構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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2011年11月

Rule of Law: Brutality and Innocence

 四次にわたり、24年の歳月をかけて、治安維持法下の警察・司法の責任を問い続けた再審裁判の記録が出版された。治安維持法の時代の特高警察と思想検察が作り上げた思想・言論弾圧事件の虚構の全容を伝える。冤罪を実質的に晴らした24年に及ぶ裁判の軌跡を振り返り、再審裁判の成果と歴史的な意味を明らかにするとした単行本である。「横浜事件・再審裁判とは何だったのか」高文研(1500円+税)である。著者のひとりに、当方ブログが尊敬してやまない畏友、(足利事件を冤罪として無罪を確定させた)佐藤博史弁護士が参加した横浜事件再審裁判の記録である。

 当方ブログの読者のなかで、警察や司法の関係者がおられれば、是非ご一読をお願いしたい。法の支配を貫徹することの方が実は愛国であり、虚像や虚構をでっち上げた権力者気取りの連中の方が、日本国家を弱体化させることに加担していったのである。昭和初期に、日本が思想と良心の牢獄に転化していったことが、実は、その後の戦争、しかも相手が罠を仕掛けた負け戦に引きずり込まれる契機となったのではないかとの思いもある。

 構造改革と称する外来の虚妄が、実は外国勢力と結託して日本国家の弱体化を促すために、蜃気楼のような虚妄を政治宣伝したのも、同様の事例ではないのか。郵政民営化などは、完全に失敗して破滅の道に向かっているにもかかわらず、政治はそれを見直す手立てを講じることもなく、ことほど左様に、日本国家が漂流を始めたかのようである。

 書評もある。参考にされたい。単行本自体は、書評が浅薄に見えるほどになる、権力犯罪と虚構の解明に挑んだ24年間の記録を留めようとする労作である。別に横浜事件の原資料を集めた「ドキュメント 横浜事件」も、前掲の出版社から刊行されている。(税別で4700円)

 労作を拝読して、現在の、司法を含めて劣化した日本国家の惨状を是正する切っ掛けなりとも見いだすことにしたい。

http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2011112700015.html

左の欄に掲げた参考図書館にもリンクを貼ってアマゾンの通信販売での購入の便宜を図ることにしたので、これまたご参考まで。

War Plan Orange or TPP?

オレンジ計画があったことは、大東亜戦争に敗北してから日本側はその存在を判ったのであるが、日露戦争が終わってすぐに、僅かに2年後には、日本との太平洋での覇権争いが起きることを想定して、米海軍は計画を策定している。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B8%E8%A8%88%E7%94%BB

当方ブログは、TPPに反対してきている。戦後の日本での政治思想家になる可能性の高い論客の佐藤優氏が、TPPに賛成していることが伝えられ、少なからず不安に思い、またその論旨の詳細を知りたいと思っていたが、日本国内の内部的にTPPに反対することは間違っていないと発言したとのことでほっとしている。荘子の例え話のように、カマキリを鳥が狙い、鳥を猫が狙い、その猫を犬が狙っているかも知れないから、勿論注意深くしなければならない。国際政治は、猛獣が荒れ狂うジャングルの世界である。だましあいがある。真珠湾攻撃をしたときに、小躍りをして喜んだ、日本を戦争に引きずり込んだことを喜んだ向きがあったことも思い出さなければならない。三国同盟を作ったドイツが、実は、蒋介石の軍隊を裏では支援して、日本の敵国でしか無かったことも思い出さなければならない。一筋縄の世界ではないし、単純な反対でもいけないことは、当方ブログとしては、重々承知している。食料安全保障論など、強調すればするほど、外国勢力が不安に思うことである。飢えれば、人間も国家も略奪に走ること必定である。

