構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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2008年2月

Zumwinkel Scandal 4

脱税容疑で逮捕され失脚したドイツポスト総裁クラウス・ツムヴィンケルは、世界的なコンサル会社であるマッキンゼーの社員であったが、それが顧客先のドイツポストの幹部に就任して言ったのは、関係者の驚きであったが、日本でも同様のことが起きている。マッキンゼーの社員が、小泉内閣のときの有識者会議に参加していたが、それが民営化後には、民営化された会社の重役に就任している。外部からはうかがい知ることはできない。

当時の小泉メールマガジンが残っていたので、関連部分を、参考まで。

「「[シリーズ郵政民営化]

http://www.kantei.go.jp/jp/m-magazine/backnumber/2004/uda.html

● そんなに官のままが良いのはなぜ???(郵政民営化に関する有識者会
 議メンバー、マッキンゼー・プリンシパル 宇田左近)

 4月に有識者会議のメンバーになって以来、「民営化の意義」についてよ
く尋ねられます。そのたびに「なぜ官のままがよいのですか」と問い返すこ
とにしています。返ってくるのは「民になると過疎地の郵便の集配がなくな
る」、「公社のままでも新規事業はできる」、「分割するとコストがかかる」
といった意見。

 ちょっと待ってください。

 どこの国でも過疎地の集配は民営化後もちゃんと維持されています。電力
会社は民間企業として全国一律サービスを維持しています。外からはよく見
えないけれど実は年間1兆円以上の官の特典を得ている公社がそのまま新規
事業を拡大すれば民業圧迫になります。また公社自身も各事業ごとのコスト
構造がよくわからない現状では分割コストも分割メリットもわからないはず
です。

 かように「官のままがよい」と言う理由ははっきりしません。

 民営化には二つの明確な意義があります。

 一つ目は民間経営の知恵と規律をいれることで企業体としての効率化と成
長を実現すること。これによって官の特典を維持するための世帯当たり年間
2万円超もの見えない負担もなくなります。

 二つ目は国民の350兆円のお金が郵貯、簡保で集められて将来戻るかど
うかわからない官のインフラ事業に投入され続けている流れを変えること。
運用する人とお金を集める人が別々でしかも誰も責任をとらない現実。そこ
に民間の規律を導入して無責任体制を是正しなければいつまでも垂れ流しは
続きます。

 官のなかで完結するお金の流れが変われば民間ももっともっと元気がでる
はずです。これは「日本の民営化」といっても過言ではない大きな意義でし
ょう。

 このように民営化の意義は明確、現状維持の意義は不明確。なのにどうし
てそこまで民営化に反対する人たちが存在するのでしょう?よほど現状が棲
みやすいということなのでしょうか。

 大事なのは将来の健全な国民生活です。次世代に問題を先送りしないため
に、事実に基づき客観性を持った議論がなされるように尽力する所存です。
皆様にも引き続き興味と関心を持って議論にご参加いただければと願ってい
ます。」」
もっともらしく聞こえますが、市場原理主義者の暴論の典型例です。ツムヴ
ィンケルにつながる人脈で日本郵政の内部にも入り込むことに成功していますから、
さらに分析を進める必要があります。民間の規律などと発言していますが、
虚しい言葉です。脱税仲間の規律が、タックスヘイブンを作ってきたのではないでしょうか。
 

Zumwinkel Scandal

脱税容疑で逮捕され、失脚したドイツポスト総裁が、来日して総理官邸で基調講演したのは、三年前の1月17日である。小泉・竹中政権と、郵政民営化問題をめぐって対決機運にあった。官邸での会合は、横文字を使って官邸コンファランスと呼ばれ、約40人が終結して開かれ、郵政民営化をアピールしたのである。

さてさてここまで書くと、一月の寒い時期に総理官邸で大きな会議が開かれたということだけの記述になるのであるが、実は、{当日は阪神大震災から丸10年の日。現地の追悼式典には天皇、皇后両陛下がご臨席されるとあって、当然、首相の出席が検討されましたが、首相は同会議を優先し「与野党すべての政党が反対する郵政民営化は奇跡の実現だ。奇跡に挑むのが小泉改革」と挨拶、ここでも民営化実現に強い自信を示しました。会議には民営化の先輩であるドイツポストのクラウム・ツムウィンケル会長や奥田碩日本経団連会長、北城恪太郎経済同友会代表幹事、生田正治日本郵政公社総裁らが顔を揃え、「民営化が効率的で繁栄をもたらす」(ドイツポスト会長)などと支援しました。}(以上{}カッコ内は引用、まま)という会議であった。

ツムヴィンケルの脱税は、90年代の初めから行われていたのではないかというドイツの報道振りであるが、外国の市場原理主義者をわざわざ呼んで、しかも、総理官邸という日本の権力の集中する館で前代未聞の会合を開き、民営化が効率的で脱税をもたらすとでも言わんばかりのとつ国の有力者に迎合するというものであった。しかも、阪神の大震災の10年の祭りの日の朝に、そうした日程を持ち込み、鎮魂の慰問をせず、ツムヴィンケルなどが参加する官邸コンファランスを、時の内閣総理大臣が優先させたという事実も記憶にとどめておきたい。市場原理主義が、文化や伝統を全く否定して、鎮魂の儀式に優先する冷酷な集団であることを改めて考えさせる。日本の総理大臣が、ドイツの脱税男に、霜の朝に明け渡して、しかも、欠礼をして東京にとどまり、講演会に参加したのであるから、よっぽどの大きな力(外国勢力の力を含め)が働いたに違いない。当時の関連情報をさらに分析する必要がある。

さて、ツムヴィンケルの逮捕で、世界の市場原理主義による民営化の理論は、崩壊したのではないのか?!そもそも、郵政民営化は日本の国体を否定しようとする論理が背後にあるのではないのか?!

これは、当ブログとしては追記であるが、当時の小泉総理がブッシュ大統領を金閣寺に相伴したことがあるが、阪神大震災の鎮魂の日に東京にとどまったことの論理と何か関連があるかもしれないと想像する。市場原理主義者の破壊の本質を見極めたいところであるので、読者諸賢の想像力と推理力の力も得たいところである。

Zumwinkel Scandal 2

AFP通信社へのリンク

http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2356693/2686111

Zumwinkel Scandal

やっと中日新聞が報道し始めた。日本にもキット海外に資金を持ち出して脱税をした経営者や政治家がいるに違いない?!市場原理主義者が国境がなくなった、ボーダレスエコノミーなどというのは、単なる税金逃れのたわごとでしかない。例の世界的なコンサルなど、本国で税金を払ってないのではないかと指摘されている。昨日紹介した、ドイツ国営放送の短時間番組などは、シーメンスが中国のリニア鉄道で、賄賂を支払ったことを示唆する画面を挿入していることにお気づきになったと思うが、単なる拝金の話であって、国家の信用を貶めてしまう話である。

