構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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Storytelling

ストーリーテリング、物語を語る、とでもいうか、経営、宣伝、通信手法がある。ロゴマークなどの、囲い込みのような閉鎖的な手法の反省の上で、組織の活性化、生産者と消費者との意見交換などを目論む手法である。

冤罪事件のでっち上げがあった。これは根拠の無い物語を作って、その筋書き通りに証拠をでっち上げていって、調書を作り、無気力・無批判な裁判所の協力があって、無実の人間を塀の中に拘束するという陰惨な手法であるが、比較的に新しい宣伝手法であり、それだけに、特別権力関係に的を絞った外国勢力の介入と影響があったことを推測させる。幸いにして、事実をねじ曲げたために、架空の物語が一挙にその基盤を失って崩壊した。精緻に積み上がったとみられる虚構が一挙に崩壊した。

本稿は、当方ブログが、市場原理主義を克服するための一助となる分析作業として、本年5月末に未定稿として書きとどめておいたものであるが、当方ブログの読者諸賢の参考になればと思い、また、日本の権力機構の浄化に貢献することを祈念して、ネットに掲載することにした。読者のコメント、批判、追加情報などを頂戴できればと思う。

いずれにしても、天網恢々疎にして漏らさずは、当然であるが、日本は、つくづく言霊の国であるこを痛感する。簡単に言えば、嘘は必ずばれる国柄のようである。

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「ストーリーとは、小説や映画などの創作物における筋のことである。なかなか日本語に翻訳することが難しいが、物語の世界のなかで起きている出来事を時間に沿って並べることである。小説や、戯曲、映画などでは、時間の順番を入れ替えて再構成して、見る者、聞く者がわかりやすくなることである。推理小説などでは、まず、結論をほのめかして、その謎解きを行うことを特徴とする場合があるが、謎となる原因や理由は、プロットと言われて、ストーリーとは区別される。時間の系列に沿って、状況変化を表現することがストーリーで、プロットは、状況変化の理由や原因を示すことである。

そのストーリーを音や、映像や言葉で、伝えることをストーリー・テリングと読んでいる。娯楽であることもあり、教育でもあり、文化の伝承を目的とすることもあるし、道徳的な価値を注入するために行うこともある。日本で、テレビ番組に「日本昔話」という番組があるが、昔話や、民間伝承は典型的なストーリーテリングの世界であり、わかりやすい。説話文学と呼ばれる太平記や平家物語なども、古今東西の経験的な知識を縦横に含んだストーリー・テリングの世界である。古事記などの神話の世界も文字のない世界から、文字の世界へ変わる境界領域で生まれたストーリー・テリングと考えられ、各民族が固有の類型があるのかも知れないが、童話のように、人間として普遍的な部分もあるものと考えられる。

テレビゲームも、端的なストーリーの世界である。幾千の敵を打ち負かしながら、旅をして、テレビゲームの中の主人公が成長していく、「物 語」が内包されて成功したゲームも多い。人間社会で、絶えず関心を引くのが、物語であり、子供が親の膝の上に乗って、童話を聞く心地よさが原型であるが、四角四面の小難しい説教をするよりも、物語を語る方が、しかも子供向けの物語を大人に語る方が、却って、情緒に訴えることが可能になって、説得力を持つ場合がある。もちろん、説得力があっても、その中身の正統性や正確性が保証されるわけではないが、物語をつくる、筋書きをつくり、それを単純に説明する方が、効果がある場合があることは、政治宣伝の世界においても実証されている。