 米中間で、裏の取り引きがなされているのではないかとも危惧している。ビルダーバーグには、参加資格があれだけ白人にこだわっていたのに、中国人が参加を認められている。日米欧委員会とよばれていた三極委員会などは、日本人が入れないから、代償として創られた組織だった。米国は、大東亜戦争においては、中華民国を使って日本とを戦争を仕掛けたのである。江沢民の中国の太平洋への進出を助けるために、大阪でのアジア太平洋サミットの場所を最大活用したことなども最近の歴史である。郵政民営化で外国に持ち出した資金を実際投機で使おうとしたのは、バブルの中国市場の支援の為の資金にするはずではなかったのか。TPPは、環太平洋でもない。トランスである。海がなくなり、陸になる発想である。環太平洋は誤訳である。

又、オレンジ計画を考えているのだろうか。そうであれば、それは間違いである。米国は日本を同盟国とすることで、いつも、利益を受けてきたのではないのか。経済的なことばかりではない、文化的にも道義的にもである。米国の繁栄は、少なくとも太平洋では、日米が友好的に協力したときに栄えたのだ。これを潰そうとするTPPを導入して、米国が帝国主義化することになれば、日本の世論が急速に反米の動きを強めることは間違いない。米国は中国との連携を裏表で強めることになるが、それが成功したのか。

心ある米国の国民にも訴えたい。TPPのような覇権主義の対アジア政策は止めるべきだと。ラテンアメリカとの友好関係を回復しないで、アジアに走ることは、単なる便宜主義ではないかと。

 大地震があって、日本は戦後政治の分水嶺を越えて、自立・自尊の日本を求めている。自国の安全保障を他国任せにしてきたことも、その横柄を助長した。欠陥の原子炉が暴発したのも、拝金の会社主義におもねてきたからである。東京電力などは、経営者の統治能力すら失われていたのが現実であった。外国に骨抜きにされていたようだ。日本は戦争をしてはならない。ビンのふた論とヤラで、米国の一部勢力は日本の武装を阻止してきたが、自立自尊の日本にふさわしい適度の軍事的抑止力をちゃんと持って、もう一度、アジアの平和と安定の為に、国力を、使わなければならない。カネ儲けだけの商人国家であり続けることなどもうゴメンだ。ましてや、属国になることなどしてはいけない。

日本の政治の世界の再編が必要である。劣化した政治を再生・活性化させることが必要であるが、大阪の動きなどは要注意である。アパシーは独裁を生み出す。だからこそ、市場原理主義や新自由主義などカルトまがいの外国来の根無し草の思想によるものではなく、復古維新をめざす日本の政治の保守勢力が主導する再編が今こそ必要である。良い機会だと思う。

Wikileaks on DPJ

http://yamame30.blog103.fc2.com/blog-entry-206.html

ウィキリークスによる米国公電の日本語訳が掲載されている。いろんなことが読み取れる。ご参考まで。

Key Resources

http://blog.knak.jp/2011/11/warren-buffett.html

宮崎正弘氏が、バフェットについて色々と書いている。ご参考まで。

http://blog.kajika.net/?eid=999697

http://blog.kajika.net/?eid=999670

http://blog.kajika.net/?eid=999312

http://kajikablog.jugem.jp/?cid=43320

2011年11月26日

「オマハの賢人」と称される米国の投資家Warren Buffetが11月21日、福島県いわき市の超硬工具大手のタンガロイのインサート(刃先交換チップ)の新工場の竣工に出席した。
3月に予定されたが、震災と原発事故で延期となっていた。

タンガロイは1929年に芝浦製作所と東京電気が日本初の超硬合金を開発し、「タンガロイ」と称して市販したのが始まりで、1934年に共同出資で「特殊合金工具」を設立した。
その後、「東芝タンガロイ」と称していたが、2004年にMBOにより独立し「タンガロイ」に改称した。

タンガロイは現在は、イスラエルに本社を置く超硬切削工具メーカーのイスカル(ISCAR)を中核とする切削工具メーカーグループIMCグループ(International Metalworking Companies B.V.)に帰属する。

