構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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2011年1月

駒沢公園の梅

駒沢公園の梅

Lost Idol and Fake Privatization

今朝(1月30日、日曜日)は、山形の月山に近い町のホテルで朝食をとった。降り積む雪の中を、友人がコンビニで買ってきた頂いた日本経済新聞の朝刊を手にして、内心の怒りで手が震えた。前の日に月山の山中の集落を訪ね、4メートルを超える積雪の中で屹立するかのような郵便局のけなげな局舎を見たばかりであったから尚更の気持ちが募った。

商船三井最高顧問の肩書きが末尾に麗々しく括弧に入って記されている、生田正治氏からの聞き書きである「私の履歴書」を読んだ。「私の履歴書」は一時代の画した経営者の回想録で、日本経済新聞の人気コラムである。

「優秀な官僚が使命感を持って行動するときの力はすばらしい」と述べて文章が始まる。郵政民営化法案が可決されたときの郵政公社の幹部の動きのようであるが、馬鹿げたことで、郵政民営化法の可決を喜んだ幹部がいたとすれば、今となっては、市場原理主義の虚妄を知らずに盲従した軽薄官僚、あるいは、判断力を失ったイエスマンの官僚、又は冤罪を生んだ暴走検察のようなこととでも書くべき話である。船会社の希代のワンマン経営者のもとに、公社官僚が無批判に従って、忠言する者もいなくなり、地方や、郵便局長をいじめているだけの戯画?を想像した。チャプリンの独裁者の世界を礼賛するような一文であり、郵政民営化が実は官僚支配にすぎないことを吐露したのかも知れない。

さて、「株式売却の凍結は民営化事態の凍結だ。郵貯の預入限度額を2000万に引き上げることはまさに時代逆行。経済と財政規律の歪みを増す。」と最後に書いているが、連載が29回目を迎えており、その前の記事に何を書いてあるかは筆者は読んでいないが、驚きの結語である。国会であれほど議論されて株式凍結法案が可決されたことに対して「時代逆行」と決めつけることには驚きを禁じ得ない。公社の総裁を務めた経歴を反故にしてしまいかねない、倒錯した政治的な主張である。「歪みを増す」とは、市場原理主義の歪みの方が被害甚大で、構造改革論の民営化が、私物化であり、また外国勢力と結託した投機経済の一翼を担っていたことが明らかになる中で、何らの反省も感じない横柄があるようだ。経済界の指導者のひとりと目されてきた人物の回想録であるだけに、郵政公社の総裁の地位が、トロイの木馬の戦士として、民営化推進のための走り使いの役割を果たしただけだったのかと想像するにつけて、暗澹たる思いと失望にとらわれる。市場原理主義の世界戦略からすれば、プレスリーの真似をしただけではあるが、そのお先棒担ぎの一翼を担って日本を破壊した小泉・竹中政治の側用人を務めただけのことであったらしいすれば、慚愧にたえない。

紙面を手にする両手が怒りで震えたのは、「制度疲労が目立つ特定郵便局制度の近代化」などと暴言がすぎるからである。「積年のしがらみや不合理な慣行が低い生産性とコスト高の要因になっていると思った」と述べた上で、年間数十日、公費で出張して集まるなどと事実に反する認識を前提に、部下にあたる郵便局長に対して悪罵を投げつける経営者の独善をかぎとるからである。「実質的な人事権や、局長による局舎の提供など「会社の中の会社」の観もあった」とするが、相当な被害者意識にもとらわれていたらしい。「古参局長の中には旧態を維持することに使命感を持つ者もいて、政治と称し政界の一部に毎年多額の献金をしたり、選挙になると集票やポスター貼りに励んだりしていると聞く」とのくだりに至っては中傷以外の何者でもない。政治活動は、原則的に自由になったのではないのか。民営化の代償ではないのか。郵政民営化でよくなったのは、政治活動が自由になったことだけだと揶揄する意見があることすらご存じないようだ。私怨を感じる空威張りの文章である。多額の政治献金をしたり、大量の政治宣伝を広告会社を動員して、はちまきをして郵政民営化を叫んだのは、自動車会社の幹部であり、小泉・竹中政治を支えた経済団体ではなかったのか。生田氏が所属していた経済団体の座長は、とある女性政治家の後援会長を務め、政治資金団体の責任者をしていたではないか。「部会・連絡会をやめて特定局長が常在戦場の覚悟を持って自局で働くはずだったのに、民営化と同時になぜか逆走してしまった」と書くに至っては、公社総裁時代にも、郵政の歴史や文化はもとより、組織の末端の経営の現実や郵便局に閉じこもりうつむいて仕事をするようになった郵便局長の悲哀に対する理解が決定的に欠落していたようである。それまで、うまく機能していた郵便局制度を攻撃して、郵便局長を疲労困憊の極みに追いやったことを近代化と言うのだろうか。民営化とは郵便局つぶしだったのか。

当方ブログは、私の履歴書の第29回目の記事を読んだだけであるが、事実の誤認を含めて、こうした見識と自制を欠いた経営者の一方的な発言に対して、黙認するわけにはいかない。

「私の履歴書」の連載がいつまで続くかのか知らないが、前後の「私の履歴書」も近々読んだ上で、改めて感想を、当方ブログに掲載するが、とりあえず、抗議の意思を明確にしておきたい。郵政民営化見直し法案が国会で継続審議になっており、その審議日程が話題になる中で、妨害しようとする悪質な政治宣伝の記事ともなっている。場合によっては、記事を掲載した日本経済新聞にも抗議の意思を伝えることにしたい。電話番号は、日本経済新聞 03-3270-0251である。ご参考まで。なお、商船三井(広報室)の電話は、03-3587-7223である。これまたご参考まで。

また、当方ブログの読者の皆様、当該新聞欄の読後感をコメントとして送付して頂くことをお願いしたい。郵政民営化の見直しを確固とするためにも、惨害をもたらした郵政民営化と推進した勢力の残党に対してはっきりと抗議の声を上げることが必要であり、その抗議の輪を広げる好機となればと思う。

山形新幹線

山形新幹線
山形駅

大井沢

大井沢
その集落の郵便局

大井沢

大井沢
月山山麓の集落

月山

月山
大井沢

雪の壁

雪の壁
大井沢への道

月山

月山

赤湯駅

赤湯駅
山形新幹線の車窓から

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Ozawa Ichiro 3

小沢一郎衆議院議員が、ニコニコ動画に出演して、自説を開陳している。

冒頭で、中国の習近平氏が、来日したときの話で始めている。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BF%92%E8%BF%91%E5%B9%B3

恐れ多いことで、当方ブログとしては、細かい議論をすることはしないものの、小沢議員の今回のネットの動画出演での意見主張は、正当であると感じている。外国の、しかも隣の超大国の、共産主義で拡張覇権主義の帝国ではあるが、次期皇帝になる予定の人物が、拝謁を求めて来ていることに、真摯に対応することが政治家の使命ではないのか。宮内庁の官吏が、鼎の軽重を問うこともせず、旧弊を持ち出して来ること自体がおかしなことではないだろうか。世界でひとつしかない、事実上の元首とも発言したが、小沢議員の発言には、マスコミが煽るような不敬の要素は感じられないどころか、尊皇の気配すら感じられる。日本国家の神髄について考えさせる記者会見であった。むしろ、マスコミの方が、小沢の実像をねじ曲げて報道してきたのではないのか、報道することに差し障りがあるのか、外圧でもあるのか。今回の会見は自立自尊の日本への歩みの一歩となった感すらある。新技術のインターネットと融合した契機になったのは、奇縁・奇遇であり、万一にも偶然の出来事ではないと、当方ブログは感じている。

当方ブログの読者の皆様に、ニコニコ動画のリンクを貼って、その記者会見の動画像を、政治学のひとつの参考として、ご覧頂ければ幸いです。同時に、6万九千人がそのネット配信を見ていたとの数字を聞いているが、空前絶後のネット情報となった。

http://live.nicovideo.jp/watch/lv38581875

Ozawa Ichiro 2

Ozawa Ichiro

Free Mr Nakatsukasa, former Mayor of Hirakata city

中司宏前枚方市長を巻き込んだ事件は、冤罪である。

http://nakatsukashiennokai.web.fc2.com/

上記の支援する会の文章の一部を引用する。

中司宏(なかつかひろし)前枚方市長は無実です。

平成19 年に大阪・枚方市で起きた談合事件は冤罪です。中司宏前枚方市長は裁判で一貫して無罪を訴え、現在、上告審を闘っています。
中司宏前市長と同じく談合罪に問われた小堀隆恒前副市長は無罪が確定し、冤罪事件であったことが証明されました。
大阪地検特捜部が無理やりでっち上げた「中司が小堀に談合を指示した官製談合」とのストーリーは完全に崩れたのです。
裁判では、大林組から中司氏への金銭の授受や接待、選挙応援などの見返りは一切なく、いわゆる官製談合ではなかったことや、中司前市長が就任以来、むしろ積極的に談合防止に努めてきたことなどが認められました。
また、取り調べた検事が長時間にわたって恫喝や脅迫を行い、執拗に調書への署名を迫ったことも明らかになりました。この検事は法廷で、取り調べでは大きな声さえ出していないと嘘の証言をし、最高検通知で一定期間保管しておくべきとされている取り調べのメモも破棄しているのです。
しかしながら高裁は、中司氏が談合防止に努めてきたにもかかわらず、談合を容認したと推認できる、との重大な事実誤認を犯して不当にも控訴を棄却しました。
これについて小堀氏は「中司前市長から談合の指示など何も受けていない。不当な判決で残念だ」とコメントしています。」

Freedom of Expression and Critical Heritage

左翼全体主義の悪臭が紛々とする話である。自らの政権批判を封じた、防衛次官通達の話である。佐藤守元空将がブログで詳細に、”軽い”次官のことを書いてある。自衛隊をゲシュタポにしてはならない。ご参考まで。

http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/20110125

http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/20110127

Disaster Capitalism and TPP Conspiracy

Disaster Privatization

山里の郵政民営化の残酷物語である。

映像があった。そのリンクを貼る。http://www.veoh.com/videos/v14217222CHhFsdeB

Financial Crimes Prosecuted

東京で、佐高信氏の「竹中平蔵こそ証人喚問を」の出版記念会が開催される。1月28日(金)の夕刻に神田神保町の東京堂書店の本店六階で開催される。

東京及び近郊に在住で、ご関心の向きにご参加をおすすめする。連絡先などが、ネットに記載されている。こうした会合が開催できること自体、市場原理主義が完全に誤っていたことが認識され、経済政治の破壊を唱導した当時の烏天狗に対する徴求が始まったことを感じさせる。

http://www.tokyodoshoten.co.jp

Imeprial Calendar carefully be restored

今年の旧正月、つまり、旧暦の睦月の朔は、新暦の2月3日にあたる。ベトナムではテト、中国では春節として祝う。日本では旧正月を祝う人は少なくなり、沖縄南部の魚市場の媼が、なぜ旧正月を祝わないのかと抗議の電話をかける嘆きと怨嗟もすっかり影を潜めた。

明治政府の西暦導入が拙速で、明治五年12月2日の翌日を明治六年1月1日(西暦1873年1月1日)にしてしまった。日中欧の暦の対照表を明治政府が発行したが、ユリウス暦を知らなかったらしく、グレゴリオ暦がヨーロッパで導入された1582年以前にも遡って対照表を作ったという滑稽な誤りもあった。

 西洋追従の事大の拙速は今に始まったことではなかったが、明治政府発行の対暦表が、西洋の事件中心で、日本のいつの年月に当たるかを主眼として、日本を世界に広める視点は残念ながら不足していたにしても、最近の環太平洋自由貿易圏構想などのように、アジアの多様性を無視して、また、Tradeなる言葉が貿易と翻訳出来るのか、本当に国を誤り属国化する危険があるとの警告を無視して、第二の開国などと喧伝する民主党内閣ほどの拙劣さや、小泉・竹中政治の「郵政米営化」の卑屈はなかった。明治の御代には、自立・自尊をいかに貫くかの危機意識が基調にあり、実は今のマスコミ統制よりも遙かに広範な議論の応酬があったから、単に西洋の物まね、長いものに巻かれろと言う根性は少なく、道理があれば過ちを修正・反論する余裕があった。

 日本には、年を表示する方法が、五つある。天皇の治世、年号、干支、皇紀、西暦である。年号の始めは大化元年で、西暦の645年に当たる。干支は、60年を一つの循環とした、中国古来の暦であり、いつ渡来したかはわからない程であるが、日本では易姓革命の思想はないから、むしろ年号を補強して追記されて年を詳細に特定する方法となった。日本の暦は、推古天皇の時代に最初に作られ、その後に色々な暦が作られる。月の周期は約29.5日なので調節し、30日の月を「大の月」、29日の月を「小の月」と呼んで、大小の月の繰り返しで、次第に暦と季節が合わなくなるために、2~3年毎に閏月(うるうづき)を設けて季節と暦を調節した。季節感に優れ、四季折々の変化を表現する太陰太陽暦である。暦は朝廷が制定し、大化の改新で中務省に属する陰陽寮が任務にあたった。平安時代から、暦は賀茂氏が、天文は安倍氏が専門家として受け継いだ。さて、皇紀は、神武天皇が即位した年を西暦の紀元前660年を元年として数える年で、明治政府が太陽暦導入と同日付で施行した制度である。ちなみに、今年の西暦2011年は、皇紀2671年である。インドネシアの独立宣言の文書に、日本の皇紀が用いられていたことも忘れてはならない。

 日本の年号が西暦の何年に当たるかの簡略な対暦表をアーネスト・サトウが出版したとの伝聞があるが、明治13年1月(1880年)、日本橋と横濱の丸屋善七、善八こと、今の丸善からデンマーク人ブラムセン(撫蘭仙)氏による和洋対暦表が、出版された。それまで、アヘン戦争のあった西暦の1840年が皇紀2500年に当たることを水戸の国学者は知っていたにしても、和洋の対暦表がなかったから、画期的な出版である。明治政府が発行した大部冊の対暦表よりも、日本の年号を中心に据えた比較表となっているのは驚きである。国会図書館所蔵本は表紙が失われているが、デジタル化されインターネットで容易に閲覧できる。その三十年後の1910年に、和洋対暦表は、クレメントという学者によって序文と追補が加えられて、英文の大著となって再刊されている。

