構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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 沖縄にある、アメリカ軍海兵隊の航空基地である普天間基地の移設の問題が、色々と議論されているが、日米関係の基本にある日米安全保障条約のことを考えてみたい。

 日米安保条約は、米国は日本防衛の義務を負うが、日本には米国の防衛の義務がないという。これを「片務的な」関係と呼ばれている。また、一方では、日本にアメリカに対して基地を提供する義務があるから、日本、アメリカの義務が対照的ではないが、一方的なものではないと指摘するものもあり、「非対称双務性」などと定義づけるものもある。日米の義務は同じ形ではないから、なにが、対等であるかは、非常に難しい議論を引き起こす可能性がある。日本は軍事力での支援はしないが、その分カネを払えとの議論があることも伺える野が、最近の実体であったから、思いやり予算等という名称をつけて、どんどん日本国内の米軍基地の整備を、日本の税金で、国費で整備してきた。米国側は米国側で、自国の軍隊の基盤整備が外国政府の支出で行われることは、余り口に出しては言いたくない話の類であることは間違いない。感謝するだけではなく、安保ただの理論で、出すのは当然だとの強硬論も見られるところである。

 そのように、対等な日米関係と主張するときに、片務性、非対称双務性なのか、定義上の同盟関係である、あるいは普通の同盟であれば生じる双務性なのかが議論されるべき所であるが、対等な日米関係の議論は、依然として双務性の議論は欠落したままである。

 五十年前に改定された日米安全保障条約は、非対称な、あるいは、片務的な条約であるから、真に対等を求めるのであれば、双務的な安全保障条約に改定する必要が生じるのではないだろうか。その間、安保ただ乗り論も、日本が経済大国になっていく中で、カネも出さない、アメリカ防衛に参加することもしないのでは、アメリカの保護下で経済大国にしてやったのに、飼い犬に手を噛まれたというような感を多くの米国人が持つに至った七十年代に出現した。

 世界第二の経済大国の安全が世界第一の超大国に大きく依存、あるいは頼り切りにすると言う奇観が生まれた。もちろん、米国側にも、ボトルネック論があり、日本の軍事力を、普通の同盟関係にしない方が、好都合であるとの論があることもまた事実であるから、非対称的な関係が、米国の思惑にも適合する免があることもしかりである。

 いずれにしても、米国追随が、どんどんと強まり、アメリカの市場原理主義者は、さてそれではと、日本改造すらをも意図して、構造改革協議などを露骨に押しつけてくるようになっていった。商習慣から、文化、言語に至るまでの押しつけで、構造改革は、日本を五十一番目の州にする考えが、どこかに潜んでいるのではないかと勘ぐる識者もいた程である。軍事的な非対称な関係は、別の経済関係では、卑屈な、隷属的な関係に転化していたことは間違いない。郵政民営化などは、日本人の巨額の国民資産を海外に移転しようとした謀略であったことはほぼ間違いないし、欧米のマスコミもその考えを裏付ける記事が明らかに成ってきた。

 鳩山首相の祖父である、鳩山一郎は、施政方針演説で、吉田政権がしいた米国との緊密な提携協力の基本方針を堅持しつつ、国力相応の自衛力を充実整備して速やかに自主防衛体制を確立して、駐留軍の早期撤退を期する、と演説している。同盟関係が、実は防衛の自助努力が重要であり、更には一歩進めて、駐留外国軍隊を早期に撤退させることにも言及している。

 鳩山由紀夫首相の率いる政権は、対等な同盟論を展開しているが、自主防衛の強化と、双務的な条約への転化と、駐留軍の問題については言及していないどころか、官房長官の発言に見られるように、現状固定的な方向にすら動きかねない状況にある。

 日本は、いかなる国からも尊敬され平和を求める国であり、自立・自尊の国造りを求めるのであれば、対等な同盟関係の中身を、なすべき自助努力を果たす関係であることが必要である。自立を求めなければ、アメリカは経済的な支配を含め、日本を構造的に変えてでも対日要求をしてくることが、骨身にしみて分かった筈である。個人の友情が本質的に平等なものであるとおなじように、国家関係に置いても主従関係では、対等な関係になることはあり得ない。

 そうすると、確かに色々と問題は山積するが、日本は、日米関係を、双務的に捉えて、成すべき自助努力に、軍事力の整備を含めて着手して、自主防衛の強化に踏み切ることを明らかにすることが、外国軍隊の駐留を軽減することに繋がることになる。ただ、外国軍隊は出て行けと言うだけでは、日本以外の国々、台湾はもとより、韓国、ASEAN、豪州なども納得しないことが多いものと考えられる。当ブログのアジアの友人は、日本の片務的な関係が却って、日本の安定性と将来予測を行うことを困難にしている要素にしていると指摘する向きが多いが、その通りである。経済的には、米中同盟が成立したとする意見もちらほら見られる中で、日本は、そうした米中の関係強化論者から見れば、日本を実力で押さえ込む良い方法だと考えている節も見られる。日本のカネで、中国経済の後押しと基盤整備などをさせようと画策した外国政府関係者がいたことは、知られているところである。当面の結論は、駐留軍が果たしている日本防衛の一部なりとも日本が自ら守ることで自ら担うことにしていくことである。ヨーロッパでは、昔は犬猿のなかであった、ポーランドとドイツの軍隊などが協力関係にもある。東アジアでも、そうした関係が生まれることが、信頼の為にも必要であり、そのためにも、外国軍隊の駐留を受けて入れている、日本と同じような敗戦国であるドイツやイタリアの国防軍程度の自立した能力を保つことが必要であり、当然であり、国際社会でも健全な方向である。

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