構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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Shock Doctrine 10

 ★“ショック・ドクトリン”から見えてくる世界 

 衝撃を与え、一気に新自由主義改革を進めるという”ショック・ドクトリン”から世界を見ると、世界は今までとは異なる姿で立ち現れてくる。「改革」のために、平然と人権侵害が行われてきたことに気づくのだ。アルゼンチンでは3万人を抹殺して、シカゴ学派の提唱する政策を実現した。1993年にはエリツィン政権下のロシアで国会放火事件が起き、その後、国有資産は投売りされ、「オリガルヒア」という新興の超資本家が生まれた。
 1982年のフォークランド紛争も、炭鉱労働者のストライキを破壊して、西洋で最初の民営化を強行する結果になった。1999年のNATOによるベオグラード空爆も、結局旧ユーゴでの民営化に結びついたのである。アジアでは1998年にアジア通貨危機が仕掛けられたが、これによってIMFが介入し、民営化するか、さもなくは国家破綻か、が迫られた。

 その結果、国民の意思ではなく、日本の経済財政諮問会議のような1部の「経済専門家」と称する新自由主義者によって、国の政策が支配されることになったのである。
 また、天安門事件の大虐殺も”ショック・ドクトリン”の一環と見ることもできる。事件の前年9月、フリードマンが北京と上海を訪問している。中国が中国流の”ショック・ドクトリン”を利用して、開放路線を発動したと考えられるのだ。今年の四川大地震では、現地は復興特需に経済が活発化しているという話も聞こえてくるのだが、中国版災害資本主義が発動されている可能性は高い。
 かつて、アイゼンハワー時代には、アメリカ国内ではこの”ショック・ドクトリン”は適用されていなかった。おそらく、軍産複合体の行き過ぎを懸念したのである。しかし、レーガノミックスを経た95年ごろから、ネオコンが中心になってショック療法型の経済政策が本格化する。

 そして、「9・11」のとき、大統領府はフリードマンの弟子たちで埋め尽くされる。★ラムズフェルド国防長官(当時)はフリードマンの親友である。「テロとの戦い」が叫ばれ、恐怖が煽られた。そして何が変わったか。軍隊の民営化、戦争の私有化である。戦地を含む治安維持関連の民間外注が2003年には3512件、2006年には11万5000件にまで増えた。
 現代の新自由主義下においては、戦争の経済的役割が全く違ったものになった。かつては、戦争によって門戸を関放し、その後の平和な時代に経済的に干渉するという手法であったが、いまや、戦争自体が民営化され、市場化されているのである。だから、確実に儲かる。

 クライン女史によると、現にイラクではPMC(プライベート・ミリタリー・カンパニー)が米正規軍13万人に対して40万人を派遣しており、ハリバートン社は2007年には200億ドルの売り上げをあげ、アメリカ資本のみならずイギリスやカナダ資本も戦争ビジネスで潤っているという。カナダのある会社は、プレハブを戦場に売ることで儲け、危険な戦場で働く人のために保険会社が莫大な売り上げをあげているとのことである。

 このように見てきたとおり、新自由主義は、その「リベラル」で柔らかいイメージとは裏腹に、政治的自由とは一切関係なく、それどころか、災害がないならば災害を起こせばよい、ショックを与えて一気に改革を進め、共同体も歴史性も破壊し、市場原理主義というのっぺりとした原則だけで動く世界を構築しようという危険な思想である。

 新自由主義者にとっては、そのような共同体も歴史も存在せず、無機質で根無し草的な、ただ市場原理だけで説明ができる世界というのは、ユートピアに見えているのかもしれない。だが、人間はそのように合理性だけで生きている存在ではない。非合理的感情や共同体意識、歴史性があってこそ人間であり、そうした矛盾も非合理も抱え込んだ人間存在の幸福を図るのが「政道」である。 