 ブラムセンは、中国から暦を導入する以前に、日本では一年をどう数えていたのかという仮説を提出して、仁徳天皇以前の歴代天皇の寿命が二倍となって日本書紀に記載されたと主張している。そうなると、西暦の紀元前660年が神武天皇の即位の年ではなく、弥生時代の中期の、紀元前130年の新月の日に行われたとなる。春分から秋分までを一年、秋分から春分までが更に一年として数えたとなると、欠史八代もなく実在の歴史となる。神功皇后も新羅の歴史と比較して、実在の時期に登場する。(シュリーマンが、トロイの遺跡の存在を確信して発掘を続けたら、実際に神話の通りに遺跡が何層にも重なっていたような話で、)明治政府は、年号の制定以前の年月を干支の説に囚われすぎて、神武以来の十七代の天皇の御年を神話にしすぎた可能性はないだろうか。1910年の英文版のブランセン対暦表に、久米邦武教授の対暦表が、明治政府の公式年代表と比較して引用されているが、神武天皇の誕生を西暦紀元前63年、即位を紀元前24年、崩御を紀元前一年と比定しているのは、興味深い。

(1910年版のブラムセン増補対暦表は、トロント大学蔵書の写しが、数頁の落丁があるが、2000円程度でアマゾンで入手できるし、同一の資料を、グーグルは無料で頒布している。国会図書館は、さすがに、1880年版のブランセンの英文対暦表をマイクロフィッシュで保存しており、アマゾンとグーグルの欠落を補正することが出来る。ブランセンの対暦表が、西欧思想の純粋で日本びいきの分析的な知的遺産であれば、その土着化で却って、日本の国体が間違いなく強化されることになる。稀覯本がインターネットで簡単に読める様になったことは慶賀の至りである。)

 神武天皇紀元の皇紀は、敗戦で使われなくなってしまっているが、明治の時代に取り急いで公式にしたのが拙速であったきらいもあるので、これ幸いに、対暦の議論を活発化して、支那の暦の革命思想の混入などを排して、皇紀の制度の復活を冷静に考えるべき時である。最近、北畠親房卿の「神皇正統記」の文庫本が復刊されたが、古来から伝わる日本の国体観をどのように取り戻すかの関心が高まっている証左である。占領軍が発禁にした「国体の本義」などは、佐藤優氏の解説の入った「国家の精髄」に収められ、完本が容易に読める。大川周明の「日本二千六百年史」も復刊された。

 さて、ベトナムはテトを戦争の緩急の節目にしたが、中国共産党は潮の干満を尊重する漁民や労働者に、太陽暦の正月をなお強制出来ていない。春節は、易姓革命の開始の節句にならないか、興味津々尽きない。

Villains should be summoned

国賊竹中平蔵を証人喚問せよ!

高橋清隆(フリーライター)

(月刊日本2月号に掲載された上記題名の論文の当方ブログへの転載について、著者からこころよく了解を頂いた。記して感謝する。)


 竹中平蔵氏の責任を追及する声が高まっている。衰退する地方経済、高い失業率と低賃金労働のまん延、縮小を続けるGDP…。構造改革の司令塔こそ国民の前に断罪されなければならない。書籍やネットトの世界を見ると、ようやくその機運が興ってきたことが分かる。

 これと歩調を合わせるかのように、竹中金融相時代の犯罪の一つに司直の手が伸びた。日本振興銀行前会長で金融庁顧問を務めた木村剛(きむら・たけし)氏が起訴され、自見庄三郎金融担当大臣は検証委員会の設置を発表した。

 しかし、竹中氏の逃げ足の速い。09年3月に「かんぽの宿」問題で衆議院総務委員会に参考人招致されたが応じず、10年6月に振興銀が刑事告発を受けたときも、海外に雲隠れしている。戦後日本人の稼ぎをハゲタカ外資にあっせんし続けた国賊の本丸に手が伸びるかどうかが注目される。



“竹中組”批判本のラッシュと振興銀の起訴

 テレビや新聞を見ながら、違和感を抱く国民は多いはずだ。生活は10年前より明らかに苦しくなり、商店街はシャッター通りと化しているのに、小沢一郎元民主党代表をたたくばかり。国民に痛みを与えた張本人は大手を振る。

 そんな中、真犯人を正面から糾弾する本が相次いで出版された。『竹中平蔵こそ証人喚問を』佐高信(七つ森書館)や、金融庁元顧問の木村剛氏の闇を暴く『日銀エリートの「挫折と転落」』有森隆(講談社)、従米属国政治を批判した『日本の独立』植草一秀(飛鳥新社)である。

 『竹中平蔵こそ証人喚問を』は題字の通り、竹中氏の罪を問うものである。「わたしは元金融担当大臣の竹中平蔵をこそ証人喚問すべきだと思う。小泉純一郎元首相の下、偽りの『構造改革』を掲げて、日本をメチャクチャにしたからである」の書き出しで、3つの理由を挙げる。

 1つは、木村氏を金融庁の顧問にし、彼が会長となった日本振興銀行が破たんしたのに、その責任を問われてコメントを回避していること。2つ目は、郵政民営化に絡む「かんぽの宿」のオリックスへの払い下げ問題。3つ目は“逃税疑惑”などの個人的な問題である。

 竹中氏へあてた5通の詰問状と「罪の履歴書」のほか、「“竹中組”の同じ穴のムジナ」5人と「小泉“改革”の側用人」7人への手紙文もしくは批判書を載せている。

 “竹中組”には木村氏やオリックス会長の宮内義彦氏、小泉政権時代に日銀総裁を務めた福井俊彦氏ら、“側用人”には道路公団民営化推進委員長だった猪瀬直樹氏や郵政民営化委員長の田中直毅氏、労働者派遣法改正を唱えた日本経団連会長の御手洗冨士夫氏らが名を連ねる。

 『日銀エリートの「挫折と転落」』は亀井静香氏が金融担当大臣に就いたことで暗転した木村氏の企てを明らかにしている。そこには木村氏が小泉元首相と竹中元金融相の下で私腹を肥やした経緯と、「中小企業振興ネットワーク」を通じた日本振興銀行の延命策が赤裸々に示されている。

 『日本の独立』は、戦後日本政治の対立軸を対米隷属派と主権者国民勢力ととらえる。小泉・竹中政権は対米属国派の象徴であり、5つの国家的犯罪を挙げる。すなわち、新生銀行上場認可、りそな銀行の乗っ取り、郵政米営化・郵政私物化、「かんぽの宿」不正払い下げ未遂事件、日本振興銀行設立の闇である。



経済論客が解き明かす振興銀の謀略

 書籍の世界でのこのような動きは、日本振興銀行に司直の手が伸びたことと呼応する。木村氏が経営した振興銀は電子メールを削除するなど検査を妨害したとして10年6月、金融庁に刑事告発された。起訴されたのは法人としての同行と木村前会長ら4人の元役員。

 同年9月に経営破たんし、初のペイオフが実施されたが、木村氏は同年12月8日に保釈。金融担当大臣の自見庄三郎氏はすかさず、同10日の閣議後会見で同行に対する検証委員会の速やかな設置を発表した。外部の有識者数名で構成し、設立経緯を含めて検証するとしている。

 起訴状の内容は検査忌避による銀行法違反だが、同行には不透明な部分がふんだんにある。同行は同年6月末時点で1870億円の債務超過と発表されたが、同年3月期決算では純資産を274億円計上している。自見大臣は破たん直後の記者会見で「粉飾決算に近いものだった」と吐露した。

 植草氏の『日本の独立』によれば、同行をめぐる疑惑には検査忌避と設立経緯のほか、木村氏創設の中小企業ネットワークを利用した迂回(うかい)融資やSFCG(旧商工ファンド)への法定金利を超える利回りでの融資、巨額赤字決算公表前に同行株式を融資先企業に押し付けた詐欺的行為、木村氏の親族企業への不正融資などがある。

 不正融資疑惑については、木村氏が社長を務める企業に3%の金利で3億9000万円、妻が社長を務める「ウッドビレッジ社」に3%の金利で1億7875万円を融資している。同行の金利は5~15%に設定され、原則1億円以上を融資の上限にしていた。

 この情実融資について、有森氏の『日銀エリートの「挫折と転落」』は鋭い指摘をしている。親族企業への融資が行われたのは05年前半で、振興銀行内にクーデターが起きた時期と重なる。銀行免許が下りる直前まで社長だった落合伸治氏を黙らすため、木村氏は第三者割当増資を次々と引き受けて筆頭株主に躍り出た。そのために借りた都市銀行への返済資金だったという。

 振興銀は予備免許の申請に当たり、前身の中小新興企業融資企画が木村氏の会社であるKFiと1億円のコンサルタント契約を結んだ。報酬が支払われたのは、金融庁顧問を務めた時期に当たる。これは立派なあっせん収賄罪ではないか。



銀行を追い詰め、優良企業を外資に献上

 振興銀設立の経緯をつぶさに調べれば、さらに重大な犯罪が出てくるはずだ。植草氏が本誌でも度々指摘してきた、りそな銀行処理における巨大インサイダー取り引き疑惑がその一つである。

 りそな銀行は繰り延べ税金資産が3年計上という不自然な会計処理によって公金救済されたが、木村氏は政府方針が表面化するまで「ゼロないし一年計上」を主張していた。振興銀の設立認可と引き換えられた可能性がある。

 植草氏は『日本の独立』で次のように記す。

 「りそな処理疑惑は戦後最大の汚職事件であるとわたしは推理する。刑事事件として立件されなかったただけで、真実は驚天動地の巨大国家犯罪であった疑いが濃厚である」

 そもそも、木村氏による振興銀行設立は我田引水のそしりを免れない。竹中金融相の下に編成された「金融分野緊急対応戦略プロジェクトチーム」の中心メンバーとして「金融再生プラグラム」(通称・竹中プラン)を策定。この中に、中小企業向けの貸出を専門に行う銀行の設立が盛り込まれた。

 “竹中プラン”には、わが国のメガバンクを追い詰めた施策も明記されている。植草・有森両氏がそれぞれの著書で指摘しているが、ディスカウント・キャッシュ・フロー(DCF)方式を導入した資産査定の厳格化が銀行を資本不足に追い込んだ。

 DCF方式は貸出先の将来収益を予測して、貸出債権がどの程度の現在価値を持つか測る方法である。株価が上昇し、景気が回復する局面では有効に機能する。しかし、デフレが進行する局面でDCF方式を用いて銀行資産を評価すると、損失が大きく計上されることになる。

 事実、UFJ銀行は自己資本不足に陥った。メリルリンチ向けに1200億円の増資を行ったが足りず、UFJ信託を住友信託銀行に売却することを検討。しかし、売却代金3000億円ではとても足りないことが分かり、三菱東京FGの軍門に下った。

 UFJの大口融資先であるダイエーや双日、大京、ミサワホーム、アプラス、国際興業などがたたき売られた。その大半が外資の懐へ納まる。ミサワホームは“竹中プラン”を機能させるために作った産業再生機構に持ち込まれ、創業者の三澤千代治氏を追放。竹中氏の実兄が社長に就いた。

 追い詰められたのは、三井住友銀行も同じだ。03年3月期の決算で自己資本比率達成に危機感が強まる中、三井住友FG社長の西川善文氏とゴールドマン・サックス社CEO(最高経営責任者)のヘンリー・ポールソン氏らが密会したことを、植草氏は指摘する。引き合わせたのは竹中氏だ。ゴールドマンは4.5%という法外な利回りの付いた優先株などにより5000億円分の増資に応じる。三井住友は、ここから長い外資支配が始まった。



本の世界に表れた亀井人気

 勇気ある著者たちの貢献で、竹中・木村両氏の闇にようやく光が当たり始めた。一方で、彼らの責任を初めて追及した亀井静香前郵政改革・金融担当大臣を題材にした本が出版されている。

 10年7月初めに拙著『亀井静香が吠える-痛快言行録-』がK&Kプレスから出されたのに続き、10年11月末にはノンフィクション作家の山岡淳一郎氏が『亀井静香 支持率〇%の突破力』(草思社)を上梓。亀井氏を主題にしたものではないが、『記者会見ゲリラ戦記』畠山理仁(みちよし)(扶桑社新書)も刊行された。

 『亀井静香が吠える』でわたしは、マスコミが伝えない亀井氏の魅力を紹介した。彼の政策の正しさと憎めない人柄が適正に理解されれば、わが国は良い方向へ進むと確信したからである。亀井氏の特徴的な発言を取り上げ、その背景と真意を主観により説明した。

 発言は主に金融庁「第二会見」から引用した。これは亀井氏が大臣に就任してから、記者クラブ会見に入れない雑誌・フリー記者を集め大臣室で開いてきたもの。ほぐれた雰囲気の中で、大塚耕平副大臣らとの掛け合い漫才やマスコミ批判などが飛び出した。

 「マスコミが集団発狂している」「今の外務相は(米国)国務省の分室だ」などは、ユーモアの奥に明確な政治信念が見える。「集団発狂」は、日刊紙が「景気対策」と「財政規律順守」の両方を主張している矛盾を評じたもの。「国務省分室」発言は、郵政改革法案を取り下げさせるため、外務官僚が米国大使館員とともに大塚氏を追いかけ回したさまをやゆしている。マスコミが決して報じない、深刻な現実だ。

 『亀井静香 支持率〇%の突破力』は亀井氏の不屈の政治家ぶりを描いたものだ。広島の寒村での生い立ちから、自民党代表選での小泉氏からの裏切り、「郵政解散」をめぐる離党、菅民主党による郵政改革法案の約束反故(ほご)までのてん末をつづる。そこから浮かび上がるのは、人間くさい生きざまである。

