構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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Bureaucratic Apathy

とある先輩から、檄文を頂戴した。菅政権の官僚支配を糾弾する文章である。

本人の了解を得て、但し、筆者の名前だけは明らかにしないで、一部具体的な団体等の名称を省略した上で、当方ブログに掲載した。ご参考まで。西郷が現代に生き返ってきたようだ。以下は引用である。

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それぞれの人生だもの、我が徒然日記

           

官直人が小沢を西郷隆盛に例え、西南の役で終わった奴だから出番はないと云ったらしいので、小沢が西郷と同じかどうかは別として、西郷が西南の役で死んだ事で、明治政府が正義であるという考えには納得しがたいので、一言申し上げたい。今こそ西郷どんの遺訓が切望される時ではないか?

                               

朝日新聞に 国の借金862兆円、子供の付けで飲んだくれている親父みたいなもの】

という記事があった。実際は、壱千兆円を超えている国家行政の借金、国民の貯蓄がそれ以上あるから大丈夫と言う役所や政治家的意見や、外国の国やファンドから借りていないから大丈夫と言う日銀やエセ経済学者的意見等を平気で言うマスコミもありますが、国民の貯蓄を当てにした国の借金は誰が責任を取るのか?政府か?政治家か?役人か?誰でもない国民の各自の預金や財産から差し引かれる。あなたの財産がお国の為に、役人の豊かな生活の為にむしり取られるのです。決して他国の話ではありません。リーマンショックやギリシャの財政破たんどこでは無いのです。ほんに日本人は危機意識が無い。その時に成ればいつでも『仕方がない』で我慢するのが日本人なのでしょうか。

 かって、大日本国は【石油が輸入出来なくなるからと言う】無知な軍人政治家、財界、役人等の勝手な権力欲等から、国民皆が、あの悲惨な戦争へ駆り出され、原爆を落とされてようやく馬鹿な戦争をしたと、国民総懺悔し、天皇の権威を利用した政治家も役人も誰一人責任を取ろうとせず、戦後の民主政治として、自民党がこの国を動かして以来、経済一流、政治は二流と言われながら、役人主導の行政が行われ、役人に言いなりのボンクラ政治家が多過ぎて役人天国になって仕舞いました。それが今日の政権交代に繋がったのですが。これから何が変わるのでしょうか。役人の体質はいまだ変わっておりませんし、民主党議員なっても社会経験の不足と勉強せずに知識不足な議員さんでは何も変わりません。法律、法令で議員をコントロールしつくした国家役人の優秀な能力を知らずにいるボンクラ議員では日本を本当に変えることはできません、特に地方の自治体や役人には未だ政権交代すら出来ておりません。

今や日本と云う政治システムは、役人の論理だけがまかり通り、自分たちが自覚せねばならないコンプライアンスを国民市民に押し付け、個人情報保護を役所の為に利用し、行政を透明化せずに隠している事で役人の特権を保全しています。さらに役人的平等や安全安心の旗印のもとに少しでも変ったことをしようとするとマスコミを使って袋叩きにし、違法者に仕立て、世の中皆でこき降ろそうとする社会風潮を作り出している。このことが今日の鬱病患者を増やし、自殺者が異常に多い世界一の日本国を作り出しているのです。役人だけが自由平等であれば良いという戦後の社会制度や教育制度が役人主導で行われ、結果として役人だけが逆平等の特権階級になって居り選民意識も甚だしい。官の役人の年収だけが国民の年収の2~3割増しならまだしも、地方でも2~3倍である現実では官民格差も甚だしい不合理でありよる民に対する差別であり、独裁官僚国家であります。

天下りによって民間の努力を割く様な特権を温存し、衣食住、全てに官優位な差別を国民に押し付けている。現役公務員住宅は都心の一等地にありながら民間の家賃の10分の1以下であり、衣食足りて礼節を知るべきまともな人間のするべきこととは裏腹の、天下                                                                                

