構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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2009年7月

Conspiracy of Privatization

テレビの時事放談の番組における当時の大臣の出演した声が紹介されている。活字メディアは書かない。しかも日曜日の早朝の番組で紹介されただけのこと。しかし、民営化の本質が、語られている。後に、更迭された大臣である。

市場原理主義は終わった。

http://www.news.janjan.jp/election/0907/0907297947/1.php

http://tanakaryusaku.seesaa.net/

ご参考まで。

Bulletin

 人材派遣業の大手である企業の取締役に元総務大臣の竹中平蔵慶応大学教授が就任したとの報道である。市場原理主義の典型的な雇用体系である、派遣業の合法化で肥大化した企業の重役に、小泉・竹中政治の片棒を担いだ竹中教授が就任することは、実に出来レースの感である。派遣業の成立過程などを精査して、いかなる政治的な力学がはたらいたかを、学問的な観点からも検討すべき時期に立ち至った者と考える。世界的には、市場原理主義はむしろ反社会的な存在として、追われる立場になったからであり、この国で、市場原理主義を信奉して社会・経済のみならず、文化伝統に至るまで破壊しようとした論者が、依然として残党のごとく残っているからである。市場原理主義が崩壊した今、冷静な分析を加えて、激しい対立を政治的にも克服してゆく必要がある。

 パソナグループは29日、慶応大学教授の竹中平蔵氏を8月26日付で取締役に迎える人事を発表した。同氏はすでに2007年からパソナグループの特別顧問も務めていたよしである。

パソナの創業者については、ウィキの記事を参照願いたい。リンクは、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E9%83%A8%E9%9D%96%E4%B9%8Bである。

Mobile Campaign

当ブログの読者から、街頭宣伝の模様についてのメールが寄せられた。興味深いところだが、街宣車はどうも手作りのようである。当ブログは、市場原理主義の惨害について批判を続けてきただけに、ようやく、市場原理主義の虚妄について公言する政党が出てきたことは慶賀すべきである。1 Photo_2

  「皆様こちらは国民の声を聞く「国民新党」です。
  真実を伝え、国政の大転換を目指します。
  格差社会を無くします。
  地方重視の政策を行います。
  ふるさとの再生、汗が報われる社会の復活を目指します。
  郵政民営化を見直し、社会に貢献できる三事業一体経営化へ全力を尽くします。
  この国を思い、国民を守る真の保守政党「国民新党」です。
  
  弱者切り捨ての政治を許しません。 
  日本国民を幸せにする真の政治を行います。
  日本人の魂を守ります。
  地域の生活を守ります。
  安全に、安心して暮らせる地域社会を築きます。
  ぶれない、こびない、おごらない真の保守政党「国民新党」です。

 以上を繰り返し訴えつつの街宣でした。」とのことである。

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Opression

中国におけるウィグル人弾圧あるいは虐殺の事件が色々な波紋を投げかけている。世界ウィグル会議の議長が来日したのがつい数日前であるが、米中対話が、ワシントンで盛大に開催されている中での来日であった。あれだけ人権外交を謳歌していた米国は、北京オリンピックを境に人権問題を叫ばなくなっていた。米中対話の中で来日したことは、日本にウィグル側を支持する多くの日本人が居ることがはっきりしたからである。正常な位置づけと言うことである。日本が再びアジアの抑圧された民族の側に回っていることを象徴するような来日である。

さて、また、動きがあり、その世界ウィグル会議の議長を、米国議会の下院が招いて、意見を聞くというのである。人権問題で日本に先を越されているのがおもしろくないのか、どうかは詳細は分からないのであるが、議長にすれば、米国議会での主張は、又とはない機会であることは間違いない。急遽日本での予定を短くして、ワシントン入りするとの報道である。

28日、ラビア・カーディル主席の訪日を報じていたNHKの海外放送が中断された事件も発生した。中国外務省が27日、日本政府に対し「強い不満を表明する」との談話を発表していたから、その中でのうごきであろう。日本政府は、北京に対して抗議すべきである。中国は訪日に合わせ、日本語版のビデオ「7・5暴力事件とラビア氏」をメディアに配布するなど情報工作を展開しているが、天網恢恢疎にして漏らさずで、ウィグル人の抑圧と虐殺の実態は世界に伝わりつつある。アジアの諸民族の弾圧に対してはっきりNoを突きつける自立自尊の日本であることが、理解されてきたようだ。

Labor UnionーRengo

市場原理主義で最も被害を受けたのが、やはり労働分配率である。一部の株主や経営者は、巨額の富を手にしたが、「休みたければやめればよい」とある経営者が発言したことがあるように、派遣労働をはじめ、労働の秩序をこの国でも徹底的に破壊した。

デモも少なくなり、労働組合の組織率もどんどん低下しているのが実情である。民主党の中での労働組合の力は強いものがあるが、戦後体制が徐々に崩壊していく中で、その先行きは困難と言わざるをえない。民主党の中にも、与党と同様に、多数の市場原理主義を信奉してきた議員が見受けられるのも又事実であり、政権獲得の前には、一応矛を収めているにしても、もし新政権になれば対立は激化する可能性が高い。嵐の前の静けさか、大動乱の始まりかも知れない。自民党の中で、激しい対立があるように、民主党の中にも大きな、踏み越えがたい亀裂が見られるのである。内部的な対立も今後激化することになろう。会社側化?している労働組合も多くあり、市場原理主義の横行を黙認している団体もまま見られる。

民主党を中心とする新政権が予想される中で、連合の動きも目が離せない。Photo 写真は連合会長の高木剛氏である。ぜんせん同盟の出身である。

Restoration of Japan 11

日本を再興させるための経済政策について、具体論を紹介してきたが、当ブログは、書き込みすることに時間がかかり、分割して掲載したために、サイト上の配置がばらばらになっている。まとめて読みやすくするために、リンクを貼ってまとめることにした。ご参考まで。タイプミスも残るかも知れないが、ご寛恕のほどを。いずれにしても、市場原理主義が虚妄であったことが露呈した今、救国の社会経済政策を実施する好機である。当ブログの読者の皆様からのコメントを頂戴したい。また、最後に、ネットで流通が促進されることを目的とするので、転載を了承していただいた菊池英博先生に感謝する。

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/restoration-of-.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/restoration-o-1.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/restoration-o-2.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/restoration-o-3.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/restoration-o-4.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/restoration-o-5.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/restoration-o-6.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/restoration-o-7.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/restroration-of.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/restoration-o-8.html

An American Dialogue with China

米中対話におけるオバマ大統領の演説が、大統領府のサイトに動画として掲載されている。

http://www.whitehouse.gov/blog/A-Dialogue-with-China/

ウォールストリートジャーナルに掲載された、ヒラリークリントン国務長官とガイトナー財務長官連名の投稿論文である。

http://online.wsj.com/article/SB10001424052970204886304574308753825396372.html

アメリカの対中姿勢を読み取るためには重要な文書である可能性が高い。

勿論、当ブログは、上記のような米中関係の動きの中で、どのように対応することが最適であるかを考えるためである。オバマ大統領就任後、我が方の政府首脳とは、ごく短時間の会見しかもたれていないが。

ブルームバーグの報道は次のリンク。http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90003009&sid=avWcA8QYVPgw&refer=jp_top_world_news

毎日新聞の報道は、http://mainichi.jp/select/biz/news/20090728dde007020006000c.html

Crossing Over

ハリソンフォード主演の映画が、9月に封切りになる。日本語では、正義のゆくえという題になっているが、移民局捜査官の物語である。鳩山前総務大臣が試写会に行ったことが報道されている。http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp3-20090723-522106.html

「鳩山邦夫前総務相(60)が22日、都内で行われた映画「正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官」(9月公開)の特別試写に出席。主演の米俳優ハリソン・フォードふんする良心が強く人道的な移民税関捜査官に絡め、「人間的な優しさが今の自民党には欠けている」と言い切った。

 もともと、「正義」つながりで誘いを受けた。日本郵政西川善文社長の続投問題で更迭された際、「今の政治は、正しいことを行っても認められないことがある」と持論を展開。この言葉にひらめいた映画会社からオファーを受けていた。「故人献金」問題のある兄の民主党鳩山由紀夫代表(62)、盟友だった麻生太郎首相(68)についても「どちらにも正義は感じられない」とバッサリ切っていた」

さて、気になるのは、日本における正義の行方である。正しいことを行っても認められない状況を直すのが政治である。いかさまな郵政民営化や、規制緩和、その他公共政策の削減などは、市場原理主義が世界的に崩壊するなかで、日本でも率先して見直し、廃止されなければならない。

Journey 2

三島には新幹線がとまる。伊豆の国の一宮三嶋大社があるし、有名なのは柿田川の自噴する富士山からの伏流水である。

大仁の温泉場も、高速道路がやすくなったせいか、車が多いような気がする。

伊豆の富戸は、東海岸。玉石の海岸で、台風の時も波しぶきはあるが、海岸が壊れたことはないとのこと。

多賀は、熱海市。

それにしても、三嶋や修善寺のウナギのうまいこと。水のせいだという。

Journey

静岡県の磐田駅前を通りかかったら、郵便の創業者前島密翁の胸像があった。Hisoka_maejima 知らなかったので、慌てて敬礼をした。Ca3e0004 バスの停留所の写真も、携帯のカメラで撮ってみた。まとまりのない話だが。詳しい紹介がブログにあります。http://blog.m-turn.com/?eid=37538

袋井と言うだけで、盆地のような感じもする土地だ‥四方を小高い丘に囲まれている。豊かな土地だ。

掛川は、昔は天領。二宮尊徳の大日本報徳社のことはどこかで書いた。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%A0%B1%E5%BE%B3%E7%A4%BE

