構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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2008年8月

Market Fundamentalism

タイで、反政府のデモが続いている。

2年前の2月ごろにも、大きな反政府デモがあった。その後、軍事クーデタがあり、その後にまた民政に戻ったが、タクシン政権の後継となった現政権に対する抗議デモである。背景は2年前とほとんど変っていないのではないか。2年前の、クロフネ氏のブログに掲載されている解説はその本質をついているように思うので、紹介する。

http://gaikoanzenhosyo.blog4.fc2.com/blog-entry-243.html

「タイのタクシン首相退陣を求める約6万人規模のデモが4日(2006年当時の2月、当ブログ注)、バンコクの旧国会議事堂前広場で行われた。

デモの引きがねになったのは、タクシン首相の一族が株を売却したときに得た巨額の収益が非課税になったことと、その株を売却するときに別件でインサイダー取引があったのではないかという疑惑が上がったためだが、

タクシン首相とその一族がタイの国家権力を手にするとともに、巨万の富を築き上げたことに対するタイ国民の不満の蓄積も反政府デモの背景にあるようだ。

大規模な反タクシン政権デモが発生したことを受けて、はやくも二人の閣僚が辞任している。

 タクシン首相は生粋のタイ人ではなく華人系であるが、タイでは珍しいことではなく、これまでも何人かの華人が首相職についている。

ただ、タイに住んでいたクロフネ独自の消息筋が話してくれたところによると、拝金主義的で強引にガツガツする華人特有のやり方をあまりにも丸出しにするタクシン首相は、南の国特有の大らかでのんびりとしたタイ人の気質からすると違和感があり、以前からタクシン首相ファミリーに反感を持つタイ国民も少なくなかったという。

クロフネも、タクシン首相が自分の金ではなくタイ政府の公的資金でイングランドの人気サッカーチーム・リバプールを買収すると発表したときは、眉をひそめざるを得なかった。 多くの批判もあって結局実現はしなかったようだが。

逆に”金儲け”はうまいだけに、タクシン首相の経済政策への手腕に期待するタイ国民も存在するようだ。

 中国人は、華僑として世界のどこへ移民しても、血とコネでつながった一族だけで、富や権力を囲い込んで独占してしまうあたりに、低信頼型社会の人間の特徴がよく現れているような気がする。

ちなみにシンガポールのリー・シェンロン(李顕龍)首相一族も事実上の独裁政党・人民行動党のリーダーであり、シンガポール経済を支配する政府系投資会社”テマセク・ホールディングス”の業務執行取締役もリー首相の夫人である。

このようにシンガポールでも富と権力がリー一族によって独占されている。

偶然か必然か、今回タクシン一族が株を売却して巨額の利益を出したとき、売却先となったのがテマセクだ。

「包丁かハサミが一つあれば、世界のどこででも食っていかれる」といわれるほど、商才にたけバイタリティあふれる中国人だが、現地コミュニティの文化を尊重し、その社会にとけこんでゆく努力も必要なのではないだろうか?」

要すれば、今回のタイの反政府デモは、新自由主義に陥ったタクシン政権とグローバリズムを扇動するその背後関係に対するタイ国民の抗議の声である。タイはアジアの通貨危機で破壊寸前に陥ったことがあり、中産階級の抗議の声でもある。当時のタクシン首相は、巨万の富を挙げた電気通信会社の利益を外国資本に譲り渡したことが、タイ国民の怨嗟の対象となる大きな原因であったが、日本でも、ITバブルの中で、電話会社の利益がオランダへの投資となって巨額の損失となった事件があった。詳細は闇の中であるが、どうも似たような事件ではあった。勿論、日本ではタイのような中産階級が参加する抗議デモは起きていないが。タイでは、もともとのタイ人と、経済の中枢を握る華僑系タイ人との微妙な対立があり、インドネシアやマレーシアのように、はっきりとした対立は少ないのであるが、今回の騒乱の背景に、そうした中国の影響が見て取れるような気がしてならない。思い返せば、アセアン、東南アジア諸国連合が、領土問題を凍結してまでも、成立させたのは、中国、当時は共産中国の拡大を阻止するためであったが、今回は市場原理主義の中国の影響に対する民族的な反発であると間ガルことは出来ないだろうか。

Market Fundamentalism

当ブログでは既に問題点を指摘したが、前述のテーミス9月号に、内閣府官僚の”画策”で大田弘子氏の討論が幻に、という短い記事が掲載されている。

3月14日の参院予算委員会で、自見庄三郎議員が福田首相から直接回答を引き出して、開催が決まったのであるが、経済政策担当の官僚たちは逃げ回って、しかも北京五輪の開催日で、内閣改造で大臣不在になってしまったと云う事で、陰謀説が渦巻いているのだという。更には、日本経済復活の会の小野盛司会長を出席させる名との動きもあったという。宍戸駿太郎筑波大学名誉教授と大田弘子前経済財政担当大臣との討論が期待されていたのっであるが、政府の内閣府経済財政も出るがいかに実態から離れているかという議論は行わなくなってしまった。

その間の経緯を上記のような雑誌記事ではなく、国会の場で決まったことであるから、国会の場で、更に開催すべく追及されてしかるべきである。

Fake Privatization 97

月刊誌のテーミス九月号が出た。人事早耳情報に、宇田日本郵政専務退任はトヨタ vs 日産の「犠牲」という短い記事がある。

6月25日付で持ち株会社の日本郵政の専務執行役から外れた件の観測記事だ。マッキンゼー出身であるから、M&Aやビジネスモデルを手がける役といわれていた。松原委員会という、東洋大学の、郵便事業会社の社外取締役をやっている、松原教授とも近い関係になることが知られているが、その記事によると、集配用の自動車2万一千台を電気自動車に切り替えるという報道があって、郵便事業会社の会長はトヨタの北村氏で、トヨタは電気自動車路線には否定的であるから、トヨタの反発があったというものである。日産自動車の地元である松沢知事から松原教授が、神奈川県に電気自動車導入を進めるために、その後押しで、郵政グループでも電気自動車を導入するように、窮地の宇田氏に橋渡しをしたということだ。そして、トヨタと日産の争いに巻き込まれたというのが、「人事の真相らしい」と書いている。

ことの真偽は定かではないが、ドイツでは、元マッキンゼー社員であった、ドイツ郵政の社長ツムビンけるが逮捕され、市場原理主義の世界的な普及役、旗振り役をしてきたマッキンゼー関係者が、ジリ貧になっていることから、もしかしたら、それ以上の理由があるのかもしれない。

テーミスの記事のように、電気自動車を巡る利権争いにしても、郵政を巡っての私物化の後遺症として看過すべきではない。トヨタ出身にしても、銀行関係者にしても、コンサル出身にしても、そろそろ、民営化が失敗した現実の中で、責任なすりあいの内部抗争になっているのかもしれない。駅前の土地利権の配分はもう終わったのだろうか。興味深いところである。サブプライムで、さてさて損失は出ていないのであろうか。アメリカの住宅再建など、保有している分の損害はどうなっているのだろうか。議会が無能力化しているので期待も出来ないが、日本国民の大切な郵政財産が毀損されないかどうか注意深く監視を続けたいものである。それに、郵政私物化の利権争いであれば、関係する役員等は辞任すべきである。郵政民営化委員会はそんなことも見ていないのか。(私物化推進委員会であるから、期待もしてはいないが。そうすれば、政治的な議論をする議会しか期待できないが)

Arrogance

東京の地下鉄や公共交通機関に乗っていると外国人が随分と増えたことを実感する。

ある時には、黒人が、耳にイアーフォンをつけて、周りに大きな音が漏れていて、身体をゆすりながら、音に身体をあわせている。朝の混雑したときでも、周りは注意をしない。体が大きくて、ちょっと怖そうな風体だから、都会で問題を起こそうとしない日本人は、ただただ我慢するだけだ。

六本木や赤坂のレストランもそうだ。ワインや外国製のビールは出しても、焼酎や日本酒はバーにも置いていない。フレンチであれば、ウィスキーすら置いていない。なんだか、お金持ちのセレブの外国人の支配する町になったようだ。レストランの調理場にいる調理師に聞くと、外国人の調理師がいて、あれこれ指示を出すそうな。出すだけではなく、只働かないで、指図をするだけだそうだ。客のほうも客で、もう米を食べるかどうかと云う事ではなく、どこのチーズがうまいとか、どこのぶどう園の酒が一番だとかの会話だそうだ。

地下鉄では、外国人と日本人の男女が、日本人にはない習慣で愛情表現をする。傍若無人である。アジアから出稼ぎに来ている、インド人などもいるが触らぬ神にたたりナシで、西洋人のマスターはそんなものだとあきらめているから、却ってなぜ、誇り高い日本人が注意しないのかと、肩をすくめる。

地下鉄に乗っているような外国人は、勿論経営者の類ではない。経営者の白人の連中は、ハイヤーか、外車の送り迎えで、関係がないし、地下鉄や公共機関に乗ることもないだろう。地下鉄などでは、大きな声で、傍若無人苦い国語がとびかう。周りに乗客がいないかのような横柄さである。

グローバリゼーションでメリットもあるかもしれないが、そうした外国人労働者に日本の文化と伝統と、周りの人々への気遣いを教える必要はある。勿論、外国からの人士は、欧米からだけではないので、日本人の気遣いを知っていてそれなりに、気配りをしている人もいる。逆に、日本のことが理解できないで、つかれきった顔で、もう日本人のサラリーマン以上の顔をした白人も乗っている。

東京であるから、アメリカの兵隊と思しき連中も乗っている。ブンカドの高い国であるから、もう驚くばかりでの人もいる。(アメリカ人の友人が言うには、米兵に注意するときには、アメリカ太平洋軍司令官に言いつけるぞというと効果があるそうな。本当かどうか走らないが。)

しかし、それにしても、この国日本は、外国人の最近の横暴に少し優しすぎるのではないのか。長野で、旗を持って暴れた外国人に対してもそうだった。東京で、アメリカ人か誰かは知らぬが、金を持っているだけで、傍若無人で、日本の文化を無視することは許されていいものではない。日本にある会社でも、英語で通用することは、どうしてもおかしなことだと思う。

