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2008年2月

Zumwinkel Scandal 4

脱税容疑で逮捕され失脚したドイツポスト総裁クラウス・ツムヴィンケルは、世界的なコンサル会社であるマッキンゼーの社員であったが、それが顧客先のドイツポストの幹部に就任して言ったのは、関係者の驚きであったが、日本でも同様のことが起きている。マッキンゼーの社員が、小泉内閣のときの有識者会議に参加していたが、それが民営化後には、民営化された会社の重役に就任している。外部からはうかがい知ることはできない。

当時の小泉メールマガジンが残っていたので、関連部分を、参考まで。

「「[シリーズ郵政民営化]

http://www.kantei.go.jp/jp/m-magazine/backnumber/2004/uda.html

● そんなに官のままが良いのはなぜ???(郵政民営化に関する有識者会
 議メンバー、マッキンゼー・プリンシパル 宇田左近)

 4月に有識者会議のメンバーになって以来、「民営化の意義」についてよ
く尋ねられます。そのたびに「なぜ官のままがよいのですか」と問い返すこ
とにしています。返ってくるのは「民になると過疎地の郵便の集配がなくな
る」、「公社のままでも新規事業はできる」、「分割するとコストがかかる」
といった意見。

 ちょっと待ってください。

 どこの国でも過疎地の集配は民営化後もちゃんと維持されています。電力
会社は民間企業として全国一律サービスを維持しています。外からはよく見
えないけれど実は年間1兆円以上の官の特典を得ている公社がそのまま新規
事業を拡大すれば民業圧迫になります。また公社自身も各事業ごとのコスト
構造がよくわからない現状では分割コストも分割メリットもわからないはず
です。

 かように「官のままがよい」と言う理由ははっきりしません。

 民営化には二つの明確な意義があります。

 一つ目は民間経営の知恵と規律をいれることで企業体としての効率化と成
長を実現すること。これによって官の特典を維持するための世帯当たり年間
2万円超もの見えない負担もなくなります。

 二つ目は国民の350兆円のお金が郵貯、簡保で集められて将来戻るかど
うかわからない官のインフラ事業に投入され続けている流れを変えること。
運用する人とお金を集める人が別々でしかも誰も責任をとらない現実。そこ
に民間の規律を導入して無責任体制を是正しなければいつまでも垂れ流しは
続きます。

 官のなかで完結するお金の流れが変われば民間ももっともっと元気がでる
はずです。これは「日本の民営化」といっても過言ではない大きな意義でし
ょう。

 このように民営化の意義は明確、現状維持の意義は不明確。なのにどうし
てそこまで民営化に反対する人たちが存在するのでしょう?よほど現状が棲
みやすいということなのでしょうか。

 大事なのは将来の健全な国民生活です。次世代に問題を先送りしないため
に、事実に基づき客観性を持った議論がなされるように尽力する所存です。
皆様にも引き続き興味と関心を持って議論にご参加いただければと願ってい
ます。」」
もっともらしく聞こえますが、市場原理主義者の暴論の典型例です。ツムヴ
ィンケルにつながる人脈で日本郵政の内部にも入り込むことに成功していますから、
さらに分析を進める必要があります。民間の規律などと発言していますが、
虚しい言葉です。脱税仲間の規律が、タックスヘイブンを作ってきたのではないでしょうか。
 

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Zumwinkel Scandal

脱税容疑で逮捕され、失脚したドイツポスト総裁が、来日して総理官邸で基調講演したのは、三年前の1月17日である。小泉・竹中政権と、郵政民営化問題をめぐって対決機運にあった。官邸での会合は、横文字を使って官邸コンファランスと呼ばれ、約40人が終結して開かれ、郵政民営化をアピールしたのである。

さてさてここまで書くと、一月の寒い時期に総理官邸で大きな会議が開かれたということだけの記述になるのであるが、実は、{当日は阪神大震災から丸10年の日。現地の追悼式典には天皇、皇后両陛下がご臨席されるとあって、当然、首相の出席が検討されましたが、首相は同会議を優先し「与野党すべての政党が反対する郵政民営化は奇跡の実現だ。奇跡に挑むのが小泉改革」と挨拶、ここでも民営化実現に強い自信を示しました。会議には民営化の先輩であるドイツポストのクラウム・ツムウィンケル会長や奥田碩日本経団連会長、北城恪太郎経済同友会代表幹事、生田正治日本郵政公社総裁らが顔を揃え、「民営化が効率的で繁栄をもたらす」(ドイツポスト会長)などと支援しました。}(以上{}カッコ内は引用、まま)という会議であった。