http://www.chunichi.co.jp/s/article/2008022801000743.html

German tax evasion

ドイツポスト総裁の脱税事件と市場原理主義批判の、ドイツ国営放送英語版。

http://uk.youtube.com/watch?v=pVYg5vEktg0

Money money, money

ドイツポスト総裁のツムヴィンケル氏が、逮捕されたが、それを風刺する動画が、掲載されている。

http://uk.youtube.com/watch?v=YQ5Bxf_JIVM&feature=related

http://uk.youtube.com/watch?v=uyUGvEJ8ATU&feature=related

http://uk.youtube.com/watch?v=OGvhhx-ly4M&feat

http://uk.youtube.com/watch?v=9Kr_gmi_ctU&NR=1

Deception

赤頭巾ちゃん気をつけて。狼は、税制大綱に盛り込まれた「ふるさと納税」だ。「都市と地方の財政格差の是正」が目的と受け取られがちだが、民間と称する市場主義崇拝者が国家と地方の資金配分の構造支配を目指している。郵政民営化が「米営化」で、私物化の本質を隠し、市場化して弱肉強食の世界にさらす意図があるように、ふるさと納税も、逆に自治体の間の格差を際限なく拡大する危険性がある。格差を意図的に作り出した側が、選挙対策で、地方の怒りが嵐となる中で、怨嗟をなだめ取り入るふりをしながら、逆手でこの国の統治機構の形を市場主義者の思うままにしようという巧妙な込んだ陽動作戦だ。
地方から都会に、ホモ・モーベンスとばかりに出た世代が、確実な根っこをはやして、この国を経済的に豊かな国にしたことは間違いない。年老いた親がまだ残っているうちは幸いで、墳墓の地が遠のいてしまっても、その心持て遠き都に帰らばやと、ふるさとを忘れないで、県人会、連合会、町会、集落会、色々な名前をつけて、毎夜毎夕、居酒屋で、ホールで、集会場で、郷土の集まりを開く。集団就職の悲喜こもごもを表現して大ヒットした「ああ上野駅」は、井沢八郎氏(昨年1月17日逝去)と共に碑ともなったが、「社稷を守るべく一方通行の出稼ぎでふるさとを離れた集団就職の世代が、疲弊する地方に何とか応援の手をさしのべたいと思うばかりに、「ふるさと納税」の表現は心地良いメッセージに聞こえた。格差社会を容認する政治の中枢の張本人が「地方で生まれ育って都会に出る人が多いが、税の一部を自分の故郷や好きな町などに納税し、恩返しをしたいという要望は強い。地域活性化や過疎対策にもなる。」と真顔で囁いたが、市場原理主義にとり憑かれた悪魔の幻覚でしかない。
「ふるさと納税」の特徴は、現在もある寄付行為に対する所得控除に代えて税額控除にすることであるが、高所得者が一向に寄付をしない現状で、納税額が減るのであれば却って金持ち優遇に利用されかねない。寄付の相手が、ふるさと納税を突破口にして、独立行政法人、公益法人、福祉法人などへと拡大していくのが、市場原理主義者のシナリオである。民間人と称する一部の政商や、買弁資本と結託した政治家や官僚が、要するに日本国民のためには成らない「選択と集中」を恣意的に行って、公的な団体の公益をいずれかは支配・私物化しようとする策略である。第二の特徴は、納税者が自分がどこに寄付するかを決めることであるが、公共団体の自立自尊を失わせ、市場崇拝者に隷属させる制度を自由化することになる。慈善は単なる免罪符になりかねないことは、洋の東西を問わず証明されているが、ふるさと納税は、安上がりの免罪符の販売所となるだけではなく、資金分配の権力を一部富裕層に限定して与えてしまう危険性がある。今の所得控除制度を使ってでも、あるいは税の軽減を求めずとも、真の慈善の救済事業は苦しい中でちゃんと行うものは行う。見苦しいのは、濡れ手に粟の巨万の富を挙げた筈の、丸罰ファンドや、丸罰銀行総裁が、罪滅ぼしのために、寺社仏閣などとは言わぬが、寄進した話を未だ聞かない。国全体の寄付額も貧者の一灯に及んでいない。統計数字に歴然としているではないか。財政改善の幻想を振りまきながら、地方自治体も社会福祉団体も、いずれは、国会や霞ヶ関の陳情をやめて、一部資本家や経済団体に媚を売る制度に仕組みを変える構造改悪、とどのつまり、民主政治を空洞化させる陰謀である。民間議員という誰も選んだことのない「議員」が、国の経済・財政諮問会議を主導して、代議政治を無力化させ、日本の構造破壊を急速に進めたように、地方でカネの流れを、「民間の公益化」というわけのわからない表現で、市場の強者の支配と地域社会に弱肉強食のカネの流れの仕組みを埋め込もうとの陰謀である。
実は、ふるさと納税という国家破壊の構想が、単独に存在してきたわけではない。公務員制度、中央省庁の編成、道州制、国防、技術開発、教育、医療保険、憲法問題、と連動しており、例えば、公務員制度改革も、改革は公務員たたきとなり、優秀な応募者が激減するどころか、給与の高い外資企業に学生の関心が向くという珍奇な現象すら生じさせる破壊ぶりである。年功序列ではなく実力主義を導入して官民で回転ドアのように自由に交流させるのが、改革と主張しているが、何のことはない、米国の公務員制度を真似しろとのご託宣である。政治学者トックビルが既に指摘しているように、医療制度ともども、真似する価値があるような優れた公務員制度ではないのではないのか。小さな子供が挟まれて死亡した、外資企業が集積する六本木のビルの回転ドアのようなものでしかない。霞ヶ関で長年は悪慣行となっている超勤の不払い(ホワイトカラーエグゼンプションか)の不正などを改革すべきである。市場原理主義者は政治宣伝に優れており、マスコミをとりこんだ大量宣伝で、無責任で無能な役人像を意図的に作り出している、人事は公正か、近年、市場原理主義に迎合する者だけを重用したのではないのか、国家公務員制度を弱体化させて、代議政治の行政機関に対する主導力を非力化・空洞化させてきたのではないのか。もともと市場原理主義には、拝金のアナーキズムの要素が潜んでいるが、ほぼ公務員制度を叩き壊した。ふるさと納税は、町村合併や、地方分権とも間違いなく連動している。カネの流れを変える強力な制度となる魂胆だから、税制大綱にのせるだけでも、もう半分の獲物を捉えた気分かもしれない。高笑いが聞こえるかのようだ。本当は関係がないのに、自治体の格差是正に役立つかのようにプロパガンダで思い込ませて、中央のレベルの政策では地域格差を拡大助長策を推進して、一挙に文化や伝統を破壊して、いずれは国家の統治機構自体を市場に隷属させるべく、トロイの木馬の突破口をつくるような詐策である。国会や行政の関与がないまま市場崇拝者が主導して提案しているから、政府高官ですら誤解したというが、赤頭巾ちゃんは、もう騙されない。

Okita Saburo

大来佐武郎先生の評伝が出版されていることは知っていたが、時が過ぎ去るばかりで、先日ようやく入手して拝読した。わが志は千里に在りという題がついている。大来先生は日本の戦後復興に参画したのみならず、アジアとの和解の中で日本を世界の中で反省することを持続させるために、命をかけて世界を飛び回った稀有の経世家である。大来先生は本当に温厚な人柄であったが,体躯もあって実に存在感のある人であった。先生がなくなった後に大阪で、APECアジア太平洋経済協力会議の首脳会議が開かれたが、先生がないことですっぽりと穴が開いたような雰囲気が実感できた。幅広い交友、世界的な視野、理論ではなく実行力のある、学者であり、政治がこなせる大人物であり、未だ、霞ヶ関には大来を越える人物は輩出していないものと考える。

大来先生がなくなられたのは、平成五年の2月九日で、もう十五年の月日が経っている。

アメリカの国際経済研究所所長のフレッド・バーグステン氏からの電話を受けたときに死んだ話を聞いていたので、陰謀説でもありはしないかと気になっていたが、この評伝を読んで、さて、さてと、日米関係の急迫する関係に伴う、温厚な大来先生が心臓発作を起こすに至る経緯が想像できるようになった。享年は78歳であったから、風を惹かれて退潮が弱くなったおられた可能性があるが、それにしても、国際経済政治の厳しさが頂点に達してなくなられた経緯が想像できるようになった。

大来先生は、アジア太平洋地域の経済協力が政府主導で行う枠組みであるAPECが成立した89年11月には、年齢が75歳になったこともあり、第一線を退くとして、PECC太平洋経済協力会議の日本委員会委員長を辞任している。92年にバンコクで開かれたAPEC閣僚会議で、賢人会議が組成され、それに先生は、アセアン諸国の強い推薦でそのひとりに選ばれている。アメリカは、その賢人会議で主導権を握ろうとしてバーグステン氏を送り込んだと考えられる。

「アメリカは70年代後半から太平洋地域の貿易額が大西洋を上回るようになり、ダイナミックに発展を続けるアジア太平洋経済にアメリカ経済を深くコミットさせることによって、財政・貿易の双子の赤字に悩むアメリカ経済を再生させようという戦略だ。」

大来先生とバーグステン氏の間にはかなり激しいやり取りがあったようだ。アメリカ側は、貿易自由化を促進して、APECをさらにすすめて、アジア太平洋経済共同体にするために、日米で共同議長を務めようなどと提案したようであるが、大来先生は、そうした共同体構想にはアジア各国の抵抗が予想され、しかも賢人会議の議長は、日米ではなく、アジアの特にアセアンの代表ではいいのではないかとの趣旨を行ったのではないかと推測されると評伝の作者は述べている。バーグステン氏が、口をつぐんでいる以上、真相はわからないとも書いている。