り先の確保や補助金目当ての公営法人や独立行政法人など不祥事が起これば民間の所為にし、天下り先の名前を変えて役人の利権特権を確保し延命させている。

民間で出きることを、あえて、高いコストの独立行政法人や公益法人として存在させるべきではない。このことを事業仕分けするべきで、公益法人、特殊法人改革なども役人主導でするべきでなく、本来、公的補助金もなく頑張ってきた民間の財団や社団等の公益法人は存続させるべきである。補助金で天下り役人が利権をむさぼってきた公益、特殊法人はすべて廃止し、これまで補助金や天下りの無い純粋な民間公益法人に補助金を出す方がどれだけ透明化と公平化が図られ日本社会にプラスとなります。役人の身内に甘く、民間に厳しい行政感覚や、天下り公益法人や行政機構等は厳しく事業仕分けするべきである。

運輸行政に関しては、この国の造船、海運を駄目にし、国民から海の楽しみを奪ったのはそもそも旧運輸省(現国土交通省)である。陸、海、空に関係なく、国民の安心安全を人質に、あらゆる規則と規制を駆使し、運輸業者をいじめ、手心の見返りに末端の役人までも民間業者に天下りし、空でいえばJALが潰れたのも運輸官僚のなせる業である。

運輸行政は時代遅れの規制の為、海でいえば日本の海運、造船、海洋開発等は勿論、海洋レクリエーションまでも衰退の運命を海事行政に追いやられている。 まだ陸での運輸行政は国民に身近な存在の所為か規制緩和も進んでいるようだが、海と空は日本の国際競争力を弱めた責任感を運輸官僚は少しも持っていない。

海運は大手3~4社が便宜船籍と言う、税金や規制の少ない国に船籍や法人名義を移すことにより、何とか国際競争に対応しているかにみえるが、各社1000隻ほどの船舶艦隊の99%の乗組員はフイリッピンを始め東南アジアの乗組員で占めら、日本人の船員は1%もいない現状を皆さんどう見ますか。

何故に日本人の失業者が多く居るのに外国人を雇うのか?この事はほかの産業にも言えることだが、単に人件費の事だけでは無い。日本という国の資質でも有るように思う。徳川300年の鎖国が影響しているのでしょう。まさに島国根性日本の資質です。

コスト至上主義に追われ、新自由主義経済に邁進した財界の経営者や資本家の資質とボンクラ政治家のなせる業である。生物多様性という言葉が地球環境問題の高まりと共に生まれ日本でも議論されるようになりましたが、人間の生き方、多様性を尊重する役人がこの国に少しでも居たなら、こんな画一的な国民統制的な法規制が進化しなかっただろうにと悔やまれてなりません。

職業の選択の好き嫌いで無く、もっと働く事の多様性を文部省官僚が気がついていたら、多様な職業選択を若者が出来るような社会が生まれていたのではなかろうか。さらに運輸

官僚によって、安全安心の名義の為にあらゆる法律、政令解釈を役人の良いように解釈して国民市民を管理しようとした事により、ほとんどの国民を海から遠避ける様な法規制や役人の都合の良い様な海のマナー等とマスコミを使って戦後60余年に渡り啓蒙して来た役人の勝利でもある。徳川幕府の鎖国制度と同じ運輸官僚による戦後の鎖国であります。

                                                          

運輸省を始め、旧厚生省、農水省や旧建設省等と同様に最も天下り特殊法人の多いことで、これらの省庁が一番国民から搾取しており、不必要な特殊法人を増やし、国民生活の格差を引きだし、国民に閉塞感を与えている。れら閉塞感だけなら未だしも文部官僚もまた、今の教育や、日本人を駄目にした元凶でもある。多少他国と比べて平均的ならまだしも、優秀であった日本人の教育レベルを低下させ、自殺者世界一の日本だけでなく鬱病予備軍を蔓延してしまった責任は重い。今の子供たちに過保護どころか、あれしたらダメ、これしたらダメと、個々人の個性を潰し、すべて管理しやすい大人を作ろうとした役人の規制、行政の在り方を変えなければ日本の未来は無い

