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Chinese Self-esteem

ご参考までに、北京の対日工作が表面化した銅像事件が発生している。平城京の行事に乗じて、銅像を建てようとの動きである。滑稽な話であるが、大まじめにやって、恥の上塗りで新たな’歴史’を作り出す怖さがある。政治宣伝であり、根拠の話を百回続けて、事実のようにして仕立て上げる。いつものやり方である。台湾は日本の生命線より送られてきた。当ブログとしても趣旨に賛成するので、転載することにする。

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中国寄贈「梁思成」像の設置中止を奈良県に求めよう!



ブログ「台湾は日本の生命線!」より。↓ブログでは関連写真も
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-1247.html

戦時中、米軍に対して奈良、京都を空襲目標から外すよう進言したのが中国の建築家、梁思成氏(一九〇一~七二)だと主張する中国が奈良県に対し、梁氏の銅像を立てることを日中友好協会を通じて申し出てきた。

多くの日本人は気付かないのだが、中国が求める「中日友好」関係とは実質的には「中日上下」関係のようなものであり、こうした銅像の製作、寄贈はまさにそうした「友好」を目指す活動(工作)なのだろう。

奈良県は梁氏を同県の「恩人」として、その像を受け取り、十月三十日には県の奈良県文化会館の敷地内で除幕式を行うこととなった。現在盛大に推進中の平城京遷都千三百年記念事業の一環としてだ


中国のメディアは次のように、中国人の日本に対する度量の大きさと、それに感謝する奈良県に関して次のように伝えている。

「梁思成は二人の親族をあの戦争で失いながらも、個人的感情を超越して人類文明の共同遺産を保存するべく、連合軍と交渉した。この大師の度量をここにおいて見ることができる。戦火が熄んですでに六十五年が経つ。そして奈良は千三百年の歴史を経ながら唐招提寺、法隆寺などの世界最古の木造建築の代表的作品は当初の風貌をなお維持している。これは実に奇跡である。そして今、奈良県は一人の中国の知識人の恩に感謝しているのも、一つの美談ではないか」(網易新聞、七月二十七日)

しかし中国が何と主張しようと、梁氏が米軍に空襲を止めさせたとは考えられないと言うのが、日本では多くの専門家の見方である。そもそもそれを事実とする確証はないのだ。

このことは産経新聞が七月十七日に取り上げ、「不確かな歴史を独り歩きさせないためにも、奈良県に再考を求めたい」と訴えた。

県内でも有志らが県に銅像受け入れの中止を求めた。奈良市議会議員も問題提起を行った。そして抗議の輪は全国にも広がっている模様だ。

そうしたなか、産経の八月三日の報道によると、銅像の設置を「県が再検討する方針を固めたことが2日、分かった」と言う。「梁氏を“古都の恩人”とする逸話の事実関係が明確でないとの指摘が相次ぎ、県が再考を余儀なくされた格好」なのだそうだ。

「再考」は当然だろう。県民、国民の声が中国の宣伝工作にやられる寸前の奈良県を守ったと言うところだろうか。

記事によると、「国内での中国要人の銅像や石碑の建設をめぐっては、15年に和歌山県田辺市で日中国交正常化30周年を記念した、中国の江沢民前国家主席の揮毫を刻んだ石碑を建設する計画が持ち上がったが、市民団体などが反発。建設を白紙撤回したことがある」。

しかしこれで安心はできない。問題は県がどのような「再考」を行うかである。

私は七月三十日、この問題を担当する県の「平城遷都一三〇〇年記念事業推進局」に聞いたところ,梁氏の「恩人」としての事績については、やはりはっきりしていないそうだ。そこで梁氏が中国では有名な都市計画、文化財保護での功労者であり、さらには奈良県の誰々の先生であったとか、中国の楊州で唐招提寺の金堂を真似た建築を作ったなど、奈良県との「ゆかり」を顕彰するかたちで銅像を建てる意向だと言う。

あくまでも銅像を設置するつもりでいたが、果たして今後、どうなるか。

奈良県の荒井正吾知事は八月三日の定例会見で、「梁氏の進言で奈良への爆撃が回避されたのかについては、県として確たることが言えるわけではない」とし、「設置場所については再考も含め慎重に検討して行きたい」と述べた。、再検討する方針を明らかにした。

しかし「銅像は日中友好の証しとして贈られるため、受け入れたいが、取り扱いについては慎重にしたい」と語っており、設置の中止までは決めていないようだ。

中国への配慮もあることだろう。今後どのような措置に出るかは予断を許さない。

ちなみに私は記念事業推進局に対し、二つの問題を伝えている。一つは「中国は日本と違って共産独裁国家であり、何事にも必ず『政治』的意図が隠されており、純粋な文化交流事業など行わないと考えるべき」と言うこと。先方は中国の実態をあまり考えたことがなかったらしい。ただ驚いていた。

もう一つは「銅像の話を持ち込んできた日中友好協会は中国の政治的利益のために行動する政治的団体。県が軽々しく付き合っていい相手ではない」と言うこと。これについても知らなかったと言っていた。

このように奈良県はあまりにも無防備だった。まさに「中日友好」工作のいいカモであるいかなる建前であってもひとたび銅像を受け入れれば、根拠のない「恩人」説は必ず拡散する。県はそれを語らずとも、中国やその傀儡団体は少なくとも語り続ける。

さらには銅像の存在は争議の的であり続けることだろう。中国の傲慢、奈良県の恥辱の象徴として。

せっかくの遷都千三百年記念事業も、このような愚かな媚中行為によって汚点が残りそうだ。

産経(三日)によれば「国内での中国要人の銅像や石碑の建設をめぐっては、15年に和歌山県田辺市で日中国交正常化30周年を記念した、中国の江沢民前国家主席の揮毫(きごう)を刻んだ石碑を建設する計画が持ち上がったが、市民団体などが反発。建設を白紙撤回したことがある」と言う。

有識の士がそれほどの撤回要求を行わなければ、日本人はいつまでも「友好」の罠に引っかかり、中国に頭を下げ続けることになる。

そこで全国国民は奈良県に対し、梁思成氏の銅像設置を取り止めるよう求めよう。

■奈良県・平城遷都1300年記念事業推進局

電話 0742-27-5821 (受付:午前8時30分~午後5時15分)
メール koho-hp@office.pref.nara.lg.jp (奈良県広報広聴課)

中国の典型的な事大主義の倒錯である。銅像にするあたりが、共産全体主義の面目躍如たる滑稽さである。そんな銅像を、まず受け入れてはならない。第一、芸術的ではないから、日本の古の都にふさわしくない。

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