最近、ゴルフのトーナメントで、外国人が多くなったので、英語がしゃべれるかどうかアメリカでは試験をするという。同じように、日本で働くアメリカ人などは、日本の文化理解度テストでもやったらどうかと思う。

狭いなナショナリズムを主張しているのではない。平等でお互いに尊敬する世界を目指しているだけだ。

お互いに、注意しよう。ここは私たちの国だからと。第一、欧米で、日本語のサインを見たことがあるのか。観光地以外に。

公共交通機関や、いろんな場所で、英語で表記したり、韓国語や中国語で表記したりしている。小泉政治のときのよーこそジャパンなどといかがわしいことがあってそうなっているのかもしれないが、そんな便宜など図る必要はないし、観光客に親切にすれば言いだけのことである。東京の租界になったようなホテルには、日本語の表記すらない。そんなことが許されて言い訳がない。その昔、上海で、犬と中国人は入ってはいけないという表示が欧米の租界であったようであるが、そんなことは、少なくとも東京で許してはならない。気づいたら、抗議をしよう。ここは、私たちの国だと。市場原理主義が支配してはならない神の国だと。

毎日新聞の外国人の記者の日本を売る事件にもつながっていることが想像される。

Market Fundamentalism

コロンビア大学のスティグリツ教授が、ネオコンの終わりか?という論文を今年の七月に発表している。勿論英文であるから、日本語では読めない。意訳でもつけてみたい。間違っているところもあるかもしれないが、その点は、ご指摘をいただきたいし、またご容赦願いたい。

NEW YORK – The world has not been kind to neo-liberalism, that grab-bag of ideas based on the fundamentalist notion that markets are self-correcting, allocate resources efficiently, and serve the public interest well. It was this market fundamentalism that underlay Thatcherism, Reaganomics, and the so-called “Washington Consensus” in favor of privatization, liberalization, and independent central banks focusing single-mindedly on inflation.

市場は、自らを調整して、資源の配分が効率的に行われ、公の利益に合致するように作用するという、原理主義者の考えに基づいた新自由主義のほら話に対して世界は、親切に出来るわけがない。市場原理主義が、レーガン、サッチャーの政策の基になってきたし、ワシントンコンセンサスは、民営化、自由化、そして独りよがりのインフレ対策ばかりを独立して追求する中央銀行を味方するだけであった。

For a quarter-century, there has been a contest among developing countries, and the losers are clear: countries that pursued neo-liberal policies not only lost the growth sweepstakes; when they did grow, the benefits accrued disproportionately to those at the top.

この25年間で、開発途上国の間で競争があったが、そこで誰が負けたかはもう明らかだ。新自由主義の政策を採った国が失敗したのである。成長の果実を失っただけではなく、成長したときにも、その成長の利益は、社会の上層部の一部に、とてつもなく不均衡に利益をもたらしただけである。

Though neo-liberals do not want to admit it, their ideology also failed another test. No one can claim that financial markets did a stellar job in allocating resources in the late 1990’s, with 97% of investments in fiber optics taking years to see any light. But at least that mistake had an unintended benefit: as costs of communication were driven down, India and China became more integrated into the global economy.

勿論、新自由主義の連中は、敗北を認めようとしないが、そのイデオロギーが負けたことを示す証拠は他にもある。すべての投資の97%が光ファイバーに投資をした90年代のような資源配分の仕方があったが、その中で、金融市場が成功したようには見えない。光ファイバーに投資をしても光は見えなかったのである。ただ、その投資の失敗が、唯一予期せぬ利益をもたらしたとすれば、通信のコストが下がって、インドや中国が、更に世界経済に組み込まれることになったということである。

But it is hard to see such benefits to the massive misallocation of resources to housing.  The newly constructed homes built for families that could not afford them get trashed and gutted as millions of families are forced out of their homes, in some communities, government has finally stepped in – to remove the remains. In others, the blight spreads. So even those who have been model citizens, borrowing prudently and maintaining their homes, now find that markets have driven down the value of their homes beyond their worst nightmares.

しかし、その後の住宅投資においての大量の誤った資源配分にはそうした予期せぬ利益すら見つからない。新しい住宅が、支払い能力のない家族の為につくられ、廃墟と化して住宅から追い払われた。政府が介入したところもあったが、廃墟となった住宅を更地にしただけである。更に、惨害が拡大して、真面目に働いてきた模範となる市民ですら、そのあおりを受けて住宅が値下がりして、悪夢をみているかのような大損害を蒙った。

To be sure, there were some short-term benefits from the excess investment in real estate:  some Americans (perhaps only for a few months) enjoyed the pleasures of home ownership and living in a bigger home than they otherwise would have. But at what a cost to themselves and the world economy! Millions will lose their life savings as they lose their homes. And the housing foreclosures have precipitated a global slowdown. There is an increasing consensus on the prognosis: this downturn will be prolonged and widespread.

なるほど、土地や建物に過剰に投資を行うことで、短期的な利益があったかもしれないが、おそらくわずかに数ヶ月間、アメリカ人は大きな家に住んでみて楽しんだのかもしれない。しかし、その楽しみが、なんと言う犠牲を自らに押し付け、そして世界経済に与えたことになるのだろうか。!住宅を失い、何百万人もが、一生をかけた貯金をなくしたのだ。そして、この住宅閉鎖が、世界的な景気の後退を招いたのである。そして今のところ、この景気後退は更に継続して、広がる気配であるというのが大方の見方である。

Nor did markets prepare us well for soaring oil and food prices. Of course, neither sector is an example of free-market economics, but that is partly the point: free-market rhetoric has been used selectively – embraced when it serves special interests and discarded when it does not.石油が上がり、食糧が高騰するなどと市場が教えたくれたわけでもない。そもそも、石油も食糧のいずれの市場も自由市場ではないが、自由市場というときには言葉を選別的に使っているのであって、特定の利権があるときには自由市場といい、都合の悪いときには自由市場といわないようだ。

Perhaps one of the few virtues of George W. Bush’s administration is that the gap between rhetoric and reality is narrower than it was under Ronald Reagan. For all Reagan’s free-trade rhetoric, he freely imposed trade restrictions, including the notorious “voluntary” export restraints on automobiles.ブッシュ政権にいいところがあるとすれば、レーガン政権の時ほど、現実とレトリックとが乖離していないことがもしれない。レーガンは自由貿易といいながら、貿易の制約を強制したし、悪名高い、自主的自動車の輸出規制がある。

Bush’s policies have been worse, but the extent to which he has openly served America’s military-industrial complex has been more naked. The only time that the Bush administration turned green was when it came to ethanol subsidies, whose environmental benefits are dubious. Distortions in the energy market (especially through the tax system) continue, and if Bush could have gotten away with it, matters would have been worse. ブッシュの政策はももっと悪いが、あからさまに、アメリカの産軍複合体を利したという点では、全く露骨なものである。環境問題に対する効果があるのかどうか疑わしいエタノールの補助金を出そうとしたブッシュ政権であるが、税制を使ってエネルギー市場はゆがめられ、その歪みは継続しているが、もし、エタノール問題すら提案しなければ、事態はもっと悪くなっていたに違いない。

This mixture of free-market rhetoric and government intervention has worked particularly badly for developing countries. They were told to stop intervening in agriculture, thereby exposing their farmers to devastating competition from the United States and Europe. Their farmers might have been able to compete with American and European farmers, but they could not compete with US and European Union subsidies. Not surprisingly, investments in agriculture in developing countries faded, and a food gap widened.開発途上国では、自由市場と政府の介入の仕方が本当にまずく作用した。農業を自由市場に任せろと強制されて、アメリカやヨーロッパからの農産物に席巻された。アメリカとヨーロッパの農業は補助されているのだから、勝ち目があるはずもない。

Those who promulgated this mistaken advice do not have to worry about carrying malpractice insurance. The costs will be borne by those in developing countries, especially the poor. This year will see a large rise in poverty, especially if we measure it correctly.こうした誤った政策を開発途上国でアドバイスしてきた連中は、反省の色もない。開発途上国の特に貧困層が、犠牲を払うのである。今年は、特に世界で貧困が増大している。

Simply put, in a world of plenty, millions in the developing world still cannot afford the minimum nutritional requirements. In many countries, increases in food and energy prices will have a particularly devastating effect on the poor, because these items constitute a larger share of their expenditures. 単純なことであるが、数百万人の人が最低の栄養を補給することが出来ないのである。食糧とエネルギー価格の増大は、破壊的な影響を特に貧困層に与える。貧困層の出費の大部分が食とエネルギーだからである。

The anger around the world is palpable. Speculators, not surprisingly, have borne more than a little of the wrath. The speculators argue: we are not the cause of the problem; we are simply engaged in “price discovery” – in other words, discovering – a little late to do much about the problem this year – that there is scarcity.世界で怒りの声が上がっても投機をしている連中は、我々のせいじゃない、今年は、資源が急迫しているから、打つ手が遅れただけだと言い訳をしているようである。 

But that answer is disingenuous. Expectations of rising and volatile prices encourage hundreds of millions of farmers to take precautions. They might make more money if they hoard a little of their grain today and sell it later; and if they do not, they won’t be able to afford it if next year’s crop is smaller than hoped. A little grain taken off the market by hundreds of millions of farmers around the world adds up. そうした回答の仕方は不順である。かっくが上がり、不安定にあるというのであれば、数百万の農家は対策を採ろうとする。しかし、そうした今年打つ手が遅れれば、農民は、生産した穀物を今売らないで、後で売ろうとするに違いないし、来年の収穫が減って収入が減ることを予想するのかもしれない。数億の農家が世界中でそうした少しずつの食糧が市場から引き上げられると一体どういうことがおきるかは想像に難くない。

Defenders of market fundamentalism want to shift the blame from market failure to government failure. One senior Chinese official was quoted as saying that the problem was that the US government should have done more to help low-income Americans with their housing. I agree. But that does not change the facts: US banks mismanaged risk on a colossal scale, with global consequences, while those running these institutions have walked away with billions of dollars in compensation.

