構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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Techonology 2

新しい技術や創造的な研究は欧米が得意であり、日本は必ずしも優位ではないとよく言われる。しかし、本当にそうだろうか。マサチューセッツ工科大学の図書館には、マグネトロン(高周波発生器)が展示されており、これで勝ったとの説明がついている。東北大学の八木アンテナと組み合わせてレーダーとなったからだ。(その後、マグネトロンの応用が、電子レンジとなって日本の台所を飾る。)欧米は、人のやらないことをやり、人のいいを気にしないで、部品を組み立てパズルのように解いていくのが得意なのかもしれない。基礎研究から実際の製品化までは長い道のりであるから、ちゃんと計画が整えられ、途中の茶々が入らないようにして、月に人類をと、アポロ計画にもなった。日本では、意図的な妨害や、政治の都合やら、時の流行の半纏などを着せられて、挫折してしまうことが多いようだ。社会制度の設計が下手だ。
ファクシミリは、ほとんど日本の技術である。その昔、ある国の調査団が日本に来て、西洋にはキーボードのタイプライターがあるので、そんなものは流行らないというご託宣を聞いた。確かに、臭い匂いを焼き付ける方式や、ガタピシ音を立てて印刷していく方式だったから、駄目かもしれないとの気にもなったが、世界標準となって席巻した。海外に工場を造った時にも、ポアチエの戦いのように言われたが、沙汰やみになった。人工衛星を使う放送の受信機なども、平面回路とかの画期的なNHK発の技術がなければ普及はおぼつかなかった。知的財産などと、閉鎖的で一人勝ちの考えはなかったから、欧米のメーカーもちゃっかり格安で採用した。デジタル放送もそうだ。ハイビジョン放送などその典型で、ちょうどウクライナの原発が暴走したときに、アドリア海の観光地の国際会議で、国際標準にはなったが、ながく辛酸をなめた。遅らせろとの反対もあったが、困難を乗り越えて、地上デジタル放送が本格実施となった。新たな電波資源の開発がいよいよ課題となる。ブラジルが、日本方式が技術的にも優れているとして採用を決めたことも話題である。インターネットの回線が割高だと騒がれた時もそうだった。韓国に遅れた、いったいどうなっているのだ、ビジネスモデルが出来ていないとの主張が幅を利かせたが、瞬く間に格安の光回線も充実して、黙った。携帯電話も、日本の方式は駄目だ、互換性がないなどといわれたが、iモードとやらで、しかも、第三世代になれば問題もなくなり、先行できる。コンピュータOSなどは、トロンの関係者はつらい思いをした。学校教育で採用しようとしたが、外圧で中止になり、当時の産業界も政府も定見なく屈服した。タイプライター方式のキーボードが腱鞘炎になりやすい確立が高いと知りながら、トロンのキーボードは、お蔵入りであった。しかし、マイクロコンピュータの世界は、組み込みコンピュータが主流となり、携帯電話、デジカメ、ビデオ、自動車の制御など色々な分野で、日本発のトロンが発展して、今では、ユビキタス・コンピューティング、トロンの生みの親の坂村健博士の言葉を借りれば、「どこでもコンピュータ」の時代となりつつある。情けないのは、いつも、外国勢力のお先棒を担いで、日本の独自のやり方を潰しにかかる学者やマスコミや評論家がいることである。インターネットの広帯域化の件でも、予定通り光技術をどんどん進めていれば、もっと先を行っていたのであるが、銅線活用の技術の方が安いという横槍で、もったいない時間を浪費した。銅線活用は米国の事情であって、日本のとるべき策ではなかった。電波資源の配分をオークション、セリにかけろ、それが最適配分だと主張する学者が、ノーベル賞受賞者まで後押しして、日本でも採用しろと迫った。大変な損害を被るところだった。欧米で大失敗したから、尻馬に乗った連中も口をつぐんだ。接続料政策の騒ぎも、ご本家で放擲してしまった。ただで電波を貰って、帝国の威光を背景にして日本進出した携帯電話会社も、巨万の利益を手にして撤退した。最適配分は経済学ではなく、政治によることが明らかになった一例であるが、外国崇拝でから騒ぎをした向きが見られることは、この国の人品の欠陥である。補助金のばら撒きによる産業政策もうまくなかった。シグマ計画、第五世代コンピュータ、サンシャイン、云々と独創性がなければ、後追いの柳の下に鰌は二匹はいないような大盤振る舞いでは、陳腐な技術が見せかけの評価になる危険があった。
これまたその昔、ロールスロイスを販売する駐在員から聞いた話だが、一台売れば、日本車をたくさん売った分の利益が上がる、だからあくせくしないと。その駐在員は、競馬とヨットのクラブ通いで、優雅な生活ぶりだった。わが方は、日本企業の過当競争で、値引き合戦で、時には足の引っ張り合いで、競争の源泉ではあっても、大量生産が民主主義の根幹にあるにしても、外国ではみっともない姿に見えたが、民生の向上には貢献した。
よく日本は閉鎖的などと言う向きがあるがそんなことはない。見識・経験を惜しまず分ち合うのが日本人のたしなみである。情報を公開して寄って集って改善する。その代わり、大金持ちになる特許も稀であったし、社会全体の分配の最適化をすれば、特定の社会層や地方の問題も解決されることを楽しみに、八百万の神々の宿る世界を造ろうとの理想が根幹にある。
最近の構造改革論は、市場原理主義者の拝金の無思想に毒され、外国モデルを無批判に導入して、伝統に裏打ちされた政策・経営手法を破壊している。外国の上っ面を見て、社会・経済・文化の背景を考えないで導入するから、国民国家というローカル共同体への貢献とはならず、失敗する運命にある。例えば、郵政民営化の私物化はその典型の愚策である。市場原理主義は、国の内外に格差をばら撒いて、紛争を拡大する暴走である。閉鎖的な拝金の空間の制度設計の乱発は、日本の得意とするモノづくりと技術に対する障害ともなり、いずれ国益を失わせる改悪である。

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