構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

« Perseverence 16 | トップページ | Perseverence 18 »

Perseverence 17

臥薪嘗胆のコラムより。

前島密の決意                 2009.04.03

 新潟県上越市にある前島密の記念館が、3月7日にリニューアル・オープンし、417日には改装展示が行われた。地元郵便局長が提唱し募金によって昭和6年完成、後に国に寄贈されたものだが、現在は、日本郵政株式会社郵政資料館分館前島記念館が正式名称となっている。

前島密は、1835年1月7日生まれ、1919年4月2784歳で没。逓信博物館のホーム・ページなどに業績が詳しく紹介されているが、それによると、1870(明治3)年渡英し、郵便、郵便為替、郵便貯金郵便保険の業務を学んで帰国した。その後駅逓頭に就任し、すでに欧米では一般的な公共通信手段となっていた、切手による料金前納と均一料金制による近代郵便制度を1871年東京京都大阪間に最初に導入した。また、1875年には郵便為替および郵便貯金の取扱いを始めた。諸準備が必要であった簡易保険は1916(大正5)年、郵便年金は1926年に開始されている。まさに郵政事業の祖というにふさわしい。

前島の思想の原点は、ペリーの黒船来航やロシア軍艦の対馬寄港を契機として醸成された、外国に負けない強い日本を作るという激しい思いであった。外国郵便の取扱いについても、わが国にあった外国郵便局を明治13年までにすべて撤去させ、郵便主権の回復をはかっている。

前島の功績は郵政事業以外にも、電信・電話、国字の改良、海運、鉄道、教育、保険など多岐にわたる。大久保利通の大阪遷都論に対抗し、江戸遷都を建言したり、新聞雑誌の低料金取扱いを実現させている。国営独占郵便事業に強く反対していた定飛脚問屋を説得したのも彼だが、これが後の日本通運株式会社となっている。この4月以降、郵便事業会社と日通の両者の宅配便事業を統合するのも何かの因縁であろう。

「縁の下の力持ちになることを厭うな。人のためによかれと願う心を常に持てよ」というのが前島の信条であった。この思いは、はたして現在の郵政人にも十分引き継がれているであろうか。晩年は現在の神奈川県横須賀市に隠居所「如々山荘」を設け、終生をここで過ごした。夫妻の墓は山荘に隣接する浄楽寺にある。後世この地を選挙地盤とする政治家が、自分の決意を蹂躙するようなことをするとは夢にも思わなかったことであろう。

|

« Perseverence 16 | トップページ | Perseverence 18 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/209267/45349727

この記事へのトラックバック一覧です: Perseverence 17:

« Perseverence 16 | トップページ | Perseverence 18 »