構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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A Sigh of Despair

とある先輩から、檄文を頂戴した。一部を適宜省略するが、当方ブログの読者のご参考までに、掲載する。

「(前略)本日、NHKで『どのようにして日本が太平洋戦争に向かったのか!』というドキュメンタリー風の番組を見ていて、まさに現在の政局が類似していると感じました。
空き管内閣は軍部に代わる官僚独裁国家の中枢である財務省と云う役人の言いなりに、戦争の代わりに国民に増税を強いる内閣を改造した。
太平洋戦争に突入しようとする時、政治家が無能なるゆえに軍部と云う官僚に引きずられていったのと、全く同じパターンで、現代において国民生活におおきな犠牲を強いる政策が、軍部に代わる大蔵財務省によって強行されようとしている。

 空き管が清潔な政治家だと自負し、今日、政権交代を実現出来た同志をも厄介者のように排除すれば、政権が支持されると信じている単細胞であり、
馬鹿正直者かも知れないが、家庭の中で一人ぐらい犯罪の被疑者が出れば追い出して済むのだろうか?
 本当の家族なら、この様な疑われるような行為そのものの原因究明を行いつつも、家族内の構成員を守ろうとするのが人間の愛情ではないか?

クリーンなだけが取り柄の鉄のパンツや市民運動家や法律家出身の政治家のこれらの行為は、人間の多様性や生き方よりも法律の方が大事で優先しているというこれまで国民を管理し易いように法律や行政通達で国家国民を動かしてきた官僚と同じではないか? 何が脱官僚だ!!

 今一度、民主党は家族会議を開いて政治と金の問題が何に起因するのか討議するべきである。政治家の利権よりも官僚の利権がこの世の中で、如何にはびこっているかもっと考えてほしいものだ。天下りだけでなく、民業を圧迫している官僚が経営する効率の悪い企業や、政府の外郭団体において、国民から2重3重に搾取する構造を解明すればおのずと国の赤字は減る。日本は中国の様な一党独裁国家ではないのだから、官僚独裁に操られるような民主党は解体すべきである。
いずれ自滅するだろうが、その前に気づいて欲しいものです。70年安保当時の正に、右翼(続いて左翼政党名とその青年団体の名前があるので省略)ではないか!!

 少しも人間的でなく、人間に冷たく、管理者である官僚にやさしい法規制優先国家は、今の官僚と一部の企業と政治家為の独裁制度で、中国と何が違うのか?

 マスコミはスポンサーの言う事を聞き、真理の追求より国民にお笑いや、低俗番組を提供することで真実を隠してさえいる。中国より多少の言論の自由は在るが、官僚国家体制に楯突く評論家や政治家、元官僚でさえマスコミから遠ざけられ、中には暴力団などを使い抹殺される。

 法曹界も官僚の機構そのもので、官僚がボンクラ政治家達を、ある時は金で又ある時は役人特権で誤魔化しながら、戦後せっせと作り上げた法律で国民管理を第一に官僚体制に、行政に楯突かないよう官僚体制を擁護する民衆とは乖離した司法を確立してきた。表向き民主国家という今の民主党議員が抱いている民主主義体制を装いながら。
小手先だけの事業仕分けで国民を誤魔化しながら、法治国家を強固に形成して来たに過ぎない。

 今、官僚独裁政権の中枢を担う大蔵、財務省は空き管や法律至上主義者等の潔癖主義者を操り、国民にとっては戦争に等しい増税国家体制に前進している。
官僚と一部の企業や政治家で、勝手に使って膨らんだ財政赤字を国民に負担を強い様としている。政治家と官僚で作った借金は官僚と政治家で責任を取るべきである。

 国民に年収の3分の1しか借りれない様な法律を作る前に、官僚国家こそ税収の3分の1に国債を発行するな。国民にタカっている役人を3分の1に減らし、政治家も3分の1に削減せよ!
それが出来ないのなら、役人の年収を3分の1に減らし、フリ-ターや失業者を今の役人の3倍に雇用すれば、皆が同じスタートラインに立て、新しい日本人の底力を見せてくれるかもしれない。

 我々はいつまでもこのような世の中が続くとは考えていないが、空き管内閣の崩壊が制度上すぐには来ないだろうが、われら国民は官僚や政治家ほど頭は良くないのかもしれない、しかし、今の空き管内閣よりは馬鹿ではないでしょう。政府に増税という政策あれば、我々は対策を考えましょう。特に我らの様な老い先短い人生を歩む者にとっては最後の楽園よろしく楽しみをかきあつめましょうや。

私は先週帰省中に考えていたのですが、東京にいると田舎でのんびり晴海雨読の生活を夢見るのですが、たそがれの楽園より、もっとアグレッシブな楽園生活に努めるべきと考えました。死ぬまでね。

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コメント

昔は軍部、今は官僚。彼等に政治責任はない。
我が国の政治責任は、政治指導者の手の中にしっかりと握られている。
政治家は、国民の代理人。我が国は、主権在民である。

軍部・官僚は、効率よく政治を行うために雇われた要員にすぎない。
官僚は、政治家からの頼まれ仕事に汗をかく人たちである。
軍部の暴走・官僚の横暴を抑えられない政治家は、その存在をゆるされるはずもない。
自分の飼犬を調教できない飼い主を選ぶのは、有権者の無責任であろう。
とかく、この世は無責任。

一億総玉砕と一億総懺悔ばかりを繰り返すのではたまらない。
国のありようは、国民一人一人のありようで決まる。
民主主義は最低だ。しかし、それを超える制度は存在しない。
我々有権者はもっと頭を鍛えておこう。

現実肯定主義にとらわれて、現実の矛盾を指摘できない。矛盾解消に向けて総決起できない。
立ち上がるための内容がない。だから、おとなしい。
意思のないところに解決策はない。意思 (will) は、未来時制の内容である。
日本語には時制がない。無為無策には、閉塞感と諦観が待ち受けている。

自分に意見がなければ、相手の言いなりになるしかない。「よきにはからえ」か。
我々の政府は、軍部の言いなりになるか、官僚の言いなりになるか、それともアメリカの言いなりになるのか。
この道は、いつか来た道。ああ、そうだよ、民族の歴史は繰り返す。

投稿: noga | 2011年1月17日 21時15分

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