グループにはISCAR、タンガロイのほか、米・独のIngersoll Cutting Tools Ltd.、韓国のテグテック(Taegutec Ltd.)など10社以上によって構成されており、超硬切削工具業界では世界第2位の売上高を誇る。

IMCは事業拡大のためにM&Aを必要としたが、資金がないため、Buffettの投資を求めた。
BuffettはIMCの会長の「小さな家族主義」経営に惚れ込み、2006年5月に50億ドルでIMCの80%を取得した。

その後もBuffettはIMCの経営は経営陣に任せた。

IMCはリーマン・ショック直後の2008年11月、主力顧客の自動車業界が設備投資を一斉に凍結したため大赤字に転落したタンガロイを買収した。
そのような状況下で2009年春、IMCはタンガロイ社長が温めていた100億円強の新工場の建設計画の実行を指示した。

今回の竣工式は、「タンガロイ復活の象徴」のイベントである。

ーーー

来日に際してのWarren Buffetの記者会見での発言は以下の通り。

・日本は何があっても前進をやめない国だと改めて確信した。

・持続的に成長できて、競争力があり、欠かせない事業を持つ企業に投資する。

BuffettのBerkshire Hathawayの主な投資先は以下の通り。  

Coca Cola   132 億ドル
Wells Fargo 111
IBM 107
American Express 65
Procter & Gamble 47
Kraft Foods 31
Johnson & Johnson 28

Buffettは11月14日、IBMの株式約5.5%を取得したと発表した。
これまで「ハイテク株はわからない」として、IT株への投資を控えていた。
IBMの成長性や事業戦略に注目しているとした。

・オリンパス問題は大きな驚きだったが、こういうことは米国(エンロン事件など)でも欧州でもどこでも起こる。

・欧州政府への信認が低下している。

「各国が個別通貨を持っていないことが解決の妨げ」
「リーマン・ショックより危機が深刻」

・米国でもかなりの割合の人びとが、所得・資産の格差拡大に不満を持っている。

Buffettは本年8月、米紙の意見欄への寄稿で、富裕層の課税率は中間所得層よりも低く米国の税制は不公平となっているとの見解を表明した。

昨年の課税所得はほぼ4000万ドルだったと公表、納税が690万ドル、所得税率は17.4%で、「秘書の税率よりも低い」とした。
株式の配当やキャピタルゲインは15%の上限税率が適用される)

これを受け、オバマ大統領は、高所得層向け増税提案を「バフェット・ルール」と呼んだ。」

Patriot's Economics

三島由紀夫・森田必勝烈士追悼(11月24日)
平成23年度「野分祭」 追悼記念講演 東谷暁(さとし)氏による「憂国の経済論」

その1 http://www.youtube.com/watch?v=vMoBzH0vyOA

その2 http://www.youtube.com/watch?v=WHL2pMzbVBM

その3 http://www.youtube.com/watch?v=tB19w4PWrus

その4 http://www.youtube.com/watch?v=5Ic50-D4cPk

その5 http://www.youtube.com/watch?v=DoOZ-zXGfOI

その6 http://www.youtube.com/watch?v=hGtk_Yy1zsY

Japan in Crisis

 山崎行太郎氏のブログは、いつも興味深いが、特に「小沢裁判は現代のドレフェス裁判だ」と題した、月刊日本11月号に発表した記事には、瞠目させる明快さがあった。平野貞夫氏が、わざわざ、論点をまとめたという。平野氏の文章が転載された、山崎氏のブログのリンクは下記の通りである。

 日本の危機が奈辺にあるのかを観察して、その定点の動向を記録して傾向を観測しなければならない事態に立ち至っている。ファシズムは別の方向から来ると思っていたが、予想しないところからうねりとなっているようである。「彼らはもはやデモクラシーという方法でなく、メディアによる社会心理的暴力装置と検察・裁判所という物理的暴力装置を使って、「新しいファシズム国家」をつくろうとしているのだ」と平野氏は、言う。日本国家の危機である。