例えば、日本の郵政民営化を推進する政治宣伝で、「あすなろ物語」という紙芝居が、東京の有楽町の旧日劇前で行われ、民営化が行われれば、日本が幸せになるという荒唐無稽のシナリオであったが、大きな効果を生み出したことが知られている。あすなろ物語は、もちろん、井上靖の小説の題名を借りたものであり、有楽町であれば、日本の貧しい時代に若い男女の出会いの場所のようなイメージがあり、日本における近代郵便の創業者である前島密が、郵政民営化を喜んでいるという、「ストーリー」が入れ込まれていた。大広告会社の電通が、荷物運びの為の、今は骨董品のような自転車の荷台に、紙芝居の道具をくくりつけて、華やかな銀座の街角で、当時の政権与党の国会議員立ち会いのもとで、紙芝居が挙行され、馬鹿馬鹿しいほど影響力はないはずだとの見方があったが、実は、その単純なストーリーの設定の説得が、思考を失った国民の情緒に訴える点では優れていたのである。郵政民営化の政治宣伝の為の「あすなろ物語は」、「君の名は」の舞台としての有楽町の数寄屋橋交差点すらセットとして利用したといえる。しかし、この政治宣伝は、直近の刺客選挙の勝利には貢献したが、その後の郵政民営化の政策が現実には失敗したこともあり、長期的には失敗作の烙印が押されることになった。

 ストーリーつくりは、映像技術のデジタル化とともに、テレビゲームのように産業化したが、外国では、兵隊の訓練の為に、外国での戦闘に即時に対応するためのシミュレーションの番組などが、製作されている。紛争国の市街が映し出され、子供たちがビル陰で遊んでいるが、攻撃するものはいないか、街角の壁には、アルファベット以外の文字が落書きされている雰囲気の中で、馬車か牛車かで、何かをつんだ車がとおるが、敵対的な物資でもつんでいるような雰囲気だ、何もかも信じられない世界に取り囲まれたときに、瞬間的にどう対応するかを、飛行機操縦のシミュレーションのように、その雰囲気を演出して、次の行動の決断を促す。若い兵士も、テレビゲームの世代であるから、教室形式の授業よりも遙かに敏感に反応して効果的であるとされる。

 日本で、パワーポイントという、携帯型のコンピュータの文字や図表を、壁に投影して説明するソフトウェアを駆使する手法が一世を風靡したことがある。会社の取締役会などでは、机に内蔵されたテレビに説明資料を投影して、それで説明しなければ、あたかも説明が不足しているような経営をした会社もあったほどであったが、 最近では、ストーリーを作り上げる手法が優先されるようになり、パワーポイントの手法は廃れて、幻灯機の手法と揶揄されている。
 兵士の訓練も、会社経営においても、ストーリーをつくる、時の流れに沿った事実をわかりやすくするために再構成して説明する、あるいは、今までは文学者が得意としていた技法を適用することがむしろ効果的であることが判明したからである。

後述するが、政治の世界では、こうしたストーリー作りの手法が圧倒的に優位であることが、アメリカの大統領選で証明された。元々、アメリカの大統領は、指導力など、ある種の神話的な力を持たせるために、ストーリーが創られたことは、よく知られている。テッド・ルーズベルトは、青白きインテリのような人物であったが、男性的で、西部開拓に情熱を燃やす、銃砲を操り狩りにいそしみ、西部の原野に繁茂する巨木を伐採する木こりの技術に長けた人物としてのストーリーを創るために、ホワイトハウスで、テニスをする写真は生涯公表しなかったという。

 ハリウッドの世界では、ストーリーを組み立てる技術が大産業として成立して、全米のストーリーの祭典があるほどである。現実を説得力のあるストーリーに組み立てて、映画やテレビ番組にすると、現実と非現実の区別がつきにくい世界に転化していく産業である。

 ストーリーが、人間社会の意志決定などに効果があるとして注目されるようになったのは、90年代の半ばになってからである。説得力の効果の問題としてとらえれば、法の安定性が毀損しているので、裁判による裁定よりも、ストーリーが説得力を持ち、複数の筋書きがあれば、どちらが優れているかを判定する方が魅力があるとされ、ストーリーをどう創るかが競って行われるようになり、組織内の情報流通や、コミュニケーションのあり方に大きく影響を与えることとなった。

