃるとおりと思うが、さて、わが政府は、反論もせず、謝るだけでは話にもならない。事実とは何かを追求すべき話である。アメリカの今回の決議案は、人種差別の匂いがするとも言っていた。確かに、黄禍論で、中国も韓国も,勿論日本もだめとの主張の気配がするとの指摘は慧眼である。ただし、日頃から、反論したりしておかなければ、いざというときには役に立たないことは当然で、こと上げを好まない、武士は桑根戸高楊枝では、白人社会で通用しないことは事実である。アイアムそーリーなどと入ってはいけない文化の国との付き合いは大変である。

Pardon

ビル・リチャードソン、ニューメキシコ州知事が民主党の大統領候補として出馬したことは、どこかに書いた。その選挙対策本部からのメールを紹介する。

When I first heard the news on Monday, I just couldn't believe it.
Every time I think George Bush and his administration have gone as
far as they could, they sink to a new low.

Forget the politics for a moment. Scooter Libby is a convicted felon
who was implicated in a national security case and convicted of
obstructing justice. Yet, he will not spend even one hour in jail
and
not because he was innocent or because he received an unfair trial.
Rather, today Scooter Libby is a free man because the President
believes he and his buddies are above the law.

George Bush allowing Libby to go free for his role in covering up
the
outing of a CIA operative shows contempt for the rule of law and a
disregard for the security of the United States.

But it could get worse. We know that George Bush is considering a
pardon. Join me and we can stop him.

I am sending this letter to George Bush to tell him
what I think, and to demand that he rule out a full pardon for
Libby.
We must tell him that this is simply unacceptable. Join me and
co-sign
my letter now.

Read it, add your own comments, and join me in telling George Bush
this goes too far.

http://action.richardsonforpresident.com/libby

July 2007

Dear President Bush,

Lewis "Scooter" Libby was convicted on federal charges of perjury,
obstruction of justice, and lying to investigators. It was a fair
trial and a fair sentence.

You are simply wrong to commute his sentence and I am disturbed
about
the message you are sending to the American people and to the people
of the world -- namely, that the rule of law is not absolute and
that
loopholes do exist for people with the right friends, or the right
secrets to keep. That is not the American way and it once again
demonstrates the breathtaking arrogance that unfortunately has come
to characterize your Administration.

Will you also commute the sentences of others who obstructed justice
and lied to grand juries? Will you commute the sentences of others
convicted in cases that compromised our national security? Or will
you only protect those who you know and who have acted to hide the
actions of your administration from the American people?

I am beyond disappointed. I am incensed. And today I ask that you
immediately declare you will not, under any circumstances, make this
situation worse by pardoning Scooter Libby.

You may have arranged that he not serve a day (or even an hour) of
his sentence, but if you want to preserve any of your credibility,
you must not erase his crime completely.

I implore you -- the American people implore you -- do not pardon
Scooter Libby.

Sincerely,

Governor Bill Richardson

当方はアメリカ人ではないので、署名することもできないし、その気にもなれないが、ブッシュ大統領側近の事件をめぐる紛争の一端を見て取ることができる。

Resignation

久間防衛大臣が、原爆投下容認発言をして辞任した。久間大臣は辞任の挨拶で、被爆者や国民に対して申し訳ない発言をしたということは触れなかった。参議院選挙のために辞任せざるを得なくなった。選挙で当に迷惑をかけないために辞任を決断したと述べたという。本末転倒である。大臣を辞めるだけではなく、国会議員を辞めてもいいくらいの発言である。戦争の問題を真剣に考えたわけではなく、敗戦国としての悲しみや、国家の独立についても考えた節がないといわれてもいいような発言であった。

沖縄観光速報社が出している、観光とけいざい第725号(6月15日号)の視点の欄に編集長が、早く辞めろよ、久間君という論説を掲載していた。優れたコメントであったが、最近どう編集長のブログに全文が掲載されたので紹介したい。

http://toguchiakira.ti-da.net/e1638254.html 東京大空襲、沖縄戦、ノモンハン、云々と思い出される。「しょうがないデ片付けられたらそれに続く広島、長崎の人たちの死は無駄になる。原爆投下は大量虐殺の戦争犯罪であるということくらい誰でも知っている。それをしょうがないとは。国民は何のために戦ったのか、・・・・・」

