構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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Collapse of Market Fundamentalism

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経産省の現役幹部が実名で証言、だとか、日本の裏支配者が誰か教えようとか、福島原発メルトダウンは必然だったとか、の文字がならぶ、日本中枢の崩壊と言う、新刊書を手にした。経済産業省の古賀茂明氏の執筆である。

東日本大震災の中で、日本中枢がメルトダウンしている姿を活写しているに違いないと考えて、五月中旬に出版された本を一読したが、残念ながら、一時期、永田町や霞ヶ関に蔓延した、市場原理主義のカルトの主張を繰り返しているだけで、何ら新味はないどころか、むしろ有害な論説である可能性が高い。市場原理主義の批判を続ける当方ブログは、決して薦める内容の本ではない。改革派を称して市場原理主義の巻き返しが行われているので、注意を喚起するために紹介することとした。

著者は、危機感に駆りたてられているとするが、それは、実は災害資本主義と呼ばれる、又は、外国ではショックドクトリンと呼ばれる、新自由主義の政治・経済学にとりつかれてしまっているかのようである。国家公務員制度が国民のために働くシステムになっていないと痛烈に批判するが、その処方箋は、どういうわけか、手垢にまみれた、リーマンショックで消え失せたはずの、市場原理主義的な改革論でしかないのは、不思議である。日本の中枢のシステムを破壊しようとしたのは、どのような勢力であったかの検討は行わない、視野の狭窄である。

序章は、福島原発の自己の裏でと題する。生々しい描写である。懇談メモの内容、ベントの真実、東電の序列は総理よりも上なのか、など、日本の構造問題について述べる。同感できる指摘が多い。政治の指導力のなさ、東電と経産省との癒着、等について触れている。

2006年、渡辺喜美氏が、行革・規制改革担当大臣の時に、登用されたらしい。第一章では、総務省との暗闘、人事院との暗闘などの背景も記述されている。「経産省は中央官庁の中では、自由な雰囲気で知られている。だからこそ、私のような改革を公然と唱える者も長い間冷たい処遇を受けずに済んできた」と書いているが、官房付の左遷された肩書きとなっていても、公務員世界に所属することは間違いないのであるから、批判をするのあれば、辞職して自由な立場で行うことが必要だと考える。しかも、こうした内部告発に近い単行本の筆者からの指摘をそのまま放置することが、許されてはならない。仙谷長官(当時)の指摘は、必ずしも恫喝とは言えないのではないだろうか。官僚の独善と鼻持ちならないエリート志向を若い時に養成するような大臣官房会計課法令審査委員と言うポストなどを率先して廃止すべきことを主張することではないだろうか。

第二章は、公務員制度改革の大逆流と題する。民主党の限界についての観察も興味深いし、天下りが生んだ原発事故のくだりは、経産省の東電との癒着の事例を書いている点では出色である。

第三章は、霞ヶ関の過ちを知った出張とあるが、口封じが目的の出張であった由であるが、結局は、TPP推進論や個別所得補償の廃止論、高コスト批判、に傾いている。

第四章は、役人が暴走する仕組みと題しているが、回転ドア方式で官民の出入りを自由になどと、外国制度の礼賛論に傾いている。年功序列による負の連鎖があるにしても、特定の政治勢力に加担した、郵政民営化に狂奔した高橋洋一氏、小泉改悪を支えた岸博幸氏などを礼賛する点では、著者が同様の経済・政治思想を共有することが判る。

第五章の民主党政権がつまずいた場所と題して、財務省に操られる民主党政権の実態を活写している。

政治主導を実現する三つの組織という題で、政策・立案、組織と人事、予算の三要素について論評する。

第七章は、役人ーーその困った生態と題して、著者が経験した独占禁止法とそれに関わる公正取引委員会の問題について論じている。著者は産業構造課にいて、日米構造協議を熟知しており、それを利用しようとしたと吐露しており、公取がもっと強くならなければ日本の市場は良くならないと信じていたという。規制改革会議の宮内小委員会とも連動した事実を明らかにしている。「法務省の検事たちは先を心配することがないので、正義感の方が先に立つ」、と法務官僚をべた褒めにしているが、市場原理主義の時代に実力による弾圧がまま見られるが、市場原理主義のお先棒を担いだ欠陥について、著者の認識の欠落は決定的である。

官僚の政策が壊す日本と第八章をまとめるが、経産省を中心とした政策の失敗と欠陥リストとでも言うべきものである。「NTTの株式売却収入などを原資として、3000億円近くの資金を、経産省がベンチャー支援と称してあまたの企業に出資したことがある。結果がどうなったかーー。還ってきたのはわずかに5%。なんと二千数百億円がドブに捨てられたも同然、大損失をだしたのである。運営したのは天下り法人。それに対して誰ひとり責任をとっていない」とあるが、経産省の横暴さを典型的に示している。戦後の経産省の成功と、その後の挫折について分析した本とすれば良かったのかも知れない。わざわざ借金して投資する産業革新機構の愚を指摘しているし、興味深いのは、英語も使えないで、OECDの課長として送り出す経産省の人事の荒っぽさが目立つ。しかも、花の都のパリで遊び暮らす光景が想像されると、何か滑稽本に見えてきた。

最終章では、増税批判を行い、最小不幸社会は最悪の政治メッセージとすることは理解できるが、まだ、足りなかった構造改革などと主張する頃には、積極的に構造改革を進めていれば、日本は今のような最悪の事態になっていなかったはずであると、述べるが、構造改革が破壊をもたらした事例を、中央の官僚として痛みをかんじなかったようである。農業にもプラスになるTPPとか、混合医療の解禁とかを主張するに至っては、噴飯者でしかない。

平成の身分制度撤廃などと大上段に振りかざす割には、官房付という不名誉なポストに居座り続ける姿は、職業人生の美学が欠落しているのかも知れない。中国人経営者が、勤労精神をなおざりにしてでも頭を使って設けることを賛美するに至っては、論理が通っていても、結果としての政治経済の安定にはつながらないことを知らないかのようだ。そんなに、中国人経営者は優れているのだろうか。中国経済の陰惨な腐敗と格差を知らないのだろうか。富裕層を対象とした高級病院があればとする、市場原理主義の典型的な主張は頂けない。マイケル・ムーアのシッコの映画でも見ていただきたいものである。

補論として、投稿を止められた東京電力の処理策という資料が添付されている。発送電分離論を中心とする意見であるが、これまた、金融の破綻処理などで見られたデジャビュの議論でしかない。どうにも、経済産業省の若いエリートは思い込みが激しく、自説が採用されないとフラストレーションを起こしてしまうようだ。内部から改革の声をあげ続けていくつもりだと書いているが、本当に政府の意見に反対するのであれば、下野すべきである。政府の命令系統の外部に位置するかのような、超越するような、官僚を看過してはならない。今は、国家の団結、結束を図るべきで有り、甘やかされた経産省のエリートの理屈倒れの嘆き節にしか見えないのは、おそらく、底流に日本の国体に会わない外国勢力の市場原理主義の考え方の影響を強く受けているからで、公務員の堕落の例が多数まとめられているだけに画竜点睛を欠くこととなり、惜しまれる。

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