市場原理主義を擁護する者は、市場の失敗を政府の失敗のせいにする。住宅問題で、ある中国政府の関係者が、アメリカは低収入の国民をもっと支援すべきだとコメントしたという。たしかに、支援については同感ではあるが、アメリカの銀行が、世界的に破局をもたらすような経営判断の間違いを犯したという事実を覆すことにはならない。しかも、銀行の連中は、数十億ドルの補償金を取った上で、現場を立ち去ってしまったからである。

Today, there is a mismatch between social and private returns. Unless they are closely aligned, the market system cannot work well

社会的な利益と、私的な投資の利益とが、ミスマッチを起こしている。公の利益と私の利益とが、緊密に調整されなければ、市場のシステムは、よく動かないのである。.

Neo-liberal market fundamentalism was always a political doctrine serving certain interests. It was never supported by economic theory. Nor, it should now be clear, is it supported by historical experience. Learning  this lesson may be the silver lining in the cloud now hanging over the global economy. 新自由主義的な市場原理主義は、ある一定の利権に奉仕する政治的なドクトリンでしかない。経済学の理論ではない。今では明白に証明されたと断定してもいいことであるが、歴史上の経験とも合致しない。混迷する世界経済の中で、市場原理主義がこうしたいかさまにしか過ぎないことを知ることで、また希望をつなげることとしたい。

Devastated Forest 8

森林所有者が、30%の負担金も払えない状況であり、財政が悪い県であれば、県負担分も支払えないので、新しい植林することをやめざるを得ない状況が出ている。例のガソリン税の一般財源化の話の中で、一般財源にするのであれば、森林環境税を創設して、全国の山と森の維持の為に使ってはどうかという提案である。化石燃料を対象としているのは、単に水道や、工業用水ではなく、マイナスの問題を抱える化石燃料から排出される二酸化炭素吸収源としての森林の有効利用を訴えているわけである。当ブログは専門家ではないので、具体的な総経費はわからないが、総額5000億もあれば、全国の森林が維持できるのではないかとの指摘がある。木を植えて、維持するだけではなく、木材の利用についても、もっと国を挙げての検討が行われてよい。化石燃料の高騰が伝えられる中で、森林資源の有効な燃料資源としての活用などがもっと議論されていいのではないだろうか。市場原理主義者は、一切の政府の介入を嫌うが、それでは、日本の山村は崩壊するだけの運命になってします。ある東京の原理主義の経営者がのたまったように、地方で食えなければ、東京に出てくればいいとの話は暴論であって、この列島に人間が住み着き文化と伝統を蓄えてきた国にはふさわしくない話である。山村が廃れれば、川下の都市や都会は、荒れる。飲み水すら確保できない話になるだろう。杉の木が多すぎて花粉症の原因になっているのであれば広葉樹林に植え替える必要がある。人が住んで、所得があって、山で働き口があってこそ、共同体が成立する。市場原理主義者はそうした共同体の破壊を目指していることは容易に想像ができるが、そうしたことを許してはならない。

郵政民営化に抗した国会議員が自民党の政調会長に就任したが、長らく山村振興の問題に関与していた議員であるという。市場原理主義が与えた、日本の山村の現状をよく分析して、再生させるために活躍することが期待される。郵政民営化なども,地方つぶしの一環であったことが理解されるようになったが、要すれば、原理主義者は、林をなぎ倒して更地を作り、下流で洪水が起きようが何が起きようが、そうした災害が発生すること自体がビジネスチャンスとなるという、悪魔的な拝金の思想である。

Devastated Forest 7

国有林の場合は別の話であるが、森林所有者から、森林組合が委託を受けて行う造林を受託造林という。色々な専門用語があり、興味深いので、紹介する。

新植: 雑木山伐採の跡地に造林する事業。

再造林:杉やヒノキの針葉樹の伐採跡地に造林する事業。

受光伐:雑木山を70%程度伐採する事業。

整理伐:16ないし45年経った造林地を20から50%程度伐採する事業。

樹下植栽:受光伐、整理伐を実施た箇所に植栽する事業。

下刈:1から5年生の造林地における刈払い事業。

除伐:11から20年生までの造林地で不用な木や、不良木を除去する事業。

間伐には二種類あり、16年から35年生までの造林地で優良な造林木を育成するために30%程度伐採する事業を、間伐(切捨て)といい、25年から45年生までの造林地で30%以上伐採して、そのうち80%をりん外へ搬出する事業を間伐(利用)といっている。

最後に、枝打であるが、これは、11年から30年生までの造林地で1.5m枝打をする事業のことである。

事業費の51%を国費で負担しており、賢が17%負担することとなっており、森林所有者が32%を負担することとなっているが、これができなくなっているために色々な問題を生じているわけである。間伐事業は、自己負担分は森林組合が負担して個人の負担金はないという制度のようである。

Devastated Forest 6

全国森林環境税創設促進議員連盟定期総会(7月10日)における祝辞の挨拶は、次の通りである。

「全国森林環境税の創設につきましては、平素、格別のご理解とご協力をいただいております頃に、敬意と感謝を申し上げる次第であります。

 さて、外材の輸入により木材価格は低迷し、全国の森林は荒廃しており、一方、山村漁村の少子化は顕著となり、小学校・幼稚園は廃校、廃園するなど深刻な現状であります。

 全国の森林の整備が進まないのも、現在の森林整備費の負担率が、国50%、県20%、山林所有者30%となっており、山林所有者等がその負担分を拠出できないためであります。例えば、この山林所有者と新しく分収契約を結び、所有者の負担分を森林環境税から拠出できれば、全国の森林は着実に整備が促進できるものと考えます。(この項、下線強調)

 また、私は常に、「所得のないところに定住はない」との考えで行政に携わっておりますが、山村漁村では、働き場としての工場誘致を考えても若者はいなく、企業誘致がなかなか出来ない状況であります。

 一方、山村には森林整備という大きな働き場があり、漁村には海という大きな働き場があります。

 これまでのIUターンによる林業、農業、漁業の定住対策では、仕事に慣れるまでの所得が低く、数年で離職し帰っているのが現状であります。

 そこで、森林環境税による税源確保を行い、例えばIUターンの若者に対し、一定の給与が確保されるまでの期間、雇用者に対し助成することによって、IUターン者の所得の底上げを行えば、森林整備や漁業に従事する若者は定住をし、少子化対策も図られるものと考えております。

 森林環境税により全国の森林整備が進めば、現行の京都議定書で、平成20年度から約束されたCO2削減目標6%のうち、3.8%を山林が吸収するという約束も実行できますし、都市部の理解も得られ、山村漁村の再生は着実に実現するものと考えます。(前2項、下線強調)

 本年4月に京都議定書の第一約束期間が始まり、また、昨日閉会した北海道洞爺湖サミットでは、環境問題が大きなテーマとなり、半減への挑戦が始まるなど、国民の環境への意識が高まっていることに加え、本年は税制の抜本改革が予定されており、森林環境税に向けたかつてない機会を迎えております。

 これまで、全国山村市町村ならびに全国山村市町村議会では、国会議員の賛同を得ながら、森林環境税の課税客体を水道水、工業用水、発電用水、化石燃料に求め運動してまいりました。(森林環境税以下、下線強調)

 しかしながら、ここ数年、都市と地方の格差は顕著となり、また、油や飼料、肥料の高騰、食料品価格の値上がりなど、国民の支出に対する拒否反応が高まっている中で、最近特に税財源を水道水等に求めることは、国民の理科が得にくい、厳しい現状となってまいりました。(この項、下線強調)

 そこで、これまで課税客体を「水中心」に求めてきましたが、「化石燃料」についても協力に運動していくことといたします。(この項、下線強調)

 本年の税制抜本改革の議論に乗せるための手続きの第一歩として、7月中下旬に開催が予定されております党の林政調査会等において要望する機会を与えていただくことが当面、先決であり、現在、林政調査会の幹部国会議員の先生等への働きかけを行っているところであります。

 森林環境税の創設を実現するためには、今年の税制抜本改革のこの時に、市町村連盟と議員連盟とが更に連携を強め、一緒になって力を結集して臨まなければならないと考えております。議員連盟の皆様におかれましては、今後とも格別のご理解とご協力を賜りますようにお願い申し上げます。」以上、切々たる主張であり、傾聴に値する。しかし、財政均衡論者や新自由主義の市場原理主義者は、こうした再分配の論理、都市と地方との格差是正については、至極否定的であることは否めない。

 

Devastated Forest 5

当ブログは、旧横田町内と、旧仁多町内を回ったが、見かけは、横田町の方がきれいな町並みとなっていたが、実は、町の経営的には、旧横田町の方が財政的には、はるかに悪い状態にあったのであるから、その理由を探ってみた。それは、国営農地開発であった。旧横田地区の中に山林を農地に造成する国営の事業が行われ、その地元負担で、旧横田町は、財政破綻に近い状況にあったのである。農地造成事業の石碑が残っており、近くには、研修施設だったという箱物が残骸をさらしている。つわもの度もが夢のあととなっている。しかし、合併後の、岩田町長は、その農地を無駄にしないようにと、あるいは災いを転じて福となすとの話のように、トマト生産企業を誘致している。http://denoku.com/ 高い糖度のトマトの生産施設が建てられている。旧仁多町では、下水道も完備されていた。ケーブルテレビも会ったが、隣の町は、そうした財政赤字の圧力で、基盤整備がおくれていたようである。今でも奥出雲町の予算の八割以上が、合併後の旧横田町の基盤整備に投入されているようである。東ドイツと西ドイツが合併したときのような話である。しかし、市町村の財政赤字の原因が中央政府の農政の誤りによって生じたことは、事実として記憶されていいが、そうした災いを、新たな営農の拠点として活用とする意気込みもまた評価されていい。(つづく)

