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Chinese Exceptionalism and Expansionism

同志から情報提供があったので、その一部を転載する。関岡氏の講演の動画とその要旨である。

10月11日に収録した下記の動画の講演について三島研究会から講演要旨が公開されました。これを読みながらmahorobajapanが撮影した動画を視て頂くと効果的です。大変重要な内容です。

   ↓

三島由紀夫研究会公開講座
関岡英之氏講演 「中国を"拒否できない"日本」
その1:  http://www.youtube.com/watch?v=RffidkofZW8
その2:  http://www.youtube.com/watch?v=ErUMvl4NVP8
その3:  http://www.youtube.com/watch?v=w3eh-w7PPTo
その4: http://www.youtube.com/watch?v=EzaY5Co3p6E
その5:  http://www.youtube.com/watch?v=dJapdpyTze0
その6/6 http://www.youtube.com/watch?v=M-8E_l9hHDM


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『三島由紀夫の総合研究』(三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
    平成23年(2011)10月22日(土曜日)
        通巻第567号 
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第241回 公開講座(平成23年10月11日)講演要旨
関岡 英之氏 「中国を”拒否できない”日本」

1.はじめに
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 今年の1月、PHP新書より出版された表題の著作タイトルは、本来であれば拒否できないという部分を””で挟み込むはずであったが、不注意から怠ってしまった。そのため、本のタイトルから受ける印象が、敗北主義的になってしまった。私がタイトルに込めたかった思いとは、このままいくと日本は中国を拒否できなくなってしまう、そういう日本にしてはいけない、といいたかったのであるが、拒否できないからあきらめましょう、という印象になってしまった。

 本日の講演ではパワーポイントを使って、たくさんの資料を見ていただくが、それは私の取材スタイルが公開された資料に基づき、一切のフィクションがないということをご理解いただくためでもある。耳より情報はなく、取材、インタビューもほとんどしない。一貫して書斎の中だけで完成する。資料には日付や出所を明らかにしているので、後日、新聞の縮刷版、関係機関のHPで検証可能である。後は皆さんの判断に任せる。在野の私にとって、記者クラブは情報の入り口でシャットアウトされてしまい、情報の中枢にアクセスすることができない。

3.11以降の地殻変動
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3.11、東日本大震災を契機として我が国では大きな地殻変動が起きた。それは、自然現象としての地殻変動ではなく、社会現象として発生した。まずは法務局の出入国管理統計特別統計をご覧いただきたい。 3月12日~4月4日の4週間における離日外国人は52万人。このうち、観光、出張、会議等90日以内の短期滞在者18万人を引いた34万が長期滞在外国人であった。最早我が国の大学はアジアからの留学生なくして成り立たない有様であり、当然長期滞在外国人の多くを留学生が占めると思われるが、離日外国人のうち留学生は70,170人であった。その他の内訳は、扶養家族42,629人、日本人配偶者27,570人、技能実習等25,984人、特別永住者(在日韓国・朝鮮人)12,175人、
一般永住者73,460人(在日韓国人は含まない)となっている。現在の一般永住者は、中国184,707人、韓国・朝鮮106,702人、アメリカ39,235人。今、日本の基底では地殻変動が起きている。国内にこんなにたくさんの中国人がいるのである。

在日韓国・朝鮮人は20年前がピークで、圧倒的なシェアの70万人から現在は10万人以上減少しており、この間に帰化する人が増えた。ブラジル人は国策として呼び寄せ、全国の工業地帯で働いていたが、リーマンショックによる経済的要因で帰国した人が多い。フィリピン人はほぼ女性、国際結婚によるものが多いと思われる。この両国は現在はどちらも約20万人である。これに対して、近年登録者数で中国が激増し、20万
から70万人に増えた。特に2000年からの増加が激しく、07年に韓国・朝鮮を抜き、現在では鳥取県の人口より多い。70万人という人口は、我が国の政令指定都市の指定要件を満たす規模である。相模原市、静岡市、熊本市、岡山市の人口に匹敵し、極言すれば一斉に住民票を移すことで、これらの自治体と同規模のコミュニティーを作ることが可能となるのである。

在日中国人とはなにか
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いま起きている地殻変動で、将来は一体どうなるのであろうか。かりにこの上昇カーブがこのまま進めば、10年以内に100万人を突破することは確実である。この新規流入者の群れは、戦前から横浜、神戸、長崎の中華街等で共存していた華僑とはまったく別種の人間である。政治制度、イデオロギー、歴史感、国益がまったく違う中華人民共和国からやってくるまったく未知なる存在である。ここで挙げた登録者とは自己申告をした者だけであり、不法滞在は含まれていない。そうした不法滞在者を含めれば、すでに現在でも100万人を突破している可能性も捨てきれない。無視できない現状であり、我が国の外国人問題は、韓国・北朝鮮から中国問題へとシフトした。

