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Northern Territory

http://www.k4.dion.ne.jp/~yuko-k/adagio/hoppoh.htm

もし、サンフランシスコ条約の成立の過程で、間違っていたら大変なことだ。千島列島は日本が強奪したものではない。交換して確定したのだ。そんなことも主張していなかったのか。2月20日の中日新聞の記事である。

日露の病根を除く機会に

  ロナルド・ドーア
   〈英ロンドン大学政治経済学院名誉客員〉
 時どき日本の外務省は、一度採用した外交路線を放棄できずに成り行きに任せ、しまいにはにっちもさっちもいかなくなってしまうことがある。北方領土問題をめぐる対ロシア関係が正にその典型であろう。
 日本政府はこれまで、旧総務庁の前に「北方領土が帰る日・平和の日」という大きな石碑を建てたり、国後も択捉もわれわれの島だという国民感情に訴えてきた。
 これに対しロシアは、日本の主権を認めるような考えは基本的にしないが、勃興日本の経済力や、少しずつ増大してきた外交力に敬意を表し、日本の国民感情の手前もあって、日本のクレームには一応、真面目に対応してきた。ところが、日本の経済力・外交力の衰退も1つの原因だろうが、最近ではメドベージェフ大統領が国後島入りして以降、ロシア閣僚の訪問が相次ぎ、軍事的な防衛強化も発表するなど、「日本が主張する『主権の問題』は毛頭ない。交渉する意思はもうない」と、きっぱり告げた格好だ。
 2カ国外交で日本の主張を唱え続けても、日ロ摩擦の時代が永遠に続くだけだろう。極論になるが、諦めるのも賢明な道で、尊厳ある主権国として面目を失わない諦め方を探さねばならない。
 そういう道を国際司法裁判所(ICJ)が与えてくれそうだ。ロシアの北方四島占領は不法だと、日本が訴えればいい。もちろん、ロシアに根回しし、訴えられたら応じるとの確約を取り付けることが前提となる。それに、優秀な外交官の長い努力が必要だろう。小泉純一郎元首相の北朝鮮訪問の準備工作として、田中均氏が北京で交渉し、拉致の事実を認める約束を取り付けたようにだ。
 仮に裁判となった場合、日本が負ける確立が高いというのが、国際法の専門家の意見だ。理由は、サンフランシスコ条約で日本ははっきりと主権を放棄してしまったからだ。ただ、日本は裁判に負けてもそのままいれば、世界の目にはロシアにいじめられた国ではなく、平和的国際関係の法的秩序構築に貢献した国として映る。漁業権など実質的な利益を守るのも、逆にやりやすくなるかもしれない。
 日本の最近の北方領土問題に関する主張は、歴史的事実に訴えないのでおかしかった。明治8(1875)年の樺太千島交換条約で、樺太はロシア、安政条約で既に認められた国後、択捉2島のほかに、それ以北の千島列島も日本の所属と決まった。日露戦争の戦果として日本領土となったのは樺太の半分だけである。
 戦争が終ろうとするときのヤルタ会談で、連合国が「日独には帝国主義的侵略によって得た領土を返還させる」という原則を決めたが、千島列島がそうして得た領土ではないことが当時は分かっていなかった。その間違いはダレス米国務長官によってサンフランシスコ条約に持ち込まれ、吉田茂首相が苦情を言ったが、ダレス長官は「ロシアとの関係が微妙なときにうるさいことを言うな」と抑えてしまった。さらに、日ロ両国の親睦を邪魔しようと横槍を入れ、「沖縄を返すのも危うくなるぞ」と脅した。
 その後、日本は「明治8年の条約がある。国後、択捉は戦果ではない。ヤルタ会談での米国の誤解だった」などの論法を展開せず、条約における「千島列島」の定義など、些細な法文解釈に基づいた論法しか続けてこなかったからだ。
 いずれにせよ、これを機会に60年間の日ロ関係の病根を国際司法裁判所が取り除いてくれれば、さっぱりするだろう。」

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