未だに、役人自らその業界を駄目にした意識も無く、国民市民を管理する為に、これまで作り上げた法律や法令、解釈通達などを相も変わらず振りかざし、コンプライアンスという本来役人が順法遵守すべき事を市民に押し付け、この国を、日本人を駄目にしている。この役人の横暴を何とかして欲しいと、コネや金を使って政治家に頼みこむシステムは戦前戦後とも変わっていない。このシステムを断ち切らない限り、自民党以来続いてきた金権政治家等の一掃はあり得ないし役人の汚職も無くならない。規制緩和という生易しいもので無く、法律そのものを事業仕分けするべきだ日本は本来の意味の法治国家で無く、官僚独裁法規律国家となっている。

法律と役人と政治家を削減して、少子高齢化でも国民が幸せを感じ、充実した自由な経済活動を実現し、楽しく生活の出来る日本にして欲しい。

日本人が辺境の地で暮らす本当に特殊な人間であるならこんなことは望むべきでないが、明治維新を作り上げた島津の名君や、西郷や大久保等の薩摩武士を作り上げた歴史と風土、それらを支えた小松帯刀等の家老群、今こそ日本の辺境とも言える薩摩の歴史に学ぶ事が最重要課題である。 日本そのものがユーラシア大陸の辺境にあるが、つまり、薩摩はその辺境の隅っこのスンクジラである。

皆が変わらなければ、日本も変わりません。それとも今は天下太平の元禄時代なのでしょうか。酒を飲んで仲良くすることが唯一の楽しみなのでしょうか。今や若いうちのSEXの代わりに酒が唯一の楽しみに成っている年寄り。酒を飲むことで楽しい仲間が増える事

は良いのだが、その事で宗教対立や国同士の争い事が片づく筈は有りません。今こそ国際感覚の重要性が問われる時は有りません。このままでは、日本は経済も、政治も、国民性も二流,三流どころか、世界に取り残されるガラパゴス諸島になり兼ねません。

 

これからの日本を考える時、役人や国に飼いならされた国民であってはなりません。

戦争も、リストラも、貧困も、経済も、時の権力者としての財界(資本家)、政治家と役人等の時の権力者の都合によって決められて行きます。どんな仲間内も、家族でも、会社や人間同士のサークルや、同窓会でさえも、あらゆる組織は国家と言う政治家や役人や財界、マスコミや宗教団体等の権力の意向によって、一般大衆である我々国民の生き方は左右されます。ですから、人間として前向きに自分自身の人生を考えるのなら、自分の家族や周りの仲間の幸せを願う気持ちを大切にすればするほど、政治や社会、経済は無視できない存在なのです。かねてから、権力者や政治家には注視して、騙されない様にしなければ、本当の我々の人生はありません。他人に強要されぬまでも、会社や社会、世の中に流された人生は、自分の人生ではないと思います。飼いならされた家畜です。

 しかしながら、あまり深刻に考えればストレスや苦痛を感じたりしますが、苦悩に満ちた生き方をする必要はありません。世界一の自殺国家から抜け出すためにも。

確かに人間は然るべき万物の天命、宿命によって生かされている存在にすぎないという考え方もありますから、ある意味人生テゲテゲで過ごしたり、ケセラセラ成る様になると、考えることも必要ですね。

検事判事のお調べに付いた罪名〇〇罪という「練監ブルース」という歌があるが、この国の検察庁や裁判所等の司法は三権分立として一応独立しているはずなのだが、長い戦後の政治や社会の中で一つの権力として、役人と同様に日本の国を駄目にしてきた。