 それまでは、会社のロゴマークを創ることが、重要視されていたが、今では、ロゴマークよりも、会社の目的のみならず、製品についても、ある種の物語・筋書きを創ることが重要だとされている。例えば、コカコーラ、IBMといった大会社のロゴは、ブランド化され、そのブランドを作り上げることに目標が作り上げられていたが、今では、ロゴやブランド化は力を持ち得ないどころか、逆にマイナスに作用する事例も現れている。端的な事例が、ナイキという靴の製造会社である。ナイキのブランドとロゴマークは、例えば、低賃金労働のイメージと繋がるようになったし、公共の空間を私物化する企業とのイメージも加わった。カナダや、オーストリア、それから、東京などの公園一帯に、ナイキの広告を並べて選挙するという宣伝をしたが、公共を私物化する企業として悪名を馳せることになった。ブランド化は、急速に成長する風船のようなもので、そのうち破裂することとなったのである。日本でも、電車の広告を全て特定の企業で買い占めるなどのことが行われたが、却ってマイナスの効果を生むことも知られてきた。

 さて、ストーリーによる宣伝の成功例はといえば、シーバスのウィスキーの宣伝がある。シーバスの12年ものが、12のエピソードとして物語を創り成功した。十九世紀に、女王陛下が醸造元に行幸して、王室の保証を得た。1776年に建てられたハイランド地方の最古の醸造所であり、50年代のアメリカでは、サミー・デイビス・ジュニアーや、フランクシナトラのイメージとも重なるように、筋書きが創られて、販売が急速に伸びたという。ジーンズのレビ・ストロースのストーリーも効果的であった。ハイジというコロラド州のプエブロの貧しい女性がわざわざ、100キロを超える運転をして、ジーンズを買いに行くが、その理由は、ウォルマートなどで売られている安かろう悪かろうの製品は買わない、自分たちを尊敬するブランドを買うという主張を、ストーリーとして組み立てている。おそらく、プエブロを舞台にしているのは、プエブロに居住するアメリカ原住民の誇りを大切にするという企業姿勢の暗喩としていることが理由である。

 経営手法として、ストーリーを組み立てる手法も活発化している。有名な話が、アップルコンピュータの創業者である、スティーブ・ジョッブズがスタンフォード大学で、2005年に行った講演会のストーリーである。大学を出ていない、ジョッブズは、世界の名門のスタンフォードで講演できることが名誉であると前置きして、三つのストーリーを聴衆に語りかけている。

まず第一は、アップルの創業者としての青春のロマンである。貧しい子供でまともに学校も行けず、活字のコースをとったことがあることから、アップルの美しい文字の表現力が出てきたこと。第二は、愛と喪失の物語で、親の家の車庫で、最初のアップルコンピュータが創られ、その十年後に生涯の伴侶に出会い、家族を作っていく成功物語が突然暗転して、会社を追い出されてします。第三が、死と蘇りの物語で、ガンから奇跡の生還をして、また、自分が創業したアップル社に戻り、新たな成功譚を創るべく経営しているという話である。この三題物語の手法は、アメリカで、市場原理主義のエンロンやワールドコムの破綻があってからの、いわば、新しい局面の展開があって、初めて、説得力を持つことになった。

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 市場原理主義が謳歌した、エンロンや、ワールドコムでは、会社の中が意思の疎通がほとんどなく、全くの沈黙が支配する会社となっていたという。ベンチャー企業が激しく盛衰を繰り返したが、沈黙は西洋社会では一般的に金ではないから、特に、個人の活力が失われた現象として表現されることになった。2003年にエンロンは崩壊したが、その経営手法は、粉飾と言うよりも虚構と呼ぶべきもので、会計手法もまったく現実性をかいたものであったが、ホンの一部に、その欺瞞を見抜いて警告を発したものもいたが、大多数の関係者は、沈黙して、その虚構のストーリーに荷担した事実は否めない。2005年のジョッブズの講演の特徴は、人間一人一人が、物語性を持つことで、むしろ、社員や関係者にどんどん話をさせることが重要であることを示している