 TPPなどの属国化の危機に対処するだけではなく、克服しなければならない。ひるんではならない。屈してはならない。雄々しく国難に立ち向かおう。自立・自尊の日本をつくる好機としよう。

http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20111120

「山崎行太郎氏の指摘を要約すると、

1)小沢裁判では、ほとんどすべての言論が、検察審査会による強制起訴という制度そのものへの問題提起もされていない。通常の権力闘争、世論のヒステリーを越えた何事かがある。小沢一郎を葬り去らねばならないという、ある種の決意がある。

2)それはポスト・コロニアリズムの空気だ(江藤淳「閉ざされた言語空間・占領軍の検閲と戦後日本=文春文庫)。戦後の言論が一見自由を装って、実は占領軍による検閲というトラウマの中で、自ら自由な言論を束縛してきた。奴隷根性であり、これを一旦身につけると抜けない。小沢一郎はこれを改革し、日本の自主・自立を目指そうとした。

3)小沢がやり玉に挙げられ始めたのは政権交代直前からで、西松・水谷・陸山会事件と過剰な疑惑報道がされた。小沢が対米自立に舵を切ろうとした時期に重なる。小沢を手段を問わず血祭りにしようとメディアが暴走し、その尻馬に乗った検察・裁判所の暴走なのだ。

4)小沢という政治家は、明確に日本の自主・自立を目指した人物だ。中国への接近が問題とされるが、それは政治の場で論議すべきこと。政治手法とは異なる所(司法権力)で、力づくで小沢を排除することを放置すれば、日本の自立はほとんど永遠の彼方に遠ざかろう。

5)小沢裁判の本質は、我々は無意識のうちにポスト・コロニアリズム的奴隷根性の命ずるままに小沢叩きに興じているだけなのではないか。日本の自立とは何か、我々の思考の枠組みそのものを問い直すことが、最重要だ。

6)思い出すのは、19世紀フランスで起きたドレフェス事件だ。普仏戦争で敗けたフランスでスパイ疑惑が発生し、反ユダヤ主義が吹き荒れるなかで、ユダヤ人のドレフェス陸軍大佐が犯人とされ、有罪となった。作家エミール・ゾラは「私は弾劾する」という論文を発表し、裁判の不当性を糾弾した。これで起きた社会運動によって、冤罪の実態が明らかになりフランス陸軍の権威は失墜し、フランスはさらなる弱体化を招いた。

 小沢問題を、日本人のポストコロニアリズム的奴隷根性という、社会心理的観点から指摘した山崎氏の意見は見事といえる。TPP問題もこの観点から考えると共通した本質に行きつくことができる。この日本人の、米国に対する「ポスト・コロニアリズム的奴隷根性」は、その後発展した「排他的投棄資本主義」によって、さらなる癒着と合体を重ねて21世紀の世界を混乱させている。

 「小沢問題」は、米国が直接手を出さなくとも、日本人でありながら米国に隷属化した人たちの手によって仕掛けられたものに他ならない。メディアにも、官僚にも、そして検事・裁判官にも、日本国籍を持ちながら、心理的・文化的に米国連邦政府職員の意識を持つ人たちが大勢いるのだ。彼らは小沢一郎の主張する「自立と共生―国民の生活が第一」の「共生国家の建設」を許すことができないのである。

 彼らにとっては「狂気化し暴走する排他的米国資本主義」を守るため、小沢一郎という政治家を葬るとともに、TPPという米国資本主義のための「新しい収奪装置」に日本を参加させることに必死なのである。

 彼らはもはやデモクラシーという方法でなく、メディアによる社会心理的暴力装置と検察・裁判所という物理的暴力装置を使って、「新しいファシズム国家」をつくろうとしているのだ。

 本来であれば、それを阻止すべき議会民主政治が、阻止どころか与野党でで協力している国会議員が多数存在しているのだ。これを国家の危機といわなくて、何を危機というのか。」