私自身,帆船CARIAD号を米国船籍のまま不開港(税関のない港)である伊東港に入港させたとして、保安庁の取り調べを何回も受け、最後に検察庁に呼ばれた、単に取り調べの事実確認をするだけであったが、私は不開港航行の許可制度の法律が明治憲法で、世界の中で日本は明治から100年も経っているのに、こんな古い法律を基に現代でも国民を裁くのかと検事にせまった。アメリカや諸外国なら、いったん通関を済ましたヨット等がその国の何処を航行し、何処の港に入港しようが許可や規制制限を受けることはない。と説明し、未だに日本は鎖国をやっているのかと正した。検察庁から見えるドコカノ官庁の建物には世界中のモノを買う事が日本の国際化だ」等というスローガンが掲げてあったので、さらに付け加えた。日本が世界の中で先進国だというのなら、検察もグローバルな今日の日本を認識して、この現状不適で遅れた法令や、不具合で矛盾のある明治の法律を国民の

為を思い、行政に対し法律改正の提案をするべきだと進言した。  

結果、私は無罪放免となったのだが。世の中が進歩し、新しい素材や以前より耐久力の有る製品が次々に出来上がっているのに、日本の法律は明治のままか、戦後の60年前のままである。良識のある役人の中にはそれに気づいている聡明な人もいるには居るが、下級役人には相も変わらず、市民より法律が大事だと考えている。

検察とは言え国民の税金で豊かな生活をしている役人なのだから、社会情勢を踏まえ、国民目線で司法判断をして、違法者を古い法律のみで告発ばかりしてはいけない法律より国民ありきで、行政も同様に仕事をするべきである。 裁判官も法律ありきでなく国民有りき、の判断をする為には、特定の政治団体や宗教団体に属してはならないのであり、そういう意味では特定宗教団体の信者が司法や行政に入りこむべきではないと考える近年の行政職員への増加は、この国をますます駄目にしている。宗教の政治介入を許してはならないように、特定の宗教団体だけでなく、あらゆる利益利権団体に属するものが司法、行政、とりわけ文部科学省や法務省等に蔓延っている今の行政機関を一刻も早く事業仕分けするべきと考える。市民から財産や資産を駆り集め没収して来た宗教団体の無税の特典を見直せば国の赤字も少しは減るだろう。

役人の意識改革をするには、我らの西郷どんが明治維新時代に述べたように、役人こそ国民の下僕に成るべきボランチア精神を持つべきと考える。市民が役人をそういう方向へ導くべきだ。そういう活動をしている独裁者と自らを称している竹原信一阿久根市長の考えや、名古屋市長等の地方自治体の首長の実態や考え方をまずは国会議員や官僚に学んでもらい、国民市民に学習付けして行けば、日本は世界で認められる国に成ると思います。地方自治体の首長が皆このような市民本位の考え方を持てば、日本は人間本位の民主国家として世界から尊敬される本当の意味で国となるでしょう。

どうすれば役人を変えられるのか?それはまさに税金。税金を納める人、税金で食う人。歴史的にみれば、税金を納める人は民百姓で有り、士農工商の士以外である。一方、税金で暮らす人は、時の権力者であり、資本家である。江戸時代以前は武士という役人である。    

民主国家という日本の幻想は、四民平等では無く。相変わらず、差別国家である。公平公正というスローガンを掲げながら、戦後からこれまで、日本は世界で最も成功した社会主義国家となり、官僚が権力を頂点に持つ官僚国家に成ってしまった。何故なら国民に選ばれたはずの政治家を、聖徳太子の『和をもって尊しとす』の精神で懐柔し、騙して来た役人の社会や市民に対する犯罪を今こそ明らかにすべきである。

一方で『仕方がない』と諦めてきた日本人大衆の責任にすり替えて良いのか。政治が悪い、こんな政治家を選んだ国民が悪い等と言うバカな評論家とマスコミの責任の方がはるかに悪いと思いませんか。こんな事がいつまでも許されるべきでない。個々の役人が悪いのでは無く、これまでの役人が作り上げた現実の体制、つまり古い法律や法令、さらに、人間の多様な考え方や生き方を認めようとしない時代遅れな役人解釈や通達事項を事業仕分けというより、すべてガラガラポンにして現在のグローバルな地球環境と国際感覚に基づいて、新たに構築する必要が有ります。

