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Perseverence 2

臥薪嘗胆のコラム(通信文化新報掲載、11月25日執筆)を掲載する。

人は何故年賀状を書かないか?

今年も、10月30日から年賀状の発売が開始されたが、近年の販売発行枚数は往時よりも落ちている。はたして、年賀状はもはや日本の醇風美俗ではなくなりつつあるのか?誰しももらえば嬉しいし、近況を知らせあうのに最適だし、宛名書きや図案もパソコンがやってくれるのに。その原因は何か、年賀状を書かなくなった原因は?

よく言われるのは、若い世代を中心にインターネットが代用してしまっている、特に携帯メールで代替されている、パソコンの普及で字を書くのが億劫になってしまいそもそも日常的に手紙、葉書を書かなくなってしまった、不況で企業の虚礼廃止が進んだ、団塊の世代が退職し必要枚数が減った、お年玉の商品がダサくて飽きられた、などなどである。

果たしてそれだけか。もう一つ指摘すべき肝心なことがある。それは、公社化した直後の数年間、全然元日に到達しないことがあったし、事故処理年賀も、遅い場合お年玉抽選日の前日にようやく戻ってきたり(これでは出し直せない)、正月2日を配達日にしても、殆ど配られなかったり、といったイライラ年賀が相次いだからではないか。筆者の近辺にも、これらが原因で年賀状を止めましたということを明言する人が少なからずいる。

これらの更なる原因は何か、ということがもっと追究され公開されるべきだったろう。無理やり黒字の結果を出すために、経費節減でアルバイト採用を大幅にケチったとか、手間のかかる事故処理は後回しにしろという指示でも出されたとか、ということははたしてなかったか?年末の曜日の関係で差出しの遅れがあったというような、あたかも顧客の側に責任があるかのような言い訳がなされなかったか?

重要なことは、一度無くした信用は、相当の努力をしないとなかなか回復しないということである。人間は環境とか、方法の変化にかなり順応しやすい。信書ではないかと思われるような重要書類が宅配便で届いたり、重いダンボール箱の荷物が郵便局から届いたりすると、その風景に慣れてしまう。年賀状が無くても年は越せる、となったら縮小の一途を辿るのみであろう。

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