経済と道徳が両立しなければならないことを主張するかのように、報徳社の公会堂の門には、経済と道徳の文字が彫り込まれている。

菊川は、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%8A%E5%B7%9D%E5%B8%82

町の集会所では、ご町内の工場で働いている南米からのご家族の集会が行われていた。子供達が晴れ着を着て楽しそうにしていた。

Market Fundamentalism

市場原理主義者が、文化や伝統をないがしろにしながら、社会・経済の構造を破壊して、外国の金融資本が社会全体を支配して行く手法あるいは手口については、縷々当コラムで触れてきた。外国人労働者を、一千万人移民受け入れなどと喧伝してもてはやす動きがあるが、市場原理主義の国際的な亡国の陰謀に過ぎないので、実例を提供して、警鐘を鳴らしておきたい。
一昔前であるが、鄧小平が、中国からの難民を日本に向かわせるぞと恫喝を加えたことがある。事実、文化大革命後の大混乱の中で、貨物船の船倉にもぐりこみ、あるいは蛇頭に率いられて、日本に向かう密入国事件が頻発した。北京オリンピックの聖火リレーをめぐっては、留学生など4000人を長野に集結させて、騒乱を醸成しようとしたが、幸いにして不発に終わっている。天安門事件の後の日比谷公園周辺での民主化を求めるデモでも、公安当局の関係者が、他国の首都で我が物顔で活動していた。表面的な日中友好に踊らされていた時代であったが、日本留学組の学生は、帰国後の同窓会の組成もままならず、中国の市場原理主義化の中で、党独裁が強化され反日・抗日の機運が巧妙に作られるなかで、日本に残留して帰化した人士もまま見られるのは、日本のしなやかな強さである。
不要の対立や騒乱を、自然災害がないときには、意図的に、戦争すら引き起こすことを辞さないのが、市場原理主義である。
難民を流出させる政治かく乱の手法は、人口の強制移住と並んで、もともとは共産主義体制の常套手段であるが、市場原理主義が、トロツキズムに近似すると言われるとおり、冷戦後は、市場原理主義が共産主義の人口流出策の手法を受け継いでいる。
ソ連が崩壊して、多くの科学者や知識人が外国に渡った。日本でも全国の工学系の大学や、一部の人文系研究機関などにおいても、ロシアから大学教授や、研究員を受け入れた。ソ連は、軍事技術においては世界のトップクラスにあったから、冷戦がソ連崩壊で終わる中で、産軍複合体が解体され、その中枢が海外に頭脳流流出することとなった。ソ連崩壊後の、経済立て直しは、市場原理主義を信奉する者が主導したことで、いっそう悲劇的な結末を生み出し、未曾有の格差社会を現出させた。ジェフリー・サックス教授などが、市場経済導入の顧問として、あらゆる民営化、規制緩和、公共政策の削減を行った。プーチン政権は、そのゆり戻しの過程で、ロシア再興の勢力として登場して、極端な市場主義の修正を試みている。オルガルヒの追放にも踏み切っている。
イスラエルの事例は、残酷である。1994年のノーベル平和賞は、PLOのアラファット議長、イスラエルのラビン首相とペレス外務大臣に贈られ、冷戦後の、中東における恒久的な平和の到来を思わせたが、その枠組みは、市場原理主義の移民政策によって完全に破壊されることになる。
ロシアの構造改「悪」で、100万人のユダヤ人がロシアからイスラエルに移民した。混乱が頂点に達するエリツィンのクーデタの頃には、追加の60万人が、ロシアからイスラエルに出国している。軍事技術に長けた技術者や、研究者が大量に移住したために、イスラエルはハイテク大国に変身した。軍需産業と派生する民生品の技術の一大展示場となった。9.11のテロ事件の後は、安全保障に関する一大産業をもつハイテク国家として、技術導入のために世界の実業家がイスラエル詣でを繰り返すほどになった。
人口のなんと2割が、ロシアからの移民で占められるようになり、人口比でもパレスチナを凌駕した。日本を例にすれば、九州と東海4県の人口を東京に移住させたようなものである。冷戦後のパレスチナとイスラエルの和平の枠組みは、相互の経済依存体制を創りだして共存を図るとするものであったが、高学歴で低賃金の労働力がロシアから大量流入することで、パレスチナ人の働き場はなくなった。パレスチナ人の居住地に、『リトルモスクワ』がつくられ、パレスチナ人の毎日15万人規模のイスラエルへの通勤は、国境閉鎖でうしなわれた。世界に兵器技術を供給して、隣のパレスチナから、農産物を調達する必要と礼節を失った。市場原理主義の移民政策が、相互依存の枠組みを破壊した好例である。
市場原理主義の手口については、天災があるときに、被災地を一挙に更地にして、再開発するために住民を追放する事例が、ハリケーンカトリーナが襲ったニューオリンズで実際にみられたが、中東では、ロシアでの騒乱を糸口にして移民政策が強行され、対立と不安定化を決定的にした。
東南アジアでも、太平洋の島嶼でも、外来の移民による共同体の破壊が行われた事例が教訓として残る。マレーシアの場合には、植民地時代に宗主国のインド人と中国人の移民奨励があって、ブミプトラとの軋轢が繰り広げられ、英明の政治家マハティールのマレイ・ディレンマを経てようやく、安定に至っている。フィジーなどでは、外来のインド人と現地人との争いが今も続いている。ハワイのカメハメハ王朝が消滅して、移住者が政治経済を圧倒して一州となった。チベットや南モンゴル、ウィグルの問題も本質的には同様の大量移民から生じた紛争であることは疑いない。
人間は「ホモ・モーベンス」として世界に目を開き、よしあしを比較して自らの共同体の発展に寄与することを受け入れる、好奇心旺盛の民族が日本人であり、排外の偏狭がない事が日本の国体である。      多元的な寛容の国であるから、海から日本の岸辺に寄る人々を歓迎するたしなみすらあるが、市場原理主義が意図する、共生の枠組みを破壊する拝金の陰謀は、断固排除しなければならない。日本人口の一割の外国人を受け入れろという暴論は、低賃金の工業供給国に貶めて、国民を分断し、外国勢力が資本の支配者となり、いずれは日本を隷属させる、主客転倒の迷妄である。

Market Fundamentalism is Over

麻生首相が21日の両議員総会や、解散後の記者会見で「行き過ぎた市場原理主義と決別する」と発言したという。小泉構造改革は「行き過ぎた市場原理主義」だったと断じて、そこからの決別を宣言したことになる。両議員総会会場では拍手もわいたとも言う。世界の市場原理主義の退潮については、とうブログは、再三再四指摘したところであるが、ようやくにして、の市場原理主義否定である。  

 しかし、いまだ、上げ潮派と呼ばれる、市場原理主義の信奉者の残党が跋扈しており、特にマスコミには、郵政民営化見直しなどを、改革に逆行するという誤った見方を墨守している向きもある。規制緩和という迷妄を大事にして、格差是正を奨めようとしないことを主張するマスコミの論説委員が跋扈している状況になる。世界の潮流の変化が目に入らないかのような状況である。

 それにしても、首相の発言はあまりにも遅かった。毎年三万人を超える自殺者が出る国になり、国力が急激に縮小しているなかで、郵政民営化は必ずしも賛成ではなかったと、‘ぶれる’発言があったにしても、自分の主張を実現しようとはしなかったから、市場原理主義が行き過ぎたと言われても、単なる言葉の遊びになるのではないかとの不安をぬぐい去ることができない。郵政民営化の問題では、正義を主張する鳩山総務大臣を更迭したのはどこのどなたかのほとぼりが冷めない内の発言であるからである。

Eclipse

昨日は、皆既日食があったそうである。残念ながら仕事にかまけて、部分日食をも見ることはできなかったが、皆既日食のあった、トカラ列島の悪石島や、東海大学の太平洋上の練習船からのテレビ映像を見ると、太陽が欠けると昼が突然夜のように暗くなって気温が落ちることが分かった。雨で太陽が見ることができなくてもそれだけで、天体の作用が体感されて、現地を訪れていた人たちも、半分は喜んだ者と思う。

ずいぶん昔のことであるが、新宿の本屋さんの紀伊国屋書店のホールで、文藝評論家の江藤淳氏の講演会があった。漱石とその時代が発刊された頃であったと記憶するが、南アフリカのカラハリ砂漠に住む原住民のホッテントットの格言を紹介した。太陽が欠ければ人はどうするかという命題である。今度の日食で経験されたように世の中が暗くなれば、どうするかと言うことであるが、月の光で答える。さて、月の光が欠ければと問われて、松明の光でとこたえる。松明の光が欠ければと問われて、これがおそらく落ちになるのであるが、良心のしかりでとの答えがある。人は暗闇のなかでも良心を持てば、生きることができるとのたとえ話である。

Courage

義を見てせざるは勇なきなり。

Archives

6月24日、公文書管理法が成立した。目立たない法律ではあるが、近代国家日本としてようやく体裁を整えることができると言っても言い過ぎではない重要な法律となった。公文書は大きく現用文書と非現用文書とに分かれるが、現用文書は情報公開の対象であるが、ところが非現用文書、つまり、保存期間を満了した文書はその対象外であった。廃棄された文書もキッと多いことだと思う。国の文書を扱う国立公文書館もすでに設立されてはいたが、各省庁が、譲ることとした文書だけが移管されていない。自治体レベルでは30都道府県、市町村に至っては、政令都市を含めてなんと23しか公文書館がないと言う。

アメリカの街角にたたずむと、まず町の共同体の真ん中に図書館がある、国家的には、米国立公文書館があることはよく知られている。大東亜戦争の資料など、日本の国内にはないものを多く所蔵していることで知られている。日米関係の資料なども、外交交渉の過程や政策立案に不可欠な資料が整然と保管されていることは、周知の事実で、時が来れば秘密の解除が行われ公表されるから、最近の話題の密約の問題なども、歴史の経過のなかで保管されて公表される。日本側でそうした保管管理が行われなければ一方的に外国の史料だけが残り、不利な立場に立たされていくことは間違いない。

実際に大切なのは、現用文書でありながら、ほとんど使われなくなった文書である。例えば30年保存であれば、それを保存する書庫を中間書庫という。米国の国立公文書記録管理員の中間書庫などは、壮大なものである。延べ面積はサッカーコート10面に及ぶという。

当ブログの筆者は、その昔、ボストンのハーバード大学の図書館に通ったことがあるが、その昔でも歴史を意識して、文書を保管していた。ケネディースクールの書庫には、対日の情報戦で、連邦通信委員会が傍受した日本の通信記録が、残されていたし、しかも、それを容易に書庫に立ち入って読むことができた。知的な資源を活用する便宜が図られていたことには驚いたことがある。そこには、ある山形県の詩人の資料も残されていたし、第一次大戦で、日本でイギリスの側に立って情報戦を行った?ロバートソン・スコットの著書なども残されていたし、有名な、燕京(えんちん)研究所には、奄美群島の米軍統治の資料なども残されていたことにはびっくりしたものだ。