 情報通信技術の発達が、革命的だと言われたが、その典型が、インドのコールセンターである。インドのコールセンターは、アメリカの企業が大部分を使ったのであるが、電話をかけるとインドで顧客の対応をするシステムである。インドのコールセンターでは、社員にアメリカ流のニックネームをつけて、インドの英語の訛りを消して、対応する。朝、出勤して虚構のアメリカに浸り、夜にはインド人に戻るのが、インドのコールセンターの従業員の生活である。35万人のアメリカ向けの雇用者がいるという。文化の葛藤が極端に現れる経済であるが、日本の場合は、中国にコールセンターを持つ企業が出てきているが、小規模である。安全保障の問題が存在するので、中国から、日本にコールセンターを移転する動きも見られるところであり、英語の世界のように、文化的な問題を惹起する要素は限られている。

 会社経営の中で、従業員や社員から、会社組織の内部の沈黙化を避けるために、従業員や社員から、物語を引き出す手法が広汎に採用されつつある。会社の変革を求めるために、従来であれば上意下達の会社方針説明会でも開催するところを、手法を変えて、最初は、いろいろな質問が創られ、第二に、10人から、20人を面接して、ストーリーの原型となる物語を集める。第三の段階は、その物語を熟成させる、つまり、ストーリーだけではなく、プロットについての演出も加える。第四の段階では、600ページの記録を100ページにまとめ、そのうち、21個のストーリーを取捨選択して、第五に、引用や、発言者の信憑性などをチェックして、まず、会社の内部に配布して、最後に、社外に配布するという段階を踏む。そうした過程を通して、会社の変革を実現を社員や、社外の関係者の合意をとりつけていく経営手法である。

現在、日本でも、委員会設置会社や、執行役員制度、社外重役制度などが問題があるとして、90年代にアメリカで頻りに採用された会社の組織のやり方を廃止する会社が増加しているが、実は、縦割りの一部経営者の独裁の弊害が見られ、従来日本で行われてきた、縦横無尽に意見交換が諮られる制度の方が風通しが良いとして、旧態に回帰する動きも、こうしたストーリー・テリングの優劣を競う中で生まれた反省である。市場委原理主義の経営手法は、アメリカの一部で見られた特異な現象であったが、虚妄の経済が破綻したことで、現場でも放棄されつつある。日本では経営者を、そうした特異な組織の方が従来の日本型経営より優れているとして、取締役の研修団体などが設立されたが、今となってはあだ花でしかないことがはっきりした。

 エンロンの話に戻ると、エンロンの成功物語も、実は現実性のない、ストーリーが、投資家やコンサルタントを手玉にとるようにだました現実の事例である。日本においても、エンロンとその手先が暗躍した。97年に、三池炭鉱跡地に火力発電所を建設する計画を発表して株価操作をした。首脳陣には実現する気などなかった事実が明らかになっている。2000年5月にはエンロン・ジャパンが設立され、商社の丸紅の発電関連部門などから人材を引き抜いて陣容を拡大し、「契約するだけで、大口顧客に対して一般の電力料金より最大10%安価に電力を供給する」サービスを発表したり、関係会社のイーパワーと共に、青森県や山口の宇部で火力発電所を建設する計画を発表した。経済同友会の代表幹事で、オリックスの創業経営者である経営者が関与している。当時の電力業界は「黒船襲来」としてエンロンの日本進出に対する対応を検討したが、マスコミは、電力自由化に伴う料金がさがるとして、好意的に報道した。日本国内の関係会社はその後も用地取得に向けて「基本的に合意した」などのセンセーショナルな情報操作を行ったが、具体的な発電所建設を行うことなく、2001年のエンロン破綻の直前にすべて解散している。