Survival of Japan

石原都知事と菅沼元公安調査庁第二部長の対談。
【TPP等】 なぜ日本はアメリカのいいなりなのか 【菅沼光弘】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16217023
 (これはニコニコ動画です。 登録することが必要です。)(菅沼氏の色々な知見が判りますので、登録してでもご覧になることを奨めます)

Postal Road Ahead

郵政民営化がバラ色の未来をもたらすとの政治宣伝が行われたが、完全に失敗したばかりか、破滅への道を歩んでいる。

平成の払い下げ事件で公財産の私物化であり、世界最大の金融資産である郵便貯金と簡易保険を外国の投機経済に投入する虚飾であった。愚者の黄金の時代が破綻して、政権交代の狭間で郵政株式の売却が凍結され、外国持ち出しが禁じられたのは、僥倖である。持ち出されていれば、空前の国家的損失となったに違いない。

民営化直前に信託銀行へ運用委託された資産の目減りは公表されていない。かんぽの宿の売却が大騒ぎになったが、氷山の一角で、郵政民営化の全体の闇の追求は、郵便不正事件もあって、検察は沙汰やみにした。総務省の調査委員会も尻すぼみに終わり、民営化見直しが、民主党と国民新党の間で合意されても、再三に亘って反故にされ、野党も党内に新自由主義残党がいて、国会で審議しない異常事態が発生した。

日本郵政の経営は急激に悪化して、日本通運との合弁が失敗して郵便部門は巨額の赤字を計上している。民間の不採算を郵便につけ回しをした疑惑が指摘されている。しかも民営化準備を推進した官僚が経営に就く奇矯があり、新自由主義の簒奪の虚妄が現実となる中で、烏天狗のような残党が郵政民営各社の幹部の地位にしがみつく無責任の醜態も継続している。

最近、大地震の復興資金をつくる為に株式を売却すると甘言が振りまかれているが、騙されてはならない。経営を悪化させ株価を下げて、手下を経営陣に送り込み会社を乗っ取る手口は、市場至上主義者の常套の手口である。郵政民営化の見直しが骨抜きになるのであれば、郵政改革法案の成立はなくても良い。株式売却の凍結を維持して、構造改悪の買弁勢力の手先を経営陣から追放することが優先すべきである。

マスコミは、構造改革の破壊工作のお先棒を担いだせいか、郵政民営化の惨状を報道しようとしないが、ノンフィクションにぎりぎり近い経済小説の形をとって、高杉良氏が、「虚像〜政権中枢で規制緩和の旗を振った政商」という上下巻を新潮社から出版して、郵政民営化の実態を明るみに引き出した。

 金融担当大臣の竹井平之助、ワールドファイナンス社長の加藤愛一郎、日本郵政社長の北山良二などと名前を変えてあるが、経済界の実名を想像させるように書いている。

 日本郵政社長は、五井住之江銀行から就任して、「般若顔」で「竹井に骨を拾われる形で日本郵政の初代社長に内定していた。北山の権力に対する執着心も尋常ならざるものがあった」、「竹井プラン発表時には、五井住之江銀行頭取として竹井と真っ向から対立した北山だが、そこはしたたかで分が悪いと判断するや米国投資銀行のウォールマックスを仲介訳にして竹井に近づき、今では昵懇の間柄だ」などと描写する。「懐刀として五銀行から連れて来た専務執行役の早河洋は「目付きの鋭いヤクザっぽい風貌、北山の威光を笠に着て、日本郵政のナンバー2として肩で風を切って闊歩していた」、「秘書室長の前山弘、経営戦略室長の千田定彦、営業企画部次長の深田正夫を加えた四人は、「経営の中枢を占め、チーム北川と呼ばれている」」と書く。「小声になると舌足らず気味のべちゃべちゃした口調が癇に障る」のが竹井平之助で、竹井は郵政民営化を進めた大泉純太郎内閣の金融担当大臣で、加藤と竹井、北山と「三人寄り文殊の知恵」を出した仲で、「簡保の宿の譲渡スキームを練り上げてきた」と書いている。