大来先生は、マハティール首相が提案した東アジア経済クループ構想、つまりアメリカ抜きの経済協力構想にも賛成している。政府は、アメリカが参加していないとして、参加しなかったが、ここにも大来先生の複眼的な思考、アメリカ一辺倒ではないアジア的な志向が垣間見える。97年のアジア危機には、あちらこちらでアジア経済は破壊されたがこれに敢然と立ち向かったマハティールの考え方のほうが正しく、アメリカは全く有効な対策を打ち出すことはしなかったことは、スティグリッツ元世界銀行副総裁のなどによって解明されている。大来先生は日本の繁栄の機軸を東南アジアにおいていたのであり、多様性の中での統合を目指したのであって、アメリカ型の盟主を求めてはいなかったものと想像される。90年代以降、大来先生が目指したアジアの平和と安定は、実は市場原理主義が闊歩するグローバリゼーションの中で、かえって地域の諸国の格差は広がる実態にある。解放経済と全体主義が残存する中国の台頭とともに、(中国の経済発展は明らかにアメリカの生産基地としての位置づけが顕著であるが)日本の影は薄くなっている。貿易の自由化ばかりではなく、各国経済の格差是正を大きな柱にしていくことのほうがアジア各国からの尊敬を集めうるのであるが、アメリカ一辺倒場仮で存在感はますます希薄になってきている。

最近思い出すことであるが、バーグステン氏は、郵便貯金を眼の敵にして、優遇金利を解消しろと来日しての講演の中で主張したことがある。日本の家計の消費性向で、貯蓄をしているほうが将来の消費の原資としてよいし、また個人の貯蓄であるからその優遇策として妥当なものであるとの反論には一切耳を貸さず、また当時の宮沢内閣は、それを佐々か受け入れてしまったことがあるが、今にして思えば、日本の金融資産を有効に海外で活用して、アメリカの利益に使用との戦略を一貫して追求していたことと考えられる。ちなみに、ワシントンには、対日戦略を練るためといわれた経済戦略研究所が、プレストヴィッツ氏など対日の圧力をかけることを趣味とするような人々が結集して組成されたころであった。バーグステン氏は、依然として、アメリカの首都ワシントンで活躍しているが、アジアや日本に対する思い入れや懐かしさは全く感じさせない、怜悧な人物として活動を続けている由である。

Bulletin 9

ドイツポストのツムヴィンケル会長が逮捕されたが、同氏は元々マッキンゼーのコンサルタントであった。中立であるべきコンサルタントが、顧客先の経営者になってしまったわけであるから、一部の関係者はこれまでも、インサイダーと陰口を言う人もいた。マッキンゼーは世界的に郵政の民営化を売り物にしており、有名なプロジェクトはニュージーランドの郵政民営化である。日本のマスコミなどは成功例ともてはやしたが、実はとんでもないしっぱいれいであったが、次々とカナダや一部の国で、郵政民営化の今サルを手がけたようである。日本の郵政民営化の有識者会議に所属していた、マッキンゼーの社員が、日本郵政の重役に就任しているのは問題であるとする向きがある。郵政民営化の際の経済見通しなども、同じコンサルタントが作成したのではないかといわれており、政府文書がそうした私的な機関で無償で作成されるのはおかしなことだと指摘する関係者もいたが、この国では報道されたことはなかった。郵政公社の中でも、社外重役として就任した一橋大学の女性教授もマッキンゼーの元社員?であったし、道路公団の民営化のときにもマッキンゼー関係の女性社員が参加したのも特徴である。秘密主義のこんさるであるから、ツムヴィンケル氏が、日本の郵政民営化に異常なくらいの、こちらからいえば内政干渉とも言える推進振りと関心を示したのは、元の今サルの動きと連動している部分があることを推測させる。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%BC%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%91%E3%83%8B%E3%83%BC

Bulletin 8

ニューヨークタイムスの、ドイツポスト会長、ドイツテレコム経営議長、ツムヴィンケル容疑者の脱税関連の記事へのリンク。アメリカとの関連で興味深い反応である。

http://www.nytimes.com/2008/02/18/business/worldbusiness/18tax.html?_r=1&oref=slogin

Bulletin 7

ツムヴィンケル氏逮捕のドイツ当局の英断には改めて畏敬を感じるものである。脱税という基本的な順法精神の欠落を追及したからであるが、市場原理主義に対する威嚇を現実に行ったわけである。おそらく世界的にも広がる端緒となった。違法な脱税の関係者リストが、各国で摘発する動きにもなるかもしれない。日本の関係者は、漏洩したリストにどの程度含まれているのだろうか。民営化推進論者の政官財の関係者が含まれてはいないとは思うが。

ウィキペディアに早速解説記事が掲載されている。ご参考までの記事であるが。

http://en.wikipedia.org/wiki/Tax_affair_in_Germany_2008

Bulletin 6

ドイツポスト総裁の逮捕劇については、フィナンシャルタイムスの一面記事にも出つつある。日本のマスコミは、ツムヴィンケル氏をもてはやして加担したところは、逮捕の記事はできるだけ抑えたいところであろうが、ドイツのたいした成功もないドイツの民営化をもてはやして、日本の郵政民営化という改悪の源流とした事実を出さざるを得なくなるだろう。

ちなみに、ツムヴィンケルは、ドイツポストの社長のみならず、ドイツの電気通信の最大の会社で民営化されたドイツテレコムの会長も勤めていたようである。

http://www.ft.com/cms/s/0/fd450ec4-db67-11dc-9fdd-0000779fd2ac.html?nclick_check=1

米国資本による長期信用銀行の買収のときは、具体的なファンドの動きは、オランダが舞台となったと言われるが、ドイツポストがアメリカのDHLを買収したことが成功例とされ、郵政民営化をめぐる国際物流の話もオランダを舞台にして行われた。ドイツのツムヴィンケル氏が、日本の郵政民営化に熱心であった背景の裏には何があったのだろうか。ドイツの民営化された貯蓄銀行を買収する動きが伝えられているが、その話と今回の逮捕事件とももしかしたら関係があるのかもしれない。また、小泉・竹中政治、経済政策とツムヴィンケル氏とのかかわりについても、この際徹底的に究明されてよい。

Bulletin 5

 東京財団の助成事業として、今回逮捕されたドイツポストのツム

ヴィンケル会長が基調講演を行う集会が東京で開催されたことが、

同財団のホームページのキャッシュで残っていた。元総務長官や、

JR東日本の元副社長などが、関係していることがわかるし、マスコ

ミでは日本経済新聞と共同通信社が加担していることがわかる。

日本経済新聞は、市場原理主義の旗色をはっきりさせていることか

ら不思議ではないが、建前は、地方新聞社の連合した報道機関

である共同通信社が、かかる市場原理主義者のしかもドイツ人の

主張をわざわざ後援しているのは不可解であるが、郵政民営化の

過程で、地方自治体などからの郵政民営化反対の声を全く報道し

なかった理由が、今にして思えば、容易に想像できる。

「「ドイツポストにみる民営化と国家戦略」シンポジウム後援

(2002年度)

日本国内での郵政事業民営化を控え、国外の民営化の成功事例としてのドイツ
・ポストへ目を向けることで、国内の民営化へ一石を投じることを目的として「
ドイツポストにみる民営化と国家戦略」シンポジウムへの後援をいたしました。

主催:行革を推進する700人委員会/国際シンポジウム実行委員会
後援:東京財団、(社)経済団体連合会、日本経済新聞社、共同通信社、(財)
経済広報センター、ドイツ連邦共和国大使館
月日:2002年5月20日(月)
場所:東京商工会議所・東商ホール
当日のプログラム:
開会の挨拶 水野清
シンポジウム
・基調講演
ヴォルフガング・ベッチュ(ドイツ最後の郵政・通信大臣、現ドイツ連邦議会
議員「なぜ独政府は民営化を決断したのか」
・基調講演
クラウス・ツムヴィンケル(ドイツポストAG会長)「ドイツポストAGの現在
と未来」
コメンテーター
水野清(行革を推進する700人委員会代表世話人・元内閣総理大臣補佐官・元
国務大臣総務庁長官)
吉田耕三(前JR東日本旅客鉄道株式会社取締役副社長)
閉会の挨拶 日下公人(東京財団会長)

※役職は2002年5月現在」

Bulletin 4

「小泉改革源流 ドイツポストの民営化

ドイツの検察当局は14日、リヒテンシュタインに巨額の資金を移転した脱税の疑いで、郵政大手ドイツポストのツムウィンケル会長の自宅と事務所を家宅捜索し同会長を事情聴取のため拘束した。ニュース専門テレビNTVなどが伝えた。
 NTVなどによると、同会長は1980年代から資金をリヒテンシュタインの財団名義の口座に送金して脱税したとされる。脱税額は計1000万ユーロ(約16億円)以上とみられている。
 ドイツポストは小泉純一郎元首相が日本の郵政民営化のため参考にしており、同会長も訪日して元首相と会談したことがある。」