中国人滞在者の年齢構成を見ると、10代以下が11%、20代43%、30代24%、40代13%、50代以上9%。ほぼ80%が30代以下の若い世代で占められている。この世代とは故国で愛国教育を受けた世代でもある。中国の言い分では、愛国教育は決して反日教育ではなく、近現代の歴史教育であると主張する。ただし、自国の若者に文化大革命や天安門事件といった、都合の悪い事実は教えない。

戦前の日本は軍国主義の邪悪で残虐な国家であり、それを打ち破った中国共産党の輝かしい歴史を賞賛する。こんな教育を受けて日本が好きになる人はいない。79年、私が初訪中したときの中国社会は、日中友好、熱烈歓迎だった。街には「子々孫々まで(日中)友好でいよう」という看板が見られ、日本人と見れば握手を求められ、バスでは年配者から席を譲られ、北京の忘れ物を上海まで届けてもらったという体験までした。これは、?小平の日中友好教育のおかげであった。当時、経済発展によって文化大革命の傷跡から立ち直ろうとしていた?小平にとって、日本の資本や技術がどうしても必要であった。中国では、実際に戦争を体験した世代や、戦争に近い世代が親日で、戦争から遠い世代が反日という現象が起こっているが、こうした現象は、共産党の政
策、教育に左右されたことによるものである。大方の中国人にとって、何もしなければ日本などまったく無関心である。中国五千年の歴史という幻想によって、中国を実態以上に大きく立派に感じている日本人が多いが、その中国人のほとんどは自国の歴史に興味もなく知識もない。中国人とは、明日の金、来年の財産にしか興味のない即物的な人種である。
在日中国人は絶対数と共に、定着化も進んでいる。00年永住権15%。10年25%。やがて在位日中国人の三人に一人が永住権取得者となるであろう。これは我が国が、新たな多民族国家になることを意味している。

安易な移民容認政策の危険性
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09年、司法修習生に対する国籍条項が削除された。従来から外国人も司法試験に合格していたため、現実を追認する処置であったが、これ以降、外国人にも弁護士になる道が開かれた。裁判官、検察官は国家公務員のため、そのままではなれないが(外国籍)、日本国籍を取得すれば可能となる。この流れは司法から政界へとつながって行く危険性がある。華僑とは中国の国籍を持って外国で暮らす人のことをいう。それに対して華人は、帰化しており、選挙権、被選挙権を持つ。ただし、アイデンティティーは中国人のままであり、中華思想のDNAを持っている。中華思想は絶対に外国人を対等に見ない。そうした中華思想をDNAに持つ彼らと対等の立場でわかり合えることは1000年かけても無理である。

外国人参政権を得られれば、中国人の代表を国会議員として送り込むことが可能となる。現在の中国人永住者は16万人で、この数字は我が国の医師会の会員数と同等である。現状でも、参議院全国区であれば当選の可能性がある。この問題は、今だけで判断してはいけない。10年後、20年後の私たちの子供、孫の世代に顕在化する問題である。こうしたことを推進勢力には日本人もいる。それも、左翼・革新陣営に限らない。例えば、名古屋、東京の入国管理局長を務めた坂中英徳氏は、かつて法務省中枢にいた人物でありながら、1000万人の移民受け入れを提唱している。坂中氏は移民国家日本、2050年私はこんな夢を描いているという文章の中で、国政選挙には外国人多数が立候補し、閣僚のうち三人は外国人、中韓米の大臣がいることを夢想して
いる。また、自民党元幹事長の中川秀直氏、日経、サンケイも移民政策に賛成している。これは、自紙の大スポンサーである財界に対するリップサービスである。

中国は何をめざしているのか
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長らく日本人大卒者は就職難から抜け出せないでいるが、こうした情況の中、財界は中国に行って人を集めている。彼らは中国で日本人の礼儀作法等も含めた研修を受けたのちに、日本に送り出されて来る。こうした対中依存症が中国を拒否できない日本を作り出す。
人の問題だけではない。お金の問題。中国政府系ファンドCICの社長が来日し、我が国に対する投資を表明したことに対して、会見した当時の郵政大臣渡辺喜美は、「拒否する理由はない、大歓迎だ」と公言した。後日CICは、国際石油開発帝石ホールディングスの株式を大量に取得。実はCICは東シナ海の天然ガス田の採掘権を所持していた。

水の問題。中国は我が国の森林を買収している。これは水源を狙った行為である。地下水の権利は地主にあるため、水源のある山を買えば、その水はすべて地主のものとなる。下流域の住民のことは何一つ考えない。

