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2007年12月

Another Asia

福田首相の中国訪問があった。日本はアジアという地球の上の区分けになされているが、地理的に隣だから、一衣帯水だから、似たもの同士だったと思ったら、大間違いになる。ましてや、日米関係と天秤にかけようものなら、もっと間違うことになる。儒教や、仏教や、箸や漢字が一緒だと思っていたら大変なことだ。福沢諭吉の脱亜論があったが、もともと、日本は、別の文化である。儒教にしても、漢籍という本から学んだ、現実離れのしたものである。真面目な生活をするために指南書くらいのことで、水戸学にしても理論的なものであり、中国の現実に立脚したものではない。中国本家にしてから、儒教がまともに実践されたことはないし、教養人の教養のひとつであったぐらいだし、文化大革命における孔子廟の破壊は、何か恨みがあったのではないかと思わせるぐらいであった。仏教も然り。唐代の仏教が日本に渡り、あるいは多くの日本僧が往来をしたことは事実であるが、中国の民衆の大そうは仏教と道教が入り混じったようなものを信じるばかりで、儒教仏教も大衆には関係がない。ましてや、現代中国は共産主義の国家で宗教はアヘンのいっしゅで、見入る影もない。杜甫、李白の美しい詩もほとんど関係がない。儒教が生活のレベルまで入り込んだのは、唯一朝鮮半島である。戦前戦中の国家主義者や戦後の左翼文化人が唱導したアジア主義は、実態のないものである。東アジア諸国が同じ文明圏にあるというのは、単なる思い込みである。

最近ある台湾人の運動家と話していて思い当たる節があったのだが、家庭に人を招いたときに、親切この上なくすることも日本人と似ているとの話であったが、儀礼的で丁重な態度をとることにすることは共通している。大陸の中国人の習慣とは全く異なるという。日本列島が沖縄の島々を要にして、台湾の島を左右にして、感性が似ていることには驚かされた。

和をもって貴しとなすなどとの日本人の心性は、大陸や半島よりも、むしろ、南海の東南アジアのほうに向かって広がる傾向だと思うがどうだろうか。仲良くしようという意味が、中国方式でやるとか、儒教方式の朝鮮半島方式でやるということで、相手の立場を考えて丸く治めようなどという考えは毛頭ないことに注意すべきである。

当ブログは、米英で異常に肥大化した市場原理主義を厳しく批判しているが、日本は近代合理主義を貫徹して、自由と民主と人権とを大切にする点では、むしろ、中韓よりも欧米に近い。市場原理主義を批判することは、米英の国民の多数にも同調する考えである。拉致事件を起こした非人権国家を、賛美したりする連中が日本国内にもいたことは確かであるが、それはやはり、アジアに対する幻想に過ぎなかった。拉致事件に対する国民の憤りは当然のもので、駄目なものは駄目ということで、日本国民は愛国心をあらわにしたのである。どちらが狭いナショナリズムか、日本の主張はむしろ普遍的なものであったにもかかわらず、中国も韓国も、日本の国連常任理事国入りに反対するばかりであった。術中にはまってはならない。日本の友邦は世界に沢山ある。もう脱亜も西欧崇拝もする時代ではない。ましてや、新たに、アジアの盟主の地位をあたえるようなニュウアをすべきではない。日本は日本、自立自尊で、自由、民主、人権、法治などの価値を追求することのほうが大事である。(日米関係を拝金主義で共通項をとってはならない。唯々諾々と従うことは、尊敬されない。筆者の米国の心ある友人の多くは、エルビスプレスリーの真似をした卑屈な総理大臣を訝しく思ったようだ。負けはしたが、アメリカとまともに戦ったことのあるのは日本であり、他のアジア諸国はその打ちのめされた経験もない。原爆や空襲や鉄の暴風の悲惨をこと上げしないことにまた驚き、だから尊敬されているのだ。忘れてなんかいない)

福田総理が揮毫した文字は、温故知新ならぬ温故創新となっていた。中国が中華思想を捨て去ることができるかどうかは極めて困難な話であるが、日本はまた中国の現実を見つめる努力をして、よもや朝貢関係に陥らないように注意しなければならない。

最後に注意すべきは、経済同盟としては、中米同盟が成立しているのではないかということだ。激しい拝金主義の市場原理主義を導入しているのは北京政府である。貧富の格差、地域の格差は惨状となっている。日本企業もこれ以上深入りすることはもう危険な状況ではないだろうか。君子の交わりは淡き水の如しで丁度いいのではないだろうか。

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Structural Decay 2

市場原理主義者が牙をむき出しつつあるひとつの現象である。どこかでも書いたが、市場原理主義は、文化と伝統を嫌う。経営にしても、キャシュフローを最大の眼目と捕らえており、伝統のある建物とか、土地、由来、来歴など、無価値と考えている。国会での議論など、市場原理主義からすればどうでもいい話で、刺客を放ってでも、私物化を追求しようとする。JPなどと、米営化をもろに出すようなことでは、こっけいな話になってしまうこともわからないようだ。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2007122902075934.html