しかし、これらの辞任で、ようやく日本の政治の振り子が正常に振り始めたような気がする。小泉・竹中政治の亜流である政権の基本は、市場原理主義、を基本にしている政権であるが、ようやく政治主導の政策運営が始まることが大切との認識が深まり通あるように感じる。(単なる党派の問題ではない) 日本国の安定にとって、大切なのは、ケインズ経済学に見られるような、適正な分配、文化や伝統の尊重、などが大切である。おそらく、市場は、保守主義を失った自民党の退潮を歓迎するものと思う。経済は、社会・政治の安定を抜けにして発展しないからである。公の清廉と、社会・経済格差の縮小が経済発展のための不可欠の条件だからである。実際、郵政民営化法案が、参議院で否決されたときも、大方の見方に反して、株式市場は反転したことを思い出していただきたい。

Genocide

原子爆弾投下に関するコメントで、防衛庁長官が辞任した。この件について葉色々なコメントが出ているが、東京大空襲も思い出されて良い。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E7%A9%BA%E8%A5%B2

ルメイ将軍に勲章を授与したことは、いまだに議論が続いている。

http://en.wikipedia.org/wiki/Curtis_LeMay

この英文の記事では、日本国の勲章授与のときに天皇陛下は親授しなかったと書いてある。(さて、それでは、誰が実質的に推薦したのか、防衛庁長官は誰だったのかをも良く考えてみたい。良く、爆撃して石器時代にしてやるぞというのが、彼の国の脅し文句で、最近は、パキスタンのムシャラフ大統領に対して、使ったとのことで話題になったが、ルメイ将軍は、北ベトナムの爆撃についても、石器時代なる言葉を使っていたらしい。)

ワシントンポストに、桜井よし子氏等が、慰安婦の問題で新聞広告を出したが、これを見て副大統領がいかったという話がある。そうであれば効果的だったということだ。徹底的に反論しなければ、納得しないのが、彼我がの違いだ。沈黙は金ではなく、単なる同意としか思わない文化だ。仕方がないとの発言は、常任理事国になるとかならないとかの議論をも完全に飛ばしてしまう発言だった。東京裁判から、その前の時代についての議論など、単なる屈従の発言だった。ポーランドのカチンの森のことや、戦勝国だからといって、文明社会の法規反に反してもいいと言うことにはならないから、いい続けることが必要である。そんな国が、腰砕けの国が、連合国の仲間に入れてくれるわけがない。国際連合といっても、旧敵国条項は残ったままだし、日本が削除要求を出した話も知らない。現に原子爆弾の問題では、アメリカ政府の高官が、旧来の理屈を発言しているが、日本政府が抗議した話も聞かない。違う見方と意見があると一言公式に発言するだけの話だ。情けない国になってしまった。

Perfect waterproof

電車のつり広告で気になる広告があった。気になる。コピーが誰よりも先に、完全防水のPCを作るといった文言だった。会社が、外資系の会社だったのが、中国企業に買収された会社だったからだ。宇宙服を着た者が、水の中でPCを操作している場面で、中吊りの二面を全部使った広告で、東京都内の駅には大きな看板の写真も出ていた。

気になるのは、軍事的な目的を追求しているのではないかとの疑問だ。元の企業も外資100パーセントの企業で、もう長い間、戦前から日本で企業活動をしていたが、重要な部門が中国企業に売却された。研究所ごととの話だったが、今はどうなったかは知らない。会社の名前も横文字の会社になったが、聞きなれない会社名だから、今までの延長にないことはたしかだ。外資系の会社だったから、どう安全保障と関連するのかは議論にもならなかった。日本にある子会社の判断ではなく、外国になる本社の判断だとも聞いた。これだけの買収、売却であったから、想像したのは、本国の政治判断もあったようにも思われたし、当時の外交当局の高官は、新中国の戦略家で有名であったから、(反日的でも著名であった)さもありなんとの感であったが。

気になることが杞憂であってほしいが、何かのメッセージがこめられているようにも思うが、単なる邪推であれば良いが。

Pension

山崎養世氏が、オンラインのニュースレターを配信している。

いつも読ませる内容だ。今回は年金問題である。山崎氏は、高速道路の無料化や、郵政の民営化や、道路公団の民営化などで問題点を鋭く指摘してきている。

そのニュースレターの転載である。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
____山__崎__通__信_____________2007.7.4_第42号
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃また、年金ですね
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 昨年、安倍政権が誕生したときに、VOICE誌の2006年10月号で「郵便局が
 年金の担い手」という論文を寄稿しました。どうしてそう考えるのか、
 少し長くなりますが、山崎通信の読者の皆様にご説明します。