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/economy/worldecon/122879/

共同電。日本の新聞は、他に書いているか。特に経団連や、日本経済新聞は、ツムヴィンケル氏に基調講演をさせたりしたことがある。竹中元大臣などは、ドイツで会談したこともある。

Bulletin 3

ドイツ国営放送の関連記事(英語版)へのリンク。

http://www.dw-world.de/dw/article/0,,3128581,00.html?maca=en-topstories-83-rdf

Bulletin 2

以下は、ある自民党代議士のブログのコピーであるが、郵政民営化はドイツをモデルにしたと主張している。さて、総裁の守銭奴ぶりもモデルにしたのであろうか。

「ドイツポストがモデル

 これらに対し、党内では「急激に預金の政府保証を廃止すれば、郵貯の魅力がなくなる」、「民営化が軌道に乗るまでは各種税免除を続けるべきだ」、「郵政事業にストがあってはならない。国家公務員であるべきだ」など異論が出され、様々な経過的措置が求められています。
竹中金融相は民営化の成功例とされるドイツポストをモデルに郵政民営化を推進しようとしているようです。持ち株会社方式を採用し、収益を上げているドイツポストは、日本の郵貯に当たるポストバンク、NTTに相当するドイツテレコムを分離して民営化されましたが、累積赤字を抱えてガタガタだった企業を徹底した合理化とリストラで健全な事業体に変え、5年後にはポストバンクを再吸収し、国が100%の株式を保有する特殊会社となりました。独占が許されている信書はドイツポストの最大の収益源。独占市場から得た郵便の利益を企業買収に充てています。同社は251機の航空機を保有して世界4強の一角である国際急送便DHLを傘下に収め、売上高の約4割を物流で稼いでいます。」

日本の郵政民営化の過程においても不透明な人事や、憲法違反の政治決定過程があった。脱税といわず、いろいろな不正の可能性が推測される。多角的に、郵政民営化が何であったかが問われている。市場原理主義が世界的には退潮に向かっていることが、今回のドイツのもっとも高名な市場原理主義者が逮捕されたことでいよいよ明らかになった。市場原理主義は、単に、守銭奴の話なのかもしれない。

Bulletin

ドイツ郵便会社のツムヴィンケル総裁が、脱税容疑で逮捕され、失脚した。同容疑者は、マッキンゼーのコンサルタントをしながら、ドイツ郵政を民営化して、その総裁に納まった人物である。関係者は、インサイダーの気配があるとして、マッキーと裏で呼んでいたが、DHLを買収するなどして、ドイツの郵政民営化が成功させたと喧伝したいた。ドイツの労働組合などは、激しく民営化路線に抵抗したが、市場原理主義のなかで時代の寵児としてむしろ褒めはやされていた。日本でも、郵政民営化に際して、官邸が主催した会議などに、ドイツからわざわざ出席して、郵政民営化推進論をぶったことがある。香港上海銀行や、国内の郵政民営化論を推進する市場原理主義者が一役買った。日本郵政公社あたりでも、ドイツのそうした、海外の急送郵便会社の買収に遅れをとるまいと、オランダの会社との提携などが、マスコミの話題になったことがあるが、これもドイツ郵便会社の民営化路線が大きく影響した可能性がある。

フランスで、水道事業を民営化しようとして失脚した、ヴィべンディのメシエ氏の失脚にも似ている。

ところで、ドイツの郵政民営化で、その脱税容疑者となったツムヴィンケル氏を、わざわざ招聘して講演会や、官邸での民営化推進フォーラムを行った責任はどうなるのだろうか。日本の大手の経済新聞なども、さんざん誉めそやしていたはずだが。

ドイツ郵政の総裁逮捕のニュースは、もう既に報じられていた由であるが、筆者はおそ耳で今朝、とある地方都市で電話を受けて聞いた次第である。とりあえずの速報としたい。

日本郵政の民営化された会社の中にも、ツムヴィンケル総裁と同僚であった役員が存在するものと思われる。どのような関係があったかについても今後の調査と追求が待たれる。以上、とりあえずの書き込みである。

[ドイツポスト総裁の脱税事件

2月14日、ドイツ郵便 ( Deutsche Post ) 総裁、クラウス・ツムヴィンケル容疑者が逮捕された。最低1億ユーロ ( 約158億円 ) の脱税が疑われている。ツムヴィンケル容疑者は保釈金を払って釈放され、その後、引退を表明した。ドイツの通信社によると、ドイツ当局はリヒテンシュタインから情報を得るため、500万ユーロ ( 約7億9000万円 ) 支払ったという。

2月18日からドイツでは、税法違反の集中捜査が行われている。ドイツの報道によると、1000人の規模で捜査が始まっているという。ドイツのUBS銀行支店も捜査の対象となった。リヒテンシュタインは、ドイツのやり方に反発し、政治的実権を握るアロイス皇太子はドイツ政府に対する訴訟をちらつかせている。一方ドイツのアンゲラ・メルケル首相は2月20日、リヒテンシュタインのオットマル・ハスラー首相と会い、これを公式な問題として取り挙げる予定だ。

http://www.swissinfo.ch/jpn/front/detail.html?siteSect=105&sid=8760630&cKey=1203573467000&ty=st ]

Samuelson 2

前掲のサムエルソン博士が静岡新聞が掲載した論説を読みながら、クーリッジ大統領のことを思い出した。その昔、バーモント州を旅行していたときに、クーリッジ大統領の生誕の地を訪れたことがあったからである。クーリッジ大統領は今で言う市場原理主義者で、税金は安く戸の主張で、ミッシッピ川の大洪水に対しても、洪水対策の連邦支出をしないとか、あるいは農産物に対する補助金の支払いをやめるようにしたとかの、いわゆる小さな政府の強硬な主張を行った人物だからである。当時ようやく普及しつつあったラジオを駆使して、ご当人は至って静かな温厚な人物であったにも関わらず、(演説でも、アメリカ人には珍しいことであるが、競争相手の悪口を言わなかったことでも有名である)急速に知名度を高めた。小泉政治と似ているからである。緊縮財政をやって、1920年代のアメリカの繁栄を、結果的には急激に収縮させた。直後の大統領のフーバーになってから、大恐慌が起きる。それを回復したのは、ルーズベルト大統領である。ケインズ政策が適用され、テネシー峡谷の開発など、大規模な、赤字財政を表面に出して、国力の回復が行われた。もうひとつ考えることは、そうした誤った大統領の政策が、恐慌を引き起こし、それが、世界戦争の引き金になっていったということである。小泉・竹中政治がおわっても、経済政策は、安倍内閣になってもなんら変更がないまま、チルドレンが居座っている。福田内閣になっても、もう一代置いたのであるが、ルーズベルトの、大恐慌対策としての、ニューディール政策が発動されるような気配はない。閣内には、小泉・竹中政治の誤った構造改革論を墨守しようと言うものすらある。混乱している。

ちなみに、そのクーリッジ大統領の生誕地は、夏場には観光地となる風向が明媚の地であった。チーズを作る作業場があり、出来立てのチーズや、上澄みのものだけで作った、名前は忘れたが、てんぷらの書き上げのような形のチーズがおいしかったことを思い出す。しかし、経済対策を、小さな連邦政府論者で経済政策を誤った大統領として、敬虔なもの静かな人物であっても、マイナス点で歴史に残ってしまったものと考えられる。

あわせて、スタインベックの小説、怒りの葡萄などを再読したい気持ちになっている。

Samuelson

静岡新聞の誤報について批判したが、同紙は日頃はなかなかの報道振りの新聞である。ノーベル経済学賞受賞者の、ポール・サムエルソン氏の論説を去年掲載している。新自由主義の現在の日本の経済政策についての痛烈な批判記事を掲載している。

