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Kuroshio 40

浜木綿咲き匂う黒潮の岬にて、との題がついた。挿絵は、田中一村の絵である。白い方がはまゆう、後方の紅の花はヒギリである。Photo

 黒潮洗う列島沿岸に自生する浜木綿(ハマユウ)(学名Crinum asiaticum)のことはいつかは書かなければならないと思っていた。黒潮の流れに乗って、種が海を渡り、漂着して根をはやして群落をつくるハマユウは、東南アジアを中心として、西は、インドの半島の南部、スリランカを含め、インド洋のココス諸島であり、東はハワイ諸島からクリスマス島を経て、ニューギニア近くの海を越えて、オーストラリアの大陸の東岸から北部の岬の海岸に分布する。その北限が日本列島だが、朝鮮半島を含まず、山東半島から上海の揚子江の河口にもない。台湾と海南島にはあり、ベトナムの沿岸に広がる。マレー半島の砂浜にはなじみの植物であるが暹羅(シヤム)湾にはない。支那大陸とは疎遠な黒潮の植物である。

 北限の線が本州の南岸沿いにあり、年平均気温摂氏一五度で、最低気温の平均がマイナス三・五度であるという。三浦半島・房総半島南部以南の線だ。ハマユウの分布北限は黒潮の影響を受けて南方から侵入する生物の典型的な分布境界線と考えられ、ハマオモト線とも呼ばれている。西端は敦賀湾、東端は千葉県の銚子である。九州の西岸の壱岐にも、甑島にも五島にも自生するのに、対馬にはないから不思議だ。済州島にはハマユウが繁茂自生する属島がある。韓国では文殊蘭との名が付けられ、天然記念物になっているが、れっきとした同じハマユウである。伊勢志摩の記念切手が発行され、海女とハマユウの群落がデザインされて、印刷技術の世界で優秀作品となったことがあるが、黒潮文明論として伊勢志摩と済州島との海女の昔からの往来を知るものにとっては、不思議ではない。

 ハマユウの種は珍しく大型の、海水に長い期間浮いて漂流することができる種である。発芽の仕方が変わっていて、土に埋めなくても、水の少ない海岸の乾燥地でも発芽する強さがある。しかも、百パーセント発芽する。夜咲きの白色の花を咲かせて芳香を放つ。月下美人のように一夜限りではなく、毎日数花を咲かせて、寿命は二、三日続いて、全体で二週間くらい咲き続ける艶やかさがある。昼にも咲いていてアゲハ蝶を寄らせ、夜はスズメ蛾が蜜を吸いに来る。ハマユウは、有毒の植物で、普通の昆虫から食べられることはないが、ハマオモトヨトウという蛾の幼虫だけが天敵である。南の島では、その毒を利用して、吐剤に使ったり、焼いた葉を化膿した皮膚の膿の吸い出しに用いていた。バショウの木と同じように、鱗茎であるから、切って長方形の形にすれば、熱を吸い取るための氷枕の代用にもなった。

 ハマユウは万葉集にも詠われ、柿本人麻呂の「み熊野の浦のハマユウ百重なす心は念へど直ぐに逢わぬかも」という歌がある。伊勢神宮の儀式に用いる木靴である鶏足には大化の改新の頃からハマユウの葉が用いられていたという。防腐剤代わりに、雉の肉を包んだともある。葉を薄く剥がして乾燥すれば、筆で文字が書けるから、紙の代わりにも使われた。花の様子が木綿(ゆふ)を垂らしたようで、コウゾなどの樹皮を細く裂いて作った繊維から作った糸で、古代から神事などに用いられてきた榊についた交互に垂らされた紙垂(しで)の原型がハマユウの葉を乾燥したものに違いない。しでるとは、蛇が抜け殻を脱ぎ捨てて脱皮する様を示している可能性もある。

 ハマユウが市の花・町の花に指定されているのは、神奈川県の横須賀市、三浦市、真鶴町、静岡県の沼津市、三重県 紀伊長島町、和歌山県の新宮市、太地町、すさみ町、山口県の下関市、徳島県の牟岐町、高知県の室戸市、大月町、福岡県の芦屋町、熊本県の苓北町があるという。三重県では県の花はハナショウブであるが、郷土の花にハマユウが選ばれている。戦後一世を風靡した映画「君の名は」の撮影が志摩の和具大島で満開のハマユウの群落を背景にして行なわれたという。菊田一夫原作のNHKラジオドラマの放送時間には銭湯がガラ空きになったというが、テーマ曲(古関裕而作曲)の三番は「海の果てに、満月出たよ、浜木綿の、花の香りに、海女は、真珠の涙ほろほろ、夜の汽笛が、かなしいか」と、志摩の海をイメージして織井茂子が唄った。宮崎県では宮崎交通の故岩切正太郎氏が、フェニクスと共にハマユウを推奨して、県の花となって観光地を推進・発展させた。青島が黒潮との出逢いの島との意味があるだけに、ハマユウが日向の浜に繁茂する素地はあった。ハマユウは漂着しながら故郷に帰ることをしないで根を生やし、逞しく生きる黒潮の艶やかな女を象徴している。

 そろそろ浜木綿のことを書かなければとの思いは、今年九月二三日に満九〇歳になった母親の壽山武都(ひさやま むつ)が先月、短歌集(ISBN978-4-9905547)を出版し、奄美の同好会の名前が浜木綿短歌会だったからである。浜木綿が海鳴りのする海神の宮を出自とすることと、遣唐使を最後に日本文化を古今和歌集として編纂して平安時代を成熟させたこととは、糸(ゆうゆ)が繋がっていると感じている。本号のハマユウの生態等の記述は中西弘樹著『海から来た植物』(二〇〇八年、八坂書房刊)を参考文献とした。(つづく)

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