 加藤は、大泉内閣の政権中枢に食い込み、規制改革推進委員会で規制緩和の旗振り役をした「ノンバンクの帝王」で「儲け仕事しか興味を持たない」、通産省の課長だった森川勝造が立ち上げた「森川ファンド」やそこに出資した日銀総裁の畑中剛、人材派遣会社のエール社長の谷玲子、「主婦層に根強い人気のある」横浜市長でみなとみらいの開発で協力した今西浩二、プロ野球参入表明や放送局買収で時代の寵児となったマルエモンこと丸尾健太ビデオクラブ社長、について書く。

 金郵庁顧問の村木烈とまとめた竹井金融再生プランは、「経済を再生するどころか、不良債権を無理矢理捻り出す仕掛け」であった、「銀行の不良債権処理による功績にすり替えた、稀代の詐欺師」と糾弾する文章には圧倒される。

「竹井は、つい四か月前の郵政選挙に、立候補したマルエモンの応援演説を買って出るなど、支援姿勢を鮮明にした。もっとも同じ選挙区が郵政民営化に真っ向から反旗を翻した亀山静六の地盤で有り、竹井の丸尾支援は当てつけと言うことなのだが、(中略)決して言い訳ができる立場ではない」、「市場原理主義者の竹井が次のターゲットに定めるのは、合わせて三〇〇兆円を超える郵貯・簡保マネー」で、「この三〇〇兆円を欧米に差し出すとさえ憶測されても仕方がない郵政民営化法」等と、高杉良氏は、郵政民営化のグロテスクな実態を記述する。

 第一章は、深夜のノックと題して、「朝のテレビニュースのキャスターとして鳴らした長崎茜」という「今は神奈川県の私大で教授をしている」女性を、奄美大島の田中一村記念館で孤高の画家の作品の説明役として登場させる。「シャワーの調子が悪くて。スィートルームのシャワーを使わせてください」と色仕掛けの世界をオチにする。

 TPP同様、郵政民営化は日本を属国化させる汚濁にまみれた虚像でしかない。 大地震があり、老朽・外国製の欠陥原発の暴走があって、戦後政治は、ようやく分水嶺を越えた。日本郵政を、郵便局を、郵政三事業を、自立・自尊の清廉潔白な正道に戻せ。日本再興と安定の財源とも原動力ともなる。

TPP Tsunami Assault

TPPを止めさせよう。政治を変えよう。日本を守ろう。

His Majesty King of Bhutan

リンゴの花咲く町 高石かつ枝

>山崎行太郎氏のブログを読んでいたら、りんごの花咲く町の話で盛り上がっていた。青春の歌である。ロマン主義批判をする人にとっては不可欠の?歌らしい。北国の津軽や,信州の里に林檎の花はさいており、当方ブログが書いている黒潮文明との接点がどこにあるのかを考えてみたい。

http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20110729/1311906523

それにしても、ユーチューブは、ちゃんとその昔の映像と歌声をファイルしてある。日本人の力強さで,真のロマンが再生できる。

追記。NHKの番組のうつしだったらしく、前に出したリンクは消されてしまった。新しいリンクを貼った。映画の中で歌われている唄です。

No TPP Destructions

No Colonized Japan, No TPP

TPPで日本は米国の属国になる

ーーTPPを主張するアメリカの狙いは何か。

 TPPの目的は、日本を属国化することにほかならない。市場原理主義を徹底させるために、日本のあらゆる制度を破壊することが彼らの狙いだ。これは日米構造協議、日本に対する年次改革要望書以来のアメリカの一貫した戦略だ。

 TPPが日本を狙い撃ちにしていることは、はっきりしてきている。在ニュージーランド米大使館が二〇一〇年二月にアメリカ本国に送った公電によると、ニュージーランド外務貿易省主催の会合で、同国のマーク・シンクレアTPP首席交渉官は、フランキー・リード米国務副次官補(東アジア・太平洋担当)に次のように語ったという。