ラジオで、大田経済担当大臣は、小泉改革は、道半ばなどと的外れなことを発言していたが、つめの垢でもせんじて呑んでほしいものだ。根拠なき構造改革が改悪に過ぎず、郵政民営化など日本を破壊している。世界の経済政策の歴史に学ぶべきであるが、サミュエルソン教授の論説は、日本の現状の経済政策は、失政であることを本当にわかりやすく解説している。

http://tek.jp/p/news/20071201newspaper.html

Conspiracy

静岡新聞が掲載した、城内実氏に対する誹謗中傷?の記事について、訂正記事が掲載されたようである。結構なことである。郵政民営化反対の姿勢を貫いて、刺客選挙で負けてしまった国会議員は他にもいる。郵政民営化が失敗しつつある中で、そのお先棒を担いだマスコミの責任は大きいが、ともあれ、静岡新聞が訂正記事を出したことには、少しは良心の呵責があったものと考えられる。

先の参議院選挙で、北九州で衆議院刺客選挙で議席を失った、自見庄三郎元郵政大臣が当選したが、みかん箱に乗る刺客の候補者を誉めそやした。郵政民営化反対はいけないよと、テレビが行っているそうなというのが、北九州の高齢者層の反応だったという。訂正を率直?に受け入れた新聞社はあるが、テレビ会社に至ってはまだまだ何の反省も見られない。それどころか、圧力加わっているようにも見える。年賀状の発売で、郵政会社が80億円も使ったそうであるが、その残余の額が、その他の目的外でで使われないことを祈るばかりである。外国系の保険会社のアヒルの広告や羊の広告など、もういい加減でやめてもらいたいものである。クワークわー、ダックや、おとなしい羊の群れなどにして日本をからかうのもやめてもらいたいものである。広告税の対象にもならない、広告会社の政治的な中立性と自制を求めるものである。

Video Column

インターネットのブロードバンドかがあって始めて実現可能となったのであるが、ビデオ映像がどんどん送れる。リンクをはってあるが、堺屋太一氏のビデオコラムがいい。

小泉・竹中政治と真っ向から対立する論調である。一見の価値ありである。

Compliance

民営化された郵政の会社に対して、現場の郵便局からは大ブーイングが起きている。産業界からの国土交通省に対する怨嗟の声のように表面化はしていないが本質的には、コンプライアンスと称する、性悪説の外国経営手法に対するブーイングである。ゆうちょ会社の天下り社長が人事院の適正な承認手続きがないまま天下りしたとか、経営幹部の責任は頬かむりしながら、下部組織にはコンプライアンスを押し付け、金融庁の検査など、今まで銀行ほどの問題もなかった郵便局の現場に対する押し付けることから反発する声がいよいよ高まっている。国土交通省の場合には、外国の圧力で、建築基準法を外国製品の調達を簡便化するために、建築審査を民営化したりして、建築現場が大きく混乱したが、それを糊塗するために、耐震偽装などの不正を防止するためと称して、役人の権限を強化する改正建築基準法が昨年6月に施行した。国民の激しい批判をかわすために、手続きばかりを事なかれで難しくしたために、建築手続きがかなり煩雑になって現場が大混乱している。住宅着工件数の激減や、中小建設業者の倒産増加を招いてしまった。郵政の現場でも同じようなことで、簡易保険などはもう簡易は保険ではなくなって、全く煩瑣な手続きで、紙をはんこをいくつも要求する官僚主義で、すっかり客離れを起こしている。関係者の中には、もともと外国保険事業者の圧力で、簡易保険をつぶすつもりではないのかといった声も上がっている。笑い話にもならないが、隣の爺さんが、はんこと通帳を持ってお金を下ろしにいったら、奥さんの名義でしょう、だから奥さんを連れてきてください、でもその奥さんは入院中だから北のです、それでも埒が明かずに、ところで、あなたは、郵便局の隣のうちの爺さんだと知っているでしょうが、それでも、お金を引き出せないという悲劇の笑い話が、まことしやかに広がっている。郵便貯金の残高もどんどん減っている。経済活動の基本である、信用がいつの間にか低下しているのだ。日本がいつの間にか全体主義の血の通わない官僚主義の世界になっていることを示している。民営化論者は、左翼崩れの全体主義者と相通ずるところがあるが、それが極端な形で郵政民営化や、建築基準法の形骸化に現れている。景気の足かせにもなってきた。国土交通章が、建築基準法を外国の差し金で改正しようとした背景も明らかにされなければならない。数百万部のベストセラーとなった拒否できない日本を書いた関岡英之氏の、日米関係論は、建築基準法の改悪を見つけたことが短所となっている。郵政会社も、国土交通省も、その対応がまた「お役所仕事」と評判が悪く、火に油を注ぐような事態になっている。地方では、郵政民営化など失敗だったという声がもうほとんどである。

 郵政民営化で、手続きやチェックが細かくなり、手続きも煩雑になるなどして、郵便局の関係者や、地域住民からは怒りの声があがっているが、建設業界からはもっと激しい声が上がっている。

 実態をよく知らない、金融庁などの検査は、小数点などにこだわるような細かい手続き論で、従来の銀行に対するような手続き論で、百年を超える経験に基づいた、監査検査の体制をすっかり破壊してしまおうとしている。官僚主義は再生したようだというのが一般的な見方である。

 簡易保険の加入などは、今までなかったよう中身の作業が何枚も続き、「手続きが煩雑になりすぎた」「これでは簡易な保険ではない」と不評だ。実際、郵便局の簡易保険は壊滅的な打撃を受けつつある。お客さんがどんどん減っているのだ。それに乗じて、外資系の保険会社は、テレビコマーシャルなどの大量宣伝で、どんどんシェアを伸ばしているが、本体のニューヨーク本社などは、サブプライムローンの破綻で青息吐息の状態であり、政府が外国の会社を支援して、国内の国民の福利と利益をないがしろにしているのではないかと見る向きもある。

 
 建築基準法の「米営化」が、原因となって、毎月の住宅着工件数は昨年7月以降、前年同月比2-4割以上の減少で、当然建設業者の資金繰りはくるしくなって、建設業者の倒産は昨年11月、前年同月比22.8%増と急増している。民営化された郵便局の場合には、将来に希望が持てず、今年の退職者も急増するものと予想されている。

 当ブログではかねてから主張していたが、新自由主義、市場原理主義者の主張は根幹では官僚支配が本質である。一部の者だけが利益を受けて、いずれはキンテンされて世界が安定するという考えは欺瞞である。国土交通省も、郵政民営化も全く根拠のない改革であり、改悪でしかなかったことが事実となりつつある。お先棒を担いだ、一部の官僚や民間人と称する一部の経済人の責任は重い。国土交通省の仕掛けた高速道路の民営化や、空港会社の民営化などは、大きく日本の道路交通の便益を圧迫している。郵政民営化に至っては、国民資産を異常なほどに縮小させつつある。

明日の天気は変えられないが明日の政治は変えられると、誤った構造改革路線を至急転換する必要がある。国土交通省の誤った政策を変え、郵政民営化の誤った、官僚的なコンプライアンスを、国民の利益のために見直しをする、そして、主導権をこくみんの手に取り戻すことが課題である。構造改革は、国民にとって何もいいことがおきなかったことはもう明々白々である。

 
 

Purity

その昔、タイとカンボジアの国境で、当時のソ連の政府の飛行機が墜落したことがある。アントノフという設計者の名前をつけた有名な機種であった。関係者が関心を持ったのは当然どんな積荷があったということであるが、タバコや、嗜好品の類がどんなものであったかは当然にして、グルタミン酸ソーダに関心が行った。ご存知のとおり、それは止血剤にも使われる。日本でグルタミン酸ソーダといえば、味をよくするための味の素と一般的に呼ばれたような製品となっている。話の中心はその墜落した飛行機に乗っていた、その味付け製品が日本製品のような純度の高いものであったかどうかである。搭載していたのは、味王というタイの製品であったという。(名前が日本製品を意識した製造されていたことは間違いない。華僑の会社らしく、タイ語の他に漢字で味王と表記していたし、当時はまだ中国製品はなかった。)さて、その違いは、箱の印刷ばかりではなく、純度の化学的な分析をすれば、日本製にはほとんど不純物が含まれていないので、すぐわかることである。

今回の中国製の毒入り餃子事件では、いつものように、中国側は居直った発言をしてきているようであるが、詳細な鑑定をすれば、はっきりすることである。化学分析の仕方の詳細に通じているわけではないが、日本の製品の純度をがどうなっているのか、指標にすればわかりやすい。

中国は、自分が不利になれば大騒ぎをする傾向がある。わめく。ののしるの類で自分の責任を覆い隠すためであるが、ここは日本の警察の科学捜査の腕の見せ所だろうと思う。北朝鮮の非人道的な、偽の遺骨事件と同じく全体主義国家ではよくある本質的には同じ話である。もうひとつのやり方は、棚上げしようと言い出すことである。自分の分が悪くなれば棚上げしておいて、後で、また騒ぎ出すやり方である。もともと道理がないことを知った上での話である。

