構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

« A Political Appointee | トップページ | Visit to Twitter »

Public Service and Dedication

代々木の青少年センターで、国家公務員の初任研修が開催された頃の話だ。佐藤達夫人事院総裁が、「あなた方は、もはや天皇の官吏ではなく、国民全体の奉仕者である」と訓辞した。本当にそうだろうか、公務員全体がそうなのだろうかとの引っかかりが残る。後の内閣総理大臣の竹下登官房長官が挨拶をされた。昭和47年4月1日のことだ。

 沖縄返還の年で、青少年センターそのものが、東京オリンピックの選手村跡地を利用した施設であった。研修には、採用予定の省庁以外の先輩職員が「養育係」をして縦割りの縄張り意識は希薄だったから、省益は後の時代の産物だ。36年が過ぎた。紅顔の青年は、ワーンナウト・ビューロクラットと言えば権力の片腕のような格好良さがあって回想録の題名にもなるが、初老の擦り切れた役人上がりの、しかも単に愚直の年金受給者になった。

 
 円とドルとが、1ドル360円の相場が、どんどん上がりだしたのは、昭和53年の夏で、貿易立国とやらで海外にどんどん人を出して、公務員の世界でも海外研修制度が導入された。役人は官舎住まいで、知人の米国人老夫婦などが来日して、「ボストンの大学まで通って、ちっぽけな狭い家に何故住むのだ。何か悪いことでもしたのか」と誰何されても、武士は食わねど高楊枝と自信満々の返事をしたのも、若気の至りだけではなかった。気位の高さと、現実経済との格差はどんどん広がるばかりで、出張旅費が外国と国内で分かれていて、幹部の大名外国出張が国費で、国策の出張が真水にした奉加帳の旅費で行われた時代だ。さすがにアエロフロートには乗らなくてもいいように、後藤田官房長官が是正策をとった。

 労働事務次官が、賄賂をもらって捕まった前代未聞の事件がリクルート事件だった。労働行政に弛みが出たのだろうが、次官になってマンションひとつ退職金で買えない現実もあったし、住宅物件を斡旋する親切な銀行員が徘徊するのも珍しくなかった。田舎者が藩閥に囚われない養成機関を卒業して公務員に殺到する時代も終わって、受験名門学校の出身者が急増して、ビジネススクールとやらは外国企業要員の人材養成に熱心になった。年賀郵便が配達されないような大労働争議が相次いだ頃には、外国でも文化大革命などがあり、冷戦で国内は右往左往した。

 経済大国になった保護政策の手のひらを返して市場開放を迫ってきたのが、80年代初頭である。「官僚」攻撃が始まったのもこの頃からである。霞ヶ関の若手の課長クラスが頭脳集団となっていて、威勢の良さはあったが、戦略が欠けて、謀略では相手の方が上手だった。日本弱体化の方針を変更して、同盟国に仕立て上げなければならないから、表面の西欧風に実の統制経済をとってつけて、建前の役人の世界を裏のドンがしきるという二重構造となった。外国由来の公正取引などは、新しい縄張り作りのために嫌がらせをするだけの、つまりは体裁を装うだけの空洞行政となった。外国の委員会制度を誉めそやして、いつしか美しい談合などはお咎めの対象となった。独立していないから独立行政機関と呼ぶような行政改革で、省庁再編なども数あわせに終始して、却って能率的な行政は失われた。

 占領軍以来の利権には手がつかず、私益が温存される構造は、首都の国際空港を民営化して、植民地経営で有名な外国証券・銀行の広告をタラップに林立させるような体たらくである。郵政大臣に、省益栄えて国益なしと中傷されても、辞表片手に飛び回ったのは、一介の役人が国益を守る気概が残っていたからであるが、恐ろしいほどの縦割りが進行して、特に大蔵省を頂点とする官僚支配の構造が進行して、二重行政の司令塔として利用された。

 金融機関の不良債権には公的資金と称する税金が憶面もなく投入され、満鉄をも支援した係累の自動車会社の経営不振では、2万7千人が路頭に迷っても、自己責任だ、コストカッターと、外人経営者をカリスマに祭り上げた。金融財政政策は、日本の企業と国民を助けず、金融立国と喧伝した官僚と経済人と御用学者が一世を風靡した。時代の権力の蜜の味を覚えてしまって懐かしむ官僚が続出したが、三等官庁であればすき焼きを食べる別棟もなかったし、悪罵の限りの攻撃を受けた郵便局の闇の話も、実相は5万円の渡切り費を20人で飲み食いしただけの些事であった。省庁改革の有識者会議が頻発して、会計検査院の責任者が、規制緩和会議の議長に挨拶をしてまわるようになり、国際情報局が廃止され、敏腕の外交官は逮捕されて情報収集分析能力を劣化させた。大銀行に就職すれば、高利率の社内預金で車を三台買えた頃に、役人は教習所で運転を習った。高級官僚でなくて高給官僚なりたいと切ない思いの糟糠の妻をさし置いてしゃぶしゃぶを食べた罰もあたった者もいた。

 派遣業法を突破口に行政が籠絡されて格差社会が生まれ、天下りの解禁を狙う公務員人材斡旋の市場化の陰謀もあったが、ようやく頓挫した。時の権力者の意のままに人事を行うことが政治主導だとして内閣人事局の責任に官房長官があたる基本法の改悪も強行された。公務員の中立を確保するのであれば、終身に渡る奉職などの厳しい義務と使命感に応じた、天下りをしないで済むような本人と家族に対する生涯の経済保証を与えるべきではないのか。

 さてさて、青年のわだかまりに戻ると、憲法第七条と第七十三条に言う官吏と、第十五条の公務員とは同義とされているが本当にそうだろうか。真珠王の御木本幸吉翁が特定郵便局長に任用された辞令が誇らかに鳥羽の本社にあったが、優れた制度に学んで、公務員を官吏と非官吏に分けるべきではないだろうか。官吏を権威に従属させるのが、大日本の国体である。自立・自尊の国造りの改革であれば、戦力に準じる実力の非文民も、権威に従うことが建軍の本義であれば、官吏と非官吏の区別があって差し支えない。

改革の好機とすべきであり、どこかの政党のように、外国勢力の尻馬にのって、日本を弱体化させるために、役人たたきに血道を上げて済む話ではない。

|

« A Political Appointee | トップページ | Visit to Twitter »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/209267/49070485

この記事へのトラックバック一覧です: Public Service and Dedication:

« A Political Appointee | トップページ | Visit to Twitter »