参考記事:(1)島根県奥出雲町の農業参入事例

島根県仁多郡奥出雲町(05 年4月に旧・横田町と旧・仁多町が合併して誕生)では、公共工事縮減に頭を痛める地場の土木建設業者3社が、構造改革特区認定などを契機としてそれぞれ農業分野に参入、雇用維持などで一定の効果をあげる一方で、06 年に入り3社連携の動きを強めつつあり、今後の動向が注目されています。

島根県奥出雲町は、鳥取県、広島県との県境に位置し、「ヤマタノオロチ伝説」の地としても知られています。近年、公共工事の縮減と耕作放棄地の増加が深刻化するなかで、旧・横田町の申請していた構造改革特区計画「奥出雲来遠(らいおん)の里づくり特区」が04 年12 月に特区認定を受けるに及び、一般企業の参入によって地域農業の新しい担い手を確保するための環境と作業の効率化等による労働環境改善整備が積極的に進められていました。

こうしたなかで、数年前より独自に農業分野での事業多角化(竹炭関連製品の製造等)を実践していた旧・仁多町の有力土木建設業者(㈲植田工務店:従業員約20 名)では、すでに特区認定を受けていた旧・横田町との合併を契機として05 年半ばごろより本格的に農業参入、長らく未利用状態にあった国営開発農地(いわゆる「開パイ」)を利用して、焼酎原料となるシモンイモをはじめとしたイモの栽培をスタートさせました。

一方、旧・仁多町および旧・横田町内の有力土木建設業者2社(㈱佐藤工務所:従業員約45 名、㈲中村工務所:従業員約40 名)においても、特区認定を契機として、前出の㈲植田工務店と同様、国営開発農地を活用する形での農業分野参入を表明、05 年半ばより㈱佐藤工務所では健康食品の原料となる大麦若葉やハトムギ若葉を、また㈲中村工務所では、将来の果樹観光農園化も視野に入れつつブルーベリーやシーベリー等の栽培と有機栽培による杜仲茶の生産を、それぞれ本格的にスタートさせました。

3社の農業参入に共通しているのは、公共工事縮減のなかでも「雇用維持」に重点を置き、地域経済を支える有力企業として、余力の生じていた経営資源(従業員や建設機械など)を新分野(農業)へ投入していった点です。参入当初は、長らく放置されていた国営開発農地の改良に多くの手間やコストがかかるなど、事業採算面では楽観できない状況はあったものの、地域経済を支えようとする3社の使命感に支えられるような形で、こうした困難を乗り切りながら今日に至っています。今後については、販路拡大などが3社共通の課題となっていますが、協議会を通じた営業活動を効果的に展開することにより、健康加工食品原料向けやインターネット販売などの販路拡大に努めていく意向です

Devastated Forest 4

酒造会社も設立している。町内で、酒造会社が経営が成り立たなくなったことがあり、それを承継するために設立したが、設備は完全自動の近代的な設備だという。http://www.okuizumosyuzou.com/

町内のバスの運営も行っている。それが、実に合理的に均一料金になっているという。勿論、本数は少ないが、バス路線を維持している。民間バス会社が撤退する中で、黒字で経営しているのは驚きである。

Devastated Forest 3

更には、温泉宿泊施設を経営している。http://tamamine.jp/

サービスについても最新の注意を払っているようであり、一例を挙げると、トイレの中に、お客さんに、意見を出してもらうようにお願いする紙が貼っているという具合である。

椎茸生産も、この玉峰山荘という宿泊施設も、黒字で経営をしている。第三セクターの中には、赤字垂れ流しの会社が多い中で、実に優れた経営であり、いずれも社長は、岩田町長自らが勤めている。(つづく)

Devastated Forest 2

2005年5月20日の時事通信社官庁速報に次のような記事が掲載されている。

岩田一郎・島根県奥出雲町長

◇合併を機に職員給与を是正

 島根県の旧仁多、旧横田両町の合併で誕生した奥出雲町(1万5900人)は、中
国山地の山あいにある。合併を機に、町は旧両町でまちまちだった職員の給与体系を
見直し、給料表を国家公務員に準拠して簡素化。職位はそのままでも年齢が上がると
昇給する「わたり」の慣行なども廃止した。旧仁多町長から就任した岩田一郎町長
(いわた・いちろう=79)は「(歳出を)圧縮するといっても借金は返さないとい
けないし、住民サービスを落とすわけにもいかない。物件費も圧縮しているし人件費
しかなかった。どうやって人件費を減らすかだった」と、給与見直しに至った経緯を
振り返る。
 岩田町長は旧両町の合併協議会会長を務めてきたが、両町では以前に町長と職員組
合との間で締結された労使協定が人件費削減の障害になっていたという。「それ(協
定)を崩せるのは両町がなくなり協定書が失効する新町発足の日しかない」と、今回
の合併は抜本的な給与是正に向けた千載一遇のチャンスだったと説明する。
 町は合併特例法の期限ぎりぎりの3月31日に誕生したが、合併協議では庁舎位置
や合併期日などをめぐり対立。町長選も旧両町長による一騎打ちとなるなど、合併協
議で生じたしこりは根深いように見えるが、岩田町長は「人口が同規模の2つの町が
合併するときはこんなもの」と意に介さない。
 町長選では町の一体化と生活基盤の整備を訴えた。町内融和に向けては「旧横田の
住民の意見を聞き、行政運営を説明する」ため、旧仁多町長時代からしていた住民説
明会や自治会長との行政視察などを引き続き行う。また、旧横田町で遅れていたほ場
整備や下水道など生活基盤整備も積極的に進める方針だ。
〔横顔〕旧仁多町長を6期務める。今年5月、奥出雲町誕生に伴う町長選で初当選。
趣味は読書など。
〔町の自慢〕町内でとれる米は「仁多米」として県内有数のブランド産品に成長。東
京の百貨店やスーパーなどにも出荷されている。
〔ホームページ〕http://www.town.okuizumo.shimane.jp/

(2005年5月20日配信)     【iJAMP「インタビュールーム」より】

旧横田町と旧仁多町が合併して、奥出雲町が誕生しているが、旧仁多町の町長として善政をしいており、財政状態は圧倒的に仁多町のほうがよかった。岩田町長が、日頃から、自分の町を奥出雲株式会社というように、所得のないところに定住はないとの考えで、町行政を企業的な経営をおこなってきている。

その一例が、椎茸の栽培の、町営の会社である。http://www.oishiitake.com/ 有限会社であるが、れっきとした町営の会社であり、年間14億円の売り上げがあるという。設立時には、定住を目指す、町内外の雇用をおこなうために、一人当たり700万円の収入を目指したという。設立から20年が経過して、成功した。最近、孫会社として、まいたけの栽培の会社を設立したという。

仁多米というブランド化した、お米の生産もおこなっている。これも町営の会社である。http://www.nitamai.com/ 15度にもみのままで温度管理をしながら、注文に応じて、精米していくという方式であり、価格を高い水準で維持している。それが、結局農家の手取りが高くなる仕組みである。(つづく)

Devastated Forest

市場原理主義の小泉・竹中政治は、ミルトンフリードマンのご託宣どおり、規制緩和、民営化、そして公共部門の予算削減を通じて、この国を破壊した。

当ブログは、その実態の一端をみるべく、島根県の山間部を訪ねた。広島県と接する山間部である。松本清張の砂の器の舞台となった地域である。横田町と仁多町が合併して今は奥出雲町となっている。

まずは、市場原理主義に抗して、果敢な街づくりをしている、岩田一郎町長を紹介したい。(つづく)

Shock Doctrine 8

第一部は、まず、電気ショック療法についての戦慄すべき研究開発の歴史をたどる。
ジョージオーウェルの、1984が、冒頭に掲げられている。「我々があなたを完全に空にして、その身体に我々を注入する。」と。

著者は、電気ショック療法の実験台となった、Gail Kastnerを訪問する。電気ショックによって記憶を失った。

1950年代に、CIAが、カナダのモントリオールの精神科医と共に、人体実験を行ったことが明らかになった。人間の心を同制御できるかという研究であった。1988年に、9人の元患者から提訴された裁判で、75万ドルの賠償金を支払った。カナダ政府も一人、10万ドルの賠償を行った。その人体十毛を行った医者は、Ewen Cameron、スコットランド生まれのアメリカ人、で、、ニュルンベルグ裁判でルドルフヘスの精神鑑定を行った三人の精神科医の一人。インシュリンの大量投与、八回もの電気ショック。

脳にショックを与える方法。

1940年代に、ヨーロッパと北アメリカで人気。脳の切除を行う、ロボトミーよりも、永久的なダメージが少ないとされた。記憶喪失があり、幼児に戻るような。後退現象が副作用としてあった。あることも話すことも忘れてしまう現象も起きた。

しかし、その後退現象が重要とされ、まっさらになった脳に、新しい記憶を植えつけることが出来るとした。キャメロンの研究にCIAが関心を持ち、1953年に2千5百万ドルの予算で開始された。

アメリカは、共産圏で、洗脳技術が開発されたかもしれないと云う事で、あった。朝鮮戦争で、捕虜になったアメリカ兵が、資本主義と帝国主義を自ら批判したことも驚きであった。

Cameronの研究に対しては、1961年までCIAの財政支援が行われた。拷問という言葉は、一度も使われず、マインドコントロールとか、洗脳という言葉が使われた。

1988年に、ホンジュラスでの暗殺と拷問にアメリカが関与したことが明るみに出た。

CIAの強制的な尋問についての1963年に作られた、マニュアルも情報公開法で表に出た。83年版も公開された。監獄の窓が高いところに作られるべきで、光を遮断できるようにするなどとも書かれている。
逮捕は、夜遅くとか、早朝とか詳しくかかれている。人間としての感覚を失わせることが必要とされた。電気ショックは、世界のいたるところで使われている。フランスは、アルジェリアの独立戦争でも使った。1966年には、CIAは、電気ショックの機械をベトナムに持ち込み、人体実験をおこなっている。ジュネーブ条約に違反していることは明白であった。しかし、アメリカ人は直接手を下すことはせず、現地時を教育するなど間接的に拷問をおこなった。しかし、9.11以降、アメリカ人が直接関与することになった。

シカゴの空港で逮捕された、Padillaの事件。人格を破壊した。数千人の逮捕された外国人。グアンタナモの監獄。カナダでの人体実験と同じ?