 著者の山岡氏によれば、亀井氏は3つの顔を持つ。すなわち大衆に寄り添う「人情家」の顔、権力に近い情報を操る「策略家」の顔、裏社会に通じるミステリアスな「荒事師」としての顔だ。その存在感は政局が混迷するほど際立ってくると、著者は期待を寄せる。

 3つの顔を持つ男が突破しようと全力をかけるのは、米国の植民地からの独立だろう。くしくも植草氏のテーマと重なる。

 『記者会見ゲリラ戦記』は、記者クラブ開放を目指して官僚らとやり合ったフリーライターの奮戦記である。著者の畠山氏は「第二会見」で一緒になった「同僚」だ。原口前総務相や岡田前外相などの会見発言とともに、亀井氏の「第二会見」と単独インタビューが収められている。表紙の帯には亀井氏のカラー写真が。「誰でも来ていい。渋谷でウロウロしてシンナー吸ってヘラヘラしてるような若者でもかまわない」の吹き出しが添えられている。

 自由に取材する者たちの多くが、亀井氏を慕っているのが分かる。



マスコミのうそとネットに広がる本音

 テレビや新聞では、亀井氏や国民新党は嫌われ役だ。テレビにはいつも険しい顔と品の悪い発言場面ばかりが映る。マスコミの世論調査では、国民新党の支持率は一貫して0.0~0.2%の間をさまよう。

 一方、国民生活を疲弊させた竹中氏は今もテレビで論評したり、新聞のコラムに登場している。彼を起用した小泉氏は引退したが、息子の進次郎氏は露出し続ける。彼らは本当に国民の支持を受けているのか。

 わたしはマスコミの世論調査など、全部うそだと思っている。記事同様、国民に思ってもらいたい姿を見せているのだ。

 実際、ネット上で亀井氏は小沢氏と並ぶ人気者だ。10年12月16日の本誌講演会の模様をインターネット紙「PJニュース」に投稿したところ、ツイッターで31件のコメントが寄せられた。いずれも称賛するものだった。

 同記事はインターネット投稿サイト『阿修羅』にも転載され、14件のコメントが書き込まれた。「亀井さんは素晴らしい。腹が据わっている。命をかけてわたしも応援したい」「(菅は)歴代最低、最悪の総理まっしぐら。亀井様。所詮人間の出来が違います。国民新党頑張れ!」など、すべて肯定的なものだった。誹謗(ひぼう)中傷が飛び交う掲示板だけに、ほかの政治家では考えられないことだ。



集まる自見大臣への期待と、試される本気度

 振興銀をめぐる検証委員会の動きは、ほとんど報じられていない。しかし、知れば国民の期待は大きいと確信する。処分を受けた外為どっとコムと竹中元金融相との関係と合わせ、わたしが投稿した「PJニュース」の10年12月11日付記事「竹中元金融相の責任問う声高まる=外為どっとコムと振興銀めぐり」には、多数の読者から歓喜の声が寄せられた。

 株式会社外為どっとコムは、為替取引で市場実勢と懸け離れたレートを誤配信させるなどの金融商品取引法違反で同年10月に1カ月の業務停止命令を受けた。竹中氏は子会社の外為どっとコム総合研究所の首席研究理事を務め、『竹中平蔵レポート』を月2回程度執筆。「主要閣僚ポストを歴任」をうたい文句に、外為どっとコムのトップページに紹介されている。

 行政処分を受けた後も竹中氏が理事を退かず、依然レポートを更新している。わたしはこのことについての認識を金融庁の会見で尋ねた。自見大臣は「日本国の閣僚だった人が」と首を傾げ、「金融庁は信頼だから、辞めた後も国民から疑いを招かないようにきちっと自分の身を厳しく律していく必要があると思う」と非難した。

 振興銀の処分については、閣僚懇で厳しく責任を問う声が相次いだことが報告された。

 この記事を『暗黒夜考~崩壊しつつある日本を考える』というブログが「“A級売国奴”竹中平蔵を逮捕せよ! いよいよ動き出した亀井静香」の題で紹介くださり、『阿修羅』に転載された。寄せられた83件ものコメントは、激励であふれている。次はその一部だ。

 「ありがとうございます。この日を待って待って、鶴よりも首が長くなりました。本当にうれしいです。亀井元・自見郵政改革・金融担当相、どうぞ頑張ってください」「亀様、頑張れ!」「国民新党はやっぱり凄い。脱帽です。一帯、誰がここまでできるというのか。まさに筋金入り」「亀さま、待っていました。自見大臣、応援しています」「お昼ご飯食べてても落ち着きません。皆さん、何とか小泉と竹中に天誅を」

 国民の期待の高さがうかがえる。

 1月6日現在、振興銀の検証委員会は有識者メンバーを選定中。この号が出るころには決定し、検証作業を始めているはずである。

 わが国をここまで疲弊させた張本人の首を取ることができるかどうかは、今後のわが国の進路も左右する。植草氏の言う「対米自立派」勢力の正念場である。自見大臣が大なたを振るえるかどうかは、国民の後押し如何(いかん)に掛かっている。

Japan at its Zenith

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There was a dinner at the Foreing Correspondents Club of Japan at Yurakucho, Tokyo、 with the author of the book, "Imperial Japan at its Zenith: the wartime celebration of the Empire'sw 2600th anniversary.". The  book was  published by the Cornell Unviersity Press, and now  is translated into Japanese and published under the title "紀元二千六百年(1940年):消費と観光のナショナリズム”.

(その本にご関心の向きの為に、当方ブログ参考図書館、と言っても左の欄のアマゾンへのリンクでしかないが、そこに掲示した。)

Author is Mr. Kenneth J. Ruoff, Professor of History and Director of the Center for Japanese Studies, Portland State University.

FCCJ Homepage introduced the event at its address: http://www.fccj.or.jp/node/6311

"Understanding Japan's Imperial House:
The Concept of the Unbroken Imperial Bloodline"(bansei ikkei).

Japan's imperial family prides itself on being the world's longest continually existing monarchy. According to "The Chronicles of Japan" (Nihon Shoki) its lineage can be traced back to 660 BC with the accession of Emperor Jimmu. Emperor Akihito is recognized as the 125th monarch, but holds no political power following the revision of the Imperial Household Law in 1947.

Historians have neglected to feature the period just before Japan's surrender. A mass, nationalistic celebration of the 2600th anniversary of the Japanese monarchy was staged throughout 1940. It was designed to boost nationalism and devotion to the emperor, and to support imperial expansion. Kenneth Ruoff, an authority on Japanese modern monarchy, examines that period, Japan's invention of its national history, and the complex relationship between the homeland and colonies in his new book.

His first book "The People's Emperor: Democracy and the Japanese Monarchy, 1945-1995" (Harvard, 2001), was awarded the Osaragi Jiro Prize, regarded the Japanese equivalent to the Pulitzer Prize. Its English and Japanese editions sold 20,000 copies.

Ruoff, Professor of History and Director of The Center for Japanese Studies, Portland State University, will visit the club to speak on this little-known Japanese version of the Nuremberg Rally, and is willing to share his thoughts on other issues related to the Imperial Family.

紀元二千六百年の行事のことを研究していることの意味合いはなにか、太平洋戦争に引きずり込まれていく日本のナショナリズムの高揚について考えるよい機会であった。著者の言うように、ドイツのニュルンベルグのヒトラーの集会と同じようなものであったのか、あるいは、二千六百年の皇紀がインドネシアの独立文書に使われている意味合いが何なのか、色々と考えさせる。当方ブログの筆者は、数年前に宮崎の友人のつてで、今は平和台公園と名前が変わっている八紘一宇の塔を訪れた事があるが、それほどの壮大な塔ではなかった。在外の日本人が石や瓦や建築材料を寄進しているが、質素なものである。柏手を打つと焦点にこだまが帰ってくる物珍しい趣向があったくらいであるが、ともあれ、壮大なものではない。当時の列強の建造物からすれば、誠にささやかなものであった。ニューヨークのエンパイアステートビルは一年で国威発揚の為に建てたのではなかったのか。景気対策で、ロックフェラーの資金で、国際連合ビルも戦争の後を見通して建てさせたのではなかったのか。日本には、褒め殺しとの表現があるが、日本が一番になったとほめられてその気になったら、貿易摩擦で散々叩かれたことがあったが、その手法が採用されていたのかも知れない。2600年祭の大集会にしても、どんどん押し込まれてやむにやまれぬように仕掛けられていった形跡はないだろうか、TPPなどの大戦略に日本が又巻き込まれようとしているときに、日本の側でも、紀元2600年祭について考究することは、国益を貫徹して、国体の本義を守り抜く為にも重要であり、過去の話ではなく、文字通り現代の対処策である。

True Nature of Life

地球物理学者・川田薫先生の生命の本質に関する講話がユーチューブに掲載された。空海の研究家でもあるから、「心と魂の探求」との題で、日本人の本質に迫る。Mahorobajapanが撮影・編集した講話の記録である。リンクは下記の通りである。

生命の本質について(抜粋1)
http://www.youtube.com/watch?v=hU5jPDlUYmQ

生命の本質について(抜粋2)
http://www.youtube.com/watch?v=uh5WRjrV1BY

生命の本質について(抜粋3)(意見交換を含む)
http://www.youtube.com/watch?v=LeYFAKcF8t8

Conspiracies of TPP

謀略の構図がわかる。牛肉と郵政民営化が背景にあるらしい。

A Letter of Accusation

http://my-dream.air-nifty.com/moriyuuko/files/110121touunneinituite.pdf

PDfのダウンロードで、内容をご覧下さい。国会議員の回覧した文書です。民主党の中の激しい対立です。

与謝野議員の入閣についての質問もある。的をついている。

「内閣人事は総理の専権事項であることは言うまでもありません。しかし、今回の内閣改
造人事については、下記のように、国民からもすでに多くの批判や疑問が噴出しており
ます。国会開会前にどうしても疑問を払拭しておきたいと考えますので、あえて質問致
します。
○与謝野大臣について
①小選挙区で海江田大臣を選んだ有権者の投票結果を否定し、民主主義の根幹である
選挙そのものを否定することになる。
②与謝野大臣は自民党の比例代表で復活当選しており、その議席は国民が自民党に与
えたものであるので、少なくとも議員を辞職してから民間人として入閣するべきで
ある。
③「打倒民主党」を掲げて新党を立ち上げ、民主党の政策を根本から否定していた。
また、1 月 20 日出演のBS11 の番組でも、税と社会保障制度改革について自民党
の時に考えていたことと同じことをやるつもりと答えていた。これは、自民党から
民主党への政権交代を実現してくれた国民の意思に背くことである。
④与謝野大臣は、市場原理万能、財政再建至上主義、増税路線の自民党経済政策の司
令塔であった。その経済運営が失敗したからこそ今日の状況がある。なぜそのよう
な人を入閣させるのか。
⑤与謝野大臣は、昨年の予算委員会で、当時の鳩山総理を、口にするのもはばかられ
る酷い言葉で罵りました。まず謝罪すべきだ。
⑥民主党のホームページにも比例代表で当選した議員に関しては議席を党に返すべ
きであるという考え方が示されている(2008.8.29)。その考え方を民主
党として変更したということか。」

Economic Hitman 5

Economic Hitman 4

Economic Hitman 3

Economic Hitman 2

Economic Hitman

Political Traps excavated

http://tanakaryusaku.seesaa.net/article/181908865.html

以下は引用である。当方ブログは、小沢議員を支持も反対もしないが、意図的で事実に反する報道が繰り返されている日本のマスコミの状況は国益に反すると考えられる。いよいよ、陸山事件は、でっち上げの冤罪であることが濃厚になってきた。記者クラブメディアが、総懺悔をしなければならなくなる自体も想定されるようになってきた。自白強要の調書主義もあえなく崩落しつつある。いずれにしても、法の支配が貫徹されなければならず、でっち上げの連中も法の下で、前田検事同様に裁かれなければならない事態も、相当区内時期に訪れるのかも知れない。本当に、大日本は神の国である。

[検察審査会の闇を追及し続ける森ゆうこ議員が、意図的な「反小沢」報道を繰り返す記者クラブメディアを一喝した。21日、国会内で行われた党運営に関する記者会見での一幕だ。

 東京地検特捜部は、陸山会の土地購入をめぐって政治資金規正法違反で大久保隆規元秘書を起訴したものの供述調書を取り下げた。石川知裕議員が検察による自白強要を録音したICレコーダーの記録は証拠採用されることが決まった。検察側の公判維持は困難を極めるだろう。

 西松事件は検察が訴因を変更し裁判そのものが消滅している。小沢一郎元代表をめぐる疑惑は冤罪の色が極めて濃いのである。

 にもかかわらず新聞・テレビは事件発生当初から「小沢真っ黒」とばかりに囃し立てた。検察リークによる虚報を垂れ流したのである。

 森議員は「西松事件の裁判はもうありません。陸山会事件は冤罪です」としたうえで「(社名を挙げながら)マスコミは虚報・誤報の経緯を明らかにし、謝罪して頂きたい」。
 森議員がよく通る声で話すと会場は水を打ったように静まりかえった。30人近くいた記者クラブメディアの記者たちは沈黙するしかなかった。「不都合な真実」を突きつけられたためダンマリを決め込んだと言った方が正確だろう。

 「小沢事件」とは既得権益を同じくする記者クラブメディアと検察が仕込んだデッチあげなのである]

Liberate the totalitarian press club!

http://tanakaryusaku.seesaa.net/article/181861714.html

Innocent Minister?

http://www.pjnews.net/news/490/20110121_3

Late Mr Hayashi Takeo

Mr Hayashi Takeo passed away on September 4th, 2010 at the age of 84 years old in Tokyo. He was formerly Deputy Secretary-General of the Asia Pacific Telecommunity headquartered in Bangkok, Thailand.

This article is written to commemorate and to pay respect to late Mr Hayashi Takeo.