今回の公文書管理法が成立したことには、福田元総理の尽力があったという。戦後間もない時代の前橋周辺の写真が日本にはなく、米国立公文書館で、待つこと10分で、米軍が写した写真を十数枚入手したことが経験の元になったという。「公文書は、「国のかたち」を決める重要な要素と悟ったのである‥(ファクタ2009年八月号)。中間書庫などが今後、公共の事業として推進されることを期待したい。行政改革と称する破壊や、民営化と称する破壊の中で、多くの文書が廃棄された。歴史を抹殺しようとした勢力がいたのかも知れない。最近では、日米の密約を廃棄したという、事実関係はいざ知らず新聞報道があったばかりである。外務省などは、地下にそれなりの文書保存倉庫を大切にしていたと思うが何が起きているのだろうか。国を破壊する行為であるが、そうした破壊を防止するために、又日本の国の行政の歴史を検証するためにも、文書を保管して後世に今日する体制の一歩が獲られたことは慶賀すべきことである。

A Suzerain 2

A Suzerain

日朝関係を考えるシンポジウムが開かれた。月刊日本の論説委員の山浦嘉久氏の意見が開陳されている部分の動画像がある。我が国は北朝鮮に対して、旧宗主国としての自覚を持って対処せよ!と主張する。

Kuroshio 11

「シラス」と書くと、南九州の火山灰の台地の土で、梅雨の頃には泥状になって崖が崩落したりする。宅地造成地で道が排水路になってしまうぐらいに亀裂が入りやすく、土の粒子が水分を吸収しないからである。最近ではビニールの覆いを掛けたり、コンクリートを吹きかけたりして、災害防止をしている。白砂ではない。似て非なるからカタカナで書いてある。海砂の方は、わざわざ真砂(まさご)と呼んでいる。白州や、白洲もある。川の流れの中に、もっこりと砂が溜まって水面上に顔を出していれば、白洲である。地名の白子は、しらこと千葉では読んでいるし、伊勢湾ではしろこであるが、砂ではないようだ。白須の姓があるが、地名はほとんどない。新羅のしらに近いか。
 お白洲と「お」をつけると裁判・評定の場所となる。お白洲(おしらす)は、江戸時代の奉行所などで、被告が座る場所である。江戸南町奉行所の平面図によれば、最上段には奉行などが座る「公事場」と呼ばれる座敷が設けられ最下段には「砂利敷」が設置され、その上に敷かれた莚に原告・被告らが座ったという。奉行所のお白洲には屋根が架けられるか、屋内の土間に砂利を敷いてお白洲として用いていた。お白洲には、突棒、刺又、袖搦とかの怖い捕り物道具がおいてあったという。お白洲と言うからには、そこに撒かれた砂は、色が純白でなければならない。白は無実の前提であり、裁判の公平と、神聖さとを象徴している。お白洲のない時代には、浜辺の処刑場が首切り浜となった。岬の陰の湧き水があり、木陰があるような一見のどかな、しかし、冬場の寒風は遮るが照りつける夏の日差しを避けるための木陰があり、人気はなく、土間の茶色の土ではなく、砂地の浜が照り広がる崖の下が適地である。波頭が寄せては返す景色が遠くに望めるような場所で、納得がいく。
 神社の参道なども、土埃の立つような道ではなく、砂利を敷いてあるのは、海との往還の名残である。古い時代の様式をとどめておれば、鬼が一晩でつくったとかの伝承となり、玉石を山を駆け上がるようにして海岸から大量に運んで積み上げ、階段代わりにしてある参道などもあるが、洗練されるほどに、砂の形は、小さくそして細かくなり、色はどんどん白くなる。大量の白砂を調達することは難しいから、海の黒い石で、できれば玉砂利でとなるが、砂丘でも近くにあれば簡単であるが、それがかなわない場合には、大事な所だけに白砂は撒かれる。お白洲で、白砂が罪を清めていく。海辺の生と死の象徴であるが、社の柱が立てられる中心の場所などに、白砂が盛られる。白砂は、潮の結晶である塩の象徴でもある。冷蔵庫の氷室のないところが列島の大半であるから、塩で、塩蔵して腐敗を防いで、食を豊かさにしたわけであるから、海から遠くなった山の住人となっても、白砂を敷いて、塩の代わりの清浄を思い出し、そして、黒潮の大海の連なりの思い出をどこかに保存することも不思議ではなかった。
 現代のこの邦の裁判所のお白洲はどうだろうか。腐敗を防止する盛り塩や白砂が大切にされているだろうか。
 黒潮洗う列島の白砂はまず珊瑚礁がこなごなになって石灰のようになった砂もあれば、貝殻が砕けて砂になっている所もある。珊瑚礁の固まりの石であれば、水分を含ませて乾燥すれば、堅くなり、天然のセメントのようであるから、でこぼこ道の歩きやすさを改良するために、石灰石を割って入れた。貝殻の砂であれば、実際に星砂のように、星の形をした小さな粒子の集まりもある。掌に掬うと、指の間から、はらはらとこぼれてしまうような細い砂もある。南島では、人が死んで一定の年月が経てば、墓から取り出して骨を潮で洗い清めていた。もともとは風葬で、岬の陰で太陽の方向に向かった崖の下に葬屋を立て肉体が朽ちて行くのを待ったから、子が親を思い、生きた証の人骨が浜辺の風雨にさらされて、海辺の砂に戻っていくことを確認する儀式である。生と死の境をはっきりさせる、厳粛な儀式ではあったが、肉親の骨を洗うのは残酷であり、しかも専ら女がその作業をしなければならないから、泣女になるような苦労話である。
 浜は波が寄せるばかりではなく、海と人とが接する場所でもある。黒潮の力で巌が砕けて海の砂となり、大量に運ばれて堆積する場所である。ガラスの尖った欠片は肌に触れるとすべすべの状態になる。岩はそのうち丸まって玉石となる。ビーチロックにもなる。磯はいそごに砕け、砂は今もいさごである。黒潮の民にとって浜は入会の地であり、私物化することはなかった。明治の頃に陸奥の浜をプライベートビーチ化して、住民を寄せ付けないようにしたことがあった。異国の風俗が「浜に口を吸いあう者あり」などとからかわれたが、沖縄で外国軍が浦添の浜から住民を閉め出して六〇年が経ち、横浜の精油所や工業地帯にある海岸線も立入禁止になったままだ。皇居前広場には今も玉砂利が敷かれ、江戸湾の磯の香りを残して、常磐の松原の防風林の趣がある。海側の埋め立て地に乱立した拝金の楼閣からの風当たりを、白砂青松で遮蔽しているかのようである。

(つづく)

Market Fundamentalism is Over

エコノミストの菊池英博氏の主張については、当ブログにおいて、著者の了解を得て記事を掲載したことがある。

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/restoration-of-.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/restoration-o-1.html

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http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/restoration-o-3.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/restoration-o-4.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/restoration-o-5.html

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http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/restoration-o-7.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/restroration-of.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/restoration-o-8.html

菊池英博氏が、ダイヤモンド社から、消費税は0%にできる との題名の単行本を新たに出版する。本日(7月16日)の発売であるから、近々店頭に並ぶが、著者からの謹呈を受けたので、紹介したい。

菊池先生が、エコノミスト格付けで堂々第1位(文藝春秋、エコノミストは役に立つのか)であるとは知らなかったが、なるほど、説得力があり、また、海外の取材、データを収集・集分析した上での論文である。

前書きで、日本は二つの重大な間違いをして、第三の敗戦を招いたとする。二つの重大な間違いとは、基礎的財政収支均衡目標と金融行政三点セット(ペイオフ、時価会計・減損会計、自己資本比率規制)による金融機関の締め付けであるとする。その底流にあるのが、市場原理主義、新自由主義と言うカルトの伝染病の経済思想である。

オバマ大統領は、日本のように経済政策で失敗してはならないと演説しているが、長年日本の政策はアメリカに媚びを売り続けてきたが、軽視される状態である。消費税の引き上げと行った、共和党時代のレーガンモデルが時代遅れであることがはっきりしたのである。

アメリカは、クリントン時代に5年で財政を黒字にした実績がある。政策を全面転換して、国家理念の変更を政権交代で果たしている。

長期政権で停滞する日本は、最早思考停止の状況である。最近の永田町の政治の混乱を見ていても、市場原理主義の残党の騒ぎが伝わるばかりで、議論を見ていても、国策の将来を見据えた議論はほとんどない。テレビは、マインドコントロールをするかのように財政危機を煽っているが、菊池先生の主張は、日本には本質的な財政危機はないとの手中であり、消費税の引き上げは必要がないとの主張である。

現代の日本は、1930年代の駆り立てられるように戦争に向かう時代によく似ているのではないかと指摘している。危険な世相だ!と。

日本は財政危機ではなく、財源はいくらでもあることを実証して、デフレを解消して、経済成長を復活させることを、こうすれば日本は甦ると政策提案を行っている。

いずれにしても、左の図書館のリンクに、同書のリンク先を貼ったので、読書家の皆様には、特に、政策議論が活発化する最中であるから、ご一読を奨めたい。

最後に、菊池先生は、日本の財政の正しい考え方として、まとめている。

①日本は財政危機ではない。

②経済成長率を向上させれば、増税なしで社会保障費を賄える。

③財政規律の指標は純債務を名目GDPで控除した数値で、数年かけて下がるようにする。

④財政改革の数値目標は世界中で大失敗。

⑤経済を活性化すれば、財政規律は改善する。

⑥特別会計の債務は国民の債務ではない(財政危機ではない理由)。特別会計が債務が増えているのは、郵貯資金の預託がやメレれ、財投債を発行するようにしたことと、財務省がドル買いをするために、多額の政府短期証券を発行したことである。1999年一〇月から、国民の預貯金が外貨準備の原資となっている。

⑦「10年ゼロ成長」「10年デフレ」の元凶は「基礎的財政収支均衡策」にある。民間投資では使い切れない預貯金を公共投資で回すべきである。

⑧一国の財政収支を家計の借金に例えるのは誤りだ。

⑨現在の政府債務残高は子供の世代に引き継がれる、これを現世代に経済成長を抑制して債務の回収に走るのは大きな誤りである。子孫にツケが回ることではない。

⑩公共投資を五兆円出せば、四年目ではほぼ五兆円の財政支出を税収の増加で回収できる(宍戸駿太郎氏、日米・世界モデル研究所所長、元国際大学学長、元筑波大学副学長)