エンロンは、金融界から発せられた、虚構の成功物語・ストーリーであったと見ることができる。まんまと大統領がだまされ、ウォールストリートがだまされた。ストーリーの手法は、政治の分野でも広く採用されたが、2004年のブッシュ・ジュニアー大統領の再選の時に採用された、テレビコマーシャルがその典型である。映像によるストーリーは瞬く間に世界中に伝わる。ちなみに、オハイオ州の住民のフォークナー家の娘が、ブッシュ大統領に、慰められ抱きしめられるという単純な映像であるが、母親が、9.11のテロで死亡したことを知って、強い大統領が、慰めるという、ストーリーになっている。娘の名前が、アシュレーという名前であるから、アシュレーの物語として、政治宣伝広告の成功例、政治イメージの操作の成功例、として有名である。ネットには、公開されている。60秒のテレビコマーシャルである。http://www.youtube.com/watch?v=LWA052-Bl48

政治の世界では、マスコミの力が重宝されて、ストーリー作りが行われる。専門用語では、シェラザード戦略と呼ばれるが、シェラザードとは千夜一夜物語の語り手で、伝説上のイランの王妃である。黒か白かの単純な善悪論を強行する手法で、現実の複雑さを解説してみせる手法が拡大したが、事実は小説よりも奇なりで、例えばイラク戦争の大量破壊兵器論なども、結局は作り話であったことが明らかになった。日本の経済政治政策として、一世を風靡した構造改革論などは、その典型的なのストーリーづくりで、規制緩和、民営化、小さな政府論、均衡財政論などが称揚されたが、いずれも現実には適さない政策で失敗して、国力を消耗させた。根拠のないストーリーに基づいて、構造改革という大量の政治宣伝が行われたことが記憶に新しい。

 最近、タイで、銃撃発砲を含む騒乱事件があったが、特徴的であったのは、タイ政府から逮捕状が出ている、タクシンを元首相をめぐるストーリー作りのうまさである。米国の広告会社や、外国マスコミの有力者が顧問に就いているとの情報である(ロンドンのエコノミストの編集者が顧問に加わった時点から、王室批判が加速したとの見方がある。)が、実際には、タクシンが、市場原理主義者であり、通信会社や、放送会社を私物化して巨万の富を手中にして、また、その資産を海外に移転しようとしたことなどをみても、タイの経済格差の拡大の原因をつくり、表現の自由を抑圧して独裁を目指し、毛沢東主義の影響を強く受けて、武力闘争を志向していたにもかかわらず、イメージとしては、社会格差を是正する改革派の政治家のイメージにすり替わっている。政治宣伝におけるストーリーの組み替えが行われたことが見て取れる。

  冷戦が終わり、戦争というよりは、世界的に軍事紛争や対立が頻発して、戦闘の形態が変わった。先述のタイの争乱に見られるように、繁華街での市街戦の戦闘の形態もみられ、そこでは、重い戦車が発砲して闘うという形態ではなく、全体からすれば、わずかの数の軍人が兵士が参加して、政治宣伝を交えながら、小火器で対峙する戦闘手法である。むしろ、タクシン派の方が、小回りのきく、つまり、都市ゲリラの作戦を実行できる軍事部門を擁していたようであり、主力は、カラシニコフの銃とされるので、共産圏の国の影響があると推定される。実際には、タクシン氏は、北京政府の後押しがあったことが推察される。こうした新たな戦場での政治的な対立や、戦闘シミュレーションが機械で臨場感をもって行われ、特に予備役の軍人の訓練の為に広く行われているが、コンピュータゲームには、根本的な制約があるために、条件が予想しない事態となれば、機能しないことになる。イラクでは、コンピュータによる訓練通りに行動したら、バグダッド市民を虐殺することが起きた事例もあるという。戦争ゲームは、若者を軍に勧誘する道具立てとしても使われており、戦争ゲームが、陸軍などのホームページからダウンロードできるようになっている国もある。