「消える? 〒マーク 東京新聞12月29日朝刊

 「郵便」や「郵便局」を表すシンボルマークとして長年、国民に親しまれてきた「〒」マークが“存亡の危機”に直面している。十月の郵政民営化後、持ち株会社の日本郵政(西川善文社長)がグループの一体感を深めるために、ジャパン・ポストの略称「JP」を新たな統一ロゴマークとする一方で、西川社長らが郵便事業会社の社員の名刺や社内向け文書などから「〒」を外すよう指示したからだ。社員からは「横暴だ。信頼と伝統のシンボルを軽視している」などと強い不満の声が上がっている。

 もっとも「〒」マーク撤去の動きはあくまでも社内向けで、一般の目に触れるものは対象外という。全国各地の郵便局の看板や郵便ポスト、職員の制服の刺しゅうなどあらゆる所に〒マークは使われており、それらがただちに撤去されるという事態ではない。

 日本郵政は〒マークを「旧体制の象徴」と認識しているものの、むしろ国民向けには〒マークを「変わらないものの象徴」(関係者)として残し、グループへの信頼をつなぎとめる装置として利用しようとの計算が働いているようだ。

 ただ社内向けと限定されているとはいえ、〒マーク撤去の動きには、かつて明治政府が行った仏教の排斥運動「廃仏棄釈」になぞらえて怒る職員もいる。中堅幹部も「たとえ社内向けと言っても、残すという強い意志がなければいずれなくなる時が来る」と危機感をあらわにしており、持ち株会社とグループ各社の対立の火種となりそうだ。

 二〇〇五年に郵政民営化関連法案が国会で可決された際、付帯決議には「(ロゴマークは)国営、公社の時代を通じて長年国民に親しまれてきた貴重な財産であり、引き続き使用すること」と盛り込まれた経緯もあり、この問題が今後各方面で論議を呼ぶ可能性もある。」記者の署名入りの記事である。

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Structural Decay

尊敬する先輩の時事解説が毎朝送られてくる。立派な見識の、味のあるプロの政治解説が多い。

http://www004.upp.so-net.ne.jp/sugisugisugi/

しかし、28日の朝の解説は、テレビ番組の痴呆化についてであった。恐るべきことである。そうした番組は廃止すべきである。みのもんたという司会者を含めて出演者も、同罪である。パキスタンの混乱の中で、その司会者の間違いは不謹慎な話でもある。誰がために鐘は鳴るの鳴るは、英文では、Tollであるから、弔いの鐘には違いないが、滅び行く日本の弔いの鐘の話をしたのかもしれない。それにしても、何百万人が見ているテレビ番組で、訂正もないというのは、怖ろしい話である。

「◎今年の笑い納め
 朝ズバッ!のコメンテーター元知事も、論説委員も、口から生まれたに違いない女性達も感心して聞いていた。ブット元首相暗殺を取り上げたみのもんたが、パキスタンの地図を示しながら「この山岳地帯は忘れもしない学生時代読んだヘミングウエーの誰がために鐘が鳴るの舞台でした。」と懐かしそうに「誰がために鐘がなるを」2度も繰り返した。この場面で、みのもんたの発言にクレームをつけるのは、八百屋で魚をくれというようなもの。まさにご愛敬だが、問題はコメンテーター。誰か訂正発言か、やんわりと言い直させるかと見ていたが、だれも感心して聞いていた。元知事などは「ふんふん」とうなずいていた。ノーベル賞作家の名作の舞台、それもテーマがスペイン内戦で、パキスタンのパの字も関係ない。マドリッドから60キロほど北方に位置するグアダラーマ山脈が舞台だ。そこにどうしてパキスタンが出てきて、出演者みんなが納得するのか。この番組の名場面は多いが今朝はとびっきりの名場面でした。 」

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Temple

昨日は、美濃の大垣あたりをふらついていた。ご縁で、谷汲山華厳寺という西国三十三箇所に数えられる名刹を訪ねることができた。

「世を照らす仏のしるしありければ まだともしびも消えぬなりけり」

ろうそくと線香をたむけた。市場原理主義など、拝金主義は、こうした名刹のように風雪に耐えるようなものではない。あだ花に過ぎない。ともしびを消してはならない。一燈一隅、万燈照国である。ちなみに、谷汲山は天台宗のお寺であり、比叡山延暦寺に連なる由。

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Inconvenient Government 2

次のような書評があったので紹介する。小説会計監査についてである。ご参考まで。

http://www.amazon.co.jp/%E5%B0%8F%E8%AA%AC%E4%BC%9A%E8%A8%88%E7%9B%A3%E6%9F%BB-%E7%B4%B0%E9%87%8E-%E5%BA%B7%E5%BC%98/dp/4492042946