Corrupt Postal Privatization 155

郵政民営化の問題が、政局を揺さぶる状況に立ち至っているが、いわゆる「チーム西川」のメンバーが明らかになった。いずれも三井住友銀行{旧住友銀行}出身である。

横山邦男

日本郵政{株)専務執行役{経営企画部門、CRE部門{不動産企画部・資産ソリューション部))※昭和56年入行 (最終)三井住友銀行大塚法人営業部長(~平成18年1月)

百留(ひゃくとめ)一浩

日本郵政(株)経営企画部門グループ戦略室長 ※昭和61年入行

奥村真

日本郵政(株)経営企画部門グループ戦略室次長 兼 コーポレート・コミュニケーション部次長 ※昭和62年入行

後藤英夫

日本郵政(株)秘書室長 兼経営企画部門グループ戦略室次長 ※昭和62年入行

以上、ご参考まで。

Corrupt Postal Privatization 154

終わりなき日本郵政の闇と言う、署名記事がネットで読める。ご参考まで。次のリストの内

終わりの二件の記事は物流倉庫に関する記事であり、今まで当ブログも読んだことのない内容の指摘である。天網かいかい疎にして漏らさずの感である。

http://www.data-max.co.jp/2009/06/1_151.html

http://www.data-max.co.jp/2009/06/post_5948.html

http://www.data-max.co.jp/2009/06/19_092339.html

http://www.data-max.co.jp/2009/06/post_6052.html

http://www.data-max.co.jp/2009/06/post_6067.html

http://www.data-max.co.jp/2009/07/post_6305.html

http://www.data-max.co.jp/2009/07/16_084300.html

Corrupt Postal Privatization 153

今週月曜日に発売になった、週刊朝日七月24日号に「本誌が指摘し、「辞める約束したのに・・・・日本郵政 西川善文社長 まだ「アルバイト」していた」という、いかにも週刊誌らしい題をつけた見開き2ページの記事が、記者署名いりの記事が掲載されている。

同誌は、2年前に、西川社長が6社の車外役員を兼任している問題をスクープしているので、その後追い記事としての意味もあるのだろうか、いまだに三社の社外役員を続けていることを明らかにしている。これまで、社外重役をしていて、辞めたのが、パナソニック、インターネットイニシャティブ、TBS、南海電気鉄道である。今回週刊朝日が報道した三社は、第一三共、レンゴー、日本ベンチャーキャピタル、の三社である。

第一三共の場合には、六月26日の同社の株主総会でも株主から西川氏を取締役の候補から外す緊急動議が出て否決されるという事態で、新聞マスコミにも報道されたが、段ボールの最大手のレンゴー、投資会社の日本ベンチャーキャピタルで社外取締役となっているという。社外取締役の報酬額は、レンゴーで1500万円、第一三共は社外取締役4人で6900万円であるから、その内数の額、ベンチャーキャピタル社は、週刊朝日の取材に対して、拒否している。

驚くべきことは、社外取締役の報酬は安くないことである。日本郵政の社長は報酬が年三千万円近くであるとすると、合計で、約6千万円の報酬のレベルになる。

労組委員長を辞めたとたんに経営側に引っ張る人事についても、疑問の声が上がっていることを報道している。

さて、かんぽの宿等をめぐる不詳事件の続発で、報酬の30%を三ヶ月間返上するという処分をしたことが報道されたが、全体の報酬の額はいくらなのだろうか。

同じく処分を受けた、金融庁からの天下りの副社長は、日本郵政の本体から報酬を得て、また、ゆうちょ銀行からも報酬を得ると言う、役員報酬の二重取りがあるのではないかとの声も上がっている。○○%と言う数字が一人歩きして、その元の報酬額の絶対額についても週刊朝日の記事は不十分なものであるが、日本郵政の民営化の暗部についての継続した報道に期待したい。

No Nuclear Arms

ニューヨークタイムズ紙は、三宅一生氏の投稿を掲載した。もう既に、国内でも報道されているので、その英文を当ブログは紹介することとした。冗談じゃない。「10万人が日に撒かれて死んだ東京大空襲、20万人が一瞬にして燃え尽きた原子爆弾投下、無抵抗の日本人捕虜に対する、米兵の残虐行為。果たして戦争責任とは、何だろうか」と。大国の独善を反省するとも思えない。Flash_of_light 大東亜戦争の責任は、アメリカ側にもあるのではないのか。日本の政治状況の混乱は、ヤルタ体制の終焉ばかりではなく、日本の外国追従の終わりとも見ることができる。日本人は、通説とは全く逆に、過去の歴史を検証して、直視して、忘れないで、考え続ける民族である。三宅一生という、著名のデザイナーが、核兵器廃絶の問題について投稿したばかりではなく、それを掲載したのが、ニューヨークタイムスとなれば、日米関係が新しい動きを示している証左である。先月、亀井静香衆議院議員が訪米して、オバマ新大統領の広島訪問を進言したのも、軌を一にしている。自主武装論と相まって、自立自尊の日本を造りあげる、しかし一方では事大主義を廃絶する覚悟が必要となった時代である。
[July 14, 2009
Op-Ed Contributor

A Flash of Memory

Tokyo

IN April, President Obama pledged to seek peace and security in a world without nuclear weapons. He called for not simply a reduction, but elimination. His words awakened something buried deeply within me, something about which I have until now been reluctant to discuss.

I realized that I have, perhaps now more than ever, a personal and moral responsibility to speak out as one who survived what Mr. Obama called the “flash of light.”

On Aug. 6, 1945, the first atomic bomb was dropped on my hometown, Hiroshima. I was there, and only 7 years old. When I close my eyes, I still see things no one should ever experience: a bright red light, the black cloud soon after, people running in every direction trying desperately to escape — I remember it all. Within three years, my mother died from radiation exposure.

I have never chosen to share my memories or thoughts of that day. I have tried, albeit unsuccessfully, to put them behind me, preferring to think of things that can be created, not destroyed, and that bring beauty and joy. I gravitated toward the field of clothing design, partly because it is a creative format that is modern and optimistic.

I tried never to be defined by my past. I did not want to be labeled “the designer who survived the atomic bomb,” and therefore I have always avoided questions about Hiroshima. They made me uncomfortable.

But now I realize it is a subject that must be discussed if we are ever to rid the world of nuclear weapons. There is a movement in Hiroshima to invite Mr. Obama to Universal Peace Day on Aug. 6 — the annual commemoration of that fateful day. I hope he will accept. My wish is motivated by a desire not to dwell on the past, but rather to give a sign to the world that the American president’s goal is to work to eliminate nuclear wars in the future.

Last week, Russia and the United States signed an agreement to reduce nuclear arms. This was an important event. However, we are not naïve: no one person or country can stop nuclear warfare. In Japan, we live with the constant threat from our nuclear-armed neighbor North Korea. There are reports of other countries acquiring nuclear technology, too. For there to be any hope of peace, people around the world must add their voices to President Obama’s.

If Mr. Obama could walk across the Peace Bridge in Hiroshima — whose balustrades were designed by the Japanese-American sculptor Isamu Noguchi as a reminder both of his ties to East and West and of what humans do to one another out of hatred — it would be both a real and a symbolic step toward creating a world that knows no fear of nuclear threat. Every step taken is another step closer to world peace.

Issey Miyake is a clothing designer. This article was translated by members of his staff from the Japanese.]

Doctor Zhivago Music

閑話休題。ユーチューブを見ていたら、ドクトルジバゴの映画の主題歌の美しい音楽に出逢った。ネットで見ながら聞く、映像と音楽である。

Independence

国際情勢が転変している。大東亜戦争後にはじめて遭遇する世界の体制の変更の兆候が見られる。アジアの英雄伝を執筆した、坪内隆彦氏が月刊マレーシア七月号に寄稿した論文である。Photo日本の防衛政策についての、自立自尊の日本を造りあげようとの主張であり、傾聴に値する。著者の了解を得て、当ブログに掲載することとした。ご参考まで。

