Kuroshio 46
大津波の波濤を越えて
東北関東大震災が発生した。地震が起きた時、赤坂の溜池を歩いていた。アークヒルズの高層ビルを通りすぎ、交差点を右に曲がれば、虎の門方向というあたりだ。阪神大震災で、高速道路が横倒しになった写真を思い出し、官邸前に行く道路の上を高速道路が走っているから、看板やガラスが落ちてくる可能性ありで、近くのビルの玄関に入り込んだ。上階から米国人とおぼしき三人が走り降りて道路に飛び出そうとするから、ビルの中が安全なのではないかと制した。時計を眺めて五分も震動は続かないはずだと諭した。終わって呆然としているので、直ぐ本国の家族に電話をかけた方がいい、まだ電話はつながるからとお節介な話をして名刺を一枚渡した。サンキューと一言言ったが、その後の連絡はない。日本財団の前を通り過ぎて、米国大使館への通りを横切り、昔の満鉄ビルを過ぎて、虎ノ門まで出た。原子力の平和利用を被爆国日本
に於いて宣伝するための心理作戦に従事した外国の組織のあったビルの窓ガラスが散り散りに破れていたのを見た。虎の門では旧知の郵政建築の専門家に出会ったが、庇(ひさし)が特徴で、ビルの中央が中空になって法隆寺の五重塔の心棒の役を果たしているから大丈夫とのふれこみであったが、老朽化して民営化で、修理費用をけちったか知らんと聞いてみたら、補強工事を現役の時代にちゃんとしたから、大丈夫な筈だと自信ありげに答えた。警察のアンテナがのっている総務省や外務省を過ぎて、博物館のような赤煉瓦の法務省の庁舎を右に、警視庁を左に見て桜田門についた。早々に通行止めになっており、祝田橋から皇居前広場に抜けたが、お堀の水が揺れ動いた気配もなく石垣の乱れはなかった。皇居前広場には、大手町あたりの高層ビルからサラリーマンがヘルメットを被って白ワイシャツ姿で、一団をつくって逃げて来た。外資企業も多いから、不安げな顔の外国人社員も結構な数であった。東御苑あたりでは、近くの第一ホテルが建築中で歩道が狭苦しくなっているせいもあって、歩道の離合が袖がふれあうほどに人も増えた。沖縄の知人が、前島密の賞を受賞をして、竹橋のホテルで祝賀会が予定されていたが中止になった。ホテルのエレベータは止まり、一階のコーヒーショップは、家に帰れない客の居候のようなたまり場になっていた。日生劇場で、演歌歌手の北島三郎のショーがあって、わざわざ関西から見に来たという老夫婦が、地震で大揺れで劇場の屋根が落ちるのではないかと怖かったので、帝国ホテルの隣の劇場から宿泊しているホテルのある竹橋まで徒歩で帰って来たとの話だった。一階のレストランは水を給仕してくれたが、居座るわけにも行かないので、竹橋の裏の神田鍛冶橋に知り合いの会社があったので訪ね、油を売ることにした。エレベータが止まって五階まで歩くのはこたえたが、事務所の本箱が飛んだくらいで、電気も動いていたし、トイレの水も出ていたので、東京の被害は阪神大震災のようにはならないことははっきりしていた。夜の八時半頃までで見切りをつけて、目黒の先を目指した。白金高輪から白金台を過ぎて目黒に着いて、東急の電車が少し動き出したので、そこから大岡山経由で大井町線に乗り換え、家に帰り着いたのは十一時半を回っていた。途中タクシーも見たが何時間も渋滞に巻き込まれていたし、麻布十番のあたりではサウジアラビアから来たという学生が日本の整然とした秩序に驚いたと言うので、伊勢神宮を参拝しておくことも日本を理解する為に必要だと忠言をしておいた。深夜になって目黒通りの渋滞も解消されたので、恵比寿の会社の寮に避難していた娘の救出に車を運転していった。家のガスは自動的に止める安全装置が作動した。ボタンを押せば復旧したから、千葉の精油所が燃えて、浦安や築地の移転先予定の豊洲の埋め立て地が液状化したが、地震で一番怖い火事が東京二十三区で発生しなかったのは僥倖であった。
さて、陸上自衛隊の飛行機が撮影した津波の映像は、名取川の海岸に、海鳴りの底から叫び声を上げて押し寄せる水塊を撮影している。震源地は、金華山の先の太平洋沖で、親潮が盛り上がった津波である。海上保安庁は、巡視船が津波の大波を横切る映像を公開したが、「総員、つかまれ」と船長の冷静な伝声が印象に残る。陸に近づくと突然波高を高めるが、海上では横倒しにならないようにして直角につっきっる操船をする。女川の観光船の船長は、新西蘭(ニュージーランド)から小型ヨットで太平洋を縦断して故郷日本に帰った勇者だが、津波でモノは全部失ったが、発生と同時に船を沖出しして生還したと電話の先で話していた。福島第一原発を襲った津波は40メートルの高さの建屋を超えた。波頭は、プロメテウスの火に怒りをぶちまけている潮の塊のようにも見えた。見えない恐怖は、人の判断力を停止させるが屈服してはならない。拝金の市場原理主義(ショックドクトリン)は、自然災害を脅しの手段にして流言飛語で人を金縛りにするが、姿の見えない敵を的確に測定して分析して、敢然と絆を強くして克服できる。黒潮の民は、波濤を跨いで雄雄しく立ち向かうのだ。(つづく)
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