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Kuroshio 53

白神山地と黒潮の息吹き

航海安全を任せるために一人の男を選び、髪は伸ばし放題で虱を湧かし、衣服は垢に汚れて肉食をせず、航海が無事成功すると多額の報酬を受けるが、船が事故に遭うと責任を問われ、海に錨の錘を付けて放り込まれる役割の「持衰(じさい)」という男を船に乗り組ませる習慣が倭人にあると魏志倭人伝に書かれている。その持衰(じさい)の姿が寛永一〇年(一六三三)の絵馬に描かれて、西津軽の深浦湊の名刹円覚寺の寺宝として残っている。多数の櫂を舷側に装備し、多数の漕ぎ手を乗せていた古い時代の北国船という船の絵馬で、船首の形状が丸くて、予備の浮力を持たせているから、大波に舳先を突っ込みにくい船型で、ドングリ船とも呼ばれていたが、平底で横流れが大きく逆風帆走の性能が低いため、弁才船という同じ四角帆の性能の良い船にとって代られたが、その時代まで持衰(じさい)が漕ぎ手と共に乗船していたことが判る貴重な絵馬である。北前船のほとんどは弁才船になった。

 船絵馬に描かれた人物の脇に、持斎(じさい)と字を宛てているが、航海の運命を一人の男の采配に托して吉凶を分けるやり方は厳格な政治手法であるが、日本の政治家も経営者も近年の責任の取り方はだらしない。航海に成功すれば然るべく報酬が支払われ、失敗すれば自害をして責任を果たす請負で、木曽三川の改修工事を行なった薩摩藩の武士が、予算超過で自害を果たして薩摩義士と顕彰されているのも、持斎(じさい)と同じ考え方の延長戦上にある。船に乗り、櫂を手にして船を漕ぐなどとはしないが、娘が家に引きこもって航海の安全を祈って、もし災難があれば犠牲になるという南東アジアの風習も、橋を架けるときの難工事で人柱を立てたことと共通する。船に女を一人も乗せない禁忌も、海神が女であるから怒りを買うという通説ではなく、安易に女が持斎となっては困るという逆説的な意味の見方の方に説得力がある。黒潮文明の中では、女たちは、瓶(かめ)に水を入れて頭に乗せて運ぶように溺れる兄弟を頭で押し上げてでも救い出す気性があるからである。スケープゴートの役割を男が担うのか女が担うのかの違いの分かれ目が、船の型式の進歩と共に変わってくるのも興味深いが、その絵が坂上田村麻呂の蝦夷征伐の頃に創建された寺に残っていることは、その昔は多くの船が日本海の交易往来の途上で深浦湊に立ち寄った証左である。

深浦湊の円覚寺はもともと修験道の寺であって、白山修験の流れを汲んでいるという。明治五年の修験道廃止令に抗し修験道再興運動に東西奔走したのが第二六代住職の海浦義観で、柳田國男は津軽への旅の途中わざわざ訪ねている。義観が著した『陸奥津軽深浦沿革誌』は国会図書館所蔵原本の電子版をインターネットで容易に閲覧することができる。陸羯南が序文において、「汽車が弘前まで開通して、能代からも二日で行けるようになった、考古家であれば、往訪して千年前の遺跡と古刹を見るのであれば、(深浦は)遠いところにはならない」という推薦文を書いている。

 温帯自然林が残された山岳地帯として白神山地が世界遺産となり、周辺が一大観光地となり、新幹線が青森に延伸され一層便利になった。幹線の奥羽本線から深浦は離れていたが、五能線の海岸の風光明媚な点が人気となった。五能線は電化されていなかったから、観光客用に新型気動車を製作して秋田と青森との間を往来している。青池等の湖沼が点在する十二湖にも行きやすくなった。黄金崎の燈台の下の温泉場は不老不死温泉と大袈裟な名前がついている。柳田國男や管江真澄が訪れた椿山(つばきやま)も深浦の近くで日本海を臨んでいる。ここが日本原産のヤブツバキの日本海側の北限である。ウェスパ椿山という観光列車の停止駅があり、至極便利とはなったが、北限という看板が立っているばかりで、黒潮文明を代表する植物が大切にされているわけではない。ウェスパとは西の温泉との横文字にして西洋にへつらうようないい加減な名前で、駅名にまでしたから、ヤブツバキの群落が白神山塊の艫作(へなし)となって黒潮文明と寒帯との境界をなしていることを大事にして良さそうなものだが、椿山は荒れ果て立ち入るのも難しく、鳥居も朽ちてしまっていたのは残念だ。一方で、船大工の建てたという古刹円覚寺の本殿や、鞘堂(さやどう)に入った総檜造りの薬師堂は厳然と保全されている。ウェスパ椿山という観光施設で売られていた椿油は五島列島の福江で生産された本物だったから、黒潮文化の流れが福江と深浦とを結んではいる。復元された北前船を出雲まで回航して津々浦々を辿って戻ってくる遊覧航海のイベントも行なわれている。

白神山地の温帯原生林が喧伝され、寂れていた五能線がまた活気づいて、北前船が栄えた頃のように往来が良くなれば、文明の境界がまた活性化することにつながる。隣町の鰺ヶ沢は港の大公共工事をしたが、過疎化して寂れている。町中の正八幡神社の宮司は、横笛を練習しながら応仁の乱の頃から社を守ってきたが、伝統と精神を粗末にしたことが原因だと解説していた。深浦西方四〇キロの海上にある久六島を今年は禁漁にして、鮑資源を保護しているのは嬉しい。  (つづく)

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