破壊するだけ。

第二章は、ミルトンフリードマンについて、レッセフェール研究所の精神化の医師のようなものだと解説する。

シカゴ大学経済学部。科学は測定と書いてある。思想の学校。我々は、戦死であった。苦い薬を飲ませること。自由市場が完璧なシステムであるから、シカゴ学派は、原理を更に厳格に適用することになる。

フリードマンは、ハンガリーからの移民の子供。理想主義とラジカリズム。
マルクス主義者のユートピアと同じように、シカゴ学派もユートピアを求めた。市場を政府の介入から救うものだとの考え。汚染されていない資本主義への回帰を求めた。1950年代にシカゴ大学で教えた、ハイエク。47年にフリードマンはスイスに、ハイエクとともに、モント、ペレりん蔬菜得ティーを結社している。

大恐慌でのケインズ。アメリカの社会保障、公共医療のカナダ、イギリスの福祉、ドイツとフランスにおける労働者の保護など、すべてがこの時代につくられた制度である。

プレビッシュ報告。チリ、アルゼンチン、ウルグアイ、ブラジルの一部。中産階級が生まれた。ケインズ理論の勝利。しかし、面白くないと思う勢力あり。経済界の意見の代弁。フリードマンはディベイトに強い雄弁家。

新保守主義の運動を提唱。政府のあらゆる規制を撤廃。政府の財産をすべて売却。社会政策の予算を大幅に削減。税金ももしあれば、出来るだけ低率で、貧富の格差を問わず同じ率とすること。政府は、地元の産業を保護してはならない。すべての価格は、賃金を含めて市場が決めることにすること。健康保護、郵便局、教育、年金、などなどすべて私有化。国立公園も私有化。

共有の財産はすべて私有とする。植民地主義と同じ。規制がない。地元を無視した収奪。国家が新しいフロンティアとなる仕掛けを求めた。

開発途上国での開発に反対する。アイゼンハワー大統領は、国内ではミルトンフリードマンの考えをとらなかったが、海外で、それを採用する。イランのモサデグ政権が、石油を国有化。スカルノの台頭。ラテンアメリカの成長を好まない。
ダレス。CIA長官の弟ダレス。イランとグアテマラでの政府の転覆にアメリカが関与。ユナイテッドフルーツ社との関係。

チリからの大量の学生のシカゴ大学での受け入れ。戦士としての学生の養成。1957年から70年まで100人の受け入れ。三分の一の学生がラテンアメリカから。フォード財団。イデオロギーのアメリカからチリへの移転。チリでは、70年には、銅山の国有化。アジェンデ政権の登場。対決。ブラジルとインドネシアでの政権の打倒。インドネシアのバークレーマフィア。
チリで、インドネシアの手法を使う。

チリは最初のシカゴ学派の学校。反革命の国。

ピノチェット政権の誕生。反革命。恐怖政治の導入。抵抗するものは殺す。
3200人が消えて、8万人が投獄され、20万人が海外に亡命した。
三位一体。ミルトンフリードマンの三原則。1975年3月、フリードマン、チリを訪問。27%の支出削減。あらゆる部門の民営化。電気ショックの精神科医と同じ。景気後退を意図的におこなう。15%経済が縮小し、失業率は20%となった。グンダー・フランク。シカゴ大学卒業生、しかし、フリードマンを批判。軍隊と政治的なテロでしかないと喝破。A nation of owners.

ハイエク教授が1981年にチリを訪問。

シカゴ学派の云う事を聞かなくなったピノチェット。民営化しなかった銅山会社が収入源。Corporatism。45%が、貧困層になる。チリは、世界で最も貧富の格差の大きい国のひとつ。

ブラジルへの波及。フリードマン、ブラジル訪問、1973年。その次はアルゼンチン。

90年にチリの真実調査委員会。虐殺。ヘリコプターから人間を投げ落とす。
人間が消える。

困難な時代の証人。Rodolfo Walsh.
経済政策。計画的な悲惨。

War on Terror

1976年8月、レテリエのワシントンでの暗殺。

計画的な抹殺。ジェノサイドの定義。国連のジェノサイド条約の文の歴史。
History is ours and the people make it.
裏切り、人間の信頼の喪失。子供。

只の人権問題ではない?アムネスティーも中立。

第三部

マハトマガンディーの引用。人間の貪欲の問題を解決しなければ運動は失敗する。

第六章. サッチャリズムと有用な敵

フォークランド戦争。

Only a crisis-acutual or perceived produces real change.
Milton freedoman 1982

第7章、あたらしいショック療法担当の医者。独裁に変る経済戦争。

ボリビア。三十歳の経済学者、ジェフリー・サックス。ハーバード大学教授。

ショック療法のパッケージ化。

アルゼンチンの経済危機。

Disaster capitalism

第九章、ポーランド、の危機。中国での大虐殺。

1988年9月、フリードマン、北京と上海を訪問。フリードマンの自由の定義には政治的な自由は入っていないかのようである。

第十章、南アフリカ

1990年2月11日、ネルソンマンデラが、釈放解放(1962年に逮捕される)。

ロシア。第11章。

第12章、統計数字の操作。Mr.Budhoo’s Letter of Resignation from IMF(50 Years is enough)

第13章。アジアの危機。構造改革。

第五部 ショッキングな時代。ホームランドセキュリティーバブル。
国防総省でのらむずフェルトの演説。軍隊の民営化。タミフル。市場価格で購入する役割。それが政府か?テロリズムの市場。

会社主義の国家。昔の取り巻き。

イラク。ショック過剰。イラクを消すこと。大量拷問としての戦争。博物館からの略奪。文化と伝統の破壊。第17章。イラクの政府。
第18章。民主主義の剥奪。イラクのショック療法。

第7部

第二の津波。

第20章 災害のアパルトヘイト。

イスラエル。平和の機会を失う。陰謀を企まなくても、危機が訪れる。

ショックが磨り減る。人民の再建の始まり。レバノンの電気通信の民営化。

Shock Doctrine 7

The Schock Doctrine には、The Rise of Disaster Capitalismという副題がついている。

Naomi Klein というカナダ人の女性のジャーナリストである。No Logo:Taking aim at the Brand Bulliesという著作が28ヶ国語に翻訳され、Nation, Guardian紙にコラムを掲載している。2004年には、イラクのバグダッドを取材して、ハーパーズ紙に寄稿した。アルゼンチンの工場をテーマにした映画、The Takeを夫君のAvi Lewis氏と製作している。London School of EconomicsMilband Fellowをつとめ、カナダの大学から、名誉法学博士号を授与されている。

ホームページを開設しており、そのアドレスは、www.naomiklein.orgである。

注釈、索引を入れると、701ページに及ぶ大作である。2007年に、単行本として刊行されているが、

以下の解説(概要にとどまるが)は、2008年7月にニューヨークのピカドール社から出版された、ペーパーバック版に依拠している。

序文は、Blank is beautiful: Three Decades of Eraseing and Remakingとなっている。空白が美しい、世界を消去して書き換えをした30年である。

2005年9月に、ルイジアナ州のバトンルージュの赤十字が開設した避難所の状況描写である。

ハリケーンで大被害を被ったニューオリンズの黒人の避難所の描写である。一方では、fresh starts とか、clean sheetsと呼んで、大災害をむしろ黒人住宅街が破壊されたことで、ビジネスの機会と捉える政治家の話を紹介する。

大災害を機会、チャンスとする政治家は、目が見えないのか、いや目が見えないのではなく、心が腐っているだけで、よく見えているのだ。

ミルトン・フリードマンが、大災害の三ヵ月後に、ウォールストリートに寄稿した記事に触れる。93歳、健康は悪化している。ニューオリンズの学校が破壊され、それは悲劇であるが、教育制度をラジカルに改革する機会だと説く。公共の学校の復興ではなく、バウチャーを家族に配り、私立の教育機関(チャータースクール)を作るというものである。フリードマンの提案を受けてブッシュ政権は、学校を私立機関にするための資金を数千万ドルにわたって投入する。チャータースクールがアメリカを二極化している。公民権運動の成果は無にされている。

フリードマンの考えでは、政府は警察と兵士を供給すれば十分で、無料の教育を提供することは、市場に対する政府の過剰な介入であるという考えである。123の公立学校は、4になり、私立学校は7が31となった。4700人の教師が解雇された。ニューオリンズは、私立教育機関設置の実験場となった。公共の制度を消して、私の制度で置き換える。著者は、こうした大災害などの危機に際して、市場の機械と捉えて、公共のものを私物に置き換えていく手法を、Disaster Capitalism 災害資本主義と名づけている。

フリードマンは、2006年11月16日に死去しているから、最後の政策提言であった。

フリードマン一派の手法は、大きな危機が訪れると、多くの市民が放心状態にあるときに、間髪をいれずに、公共の財産を民間の資本化に売り渡して、制度の後戻りを出来ないように高級化してしまうやり方である。

フリードマンは、「危機のみが真の変化をもたらす、危機が起これば、現在ある政策の肩代りを提案して、政治的に不可能であったことを、政治的に不可避なことにしてしまう」と言い、災害に備えて、缶詰や水を備蓄しておくように、自由市場の政策を溜め込んでおくとする。マキアベリのように、一挙に機会を捉えて動くことが重要で、逡巡すれば、目的は達成できないとしている。

フリードマンが、こうした危機を利用する方法を習得したのは、70年代の中頃に、チリの独裁者ピノチェット政権の顧問をしたことである。ピノチェットの政権には、シカゴ大学の経済学部出身が大量に登用され、シカゴスクールの革命と呼ばれた。減税、自由貿易、民営化、社会政策予算の削減、そして一連の規制緩和である。