 ★新自由主義という名のカルト的危険思想 


 新自由主義が達成する世界観は、脳に電気刺激を与える人体実験の思想に酷似している。1950年代に、CIAがカナダのモントリオールの精神科医とともに人体実験を行ったことが情報開示によって明らかになった。人間の心を人為的に制御することができるかという実験を行っていたのである。1988年には9人の元患者から提訴され、アメリカ政府は75万ドルの賠償金を支払い、カナダ政府は1人10万ドルの賠償を行った。
 1940年代、ヨーロッパと北アメリカでは脳に電気刺激を与えるという療法が流行した。脳の切除を行うロボトミー手術よりも永久的なダメージが少ないとされたが、このショック療法においては記憶喪失が起こり、幼児に戻るような後退現象が見られた。この後退現象にCIAが目をつけ、1953年には2500万ドルの予算で人体実験を行った。

 これこそが新自由主義のアレゴリーである。記憶を抹消し、まっさらなところに新しい記憶を与えること、これこそが新自由主義の本質であり、危険なのである。

新自由主義は支出を削減し、あらゆる部門を民営化し、意図的に景気後退を生み出す。こうしてショックを与え、さらに新自由主義改革を推し進め、共同体、公共圈を破壊する。そして、歴史性も共同体も失われたところに、市場原理主義を植えつけていく。
 こうした新自由主義十字軍ともいうべきカルト的危険思想に、遅まきながらも、世界はようやく気づきだした。ピノチェトですら、政権後期にはシカゴ学派の言うことを聞かなくなった。民営化した鉱山会社はアメリカ資本の傘下に置かれ、国の収入源は民営化しなかった銅山会社だけになってしまい、国民の45%が貧困層になったからである。現代の中南米は明らかに、新自由主義と決別する方向に動いている。
 

 ★今こそ新自由主義に抵抗する救国勢力の結束を! 


 こうした一連の新自由主義の動きは、ここまで過激ではないにしろ、着実に日本の中でも起きている。確かに、「9・11」や拷問といったような過激な手段は、未だとられてはいない。しかし、新自由主義に反対する政治家が国策捜査によって政治から追放され、刺客選挙が行われ、郵政民営化をはじめとする、小泉・竹中による新自由主義改革によって我が国経済・社会は着実に後退した。幸い、日本は中間層が厚く、一気に貧困社会となることはなかったが、非正規雇用、ニートといった潜在的失業率はかつてないほど高まっている。中産階級は劣化し、地方と東京都の格差は拡大の一途をたどっている。

 もはや限界は明らかだ。「過ちを改めざるを過ち」と言う。信念の人であれば思い改めることも可能であろうが、カルト相手には、決然と戦いを挑まねばならない。新自由主義は将来の発展のために「今は痛みに耐えよ」と言う。だが、その将来とはいつなのか。その間に、我が国の共同体、同胞意識は次々に破壊されていく。このままでは、もはや回復不能なまでに破壊されるだろう。

 新自由主義に反対の声をあげる者は、旧態依然の「抵抗勢力」と呼ばれる。
 だが、市場が原理主義である必然性などない。公共の学校があっても良いではないか。国営の石油会社が存在して、エネルギーを安定供給することは悪いことなのか。郵便局が国営で何か悪いのか。世の中には自らの責任ならずとも不遇の立場に置かれている人もいる。それらをすべて自己責任であると切って捨てるのが政道なのか。経済的な不平等を解消するために税を徴収し、再配分することは許しがたいことなのか。

 我々は今こそ、新自由主義に対して決然と、「否」、を突きつけるべきである。我々は記憶を抹消され、ロボトミー化されて、市場原理主義しか考えられないような存在となることを望まないからである。新自由主義に対する戦いは、人間らしい生存を回復する戦いである。我々は抵抗しなければならない。

 「抵抗勢力と呼ばば呼べ」。我々は人間性を抑圧する市場原理主義にあくまで抵抗するのである。
 来るべき政界再編は、自民党か民主党かなどというレベルのものであってはならない。それは、新自由主義に抵抗する救国勢力の結束による政界再編でなければならないのだ

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