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 政治宣伝に、ストーリー・テリングの手法が入り、政治の世界で、プロパガンダの色彩がいよいよ強化された。米国では、フォックスニュースと言う保守系のメディアで、世論操作の為の放送局も生まれている。毎日、報道すべき内容の指令が下され、世論が形作られていく仕組みが徹底している。日本では、官房機密費が、マスコミの記者や政治評論家にも配られたのではないかと、話題になっているが、それは、政治宣伝の手法が、ストーリー、すなわち物語を書く力が重要になってくることが表面化したことではないだろうか。外交の分野でも、パブリックディプロマシーと称する、政治宣伝を含む研究分野があるが、国家をブランド化して、海外に売り込む手法も活発化している。湾岸戦争で実際に採用されたのであるが、クウェートに巨大なスタジオが創られ、そこで、記者会見や、軍事情勢の説明が行われて、世界に瞬時に情報が提供される仕組みが作られた。現代の戦闘や軍事紛争には、宣伝としてのメディアの役割が重要視されている証拠であり、ストーリーなしに軍事的な勝利を収めることも不可能となったことを、示している。

 2008年の米国大統領選挙では、新人のシカゴを選挙区とする、黒人のオバマ上院議員が、急に頭角を表して当選した。民主党内では、ヒラリークリントン氏が、序盤では優勢で、ヒラリー候補は、オバマの「経験のなさ」を痛烈に批判したが、オバマ候補は、ストーリー作りを徹底して行い、私には夢があると声に出すときには、公民権運動の指導者で暗殺されたルーサー・キング牧師の顔が思い出される具合であった。オバマ候補は、ハーバード大学法学部卒業のエリートでありながら、母親は白人、父親がケニアの黒人という変わった出自で、語り部のような手法をとった。演説は、ほとんど、事前に準備された原稿を、プロンプターの前で読んでいるのであるが、感情の抑揚を入れずに、散文的ではあるが、相当の雄弁家で、話し言葉として聴衆に雄弁に訴えかける迫力は群を抜いた。ハーバード大学の法律雑誌の編集長をやった経験からも、演説を自筆で書くことのできる大統領とも言われた。オバマ候補は、自伝を2冊出版しているが、黒人を出自としていることを詳細に説明した自伝本としては、優れた内容となっていた。

選挙演説の成功の要素として、①立候補の依って立つ基盤を、物語として説明する、②選挙宣伝の抑揚をつける、強弱をつけて、全体を退屈にしないようにする、③政治主張をわかりやすく、形を作る、④インターネットを活用して、演説を聴いて共感を持つ、聴衆の組織化を図ることとしている。オバマ候補は、教師の役割を果たすことを、選挙運動の最終段階では、アメリカを癒すセラピストの役割のような演説の内容に変化している。アメリカの無意識な部分にも訴えかけることに成功したオバマ候補の演説は、対立型ではなく、むしろ土壇場で調和を求めるという政治手法をとっている。

まとめ

世界的に、市場原理主義が退潮に向かう中で、日本のものづくり企業は相対的な地位は強化されることになる可能性が高いが、従来の経営手法にしがみつくのではなく、ストーリー・テリングのように、失敗や成功例が、この二十年を通じて結果として得られている手法を研究して、オバマ大統領の選挙勝利に見られるように、市場の無意識の部分にも入り込んでいくことが重要である。

そこでは、単純に結果としての製品を販売促進することではなく、消費者の支持を受けるための企業としてのメッセージを、物語として訴えることである。例えば、エアコンの宣伝一つにしても、売らんかなの宣伝ではなく、エアコンを製造する企業の物語を語るコマーシャルを創ることが必要である。企業がグローバルになればなるほど、文化的な多様性にも注意を払う必要が生じて、これまでのように、欧米企業偏重型ではなく、多用な価値観への対応が求められることは言うまでもない。英語での表現が日本企業では主流になっているが、実は、表現の現地語化も必要である。英語がリンガ・フランカであるかどうかは極めて疑わしい。