林猛雄氏が、昨年の九月4日に逝去された。享年84才であった。法名は、天慶院猛庵雄晃居士。

経歴は、

昭和22年国立多賀工専卒業、同年4月逓信省電波局採用、昭和24年6月電波庁、昭和25年6月総理府電波監理委員会、昭和27年8月郵政省電波監理局、電波部技術課、工務課、陸上課、周波数課。近畿電波監理局陸上部長、郵政省監視技術課長、東北電波監理局長、アジア太平洋電気通信共同体事務局次長、郵政省審議官、退官。 日本CATV技術協会理事長、NTT北海道移動通信株式会社社長、平成8年には、 勲三等瑞宝章を受賞した。

The Craft Beer in Japan

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%AB

地ビールの話である。

日本語と英語と両方で、日本の地ビールを紹介する季刊誌のサイトもある。

http://japanbeertimes.com/

ご参考まで。

An old-growth Norwegian Wood

村上春樹の小説、ノルウェーの森が映画化された。監督は、ベトナム系のフランス人である、トラン・アン・フン(Tran Anh Hung)監督である。ノルウェーの森を映画化しようと、もう十五年前には心に決めていたという。小説自体が出版されたのが、1987年のことであったから、出版されてから、七年が経ってフランス語に翻訳されて、その小説のあらすじに魅力を感じて映画化を決意したという。が、原作者の同意を得られずに時間が経ったが、昨年九月のベニス国際映画祭で、発表された。

ノルウェーの森の小説は行間に本が著者と読者とを結びつける魅力が隠されていると述べている。映画監督としては、どちらかと言うと長い文章が好みで、映画の場合には、短い文章に当たるのが、リズムを中心とする音楽を入れて、長い文章に相当する場面では、メロディーを重視することになると言う。

ノルウェーの森は、もちろん、ビートルズの音楽から、小説の題にしたものであるから、音楽がどう表現されているのか興味深い。

A New Homepages

月刊日本のホームページが試運転中である。

アドレスは次の通りである。ご参考まで。http://www.gekkan-nippon.com

である。今後の内容充実を期待したい。

Spring Wind

「躍進日本! 春風の会」のホームページが開設された。アドレスは、http://shunpunokai.com である。代表は村上正邦先生である。

Prosecutors Corrupt and in Crisis 2

巡視船に体当たりした中国漁船の船長が不起訴になったとの報道だ。ユーチューブに、海上保安庁のビデオを投稿した海上保安官と言えば、停職処分を受けた挙げ句に、依願退職になっている。

警察のパトカーに車で体当たりをしたような、酔いどれ?船長をとりにがして放免にして、国益を守ろうとした海上保安官を処分して、退職に追い詰めたのは、倒錯の世界ではないだろうか。巡視船に体当たりをしても、これから起訴しないつもりなのだろうか。

検察が政治に従属して、独立の伝統を放棄した。法の支配を貫徹すべき、崇高な任務を放棄したのか。猛省すべきである。

巡視船の修理代については、官房長官が「巡視船の修理代を請求する」と表明しているので、その後の日中間の交渉がどうなっているか、明らかにされるべきである。また、事件のビデオ映像については、一部が公表になったわけであるから、保安官が漁船2乗り込んだり取締を行っている場面は未公開である。海上保安官が銛でつつかれた可能性があるとの、東京都知事の発言などがあったわけであるから、速やかに全部を公開すべきであろう。日本国内で公開することが問題であるであれば、対韓航空機のヴォイスレコーダーの公開の時と同様に、ニューヨークの国連総会などの場を借りて公開してはどうだろうか。

6月17日に、華僑を中心に大挙して尖閣諸島に押し寄せ、上陸する計画があるという。昨年アメリカを訪問した温家宝首相が、「尖閣列島は中国固有の領土であり、日本に寸土も譲るつもりはない」と断言したことに呼応して、大船団を擁して、大挙して尖閣諸島に上陸する計画だとの話である。巡視船の増強はもとより、万一の軍事行動に対しても備える必要が考えられるのではないだろうか。備えあれば憂いなしである。


政府がこの尖閣諸島沖の漁船体当たり事件で悪化した日中関係を前進させるとして、日本軍が満州に遺棄したとされる化学兵器の処理事業を再開する方針を固めたと報じているが、化学兵器は、日本軍が埋めたのではなく、日本軍は、全ての兵器をソ連軍や支那に引き渡し、「兵器引継書」も発見されているのであれば、いま埋まっている化学兵器は、日本軍がソ連軍などに引き渡した後に、最後は中国側が埋めた訳で、旧満州の原野に埋まっている化学兵器を日本国民の税金で処理するのは即刻中止すべきものであると考えられる。事業費が不正支出され、事業は凍結されていたから、そのまま中止すべき所を、閣沖事件で悪化した日支関係を修復するために化学兵器処理事業を再開するシナリオが描かれるというのは、全く不思議である。

中国は、漁船の船長が逮捕された後に、日本の土木会社の関係者を逮捕して人質にしたが、その悪辣な意図がどこにあって、兵器処理の関係や利権が背後で繋がっていないかについても解明が待たれるところである。

Animal Farm in China

中国の胡錦濤主席が米国を訪問したが、19日にワシントンでオバマ米大統領と行った共同記者会見について具体的な発言内容など詳細を報じなかった。会見で、人権問題で米メディアの記者が「あなたは質問に答えていない」などと胡主席に詰め寄る場面もあったために報道を規制したとみられる。新華社通信は、配信記事の最後で、「両国元首が共同記者会見を行い、記者の質問に答えた」と報じたのみで、中央テレビも会見の映像を放映しただけで、やりとりなどの中身は伝えていない。北京で視聴できるNHK国際放送のニュースでも、胡主席に対する抗議行動や共同記者会見の場面になると、突然放映が遮断され、画面が真っ黒になったという。さて、私達が、受信料を払っているNHKがないがしろにされたわけだから、ちゃんと北京政府に抗議しているだろうか。追従してはならない。日本は全体主義の、人権抑圧国家ではないことを世界に明らかにするためにも、抗議することが必要である。ノーベル平和賞の受賞者を、動物農場に放り込む政治体制の告発を続けることが、真の日中友好である。

Prosecutors Corrupt and in Crisis

大坂府警に逮捕されて送検された知的障害のある男性が、取り調べで自白調書が作られ、検事が調書の内容に沿うように事実上誘導していることが明らかになったという。起訴前に男性に障害があることを検察側に弁護人は伝えてあったと言うから、調書は検事が誘導して作文された疑いがある。取り調べ状況の一部可視化が導入されて、2009年四月から、10年の10月までに2600件以上が録音・録画されていたが、その中で、明らかになった事件である。

検察は猛省すべきである。郵便不正事件の捜査で、調書作成の問題点は浮き彫りになっていたはずである。全面的な可視化が急がれる。特に、知的な障害のある男性を巻き込んだ事件であり、人道的な側面があり、検察の取り調べに全体主義的な非人間的な要素が入り込んでいることには危惧を感じるところであり、日本人の特徴である「情け」の要素が失われていることも、空恐ろしいことである。

又、当方ブログとしては、裁判所がこれまで、調書市場主義で、検察が作成した調書を金科玉条としてきた現実を、改めるべきであると重ねて主張しておきたい。

郵政不正事件の村木局長の冤罪事件があったが、真犯人は誰なのかも明らかにされることが必要である。

Taiwan and Zipun

Water is a source of Life

白山命水が、話題になっている。ご参考まで。

http://www.hakusanmeisui.com

Marketed Education

学校を株式会社化して経営すれば、バラ色の未来が開けるような話が謳歌されたことがあったが、具体化するにつれて、色あせた。従来学校法人にしか認められなかった学校の設置が、2003年に構造改革特別区域法という法律が施行されて、地域限定ではあるが、株式会社や、NPO法人が学校を設置できるとされた。

学校法人と、株式会社の学校とでは、税制や情勢金や、授業内容に違いがある。学校法人では、固定資産税、法人税、事業所税、自動車税などの優遇措置があり、株式会社の学校には助成金もないし、税金も支払わなければならないが、その魅力は、財政的には厳しくても、学習指導要領に縛られないカリキュラムが可能で、自前の校舎や学校の土地も求められない事が、有利な点とされた。市場原理主義の華やかなりし最中であったから、助成金の代わりに、バウチャー制度が出来て、子供にバウチャーなる利用券を配って、学校が自由に選ばれるようになり、券の枚数に応じて公費を受け取れる仕組みになると喧伝された。当方ブログの読者は、もうご存じの事だと思うが、米国でカトリーナのハリケーンがあって、バウチャー制度が導入されて、公教育に対する市場原理主義的な、教育制度が導入されて、教育格差の拡大があったが、そうした制度の将来がバラ色であるかのように、まことしやかに喧伝された。幸いにして、日本では、営利を追求する株式会社の教育に対して、廃校となった学校の土地などを無償で貸すことは、法律違反とされたから、税金の免除をあてにして、又、土地や建物の格安払い下げ等に期待した株式会社の学校は、経営難に陥り、元の学校法人に戻って、経営を続けている学校が増えているという。株式会社の学校は、中学や全日制の高校にかぎって言えば、無理との見方もあるようであるが、市場原理主義を教育に導入しようとした徒花でしか過ぎなかったようである。

株式会社の経営する学校がなぜ失敗しているのか、その本質と欠陥が追究されて問われて然るべきである。勿論、一方では公教育の惰性と改善についても、議論されることが重要であるが、教育の規制緩和が「株式会社=営利主義」の本質であることから、単なるレッテル張りの問題として片付けるに訳にはいかない公私の価値の対立を内包していることは間違いない。

郵政民営化がバラ色の未来を開くように喧伝されたことと本質的には同じような、カルトの儲け話でしかなかったのではないだろうか。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%99%E8%82%B2%E3%83%90%E3%82%A6%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC

Mahorobajapan 009

Mahorobajapan 008

Red Handkerchief--Postal destruction

Richard Strauss

Kuroshio Culture and Tradition

月に2回ずつ黒潮文明について書いて、ためている.

いよいよ41回目の文章を加える。新暦の正月はお休みにしたから、一ヶ月ぶりの掲載である。

新暦では年が改まったので、暦の話になった。デンマーク人のブラムセンの暦の対照表などを、わざわざ、国会図書館まで出かけて、複写したりした。英文版は、アマゾンの通信販売で入手もしたが、いずれにしても、暦の専門家ではないから、勉強しながら、走りながら書いていることも又事実である。目黒の駅前に、久米邦武ゆかりの美術館があることを発見?したことも、暦の探索の副産物であるし、暦が天文学から、陰陽道から、壮大な大系であることが理解した気分になっている。

 これまで、書いた黒潮文明論が、リンクも飛び飛びになり、書いた本人すらどこに文章が残っているのか判らない位になったので、いちいち検索するのも面倒であるから、整理して下記にまとめて掲示するようにした。

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/kuroshio-1.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/kuroshio-2.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/kuroshio-3.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/kuroshio-4.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/kuroshio-5.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/kuroshio-6.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/kuroshio-7.html

⑧ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/kuroshio-8.html

⑨ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/kuroshio-9.html

⑩ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/kuroshio-10.html

⑪ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/kuroshio-11.html

⑫ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/kuroshio-12.html

⑬ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/kuroshio-13.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/kuroshio-14.html

⑮  http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/kuroshio-15.html

⑯ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/kuroshio-16.html

⑰ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/kuroshio-17.html

⑱ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/kuroshio-18.html

⑲ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/kuroshio-19.html

⑳ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/kuroshio-20.html

㉑ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/kuroshio-21.html

㉒ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/kuroshio-22.html

㉓ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/kuroshio-23.html

㉔ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/kuroshio-24.html

㉕ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/kuroshio-25.html

㉖ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/kuroshio-26.html

㉗ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/kuroshio-27.html 

㉘ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/kuroshio-28.html

㉙ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/kuroshio-29.html

㉚ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/kuroshio-30.html

㉛ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/kuroshio-31.html

㉜ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/kuroshio-32.html

㉝ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/kuroshio-33.html

㉞ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/kuroshio-34.html

㉟ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/kuroshio-35.html

㊱ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/kuroshio-36.html

㊲ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/kuroshio-37.html

㊳ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/kuroshio-38.html

㊴ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/kuroshio-39.html

㊵ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/kuroshio-40.html

㊶ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/kuroshio-41.html

 黒潮の流れに着想を得た、民族文化論を目指している。学者の検証ではない。黒潮が洗う島々の岸辺の人々の生活について、過去、現在、未来と想像しながら、自由奔放にと心得ている。ささやかではあるが、 しかし確固として揺るぎのない共同幻想の一端を担いたい、神がかりになっても、害を与えない話であるから、どこからも指図をうけることはしないが、科学的な探求心を基本に据えて書きたいとの気持ちはある。センチメンタルな回顧談であるとか、事大主義的な、文化優越論ではない。むしろ、黒潮文明の広がりは想像以上に大きく、その中での民族文化論であるから、必然的に謙遜になり、自らを客観的な観察の対象とする皮肉も併せ持っている。

さて、コメントをお寄せ頂ければ幸いだ。ただ、誹謗中傷は、黒潮の民とは無縁であるから、厳にお断りする。

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Kuroshio 41

暦に見るアジアの多様性

新暦の元旦はまだ霜月の二七日だし、一月二〇日は旧暦の師走の望の日で、大寒だ。旧正月、つまり睦月の朔は、今年は二月三日に当たる。如月の朔は三月五日であるから、まだまだ衣更着の季節で、暖かい春の到来が待ち遠しい。如月の望の日は新暦の三月二〇日に当たるから、花の満開には間に合わず、「その如月の」としゃれ込むと悪質な風邪をひくだけになりかねない。夏至は新暦六月二二日で、伊勢の二見興玉神社の夫婦岩の間から太陽が昇る。今年は、皐月の朔の新暦の六月二日に日食があり、望の日の六月一六日に月食が見られる。旧暦の端午の節句は新暦六月六日に当たる。入梅は六月一一日である。旧暦の七夕が八月六日、廣島原爆の記念日になる。中秋の名月、つまり葉月の望の日は、九月一二日である。旧暦の重陽の節句の九月九日は新暦一〇月五日である。十月二七日から、出雲と諏訪では神在月が始まり、大方の神様は出雲の稲佐の浜に集まるので、全国的には神無月となる。その行事のある旧暦一〇月一〇日は新暦の一一月五日に当たる。暮れの大掃除から逃げることを煤逃げ(すすにげ)と俳句の季語はおもしろく表現しているが、師走一三日を事始めといい、正月を迎える準備をする。今年の旧正月を迎える準備をするのであれば、この一六日が旧暦の師走の一三日で事始めの日だ。