スピード、突然、そして大きな変化をさせることが重要として、ショック療法とも読んだ。一度にすべてを変えてしまうやり方である。経済的なショック療法と、拷問とが、一体化した。チリの暴力が、三十年後にイラクではるかに大規模な作戦として実施された。「敵の意思、考え方、あるいは理解力を制御して、敵を文字通りに、行動あるいは対応する能力を失わせること」というドクトリンである。イラク人が抵抗したが、投獄され、拷問を受けた。市場原理主義が、ショックを与えることに依拠していることに気づいて調査を始めたのが4年前のことであった。バグダッドを訪問した後に、大津波後のスリランカを取材したが、そこでも、被災者をパニック状態に落とし込んで、海岸線をリゾート化する構想が進められていた。ニューオリンズの時も、住民が住んでいる土地を修復することはなく、更地にすることだけがすすめられた。Reconsturuction 再建の実態は、公共性を消し去って、共同体を奪って、被害者が、自らを組織して主張を始める前に、私物化してしまうやり方がとられた。恐怖と無秩序が、会社の躍進の原動力となった。

民営化、規制緩和、公共政策予算の削減、という三大要求が、強行された。軍事的に強制された。

フリードマンの考え方である、原理主義的な資本主義の考え方を実行するには、はじめから、大災害を必要とした。

このショックドクトリンの見方を通して世界を見ると、違うことが見えてきた。人権侵害が、「改革」を導入するために行われていたのだ。アルゼンチンで、三万人の人口が、消えたのは、シカゴスクールの政策提言を実施するためであったのだ。1989年の天安門事件の大虐殺しかりで、93年のエリツィン政権のロシアでも、国会に放火して、投売りの民営化と、超資本家を生み出したのも、同様なやり方である。

1982年のフォークランド戦争も、サッチャーが利用して、炭鉱労働者のストライキを破壊して、西洋社会での再所の民営化を強行した。99年のNATO軍のベオグラード空爆も同様に、旧ユーゴでの民営化の条件作りであった。80年代のラテンアメリカや、アフリカでは、インフレに苦しみ、また外国からの借款の返済に苦しみ、IMFのご託宣である、民営化あるいは死かという選択しかなかった。アジアでは、通貨危機が仕掛けられ、国民の意思ではなく一部の経済専門家の手に国の政策が支配されるという状況が現出した。市場原理主義が、民主主義の元で選択された例もある。レーガンと、最近の例では、フランスのサルコジである。

フリードマンの原理主義は、民主主義の下では、部分的なものにとどまることがあるが、全体を実行しようとすれば、独裁的な状況が必要である。トラウマを作り出す必要がある。

フリードマンの原理主義は、70年代から世界各地を占領したが、アメリカでは、95年に、ネオコンが、ショック療法型の経済改革を主張し始めてからである。9.11があり、大統領府は、フリードマンの弟子で埋め尽くされた。ラムズフェルドは、フリードマンの親友である。危機が到来して、迅速に動いた。すでに、中南米や、東ヨーロッパで、

新自由主義に関わった者が多数いた。War on Terror 恐怖をあおった。アイゼンハワーが懸念した産軍複合体の比でえはなく、公共の金を使って、結局は、政府を民営化する、私物化することである。外注化した。アウトソーシングである。2003年には、3512件の治安維持がらみの民間外注が、2006年の8月には、11万5000件となる。アメリカ軍を維持することが世界最大のサービス産業となった。

戦争の経済的な役割が全く違ったものになった。戦争で門戸開放をして、その後の平和な時代に経済的なブームをつくっていくことであったが、今では、戦争自体が民営化され市場化されている。しかも、必ず儲かる。ハリバートン社は、200億ドルの売り上げである。アメリカの会社が圧倒的であるが、イギリスの会社もカナダの会社も参加している。カナダの会社は、プレハブを戦場に売っている。保険会社の売り上げの急増、石油会社の利益の巨大化、いずれも災害資本主義の象徴である。

ネオコンは、アメリカ企業と軍隊の制度とが複合的になって初めて成立した世界観である。

ロシアでは、オリガーキ、中国では太子党、チリでは、ピランハス、アメリカでは、ブッシュの遊説の時のパイオニアズ、と一部の人々の利益独占を名づけている。

拷問。自由市場十字軍の静かなパートナーが、拷問である。CIAの用語では、拷問を、強制的な尋問という。90年代後半に情報公開となった、マニュアルがある。

フリードマンとニューディールと福祉国家を作り上げたケインズの違い。ハイエクは、フリードマンの師である。1969年のタイム誌は、フリードマンを非難しているが、サッチャーと、レーガンが、フリードマンを採用。

現代の市場は、会社主義の極致で、ショックの中から生まれたものである。危険な思想である。市場は、原理主義である必要はない。公共の学校があってもいいではないのか、国営の石油会社があってもいいのではないのか。経済的な不平等を解消するために税を徴収して再分配してもいいのではないのか。人間が完全を求めて、神になってしまい、自説のみを正しいとする純粋さは危険である。民主主主義には、妥協とチェックアンドバランスが不可欠である。(つづく)

Authority and resistance

8月2日、ロシアの文豪ソルジェニーツィン氏が、逝去した。独裁者スターリンの体制下で逮捕され、収容所生活を描いた文筆活動が注目され、70年にはノーベル文学賞を受賞した。外国に追放され、アメリカのヴァーモント州での亡命生活を余儀なくされたが、スラブ民族主義者として、ソ連崩壊後の祖国の再建のためには、ロシアの伝統を大事にすべきだと主張して、欧米の市場原理主義を批判した。ロシアが第三世界化される可能性についても批判を加えた。むしろロシアの復権を強調するプーチン大統領を称賛する晩年となった。

アンドレイ・アマルリク氏や正垣親一氏が存命であったら、どんな論評になっただろうかと思う。

アンドレイ・アマルリク氏は、「1984年までソ連は生き延びれるか」という論考が、1970年にューヨークのハーパーズ社から刊行されて知られるようになった。70年の11月に逮捕され、カムチャッカのコリマの収容所に送られた。5年の流刑を終えて、モスクワに帰った。イスラエル行きをソ連は勧めたが、拒否して同年九月には再度逮捕される。76年にオランダ行きのビザを入手して、ユトレヒト大学で教鞭をとり、その後アメリカに移った。アマルリク氏は、高校をまず卒業前に放校され、59年にはモスクワ大学の歴史学部に入学する。大学でも、9世紀のロシアにおいて果たしたスカンジナビア人とギリシア人の役割をスラブ人よりも評価する論文を書いて、大学当局の逆鱗に触れて退学となる。655月に逮捕され、トムスクの近郊の村に送られるが、父の死があり、モスクワに帰ることが許される。タタール人の芸術家、ギューゼル・マクディノーバと結婚したのはこの頃である。弁護士の支援もあってか、2年半の刑が短縮されて、66年2月には、又モスクワに帰る。68年のチェコスロバキアに対するソ連侵入の事件後、いよいよ弾圧は強まる中で、695月と70年2月には、アパートの捜索を受ける。

1984年」は、勿論、ジョージオーウェルの全体主義批判をもじったもので、一種の文学的な予言の書としては受け入れられたが、当時まともにソ連が崩壊するなどと考える者は、ソ連の内部にも、外部のアメリカにもいなかった。ソ連の経済規模を西側は過大評価しており、張子の熊?だったことが明らかになった。

19801112日、マドリッドで開催された、ソ連崩壊の仕組みを作ったヘルシンキ合意の見直し会合に赴く途中、自動車事故で死んだ。ギューゼル夫人と同上の二人の亡命者は軽傷だったという。 

ボストンで出会ったのは、77年の頃だったと思う。夫人は文字通りの芸術家で、普通のアメリカ人であれば、敵対しないように絵を誉めそやすばかりであるが、好悪をはっきりさせる人であった。ケンブリッジの大学生協の裏にある、芸術講座での批評は、辛らつであった。アマルリク氏ご本人は、こげ茶色のブレザーを着こなして本当に穏やかな話し振りの紳士で、胸もとのポケットに挿した赤いバラが良く似合った。摩天楼のビル街よりも、カテドラルの伽藍の方が似合う夫妻だった。アメリカからフランスに渡り、スイスに近い国境の町に別荘のような自宅を構えたと聞いた。令夫人は、ロシアに戻られたのだろうか。

日本で、ロシアの地下・反体制運動に呼応して活動した、正垣親一氏のことも忘れれない。正垣氏は、1947720日疎開先の長野県生まれ。成城高校時代は水球の選手で、東京外国語大学ロシア科卒。2001416日逝去。60年代末に商社の漁船の通訳のアルバイトとしてはじめてソ連へ行ったという。社会主義礼賛一辺倒の国内の動向とは裏腹に、全体主義が実は陰鬱な抑圧の国家体制でであることに気づいた。正垣氏の著述に触れたのは、ソ連の国際短波放送について書いた論文で、西側の放送を自国民に聞かせないためのジャミング(電波妨害)の仕組みなどで、中央公論に掲載された。国際サハロフ委員会の委員で、良心の囚人を救出するための葉書を出す運動などをされた。地下出版物などを編集して、邦訳して出版する。1983年からはソ連の地下情報についてのサムイズダートの発行、1985年から、氏自身の論評を加えたニュースレターを精力的に発行して、ソ連の圧政の実態について、読者に知らしめた。ファクシミリ送信で、インターネットの時代ではまだなかった。ゴルバチョフ政権になり、ソ連入国が可能となり、頻繁に取材して雑誌や新聞の記事とした。国会議員が、モスクワの集中暖房を誉めそやしていた頃に、石油ストーブと自由の関係を説明し、無料の医療が注射針の取り回しであること、食料の無料配給が欧米では家畜用の穀物であることを解説されたことを思い出す。ソ連崩壊後の混乱の中では、モスクワで、無料食堂運動に取り組んだ。組織に頼らず、個人の力で尽くした。2003113日から9日まで、銀座の澁谷画廊で、同氏の三周忌を兼ねて「追悼のロシア展」が開催された。

