構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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In retrospect 5

幻冬舎の同書の第二部は、日本郵政の社長に就任してからの話です。郵便局の窓口が銀行よりも親切になってきたことを気がついて、銀行の支店長会議で郵便局に行って勉強をしてこいといったとも言う。公社になってから親切になったというが、実は、ずっと前から郵便局の方が銀行の窓口よりもサービスの高感度は高かったのであり、当時の銀行頭取が気がつかなかったというのは面白い。買いためていた記念切手、なぜもっと早く手を打たなかったのか、勝負どころはスピード、どこを見て仕事をしているのか、A3の分厚い資料などの小節立てが続く。そして、現場力という小節では、郵便局の現場力を大変な力ですと持ち上げているのですが、国民全体の財産であるなどと、リップサービスしているのは、全国銀行協会の会長のときの発言振りと比べて、なにか、ご機嫌取りをしているような薄気味悪さがあります。沖縄では、銀行から郵便局に振り込めないことを何か他人行儀でコメントしています。銀行と郵便局とをネットワーク上で結ぶというのはまさにお客さんのニーズにこたえることですなどと殊勝な発言になっていますが、現実に接続に反対したのは、住友銀行などの全銀協でした。沖縄では、地方銀行の場合、早い段階で、琉球銀行も、沖縄銀行も、海邦銀行も、郵便局の機械でそれぞれの銀行のキャッシュカードが使えるようになっていましたが、都市銀行は、長い間使えませんでした。何か、西川社長の発言は、他人行儀で、自分が全銀協の会長であったことを忘れたような表現です。戸籍謄本や、パスポートまでも郵便局で受けられるようにしてほしいとの声が地方で多く聞こえると書いてありますが、それまで、地方などあまり行ったことがなかったのかもしれません。戸籍やパスポートを発給する役割が、必要で、声があるのであれば、なぜ、民営化したのでしょうか。矛盾のある話です。軍隊を民営化しろといっているようにも聞こえます。

郵政公社の総裁も兼務という小節では、「最終的には総務大臣の判断で、私が公社の総裁を兼務すことになった、私としては、生田さんが続投されるのだろうということが頭にあったので、正直、予想外の展開で、「たまらんな」という思いがありました」と書いている。そのあとでは、すぐに、「一人のトップの指示の下、全員が一体となって動けたことは、結果としてよかったなどと書いています。本当にそうだろうか。郵政公社と会社とは、法人格が異なる中で、利害の配分など、自家撞着をした面もあるのではないだろうか。後支社を全部回った話と、現場にいる人の本音が聞きたいとしている。支社をつぶすとしていた生田前総裁の路線は修正した様でもある。それから、支社を回ったにしても、ほとんど地方などとは無縁の銀行員としての人生で、関心は希薄のようである。竹富島の話をすれば、地方の話がよく分かったことにはならない。

第四章では、全銀協会長時代の発言と矛盾しているじゃないかとの指摘に、言い訳をしている章である。それから、生田前総裁の特定郵便局長いじめを修正して、今度は取り入るような発言がちりばめられている。ただし、ドイツの民営化が成功しているとのくだりは、自分で見たから成功だというのは、おかしな議論で、ヨーロッパでも失敗だったというのがほぼ定説です。

他社の社外役員を兼務するのは不適切ではないのかという疑問に対しては、侵害だったとしています。報酬も辞退したとか、色々なことを述べていますが、公にある立場が如何に厳格に運用されるべきかの自覚は欠けるようです。

第五章は、民営化で何が変わるのかと題しています。調達戦略の一元化、顧客接点の一元化、関連法人の見直しなどに触れている。郵政福祉、郵便貯金会館などについて、松原委員会と称する、大学教授を委員長とする調査委員会を作って、みなおしにちゃくしゅしたという。最近、持株会ができた報道がありますが、郵政福祉の問題と、持株会、あるいは住友系列の証券運用会社との関連などについては一切触れていません。最後の章は、新しいふつうを作ると題していますが、広告会社のキャッチコピーで、二律背反の話については、例えば不採算地域で、どのように利益を追求できるのかの根本的な問題には触れていない。壮大な挑戦といっていますが、無理やり、政治的に強制された実験で、多くの犠牲を払う可能性があり、また、国民財産の私物化の可能性も指摘されていて、また、新旧勘定分離や、社会政策としての、ゆうちょ、かんぽなどの問題については、考えもないようです。大きな役割を果たしている、外国コンサルの活動内容あたりについてもまったく触れようとしないのは不思議な話です。

いずれにしても、郵政会社の総裁社長などの、国のありようの根幹に触れるような人事については、せめてアメリカ並みに、国会あたりで査問委員会をやってから、就任させるようにするのが適正な手続きである。金融庁の法令に違反したり、あるいはやり手のひょうばんがあるとか、ある財界人からの仲介があったとかで、人事を一部の閣僚が私物化している中で、決まったいるのは少なくとも、透明性のある公平なやり方ではない。査問があれば、社外重役を兼務している事実などは、早い時期に明らかになっていたはずである。

竹中人事の残照が続く中での人事の継続であり、政治情勢が変化する中での舵取りはきっと困難を極めることと推測されるが、三事業の分社化のロスの問題など、基本の民営化法の体系で問題があるだけに、民間企業によるユニバーサルサービスの提供などと、法律でも規定していない耳障りのよい発言は、単なる言葉遊びの域を出ていない。貯金と保険には、ユニバーサービスの規定はどこにもないではないのか。それが、国会でも争点になったにもかかわらず、強硬に無修正で法案を採決したのではなかったのか。

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