ツムヴィンケルの脱税は、90年代の初めから行われていたのではないかというドイツの報道振りであるが、外国の市場原理主義者をわざわざ呼んで、しかも、総理官邸という日本の権力の集中する館で前代未聞の会合を開き、民営化が効率的で脱税をもたらすとでも言わんばかりのとつ国の有力者に迎合するというものであった。しかも、阪神の大震災の10年の祭りの日の朝に、そうした日程を持ち込み、鎮魂の慰問をせず、ツムヴィンケルなどが参加する官邸コンファランスを、時の内閣総理大臣が優先させたという事実も記憶にとどめておきたい。市場原理主義が、文化や伝統を全く否定して、鎮魂の儀式に優先する冷酷な集団であることを改めて考えさせる。日本の総理大臣が、ドイツの脱税男に、霜の朝に明け渡して、しかも、欠礼をして東京にとどまり、講演会に参加したのであるから、よっぽどの大きな力(外国勢力の力を含め)が働いたに違いない。当時の関連情報をさらに分析する必要がある。

さて、ツムヴィンケルの逮捕で、世界の市場原理主義による民営化の理論は、崩壊したのではないのか?!そもそも、郵政民営化は日本の国体を否定しようとする論理が背後にあるのではないのか?!

これは、当ブログとしては追記であるが、当時の小泉総理がブッシュ大統領を金閣寺に相伴したことがあるが、阪神大震災の鎮魂の日に東京にとどまったことの論理と何か関連があるかもしれないと想像する。市場原理主義者の破壊の本質を見極めたいところであるので、読者諸賢の想像力と推理力の力も得たいところである。

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Zumwinkel Scandal 2

AFP通信社へのリンク

http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2356693/2686111

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Zumwinkel Scandal

やっと中日新聞が報道し始めた。日本にもキット海外に資金を持ち出して脱税をした経営者や政治家がいるに違いない?!市場原理主義者が国境がなくなった、ボーダレスエコノミーなどというのは、単なる税金逃れのたわごとでしかない。例の世界的なコンサルなど、本国で税金を払ってないのではないかと指摘されている。昨日紹介した、ドイツ国営放送の短時間番組などは、シーメンスが中国のリニア鉄道で、賄賂を支払ったことを示唆する画面を挿入していることにお気づきになったと思うが、単なる拝金の話であって、国家の信用を貶めてしまう話である。