本来、日本人はある意味、非常にバランスのとれた国民性があるとも言われています。その事から日本人と言うより、人間の分析の一つとして、革新的な人と、保守的な人に分類されたり。活動的な人と静動的な人というような表現も有ります騎馬民族と農耕民族という言い方も有りますが、私はコツコツと物事をやり遂げる人もいれば、欲望を常に持ち続け活動的な人がいます。もちろん人は年齢によっても両方を経験しますが、コツコツと物事を勤め上げる人はボランテア精神も旺盛な人である。一方活動的な生き方をするアグレッシブな人が、ある意味歴史を作って来たのかもしれません。それがアングロサクソンの言う自由主義でも有りますが、それは歴史や社会を作る人と守る人の人間の分類でも有ります。、政治的右翼左翼で無く仲良く保守と革新とも政治的には云われて居りますが(中翼胴体)であります。昔は男が革新的に歴史を作り、女性が社会体制を守って来たと言われましたが、今や老若男女が入り混じる現象が当たり前の社会化しております。

                                       

社会の発展と秩序が今後も必要であるなら、人間性分析的な観点からコツコツと物事をこなし、余り欲も無く人生をつつがなく過ごす人こそが役人をやれば良く、世の中を活性化させ、欲望の実現を志向する人が経済活動に邁進するべきと考えます。人生に余り経済的欲求を持たずに、そこそこの生活をする人を役人に採用し、平均的生活水準を維持できるような状況で一生を保証し、彼らに公的な行政を任せれば、公務員生活後の空白を作らずに退職後の年金生活でのボランチアを期待でき、日本の昔ながらの助け合い精神が生かされると思います。天下り行政も無くなるでしょう。

若いころアグレッシブで欲望を追い求めて、経済的にも成功した人も、年齢と伴に社会還元としてボランテアを目指す事がチャリテイーに結びつき、失敗した人でも晩年はボランテアで人生を送れるよう年金より社会保険を充実するべきで、今の税制や社会保険制度を見直し、税金で統一するべきです。そうすれば厚生省は国民の健康と医療改革に専念できます。なまじ国民の金を年金という形で厚生省に預けた為に、役人の無駄遣いや天下りを許しています。若い時は皆、夢や欲望を抱き、目的に向かってまい進できる環境を作ってやることが年長者の責務であり、このような社会実現によって老人と若者の差別なき共存共有社会が生まれるのではないでしょうか。

経済の不合理

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銀行が民間に貸し出ししないので不景気は続く、銀行は金余りのくせに、国債を買うだけしか能がない。なぜに民間に貸し出さないのか、旧来のモノづくりに固執していては日本の経済は中国やBRICSにやられて行くだろう。経済が成長することは国民の生活が豊かになることなのだが、それを今や役人や政治家が邪魔をしている。役人や政治家は国民の税金で生活していることを忘れている。国民を豊かにすることが自分たちも豊かになるという事を忘れ、役人だけが豊かに成り過ぎている。

友人、哲のメールで久しぶりにカレル・ヴァン・ウォルフレンの「人間を幸福にしない日本というシステム」という16年前のバブル崩壊後に出版された本を引っ張り出して読んでみた。哲からのメールは彼が最近或る月刊誌に書かれたものであった。現在の鳩山・小沢政権を擁護する物であったが、そろそろ小沢さんにはお引き取り願いたいと考えている私であったのだが。ウォルフレンの16年前のこの本を再読して、今の日本が16年前と少しも変わっていない事に気付いた。これまでの閉塞感の打破に多少の希望を感じると同時に、もう少し小沢さんに頑張ってもらわねばと思うようになった。

ウォルフレンの著書を書店で購入した時期は、バブル崩壊後でも私が帆船キャリアド号を仲間と共に手に入れた頃で、題名通りの意識を持っていた頃でもあった。その時は確かに役人がこの国を駄目にしている部分を理解しつつも、現役の官僚で尊敬する優秀な友人も多くいた。彼らは民間の意見を聞く耳を持っていた。