支那では旧正月を春節と言い、新暦の一月一日を元旦と決めている。旧暦を農暦ともいう。朝鮮では、ソルラル、ソル、クジョン(旧正)、モンゴルではツァガーンサル (白い月の意味)と呼んで、朝鮮半島に連なる。ベトナムでは節の漢字をテトと訓む。ベトナム戦争中の軍事作戦で、旧正月には停戦したり攻勢に出たりで有名になった。チベットの暦はインドから見ると支那の影響を受けているし、支那から見るとインド暦のように見える。日本とベトナムとモンゴル、チベットの暦が微妙に支那の暦と異なる。日本では新暦の二〇三三年秋から三四年春にかけて、旧暦の月名を決定していない問題が天保暦の廃止で残された。支那・台湾・韓国・北朝鮮・ベトナム・シンガポール・マレーシア・インドネシア・ブルネイとモンゴルでは旧正月を国の休日にしている。故郷に帰省する人口の大移動が起こる点ではいずこも同じだ。日本は、明治五年にグレゴリオ暦に肩入れして、旧正月を祝っている人々の数を激減させてしてしまった。なぜ旧正月を無視するのか、それでは、糸満の魚市場の賑わいもなくなってしまうと、潮の干満に影響を受ける漁労に生計を預けてきた媼の嘆きも残っていたが、その声はかき消された。尖閣や黄海の近辺で、漁民が巡視船や漁業監視船に体当たりする事件が起きたが、これも、中国共産党と雖も完全に支配できずに起きた不満を背景とする事件で、海が汚され、漁獲が少なくなり、やるせない憤懣を外国の公船に体当たりして、模範的な英雄にされてしまったことは予想外の滑稽だったが、一連の反日デモ同様、漁労民の不満の捌け口として領土問題が利用された。春節は、支配の貫徹しない暦の始まりの日であり、今なお新暦を認めない人々が多い国では、「事始め」の節句日として目が離せない。日本、ベトナム、モンゴル、チベットの暦が微妙に支那の暦と異なることがアジアの多様性である。日本では、天照大神の国にふさわしく、時間を計る中心は月ではなく太陽が中心となるのは不思議ではないが、支那の農暦と呼ばれる旧暦が、イスラム暦のように純粋に月の運行に従う暦ではなく太陽暦に近いことには驚かされる。海の干満の知識に疎い大陸の気風が漁労民の媼の嘆きや不満に対する無関心をもたらし、グレゴリオ暦を全面採用する西欧と邂逅して、いよいよ居丈高になったようである。

ウィリアム・ブラムセン(撫蘭仙)が一八八〇年に著した『和洋対暦表』と一九一〇年の英文版の写本は国会図書館で容易に入手できる。東京日本橋通り三丁目丸家善七、横濱弁天通二丁目丸家善八、大坂心斎橋筋北久寶寺町丸善支店とあるが、なんとこの対照表が出版されるまで、年号が西暦の何年に当たるかが簡単にわからなかった。『和洋対暦表』の前書きに「和洋対比の暦書子未だ之を見ず適ま類似の書ありと雖も誤謬の多きを如何せん乃ち近時日本内務省の刊行せる太陽太陰両暦対照表は西暦五百一年より始まり一千八百七十二年に至る然れども西暦一千五百八十二年以前に用ふる所の暦は方今用ふる所のグレゴーリュン暦と異なるを知らずして妄意憶測を以て之を算するが故に其記する所の一千四百年間に於て其の凡そ一千百年間の対比は盡く差誤ならさるはなくして二日より十日に至る者あり(後略)」等と指摘し、年号制度の定かな大化元年から太陽暦のグレゴリオ暦を導入した一八七三年までの比較表を作成している。日本が支那からの暦法を導入する以前に「一年を」どう数えていたか仮説を立て、神武天皇即位を紀元前一三〇年の新月の日と主張している。昼と夜との長さが同じの春分と秋分とを起点として、それぞれを一年とする倍年暦ではないかとの仮説である。興味深い論点を、次号から紹介する。  (つづく)

Sinfonia da Requiem Edward Benjamin Britten

 皇紀2600年祭が行われ、その祝典の奉祝曲として、各国の作曲家に依頼して作曲されたが、ブリッテンのシンフォニア・ダ・レクイエムは、そのひとつである。戦前に演奏されることはなく、戦後、作曲家本人の手によって、NHK交響楽団によって演奏されたという。YouTubeには、ロンドン交響楽団の録音によるものも掲載されていたので、リンクを貼った。ちなみに、アメリカにも依頼したが、断られている。ブリッテンはイギリス人であり、当時アメリカに在住していて作曲したようである。どんどん好戦的になるアメリカを背景に想像しながら、観賞することが出来る。ご参考まで。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9A%87%E7%B4%802600%E5%B9%B4%E5%A5%89%E7%A5%9D%E6%9B%B2

A Sigh of Despair

とある先輩から、檄文を頂戴した。一部を適宜省略するが、当方ブログの読者のご参考までに、掲載する。

「(前略)本日、NHKで『どのようにして日本が太平洋戦争に向かったのか!』というドキュメンタリー風の番組を見ていて、まさに現在の政局が類似していると感じました。
空き管内閣は軍部に代わる官僚独裁国家の中枢である財務省と云う役人の言いなりに、戦争の代わりに国民に増税を強いる内閣を改造した。
太平洋戦争に突入しようとする時、政治家が無能なるゆえに軍部と云う官僚に引きずられていったのと、全く同じパターンで、現代において国民生活におおきな犠牲を強いる政策が、軍部に代わる大蔵財務省によって強行されようとしている。

 空き管が清潔な政治家だと自負し、今日、政権交代を実現出来た同志をも厄介者のように排除すれば、政権が支持されると信じている単細胞であり、
馬鹿正直者かも知れないが、家庭の中で一人ぐらい犯罪の被疑者が出れば追い出して済むのだろうか?
 本当の家族なら、この様な疑われるような行為そのものの原因究明を行いつつも、家族内の構成員を守ろうとするのが人間の愛情ではないか?

クリーンなだけが取り柄の鉄のパンツや市民運動家や法律家出身の政治家のこれらの行為は、人間の多様性や生き方よりも法律の方が大事で優先しているというこれまで国民を管理し易いように法律や行政通達で国家国民を動かしてきた官僚と同じではないか? 何が脱官僚だ!!

 今一度、民主党は家族会議を開いて政治と金の問題が何に起因するのか討議するべきである。政治家の利権よりも官僚の利権がこの世の中で、如何にはびこっているかもっと考えてほしいものだ。天下りだけでなく、民業を圧迫している官僚が経営する効率の悪い企業や、政府の外郭団体において、国民から2重3重に搾取する構造を解明すればおのずと国の赤字は減る。日本は中国の様な一党独裁国家ではないのだから、官僚独裁に操られるような民主党は解体すべきである。
いずれ自滅するだろうが、その前に気づいて欲しいものです。70年安保当時の正に、右翼(続いて左翼政党名とその青年団体の名前があるので省略)ではないか!!

 少しも人間的でなく、人間に冷たく、管理者である官僚にやさしい法規制優先国家は、今の官僚と一部の企業と政治家為の独裁制度で、中国と何が違うのか?

 マスコミはスポンサーの言う事を聞き、真理の追求より国民にお笑いや、低俗番組を提供することで真実を隠してさえいる。中国より多少の言論の自由は在るが、官僚国家体制に楯突く評論家や政治家、元官僚でさえマスコミから遠ざけられ、中には暴力団などを使い抹殺される。

 法曹界も官僚の機構そのもので、官僚がボンクラ政治家達を、ある時は金で又ある時は役人特権で誤魔化しながら、戦後せっせと作り上げた法律で国民管理を第一に官僚体制に、行政に楯突かないよう官僚体制を擁護する民衆とは乖離した司法を確立してきた。表向き民主国家という今の民主党議員が抱いている民主主義体制を装いながら。
小手先だけの事業仕分けで国民を誤魔化しながら、法治国家を強固に形成して来たに過ぎない。

 今、官僚独裁政権の中枢を担う大蔵、財務省は空き管や法律至上主義者等の潔癖主義者を操り、国民にとっては戦争に等しい増税国家体制に前進している。
官僚と一部の企業や政治家で、勝手に使って膨らんだ財政赤字を国民に負担を強い様としている。政治家と官僚で作った借金は官僚と政治家で責任を取るべきである。

 国民に年収の3分の1しか借りれない様な法律を作る前に、官僚国家こそ税収の3分の1に国債を発行するな。国民にタカっている役人を3分の1に減らし、政治家も3分の1に削減せよ!
それが出来ないのなら、役人の年収を3分の1に減らし、フリ-ターや失業者を今の役人の3倍に雇用すれば、皆が同じスタートラインに立て、新しい日本人の底力を見せてくれるかもしれない。

 我々はいつまでもこのような世の中が続くとは考えていないが、空き管内閣の崩壊が制度上すぐには来ないだろうが、われら国民は官僚や政治家ほど頭は良くないのかもしれない、しかし、今の空き管内閣よりは馬鹿ではないでしょう。政府に増税という政策あれば、我々は対策を考えましょう。特に我らの様な老い先短い人生を歩む者にとっては最後の楽園よろしく楽しみをかきあつめましょうや。

私は先週帰省中に考えていたのですが、東京にいると田舎でのんびり晴海雨読の生活を夢見るのですが、たそがれの楽園より、もっとアグレッシブな楽園生活に努めるべきと考えました。死ぬまでね。

Financial Criminals to be prosecuted

http://news.livedoor.com/article/detail/5271007/

ご参考まで。

Financial_crime_2

Japan in the Snow

森々と雪は降り積む。Snow is falling down deep into the night. A centuries-old theder tree soars into the dark night sky. Gujo is located in the central Japan and this movie depicts the holy night scene of a shrine in the region together with the serene background music.

An Accidental Sentiment

いくつかの新年会に参加したが、詩吟を披露した新年会があった。西郷南州の「偶感」と題する詩と平野國臣の「我が胸の燃ゆる思いにくらぶれば煙はうすし櫻島山」の和歌が披露された。

偶感

幾暦辛酸志始堅 丈夫玉砕愧甎全

我家遺法人知否 不為児孫買美田

「読み方」

偶感(ぐうかん)

幾(いく)たびか辛酸を暦(へ)て 志(こころざし)始めて堅し(かたし)

丈夫(じょうふ)は玉砕するも 甎全(せんぜん)を愧(は)ず

我が家の遺法(いほう) 人知るや否や

児孫(じそん)の為に美田を買わず

「通釈」

何度か辛苦艱難を重ねて始めて意思が堅くなり、不撓不屈の精神が宿るのである。男子は、たとえ玉として砕けてしまう結果となっても、瓦(甎全ーーつまり、瓦のように価値がないものとなって無駄に長生きをすること)として命を永らえることを恥じなければいけない。わが家には、代々守るべき遺法のあることはお前たちは知ってはいないだろうが、それは児孫のために立派な田畑などの財産を残すことをしないと言うことである。

以上、西郷隆盛の漢詩であるが、大久保利通に宛てた手紙に添え書きとしたとの説もある。承句と同じ主旨が、幕末の勤王の志士、平野國臣(くにおみ)の歌で、

「砕いても玉となる身はいさぎよし、瓦と共によにあらんより」とある。

もう一つの平野國臣の「わが胸の」の歌は、通釈の必要もないが、平野國臣が、福岡の黒田藩士であることは、浅学で知らなかった。文政十一年ーー元治元年(1828年-1864年)、国学に精しく、勤王の志に燃え、安政五年(1858)脱藩、京都で同志と国事に奔走、北九州に事を挙げようとして捕らえられ、後また生野銀山に挙兵して敗れ同志と共に斬られた。三十六才、とある。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E9%87%8E%E5%9B%BD%E8%87%A3

http://edb.kulib.kyoto-u.ac.jp/exhibit/ishin/kanren/sonjo_index_hirano.html

 

Mrs Kan Naoto, FCCJ Press Conference 3

Mrs Kan Naoto, FCCJ Press Conference 2

Shock Doctrine with Japanese subtitiles 4

Joseph Hardy Neesima

同志社を創設した新島襄の生誕の地が、東京の神田錦町である。記念碑が建っている。写真を撮った。

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Tall buildings around the Palace

皇居前広場を散歩した。パレスホテルが改築中である。その他大手町にも高層ビルが林立して、しかもまだ建設中のビルもある。占領軍司令部のあった第一生命ビルも高層化した。その隣のビルも外資ホテルの専用となっている。高層化したビルの窓は、皇居側を目隠しする慎ましさを求める規制が必要であると思うがどうだろうか。丸の内の通りなどは、国際金融資本や外国のブランドもののショーウィンドーが軒をつらねる横柄な俗物のきらびやかな通りになって、ビルもいつのまにか、品のない建築物が増えたように見える。歴史的な建造物もどんどん壊してしまったのだろうか。東京駅前の東京中央郵便局も改築中であるが、その外国人の設計者のデザインも、東京駅の気品を台無しにしやしないかと気になるところである。カンザスシティの施設の屋根の抜けた事件があった前歴のある設計者だと聞く。それから、皇居の中を宮殿の動静をのぞき見させるような高層ビルの設計を野放しにするのが、許されてはいけない。容積率緩和の副作用になるのは頂けない。帝国劇場も、東京會舘もスカイラインの右側に陣取っていて、それなりの景観を保っているのはうれしいことである。

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Mrs Kan Naoto, FCCJ Press Conference

Communism and Violence in China

西欧思想としての共産主義が中国に入り込み、文化と伝統を破壊していった血塗られた歴史を忘れてはならない。日本における近年の市場原理主義も、そうした西欧の亜流の暴力的な全体主義の経済思想が、紛れ込んでいることは間違いない。誰が作ったかはわからないが、日本語、英語、中国語で、中国共産党の歴史を批判的に解説する動画像がYouTubeに掲載されている。今年の旧正月は二月三日であるが、その春節を前に、一度見て勉強することも、寒い冬をやり過ごす時間の使い方かも知れない。ノーベル平和賞の受賞者は獄中にある。日本でも何人かの政治犯が、獄中にあることは皆様ご存じの通りである。