道理を主張して無理を引っ込ませるためには、科学的で分析的でなければならないがそれにしても、純度を上げる日本の技術が純度の高い製品を以前から作り出していたから、止血剤に日本製品が使われていないことがわかったと同じように、最終的には純粋な成分の製品を作り出していた技術の力が、大いに日本の国益を守ることになる。

Hic Rhodos, hic salta

日本は平和な国である。しかも、一般的には豊かな国である。しかし、日本を愛せないどころか、悪口を言って回るか、外国崇拝で物まねをする日本人もいるのは、全く残念なことである。外国のほうがユートピアだと考える連中のことである。『欧米どころか、スターリンのソ連に始まり毛沢東の中国、さらにはつい先ごろまでの北朝鮮や社会主義国家までを実情をよく知りもしないで理想社会だと手放しで褒め称えた無責任な日本の多くの知識人たちは、まさに外国こそユートピアだと信じる典型的な、』ユートピア(この世のどこにも存在しないところという意味のギリシア語)を信じるものたちであった。かぎ括弧の中は、鈴木孝夫、私はこう考えるのだが、人文書館、2007年、からの引用。構造改革路線もそうした外国崇拝の誤謬であって、日本に惨害をもたらしつつある。

鈴木孝夫氏は、高名な言語社会学者であるが、上記の著書の中に、日本人の矜持ということという章があり、日本の誇るべき点として、いくつかをまとめている。

その第一が、日本はその長い歴史を通して、外国と戦争した期間が世界で最も少ない国である。

第二が、国のあり方が千数百年も不変である。

第三が、日本は奴隷制という人間を家畜として売買し酷使する社会制度を、ただの一度も持ったことのない珍しい国である。

第四を、日本は世界で最も詩人の多い国である。

第五を、日本は驚くほど宗教について寛容であり、これは今後の世界のモデルとなりうる。

としている。地政学的な理由で、外敵による攻撃や侵略をほとんど受けたことがないという隔離状態の中で、世界で一般的な、民族間の激しい恐怖感や嫌悪感の程度は極めて軽微である。上記の五点についてはいろいろな解説が加えられている。

最近、ある経済閣僚が日本の経済は三流だと公の場所で発言したが、それは、改善するという目的であろうが、対外的にそうしたことを発言するのは、極めて危険なことである。政治家は、経済困難に直面した国民を叱咤激励、鼓舞すべきものであって、ケチをつけたり、無用な危機をあおることは慎まなければならない。市場原理主義者の亜流であって、アメリカの新自由主義が優れており日本の構造改革は道半ばなどと根拠のないことを現在も主張している御仁であるから、きっと前述のように外国の実情を知らないで崇拝するユートピアの信奉者であろう。この国の伝統や文化に根ざした政策を取らないから、三流になってしまったのである。あるいは、そうした経済閣僚自体が三流の経済学者であるからそうなっているのかもしれないが、いずれにしても、日本の悪口を外国に聞こえるように言い立てることだけはまずいことである。正月に外国に出国して、住民税を払わない話があったが、そんなに外国が一流であれば、その国に移住すればいいのである。国籍離脱の自由も日本には認められているのだから。しかし、市場原理主義や新自由主義の政治経済政策は、米国の一部の覇権主義の考えであって、採用すべきものではなかったが、民営化、規制緩和、云々と米国流の政策を唯々諾々として受け入れて日本を混乱させている。国民皆保険制度なども、なぜ日本が進んでいるかは、先述の第三の特徴、人間を家畜にしたことがない国であるからというのも、きっとその背景にある。歌を詠む伝統も、市場原理主義者は無駄なことと考えているようだが、そうした日本の文化と伝統は意外と強靭である。食文化も、あまり自慢話をする国民ではないからいわないが、実は世界の一流である。

平和で豊かな国が狙われるのは、また世界がジャングルの状態であれば、ありうることである。自分たちの国を誇りに思い、いい点を伸張させ、欠点を補うように努力することが大切である。他国にいくらおべっかを使っても対等にも処遇はしない。日本は断じて属国や衛星国になるべきではない。中華帝国の周辺にあっても、華夷秩序に屈したことはないし、のみこまれたことはない。第六の特徴は、アジアではタイ国とならんで植民地になったことがないことであるといって差し支えない。

Conspiracy

これはひどい。

http://shimotazawa.cocolog-wbs.com/akebi/

神州の泉というブログによれば、静岡新聞で、城内実氏に関する誹謗中傷?が行われたようである。静岡新聞に抗議する話である。城内氏の支持者でなくとも、おかしな記事であることがわかる。「

Shizuokashimbun

 (神州の泉のブログ、2月7日に掲載されている)

   (静岡新聞の該当記事の部分の写真は、同ブログから引用)

Food and Survival

人間にとって最重要の物資は、貴金属ではなく、食料である。農業の健全性が維持されることは、工業の繁栄の前提条件でもあるが、最近の毒入り食品事件に見られるように、食料を海外に、しかも、敵対的な独裁国家にゆだねるという過ちを犯し、そのつけが回ってきた。

ちなみに、国内自給率は、小麦(パンなど)1%、うどん62%、そば21%、みそ35%、小麦粉7%、鶏肉7%、豚肉5%、牛肉10%、とうふ31%、鶏卵9%、(肉類は飼料の輸入換算)という、空恐ろしい数字である。

国内生産だけの農産物では、カロリーベースで40%にとどまる。昭和29年当時の生活水準に戻れば何とか、自給できるという。米を茶碗いっぱいと、後は、芋をふかしたり煮たりの調理で、卵は一週間に一個、味噌汁は二日にいっぱいといった按配である。

アメリカは、食糧戦略を発動しつつある。日本は、工業製品作り精魂を傾け、それはそれでよかったのであるが、その利益を外国で浪費してしまった。運用成績も悪いし、頭取やファンドの成績で消えてしまった。郊外の農地を、要らざる大ショッピングセンターを造るためにつぶしてしまった。

さてさて、考え時であるし、政策転換の行動のタイミングである。ちょっと高めでも、安心の国産食材の居酒屋に行って、ごみとなるだけの海外製造の100円ショップにも目を奪われないようにして、ましてや、ハンバーガーなどのジャンクフードには目をくれないようにして、毎日おいしい国産の、農家の素性の明らかな大根やキャベツを食べることが必要な時代になった。

ちなみに、フランスは、大工業国でありながら、大農業国としても発展して、自給率が100パーセントを超えている。世界的に米が不足していた時代に日本のコメ生産は大いに貢献したではないか。おいしいりんごや、なしやその他の果物を、世界に売りまくることが必要である。(最近、香港のすし屋が、築地で買いあさっているそうだが、ついでに青森のりんごも買えと要求したら同だろうか、焼酎も原料不足で、中国などからイモを買ったらだめですよ、中国の農民はイモも食えなくなったら日本人をまたうらみますよ)

飽食の時代が終わった。そこの浅い飽食であった。大いに結構なことである。うまいものをしっかり食べる仕組みを作れば、何のこともなく危機は乗り切れる。焼酎ブームは、ウィスキーを飲まないようにする前兆かもしれない。日本人のために立派な食料を栽培してくれる国もきっと現れることだろうし、毒入り餃子を輸出して、難癖をつけるところなど、縁切りをしたほうがいい時代になった。危なさそうな牛肉など、もう食べる必要はない。ちゃんとしたところだけから輸入すればいいし、そこは、政治的な圧力などに屈してはいけない。もうひとつの提案、食料の工業化をどんどん進めるような技術が、環境技術の推進とあいまって必要になってきた。