今この本を読みなおして気づいたことは、天下りや公務員天国と言った国民目線の事より、最も危険な事は、政治家不毛のこの半世紀の中で、日本の法令、政令、前例を彼ら官僚が作り、おまけに彼らが民をコントロールする為に法令を勝手に解釈し、通達行政で地方の行政役人に隅々まで徹底させた事により、彼ら自身がそれらの網にがんじがらめに縛られている事により、国民目線を失い、法令優先で民を管理する事ばかりに優先する余り、市民国民の公僕であるより、法令の奴隷と化した役人が、一方では、政治家をも官僚の管理下に置く為に、憲法法律に明らかに違反する事等をうやむやにしながら、外交のみならず行政全てにおいて、国民には隠し立てしている。9条と自衛隊の問題を始め、日米安保条約の方が憲法の上に置かれ、さらに核の持ち込みや、独占禁止法は系列構造産業化に代えられ、役人と政治家の談合によって正義より現実政策として憲法解釈も曲げられ、つじつまの合わなくなった事は知らん顔をしておけば、そのうちお役目交代でたらいまわしされ、だれも責任を取らない役人の世界が当たり前になっている。これが官僚独裁国家である日本の常識として、役人ともどもマスコミでさえ御用報道でこの国を危うくしているの

である。

役人官僚は検察、裁判官と結びついて、この世の中の秩序維持という使命感で、国民に重要な情報を知らしめること無く、新聞とTVのマスコミを使い、大衆を愚かに保つことで、民主主義よりも官僚独裁国家を強固に築いている。

事業仕分けより、法律削減、法令廃止、通達行政の見直しをやらなければ、日本の経済発展もなければ、国民が幸福感を享受出来る真の民主国家日本はない

これまでの経済大国の夢に妄信して来た役人主導の戦前の軍事戦争に代わる経済戦争が退敗した今日、国際感覚の欠如した外務官僚のお陰で、ますます日本は二流三流国に落ちていくだろう。安心安全の旗印のもとに、各省庁でたくさんの法律を作り市民生活をゆがめ、市民を窮屈にしている法律を見直し、国民生活本位に改めるべきである。単なる規制

緩和で無く、役人が管理しやすい法令で無く、市民の自由な発想と豊かさを確保できるような国民本位の法規制に見直すべきである。

普天間の問題もアメリカの庇護のもとに経済発展をしてきたのが、いまやBRICSに追いやられ、日本の米軍基地の縮小をアメリカと渡り合えない日本の政治家達。日米の関係をもっとビジネス感覚で、日本好し、アメリカ好し、地球好しの、三方良しの原則を、基に交渉すれば上手く行くのではと考えるのだが。この事は都政における築地市場の移転問題にも共通している。すべて役人主導に任せてきた政治の無力であり、市民良し、市場に働く人好し、行政良し=社会良しの精神が有ればうまく解決出来るのではないだろうか。

 役人の勝手を許しているのは、金銭市場主義的国民愚弄政策で役人の論理で通達行政をやってきた。役人にとって都合の悪い事は触れてはならないタブーとし、個人情報保護法等を作り、議論させないようにしてきた事や、個人の保護より行政や役人の勝手な行為を隠すために利用し、行政の透明化を隠している。個人の情報は既に税務署や警察によって既に管理把握されている事を国民大衆は知らない。

明治の西郷さんが主張したように、政府、行政はもともと国民の付託で成り立つ事を今こそ市民は声を高らかに主張するべきである。ところが現状は曖昧模糊とした行政が行われ、だれも責任を取らなくてよいシステムを作り上げている。今や役人自身もその法令の中に自ら縛られており。このような状況が、日本国民を閉塞感の中に追いやっている。戦争の責任を誰も取らずに来たように、今日の行政がもたらした国民の健康被害や災害にも、国の借金にも、経済破たんにも、今後も政治家も官僚も、誰も責任を取らずに済むのだろう。

いつまで君たちは黙っているのか?「仕方がない」? 

黙り続けるのは家畜と同じじゃないか!!

