構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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Market Fundamentalism

市場原理主義者が、文化や伝統をないがしろにしながら、社会・経済の構造を破壊して、外国の金融資本が社会全体を支配して行く手法あるいは手口については、縷々当コラムで触れてきた。外国人労働者を、一千万人移民受け入れなどと喧伝してもてはやす動きがあるが、市場原理主義の国際的な亡国の陰謀に過ぎないので、実例を提供して、警鐘を鳴らしておきたい。
一昔前であるが、鄧小平が、中国からの難民を日本に向かわせるぞと恫喝を加えたことがある。事実、文化大革命後の大混乱の中で、貨物船の船倉にもぐりこみ、あるいは蛇頭に率いられて、日本に向かう密入国事件が頻発した。北京オリンピックの聖火リレーをめぐっては、留学生など4000人を長野に集結させて、騒乱を醸成しようとしたが、幸いにして不発に終わっている。天安門事件の後の日比谷公園周辺での民主化を求めるデモでも、公安当局の関係者が、他国の首都で我が物顔で活動していた。表面的な日中友好に踊らされていた時代であったが、日本留学組の学生は、帰国後の同窓会の組成もままならず、中国の市場原理主義化の中で、党独裁が強化され反日・抗日の機運が巧妙に作られるなかで、日本に残留して帰化した人士もまま見られるのは、日本のしなやかな強さである。
不要の対立や騒乱を、自然災害がないときには、意図的に、戦争すら引き起こすことを辞さないのが、市場原理主義である。
難民を流出させる政治かく乱の手法は、人口の強制移住と並んで、もともとは共産主義体制の常套手段であるが、市場原理主義が、トロツキズムに近似すると言われるとおり、冷戦後は、市場原理主義が共産主義の人口流出策の手法を受け継いでいる。
ソ連が崩壊して、多くの科学者や知識人が外国に渡った。日本でも全国の工学系の大学や、一部の人文系研究機関などにおいても、ロシアから大学教授や、研究員を受け入れた。ソ連は、軍事技術においては世界のトップクラスにあったから、冷戦がソ連崩壊で終わる中で、産軍複合体が解体され、その中枢が海外に頭脳流流出することとなった。ソ連崩壊後の、経済立て直しは、市場原理主義を信奉する者が主導したことで、いっそう悲劇的な結末を生み出し、未曾有の格差社会を現出させた。ジェフリー・サックス教授などが、市場経済導入の顧問として、あらゆる民営化、規制緩和、公共政策の削減を行った。プーチン政権は、そのゆり戻しの過程で、ロシア再興の勢力として登場して、極端な市場主義の修正を試みている。オルガルヒの追放にも踏み切っている。
イスラエルの事例は、残酷である。1994年のノーベル平和賞は、PLOのアラファット議長、イスラエルのラビン首相とペレス外務大臣に贈られ、冷戦後の、中東における恒久的な平和の到来を思わせたが、その枠組みは、市場原理主義の移民政策によって完全に破壊されることになる。
ロシアの構造改「悪」で、100万人のユダヤ人がロシアからイスラエルに移民した。混乱が頂点に達するエリツィンのクーデタの頃には、追加の60万人が、ロシアからイスラエルに出国している。軍事技術に長けた技術者や、研究者が大量に移住したために、イスラエルはハイテク大国に変身した。軍需産業と派生する民生品の技術の一大展示場となった。9.11のテロ事件の後は、安全保障に関する一大産業をもつハイテク国家として、技術導入のために世界の実業家がイスラエル詣でを繰り返すほどになった。
人口のなんと2割が、ロシアからの移民で占められるようになり、人口比でもパレスチナを凌駕した。日本を例にすれば、九州と東海4県の人口を東京に移住させたようなものである。冷戦後のパレスチナとイスラエルの和平の枠組みは、相互の経済依存体制を創りだして共存を図るとするものであったが、高学歴で低賃金の労働力がロシアから大量流入することで、パレスチナ人の働き場はなくなった。パレスチナ人の居住地に、『リトルモスクワ』がつくられ、パレスチナ人の毎日15万人規模のイスラエルへの通勤は、国境閉鎖でうしなわれた。世界に兵器技術を供給して、隣のパレスチナから、農産物を調達する必要と礼節を失った。市場原理主義の移民政策が、相互依存の枠組みを破壊した好例である。
市場原理主義の手口については、天災があるときに、被災地を一挙に更地にして、再開発するために住民を追放する事例が、ハリケーンカトリーナが襲ったニューオリンズで実際にみられたが、中東では、ロシアでの騒乱を糸口にして移民政策が強行され、対立と不安定化を決定的にした。
東南アジアでも、太平洋の島嶼でも、外来の移民による共同体の破壊が行われた事例が教訓として残る。マレーシアの場合には、植民地時代に宗主国のインド人と中国人の移民奨励があって、ブミプトラとの軋轢が繰り広げられ、英明の政治家マハティールのマレイ・ディレンマを経てようやく、安定に至っている。フィジーなどでは、外来のインド人と現地人との争いが今も続いている。ハワイのカメハメハ王朝が消滅して、移住者が政治経済を圧倒して一州となった。チベットや南モンゴル、ウィグルの問題も本質的には同様の大量移民から生じた紛争であることは疑いない。
人間は「ホモ・モーベンス」として世界に目を開き、よしあしを比較して自らの共同体の発展に寄与することを受け入れる、好奇心旺盛の民族が日本人であり、排外の偏狭がない事が日本の国体である。      多元的な寛容の国であるから、海から日本の岸辺に寄る人々を歓迎するたしなみすらあるが、市場原理主義が意図する、共生の枠組みを破壊する拝金の陰謀は、断固排除しなければならない。日本人口の一割の外国人を受け入れろという暴論は、低賃金の工業供給国に貶めて、国民を分断し、外国勢力が資本の支配者となり、いずれは日本を隷属させる、主客転倒の迷妄である。

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