構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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Crossroads of History

香山健一氏の歴史が転換するときを読む。1992年の出版である。本の帯には、「日本は決して無原則な国家でもなければ、理念なき国家でもない。日本は日本型の経験論の原理を大切にしてきた国家であり、この経験論は人類史的普遍性を持っている。その基礎のうえに、日本は「聖戦」を放棄した確固たる平和国家として、豊かさとゆとりを求め続けるとともに、来るべき新しい世紀の国際社会にさらに積極的な、しかし謙虚で控えめな貢献を続けるであろう」と書いてある。冷戦後の間隙の90年代の初頭、日本ではバブルの崩落の直前に書かれているから、むしろ未来、21世紀に対する期待感がある。21世紀に入り、香山氏の期待に反して、未だに「日本型の経験論」は、うまれていない。むしろ、「聖戦」の熱病が継続しているかのようでもある。

「政治的なメシア主義の熱狂が冷却し、ユートピア幻想が幻滅に変化し、さまざまなイデオロギーによる「聖戦」の熱病が去った後に、人類は新しい経験論の復活へ向かうことになるであろう。より成熟した、独断的ではない人間的思考が再び歴史の主役の位置に復帰しなければならない」とも書いている。18世紀の欧州を席巻したフランス革命の熱狂と幻想に対抗したのは、イギリスの経験論であり、明治維新はこの経験論によく学んだし、日英同盟の時代は日本が、比較的に順調に発展した時代であったと解説する。第二次大戦後の日米同盟も、アメリカのプラグラマティズムと、日本の伝統的なプラグマティズムとが、精神的に合致したから良好な時代となったとも言う。さて、アメリカのプラグマティズムも大きく変質し、むしろ「聖戦」の真っ只中に、超大国として主張されている中で、今日本の国内では、外来の政策として導入された市場原理主義の嵐が吹き荒れ、この国の伝統と文化が破壊することが改革と唱道される時代の中で、香山氏がご存命であれば、どう解説されるだろうか。

プラグマティズムとは、特定の主義主張にこだわらずに、絶対に間違いがないとか、絶対に普遍的であるとか、そういう完璧なものはなく、任銀のやることには誤りがある可能性があり、過ちをどうすれば少なくすることができるか、どのような修正の制度を作ることができるかという、個別具体的な現実を直視して、多彩な人間関係を尊重する考えである。

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