ロゴマークの重要性は、極度に低下している。場合によっては、マイナスになる企業イメージを生み出す可能性もあることを、ナイキの例で説明した。公共の空間を、私的な利益追求のために占拠するという大がかりな宣伝手法は、むしろ失敗例となっている。ナイキに対する反発は、世界各国で発生している。会社組織の中でも、変化を導入するために、従業員や社員の個々の見解を繁栄するような、個々のストーリーをまとめ上げていく手法が成功を生み出している。上位下達の手法は、成功していない。もちろん、感情的な部分を放置すれば、煽動型の経営手法になってしまうので、経営側は、常に多用な情報を収集、分析して、所与の条件の多様化を図ることが必要である。側近政治と言われる経営が失敗するのは、情報の選択肢が極端に狭くなり、判断材料が乏しくなることに起因する。トヨタは、経営手法を、従来の市場原理主義型から、世襲の豊田社長の下に結集して、外国における攻撃から逃れることに成功している。米国議会で、世襲の社長であること強調したが、そこには批判はなかったどころか、むしろ共感を集めた。つまり、市場原理主義の実態のない経営者から主導権を奪って、顧客第一の、急激な市場拡大や利益拡大を抑制しながら、日本の伝統的なものづくりを大事にする姿勢を明らかにするという、経営手法に戻ることによって、会社経営を安定させようとしているが、妥当なストーリー・テリングであろう。エンロンの事例は、虚飾に満ちたストーリーが、最高の権力や、金融機関をも迷わせてしまうという、悪魔のささやきのような事例であるが、電力やエネルギー関連の企業であれば、繰り返し、その根本的な過ちを研究して、その誘いにのらないことが必須である。

時代の転換期にあり、企業経営も進取の気迫に満ちた変化に対応する力が求められる。しかし、日本の企業であれば、日本の国家の基本が どこにあるかをしっかりと見定めることが、時代の変化を乗り越えるもっとも基本的な力となるから、一喜一憂は禁物である。日本の思想が、世界の普遍であることはないが、ただし、相互の尊重を図ることで、共通の理解を得ることは可能である。世界が単一の世界に収斂しているという市場原理主義の理論と現実が破綻した今、余計に、日本の国家や組織形態や、文化のありように立ち戻ることが企業経営上も活力を取り戻すために、必要である。社員が同じユニフォームを着ていても、さりげなく、個人個人の違いがあり、しかし、全体主義ではないという良さが日本には培われてきているから、ものづくり企業であればあるほど、技術革新を要求するはずであるから、従業員、社員の沈黙の従属から解き放つ必要がある。改めて、現場重視の経営が行われる必要があることが認識されるようになった。

日本には、太平記や平家物語などの優れた説話集があり、立場に拠って読み方は異なる可能性があるが、調和を求めて安定を志向する鎮魂の書としてまとめられているので、企業の円滑な経営を志向しながら、経営者としてストーリー・テリングの手法を本格的に習熟しようとするのであれば、参考にすることが必要である。太平記などの説話文学は、世界的に見ても水準の高い説話であり、何ら遜色のないものであり、外国文学と比べても劣るところが見当たらないのは幸いであり、世界に日本の経営手法が貢献できる独自性を切り開く可能性が開ける。

日本にはことだま(言霊)という言葉があるが、言霊(ことだま)の力に依って幸せがもたらされる国、「ことだまの幸ふ国」とされた。古代の日本では言葉と、事とが同じ概念であったことによるが、ストーリー作りにおいても、相当繊細な感性を持つ民族であり、企業経営の手法においても、日本独自の手法を敷衍して外国に適応するように変更するなどすれば、世界の企業の経営改善に、なお貢献する可能性がある。」

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