「 対米自立のために自主防衛体制を確立せよ

北朝鮮がミサイルを発射した翌日の五月二十七日、アメリカの政治評論家チャールズ・クラウトハマー氏は、フォックス・ニュースに出演し、北朝鮮の核開発阻止のための交渉というゲームはすでに終わったと指摘した上で、いま北朝鮮に対して取るべき行動は、日本が核武装国家として宣言するよう勧めることだと語った。彼は二〇〇三年一月にも、『ワシントン・ポスト』紙で、中国に北朝鮮の核開発を阻止させるためには、「ジャパン・カード」(日本の核武装)を切るしかないと主張、二〇〇六年十月にも、ブッシュ政権が日本の核武装を支持するよう訴えていた。ブッシュ大統領のスピーチ・ライターを務めたデビッド・フラム氏もまた、二〇〇六年十月にブッシュ政権に対して、日本に核拡散防止条約(NPT)の破棄と核抑止力の構築を奨励すべきだと書いた。
 アメリカにおける日本核武装支持論は、経済や社会に対する国家や政府の介入を最小限にすることを主張するリバタリアンからも唱えられてきた。彼らは外交政策についても、政府の役割を制限する立場から、非干渉主義を説くからである。二〇〇三年には、リバタリアンの「ケイトー研究所」のテッド・カーペンター外交・安保政策研究担当副所長が、北東アジア地域の「核の均衡」をつくるために、アメリカは日本や韓国の核保有を支持すべきだと主張した。しかし、これらの議論は所詮オバマ政権には影響を与えないだろう。
 逆に、オバマ政権は日本核武装への警戒感を強めていると見た方がいいのではないか。クラウトハマー氏の発言の直後の五月末、キッシンジャー元米国務長官は、北朝鮮の核開発停止に向けた取り組みについて「中国が何もしなければ、韓国と日本は核兵器を保有する」と警告を発したのである。また、『ニューズウィーク』国際版編集長ファリード・ザカリア氏も、日本が核武装すれば、中国からの強い反応を呼び起こし、域内の軍拡を招くと語っている。
 昨年五月に米議会調査局がまとめた報告書は、日本が核武装を決断すれば、北東アジアに連鎖的に核保有国が生まれると指摘し、核拡散防止条約(NPT)など不拡散体制は「修復不可能な打撃」を受けると警告した。さらに報告書は、日本は核武装によって国際的名声を失い、国連安保理常任理事国入りの可能性はなくなると断じた。
 いま、北朝鮮の核開発の進行によって、北東アジアの核拡散が深刻な問題として浮上しているのである。韓国でも核武装論が台頭しつつある。与党ハンナラ党の金東聖・国会議員は「われわれも核兵器を開発することが、北朝鮮に核を放棄させる最も効果的な方法」と述べている。また、『月刊朝鮮』元編集長の趙甲済氏は、「北朝鮮の核武装に立ち向かえる唯一で効果的な方法は対応核の開発だ」と主張した(『産経新聞』二〇〇九年六月二十日付)。
 アメリカがその同盟国に対する攻撃に対しても報復攻撃すると宣言することによって、同盟国に対する攻撃も抑止できるという「核の傘」の論理は、これまでも論争を呼び起こしてきた。アメリカ政府は、核拡散防止(核独占体制の維持)のため、「核の傘」は成り立つと主張してきたが、そんなものが成り立つはずはないという主張も根強い。かつて、フランスのドゴールは「ソ連の攻撃からパリを守るために、アメリカはニューヨークを犠牲にすることはない」と言い切り、核武装を進めた。
 今回も、韓国における核武装論の台頭に慌てたアメリカは、改めて「核の傘」は成り立つのだと熱心に主張している。早速六月十六日には、オバマ大統領が韓国の李明博大統領に会い、「拡大抑止力」という表現で、核の傘を改めて明文化した「米韓同盟未来ビジョン」に合意している。
 二〇〇七年五月に開催された日米安全保障協議委員会の共同発表が、アメリカの日本に対する拡大抑止に具体的に言及したのも、そして今年六月二十五日に、次期駐日大使の有力候補に取りざたされたジョゼフ・ナイ米ハーバード大名誉教授が、下院外交委員会アジア太平洋小委員会の公聴会で証言し、日本への拡大抑止の信頼性を高めることが必要と強調したのも、傘が決して〝破れ傘〟ではないと信じこませるためにほかならない。
 日本の防衛当局もアメリカの核の傘に頼る姿勢を崩していない。防衛省防衛研究所研究部第一室主任研究官の塚本勝也氏らは、独自の核保有を目指したが、それを途中で断念したスウェーデンや台湾の事例を踏まえた上で、「……日本国内においては核武装の選択肢は必ずしも合理的と考えられておらず、そうした政策が積極的な支持を受ける状況にはない。とはいえ、海外を中心にそうした懸念が存在する以上、日本が非核の選択を行っている現状の合理性を対外的に説明する必要があ」ると述べている(塚本勝也・工藤仁子・須江秀司「核武装と非核の選択─拡大抑止が与える影響を中心に」『防衛研究所紀要』二〇〇九年一月、四十二頁)。
 しかし、国際情勢は大きく動いている。やがて、北朝鮮の核戦力がアメリカを射程に収めたとき、「北朝鮮の攻撃から東京を守るために、アメリカはニューヨークを犠牲にすることはない」との議論が噴出してくるだろう。
 しかも、中国への経済的依存を深めるオバマ政権がは中国との協調に傾斜していく可能性がある。対米追従外交の継続は、我国の自立的対中政策展開の上でも、大きな障害となりつつある。
 つまり、安全保障の観点からだけではなく、自立的外交政策の確立の観点からも、自主防衛体制を急ぐ必要がある。      (二〇〇九年六月二十八日)」

Market Fundamentalism is Over

東京都議会選挙があった。大局的に見れば、投票率が上がって、それほどの絶対票を与党側は失ったわけではないが、あがった分だけの票が民主党に投票されたと言う数字である。新聞には、麻生おろしなどの見出しが躍っているが、こうした混乱の時ほど、政治とは何かを考える好機である。

 小泉元首相などは、麻生首相は解散できない、自発的に退陣すべきダなどとオフレコで明かしたと言うが、首相経験者で、しかも今回の自民党凋落の原因をつくった者が、政界辞任を目前にして、こそこそと発言すべきではない。姑息な手段を講じて、負けをいかに少なくするかなどとは政治の大道を歩く話ではない。東京都議会選挙の報道の時には石原都知事の子息がテレビに出て解説をしていたが、そんなことをするから、国民はいよいよ反発するばかりであった‥もともと保守の思想を持つ石原知事ではあったが、いつの間にか市場原理主義の肩を持つようになった。

 テレビが依然として低級のメディアに留まって、朝から井戸端会議のような話で、右往左往しているが、何か人気取りが政治になったかのようである。地方選挙で総理の首をすげ替えること自体が、おかしいのである。しかも、選挙をしないで、総裁を三人まで変えてきて、政権を維持したことがいかなる停滞をもたらしたかについて全く反省がないようである。麻生おろしの動きにも世論は敏感に反応しており、過半数が反対である。

 さすれば、堂々と解散して、負け戦を粛々として受け入れることが大切である。与党敗北の責任は首相ひとりの生ではない。市場原理主義を受け入れ、日本を破壊して、なおその責任を吐露としない、小泉・竹中政治に同調したことである。歴史の審判はアメリカで下っていることに対しても鈍感であったことだ。郵政民営化の問題にしても、更迭すべきは、西川社長であったことはもう明らかな事実だ。首相は、解散を断行して、踏ん張ることが必要だ。そうしないと、自民党の保守勢力自体が雲散霧消することになるだろう‥将来民主党が問題を起こしたときに、その批判勢力となることすらできなくなるだろう。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあるとの格言があるが、市場原理主義が終わったことを認識して、小泉・竹中政治の勢力から、今できなくても、近い将来に奪還して、保守の再構築を図ることの方が、自民党にとっては大事なことであろう。

 勿論、民主党は民主党の方で、政権交代を控えて、政策の具体化を詰めなければならない。市場原理主義の三大虚妄である、民営化、規制緩和、公共政策の縮小の策など、直ちに廃棄することを国民に提案しなければ、大勝はおぼつかないだろう。

Clouds over the slope

今年の一月に高橋是清の伝記が出版された。現職の内閣府府統括官による「大恐慌を駆け抜けた男 高橋是清」である。中央公論新社kらの出版である。命がけで軍部と闘い、財政規律と国を護ろうとした男」という帯がついている。日露戦争の時代と、大東亜戦争の時代の彼我がの経済力の差について、「終わりに」という後書きでコメントしている。要すれば、「しかしながら、日露戦争は日清戦争後に確立した金本位制や日英同盟を背景として欧米金融市場での戦費調達が期待できた戦争であった‥それは、経済的に世界で孤立し、日満華の至言だけで闘わなければならなかった先の戦争とは全く異なるものであった‥日露戦争は経済的に敗戦国となった状況で突っ込んでいったものではなかった‥高橋是清を暗殺した後の軍部には、経済的に見た場合のそのような日露戦争との違いの認識すらなかったのが、先の戦争であった。」と書いている。

もうひとつの日露戦争という、ンスタンチン・サルキソフ山梨学院大学教授によって、ロシア側の新資料を駆使して描いた本が出版された。新発見・バルチック艦隊提督の手紙からとの副題がつけられており、日露両国の関係を全体的に見ながら、日露戦争について論述している。最近ロシアのプーチン首相が来日したこともあり、日露戦争の背景について、日本側ばかりではなくロシア側の実情についても考えることは有益である。ヤルタ体制が崩壊していく中で、日露関係を再構築するためにも、有益な一緒であると考えられる。

小村全権とウィッテ全権との間の交渉についてのロシア側の資料が語られており、小村がウィッテに対し、「賠償金に関する条項はロシア側としては受け入れられないだろう‥そのことを考慮して、日本は、賠償金支払いと言う方式をやめ、サハリン北半分をロシアに譲渡し、その代金としてしかるべき費用ロシアが支払うという方式にしたい」と語り、つまり、樺太を二分して、日本に渡す金銭は、敗戦後の賠償金ではなく、島の北半分を{ロシアが}購入する代金という形」にする提案をしたという。ウィッテは、「サハリン島全部を日本に譲渡し、1ルーブルも払わないですめば、その方がずっと都合がよいのに‥しかし、日本は同調しないだろう。なぜなら、日本としては是非とも資金を必要としているのだ」と判断していたという。

両書を読んで見ることをおすすめする‥当ブログの筆者も、それほどの読み込みはまだ行ってはいないが。財政的な負け戦が、社会不安を醸成して、世界がブロック経済化して新たな世界紛争の原因となると言う歴史の方向が描かれているように思う。日露を闘わせることで誰が利益を得たのかという大命題についても、冷徹に考究することが、自立自尊の日本を目指していくためにも、また、現在の情勢の判断の為にも有益ではないだろうか。

左の欄に、両書のリストを掲示しておいたので、ご参考まで。

Political Situation

 当ブログは、大局的に市場原理主義の虚妄についての関心があり、微視的な政局論についての関心はあまりない。国内政治の具体的な動向については、筆者が個人的に私淑する先輩ジャーナリストが毎朝発信している掲示板がおすすめである。当ブログのリンク先の冒頭に掲示してある http://www004.upp.so-net.ne.jp/sugisugisugi/ が、特に毎日執筆されている、浦の苫屋と題する、掲示板に掲げられる、今朝のニュース解説がおすすめである。http://suginoko.progoo.com/bbs/

また氏は、優れた俳人でもあるから、経験の豊かさを感じる名解説であり、文化の香りをかぐことができる。

Ugly Media Strategy

Corrupt Postal Privatization 152

粉飾決算と言わなければ、お化粧直しとでも言うべきことである。

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0907/07/news084.html

Corrupt Postal Privatization 151

日本郵政の株主総会の翌日の会合についての新聞記事があったと言うが、当ブログは、現物の紙面をみてはいない。色々なブログなどに、その内容が転載、評論されているので、その内容を紹介すべくリンクを貼ってみることとする。

http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/e256aed292852367d26e6d686d445184

http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-4b45.html

http://nippon2006.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-ad2a.html

Dr Mahathir on the frost of the world

アジアの哲人政治家、八十四歳である。アルジャージーラの映像である。

Corrupt Postal Privatization 150

イギリスの郵政事業の民営化は、ブラウン首相が、棚上げを表明した。

ガーディアン紙の報道である。http://www.guardian.co.uk/uk/2009/jul/01/royal-mail-mandelson-part-privatisation

棚上げではなく、もう一切がっさい民営化議論を中止せよとの意見も有力である。

http://dundeesnp.org/?p=910

世界的にも、市場原理主義の民営化、規制緩和、公共政策の削減という三大虚妄の政策の失敗が露呈した。日本では、郵政民家化は、日に日に劣化を続けており、私物化と、国民資産の外国移転が進捗しているが、そうした陰謀を奨める勢力は激しい抵抗を試みているが、まもなく失敗することになる。既に、刑事告発も行われており、諸外国からの透明性の保持の論評もある。つまり、市場自体が、郵政民営化を支持していないのである。ドイツは政策を変更して、郵政総裁を逮捕したことは昨年の出来事であり、その他のヨーロッパ各国でももう郵政民営化の議論は影を全く潜めているのが現状である。