都市の所有。仙台で170億円を投資して、土地面積1万5千平米、床面積56,800平米の巨大な仙台空中中華街構想が持ち上がった。本来日本は私的所有権が守られた法治国家であるが、この計画が実現すれば仙台に治外法権が出現する恐れもあった。チャイナリスク、治安と景観の悪化を危惧した新市長、梅原克彦氏が猛烈に反対してこの計画を粉砕した。これに対して河北新報と保守系であるべき地元財界が猛烈な市長バッシング展開した。梅原市長は二期目の立候補を断念し、再選の道を自ら絶った。3.11復興で安易に外資にすがると取り返しのつかないことになるであろう。

ウルムチの悲劇は他人事ではない
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09年7月、ウルムチ事件が発生した。新疆ウイグル自治区でウイグル人を威圧し襲いかかる漢人はまるで暴徒のようであり、手にはスコップやバット、ヌンチャクを持っていた。 そこからさかのぼること60年前の49年10月、人民解放軍が東トルキスタンへ侵攻した。当時漢人の人口は7%、敬虔なイスラム国家であった。00年、漢人は670万人、38%に増加した。新疆生産建設兵団はいわゆる屯田兵であるが、民間人で構成され一端有事の際は武器を持ってウイグル人を弾圧する。この屯田兵が首都、主要都市を押さえている。主要都市のある旧ソ連国境、天山山脈とアルタイ山脈の麓は水源地でもある。今まさに日本で行われていることが、かつて東トルキスタンで行われたことであった。10年7月1日、国防動員法、平時結合、軍民統合が施行された。この法律は在外中国人も対象となる。(例外は国際機関に勤務する職員)

これは長野オリンピックの聖火リレーで起きた異常事態がどこで起こっても不思議ではないことを意味する。靖國神社に対する攻撃、破壊、交通マヒの惹起、自衛隊への妨害。長野オリンピックにおける中国人の行動は、在日中国大使館のノウハウ蓄積に大変重要な出来事であった。バス、人員の確保と動員、大量の国旗とポール、食事の手配といったことは有事のロジステックを構築する上で、欠かすことのできないノウハウである。
3.11の出国は個人の判断による行動の集積ではなかった。あのときの中国人の行動は第二の長野であった。短時間で大量の輸送手段を複数(船舶、航空機)確保し、複数の拠点から(港、空港)大量の中国人を一気に帰国させたのである。

グローバリゼーションは不可逆であり現象である。これに対してグローバリズムは思想、戦略である。中米の得意分野、覇権国の国益拡大のために展開する国家戦略がグローバリズムである。アメリカの得意分野とは農業、軍事、金融であり、中国のそれは人口、外貨準備高である。我が国がそれに追随するのは亡国の道であることを認識しなくてはならない。そして、それに対抗するためには戦略の発想が必要である。

帝国陸軍による「防共回廊」政策
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ウルムチの悲劇が、日本の近未来になっては困る。戦前、日本と東トルキスタンには、林銑十郎を中心とする交友があった。林は陸将・首相を経験したが、満州事変における「越境将軍」や首相就任当時の優柔不断な言動から、「何にもせんじゅうろう」というありがたくないあだ名を付けられて、その人物評は決して高いとはいえないが、昭和の初期からイスラム教を研究し、また共産主義の脅威から我が国を守る具体的なプランを持っていた。ソ連共産党による周辺国赤化は、モンゴル、チベットにおける国体破壊から、満州、朝鮮、日本へと広がることを危惧していた。そのためにも絶対に満州は共産化させてはいけないということを理解していた。かつて内蒙古連合自治政府が1939年から1945まで、存在したことがある。昭和10年代前半、アフガンに亡命
した亡命ウイグル人指導者ムハマンド・イミン・ボグラは反共の価値を日本と共有しており、日本公使、北田正元が3年半に渡って支援した。
http://www.sankei.co.jp/seiron/wnews/0908/ronbun3-7.html

敬虔なイスラム教国家である内蒙古と東トルキスタン、満州、朝鮮、日本による防共回廊を構築することが林の壮大なプランであった。満州、朝鮮の建国、併合によりこの計画は二段階まで実現したが、大東亜戦争敗戦によってアメリカに潰された。その結果アメリカは朝鮮とベトナムとの戦争で共産党潰しに膨大な人命と戦費をつぎ込む宿命を背負い込まなくてはならなかった。真実と結果と代償を顧みれば、アメリカの選択は、まったく愚かな失策であったことがはっきりしている。日本の大陸政策は単なる侵略だったというのは、漢人の価値観の言い分である。
(以下、当方ブログは省略する)

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