Paper money

狸の札(たぬきのさつ)という落語の演目がある。

ざっと次のような話だ。

http://homepage3.nifty.com/geturo/karuta/kobanasi/kobanasi2.html

サブプライム問題を契機に、信用だけを基礎としたペーパーマネーの世界が揺らいでいる。ドルもユーロももはや金や天然鉱物希少資源の裏打ちはない。金や資源の裏打ちのある何とか本位制に戻るべきかといえば、それは、世界経済の縮小均衡論であり、資源を持たざるものと持つものとの紛争に容易に発展する可能性がある。実は、狸の札が通用する世界のほうが、立派な世界である。例えば、日本の円などは、全く希少資源がない国の通貨であるが、これが持っているのは、勤勉な国民の知恵と汗とが、信用として反映しているからである。ドルのように、軍事力を背景にしているわけでもない。日本の大生産力を有効に生かすには、やはり、それを使う市場が必要であるから、大購買力を作っていくことが必要である。購買力を作るには、消費を作るためには、やはり、国民一人ひとりに、媒介となる通貨を与えることが必要である。最近のデフレ政策のように、どんどん日本を縮小させて、余ったお金を海外に持っていって一儲けしよう、あるいは外国の山師辺りにたのんで、増やしてもらおうなどとの考えはうまく行くはずがない。人間一人ひとりが生かされれば、無限の知恵が生まれる。世界は、大きな格差で、購買力もない人々が大量に生産されているが、これが市場原理主義の誤りである。愚直な信用が、ペーパーマネーの根幹にあるから、いかさまな粉飾の市場原理主義から早くさよならをして、成長路線に戻ることが必要である。成長すれば、石油などはどうなるのだという人がいるが、それは、中国のように世界で争奪戦に加わるかの方向もあるが、そこは、日本の知恵でもったいないと、新たなエネルギー資源を省エネルギーをすすめながら見つけ出していく以外にない。天然資源の価格はバブル化しているが、それもいつかは崩壊する。アラブやロシアや、その他、暴騰した価格の資源保有国に、購買力があるから魅力的な製品を作って打って交易していく以外にない。世界的な格差是正に踏み出すことが必要であるが、それはむかしの日本がアジアの解放をうたって戦争を仕掛けたことがあるが、その後のアジアはすっかり泥沼から這い上がって、日本の友好国としての大市場になっている。そんなことである。

Poison Food 2

日本人は水と安全についてはただと考えていると書いたのは、山本七平氏がイザヤベンダサンという筆名で出版してベストセラーとなった、ユダヤ人と日本人の中で、日本人の安全褒章に対する無関心に警鐘を鳴らしたことがあった。

事実、そのベストセラーが出版された1970年ごろは、東西対立の最中であり、奇妙な米ソの対立のバランスがあり、日本は一方的にひたすら、自国の安全保障を米国にたよりきっており、関心は経済発展のみであり、自国の安全保障に対する意識はまことに希薄であった。ベトナム戦争があったが、巻き込まれたのは、巨大な米空軍の飛行基地を持つ沖縄が間接的な影響を受けたのみであり、経済的にはむしろ特需が生じたから、まだまだ、安全保障に対する国家意識は希薄であった。

北朝鮮の核実験、中・長距離ミサイルの開発をうけて、日本の安全保障意識は大きく変わっている。中国の原子力潜水艦が、沖縄の島々で領海侵犯をして、浮上して大陸の海軍基地に帰ったのも最近の事例である。

日本を取り巻く情勢はことのほか、厳しい。国家関係は、まことに冷厳な見方であるが、最終的には力と力が対峙する関係である。相手が弱いと見れば、ますます強気に出てくるのがいつもの特徴である。毅然とした主張が必要であり、また、恫喝に屈しない国民の団結した意見と、国際社会で説得力のある主張を行うことが必要である。

幸いにして、いろいろ問題はあるにしても、日本は民主的な政治制度を追求しており、近隣諸国に見られるように、政治的な主張が極端な弾圧を受けることは、まれである。刺客選挙に見られるように、独裁の懸念もないわけではないが、それでも、デモをしたりすることで、長期の懲役刑を受ける危険性は少ない。

今回の毒入り餃子事件においても、北京政府が、以下にご都合主義で、言論の自由が封殺された国柄であることが、日本の大多数の国民にもよく理解されたことと思う。ここでも毅然とした主張と態度が必要である。

それから、食の安全保障について、日本人が始めて真剣に考えた事例になることが期待される。一兆円規模の貿易関係が日中間にあるといわれているが、中国の独裁政権からすれば、やはり、教条の通りに、経済は政治に従属するものであり、中国に対する食品加工の依存度が高まれば高まるほど、政治的に圧力を加える手段として考えることは想像すること難くない。閉鎖的な体制を目指すことなく、世界の信義を大切にして、信義を守れない国や政府との、交易を徐々に縮小していくべきである。

今回の毒入り食品の事件については、もともと外国政府が日本国民の安全について考慮したり検討したりするわけがない。むしろ、そうした食品の貿易を主導してきた日本側の商社や輸入業者の責任は大きい。今回の事件では、大洋食品などという中国側の会社の体制が問題になっているが、それは見当違いで、三代、そうした問題の内在する工場と取引をした、日本の会社の責任が問われてしかるべきである。

経済界にも、水と安全はただだと考えている向きがあるようである。100円ショップなどには、中国製の安価な物品があふれかえっているが、こうした物品についても、ある種のダンピング、価格破壊を規制する制度が必要であろう。皮肉なことに、中国の富める社会階層の人々は日本製の米を大量に買い、江戸前の寿司ネタを築地で買いあさる。不思議な現象であり、もしかしたら、中国に移転した食品加工は、中国国内では、むしろ中国国民に福祉と発展になんら貢献せず、党幹部や、一部の富める者の利益になるばかりであるとしての恨みがこめられているのかもしれない。

いずれにしても、食の安全保障に対する意識が高まりつつあることは、慶賀すべきことである。もう、100円ショップの外国産の安物を買うこともやめようではないか、居酒屋も外国産の怪しいビールのつまも食べるのは予想ではないか。グローバリゼーションの国境なき経済流通は、中国内部における社会格差を帰って増大させており、貿易を進めれば進めるほど、日本は逆恨みを受けることになる。中国は表現も集会の自由もないから、自国の政府を面白く思わないときは、弱腰でおとなしい、日本を批判したり、デモをしたりすればいいと受け止められている現実があるのだ。

領土問題についての好著が出版された。日暮高則氏による、沖縄を狙う中国の野望である。日暮氏は、時事通信社の北京、香港特派員などを歴任した専門家である。この本は食の安全保障には触れていないが、北京政府のご都合主義の行動パターンを知る上でも優れた著書である。

Fake Privitization

高速道路の民営化も、改革と称して行われたが、それが虚構であったことが明らかになってきている。無駄な道路を作らないはずであった、小泉・竹中構造改革で、9342キロの高速道路の建設が全面着工され、第二東名高速道路も工事が進められている。

実は、そうしたさんさんたる結果になることは、上下分離方式による民営化が合意された時点で、予想されたはずである。道路の保有と管理の主体とを分けるというのが上下分離方式であったから、道路の運営化者が民営化されても、会社は建設工事には一切責任を持たないことになっており、採算を無視した道路作りはどんどん続けられることが予想された。高速道路の運営会社は借金の返済責任もなく、普通の民間会社では認められないような利潤追求の目的もない。民営化と称する、国有化で、しかなかった。もっと簡単に言えば、税金でどんどん高速道路を造らせて、民間人と称する株主が出てきて、民営化された会社を使ってどんどんと、店子になってでも儲かる仕掛け作りになってしまった。いつかただになるはずの高速道路が、民営化されたために、未来永劫何時までも、有料の道路になってしまったのである。高速道路は、諸外国を含めて、少なくとも先進国では無料の道路である。だから、英語では、フリーウェイという。さらには、コンビニの逆で、店子が儲かるようになっていて、高速道路本体はそれほど儲からないことになって、株式の上場などとてもできない話ではないだろうか。高速道路の民営化が、改革が成功したなどと述べているが、複数の委員が辞表を出した挙句に、民営化推進委員会はそもそも空虚なお題目の議論を続けていただけに過ぎないのではないのか。高速道路を全面的に作ることが必要ではないといっているわけではない。必要な道路は作るべきである。国民的な議論もなく、道路特定財源が余っているから何でもかんでも道路を作ることはよくない。

民営化でコストが下がったとか、料金が下がったというが、それは、公団のときでもできた話である。民営とは関係のないことが成果として宣伝されてしまった。虚構である。実際は何の成果もなかったどころか、前よりも悪くなってしまっているのである。

エネルギーの危機と高騰があり、自動車よりも鉄道や公共交通機関を整備することのほうが国益にかなう時代で、しかも、その技術や運用は世界的な水準にあるのに、自動車業界の利益を促進するために、膨大な高速道路網の建設など誰も欲していない。それよりも、リニアモーターの高速鉄道や、すっかり、自動車社会化してしまった地方に、地方に見合った公共交通体系を整備するほうが大事ではなかろうか。東名第二高速よりも鉄道建設のほうが国益になるのではないかとか、議論をすることが必要である。あるいは環状線の建設のほうが優先されるべき話ではないかとか。