動画像はリストになっているので、順番にご覧になっては如何だろうか。

http://www.youtube.com/view_play_list?p=12301B79A3D4EF63

Shock Doctrine with Japanese subtitels 3

Shock Doctrine with Japanese subtitles 2

Shock Doctrine revisited

以下は、ご参考まで。ナオミ・クライン女史の日本語版ビデオが発表されるにいたって、もう一度整理するために便利であると考えて、再掲する。さて「ショックドクトリン」の邦訳は何故出版されないのだろうか。

歴史や公共性を崩壊させる新自由主義


 日本の国力は急激に低下しつつある。わが国経済が全体的に収縮し、国民一人一人への配分自体が減少し、未曾有の格差社会を増殖させている。
 世界情勢においては偶然は存在しない。とくに経済政策は一見、経済理論と現実には隔たりが見えるようでありながらも必ず因果関係がある。たしかに自然災害など偶然が経済に干渉することはある。だが、強力な経済理論はそうした偶然さえ必然として絡めとってしまう。
 私がここで念頭に置いているのは、いま世界を席巻している新自由主義あるいは市場原理主義という経済理論だ。新自由主義の三本柱は「規制緩和」「民営化」「公共予算の削減」である。新自由主義はこの三本柱によって国家の市場への介入を最小化し、市場に任せておけば経済はうまく回るという「レッセ・フェール」(市場放任)の立場をとっている。
 しかし、それが現実政治に適用されるとき、アダム・スミス流のレッセ・フェールとは似ても似つかぬ新自由主義のカルト性が姿を現すのだ。
 ここに1冊の本がある。カナダのジャーナリストであるナオミ・クライン女史が書いた『The shock Doctrine』である。同書はニユーヨーク・タイムズのベストセラー欄の上位を長らく独占していた。日本ではまだ翻訳は出ていないが、アメリカ本国でこの衝撃的な「新自由主義の本質」に鋭く迫った本が出版され、しかもベストセラーになっているというのは、一つの時代の転機といえるだろう。
 彼女によれば、新自由主義とは結局、破壊と衝撃を与えることによって歴史性や公共性を崩壊させ、強引に更地(さらち)にしてすべてを私物化していく手法だ。

 ◆フリードマンという教祖 
 この新自由主義の教祖はミルトン・フリードマンである。彼が教鞭を執ったシカゴ大学経済学部の入り口には、「経済とは測定だ」と銅版に記してある。ここからも、このシカゴ学派が工学的発想にもとづいた人為によって社会を構築できるという思想を蔵していることがわかるだろう。
 フリードマンは、1912年生まれのハンガリー系ユダヤ人移民の子である。彼は、新自由主義こそが完璧なシステムであり、市場を政府の介入から救い汚染されていない資本主義へ回帰することによってユートピアを実現できると考えた。
 彼の提唱した新自由主義とは、政府のあらゆる規制を撤廃し、政府財産をすべて売却し、社会政策の予算を大幅に削減し、税率も最小限かつ貧富の格差に関係なく一律とすることである。ここにおいては、すべての価格は賃金も含めて市場が決めるのであり、医療保険、郵便局、教育、年金といった公共の福祉に関するものもすべて民営化すべきだと説いた。
 フリードマンによると、政府がもつのは警察と軍隊で十分ということになるのだ。
 では、この理論は現実にどのように適用されたのだろうか。
 一番よい例が、2005年にルイジアナ州を直撃したハリケーン「カトリーナ」の災害復興だ。当時93歳のフリードマンは、いわば人生最後の政策提言として『ウォールストリート・ジャーナル』に寄稿している。
 それによると、ニュー・オーリンズの学校が破壊されたことは悲劇ではあるが、これは教育制度をラディカルに改革する機会である。公共の学校を復興するのでなく、この災害を奇禍として、バウチャー(引換券)を各家庭に配布し、私立の教育機関(チャータースクール)を設立し、このバウチャーを活用することによって教育の民営化を促すべきだとした。
 このフリードマンの提言を受けて、ブッシュ政権は学校を民営化するための資金を数千万ドルにわたって投入した。ところが、現在、アメリカにおいてはチャータースクールによって教育が二極分化しており、教育の低下が社会階層の固定化に結びつき、かつて公民権運動で勝ち取られた成果が無に帰しつつある。ニュー・オーリンズではカトリーナ前に123校あった公立学校はわずが4つになり、7つしかながった私立学校が31にまで増えた。こうしてニュー・オーリンズは私立教育機関設置の実験場とされた。「公共」の制度を潰して「私」の制度に置き替えていったのだ。
 これは日本にとって対岸の火事ではない。
 途中で潰えたものの、昨年の安倍政権がやはり教育バウチャー制度を導入しようとしたことを思い出すべきだ。起訴休職中の外務事務官・佐藤優氏は、保守主義と新自由主義の間で股裂きになったのが安倍政権の自壊という現象だと指摘したが、まさに現下の日本の格差社会・貧困社会化には新自由主義の影響がある。こうした事態に対して無自覚であることは政治家にとっては許されない怠慢である。
 ここで、急激な民営化に「カトリーナ」という災害が巧妙に利用されたことに注目して、クライン女史はこれを“Disaster Capitalism”、すなわち「災害資本主義」と名づけている。

 ◆新自由主義は共同体を根こそぎ壊滅させる危険思想
 フリードマンは「危機のみが真の変化をもたらす。危機が起きれば、現在ある政策の肩代わりを提案して、政治的に不可能であったことを、政治的に不可避なことにしてしまう」と述べている。いわば、災害に備えて缶詰や水を備蓄しておくのと同様に、災害に備えて新自由主義政策を一気に進めるべく政策を準備しておくというのだ。
 このような発案のもとには、フリードマン自身の経験が影響していると見られる。
 70年代の半ば、彼はチリの独裁者ピノチェト政権の顧問をしていた。ピノチェト政権にはシカゴ大学経済学部の出身者が大量に登用されており、「シカゴ学派の革命」とも呼ばれた。事実、ピノチェト政権においては減税、自由貿易、民営化、社会政策予算の削減、規制緩和が急激に行われたのである。これらはスピードが大事であるとして、1度にすべてを変えてしまうという方法が採用された。 ここから“ショック療法”という概念が新自由主義に滑り込んできたのである。独裁政権下においては、それは、経済的ショックと同時に拷問という肉体的ショックとも併用されて新自由主義改革が進められた。「敵の意思、考え方あるいは理解力を制御して、敵を文字どおりに行動あるいは対応する能力を失わせる」という“ショック・ドクトリン”が生まれたのである。
 クライン女史は、実証的に新自由主義がこの“ショック・ドクトリン”によって推進されてきたことを明らかにしている。たとえば、スリランカにおけるスマトラ沖地震による津波被害の復興である。そこでは被災者をパニック状態に落とし込む一方で、海岸線をリゾート化する計画が進められていた。ニュー・オーリンズでもやはり住民の土地・家屋を修復することもなく、ただ更地にすることだけが進められたのである。
 新自由主義にとって邪魔なのは市場原理主義に反するような非資本主義的行動や集団である。そうした非資本主義的集団として、地域共同体や歴史や伝統に根ざした「共同体」が存在するが、新自由主義はこうした集団を徹底的に除去する。災害復興の名目で公共性、共同体を奪い、被災者が自らを組織して主張を始める前に一気に私有化を進めるのである。
 これは、日本で行われた新自由主義改革とも一致している。
 郵政民営化は、公共財産である郵政事業を民営化するという典型的な新自由主義政策であった。民営化後、郵便局にはテレビカメラが取りつけられ、『郵政百年史』といったような郵政の歴史と文化を記した本も撤去されている。
 ショージ・オーウェルが『1984年』で書いたような、きわめて不自然で歴史性を欠いた組織に一気に改変されている。オーウェルは「われわれはあなたを完全に空っぽにし、その体にわれわれを注入する」と不気味な予言をしている。

 ◆“ショック・ドクトリン”から見えてくる世界
 衝撃を与え、一気に新自由主義改革を進めるという“ショック・ドクトリン”から世界を見ると、世界は今までとは異なる姿で立ち現れてくる。「改革」のために平然と人権侵害が行われてきたことに気づくのだ。
 アルゼンチンでは3万人を抹殺して、シカゴ学派の提唱する政策を実現した。1993年にはエリツィン政権下のロシアで国会放火事件が起き、その後、国有資産は投げ売りされ、「オリガルヒア」という新興の超資本家が生まれた。1982年のフォークランド紛争も、炭鉱労働者のストライキを敗北して西洋で最初の民営化を強行する結果になった。1999年のNATOによるベオグラード空爆も、結局、旧ユーゴでの民営化に結びついたのである。
 アジアでは1998年にアジア通貨危機が仕掛けられたが、これによってIMFが介入し、民営化するかさもなくは国家破綻かが迫られた。
 その結果、国民の意思ではなく、日本の経済財政諮問会議のような一部の「経済専門家」と称する新自由主義者によって国の政策が支配されることになったのである。
 また、天安門事件の大虐殺も“ショック・ドクトリン”の一環と見ることもできる。事件の前年の9月、フリードマンが北京と上海を訪問している。中国が中国流の“ショック・ドクトリン”を利用して開放路線を発動したと考えられるのだ。今年の四川大地震では、現地は復興特需に経済が活発化しているという話も聞こえてくるのだが、中国版災害資本主義が発動されている可能性は高い。 かつて、アイゼンハワー時代にはアメリカ国内ではこの“ショック・ドクトリン”は適用されていなかった。おそらく軍産複合体の行き過ぎを懸念したのである。しかし、レーガノミックスを経た95年ごろから、ネオコンが中心になってショック療法型の経済政策が本格化する。
 そして、「9・11」のとき、大統領府はフリードマンの弟子たちで埋め尽くされる。ラムズフェルド国防長官(当時)はフリードマンの親友である。「テロとの戦い」が叫ばれ、恐怖が煽られた。そして何が変わったか。軍隊の民営化、戦争の私有化である。戦地を含む治安維持関連の民間外注が2003年には3512件、2006年には11万5000件にまで増えた。
 現代の新自由主義下においては、戦争の経済的役割がまったく違ったものになった。かつては戦争によって門戸を関放し、その後の平和な時代に経済的に干渉するという手法であったが、いまや戦争自体が民営化され、市場化されているのである。だから、確実に儲かる。
 クライン女史によると、現にイラクではPMC(プライベート・ミリタリー・カンパニー)が米正規軍13万人に対して40万人を派遣しており、ハリバートン社は2007年には200億ドルの売り上げをあげ、アメリカ資本のみならずイギリスやカナダ資本も戦争ビジネスで潤っているという。カナダのある会社はプレハブを戦場に売ることで儲け、危険な戦場で働く人のために保険会社が莫大な売り上げをあげているとのことである。
 このように見てきたとおり、新自由主義はその「リベラル」で柔らかいイメージとは裏腹に政治的自由とは一切関係なく、それどころか、災害がないならば災害を起こせばよい、ショックを与えて一気に改革を進め、共同体も歴史性も破壊し、市場原理主義というのっぺりとした原則だけで動く世界を構築しようという危険な思想である。
 新自由主義者にとっては、そのような共同体も歴史も存在せず、無機質で根無し草的なただ市場原理だけで説明ができる世界というのは、ユートピアに見えているのかもしれない。だが、人間はそのように合理性だけで生きている存在ではない。非合理的感情や共同体意識、歴史性があってこそ人間であり、そうした矛盾も非合理も抱え込んだ人間存在の幸福をはかるのが「政道」である。 

 ◆新自由主義という名のカルト的危険思想
 新自由主義が達成する世界観は、脳に電気刺激を与える人体実験の思想に酷似している。1950年代にCIAがカナダのモントリオールの精神科医とともに人体実験を行ったことが情報開示によって明らかになった。人間の心を人為的に制御することができるかという実験を行っていたのである。1988年には9人の元患者から提訴され、アメリカ政府は75万ドルの賠償金を支払い、カナダ政府は1人10万ドルの賠償を行った。
 1940年代、ヨーロッパと北アメリカでは脳に電気刺激を与えるという療法が流行した。脳の切除を行うロボトミー手術よりも永久的なダメージが少ないとされたが、このショック療法においては記憶喪失が起こり、幼児に戻るような後退現象が見られた。この後退現象にCIAが目をつけ、1953年には2500万ドルの予算で人体実験を行った。
 これこそが新自由主義のアレゴリーである。記憶を抹消し、まっさらなところに新しい記憶を与えること、これこそが新自由主義の本質であり、危険なのである。
 新自由主義は支出を削減し、あらゆる部門を民営化し、意図的に景気後退を生み出す。こうしてショックを与え、さらに新自由主義改革を推し進め、共同体、公共圈を破壊する。そして、歴史性も共同体も失われたところに、市場原理主義を植えつけていく。
 こうした新自由主義十字軍ともいうべきカルト的危険思想に、遅まきながらも、世界はようやく気づきだした。ピノチェトですら、政権後期にはシカゴ学派の言うことを聞かなくなった。民営化した鉱山会社はアメリカ資本の傘下に置かれ、国の収入源は民営化しなかった銅山会社だけになってしまい、国民の45%が貧困層になったからである。現代の中南米は明らかに、新自由主義と決別する方向に動いている。 

