構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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Market Fundamentalism is Dead 18

上げ潮派と呼ばれる市場原理主義の勢力があるが、上げ潮とは、シェイクスピアのジュリアス・シーザーからの引用であることは間違いがない。

「There is a tide in the affairs of men, which, taken at the flood, leads on to fortune; Omitted, all the voyage of their life is bound in shallows and in miseries. On such a full sea are we now afloat, and we must take the current when it serves Or lose our ventures.  Julius Caesar (IV, iii)」

上げ潮であれば、船を乗り出すことが必要であり、浅瀬に乗り上げることでもなく、人生は自然の摂理に従って、希望がもてることになる。勇気を持って船を乗り出せるのが、上げ潮である。

 レーマンが、つぶれるわずか一週間前にも上げ潮だと行って、日本の政治家や、経済人を煽った外資の金融機関の調査部門の関係者がいた。その者の講演資料には、上記のジュリアス・シーザーの一説が麗々しく引用されていたことを覚えている。

上げ潮と叫ばれたが、現実はが引き潮であり、市場原理主義は崩壊の瀬戸際にあったのであり、危うく、郵政資産などを外国に持ち出しておれば、国損を喫するところであった。

今、上げ潮派と称する政治家が、鳩山総務大臣を激しく攻撃しているという。自然界の動きに対する判断を誤った、「引き潮派」でしかない市場原理主義のカルトの残党が反撃しているかのようである。民営化、規制緩和、公共政策の削減という市場原理主義の三大虚妄をなくして、日本の政治・経済を、アメリカの新政権同様に、あるいは見習って、正道に戻すことが肝要である。その真の改革の本丸が、郵政民営化の虚妄を一刻も早く見直すことである。真の上げ潮派は、実は、郵政民営化に反対したいわゆる抵抗勢力であったことがはっきりしたのは、皮肉なことではあるが、シェイクスピアの戯曲よりも奇なる現実である。

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