これからのテーマは

1、消費経済からの脱却、いつまでも消費が美徳では無いエコの世界を目指せ、規制緩和はエコに通じる。知恵のある生活を目指そう。モノより精神生活を充実しよう。

2、安心できる年金制度と税制の一本化改革、利息制限法をファンドなどにも適用し、同時に所得累進課税の強化と住宅の無税相続と固定資産税の平等化、金融資産相続の課税強化、所得税控除の引き上げと所得税の累進課税の強化。また最近の貸金業法の廃止。何故に庶民金融まで国が管理するのか、自殺者が増える原因だ。

3、       増税は新たな雇用や経済発展の為に投資に向け、これまでの国の借金削減には行政の無駄と政治家と役人の人員削減と人件費削減等により補填出来るはずです。

4、       行政の透明化と公務員の平均的所得補償=国民の平均所得、によりボランテア精神の普及進行。

5、農地改革で戦後地主から小作人分け与えた農地の現在の耕作放棄地は国や元の地主に戻し,真に農業をしたい市民や企業に安く払い下げるべし。これにより日本の食料自給率を上げよう。農業所得補償政策はその後です。

6、       週休3日でも豊かに暮らせる国家の形成。

7、金融機関が国債や債券で食う体制や大企業向けの金融特化を改め、多少のリスクを持っても中小零細企業等、民間に投資のつもりで融資すべきだ、保守的な金融政策が景気を阻害している。国民の預金を担保にした国債発行をやめ健全経済に戻すべき、政治家と役人を法律、法令と共に削減するべきである。国の借金はこれまでこれらを作ってきた政治と行政の無駄を省く事から減らしていくべきだ。無駄は少ないという役人のロジックに誤魔化されてはいけない。無駄は事業仕分けに上がらない政府と地方自治体の中に未だ未だ沢山ある。役人が予算の中で握っている事を忘れてはいけない。地方の無駄を正に提言しているのが竹原阿久根市長では無いのか。国会議員と都道府県知事らはもっとこのような市町村長の真摯な意見を聞くべきである

8、今の景気の後退を作り出しているのは、政治家の経済音痴と役任の委縮である。               

事業経験の無い政治屋と、事業仕分けで予算を握ったままで民間に出せない役人の委縮で有ります。行政がこれまではゼネコンや天下りさきに自由にばらまいてきた予算が民主政権の事業仕分けに警戒し、民間に流れなくしているから景気は一向に良くならない。

この事は財務省指導の事業仕分けに誤魔化されてはいけない。

これに騙されているのが官に取り込まれた今の首相だ。

9、       正しい経済知識の普及実現。

政治や行政の透明化と市民目線の政策により『国民の生活水準の向上』に向けて金が良く回るシステムの構築。馬鹿な経済学者に振り回されないグローバルな経済知識の普及活動。

今こそ西郷隆盛公の南州翁遺訓の前半をよく読んで欲しい。

平成南州翁遺訓、などとして、皆が検証しながら庄内藩を超えた、インターネット時代にふさわしいこれからの日本の為に、意見を出し合いまとめて行こう。

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» 【日本一新】米帝が一目置く小沢氏こそ、日本の舵取りを委ねるに相応しい人物だ!【自主自立】 [ステイメンの雑記帖 ]
 次期首相を決める民主党の代表選であるが、いよいよその終末点を迎えようとしている!  惨経を筆頭とする売国翼賛マスゴミどもは、挙って「変節奸優勢」との情報を垂れ流して、 「勝ち馬に乗りたい」という議員心理を揺さぶる作戦を継続中 である!  また、この機に乗じて莫迦ウヨどもも、根も葉もない誹謗中傷悪口雑言を投げつけて来ている!  だが、真に変節奸が優勢であるならば、 先のエントリで紹介 したような 小沢氏を誹謗中傷する怪文書 が出回る訳がない!  さらに、敗戦時の内閣書記官長にして参院議員も努めた故迫... [続きを読む]

受信: 2010年9月13日 00時12分

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