 ◆いまこそ新自由主義に抵抗する救国勢力の結束を! 
 こうした一連の新自由主義の動きは、ここまで過激ではないにしろ、着実に日本の中でも起きている。たしかに「9.11」や拷問といったような過激な手段は、いまだとられてはいない。しかし、新自由主義に反対する政治家が国策捜査によって政治から追放され、刺客選挙が行われ、郵政民営化をはじめとする小泉・竹中による新自由主義改革によってわが国経済・社会は着実に後退した。幸い、日本は中間層が厚く一気に貧困社会となることはなかったが、非正規雇用、ニートといった潜在的失業率はかつてないほど高まっている。中産階級は劣化し、地方と東京都の格差は拡大の一途をたどっている。
 もはや限界は明らかだ。「過ちを改めざるを過ち」と言う。信念の人であれば思い改めることも可能であろうが、カルト相手には決然と戦いを挑まねばならない。新自由主義は将来の発展のために「今は痛みに耐えよ」と言う。だが、その将来とはいつなのか。その間にわが国の共同体、同胞意識は次々に破壊されていく。このままでは、もはや回復不能なまでに破壊されるだろう。
 新自由主義に反対の声をあげる者は、旧態依然の「抵抗勢力」と呼ばれる。
 だが、市場が原理である必然性などない。公共の学校があってもよいではないか。国営の石油会社が存在して、エネルギーを安定供給することは悪いことなのか。郵便局が国営で何か悪いのか。世の中には自らの責任ならずとも不遇の立場に置かれている人もいる。それらをすべて自己責任であると切って捨てるのが政道なのか。経済的な不平等を解消するために税を徴収し、再配分することは許しがたいことなのか。
 われわれはいまこそ、新自由主義に対して決然と「否」を突きつけるべきである。われわれは記憶を抹消され、ロボトミー化されて、市場原理主義しか考えられないような存在となることを望まないからである。新自由主義に対する戦いは人間らしい生存を回復する戦いである。われわれは抵抗しなければならない。
 「抵抗勢力と呼ばば呼べ」――われわれは人間性を抑圧する市場原理主義にあくまで抵抗する。来るべき政界再編は、自民党か民主党かなどというレベルのものであってはならない。それは新自由主義に抵抗する救国勢力の結束による政界再編でなければならないのだ。
【以上は『月刊日本』平成20年10月号に掲載された論文の一部である。同誌の発行所はK&Kプレス(電話03-5211-0096)である】

Shock Doctrine with Japanese subtitles

日本語の字幕入りの映像が出来たようだ。ショックドクトリンである。日本の、小泉・竹中政治の手法でもあった。

Micky Yasukawa

ミッキー安川氏が、享年76歳で逝去されたのが、去年の1月18日だった。まもなく一年になる。毎年、都内のホテルで新年会を開催してこられたが、今年は、息子のマットさんが引き継いで、今晩の新年会は追悼会のようになった。鳩山前総理大臣がご夫妻で来られていた。埼玉県知事が挨拶をした。横濱の関係者も多数駆けつけていた。佐藤優氏や、宮崎正弘先生、石平氏など、月刊日本の常連執筆者も出席していた。ご子息の知人も半分くらいで、若返りの様相もあったので、うれしいことだ。当方ブログの読者の皆様も、ラジオ日本のマット安川の番組を応援して下さい。お願いします。YouTubeに去年の特別番組があったので、リンクを貼っておいた。二番目の佐藤優氏との対談のレベルの高さは驚くべきである。ロシア理解の為にも優れた番組になっている。マスコミが劣化する中で、希有の番組であった。メドベージェフが日本にきついとの分析などは的を射ている。ドブロコヴィッチと言うノーマークの三十代前半の人物の名前なども出ている。

Money worshippers

二月四日に封切りになる。市場原理主義の虚妄を描く映画である。残念ながら日本映画ではない。http://en.wikipedia.org/wiki/Wall_Street:_Money_Never_Sleeps

Fake TPP

Fational Battle inside the ruling DPJ

以下は、当方ブログの先輩が、とある同窓の衆議院議員に宛てた檄文の写しである。光の道構想などの評価など意見が異なる点はあるが、民主党政権の体たらくと派閥抗争に、いささかウンザリしている点と、政権交代を実現したのに細川政権の二の舞となろうとしている現実に一石を投じようとする気迫に、共感する。ご本人の了解を得て、一部不都合な点を略して、全文を掲載したので、ご参考まで。

「拝啓、お忙しく国政にご活躍のことと存じます。
私も残り少ない人生を充実した生き方をしたいと思い、この年になって世間の事に文句を言うまいと思っているのですが、最近の民主党の体たらくに、いささかウンザリしながらも、せっかく貴殿も復帰され、政権交代を実現したのに、細川政権の二の舞とならぬよう、一言申し上げたい。

 今、政権交代に期待した国民の淡い望みは徐々に裏切られつつあります。
夢だけを語った由紀夫ちゃんから、市民運動家が間違って日本の首相に成った。(かっての宇野よりまし、海部、森レベルか?)経済も外交も運動家の視点しか持てない不勉強な未熟者故にか、官僚受け売りで支持率低迷の戦国艦隊となっているのに、政治と金の問題で小沢を切れば自分たちの支持率
回復とでも思っているのか?
小沢を切っても支持率など回復するものか。かっての細川内閣と同じ民主党の分裂を招くだけだろう。我々は所詮、民主の分裂、多党連立を指をくわえて看てるしかないのか?65にもなる我らの世代が60年安保で挫折を味わい、今、晩秋の時を迎え政治に絶望しつつ、さよならするしかないのか?

 確かに政治と金のことは大事であろうが、そんなことは自民党時代に国民は散々思い知らされて来た、今の政局はかっての自民党の派閥抗争を見せつけられているようで国民はうんざりしている。
 政治と金の関係をもっと分析すれば、何が問題なのか、国民はとうに分かっている。国民と政治家と役人の三つ巴構造に由来してきた。
よく言われた事だが、役人は政治家に弱く国民に強いが、政治家は役人に強く国民に弱い、国民は役所に弱いので、自然と政治家に頼みこむことに成り、そこに、ビジネスとしての金銭が絡むので、贈収賄としての法令違反が存在してきた。

 それは役人が法律の執行人で、行政という予算の執行を担って来た事が、55年体制の中で法律による画一的な解釈まで役人による通達行政を行うことで、国民を管理しこの国を統治することが、政治家でなく役人によって行われて来た。勉強せずに選挙民のご機嫌伺いばかりの政治家は国民と自らの
の要求を役人との取引に使い、役人の利権温存拡大を与えて来たので、旧来の政治家が立法もできず役人の言いなりに、役人に都合のよい法律ばかりが横行し、政治屋は役人主導の法律製造装置に成り下がって来ている。
 『先生、それは法律でこうなって居りますので、先生のご意向には添えません。しかし先生の顔を立てて多少は考慮しましょうと言って、窓口でこの程度は調整しましょう。』 こんなことの繰り返しで、人間の多様な生き方や個性をつぶすことばかりが、法律や規則優先によって、人間のより良い向上心さえつぶしてきたではないか!役人の画一的な法令順守が、社会の発展やよりよい生活まで国民から奪い。日本は世界で最も成功した社会主義官僚独裁国家と成って居ます。役人の前例主義がベンチャーを未だに潰している。

 これに対し、国民の中でも現状を変えたいとする人や事業の利害などによって法解釈や法律そのものを変えることなく、役人を口説くために政治家に頼べばなんとか成ると云う事が一部の国民、市民の間に蔓延していたではないか。そこに政治と金の問題が存在しているのである。

 ところが、自民党旧来政治家は選挙民のしもべの様に見せかけながら、選挙民の利益誘導で選挙に当選してきた歴史から、議員の中には役人の下僕となって、市民の努力を挫き、これまで55年体制の中でほぼ完成された官僚国家体制に順応し、いやむしろ従属している。
 解釈拡大や手心を加えるなどの取引が、政治屋と役人の利権拡大と引き換えに行われてきたにすぎないのだ。今の民主党議員の多くは未熟さゆえか、このことに気づいていない。今や三つ巴どころか役人が政治家を操りながら市民を搾取しているではないか。日本が役人独裁国家として進化することに対し、国民は政権交代にて阻止してほしいと願ったのではなかろうか。

 世間では痴呆公務員でさえ、自分で予算を出す企業に高い事業費を与え、その後その企業に天下り、糞下りして2~3年の閑職なれど高級待遇で定年後を優雅に過ごす。こんな行為が日本全国で国家や地方レベルで頻繁に行われて居ることこそ、政治家と金より問題にするべきです。国民の税金を役人
が私的に利用、搾取している事こそもっと、もっと問題にすべきではないか。優秀な役人はいつの時代でも、法律に守られようとし、政治家に対しては表向き従順に従う様子を見せるが、政治家は任期があり、落ちればただの人と云う事を良く知っている。

 そんなことも理解できないのか、今の民主党幹部の鉄のパンツか何か知らない人たちが、小沢を切れば国民に支持されるという妄想で直走っている。役人の利権を潰していく方が、どれだけ国民が喜び支持率回復に繋がるか、事業仕分けで多少は理解したはずです。国民が本当に望むことを 理解できない市民運動家にはクリーンな政治が大前提ではありましょうが、もっと大事なことは役人とそれを裏付ける法律や規制を仕分けし、リストラすることです。今の日本の現状は派閥抗争などやっている場合ではないはずだ。

 個々の議員が三つ巴の中で金がらみになることは、国民はとうにお見通しで、マスコミや検察が、個々の政治家をやり玉に挙げ、その間官僚は民間優良企業に天下り、糞下るだけでなく、不要な準行政機関や公益法人等を作り税金でぬくぬくと勢力拡大をしてきた。これら官僚が此れまで作り上げて来た2重3重の税金搾取装置を問題にせずして何が政治と金だ!!

 国政だけでなく地方自治体の中でも役人による市民住民搾取が酷い。直接的な年収の比較でも地方で市民の3倍、国政における5倍もの年収格差などの不平等国家なのに、政治家は何もしない。民主党政権で公務員の人件費わずか5%削減で、ほとんどの国民は納得しない。
 それ以上に民業圧迫の事業機構や交易法人を作り、中小企業から搾取したり、国の発展さえ妨げている。そこにはすべて法律や規制を盾に、役人の利益を優先するため、世界に後れを取っている技術や効率が多く存在する。
 例えば日本中にめぐらす光ファイバー網の実現に対し、月々のコスト3倍で5年もかかるというNTT案に対しソフトバンクは3分の1のコストで2~3年で実現しようと光の道提案に対し、総務省は難色を示している。それはNTTグループが総務省の役人の主要な天下り先だからです。この5年もの先送りと3倍のコストが、之からの天下りの人件費として、国民から搾取されたうえに、その間世界に大きく後れをとる。日本の将来より官僚の利益のための政策が行われていることに政治家はもっと鋭いメスを入れてほしい。

 役人主導の見せかけの事業仕分けは、今やマスコミ受けするショウと化している。本当に仕分けすべきは法律そのものである。法の下の平等を謳うなら、人間の多様な生き方を認め、役人が管理し易い法律から、住民の生活文化多様性に基づいた最小限の法律にリストラして、現場で生活者の声をもっとよく聞くことである。これまで、政治家はボンクラで不勉強であった為、官僚に頼り、役人の言いなりにならざるを得なくなって来ており、優秀な役人が管理統制を第一に行政を仕切ってきたのだ。

 今このことに気づいて行政を改革しているのが、名古屋の河村であり、阿久根の竹原市長ではないでしょうか?
私らの(略)先輩などは、阿久根市の職員の年600万円の平均所得を3分の2返上し、若者の雇用に回せば、市民の平均年収200万円で新たなスタートに立てれば地方も活性化されるであろうとも言っています。之を全国で実施すれば、日本にフリーターは居なくなり失業者も居なくなる。地方議員はボラン
テアや日給制にすれば、もっと地方行政の効率化に繋がります。国家行政でもこのような仕分けが出来れば、国家公務員と国民所得の格差はもっと狭まり、国家の赤字も解消するであろう。これまで、官僚と政治家が作ってきた日本の赤字は、まずは行政と政治のリストラで削減して欲しい。

 かって貴兄は同級生が政治の事に関心が薄いと嘆いておられたが、我々の年になると、中国国民と同じく、政府に政策あれど、われら国民に対策ありで、国家の行く末より自分や家族の幸せを最優先課題にせざるを得ません。日本は官僚独裁国家ではあるが、中国の様な共産党一党独裁で言論統制までされた国ではありません。今や官僚自身も先輩たちの作った法律に縛られ不自由を感じ、清潔な政治や、コンプライアンスなどとマスコミや世間を気にしすぎで、自信を持った予算執行もできずにいます。此の事は、銀行が赤字国債購入だけで存続し、民間投資や融資が出来ないために、経済が上向きにならない事と同じです。

 此の事に気付かない仙石管隊は55年体制からの変化を読めずにいる為、小沢を切れば自分たちの支持が上がると勘違いしている。民主の分裂と政権交代の崩壊による国民の政治不信を呼ぶだけで、ますます日本は沈没に向かう。
 坂本龍馬の様な排除しない生き方は出来ないものか?仲間や、少数意見の者たちを!    クリーンなだけを、国民は求めていない。 人を切り捨てる前に余計な法律を切り捨て、国民、市民中心、人間中心の行政が、今こそ求められていると考えませんか。
 地域地方に適した行政が行われるよう指導するのは政治家の務めでありませんか? そうすれば市民も政治家に、私的な頼みごとを遠慮すると思いませんか。政治と金は切れなくとも、今よりは増しでしょう。
 政治家だけでなく、官僚から地方の役人まで法律の裏で貪った税金や無駄を無くし、等しくすることで、クリーンな本当の民主国家に繋がると確信いたします。議員定数削減と役人削減を実現出来れば財政削減に繋がるでしょう。
西郷隆盛の様な私心を捨てた国家観を、政治家各位には持ってほしいと願ってやみません。
貴兄のますますのご活躍を、いつまでもご祈念してやみません。」

Kume Kunitake


目黒の駅前に久米ビルがある。その八階が、久米美術館である。久米邦武の胸像があった。


Property Control

「日本郵政は27日、三菱地所専務の長島俊夫氏(62)を来年1月1日付で副社長に起用すると発表した。不動産事業をよく知る長島氏を迎え、この分野のてこ入れを図る狙いだ。副社長は5人体制になる。

 民営化後の日本郵政は、郵便局などの不動産資産の活用が課題の一つ。東京、大阪、名古屋の中央郵便局を高層ビルに建て替える計画もあるが、景気の低迷などで東京以外は進んでいない。」

以上は、朝日新聞が暮れの12月27日に報道した。東京、大阪、名古屋などの駅前の郵便局の土地の再開発がどうなっているのか。西川体制の任務は、巨額の土地資産の利権の配分などとの噂もあったくらいだ。ドイツの民営化郵政の本社ビルの設計者である、シカゴのドイツ系アメリカ人の設計者が、折り鶴をデザインしたというガラス張りのビルの設計者となった経緯なども明らかにしてほしいものだ。大阪の郵便局跡地のビルには、サーカスが入る予定だったと言うが、どうなっているのか。東京駅前のビルには、観光団体が入るとの噂もあるが、ようこそJapanの絶叫とはどんな関係があるのか、歴代の観光庁長官にも利いてみたい背景である。テナントが、もう事前に決まっているのか。国民の財産の私物化を許してはならない。周辺が三菱村であることはわかるが、だからといって、私物化が横行していい話ではない。天網恢々疎にして漏らさずである。郵政民営化の闇が、刑事告発も成されているので、いつかは捜査の対象となることを、星に希望を繋ぐような話かも知れないが、期待している。平成の官物払い下げ事件にしてはいけない。

Fool's Gold

去年の11月1日に、ニューヨークタイムズ紙のクルーグマン教授の記事に対して当方が寄稿したコメントである。同新聞から、掲載されたことを確認してきているので、多少時間が経ったが、記録のために、当方ブログにも転載して残しておくことにした。http://community.nytimes.com/comments/krugman.blogs.nytimes.com/2010/10/30/the-moral-equivalent-of-stagflation/?permid=117#comment117

Orwell
Tokyo
November 1st, 2010
1:46 pm
Milton Friedman et al and the economic fundamentalists together with American economic hitpersons almost destroyed the Japan's economic and political structures. Shame on you. It is the first time after the War that Japan realized that it should go independent and it is not worthy to listen to the American verdicts which only such the wealth of the Japanese people. For instance, postal privatization in Japan to bring out the huge Japanese assetts overseas into the casino econmy was only stopped by the courageus resistence done by some patriots in Japan. American business in Tokyo was not regulated at all and it collapesed. They sought only Fool's Gold.
Shame on them.