 さて、チベットや、モンゴルや、トルキスタンや、そして台湾や中国や、圧制に苦しむ諸民族の人士が日本を往来している。日本に対する期待は高まっている。自立・自尊の日本を確立するためにも、ソルジェニーツィン氏や、アマルリク氏、そして、正垣親一氏の軌跡をたどることは無駄ではない。ソ連全体主義同様、郵政民営化など新自由主義の虚妄と、国際的には拝金の膨張帝国主義が、いずれ崩壊することは単に時間の問題である

Convenience Store

京都市長が、コンビニの深夜営業について適切な問題提起をしたが、業界の猛反発になっているという。

当ブログでも、コンビニの問題点について取り上げてみたいと考える。画一主義、ITによる商品統制、無駄とも言うべき浪費主義など、色々な観点から議論を進めることが必要である。

当ブログの読者にも参加をお願いしたい。情報を寄せられたい。コンビには、市場原理主義の権化見たような存在となってしまった。昔の地方や田舎にあった共同売店ではない。

民営化された郵政にもコンビニの組合の関係者が経営者として入り込んでいるのも、大きな陰謀のひとつとして考えることも可能であり、政権交代の前夜の今、市場原理主義、新自由主義の小泉・竹中政権の残照を一掃するためにもコンビニ・問題は重要であると考えられる。

Market Fundamentalism

政権交代がほぼ確実になっている。政権与党は解散を引き伸ばしにかかっているが、引き伸ばせば引き伸ばすほど、劣勢になることすらわからなくなっている。只、問題は、政権交代が可能としても、民主党の政策がまだまだはっきりしないことだ。民主党の中には、市場原理主義の味方、つまり、小泉・竹中政治の別働部隊の、アメリカの新自由主義の一派も色濃く残っているから、政権をとっても安定政権になるかどうかは予測のしがたいところである。党首からして、アフガニスタンへの派兵を国連決議を得れば出来るというようでは、単に、ミルトンフリードマンの手先で、アメリカの一部の連中に媚を売れば政権が出来るかもしれないと云う事に過ぎない。

その点、国民新党や、社民党の動きが重要である。国民新党は、新自由主義の象徴である、郵政民営化は勿論、公共事業縮小論に反対しており、新政権がケインズ政策をはっきりと受諾するためには、連立政権入りをするためにも、党勢を伸ばすことが必要である。単に郵政見直しだけでは、党勢拡大には不十分であるから、あらゆる経済政策で、今の政府与党の政策を、政権が取れ次第変えることを党是とすべきである。

地方の関係者の動きが極めて重要となった。従来のしがらみの中での判断は危険である。それよりも、21世紀を見据えて、日本だけではなく、世界の流れを変える、市場原理主義の流れを変えて、世界に安定的な平和を作り出すくらいの気概で、今回の政権交代はおこなわれるべきであるから、郵政民営化の見直しは、真の改革の本丸となる可能性が濃厚となった。

アメリカでも、どんどん転向が進んでいる。そのひとつの理論的な支えがこの数日間、当ブログで紹介してきた、ショックドクトリンである。ショックドクトリンの実態を暴き、真の情報に触れることが、日本の政治・経済・文化の再興の為に必要である。当ブログは、単純な二大政党制ではなく、第三の道を追求してみたい。欧米でもなく、後進の国でもなく、日本の自立自尊を、偏狭なナショナリズムではなく、追求することが大切に思う。

Shock Doctrine 6

Shock Doctirne の著者、ナオミ・クライン氏のホームページ。

http://www.naomiklein.org/main

Shock Doctrine 5

ショックドクトリンの概要が、次のサイトにある。

http://democracynow.jp/submov/20070917-1

Shock Doctrine 4

Shock Doctrine 3

Shock Doctrine 2

Shock Doctrine

Market Fundamentalism

参議院議員の自見庄三郎氏の国会質問が契機となって、8月8日に、内閣府主催の討論会が開催された。残念ながら当ブログは、会場には赴くことが出来なかったが、その模様について、神州の泉に掲載されている。

http://shimotazawa.cocolog-wbs.com/akebi/2008/08/post_7cff.html

小泉・竹中以来の、緊縮財政の経済政策が破綻していることがよくわかる。

Foreign workers

8月八日付の報道によると、205人(打ち、104人は看護師、101人が介護士を希望、後三人は八月末に来日の予定)のインドネシアからの外国人看護人や介護人が前日に成田に到着した。医療・介護の分野で、初めて外国人労働者を受け入れた例だという。大阪、名古屋、東京などで、日本語研修を受け、その後に、試験があるという。看護の場合三年以内、介護の場合4年以内に試験に合格すれば、日本に無期限に在留して働くことが出来るという。日本とインドネシアの合意によれば、二年間に千人受け入れるという。日本政府は今年は500人を予定していたが、208人の承認にとどまったという。

写真が成田空港に到着した写真が掲載されている。イスラムの女性が多いらしく、スカーフをまとっている人も折り、ジャワ人らしく、バティックを身にまとった人もいる。

ロイターは、高齢化社会の日本が外国人に門戸開放との見出しをつけて報道している。医療介護の外国人を日本が受け入れるのは、国民の急速な高齢化が背景にあるとして、元入管局長のサカナカヒデノリ氏の発言を引用している。2015年には、国民の4分の一以上が65歳となり、労働力の逼迫を生むとしている。今後10年間に800万人の労働力が失われることから、今後の半世紀の中で、人口の一割を移民として受け入れるべきだとの過激な意見も出されている。サカナカ氏は、移民受け入れ意外に解決策はないと主張。しかし、日本の安全な社会に危険であるという意見もある。1億2千八百万のうち2%が外国生まれ。ゴールドマンサックスのヤマカワテツフミ氏は、女性の職場進出や老人の労働環境整備に加えて移民の受け入れは成長率を1%程度押し上げるという。

ブラジル人は1990年から受け入れられ、既に30万人が働いており、2005年には20億ドルの送金を日本から達成している由である。日系ブラジル人であるが、日本社会に溶け込んではいない。自民党国会議員のナカムラヒロヒコ氏は、連れてきたものの福祉の手当てがなされていないと指摘。数万人の中国人にいたっては、研修生と称してつれてこられたが、悪い事例となっていると。ナカムラ氏は、相撲ですらモンゴル人がいるとして楽観的な見方であるが、前述のサカナカ氏などは、悲観的な見方をしている。「新しい制度は戸惑うべき結果になるかもしれない。試験を通るものもなく、帰国を命ぜられることになりはしないかと。」

ヨーロッパでも、外国人労働者を受け入れてきて大きな問題を発生させた。市場原理主義者は意図的に格差社会を作り出すことが目的であるから、当然こうした移民政策を支持するが、考えるべきは、インドネシアの経済を崩壊させたのは、市場原理主義であり、世界銀行が計画を誤ったためであることは、もう天下に知れ渡った事実であるが、なぜ、日本が園失敗の後始末をしなければならないのか。中国人労働者にしてもそうだ。オリンピックの開会式を見よ。国威発揚の為に、雲を散らすような財政投資をしながら、なぜ、日本に労働者を送り込まなければならないのか。中国の格差社会のツケを日本が支払う必要はない。中国に工場を移しておきながら、なぜ、日本に低賃金労働者を輸入しなければならないのか。日本は我慢のしどころではないだろうか。むしろ、日本の国内の活性化を目指し、日本人による解決を目指すべきではないだろうか。日本の医療制度や介護が問題化しているのは、その改革が改悪でしか過ぎなかったためではないだろうか。介護の会社の民営化の不正がいくつも表面化しているのではないか。医療と介護を市場化することに原因があるのではないか。

205人のインドネシア人労働者には、罪はない。こうした移民労働者を日本に受け入れることで、失政を糊塗しようとすることが問題である。移民労働者を、人口の一割にしようなどとは、もう狂気の沙汰の話である。市場原理主義者の陰謀のような話である。

Manga Power 2

http://images.google.co.jp/images?hl=ja&q=%E8%B5%A4%E5%A1%9A%E4%B8%8D%E4%BA%8C%E5%A4%AB&btnG=%E3%82%A4%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B8%E6%A4%9C%E7%B4%A2&gbv=2

Manga Power

8月3日のスポーツ新聞は、漫画家赤塚不二夫氏が死去したニュースを取り上げている。赤塚不二夫(本名、藤雄)氏が、長らく闘病生活を送っていた東京の順天堂医院で、2日午後4時44分肺炎で、享年72歳で逝去した。シェーッ、ニャロメ、コレデイイノダのギャグが流行語ともなった。タレントのタモリも発掘したという。昭和37年連載開始のおそ松くんは、六つ子とちび太、イヤミらの繰り広げるどたばたで、、もうれつア太郎の猫のニャロメは若者の悔しさの象徴ともなったが、特段、政治的に主張をするわけでもなかった。努力家としての転載でもなった。弥次さん喜多さんが、アイヌ民族を尋ねるという漫画の構想もあったという。点字の漫画本も出した。赤塚語録もある。「トキワ荘の連中も僕も皆、手塚治虫さんの影響で漫画家になった。手塚さんはよく、いい漫画を書きたいなら漫画を見るな。一流の映画、音楽、小説で勉強しろと言っていた。これは漫画家を志す人にとって永遠の心理妥当思うよ」。福田内閣が成立した日の出来事である。優れた漫画家がこの世を去り、たいしたこともない政治家が入れ替わり立ち代りのことを想像させる皮肉である。ギャグの名人とはこのことである。

