構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

« Ume2 | トップページ | Corrupt Judiciary »

Former Prime Minister Hatoyama

鳩山前総理が、琉球新報と会見した記事。残念ながら、本土マスコミには記事が出ていない。鳩山前総理をつぶそうとした勢力の存在があったことが感じられるが、指導力のなさとはそういうことかも知れない。鳩山氏が自立・自尊の日本を追求して、官僚組織にも指示を出したことは、当方ブログは、この琉球新報の記事よりも早々に、先月の外国特派員協会での会見模様で紹介した。そうした鳩山総理(当時)の実像をマスコミは報道しようとせずに、外国追従勢力の肩を持つばかりであったのは残念なことであった。元首相補佐官とは何者か、外国勢力のお先棒かつぎ役になってしまったのか。官僚支配を転換させることが、政権交代に寄せた、国民の期待ではなかったのか。

「【東京】鳩山由紀夫前首相は12日までに琉球新報などとのインタビューに応じ、米軍普天間飛行場の移設交渉の全容を初めて語った。「県外移設」に具体的な見通しがなかったことを認めた。「県外」断念の理由とした在沖米海兵隊の「抑止力」については「辺野古しか残らなくなった時に理屈付けしなければならず、『抑止力』という言葉を使った。方便といわれれば方便だった」と述べ、「県内」回帰ありきの「後付け」の説明だったことを明らかにした。在沖海兵隊の「抑止力」の根拠の薄弱さを浮き彫りにした前首相の歴史的証言は、県民の反発と波紋を広げそうだ。
 海兵隊の抑止力については「一朝有事のときに米国人を救出する役割だから、存在自体が直接、戦争の抑止、攻撃の抑止になるわけではない。全体として4軍そろっていることが必要で、全て連関している中での抑止力となる」と説明。
 米側とは「県外移設」に向けた具体的交渉はなく、「最後はオバマ米大統領との間でやるような話だったと今、後悔している」と述べた。「県外」困難視の閣僚や辺野古案支持の官僚を最後まで統率できなかったことを力量不足と振り返った。
 訓練区域の一部解除など2010年5月の日米共同声明に盛り込んだ沖縄の負担軽減策は「ほぼ同じものが既に09年12月には(了解を)取れていた」と説明。09年内に「辺野古」決着に一時傾きかけたとも明かした。
 10年5月の2回目の来県で仲井真弘多知事に日米と沖縄で協議のテーブルに着いてほしいと打診したが、知事選を理由に断られたという。県外移設を実現できなかったことに「県民に申し訳ない」と謝罪した。
 新基地の使用期限設定を事務方に指示したことにも言及した。だが事務方は米側が期限を区切ることに強く難色を示していると説明し実現しなかった。「辺野古」回帰に向かう中、元首相補佐官の岡本行夫氏から何度も辺野古移設に向けた説明を受けたという。
 嘉手納統合案を掲げた岡田克也外相(当時)や「県外」困難視の北沢俊美防衛相など閣内不一致だった状態は「大いに自由闊達(かったつ)に議論し合おうと進めてきた」と政権方針で放任していたと弁明。一方、自らが進める「県外」に集約できなかったことに「統率を取ってできなかったのは悔やまれる」と反省した。決着期限の10年5月は、3月の予算成立後で7月の参院選の争点化を避けたタイミングだったと説明。5月の大型連休にオバマ大統領と直接交渉も検討していたという。
 鳩山氏は、1月下旬と2月上旬の2度、計3時間、東京都内の衆院議員会館でインタビューに応じた。

<用語>抑止力
 軍事・外交戦略上の用語として、一般的に部隊や武器を保有し、いつでも報復できる構えを維持することで、相手国からの攻撃や侵略を未然に抑え込む能力。鳩山前首相は米軍普天間飛行場の沖縄県外移設を断念した理由を「学べば学ぶにつけ、海兵隊のみならず沖縄の米軍が連携して抑止力を維持していると分かった」と説明していた。」

|

« Ume2 | トップページ | Corrupt Judiciary »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/209267/50860132

この記事へのトラックバック一覧です: Former Prime Minister Hatoyama:

« Ume2 | トップページ | Corrupt Judiciary »