Kuroshio 14
日本列島の中心が、諏訪大社にあることは広く知られている。諏訪大社が鹿嶋神宮や出雲大社と同緯度にあることも解明されている。諏訪湖は大和が天の中心であれば、地の中央である。本州を秋津島というが、秋津とは蜻蛉のことである。また、諏訪の御祭神の建御名方神は国津神の一族で、信濃の州羽の海に蟄居させられたと伝わる。その諏訪湖から流れ出る川が天竜川である。天竜川は飯田盆地を還流して、今は佐久間ダムが造られた山峡を下り、遠州の平野に出て太平洋に注ぐ。黒潮の文明と列島の山とを繋ぐ水の動脈であった。諏訪の隣の甲府を中心とし多盆地で、富士川の水系となり、伊豆や東の駿河との交流が大切となっている。北の松本は日本海の糸魚川に繋がる。甲府では伊豆の天草の餅や、鮑を加工した煮貝などが名産となっている。中央高速道の釈迦堂駐車帶に、工事中に発見された縄文の集落跡の発掘遺物を展示する博物館が併設されているが、そこには太平洋岸との交流の印として、ハマグリが展示されている。日本の地の中心である諏訪と天の中心である大和との交流は、天竜川を抜きにしては考えられない。諏訪湖の北西端の釜口水門からは、毎秒四〇〇トンの水が放水されているが、昔の湖面と天竜川との落差は今の三メートルよりもっと小さく、小舟による往来が頻繁にあった。湖底に遺跡が発見されており、木株が残っている。水位が上がってしまって、それが舟運を妨げてしまったのである。諏訪の御神体は蛇であるとされるが、天竜川の竜がもともと蛇に繋がることである。梅雨の頃には日本全国の水路に、蛇が流れ下ることは珍しくなく、山人が舟を操って川の流れに乗り、地の中心から天の中心との往来を果たしたことは容易に想像される。釜口水門の近辺には、ウナギ料理店が集中している。岡谷市では土用丑の日であれば、夏の季節にこだわらず年中、ウナギを食べることを奨励しているほどである。
ウナギの養殖は明治に入って東京の深川で始まったが、そのうちに天竜川の河口の浜松に移ってしまったことも故なしとはしない。ウナギの焼き方は、浜松も諏訪も共通しており、いわゆる関西風である。それから万葉集では、ウナギは「武奈伎」と記されているが、ナギとはそもそも蛇のことであるから、地の中心の神との縁も深い。南島では今でもウナギといえばウツボを指し、エラブウナギのように長細い海洋生物を総じてウナギと呼ぶから、ウナギのウは海(うん)を意味するのだろう。つまりウナギとは海の蛇という意味だ。サンスクリット語でナーガという神も蛇に変わりはなく東西が繋がるような動物である。日本ウナギは多少小さ目であるが、成長すると約二メートルの長さになり、体重が二〇キロにもなるオオウナギも日本列島には生息している。ウナギは山をも登りかねない勢いを持っている。鰓だけではなく皮膚でも呼吸できるから、わずかでも湿気があれば水場から水場へと陸を移動することもあり、オオウナギの方が普通に生息する沖縄や奄美の南西諸島では、梅雨の終わりの季節などに、水のはけた田畑の水路でのたうち回る姿が新聞沙汰になる。不思議なことに、日本のウナギは二千キロの旅をしてマリアナ諸島の海中で新月の夜に産卵をする。スルガなどと名付けられた海山は海底から数千メートルも聳え立つ,岩マリアナ富士の姿で、その頂上は、海面下わずかに四〇メートルほどの浅瀬となっている。柳の葉のような幼生が、北赤道海流に乗って、ルソン島あたりで北上し、黒潮に漂流して二、三週間でシラスウナギに変容する。産卵のための往路よりは千キロも長い道程であるが、黒潮の流れに乗るから時間は短縮されて、日本列島の沿岸に帰り着く。シラスウナギは北方の魚のサケのように、故郷の川を目指す。天竜川では、先述の釜口水門には魚道が取り付けられているが、戦後の大工事で建設された途中のダムには、魚道のない施設もあることから、天竜川の河口の竜洋から佐久間、飯田と抜けて、太平洋から諏訪湖まで流域全部を遡行することはできない。その昔は諏訪湖を越えて、茅野の小さな川まで天然の鮎が自然に遡っていたというから、ウナギであれば、太平洋から八ヶ岳の深山幽谷まで這入り込んで生息していたことが想像できる。南西諸島などでは山の中腹の拝所の水場まで、ウナギが這入り込むことも珍しくない。九州薩摩半島の、流れ出る川もないカルデラ湖である池田湖の世界最大級のオオウナギなどは、きっと山越えで川を経由せずに這入り込んだものと思われる。諏訪湖畔には、湊の地名が残る。氏子の大半を占める平野町の数とは比べられないが、水運に携わった地名がしっかりと残っている。信濃の森林から伐採された巨木が天竜川の河口まで運ばれて、その先を急いだのは、ごく最近まで行なわれていたことである。
日本列島の中心にある山岳湖を目指す竜宮城の使いやウナギの昇りを妨げないように魚道を整備し、山と海と、そしてさらに広がる黒潮文明の壮大な往還を神々も魚たちも恙なく果たせるように、改めていま水の道を復活再興すべきである。 (つづく)
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