 「TPPが将来のアジア太平洋の通商統合に向けた基盤である。もし、当初のTPP交渉八カ国でゴールド・スタンダード(絶対標準)に合意できれば、日本、韓国その他の国を押しつぶすことができる。それが長期的な目標だ」

 日米構造協議での要求をさらに強硬に実現しようというTPPを、わが国は断固粉砕すべきだ。郵政も、電気通信も、医療も、保険も、みなアメリカの都合のいいように、「改革」の名のもと改悪されてしまうだろう。

── TPPに参加すれば、非関税障壁の名のもとに、日本のあらゆる制度が破壊される。

 わが国は、社会的な共通資本によって支えられている。「社会的な共通資本」とは、宇沢弘文教授の定義を借りれば、国民全てが豊かな経済生活を営み、優れた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置のことである。それは、大気、森林、河川、水、土壌などの「自然環境」、道路、交通機関、上下水道、電力、ガスなどの「社会的インフラストラクチャー」、教育、医療、司法、金融制度などの「制度資本」に分けられる。

 ところが、市場原理主義者たちは、あらゆる公共分野を私有化して、全てのものを市場を通じて取り引きできる制度を作ろうとしているのだ。実際、教育や医療、交通機関など、いわゆる公共サービスが民営化の美名の下に否定されて、私物化された市場の形成が追求されてきた。日本の郵政民営化は惨状を呈している。

 いまや、市場原理主義は世界的に退潮しつつある。だからこそ、それを維持したい旧勢力は、形振り構わず、強圧的に市場原理主義の導入を推進しようとしているのではないか。

 市場原理主義による日本侵略は、小泉純一郎政権時代に本格化した。今回のTPPにおいても、国民皆保険制度崩壊が議論されているが、すでに小泉時代に医療分野の制度「改悪」が行われた。小泉時代の二〇〇四年十二月、オリックスの宮内義彦氏が議長を務める「規制改革・民間開放推進会議」が、いわゆる混合診療の解禁などを求める答申を出した。(「混合診療」とは、公的保険でカバーする医療の範囲を限定し、保険外診療(自由診療)は自己責任に基づいて市場に委ねようという考え方で、公的保険の診療と自由診療とを組み合わせるため、「混合」と呼ばれている。)このときには、厚生労働省と日本医師会の抵抗によって、その全面解禁は阻止されたものの、「評価療養」(「先進医療」)の混合診療は部分的に、「選定療養」(アメニティーサービス)の混合診療はほぼ全面的に解禁されている。

「惨事便乗型」の市場原理主義導入

── 市場原理主義改革を断行するために、アメリカの一部勢力は手段を選ばない。

 その象徴が、カナダ人ジャーナリスト、ナオミ・クラインが指摘する「ショック・ドクトリン」にほかならない。政変や戦争、自然災害などの危機的状態につけこんで市場原理主義を浸透させるやり口だ。人々に大きなショックを与え、ショック状態や茫然自失状態から回復し、社会・生活を復興させる前に、市場原理主義を一気に導入しようとする「惨事便乗型資本主義」だ。古くは、一九七三年の軍事クーデターで独裁体制を打ち立てたチリのピノチェト政権時代に、「惨事便乗型資本主義」が台頭した。その後、ポーランド、ソ連崩壊後のロシア、南アフリカにおいて、さらにイラク戦争や、アジアの津波災害に乗じてショック・ドクトリンは実行に移されてきた。

 もちろん、中南米で行われたような政治弾圧、逮捕、投獄が頻繁に行われたような事態は、日本では見られないが、不起訴となった有力政治家を検察審査会で再度裁判に起訴する等、司法当局を巻き込んで政治冤罪が発動されているという見方もできる。マスコミの論調も、多元的な議論が失われている。

 こうした中で、昨年九月の尖閣諸島での中国漁船体当たり事件を契機に、菅直人前政権は、突如TPP推進に走ることになった。しかも、異常な勢いで推進されている。TPPは、日本の政治・経済を破壊しようとした小泉・竹中政治の構造改革の再来なのだ。