Right or Left?

興味深い記事である。

国家公安委員長の政治家が、、「『右派系』と言うより、『極右系』と呼称すべきなのではないか」などと発言して、それに対して、冷静な議論の意見が開陳される。JR東海の葛西委員の発言は、均衡のとれた適切な発言で時代を捉えている。

http://www.nikaidou.com/archives/9364

から、関連部分をママ引用して掲載する。

「警備局長から、「こうしたグループは、今のところ暴力的な破壊活動を行っていないので、『極右』というにはなじまない」旨の説明があり、葛西委員より、「『極右』と表現すべきなのは、暴力的な場合であると思う。また、『極端な民族主義・排外主義』と言えるのか」旨の発言があり、委員長より、「彼らは朝鮮半島の民族を蔑視するような発言を行ったりしており、『市民グループ』という呼称はいかがなものかと思う」旨の発言があった。

葛西委員より、「このグループの出現は、非常に象徴的で、これまでは組織化された意見だけが強くアピールされ、また、マスコミによる国民の知る権利の事実上の統制御が行われていた。最近、新聞の発行部数が大幅に減る一方、インターネットの台頭・普及という中で、これまで表現の機会を抑えられていたこの種の動きというのは、これから様々な形で強まると思う。特に、日本は、この65年間において、国家というものが国際社会において占める役割や、あるいは国内において果たすべき役割といったものを軽視・否定する方向での報道ばかりがなされてきたが、これからはこのようないわゆる『声なき声』を取り上げる形でインターネットによる情報交換が出てくる。これからは様々な方向に様々な意見が出てくると思う。こうしたものに対する今後の対応策については、相当慎重に考えておかないと、後手を踏む可能性もあると思う。このグループについては、『極右』と呼ぶべきものではないと思う。事前に、よく実態を知り、適正に評価することが大事なのではないかと思う」旨の発言があり、長官から、「こうした市民グループは、新しい動きであり、今後、更に大きくなってくる恐れもあると思う。委員御指摘のような時代状況であるので、既成の右翼が吸収できない考え方を表現できる市民グループの方が、今のところ形はきちんとしていないが、大きくなっていく可能性もあり、今から注意深く見ていく必要があると思う」旨の説明があり、葛西委員より、「左翼についても、これまでのそれぞれのセクトというような形ではなくて、散発的にゲリラ的な者がインターネットを通じて活動するような世の中になる恐れがあり、既にテロリストの組織がそういうふうになっている傾向がある。その意味で、日本は今いろいろな意味で転換期にあると思う」旨の発言があり、長官から、「失業者の増加、来日外国人による犯罪、就職できない学生の問題など、国民が社会に対する不満を持つ恐れは十分にあり、油断しないように対処してまいりたい」旨の説明があった。」

Japan Coast Guard

本当にすごい動画ですね。海上における警察行動の勇気をみることができます。荒海に出動する巡視船です。港の出口で、舵を取る所など、命がけの、転覆しかねないような緊張した操船です。公職に奉職することの典型を見る思いです。海上保安官に敬礼!

尖閣の中国漁船の体当たり事件の動画をYouTubeで拡散した海上保安官を応援すべきです。職を賭して日本を守った。事実の映像を公表して、全体主義の暴力国家も口をつぐんだ。さて、北京に謝罪を求めたのか。巡視船の損害賠償要求を出したのか。強がりを言うのではなく、国際法の適正な手続きをどう守るかの話だ。

Cheating Media

https://docs.google.com/Doc?docid=0AV9sX2-nltz0ZGNnNW5qNmJfOTFmOHM4OXA4eg&hl=ja

Inner Mongolia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%80

http://www.smhric.org/

次のような呼びかけが行われているので、ご参考まで。拝金の市場原理主義と、抑圧の全体主義とはどこかで繋がっている。いずれも、虚妄であり、人間を人間と思わない思想と政治である。

参加を!中国大使館前で抗議
中国政府はハダ氏と家族を釈放せよ!

日時 1月8日(土)

集合場所:麻布税務署前
東京都港区西麻布3丁目3-5
日比谷線・大江戸線「六本木駅」下車、徒歩10分

集合時間:11時半頃

開始時間:12時  

■中国政府はハダ氏と家族を釈放せよ!

内モンゴルの人権活動家で、一九九五年十二月十日に逮捕されたハダ氏は、スパイ罪、国家分裂罪などを理由に懲役十五年の判決を受けました。しかしハダ氏が実際に行ったことは犯罪行為では決してなく、ハダ氏の同胞であり、南モンゴル地域の原住民族であるモンゴル人の文化と生活を守り、民族としての誇りを維持し、真の自治、自立及び民主の道を作り出すことでした。そのため「南モンゴル民主連盟」を組織し、同志とともに活動することは中国全ての国民の権利として憲法に保障されていることですが、中国共産政府はハダ氏の自由を奪い、ハダ氏を肉体的精神的に破壊しようとしましたが、本人の変わらぬ信念と家族や友人たちの激励もあってこれに耐え、去る二〇一〇年十二月九日、十五年の刑期を満了したのでした。
 しかし、ハダ氏の出獄の日が近づくにつれ、奇怪な出来事が起こり始めました。十二月三日、ハダ氏の妻・シンナさんが経営してきた書店は強制的に閉鎖され、夫の出獄を待ち続けていたシンナさんと息子は警察に身柄を拘束されました。書店内の書籍やDVDなどの商品は没収され、店舗の賃貸契約は破棄されました。
ハダ氏の同級生で作家のゴブルデ・ホーチンフ女史は、インターネットで「ハダ氏を
迎えに行こう」と呼びかけたため警察に拘束され、その後も自宅軟禁の状態にありま
す。またハダ氏支援者のアルサラン氏、ソドモンゴル氏らに対しても、自宅軟禁の措置がとられました。
 十二月七日付「産経新聞」は、ハダ氏の家族拘束のニュースを報道しました。また十日付「ヘラルド・トリビューン」紙は、シンナさんのみならず、ハダ氏の息子さんも警察に拘束されたと伝えました。さらに十四日付け「産経」は、「ハダ氏が刑期満了で(刑務所を)出所した可能性が高いが」、本人とは「連絡がつかず所在不明のまま」「中国当局が軟禁下においていると見られる」と報じました。
われわれの情報によれば、ハダ氏の奥さんのシンナさんの妹さんに、安全局から人づてに、ハダ氏と家族がフフホト市の豪華ホテルに滞在しているかのような五枚の写真が届けられ、「ハダ氏一家は安全だから安心するように」との伝言があったといいますが、妹さんからの「写真だけでは安心できない、ビデオを見せてください」との要求は拒否されたままです。
われわれ日本で活動する南モンゴル人の政党「モンゴル自由連盟党」、「内モンゴル人民党」やモンゴル人留学生達は、中国政府に対し、ハダ氏とその家族の身柄の解放と、この不法な身柄拘束が行われた経緯の説明と、責任者の処罰と謝罪、またハダ氏及び家族に対する賠償の支払いを要求し、そのため来る二〇一一年一月八日正午、全世界の南モンゴル人による抗議活動の一環として、在東京中国大使館前で抗議活動を行うことをここに宣言します。 
                    
(二〇一一年一月三日)

内モンゴル人民党幹事長・ホビスガラトゥ
モンゴル自由連盟党幹事長・ダイチン
モンゴル人留学生代表・ジャルガラ

http://www.unpo.org/article/12044

http://www.reuters.com/article/idUSTRE6BC0DT20101213

http://www.sankeibiz.jp/macro/news/101207/mcb1012070503003-n1.htm

http://www.newsweekjapan.jp/newsroom/2010/12/post-189.php

以上、ご参考まで。

Disaster Trades

政策決定の権利も奪うTPP
その仮面を剥ぐ著書

 アジア太平洋地域で自由貿易を目指すTPP(環太平洋連携協定)の第4回交渉が、ニュージーランドのオークランドで行われた12月6日、オークランド大学のジェーン・ケルシー教授は「日本でも郵政民営化の見直しが大きな課題になっているが、ニュージーランドでは多くの国営企業を民営化して失敗した。再度、国有化している。TPPでは、また民営化の懸念が強まる」と語っていた。

 ケルシー教授は、貿易に関する国際協定に詳しく、TPPについても「政策決定の権利が金融資本に奪われる」と警鐘を鳴らしてきた。

 「TPPは、ありきたりの自由貿易協定ではない」と、その本質を鋭く突く著書をこのほど出版した。「通常の貿易協定ではない~TPPの仮面を剥ぐ」(NO ORDINARY DEAL?UNMASKING FREE TRADE AND THE TRANS?PACIFIC PARTNERSHIP AGREEMENT)

 「TPP支持者たちは、ニュージーランドの酪農産業にとって、閉ざされている米国市場を開かせる魔法の弾のように言う。オバマ大統領は雇用と景気回復の鍵としてTPPを売り込んでいるが、一方で国内市場はしっかりと保護しており、こうした問題についてのいかなる論証もない」
 「加盟国の間では既に多くの自由な取引協定がある。実際に米国の酪農市場がニュージーランドに開放されると、誰が信じるだろうか。また、中国、インド、日本が、果たして締結するだろうか。誰も、その虚偽を暴露しようとしない」
 「TPPを通商協定とするのは全くの誤称か詐称だ。TPPは本来、輸出入についての協定ではない。その義務は、一国の政策と議会の責任の中核的な領域に侵入する。食料安全基準のみでなく、金融サービスや雇用にも影響が及ぶ。外資は投資を損なうかも知れない法案を提訴することができ、国の政策をも支配することになる」
 「何よりも通常の通商協定ではないTPPは、グローバルな自由貿易の名の下に(それを進めた政府さえ)失敗と認めているネオリベラリズム、市場原理主義モデルの中に、加盟国をより深く埋没させる謀(はかりごと)を露呈させている」
 TPPは単に農業問題のみでなく、食糧の安全、雇用や金融サービスなど、あらゆる分野でのさらなる開放が求められる。
 国の意思決定に米国主導がますます強まることが懸念される。国のあり方そのものに大きな影響を及ぼす問題を孕んでいる。市場に全てを委ねて、国民を守る政府の役割を放棄することになりかねない。

 食糧に限っても、国連人権理事会報告では「世界の食糧産業が巨大な多国籍企業に支配され、小規模農家の収入が減少」していることを明らかにし、「国が小規模生産者への支援を強化、企業に価格政策を変えさせること」、さらに「農業労働者の賃金や労働条件の権利保護の重要性」を指摘している。
 TPP推進派は、参加しないと大企業が海外へ“逃げ”、雇用も失われるとする。農業も含めて関税をゼロしないと、輸出先の関税もなくならず、国際競争に負けるとの主張だ。また、法人税の引き下げも実施されようとしているが、その理由に国内投資と雇用拡大を挙げる。

 しかし、本当に雇用や下請に回るのだろうか。内部留保や株式配当に回るだけで、消費税の引き上げに通じるものならば、経済の危機を打開し再生を図ることと逆行する。輸出一辺倒から転換、家計を温めて内需拡大を図る政策が、経済再生のカギだ。

 国民の命に関わり、国土の保全に重要な役割を果たしている農業を守り、一部の大企業に集中する富の再配分を政治の力で行うことこそが急務。
 農業や金融、雇用など幅広い分野、さらに国の政策決定権利までにも影響が及ぶTPPについて今一度、立ち止まって冷静に判断すること、そして市場原理主義によって格差が拡大した国のあり方を問い直すことが、政権交代の意味だったことを、改めて再認識すべきだ。
(麦秀の嘆)

http://www.tsushin-bunka.co.jp/?p=928

Chinese Threat 3

Chinese Threat 2

Chinese Threat 1

この映像をみると、中国政府の担当者が、外交官以外の肩書きで、入り込んでいることがよくわかる。

From Tokyo to the North

歌がいい。そして雪の映像がいい。お楽しみ下さい。YouTubeにリンクしてあるだけです。勿論、当方の好みが入っています。こぼれる思いを一つづつ断ち切ることが出来ますかと問いかける。

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