 ここ数年、選挙の季節になると、年金で大騒ぎになります。
 当然のことかもしれません。年金ほど、有権者と国家が広く長くつながって
 いるものはないからです。日本は平均寿命80歳の長寿国ですから、年金の
 つながりは平均60年にも及びます。

 年金は、国家と国民の間の約束です。国民は、成人すると同時に、年金の
 保険料や税金を払わなくてはいけません。一方、国は、一定の年齢になった
 国民に、その人が亡くなるまで、約束した額の年金を支払わなくてはいけま
 せん。国民年金と厚生年金の平成16年度の支払の合計は35兆円に及びます。

 年金は、最大の国営の金融サービス業でもあります。国家は、国民がどんな
 に仕事を変わろうと、国民から受け取った保険料を確かに記録しなくては
 いけません。そして、一定の年齢になった国民に、間違いなく約束した年金
 を支払わなくてはいけないのです。そのためには、国は、個人と雇用者双方
 と、膨大なデータとお金のやり取りをしなくてはいけません。その仕事を
 担当する社会保険庁で、記録や支払いに何千万件もの間違いがあることが
 判りました。問い合わせが殺到したら、社会保険庁の窓口もインター
 ネットもパンクしてしまいました。これまでに、そんなお粗末な情報
 システムに、1兆4000億円もの公費や国民の保険料をつぎ込んできました。
 さらに、保険料を横領した職員もいたようです。社会保険庁への信頼は地に
 墜ちています。

 そもそも、社会保険庁は、年金という巨大な金融サービス業の窓口サービス
 を国民に提供するようにはできていません。たとえば、成人、つまり年金
 加入者が1000万人程度いるはずの東京都で、窓口となる社会保険事務所は
 年金相談センターを含めても32ヶ所しかありません。30万人に一つです。
 これでは、殺到する問い合わせに答えられるはずはありません。何時間も
 待っても、サービスを受けられずあきらめた人たちが大勢いました。
 どんなに悔しい思いをされたことでしょう。もらい損なった年金が分かった
 人も、社会保険事務所では自分の年金を受け取れません。また、金融機関に
 足を運ぶのです。

 これからは、「年金チェック」が国民の常識になるでしょう。国民からの
 問い合わせが増えるでしょう。年金通帳や年金カードができれば、問い
 合わせやデータの確認が日常のことになるでしょう。そのために、社会保険
 事務所を衣替えした事務所を全国に何千ヶ所も作り、窓口サービスを展開
 する巨大な組織にするのでしょうか。それはむだでしょう。

 社会保険事務所の仕事を税務署にやらせよう、という案もあります。でも、
 税務署も、東京都で48ヶ所しかありません。そもそも、税務署は税金を国民
 から取り立てるところです。保険料を納めない人から取り立てるには役に
 立つでしょうが、年金の膨大な金融サービスを行うようにできていません。
 年金の金融サービスの充実と、官僚組織を肥大化させない対策を両立させる
 組織ができない限り、年金不信は続くでしょう。

 実は、少子高齢化が進む日本の年金には、もっと大きな問題が二つあり
 ます。20年前の日本にも、移民などにより若い労働力が増えて成長を続ける
 今のアメリカなどにもない問題です。

 一つは、日本の年金の基本の仕組みは、現役世代が引退世代の年金を負担
 する仕組みですが、少子高齢化が進めば維持できないのです。これから、
 団塊の世代が引退して、年金をもらう人が大きく増えるのに、現役で働き、
 保険料や所得税を払う人は大きく減ります。そうなると、現役が引退世代の
 年金を負担する、という国の年金の半分以上を支えている仕組みは、うまく
 いかなくなります。今の現役世代は、引退世代に比べて、年金の収支が
 はるかに悪くなります。今の子供たちの世代では、もっと悪化します。

 消費税で年金を賄うという案があります。確かに、世代間の不公平問題への
 一つの答えです。消費税は、引退世代を含め、買い物をするすべての世代が
 負担するからです。でも、いまでさえ国の年金の1年間の支払は35兆円に
 上ります。これに対して、年間の消費税収は10兆円強しかないのです。大幅
 に消費税を上げれば、景気が悪化して他の税収が大きく減るジレンマに
 陥ります。消費税にだけ頼るのも危険です。