イギリス国民は郵政を民営化してほしくないとの題のついたビデオ映像がある。

Public don't want Royal Mail privatisation
Public don't want Royal Mail privatisation

Market Fundamentalism is Over 2

川勝平太氏の興味深い演説の画像。

Market Fundamentalism is Over

 静岡県知事選挙があり、僅差ではあったが、川勝平太氏が、民主、社民、国民新党の三野党の推薦を受けて、与党の推薦する候補を抑えて当選した。川勝平太氏は、富国有徳の主張を以前から掲げており、海洋国家日本を主張している。また、小渕総理の時代には、首相の主催する懇談会などにも参加しており、いわゆる革新系の人脈には繋がらない人と見るべきであろう。英国のオックスフォード大学において研究をしていたらしく、海外との比較の上で、日本の力の源泉を探求しているようである。

 今回の選挙は、来る衆議院総選挙の前哨戦として注目されていたが、民主が分裂選挙となったことも特徴であった。つまり、市場原理主義に賛成する勢力が、野党の分断を図ったが、それは成功しなかったとも言える。民社国が候補者を一本化していれば、川勝氏は難なく当選して板であろうが、一本化は成功せず、第三極から立候補して、川勝候補の得票を減らす効果、つまり、対立候補の援護射撃の意味合いが極めて強いものであった。新自由主義の政策を推進するために、疑似の第三勢力をつくりだす手法であるが、幸いにして成功しなかった。

 4年前のいわゆる郵政民営化をめぐる刺客選挙においても、民主党の中から郵政民営化に賛成するような声や、市場原理主義の小泉・竹中政治に同調するような動きがあり、政権獲得の呼び声がありながら、怪電子メール事件などもあり、自滅したような格好になった。今回は、幸いにして擬似的な第三極の効果は発揮されなかった。そうすると、今回の選挙は地方選挙ながら、市場原理主義が、日本の地方政治においても退潮を決定的に示すものである。うがった見方をすれば、市場原理主義が退潮に向かう中で、仲間割れを起こす現象が起きているのかも知れない。

 さて、川勝氏の経歴をウィキで見てみよう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E5%8B%9D%E5%B9%B3%E5%A4%AA#.E5.AF.8C.E5.9B.BD.E6.9C.89.E5.BE.B3

文明の海洋史観について解説した、ネットの記事があった。リンクを貼るので、ご参考まで。http://homepage1.nifty.com/gujyo-economic-res/homepage/kawakatu.htm

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0225.html

http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/C478131471/E1787810565/index.html

とりあえず。

Kuroshio 10

吉野金峰山寺本堂は蔵王堂と呼ばれ、現在の建物は太閤秀吉が権勢を誇って「吉野の花見」を催す三年前一五九一年の建立である。蔵王堂の建物自体が偉大な国宝だが、その中に色鮮やかな蔵王権現の立像三体が秘仏として立ち並んでいる。本堂の東壁には万治四年(一六六一)一月に大和下市の商人が奉納した縦二八八センチ横四五五センチもある大きな絵馬が掛かっている。題して「廻船入港図額」という。当時の渡海船の周辺での荷役や艀の様子や船の甲板や船室の構図が分かり、後部の甲板だけで二〇人はゆったり座っているから相当大きな船である。船の艫には、大きな丸の印の旗が掲げられており、後醍醐天皇の官軍の旗を思い出させる。

 近畿地方の山村では、初夏の田植えのころ飛魚(とびうお)を食べる習慣があったそうだが、飛魚は黒潮に乗って瀬戸内海に入り、あるいは熊野の沖にも現れて、例えば瀬戸内海の広島の見島の沖で獲られた魚が渡海船で吉野に運び込まれたものと思う。吉野で、紀伊半島の中心部でもう海は見えないし、海と全く関係ないような山岳のお堂の中で、海との深い結縁を絵馬が語りかけている。平安時代の蔵王権現三尊像は鮮やかであるが、絵馬の方は時代が新しいのに、いずれは古来の白木の一木に朽ちていくのではないかとも思うほどに寂びてきているが、しかも神仏習合の脇に絵馬を献額することは本源的な海の伝統を思いださせるかのようである。蔵王堂の石碑の多くには、岩組という寄進元の名が刻まれているが、講の名前か紀伊半島の海を取り仕切って繁栄した廻船問屋の係累であろう。

 ちなみに、『ヤマト 古代祭祀の謎』(小川光三著、学生社、二〇〇九年)によれば、卑弥呼の陵墓に比定される箸墓、三輪山、室生寺のある室生山などを含め、東の伊勢から淡路島にある伊勢の森まで、東西の一直線上に太陽遺跡が点在して「太陽の道」をなしているとしているが、蔵王堂は紀伊半島の陸塊の太陽の道の中心に位置する。吉野は山間部ながら東へは伊勢の大湊へ抜けることができるし、西は金剛山を越えて河内の住吉や和泉の堺の浦へも容易につながるから、吉野から熊野詣でをするには困難な山道をたどるにせよ、三方の海への結節点でもある。反逆を企てた役行者小角(おづぬ)が、伊勢から伊豆の嶋に流されて伊豆山神社を開山してまた吉野に戻った話や、伊勢国司の北畠親房が筑波嶺の麓で神皇正統記を書いたことにも触れてきたが、月山の修験道など東国との海の往来も垣間見ることができる。役行者は最初海の熊野から入り縦走して吉野に入ったとの伝承があるが、山伏の奥駆け修行も、熊野から吉野への行を順峯(じゅんぷ)、吉野から熊野へ向かうのを逆峯(ぎゃくふ)と名付けて、海からの方向を正としている。

 第四〇代天武天皇の諱は大海人(おほしあま)で、凡海(おほしあま)氏の養育を受けたから即位するまで大海人皇子と呼ばれたのである。壬申の乱で吉野から挙兵したのも海人であることを宣明している。天武天皇は天文台を設置しているほどだから、当然海の潮の満ち干と月の引力の関係についても通暁していたに違いない。航海術には北極星の方向を定めることが必須だが、天武帝が天皇という天の支配者である北極星を意味する尊号を創始していることも意味深い。凡海氏は海部一族の統率者(伴造)で、壬申の乱では主力の軍事力となって、大友皇子の近江朝廷軍を撃破している。

 海部氏はその名前の通り漁業や操船航海術で朝廷に仕えた品部の一つで、現在も愛知県と徳島県に海部郡という郡が残り、佐渡島には海府なる地名が残っている。日本全国に「あま」の音に因む地名が残っているが、わが産土の奄美大島などはその典型であろう。海女も尼も「あま」と訓むが、いずれも女である。南島では「あじゃ」が父親で「あま」は母親である。信濃の安曇氏も海部の一つであるが、わが国最初の本格的都城である藤原京を設営するに当たって天武天皇が信濃の地形に強い関心を寄せたとされるのも、海洋民が内陸部に発展していく過程を見るために執心したものと考えられる。先述の「太陽の道」に擬えて見てみると、常陸の鹿嶋神宮と諏訪の大社、そして出雲大社とは東西一線上に並び、その中心に諏訪大社が位置する。

 海部氏の祖神は天火明命(あめのほあかりのみこと)であるが、夜空に燦めき航路の指針となった星々に由来する名前だろう。丹後の海部氏は丹後国司であり、海部一族の尾張氏も尾張の国司であり、熱田神宮は代々尾張氏から大宮司を迎える。住吉大社も、津守すなわち港を守る海部氏が、代々の宮司家である。宗像大社同様に、丹後の籠(この)神社の奥津宮は舞鶴湾の湾口にある冠島であり、今ではクバの木はいざ知らず、常緑樹林が全島を覆い、オオミズナギドリの繁殖地として天然記念物となっている。日向日南のクバの繁茂する島が、ウミスズメの繁殖地として天然記念物の島となっているのと同様である。

 かつて冠島は凡海嶋(おほしあまのしま)と呼ばれたという。壬申の乱は月と星空を愛で海を力の源泉とした人と陸封ゆえに外来の彩色文明に憧れ権力の源と仰いだ者との騒擾対立であったか。(つづく)

Indecent Interval

 佐藤優氏の裁判の最高裁判決があった。国策捜査の名前のごとく、国策が良い国策であれば格別、市場原理主義の悪策が国策となっているときに逮捕されて、咎められた。中南米では、市場原理主義者が、政府を乗っ取り、反対する人を投獄するばかりではなく、暗殺すら行われたから、この国ではそうした極端には及ばなかったことを喜ぶべきかも知れない。チリやアルゼンチンでの暴虐の暗黒が明らかになりつつある。つい、先日は、ホンジュラスで、そうした市場原理主義者の残党によるクーデターが発生したばかりである。日本の外交を弱体化させ、ロシアとの北方領土交渉を無実化させる勢力すら考えられるような、国策捜査である。そして、それを後生大事に判決をくだす。日本は何という国になったのであろうか。まだ、市場原理主義の残党が政治の世界でも跋扈しているようである。

 しかし、希望を捨ててはならない。この国は、権威と権力とを分離する国である。北畠親房が述べたように、神の国である。権力といえども、正統性がない以上、長続きはすまい。裁判所の中にも、検察の中にも、公平と正義を求める声はキッとあると思うが、組織になれば、上位の権力に反抗することもできない事情にあったことは理解できないことはない。しかし、世界的には、市場原理主義の、こうした国策捜査のごとき政治弾圧の手法は、完全に退潮に向かっている。まもなく、変わる。典型的には、アメリカに登場したオバマ新政権で、ブッシュの市場原理主義時代に行われた適正手続きを無視した司法のあり方についての反省があり、修正が加えられ、関与した権力者の訴追も検討されていると言われる。いずれの国においても、司法は、正義と真実によって支配されることが必要であるし、法治国家にふさわしいものである。

 現在、無実を主張しながら、収監されている元参議院議長の村上正邦先生が、吉野熊野の玉置神社を訪ねたおりに読んだ歌がある。玉置宮 山霧深く 神宿る とある。霧は今なお深いが、その霧のなかにも神が宿っていると。まもなく霧は晴れる。

 佐藤優氏は、日本の戦後の有数の思想家として発展する人と思う。今後の活躍を祈り、さらなる精進を期待するばかりである。

Corrupt Postal Privatization 149

ジャーナリストの町田徹氏が、郵政関係の専門紙、通信文化新報に掲載した記事である。ミニコミであるから、紹介される範囲が少ないことを勘案して写しを掲載した。pdfのファイルになっているので、ご注意ください。強引さと詭弁の論理であることを明快に論破している。

「090701.pdf」をダウンロード

ご参考まで。

Corrupt Postal Privatization 148

Business Times Singapore carried an article dispatched from Tokyo and published on June 29, 2009 as an economy watch column.
The same article was quoted and published today by the Malaysian Insider, without a picture and correspondents signature.

