構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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Food Supply

食は、文化であり伝統である。しかし、その変化あるいは破壊が、意図的に行われることもある。沖縄でポークと言えば、デンマーク製の豚肉ハムの缶詰のことだし、昆布の消費量が日本一なのは、薩摩藩の間接支配のなごりで、米軍統治時代のハム缶詰と大差はない。チャンプルーと言えば、マレーの影響で、混ぜ合わせることだ。南方の海洋民の交流の証だ。バブルで驕りを極めた頃に、描写をはばかる「すし娘」登場の反日映画もあったが、江戸前は世界に定着した。板前風コックが包丁裁きの演技で、ステーキをさいころに刻んで繁盛した。昨今では、六本木の摩天楼では、ワインは飲めるが焼酎も日本酒もご法度の租界が現出し、一方、ニューヨークの地下室では、邦人駐在員が純米酒で憂さをはらす。食の流行が微妙に多様化することは、生活が豊になる証左でもあるが、しかし、一方で国家戦略の結果であれば、支配と従属の関係となって、怖い話になる。
今春、日本人一人当たりの摂取量が、肉類が魚介類をうわまわったという異常が報告された。一日あたり、魚介が80.2グラムで、その差0.2グラムながら、民族の歴史上初めて肉類の摂取量が上回ったとの厚生省発表である。米も食べなくなった。戦前の日本人は一年に135キロの米を食べたと言うが、食糧難時代に100キロを割り、オリンピックの頃から急カーブで消費量は落ち込んできた。米を作りすぎたから余ったのではなく、食べなくなったから余ったのである。その変化の原因は、外国の食糧外交に日本が敗北したことにある。    ララ物資と呼ばれた脱脂粉乳のダンボールが学校に積み上げられ、無理やり飲んだまずさの記憶であるが、昭和29年の学校給食法で、無償供与の小麦の粉に慣れるために、パン給食が全国に拡大された。東北岩手の貧困で、給食代が払えない生徒のことで、毎日新聞盛岡支局の前野記者(故人)が「すずらん給食物語」を書いた。当時の佐藤総理が涙を流して、一躍ベストセラーになった。給食実施は義務ではなかったから、貧しい時代の悲しい物語だ。
アメリカ政府は、組織的に小麦輸出の対日進出を行った。メリケン粉を普及させるために、キッチンカーという特別車両を作り、全国を回らせ大うけした。外国資金を使って行われたにもかかわらず、日本食生活協会と言う厚生省所管の財団法人が、お先棒を担いだが、出所不明のプロパガンダが最も効果を発揮したことは言うまでもない。農林省は全国食生活改善協会を通して、製パン技術者の育成をすすめ、技術指導や経営セミナーを大々的に開催している。一大宣伝事業を外国から請け負っただけではなく、招待外交にも応じている。悠長な話ではあるが、なんと一ヶ月の訪米期間もあった。製粉業界の訪米も年中行事となり、マスコミをつかっての米攻撃もあった。朝日新聞などは、うどんやパンの粉食を奨励して、極端なところでは、米を食べると脚気・高血圧、奇病短命になると脅した。慶応大学医学部の生理学教授などは、米を食べると頭が悪くなる、美容に悪いとまで主張した。学校給食連合会は、パン給食が始まって「いたち」のように腹が出っ張った子供がいなくなった、めでたしとの宣伝映画「いたちっ子」まで作った。外国関係者は手を下すことなく、日本側の官僚、学者や業界の経営者、財団法人や連合会が手先となった。宣伝映画にも外国団体の製作資金提供とは書いていない。米の豊作でお蔵入りとなったが、小麦の粗引き80%とイモでんぷん20%を米粒もどきに固めた、商品名「アラー」と言う粒食を売り込んだこともある。昭和46年に、日本政府は、稲作で初めて減反休耕を強行した。米飯が学校給食に加わるのは、昭和51年になってからである。
肉の話では、アメリカ農務省が日本の農家に対して畜産技術指導で、招待外交を昭和三十年から開始している。ガラス瓶に入った牛乳を滋養の素として、家族で分け合って飲んだ。大量飼育で安い肉の生産が可能になったが、その飼料は自給できていない。ハンバーガ屋が上陸したのが、昭和46年で、子供相手に景品付の販売促進で、肉の味を覚えさせた。魚の骨がのどに骨が引っかかっても、米飯を食べればよいとの生活の知恵は消えた。学校で魚のさばき方は未だに教えていない。ジャンクフードを食べ続ければ、命は確かに短くなる。牛肉自由化は、昭和52年に実現した。最近のBSE騒ぎで隣国では暴動があったが、我が政府の対応は毒入り餃子ですらおとなしい。不景気で、豚丼が加わったが、牛丼屋は何事もなかったかのように盛況を取り戻している。毒入り餃子や農薬漬け野菜や、汚染米にしても、農産物や食品の輸入依存を野放しにしたのは、農政、厚生行政の誤りだったのではないのか。外国は自分たちの国益を追求しているのだ。自立・自尊を追及すべき官僚や議会の選良がはなから迎合してしまっては、日本の国益を失うことを先断するようなものだ。
現在、改革と称して、1000万人移民計画、農地の売買自由化(農業委員会の廃止、農地リート、農地の増税)、参議院議席をドント方式で配分(地方各種議員の半減)、地方自治体の資産評価、会計基準の外国基準への収斂、企業統治の分解、なんと40歳定年、小学校一年からの英語、薬広告の自由化、喫煙者課徴金、新聞再販の廃止、金融記者承認制、英語能力を公務員昇格基準化、地方出先機関の統廃合、新事業投資損失の税控除、等々の日本の破壊策を具体案とする外国関係者が横行している。破壊策のお先棒を担ぐ日本側の人士・団体が相も変わらずの仕掛けで、郵政民営化などの新自由主義的破壊工作の外国崇拝者が、官界に政界に、経済界やマスコミ界に残存している。干渉を調整するロビースト規制すらない野放しには、立ちくらみすら覚える。
しかし、自失してはならない。ご神前に米と魚とそして野菜をお供えして、救国勢力の結束を求め、国の安寧を四方の神々に、祈願申し上げる以外に道はない。

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