http://www.chunichi.co.jp/s/article/2008022801000743.html

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German tax evasion

ドイツポスト総裁の脱税事件と市場原理主義批判の、ドイツ国営放送英語版。

http://uk.youtube.com/watch?v=pVYg5vEktg0

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Money money, money

ドイツポスト総裁のツムヴィンケル氏が、逮捕されたが、それを風刺する動画が、掲載されている。

http://uk.youtube.com/watch?v=YQ5Bxf_JIVM&feature=related

http://uk.youtube.com/watch?v=uyUGvEJ8ATU&feature=related

http://uk.youtube.com/watch?v=OGvhhx-ly4M&feat

http://uk.youtube.com/watch?v=9Kr_gmi_ctU&NR=1

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Deception

赤頭巾ちゃん気をつけて。狼は、税制大綱に盛り込まれた「ふるさと納税」だ。「都市と地方の財政格差の是正」が目的と受け取られがちだが、民間と称する市場主義崇拝者が国家と地方の資金配分の構造支配を目指している。郵政民営化が「米営化」で、私物化の本質を隠し、市場化して弱肉強食の世界にさらす意図があるように、ふるさと納税も、逆に自治体の間の格差を際限なく拡大する危険性がある。格差を意図的に作り出した側が、選挙対策で、地方の怒りが嵐となる中で、怨嗟をなだめ取り入るふりをしながら、逆手でこの国の統治機構の形を市場主義者の思うままにしようという巧妙な込んだ陽動作戦だ。
地方から都会に、ホモ・モーベンスとばかりに出た世代が、確実な根っこをはやして、この国を経済的に豊かな国にしたことは間違いない。年老いた親がまだ残っているうちは幸いで、墳墓の地が遠のいてしまっても、その心持て遠き都に帰らばやと、ふるさとを忘れないで、県人会、連合会、町会、集落会、色々な名前をつけて、毎夜毎夕、居酒屋で、ホールで、集会場で、郷土の集まりを開く。集団就職の悲喜こもごもを表現して大ヒットした「ああ上野駅」は、井沢八郎氏(昨年1月17日逝去)と共に碑ともなったが、「社稷を守るべく一方通行の出稼ぎでふるさとを離れた集団就職の世代が、疲弊する地方に何とか応援の手をさしのべたいと思うばかりに、「ふるさと納税」の表現は心地良いメッセージに聞こえた。格差社会を容認する政治の中枢の張本人が「地方で生まれ育って都会に出る人が多いが、税の一部を自分の故郷や好きな町などに納税し、恩返しをしたいという要望は強い。地域活性化や過疎対策にもなる。」と真顔で囁いたが、市場原理主義にとり憑かれた悪魔の幻覚でしかない。
「ふるさと納税」の特徴は、現在もある寄付行為に対する所得控除に代えて税額控除にすることであるが、高所得者が一向に寄付をしない現状で、納税額が減るのであれば却って金持ち優遇に利用されかねない。寄付の相手が、ふるさと納税を突破口にして、独立行政法人、公益法人、福祉法人などへと拡大していくのが、市場原理主義者のシナリオである。民間人と称する一部の政商や、買弁資本と結託した政治家や官僚が、要するに日本国民のためには成らない「選択と集中」を恣意的に行って、公的な団体の公益をいずれかは支配・私物化しようとする策略である。第二の特徴は、納税者が自分がどこに寄付するかを決めることであるが、公共団体の自立自尊を失わせ、市場崇拝者に隷属させる制度を自由化することになる。慈善は単なる免罪符になりかねないことは、洋の東西を問わず証明されているが、ふるさと納税は、安上がりの免罪符の販売所となるだけではなく、資金分配の権力を一部富裕層に限定して与えてしまう危険性がある。今の所得控除制度を使ってでも、あるいは税の軽減を求めずとも、真の慈善の救済事業は苦しい中でちゃんと行うものは行う。見苦しいのは、濡れ手に粟の巨万の富を挙げた筈の、丸罰ファンドや、丸罰銀行総裁が、罪滅ぼしのために、寺社仏閣などとは言わぬが、寄進した話を未だ聞かない。国全体の寄付額も貧者の一灯に及んでいない。統計数字に歴然としているではないか。財政改善の幻想を振りまきながら、地方自治体も社会福祉団体も、いずれは、国会や霞ヶ関の陳情をやめて、一部資本家や経済団体に媚を売る制度に仕組みを変える構造改悪、とどのつまり、民主政治を空洞化させる陰謀である。民間議員という誰も選んだことのない「議員」が、国の経済・財政諮問会議を主導して、代議政治を無力化させ、日本の構造破壊を急速に進めたように、地方でカネの流れを、「民間の公益化」というわけのわからない表現で、市場の強者の支配と地域社会に弱肉強食のカネの流れの仕組みを埋め込もうとの陰謀である。
実は、ふるさと納税という国家破壊の構想が、単独に存在してきたわけではない。公務員制度、中央省庁の編成、道州制、国防、技術開発、教育、医療保険、憲法問題、と連動しており、例えば、公務員制度改革も、改革は公務員たたきとなり、優秀な応募者が激減するどころか、給与の高い外資企業に学生の関心が向くという珍奇な現象すら生じさせる破壊ぶりである。年功序列ではなく実力主義を導入して官民で回転ドアのように自由に交流させるのが、改革と主張しているが、何のことはない、米国の公務員制度を真似しろとのご託宣である。政治学者トックビルが既に指摘しているように、医療制度ともども、真似する価値があるような優れた公務員制度ではないのではないのか。小さな子供が挟まれて死亡した、外資企業が集積する六本木のビルの回転ドアのようなものでしかない。霞ヶ関で長年は悪慣行となっている超勤の不払い(ホワイトカラーエグゼンプションか)の不正などを改革すべきである。市場原理主義者は政治宣伝に優れており、マスコミをとりこんだ大量宣伝で、無責任で無能な役人像を意図的に作り出している、人事は公正か、近年、市場原理主義に迎合する者だけを重用したのではないのか、国家公務員制度を弱体化させて、代議政治の行政機関に対する主導力を非力化・空洞化させてきたのではないのか。もともと市場原理主義には、拝金のアナーキズムの要素が潜んでいるが、ほぼ公務員制度を叩き壊した。ふるさと納税は、町村合併や、地方分権とも間違いなく連動している。カネの流れを変える強力な制度となる魂胆だから、税制大綱にのせるだけでも、もう半分の獲物を捉えた気分かもしれない。高笑いが聞こえるかのようだ。本当は関係がないのに、自治体の格差是正に役立つかのようにプロパガンダで思い込ませて、中央のレベルの政策では地域格差を拡大助長策を推進して、一挙に文化や伝統を破壊して、いずれは国家の統治機構自体を市場に隷属さ