[Privatisation of Japan Post may be shelved

Govt orders freeze on public offerings for parent, banking, insurance units

By ANTHONY ROWLEY
IN TOKYO

Japan_post_2
Staying put: A public sale of shares in Japan Post Bank or in its holding company, Japan Post, might prove to be a flop as wary investors steer clear of its major exposure to Japanese Government Bonds, analysts say

THE privatisation of Japan's mammoth public postal savings, insurance and postal services empire - one of the biggest exercises of its kind ever proposed and a symbol of a former era of market-friendly reforms in Japan - is almost certain to be delayed and the exercise could well be abandoned.

This would leave the savings bank, insurance and postal services giant in government hands, reflecting how far the political and social mood has changed since former prime minister Junichiro Koizumi launched the controversial privatisation exercise in 2005.

Last week, Internal Affairs and Communications Minister Tsutomo Sato urged Japan Post, (holding company for the quadripartite corporate entity that the former Japanese state postal system has been converted into) to freeze an initial public offering of shares in itself and two of its key subsidiaries planned for the current fiscal year.

The banking and insurance arms of the postal complex, as well as up to two thirds of the holding company, Japan Post, which currently owns these financial activities plus mail delivery and post office operations, are currently due to be sold to private investors over a 10-year period that began in 2007.

Mr Sato's action was linked to the fact that Japan Post was recently issued with a business improvement order from the Japanese government after it was involved in a major controversy over the proposed 'fire-sale' sale of property assets that it holds.

But the privatisation exercise itself now has few friends and many enemies in Japan. With an August general election appearing likely, Japanese Prime Minister Taro Aso's Liberal Democratic Party seems to have no stomach for the politically unpopular move.

The main opposition Democratic Party of Japan led by Yukio Hatoyama, which polls suggest will emerge victorious from the election has 'drafted a law' to stop public sales of shares in the postal empire, Kobo Inamura, a former executive vice-president of Japan Post told The Business Times.Mr Inamura, one of a number of executives who resigned in protest at the original postal privatisation plan, on which Mr Koizumi fought and won an election to crush his opponents, said that Mr Hatoyama will very likely act to 'reverse' the privatisation once in power.

The political climate has changed in Japan as the Koizumi reforms have come to be seen as opening up social and income divisions while the onset of economic recession has made many Japanese hanker for a return to the 'social' market economy they experienced for decades after World War II.

But the Japanese government has other reasons to avoid privatisation of the postal empire, relating its own fast-deteriorating financial situation. 'The core problem is the huge asset of the postal system,' said Mr Inamura.

Japan Post Bank inherited on the liabilities side some 190 trillion yen (S$2.9 trillion or US$1.6 trillion) in deposits from the formerly homogeneous postal empire, and some 150 trillion of Japanese Government Bonds (JGBs) on the asset side, as well as direct loans to the government.

The idea was that Japan Post Bank would gradually sell off its huge bond holdings, in total amounting to some 20 per cent of total outstanding JGBs, and move more of its assets into mortgage and other more conventional bank assets.

But with so much debt outstanding (equal to some 170 per cent of Japan's gross domestic product) and the need to issue even more in order to keep Japan's recession-mired economy afloat, the government has little chance to dispose of the postal bank's holdings without hitting the JGB market.

A public sale of shares in Japan Post Bank or in its holding company, Japan Post, might thus prove to be a flop as wary investors steer clear of its major exposure to JGBs, analysts say.

Japan Post Insurance, which handles the huge insurance portfolio of the old postal complex, also has large holdings of JGBs.

On top of this, its services are seen to have 'deteriorated' since the privatisation plan was announced, according to Mr Inamura.

Japan Post was also supposed to sell off a chain of hotels it owns, known as Kampo no Yado, but after an attempt to do this recently at a knock-down price to a business group whose executives had been involved with the original privatisation plan, a public scandal erupted. Former internal affairs and communications minister Kunio Hatoyama (bother of the DPJ leader) then resigned in protest at Prime Minister Taro Aso's reappointment of former commercial bank head Yoshifumi Nishiokawa as head of Japan Post.][a minor misspelling of a Japanese name was fixed by this blog]

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Corrupt Postal Privatization 147

 今週月曜にに発売された週刊朝日は、、鳩山前総務大臣が日本郵政をめぐる政治騒動について2時間半にわたるインタビューをまとめた特集記事を掲載した。次のアドレスに掲載されている。http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/asahi-20090701-02/1.htm

記録に残すために、画像部分などをのぞいて、文章のみを引用しておきたい。

日本郵政問題を巡って麻生太郎首相(68)は、盟友・鳩山邦夫前総務相(60)の“更迭”、そして西川善文社長(70)の“続投”と強引な幕引きを図った。それに対して世論は、内閣支持率の大幅下落という明確な「NO」を突きつけた。鳩山氏がクビをかけてまでこだわったのは何だったのか、麻生首相との間に何があったのか、そして、今後どこへ向かうのか──鳩山氏がその“核心”を赤裸々に語った。

──鳩山さんの“更迭”は、麻生首相の判断ミスだったのでは。

 総理は人柄がよろしい人なんです。私は総理が騙(だま)されたと思っています。もっと言うと、ハメられたんじゃないかと思う。「(日本郵政の)西川善文社長は郵政民営化のシンボルだから、絶対に切ってはいけない」と進言され、総務大臣だった私を切り、内閣支持率が下がった。そして、いま総理は窮地に陥っている。「麻生降ろし」が始まって喜んでいるヤツらがいるのではないか。彼らは、この結果を予想していたのではないでしょうか。

 私は「カサカサ文明」と「しっとり文明」というふうに表現するんですが、そもそも日本人はカネを重視するのではなく、非常に和を重んじ、弱い者を助けるような社会だった。そういうしっとりした幸せな社会をつくりたいんです。それが私が言う環境革命の根底にあるんです。

 ところが、今の日本の文明論は儲(もう)かればいいという感覚ばかり。そういう感覚は、欧米的であって、日本的ではない。私は日本的文明のほうが優れているという確信があります。小泉(純一郎)さんがやった郵政民営化という大改革に私も賛成しました。賛成した以上、私としてはよりよい民営化とはどういうものか考えてきました。それが現状は、国内のハゲタカが群がって郵政民営化を食い物にして、ぐちゃぐちゃにしてるんではないかという状況になった。西川体制の民営化ではそれが見え見えだった。

 2400億円のものを109億円でたたき売った「かんぽの宿」は、氷山の一角にすぎない。巨悪が潜んでいる可能性は十二分にあると見ています。

 私は、いわば「郵政民営化の掃除人」です。不透明な部分があるから、それを表に出して掃除する。だから、むしろ小泉さんや竹中(平蔵)さんに表彰状をもらってもおかしくないんだと、国会で何度も言ってきた。でも、彼らの反応は、よっぽど「表に出て」は困るものがあるのか、あるいは、国内のハゲタカが栄養失調になる恐れを感じたのか──そうとしか思えないのです。

 私は、総務大臣辞任後、今回の総理の判断の背後には「振付師」がいる、と言ってきました。それは、二つの意味があります。

 一つは、菅義偉(すがよしひで・自民党選対副委員長)さんや中川(秀直・元幹事長)さんといった外部の圧力です。彼らが、西川さんを切ると「麻生降ろし」に繋(つな)がる、と脅しをかけた。それに総理は流されたんです。

─麻生首相から後継人事に関する手紙をもらったと聞きましたが。

 4月7日に、温かい手紙をもらいました。そこには、

〈西川さんの後継問題でお悩みでしょう。あくまでも参考ですが……〉

 と数人の名前が書いてあった。それは、これまでメディアで報じられた名前ではありません。私もオープンにしていませんが、とにかく総理は謙虚に、しかし、確かに示唆してきたんです。

 それで私は、日本郵政社外取締役の奥田碩(トヨタ自動車相談役)さんを中心にお願いして、ずいぶんいろいろと動いてもらった。ところが突然、「西川さんは切れない」と一変した。

 5月18日にあった日本郵政の指名委員会で、西川さんら取締役9人全員の再任が決まりましたが、総理の“変化”に気付いたのはそれ以前、恐らく4月の下旬くらいでしょうか。この“変化”は、私にとって残念でした。

 もう一方の「振付師」は、内閣官房です。いま内閣官房は、ものすごく弱体化している。かつて二階堂進・元党副総裁や大平正芳元首相が官房長官だった時代は、官房長官が先を見越して様々な判断をバンバンしていた。そのような人物がいなくなってしまったのです。

 本来、調整・根回しをするはずの内閣官房が、まったく機能していません。今回の日本郵政を巡る問題でも、通常、こういうことがあれば内閣官房が動く。ところがその力がないから、総理ご自身が心配して私に手紙をくれたのです。

 総理は官僚の言うことをよく聞いてしまう。内閣官房の官僚たちの“作文”を鵜呑(うの)みにするから、国民が納得できるような説明ができないんです。鴻池祥肇(よしただ・前官房副長官)さんがいれば、違っていたでしょう。確かに女性問題はだらしないんだけど(笑い)、あの人がいたら今ごろ、西川さんがクビになって、私は堂々と総務大臣を続けていたかもしれない。官邸力がまったく地に落ちていることに、総理が判断を誤った原因があります。

総理の判断ミス 資格が問われる

──このままでは郵政民営化は胡散臭いものとみられるのでは。

 国家的損失です。政治的な勘の悪さと見識の悪さでしょう。国民目線がまったくない政府だということです。当たり前のことを当たり前の感覚で行動すると、閣僚のクビが飛ぶ。そして、その当たり前のことをした私を国民が「頑張れ! 頑張れ!」と激励する。これは異常なことですよ。

