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Okita Saburo

大来佐武郎先生の評伝が出版されていることは知っていたが、時が過ぎ去るばかりで、先日ようやく入手して拝読した。わが志は千里に在りという題がついている。大来先生は日本の戦後復興に参画したのみならず、アジアとの和解の中で日本を世界の中で反省することを持続させるために、命をかけて世界を飛び回った稀有の経世家である。大来先生は本当に温厚な人柄であったが,体躯もあって実に存在感のある人であった。先生がなくなった後に大阪で、APECアジア太平洋経済協力会議の首脳会議が開かれたが、先生がないことですっぽりと穴が開いたような雰囲気が実感できた。幅広い交友、世界的な視野、理論ではなく実行力のある、学者であり、政治がこなせる大人物であり、未だ、霞ヶ関には大来を越える人物は輩出していないものと考える。

大来先生がなくなられたのは、平成五年の2月九日で、もう十五年の月日が経っている。

アメリカの国際経済研究所所長のフレッド・バーグステン氏からの電話を受けたときに死んだ話を聞いていたので、陰謀説でもありはしないかと気になっていたが、この評伝を読んで、さて、さてと、日米関係の急迫する関係に伴う、温厚な大来先生が心臓発作を起こすに至る経緯が想像できるようになった。享年は78歳であったから、風を惹かれて退潮が弱くなったおられた可能性があるが、それにしても、国際経済政治の厳しさが頂点に達してなくなられた経緯が想像できるようになった。

大来先生は、アジア太平洋地域の経済協力が政府主導で行う枠組みであるAPECが成立した89年11月には、年齢が75歳になったこともあり、第一線を退くとして、PECC太平洋経済協力会議の日本委員会委員長を辞任している。92年にバンコクで開かれたAPEC閣僚会議で、賢人会議が組成され、それに先生は、アセアン諸国の強い推薦でそのひとりに選ばれている。アメリカは、その賢人会議で主導権を握ろうとしてバーグステン氏を送り込んだと考えられる。

「アメリカは70年代後半から太平洋地域の貿易額が大西洋を上回るようになり、ダイナミックに発展を続けるアジア太平洋経済にアメリカ経済を深くコミットさせることによって、財政・貿易の双子の赤字に悩むアメリカ経済を再生させようという戦略だ。」

大来先生とバーグステン氏の間にはかなり激しいやり取りがあったようだ。アメリカ側は、貿易自由化を促進して、APECをさらにすすめて、アジア太平洋経済共同体にするために、日米で共同議長を務めようなどと提案したようであるが、大来先生は、そうした共同体構想にはアジア各国の抵抗が予想され、しかも賢人会議の議長は、日米ではなく、アジアの特にアセアンの代表ではいいのではないかとの趣旨を行ったのではないかと推測されると評伝の作者は述べている。バーグステン氏が、口をつぐんでいる以上、真相はわからないとも書いている。

大来先生は、マハティール首相が提案した東アジア経済クループ構想、つまりアメリカ抜きの経済協力構想にも賛成している。政府は、アメリカが参加していないとして、参加しなかったが、ここにも大来先生の複眼的な思考、アメリカ一辺倒ではないアジア的な志向が垣間見える。97年のアジア危機には、あちらこちらでアジア経済は破壊されたがこれに敢然と立ち向かったマハティールの考え方のほうが正しく、アメリカは全く有効な対策を打ち出すことはしなかったことは、スティグリッツ元世界銀行副総裁のなどによって解明されている。大来先生は日本の繁栄の機軸を東南アジアにおいていたのであり、多様性の中での統合を目指したのであって、アメリカ型の盟主を求めてはいなかったものと想像される。90年代以降、大来先生が目指したアジアの平和と安定は、実は市場原理主義が闊歩するグローバリゼーションの中で、かえって地域の諸国の格差は広がる実態にある。解放経済と全体主義が残存する中国の台頭とともに、(中国の経済発展は明らかにアメリカの生産基地としての位置づけが顕著であるが)日本の影は薄くなっている。貿易の自由化ばかりではなく、各国経済の格差是正を大きな柱にしていくことのほうがアジア各国からの尊敬を集めうるのであるが、アメリカ一辺倒場仮で存在感はますます希薄になってきている。

最近思い出すことであるが、バーグステン氏は、郵便貯金を眼の敵にして、優遇金利を解消しろと来日しての講演の中で主張したことがある。日本の家計の消費性向で、貯蓄をしているほうが将来の消費の原資としてよいし、また個人の貯蓄であるからその優遇策として妥当なものであるとの反論には一切耳を貸さず、また当時の宮沢内閣は、それを佐々か受け入れてしまったことがあるが、今にして思えば、日本の金融資産を有効に海外で活用して、アメリカの利益に使用との戦略を一貫して追求していたことと考えられる。ちなみに、ワシントンには、対日戦略を練るためといわれた経済戦略研究所が、プレストヴィッツ氏など対日の圧力をかけることを趣味とするような人々が結集して組成されたころであった。バーグステン氏は、依然として、アメリカの首都ワシントンで活躍しているが、アジアや日本に対する思い入れや懐かしさは全く感じさせない、怜悧な人物として活動を続けている由である。

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