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Perseverence 3

臥薪嘗胆のコラムの転載である。

元次官襲撃事件                        2008.12.04

厚生労働省の元次官やその夫人が襲われ、落命する事件が起きた。まことに痛ましいことである。報じられた犯人の動機からしても不可解な事件である。

さらに恐るべきは、インターネット上の書き込みの中に、高級官僚への攻撃、殺傷を当然視する意見が少なからず見られたことである。昨今の官僚の不祥事に対する怒り、特に年金問題への怒りがその背景にあると見られるが、それにしても人名軽視、暴力礼賛の意見には、聞く耳、見る目を疑う。日本は、なんと情けない国に成り果ててしまったことか。

かつて、経済的効率性を追及する観点から、官から民へ、とか、民で出来ることは民で、といったフレーズが一人歩きした時代があった。これに、年金不適正処理や居酒屋タクシー問題や防衛省次官汚職事件などの官僚不祥事や天下り問題などが加わって、いつの間にか、「官は悪」という単純図式が出来てしまった。こうした風潮が今回のような殺人鬼や官僚殺人礼賛者を生みだしたとしたら、その罪は大きい。

官と民とは、その組織目的、社会に果たす役割が異なる。一般的には、税金を払っているか、税金で賄ってもらっているか(この点郵政事業は異なった)、さらに、儲けを第一に考えるか、公の福利厚生を考えるか、が異なる。であるが故に、すなわち、官は公であるが故に善であることへの期待が大きいのは事実である。しかし、ここから「官は悪」というのは出てこない。

むしろ、アメリカのサブプライム問題に端を発した今回の世界大不況で明らかになったことは、アメリカが世界に輸出した、弱肉強食主義と小さな政府主義は、少なからず修正を要するということであった。民の失敗の反省である。そのアメリカですら、郵便事業の国営を堅持している。日本の郵政事業も、まさか幹部職員の安泰をはかるために公的任務を放擲し民営化に走ったわけではあるまいが、まだ今なら公的役割の復活に十分間に合う。

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