構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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Radio Wave for Communities

最近、東京のテレビ局が,電波を私物化して特定の外国の番組を偏重しているとの批判があり、大規模なデモが行われた。

市場原理主義の権化であり、発信元であった米国では、電波の私物化の反省があって、裁判所が従来の免許政策について修正を求めていることを当方ブログにおいても紹介したところである。

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/no-cross-owners.html

それに加えて、英語でコミュニティーという共同体の為の放送電波を確保して、全国で町や村にラジオ放送局をつくろうとする動きが活発化しており、この月曜日が、連邦通信委員会に対する意見提出の最終日となっている。

最近になって、市場連理主義を是正する動きが活発化して、全国に共同体の為のラジオ放送局がつくられる可能性が出て来た。議会の賛同が得られて、連邦通信委員会は電波利用計画、すなわちチャンネルプランを公表して、パブコメを求めているが、既存の企業から反対の声も高く、まだ確定したわけではなく、予断を許さない状況にある。

パブコメは開かれた制度であると言われるが、実態はそうではない。一部のインサイダーの意見が提出される制度であると言うのが実態である。そうすれば、今までの放送事業者、アメリカであれば、ラジオを使って説教をしているエバンジェリストの宗教放送ネットなどが、いつもパブコメを提出して,色々意見を述べる。ワシントンのロビーストや、通信・放送を専門とする弁護士なども意見を述べることがあるが、そうした人々が、月曜日に,おそらく長々しい意見を連邦通信委員会に提出することになる。

電波の入札は、最も高い値段の札を入れたものに渡されるべきだとの、いつもの市場原理主義の意見が典型的な意見であるが、地方のニュースを増やし、視点の多様性を確保して、或いは災害情報をきめ細かに行い、町や村の祭や音楽などを,そうした小さな放送局で放送出来るようにするためには、単に、放送電波を入札して高い札に入れた者に電波を渡すという市場原理主義の政策手法では、連邦通信委員会が、入札主義偏重をせずに別の方法を採用して、町や村といった共同体の為の電波を確保する動きが現実のものとなった。

さて、日本でもテレビ放送のデジタル化が、東北の三県を除き,完成した。それは世界的に見ても、偉業ではあるが、更地となった、元のアナログテレビ電波が,単に、競争入札で高い札を入れた者のみに配分されて渡されてはならない。地域社会や,町や村や、社会的な弱者などが情報通信技術の革命的な進歩の便益を享受するための電波として使われる公共の部分がちゃんと確保されて然るべきである。

FMラジオのコミュニティー放送が申し訳程度に免許されてきたが、そうではなく、もっと小さな放送局がネットワークを組んで、日本列島の北から南まで祭や音楽や、その他の情報を交換できるような、平成の御代の大規模な情報ネットワークが、デジタル化で更地となった電波空間を活用して創造される必要がある。

日本では、新聞社とテレビ局といったマスコミの集中と系列化が行われ、地方や公共性をないがしろにして、報道の自由が形骸化している現状にあるので、米国における電波の共同体の為の確保政策について報道している向きが皆無である。

先般、東京お台場で開催された、テレビ放送局の外国偏重を糾弾するデモなどについては新聞が報道しないという偏向が生じており、日本の言論の自由が明らかに弱体化しつつある。テレビ局などは、新しい電波を無償で確保して、それが放漫経営の原因ともなり、外国勢力がつけいる隙を与えているのではないかとの見方も出ている。

当方ブログは、連邦通信委員会が、市場原理主義政策の修正として、全国の共同体にラジオ放送局を開設するための周波数割り当て計画、チャンネルプランを明らかにしたことをとりあえず紹介しておきたい。

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