道路公団の分割も無意味である。借金は日本高速道路保有・債務返済機構なる独立行政法人でいっかtして管理されるから、全国のプール制は変わっていないのである。

虚構である。その点は郵政民営化も、地方分権と称する三位一体改革も同じである。言葉が過ぎる可能性があるが、郵政民営化よりもたちが悪い。国民の利益などには一切ならない。一部の官僚が一部の政治家と結託してどんどん無駄な道路を作りながら、民営化した道路運営会社で、一部の事業者のために利益を私物化する構造である。民営化は一部の投資家や、官僚が既得権をむしる話ではないはずである。運営会社を国有化して、料金をいずれは無料化すべく経営努力をさせる話であったのだ。ドイツやスペインやヨーロッパの高速道路のように、コンクリートの塊ではなく、両脇に森を造成して、地球環境に貢献するような交通体系にすべき話であったのであるが、市場原理主義者の陰謀で、すっかり虚構の説明があり、それに、実態を調査しようともしない劣悪な一部のマスコミがあり、税のかこいこみと、将来へのつけの積み増しがどんどん行われる制度にしてしまった。ばかげた話である。それがようやく理解が広まってきた。

本当は、道路公団の民営化に反対して詰め腹を切らされた、当時の総裁などは、現代の西郷隆盛であったのだ。国力が低下することに反対するものが追放され、一部利権で甘い汁を吸おうとする官僚や、民間人と称する経済界の意見が優先され、それに評論家と称する奇怪な者が跋扈したが、ようやく道路の構造改革が、単純な改悪であったことが明るみに出つつある。

高速道路を無料化せよ。そうすれば、地方は助かる。民営化で高給を保証された民営会社の社長など一切要らない。未来永劫の有料道路など、必要ないのだ。

Collapse

衆議院と参議院のネジレで、重要法案の成立が困難になっている。政党政治が戦後最大の危機に瀕していると評する向きもある。ネジレの本質を冷静に見て、その解消を図る方策を考えるべきである。

そもそも、ネジレの原因は小泉郵政解散し客選挙の暴挙である。憲法を蹂躙して行った、郵政解散、総選挙、そして郵政民営化の本質が何であったかを、位置づけてはじめて、ネジレの当否を判断できる。郵政解散総選挙は、小泉総理が郵政民営化を代議制の民主主義を否定して、しかも、マスコミを動員した、いわゆる全体主義的な手法で、賛成か反対か、二者択一の熱狂を作り出し、結果がチルドレンの大量増産となり、与党がなんと三分の以上の絶対多数を制するという、国民の状況とは到底かけ離れた状況を、選挙制度の欠陥とあいまって現出させたことにある。憲法の根幹である、二院制に対する挑戦でもあったし、三権分立に対する挑発でもあったが、その後の参議院選挙では、国民の不満が一挙に噴出して、一票一揆ともいわれる、反乱が起きた。

三分の2という絶対多数が、大義名分を失ったことに、ネジレの本質がある。三分の絶対多数を行使することは可能であるが、行使するたびに、もうひとつの民意からの乖離が現出するからである。特措法案では、民主党の小沢代表が退出する中で、三分の2が行使されたが、それ以外では、なかなか行使することはむかしい。

そもそも、二大政党である、自民党と民主党の中にそれぞれネジレが見られる。両党の中には、市場原理主義もあれば、共生社会主義、もあれば、左右の既得権主義も見られる。大連立案に見られるように、それぞれの党内の考え方の集散のやり方によっては、もしかしたら、政権交代があっても大差はない事態も想定される。事実郵政民営化法案については、民主党の中にも、自民党の市場原理主義よりももっと過激な市場崇拝の理論が見られたところであり、それが、衆議院選のときの惨敗の原因だとする見方もできる。

ネジレの政治は、実は、市場原理主義者にとってはもっとも好都合な状況である。議会政治額どうかすればするほど、財政諮問会議などのいわゆる民間議員の勢力が強化されることになる。いろいろな、財政経済政策が、一部官僚と、外国資本を背景とする経済人や、その走狗としての政治家が、政策を独占する状況に至る。例えば、金融担当の大臣などは、そうした学者が起用されており、政治世界とは一歩距離を置いていながら、市場原理主義を政策として決定しようとするためには都合がよいからである。

さすれば、いかにしてネジレを解消するか。そのためには、一貫した主張を持ち、志のある政治家が、結集する意外にない。小泉郵政改革に反対して、郵政解散以後も抵抗を続けている国民新党や、民主党党内の政治家、無所属のままで時期衆議院選挙を目指している政治家が糾合して、先の衆議院選挙の憲法違反をあらてめる以外にはない。その数が絶対多数に至らずとも、おそらく、十人内外の当選があれば、正当性を主張できて、新たな離合集散の核になりうるのではないだろうか。

政党政治が空洞化すれば、現段階では、市場原理主義の経済人や、学者や、官僚の跋扈があるが、次は、もはや日本人が忘れかけた軍部の登場である。防衛庁の汚職事件にその片鱗を見てしまった思いがある。議会による統制がうすれ、いつの間にか防衛官僚が、新型機の開発や、そのほかの重要な調達を恣意的に進めることである。怖い話であるが、ネジレはそうした国家の破壊の事態に至る可能性も秘めている。次の総選挙では、衆参のネジレと、与野党各党内のネジレを一挙に解決する選挙となってほしいものである。単なる政権交代ではなく、一挙に政界再編せいへと歩を進めるべきであり、その争点としては、再び、郵政民営化見直し論を持ち出して、市場原理主義と、共生社会主義との分離を図り、その中で、両党の既得権擁護論を排することが可能ではないかと考える。

世界的にも政治、経済が大きく変わりつつある。日本も変われ。

Receding Japan

一目瞭然である。日本のひとり当たりの国民総生産は、この10年間で大幅に順位を下げた。バブル後の急激な信用収縮は鬼のような日銀の施策であったし、鉱工業生産の図表をみれば、逆噴射の財政政策の数々である。その間、短期間ながら持ち直したのは、「宿命に生まれ、運命に挑み、使命に燃える」との小渕総理が、世界一の借金王と揶揄されながら、江沢民の不敬を軽くいなしながら、日本の再生を目指したその努力は、数字で証明されている。しかし、その後の小泉・竹中政治は、日本を完全に凋落させた。
急激に順位を伸ばしたノルウェーあたりも、バブルがなかったわけではない。総じてヨーロッパでは、早期にバブルを克服して、安定的な成長路線をとった。死に至る病のデフレ政策を後生大事に維持したり、不良債権処理として、銀行つぶしに狂奔した。今にして思えば、日本の富を日本の国内の成長のためではなく、外国金融資本を経由して、外国の市場化のために使われたのだ。村上ファンドに参加する日銀総裁がおれば何の不思議もないが、何のことはない、サブリンファンドとかで、シンガポールが泰の電話会社を買い、北京政府のの代理人が、簡易保険保養センターを物色するのと同じように、郵政資金を中小企業や農業振興などのために活用すればよかったものを、民営化と称して巨額の国民資産を、海外に流出させる儲け話に乗っただけの話ではないのか。規制緩和も何も活性化したわけではない。タクシーが過当競争になっていつの間にか値上げをするだけのことだ。営々として創り上げてきた国民皆保険制度などを破壊して一部の連中が、あるいは、外国保険会社が巨万の利益を上げることを官民挙げて黙認しただけのことではないのか。ドイツは、フランスは、、さっさか市場原理主義を脱却して、水道を民営化しようとしたヴィヴェンディや、亜流のフランクフルトの銀行頭取などを失脚させている。ヨーロッパの病人といわれたイタリアですら政権を交代させ、順位こそ後退しているが、ひとり当たりのGNPは増加させている。スペインは、マドッリド市街を改装することに成功している。日本では、グローバル化の掛け声ばかりで、おこぼれにも頂戴していない。この図表は、渡久地明氏が作成したものであるが、ちなみに、観光経済の分析に詳しい同氏によれば、沖縄にノルウェーからの観光団が訪れるようになったとのことである。しかも、日本の高度成長期の農協の海外旅行のように旗を持って隊列行進する格安団体の観光客ではなく、単価が150万円を超える豪華版だった由である。日本の凋落を経済政策の常道に戻して、くい止めなければならない。あらゆる民営化、規制緩和策を見直さなければなるまい。

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