構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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Nation

社稷。中国らいの言葉であるが、コミュニティーでもないし、村でもないし、やはり風景がある。定義を言い換えることができない。日本という国では、たたずまいがある。権藤成卿の論ずる社稷のことである。町や村のことでも良いし、国家であるかもしれない。国敗れて山河アリ、城春にして草木深しの風景である。小泉・竹中政治は、特にアメリカの社会をモデルにして、急進的に経済・政治制度を作り替えようとした。ある種の革命を狙ったとも思われる。しかし、保守主義は温故知新、伝統の細い糸をたどって、世間の善悪を判断して、物事の良し悪しを選別していく。改革は過去の延長線上にしかないのに、今あるものを根絶やしにして、土壌に会わない種を撒く。凶作になる意外にないのだ。改革と称して、実は伝統を絶やそうとしたことは否めない。保守政党がのっとられ、冒険主義者にのっとられ、それに、ユーゲント(いや、チルドレンが)加担した政治劇であった。

不耕起農法という農法のことをどこかで呼んだ。苗は初夏には雑草に埋もれるが、いつの間にか絶えて偲んで、例外の夏にも、力強く実を結ぶという。

権藤成卿について詳しく書く力量を持たないが、世の中には、いる。

参考までに、ひとつのリンク。http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_6ebe.html

左翼と右翼とのレッテルがあるが、社稷のことになると左も右もなくなることがよくある。その点、市場原理主義などは、社稷をぶち壊しにして、一部の経済家や政治家が富や文化を独占しようとする動きだから、左も右もなく結託できる可能性がある。地方と呼ぶ言い方があるが、実は、地方が崩壊しているのではなく、社稷が崩壊しつつあるのであるから、都会の人も田舎の人も結託できる可能性がある。大企業や輸出型の製造業の好況を日本全土にキンテンしようとする政策がまったくない、特異な、日本人的ではない政策主導の政治が行われている中で、そうした左右の問題を克服しようという動きが見られるように思う。

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