──鳩山さんは麻生氏を首相にするため、ずっと支えてきました。麻生首相は、「総理」になる前と後で何か変わったのでしょうか。

 基本的に、人間性が変わったとは思いません。私は割と「人格」を重視するほうなんです。古代ギリシャの哲人政治ではありませんが、“いい人”が政治をやるべきだと思う。その意味で、総理は人柄がいい。気配りの人で、情の人です。

 政策的には、経済重視の総理と環境重視の私とでは合わない面がある。いつまでも企業経営者の感覚が抜けないのも気になるところではあります。実際、西川さんの人事問題で、総理が「民間に政府が手を突っ込むべきではない」と言っていたのも、誤った振付師に言わされていたのでしょう。総理は自ら企業経営者だったもんだから、企業に詳しいし、そっちに意識がいく。でも、日本郵政は「株式会社」ではあっても、厳密に言えば、政府が100%の株を持つ「特殊会社」です。その経営はまったく別物ですが、発言を聞いていて、ひょっとして特殊会社と(麻生首相の家業の)「麻生セメント」がこんがらがっているのかな、とちょっと心配になることがありますね。(笑い)

 いずれにしても、日本郵政の人事問題は総務大臣の認可権限であり、総理が決断する話ではない。「よきに計らえ」と言っておけば、何の問題もなかった。それが、自身の舌禍が続き、支持率も上がらない中で、妙に弱気になって“圧力”に流されたのではないでしょうか。

 しかし、今度のことは、総理が騙されたとはいえ、騙されちゃいけないのが総理なんです。そう考えると、なかなか難しいかもしれないですね。

 私は麻生内閣を作るために一生懸命やったから、そうは思いたくないんですが、ああいう判断ミスは総理大臣としての資格を問われても仕方がないんじゃないでしょうか。

最後には戻ってきてくれると…

──その麻生首相は、期待されていた早期解散をなぜしなかったのですか?

 まずは麻生カラーを出して人気沸騰させてから、と思っていたんだけど、なぜか沸騰しなかった。

 麻生さんの欠点を挙げるとすれば二つあって、一つは、人がよすぎて人の意見を聞きすぎる。それも、後から来た人の意見をね。最後に会った人の意見が麻生さんの意見になってしまう。

 もう一つは、保守的すぎること。党内バランスを考えてしまうのです。

 世の中の人は、総理にまったく逆を期待していたでしょう。私も逆のタイプだと思っていた。ところが、思ったよりも保守的だった。反骨精神が足りないんだよなあ。「失敗したくない」という思いから、決断できず、国民目線を失ったのかもしれません。

 そもそも、総理大臣は激務すぎて、考える余裕がないのです。考える余裕がないから、人の意見を聞くと流される。だから、「らしさ」がなくなったんだと思います。

 そう感じたのは、「定額給付金」の時でした。

 担当大臣(総務相)だった私は、総理大臣室で「絶対に所得制限はできない」と申し上げた。ライン引きの根拠となる税務情報は、使えたとしても5月になるから、今春には間に合わないと説明したら、総理は「わかった。技術的に無理なんだね」と言っていました。記者会見でも「(定額給付金は)全所帯にいく」とはっきり言っていたので、私は大いに満足していたんです。

 ところが、その後の経済財政諮問会議で「金持ちがもらうのはおかしい」という意見が出ると、総理は「さもしい」発言をしちゃった。あれほど説明したのに、私が信用ならなかったのかと悲しい気持ちになりますよね。あれはショックでした。

 ただ、総理は今回の郵政問題でも、逆ブレして最後には戻ってきてくれると思ったんですよ。ところが、肝心の時にブレてくれなかったんだね(笑い)。まあ、総理も見る目がないが、私もないということでしょうか。(笑い)

──民主党に戻って、兄・鳩山由紀夫代表と一緒にもう一度、政界をかき回すことはないのですか?

 一つの考え方ではあるけれども、現実的には考えられないですね。

 もしも総選挙で民主党政権になったら、日本郵政を巡って私が問題にした事柄は、すべて真相が明らかになって、西川さんの“更迭”を始め、だいたい私の思ったとおりになるかもしれません。結果オーライになっちゃうのかな。だけど、民主党には政権をとらせたくない。

 兄貴とは感覚が違います。兄貴が総理大臣になったら、麻生さん以上に庶民感覚がない内閣になっちゃうでしょう。

 麻生さんと兄貴を比べたら、間違いなく麻生さんのほうが“いい人”ですよ。兄貴は、人を利用する天才だからね。「歩くしたたかさ」ですから。兄弟で子どものころから一緒に遊んでるけど、何でこんなに感覚が違っちゃったのか。

──いま総選挙を前に「離党」「新党」などとも言われていますが、今後のことをどう考えていますか?

 きれい事は言いません。現実的に、いま離党は考えていない。

 辞任以来、東京、久留米の事務所は電話が鳴りっぱなしです。「頑張れ、応援するぞ」と激励の言葉をいただく。ただ、「自民党は応援しない」という。自民党の危機ですよね。自民党をたたき直す方法は何かないか、考えているんです。自民党には、私が新党を作らないですむ状況であってほしい。自民党が「善悪判断」「政治判断」がちゃんとできる政党に生まれ変わってもらわないと、いずれ私はいられなくなる。

 新聞などの一連の報道で「暴走バト」とか「欲の塊で、総務大臣を辞めたんじゃないか」とか書かれていますが、腹が立ちます。「欲の塊」ならもっとうまく生きてますよ。(笑い)

 実は、総務大臣を辞める1週間ほど前、総理と飲んだんですよ。そこで私はこう申し上げました。

「私はこれまで、総理になれっこない麻生太郎の選対本部長をやるのはバカだ、といろんな人に批判された。ならば、この“いい人”を総理にしようと『太郎会』を結成し、人とカネを出して2年間、“錬金術師”の思いで頑張った。麻生内閣を作るために走り回って、十二分に充実した日々を送ることができて感謝します」

 そして、こう続けたんです。

「ただし、私は性質(タチ)が悪いですよ」

 総理は「どういう意味?」と聞いてきましたが、要は、私は「欲」がないんです。これまで5回も大臣をやっていて、こういうこと言うのもおかしいかもしれませんが、出世欲がない。

捨て石の覚悟で勝負に出るのか

 私が重視しているのはただ一つ、「世直し」です。それができないならば、自然の中に入って趣味の蝶(ちょう)を追いかけているほうが幸せだ。いつ国会議員を辞めてもいい。だからタチが悪い。つまり、「西川さんをクビにしないと納得しませんよ」という話です。総理が理解したかどうかはわかりませんが。

 私に「私心」があるとすれば、世直しのきっかけを作って、後世の人に、そのきっかけを作った鳩山邦夫は素晴らしかったと言われたい。生きているうちは、大したことをやらなかったと言われても、歴史が「先見の明があった」と評価してくれれば本望ですよね。私は、初当選の時からずっとそう思ってきました。

──自民党をたたき直すと言うなら、鳩山さん自身が、総理総裁を目指すべきでは?

 いろんな人から、こういうことは言うな、ああいうことは言うなと言われていましてね(笑い)。最終的には自分の言葉で話しますから。

 先日、広島で講演会がありました。その時、一緒に壇上に上がった政治評論家の岩見隆夫さんが、こうおっしゃったんです。

「本人がいるから言いにくいけど、あえて言えば、時代が節目を迎えている時には、誰かが無謀と思われても行動を起こさないといけない。歴史とはそういうものだ。鳩山さんが新しい行動を起こしてくれることを望むね」

 かねて岩見さんは、私に新党を作れと言ってきた。特に、酔っぱらうと凄い(笑い)。岩見さんの言葉は響きますよ。

 誰かが捨て石にならないと変わらない──悩むところです。もちろん、政治は「数」の勝負だから、仲間がいないといけない。しかし半面、「捨て石」の覚悟を持った人間がいないと歴史は正しい方向にいかないし、誰かが新しい時代を先取りしないといけない。

 私が総理になりたいと思っても絶対になれないと思う。だけど「捨て石」を覚悟した時に世直しができるし、万が一、いや、1億分の1の確率で、「総理」という話があるかもしれない。その時は、やりますよ。」

Corrupt Postal Privatization 146

定期購読を基本とする月刊雑誌のテーミスが、七月号のテーミスリポートと称するトップ記事は、

<THEMIS レポート>「かんぽの宿」一括売却は日本郵政

と巨大労組の「馴れ合い」だった

 露骨な労使協調路線を進めるJP労組は「かんぽの宿」のオリッ

クスグループへの売却を容認した。権益拡大のために国の財産

を叩き売りして、JP労組は組合の経営参加とユニオンショップ制

という果実を手にしたのだ。

として、「邪心を抱いた労使の経営協調ほど始末の悪い者はない」

と結論づける4ページにわたる記事である。

 テーミス誌は、予約販売を基本としているようであるが、

個別に通信販売も行っているようであるから、サイトのリンクを書い

ておく。http://www.e-themis.net/index.html ご参考まで。

Corrupt Postal Privatization 145

一枚の写真が新聞に掲載された。日本郵政の株主総会の写真である。Photo_2

奥田トヨタ自動車相談役、その次が高木祥吉元金融庁長官、元民営化準備室次長で、日本郵政副社長、一番右が、ご存じ日本郵政社長などと並ぶ、29日に開催された日本郵政の株主総会の写真であるとの報道である。一番奥の女性実業家が、奥谷禮子氏、経歴がウィキペディアに掲載されているので、参照されたい。ガバナンスを失ったというか、あるいは違法性はないにしても、少なくとも品格を失い、国民の支持を失ない、市場原理主義者の代理人の集会となってしまった取締役会の姿を、この写真が端的に表現しているかのようである。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%A5%E8%B0%B7%E7%A6%AE%E5%AD%90

Down

 昨日の昼間は、午後1時半頃から深夜を超えて、当ブログの収容されているインターネットサービスの会社のコンピュータが不調で、ブログの修正あるいは閲覧ができない状態が続いた。ブログの更改や新しい書き込みは、朝の八時からできない状態であった。情報流通のためには便利な手段ではあるが、一方では脆弱な面もあることが分かった。当ブログは気ままな情報配信であるから、さしたる被害はないが、基幹のネット通信の回線の遮断でなかったことは幸いであった。今朝からは復旧している。また、読者との交流が始められる。引き続き、ご一読を賜りたい。

「2009/06/30 13:38
~2009/07/01 00:45
ココログの一部機能において、サービスが正常にご利用できない状態が発生しておりましたが、7月1日 00:45をもって復旧いたしました。」

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