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Kuroshio 25

黒潮の流れは南から北に流れるから、南からの渡来を考えることは当然だが、反流もあるから、北から南への渡航や伝搬をも考えなければならない。反流を利用するとなれば、北の日本列島や朝鮮半島に渡るだけではなく、漁撈を専門とする糸満の海人は、台湾を通り越して、今の南シナ海から、香港、澳門、フィリッピンはもとより、ベトナム、タイ、マレー半島から、北ボルネオ、インドネシア、と往来している。

 台湾総督府が昭和一〇年に出版した「南支南洋の水産」によれば、フィリピンでは起源が明らかでない追い込み網の漁をする者が、マニラを根拠とする者五組、イロイロ四組、セブ二組、ダバオ一組、計一二組の追い込み網があって、遠くボルネオ方面にも出漁し、アカムロ、アジなどを漁獲している。漁業法の制定以前からの操業である。ペナン島やバンコクでも鮮魚を水揚げする者があるが、シンガポールでは、邦人漁業者は当地住民にとって必要欠くべからざるものとなっていると指摘している。黒潮の民が得意とする追い込み網漁業は、南洋漁場に適しているので、日本人の漁業中もっとも盛んであることは言うまでもない。マレー半島、当時の仏領インドシナ、蘭領インドの浅灘部を漁場として、シンガポールから、遠いところでは、四百浬に及んで出漁している。インドネシアでは、追い込み網が、バタビヤを根拠地とする者八組、ザバンに二組、マッカサルに一組である。ザバンには、追い込み漁を行なう者が一七人在住している。総督府の調査の対象にならなかった海人も相当あったことと思うが、鰹の一本釣りの会社には、金城組の名前も残っているから、糸満の漁民との関係がはっきりする。

 大東亜戦争後に、国際連合の信託統治領となった旧南洋群島も、黒潮の民の領域である。太平洋の諸島はドイツ帝国が出遅れていた植民地獲得競争の舞台として目を向け、南洋群島のほとんどを植民地としたが、第一次世界大戦で日本が日英同盟に基づいて参戦勝利して南洋群島の赤道以南はオーストラリア、ニュージランドに、南洋群島の赤道以北(グアム島を除く)が日本の委任統治下に置かれることとなった。国際連盟脱退後はパラオやマリアナ諸島、トラック諸島は海軍の停泊地として整備し、多くの日本人が移住した。大東亜戦争では日米が熾烈に戦い、特に戦略上、最重要拠点の一つであったサイパン島での戦闘は凄惨を極めた。日本人が玉砕すると、サイパンは本土空襲の拠点となった。テニアン島は原子爆弾を搭載した爆撃機の発進基地となった。平和条約の発効で、南洋群島は、正式には、米国が国際連合からの信託統治領とした。戦後すぐにビキニ環礁において原子爆弾の実験を行ない、水素爆弾実験も行なった。八〇年代から対米交渉や住民投票を経て自治権を獲得し、自由連合の名のもとにパラオ・マーシャル諸島・ミクロネシア連邦が独立した。北マリアナ諸島は独立せず、交渉の結果、コモンウェルス規約を締結し、現在に至るまで米国自治連邦区となっている。

国際連盟の委任統治委員会の委員を務めた柳田国男は「ジュネーブの思い出──初期の委任統治委員会」の中で次のように述懐している。

 しかし結局は委任統治と言う組織が、妙な理屈倒れの人工的なものなので、そう言う結果になるものだ、と思わずにはいられなかった。2年間の経験で私に役に立ったのは、島というものの文化史上の意義が、本には書いた人が有っても、まだ常人の常識にはなり切って居ないことを、しみじみと心付いた点であった。所詮裏南洋の陸地は、寄せ集めて滋賀県ほどしか無いのに、島の数が大小三千、うち七百まではたしかに人が住んでいる。それでは巡査だけでも七百人はいるわけだと、冗談を言った委員もあったが、その島々が互いにくい違っためいめいの歴史を持って、或る程度、別々の生活をしていることまでは、陸続きで交際する大陸の連中には呑込めない。茶碗の水も池の水も、水は水だと言うような考えは、西洋で物を覚えた我邦の外交官までが皆もって居て、第一に本国の周辺に、大小数百の孤立生活体の有ることをさえ考えない。数を超越した「人」というものの発達を、せめては歴史の側からなりとも考えて見ることの出来るのが、日本の恵まれた一つの機会だったということを、気付かぬ者だけが政治をして居る。だからまだまだ我々は、公平を談ずる資格が無いと、思うようになって還ったのは御蔭である。

 自立・自尊の日本を目指す時代の中で南方の同胞のことを真剣に考えなければならないことは、大陸国家が航空母艦を建造するような物騒な時代になれば、尚更のことである。黒潮の民はチュンシマ(他郷)において必ずしも出生島(まありじま)の生活を再現することはしないが、さりとて同化する気風はない。数を超越した孤高の気風の持主で、単なる追従・漂泊の民ではない。干渉せず、多元性を尊重して土地に縛られない。われら日本人も国家と文化と伝統の神髄を、黒潮の民として民族の源流である南方との関わりの中で、そろそろ取りもどしたいものだ。    (つづく)

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