Tibet 17

30日夕刻、憲政記念館で開催された、チベット自由人権日本100人委員会を創立する会合で、チベットのダライ・ラマ法王の兄であるギャロ・トンドェブ氏(78?80?)がインドの亡命地から来日して、講演をした。興味深い話が、次々と語られたが、そのうち、今から28年前の1979年に、鄧小平とあったときの秘話が関心をひいた。鄧小平が会いたいと求めがあり、北京に行ったという。独立以外のことであれば、どんな話でも受け入れると云う事で、50年代の終わりから20年以上にわたって音信不通になっていた、チベットの内外の親類縁者の相互訪問が、開始されたという。チベット語の教師が不足しているというので、それも応じたという。胡錦濤主席はチベットの弾圧の業績から出世したのかとの質問には、そうではなく、人物評を中国共産党から頼まれたこともあるなどと述べた。パンチェんラマの処遇改善も要求したという。鄧小平も投獄されていたことから、チベットの状況についての理解があったという。パネル討論では、桜井よしこ氏が、、西欧流の人権擁護の立場からの発言があったが、より関心をひき説得力があったのは、もと東大教授の酒井氏の、中華民国の成立にさかのぼり、中華民族論の凝り固まった民族観に原因があるとする説である。中華民族の中心に漢族があり、満州族も、南モンゴルも、ウィグルも、越南もすべて、中華民族の傘下にあり、朝鮮人も、沖縄も、ヤマト族とも言いかねない勢いで、すべて中華に含めてしまう民族間のイデオロギーを破壊しない限り、中国の侵略主義はやまないのではないかとの指摘があった。傾聴に値する。

なお、チベット亡命政府の議会から、福田総理に宛てた書簡が、北京オリンピックを直前にして、発出されたことが公表された。

http://www.tibethouse.jp/news_release/2008/080728_release.html

日本で組織された100人委員会は、世界各地に組成されている100人委員会同様のものであるといい,代表幹事は、ペマ・ギャルポ氏が就任した。http://upiasiaonline.com/Politics/2008/07/31/japanese_mobilize_to_support_tibet/1966/

Post Office 19

郵政民営化が昨年10月からスタートして状況は悪化するばかりである。人事で見る限りでも中間の執行役員などの管理職が肥大するばかりであり、しかも現場との乖離は歴然としている。チベットに進駐した人民解放軍のようである。国民資産を海外に売却して、国損の穴埋めをするような冒険も、サブプライムの虚構の崩落で夢物語となった。小泉・竹中の構造改革論はもともと根拠のない話であり、郵政見直しは断固行われなければならない。今回の郵政私物化のための進駐軍の関係者もいずれは責任をとっていく運命にある。日本を破壊しようとした責任の一端を感じるべきであろう。経営情報は、公開されなければならないが、民営化していよいよ秘匿する傾向にある。暗闇の中で暗躍しているものを暴き出して、光をあてていく必要がある。モグラなど朝の光に当てるだけで弱ってしまうものである。

Post Office 18

かんぽ生命の人事もほとんど変らない。民営化して業績が最も落ち込んだのは保険会社である。会長が、進藤丈介氏(東京海上日動システムズ社長)、62歳。、山下泉(日銀金融市場局長、アクセンチュア本部長)で、ふたりとも東京都出身である。副社長は、宮嵜和夫(ニッセイ情報テクノロジー専務取締役)で、専務執行役が二人いて、園ひとりが杉本政朗氏である、前歴は、東京海上日動火災役員待遇、ミレアホールディング株の参与である。

常務執行役員が三人、青木幸治(郵政)篠田正利(52年)南方敏尚(52年)執行役が10にんで、粟倉章仁(本9)井本浩(日本生命)衣川和秀(55年)佐藤正典(50数理)杉森正彦(ニッセイ情報テクノロジー)細沼正時(富士通)堀金正章(54数理)藤本清貴(三菱UFJ信託参事)池田佳人史(53年)竹内昭博(郵政)と成っている。理由はわからないが、社長の他にも情報システムの関係者が役員となっている者が複数ある。社外取締役は、勝島敏明(公認会計士)越田弘志(元日本証券業協会会長) 日野正晴(金融庁長官、名古屋高検検事長、弁護士) それに、西川社長の片腕である、横山邦男(三井住友銀行)となっている。

Post Office 17

ゆうちょ銀行の会長は古川元三菱商事副社長であり、69歳。九州大学法学部卒の鹿児島県出身。社長が元金融庁長官の高木祥吉氏である。60歳。徳島県出身。東大法学部。社外取締役には、西川社長の他に、杵淵敦(野村アセットマネジメント副社長)、正田文男(元日生保険副社長)、松田昇(弁護士、預金保険機構理事長、最高検察庁刑事部長)であり、退任したのが、桂利行東京大学理学部教授である。そもそも、桂教授の就任劇は理解を超えるものがあったといわれる。

ゆうちょ銀行は、執行役副社長というポストを設けている。二人。米澤友宏氏と福島純夫(大和証券エスエムビーシー)。専務執行役員は一人で間瀬朝久氏。間瀬氏は、コンピュータネットワークの専門家である。常務執行役員が七人。池田修一(47乙)高橋亨(52年)宇野輝(SMBCコンサル会長)向井理希(住友信託銀行)山田博(三菱商事)岩崎明(日本アイビーエム理事)星野哲(経歴不詳、当ブログ読者の中でご存知の方は、ご教示ください。平の執行役員が、9人、志々見寛一(三菱UFJコンプラ統括部長)伊藤聖(52) 天羽邦彦(損保ジャパン)臼木孝(三菱商事キャピタル部長)三澤尚登(郵政)、田中進(郵政)新堀修己(55年)、牧野洋子(井の頭公園の特定局長)大阪支店長が村島正浩(三井住友銀行)である。

寺田利信氏(52乙)と、山口真登美氏は(52)は、執行役を退任している。(続く)

Post Office 16

郵便事業の会社は、変化がない。会長は北村イタリアトヨタの会長 65歳、福島県出身、鹿児島大学経済学部。団社長は45年、長崎県出身である。 副社長が元内閣府審議官の中城吉郎氏である。郵政民営化準備室からの天下り。

社外取締役には、西川持ち株社長の他に二名、松原聡(東洋大学教授) 横田昌史(コーポレイトディレくション株式会社 パートナー)である。監査役には岡田克行(48年) 元女久光(50年)灰原芳夫(公認会計士)が就任している。執行役員は、専務が三人、宇田左近(マッキンゼープリンシパル)白金郁夫、名児耶裕成(ダイハツ工業執行役) 常務が三人で、伊藤敏朗、塚田為康(51年) 三輪亨生(三菱重工) 執行役が7人で、清水初巳(45乙) 中島直樹(58年)外園英之(郵政) 松本正春(本8)大角和輝(元日本オラクル)宮崎順一郎(54年)湯澤芳雄(本10) 本とあるのは郵政大学校の出身のことのようである。

(つづく)

Post Office 15

郵便局会社は、会長は、川茂夫氏。60歳 石川県出身 中央大学法学部、イトーヨーカ堂執行役員が略歴である。寺坂元之社長は、62歳 岡山県出身、京都大学理学部、スミセイ損保社長という異色の理系の経歴である。副社長に森隆政(50年)が就任した。小泉元総理の郵政大臣当時の秘書官である。

社外取締役は、NTT東日本相談役の井上氏、ヤマハ元会長の上島氏には変化がなく、西川善文氏は、かんぽ会社を除き、社外取締役となっている。(なぜ、かんぽ会社の社外取締役になっていないのか、興味を引くところである)。監査役が三人、飯沼春樹(弁護士) 斎尾親徳(49年) 西村清司(自治省出身 元広島県副知事)。専務執行役員が三人 喜連元昭(三越) 鈴木清晃(ローソン) 日高信行(三井住友海上火災) 常務が4人で、岩崎明(日本アイビーエム)河村学(住友生命保険)白川均(52年) 中澤欣三(52年) 普通の執行役員が、10人いる。 伊藤聖(52年)上田伸(本13)清水弘之(三井不動産)小野寺敦子(56年)勝野成治(53年) 櫛引喜久男(郵政)栗田純一(54年)小林清志(53年)壺井俊博(53年)柳原秀樹(日本生命)である。

(つづく)

 

Post Office 14

郵政民営会社の人事が微妙に変化している。チベットのようなもので、どんどん中華思想の「民間人」の陣容部隊が増強され、郵政の現場を知るものは、お飾りでイエスマン科、専門知識があり追放できない小数の者しか残らない仕掛けになっているようだ。しかし、現場力がどんどん低下していることの象徴でもある。

日本郵政株式会社の、CEOは、住友銀行出身の西川善文氏で、元金融庁長官で郵政民営化を竹中平蔵元大臣の片腕として推進した天下りの副社長である高木祥吉氏であることは変らない。社外取締役には、ウシオ電気会長 トヨタ自動車の奥田相談役 三菱重工の西岡会長 伊藤忠の丹羽会長の他に、弁護士が二人いる。下河辺和彦、関哲夫の両氏であるが、関氏は新日鉄の常任監査役でもある。高橋瞳しが、青南監査法人代表社員であり、なんと、あのザ・アール社長の奥谷禮子氏も、社外取締役として残留している。

執行役員は、専務三人、横山邦男(三井住友)、米澤友宏(金融庁) 佐々木英治(50年)である。常務執行役は5人、藤本栄助(51年) 伊東敏朗(51年) 浜田憲一郎氏がちなみにソフトバンクテレコムの常務が前歴でCIOを兼務するがもともと、明治大学を卒業して日本アイビーエムにいた47歳の人士である。妹尾良昭(大和証券エスエムビーシー) 白金郁夫(50年) 平の執行役が7人で、 千葉吉弘(55年) 清水弘之(三井不動産) 伊藤和博(日本債権信用銀行) 寺崎由紀(48技官)谷垣邦夫(59年) 高橋正好(野村證券公共法人部長) 吉澤哲彦(郵政)となっている。

特徴的なことは、マッキンゼーからの宇田左近氏が、郵政持ち株会社の専務執行役を退任したことである。しかし、郵便事業会社の専務執行役としては残っており、どんな意味があるのかは不明である。和田光正(三井住友)常務執行役も退任している。

顧問に、広瀬俊一郎(47年)高橋守和(49年)がいるが、このうち、広瀬氏は、郵便運送会社の社長に転出した趣である。ちなみにカッコ内の数字は、郵政省に入った年のことのようである。(続く)

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