 少子高齢化に対応するための仕組みは、国の年金の中にあるのです。それが、
 国民が現役の時に払った保険料の一部を積み立てて、国がまとめて運用する
 制度です。いまは、国の3年分の税収に等しい150兆円の積立金があります。
 このお金を年間7%で運用できれば、10兆5000億円もの収入になります。

 80年代までは、この仕組みはうまく機能していました。資産運用の主な対象
 である国債の金利は高く、その次の運用先である日本の株は大きく上昇した
 からでした。この調子でいけば、少ない保険料でも、将来いっぱい年金が
 もらえそうでした。

 ところが、90年代からは、二つ目の大きな問題に突き当たりました。低成長
 と低金利の時代になったのです。80年代のように年金の資金を日本の資産
 中心に投資しても、大したリターンは上げられそうにありません。運用の
 主役である国債の金利は、いまだに1%台です。日経平均も少し上がって
 きたとはいえ、かつてのピークの半分以下です。高速道路を無料にする
 ぐらいの思い切った国内経済の活性化策を打ち出さなくては、日本全体の
 景気回復は望めません。

 一方、21世紀の世界は米中経済同盟を基軸にしたグローバリゼーションの
 時代です。中国やインドや東欧の安い労働力や不動産に惹かれて、世界中
 の企業が新興国に生産と消費の舞台を移しています。新興国の生産コスト
 が安いから、世界の物価は上がりません。すると、金利も80年代より
 はるかに低くなります。その分、世界の企業収益は急増し、株や不動産も
 上がり続けています。

 投資の立場だけからいえば、大きくリスクを取って、日本以外の成長地域、
 とくに、新興国や統合で活性化されているヨーロッパの株や不動産に、
 中心を移すべきでしょう。でも、150兆円もの国民の資金を預かる国の
 機関が、そんな大胆な運用に踏み切れるでしょうか。リスクが高い運用
 には暴落が付き物です。国の年金に暴落が起きた時には、猛烈なつるし
 あげにあうでしょう。たとえ長期では高いリターンが期待できても、
 政府ではそんなリスクを取れないでしょう。

 国が、年金資産を運用するリスクを取れないのなら、企業や個人が取れば
 いいという仕組みも、実は、日本にはあるのです。企業年金や個人の
 401k型と呼ばれる、国の資産運用に頼らない自己責任型の年金です。
 問題は、そうした年金が伸びないことです。

 一つには、企業にも、国と同様に、従業員の年金資金の運用のリスクを
 避けたい、企業年金をやめてしまいたい、という動きが広がったためです。
 経営者への監視が強化されていることも、リスク回避の傾向を高めます。

 個人がリスクを取ってはどうでしょうか。いま、日本から海外への運用の
 主役は圧倒的に個人です。外貨預金や、新興国など海外の株や債券に運用
 する投資信託などが、爆発的に増えています。個人が、リターンの高い
 運用を進めているからです。

 ところが、従業員が自分でリスクを取って資産を運用する401k型年金は
 伸びていません。あまりにも不便だからです。というのは、401k型年金は、
 加入者一人一人への金融サービスが必要になるうえに、国の年金との関係
 をチェックするなど複雑な手続きが必要です。しかも、預金や保険から
 投資信託まで扱い、いつでも、個人の要望によって運用が変われば、
 記録しなくてはいけません。これをレコードキーピング(記録保管)と
 いいます。

 企業や民間の金融機関では、全国での本格的なレコードキーピングが
 難しいのです。401k型年金は、転職したときに、次の企業に個人の年金
 資産を持って行けるメリットがあるはずでした。ところが、次の企業の
 制度が整っていないと、うまく移せません。こうした金融サービスを
 担うところが出てこなくては、401k型年金のような自己責任型の年金は
 増えないでしょう。すると、国の低い利回りの資産運用しか残らなく
 なります。これでは、国民全体の年金の財政は改善しないでしょう。

 かといって、社会保険庁がこんな手間のかかる、個人への401k型年金の
 金融サービスができるはずがありません。やらせるべきでもないで
 しょう。どこか手を上げないだろうか。ここでも、年金の金融サービス
 に大きな穴があいているのです。