物事の真相を分析できるだけの頭がある人間にとって、
アメリカの対日年次改革要求書のとおりに外資に売り渡されている現実は、
2ちゃんねるのようなアングラな話ではなく、仲間と真剣に議論になる話だ。
残念ながらコロンビア大学の教授にはなれなかったけれど、松下金融大臣が外資の手先として日本の資産を外資に売り渡したことは周知の事実である。
渦中の監査法人の中枢にいた人物による物語は、
いま日本で起きている現実を客観的に分析するだけの‘材料’を提供している。
いかに関係省庁の手先と成り下がっている大手新聞による報道が偏ったものであるかが分かる。役所による理不尽な言い分で悔しい思いをした関係諸氏だけでなく、銀行員、会計士、証券関係者や、日本の現状を憂いている方には一読をお薦めしたい一冊だ

 一体この本のどこまでが事実でどこまでが虚構なのか。小説という体裁はとっているものの、ここ数年の間日本をにぎわせた経済事件をテーマに、これほどまで容易に推測できる当て字で当事者を登場させている以上、事実を無視して書くのは相当にリスクの伴う行為だと思われる。ネット検索する限り著者名は本名であり、本に登場する企業の監査報告書に署名していることも確かであることから、概ね事実と考えてもよいのかもしれない。
 著者の亡国への危機感は、米国に魂を売る連中に対する痛烈な批判となって現れるのだが、どこまで裏を取って書いているのか首をかしげたくなる記述がある。特に、金融庁内の会議の様子や松下金融担当大臣に対する執拗な批判・中傷は尋常ではなく、本書の信憑性を落とすものとして残念な記述であった。また、著者自身、主人公の勝舜一として登場するのだが、同業者・クライアントを問わず最も尊敬される会計士として描かれている。これほどまでに自分のことを自画自賛できるものだろうか。
 一方、「三禄会」と称する都立高校時代の同期7名による同窓会が舞台となって展開される議論は非常に興味深かった。このような議論・会話は著者の頭の中だけで作れるものとは到底思えず、おそらくそのような仲間が筆者には本当にいるのだろう。
 本書に書かれていることの半分でもそれが事実であるとするならば、日本という国家に対し強い危機感を抱かざるを得ない。ペンネームを使うことなく実名でこれほどまでに金融庁のやり方や当事者たちを叩くには相当な覚悟がいるはずである。わざわざ引退後に本書を世に問うたということは、それだけ「許しがたい」という思いがあったのだろう

小説の体裁をとってはいるが、内容的には会計監査実務の実録本
と言って良い。日本を代表する監査法人で要職を歴任された著者
の、ここ数年に亘る事件やスキャンダルに絡んだ公認会計士監査
回顧録といった趣の本だ。

4章構成となっており、各章の会社実名は想像に難くない。おそ
らく「ムトーボウ」は「鐘紡」、「ABC銀行」は「UFJ銀行」、
「大日本郵便公社」は「郵政公社」そして「月光証券」は「日興
証券」であろう。同業監査法人や官僚との闘争・確執が4つの事
件等を舞台にして詳細に描写され、当事者でしか分かり得ない事
件等の内幕も明らかにされていて、読み出すと面白くて止められ
ない。

それにしても4つの事件等に見え隠れするのは、わが国の会計監
査実務に対するアメリカの政治圧力である。この10年ほどの間
にすっかりアメリカの会計基準や監査手法が日本の公認会計士監
査実務に導入されてしまった。このドラスティックな実務上の変
更を以前からアメリカ政府が望みわが国に圧力をかけてきたこと
は、「年次改革要望書」や「日米投資イニシアティブ報告書」を
通して明らかであろう。

「結局、抗しようのない巨大な力に翻弄されただけだったのか。」
という著者の最後の呟きに胸を打たれた読後感であった。

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Inconvenient Government

小説会計監査を紹介する。日本の米営化を狙う超大国の思惑に追従して次々と発生する事件について、その渦中で働いた公認会計士による、小説風のノンフィクションに近い告発の書である。著者の細野康弘氏は、中央青山監査法人の理事、評議会の議長などを歴任した人物である。

郵政民営化についても一章を割いている。といっても全体は4章しかないから、4分の一は郵政民営化についての公認会計士から見た、改悪についての描写である。

鐘紡や、ダイエー、日興証券などの関係者にとっても読みがいのある本となろう。帯には、巨大監査法人はなぜ崩壊したのか、当局のあまりにも恣意的な検査・指導。リーク情報に踊らされ、世論をあおったマスコミ、背後にうごめく超大国の思惑とある。

東洋経済新報社、1600円+税の本である。既に、一月初めには2刷となる。ちなみに、小泉首相は小沼、竹中金融担当相は、松下と言う名前になっている。

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