 そんなことを思って、安倍政権が誕生したときに、VOICE誌の2006年
 10月号で「郵便局が年金の担い手」という論文を寄稿しました。
 郵政民営化の方針は決まったけれども、国民が納得する郵便局の経営の
 方向は見えてきません。郵便局を、新たな半官半民のメガバンクに
 衣替えするのでしょうか。民業の圧迫ではないでしょうか。郵便局で
 なくてはできない仕事、民間を生かし、補完し、共生する仕事が
 できないのでしょうか。そう考えると、年金の金融サービスこそ、
 民間企業では難しく、郵便局の強みを生かし、しかも、民間を補完する
 仕事になるのではないでしょうか。

 郵便局が社会保険庁と大きく違うのは、国民の信頼度と満足度が高い
 ことです。金融機関としてのサービスや信頼度において、銀行や保険や
 証券会社に比べて、郵便局は常にトップクラスにランクされてきました。
 確かに、郵貯や簡保が、国家の信用を使ってきたことはあります。でも、
 郵便局は親切、便利、信頼できるという国民の声があるのは確かです。
 何千万件もの郵便貯金や簡易保険が間違っていたという話は聞きません。

 それなら、年金のデータを、個人情報の取扱いに注意して、郵便局に
 接続し、年金通帳を発行してはどうでしょうか。郵便局の窓口に行けば、
 年金の記録をオンラインで照合でき、国が払っていなかった年金が
 あれば受け取り、逆に加入者に払い漏れがあれば支払いができるように
 すれば、社会保険事務所で何時間も待つ必要がなくなります。

 郵便局は、全国に24000もあります。日本最大の金融インフラをもって
 います。そこでは、300兆円に上る膨大なお金の記録とやり取りが行わ
 れています。一番大切な信頼という財産も持っています。年金の窓口
 業務に使わないのはもったいない話です。

 さらに、郵便局は、これからの時代に必要な個人の自己責任型の年金で
 ある401k型年金の担い手にもなれるはずです。民間ではできなかった
 レコードキーピングなどのサービスも、郵便局の全国ネットワークを
 活用すれば提供可能に思われます。そうなれば、全国どこで転職して
 も次の職場に自分の年金を持って行けるのです。市場原理、リストラも
 当然、という経済運営が進み、転職が当たり前の世の中になったのです
 から、転職を前提とした401k型年金が普及するようにするのは国の義務
 でもあるでしょう。

 401k型年金では、国債はもちろん、さまざまな金融機関が提供する預金
 や保険、投資信託を国民が選びます。郵便局は、それらを提供する金融
 機関とシステムをつなぎ、記録を保管するのです。もちろん、郵便局と
 個人の間をオンラインでつなげば、もっと便利になります。

 年金の難問の解決、郵政民営化の後始末、どちらも大変です。でも、
 お互いの足りないところを補う、モッタイナイの精神を発揮すれば、
 道が見えてくるのではないでしょうか。

以上、転載したがちなみに、山崎養世氏のブログのアドレスは次のとおり。

http://blog.livedoor.jp/zackyamazaki/

New market

東証マザーズが、新たな株式市場として登場したのは、99年の12月だった。ネットバブルの中で、2社が上場第一号となった。リキッドオーディオジャパンとインタネット総合研究所だった。前者は音楽配信会社として上場されたが、現在は別の事業を行っている。インターネット総合研究所は、今年の一月に一昨年に買収したばかりの子会社が架空取引などの不正が発覚して倒産し、そのあおりで、インターネット総合研究所の株は暴落した。

その後の経過は詳細には述べないが、上場廃止になった。いわゆる新興市場は、本当に存在意義があるのか。市場は国家公認の賭博場、だからこそルールを守れ、との声はあがる。市場原理主義は、ここでも、市場は完全ではないことを示している。

Encounter

はがきを整理していたら、ご本人が作ったのかどうかはわからないが、詩が書いてあった。

この大宇宙の営みから見れば 私たちの生命なぞ 束の間の たまゆらの光に過ぎぬ

しかし そのささやかな光が出逢い 火花はじけるとき 思いもかけぬ輝きが生まれる

過日 そんな輝きの中で 私は 人生の愉しみに酔った 愉しみは天空を走り

大宇宙を旅する思いだった 束の間の酔いがさめたあと 私は そんな出逢いに手を合わせた

短文の詩であるが、なかなか酔えない出逢いばかりである。出逢いにもならないし、名刺を交換してもう二度とは会わなくてもよいが、仕事の中で腐れ縁で何回もあってしまうことのほうが多い。それでも、上記のような楽しみが天空を走ることがあってもよいし、そんなすばらしい出逢いもあるのかもしれないから期待をしよう。

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