 中国からの圧力に対抗するためにはアメリカとの協力関係が必要だという論理で、経済植民地になる可能性のあるTPPを受け入れてしまうことは、国益を毀損する可能性が大きい。中国は日本よりも市場原理主義の拝金帝国となった。欧米各国で影響力を持つ王室関係者や政財界・官僚の代表者による非公開会議「ビルダーバグ会議」は、中国人を参加させるようになったという。米中は裏で連携しているのだ。

 残念ながら、民主党内には、政権与党としての矜恃と使命感が欠落しており、郵政民営化に反対して構造改革の内在的な欠陥を追求して離反した当時の自民党議員と比べても、危機感が大きく欠落している。

── 再選を目指すオバマ大統領にとって、アメリカの輸出倍増を至上課題となっている。

 TPPは二〇〇六年に発足したが、当初は小国間の例外有りのFTAだった。ところが、アメリカが参加してからは、例外なしの「帝国のFTA」に豹変したのだ。アメリカは小国の軒先を借りて母屋を乗っ取る手法であり、帝国の世界戦略追求の場に変化させたのである。そして、オバマは、二〇〇九年十一月十四日にサントリーホールで行った演説でTPPを提唱した。

TPPの本質は「主従協定」だ!

 TPPの交渉参加国九ヵ国に、仮に日本を加えて、経済規模(GDP)のシェアを比較してみると、アメリカが約七割、日本が約二割、オーストラリアが約五%、残り七ヵ国で約五%となる。日米で全体の九割を占めているのだ。「環太平洋」とは誤訳であり、TPPとは実質的に「日米協定」なのだ。

 オバマ大統領は、昨年一月の一般教書演説で、「今後五年間で輸出を倍増させる」構想を打ち出している。輸出倍増を急ぐオバマ政権にとって、そのターゲットは日本しかない。日本抜きのTPPはアメリカにとって意味を持たない。
 TPPは従来のWTO交渉とは大きく異なる。WTO交渉は関税引き下げを交渉分野にしているが、同時に農業の国内保護引き下げをも交渉の対象としている。アメリカは、WTOでは、自国の農業補助の引き下げに激しく抵抗するから、いつも交渉が行き詰まるが、FTAの交渉では、農業の補助の削減は交渉の対象にならないから、もっぱら押せ押せの交渉になる。TPPは、アメリカにとっては、力を誇示して交渉に当たれる都合の良い交渉方式なのだ。軍事を含めて全てを主従関係にする協定である。

従属的関係は友好関係では無い!

── TPPによってわが国の制度改革が進めば、それは日本の社会や文化の破壊につながる。

 市場原理主義の推進者たちは、各国に伝統文化が維持されていることを障害とみなしている。コスモポリタン的な風土に改変して、市場原理主義を定着させたいのだ。そのために、日本に対しては英語使用の拡大を含めた文化的な要求を強めてくるだろう。

 今年は、小村壽太郎が、アメリカとの間で、関税自主権の回復を果たした年(一九一一年)から、百年目にあたる。この記念すべき年に、先人が勝ち取った主権を自ら放棄するような協定に参加することは、大きな禍根を残すに違いない。
── 日米関係を強化するためにTPPに参加すべきという議論もある。

 我々は、太平洋戦争に至った日米関係の歴史に学ぶべきなのだ。映画『父親たちの星条旗』の原作者として知られるジェームズ・ブラッドリーが二〇〇九年に著した『インペリアル・クルーズ(The Imperial Cruise)』は、日米戦争の原因を歴史的に分析している。フロンティアが消滅した一八九〇年頃になると、米国はモンロー主義を捨てて太平洋に進出して行くことになる。ハワイ併合がその象徴だ。

 そして、セオドア・ルーズベルトは、東洋の平和は日米英で維持するという構想を描いた。だが、その際日本は「アングロサクソンに忠実な追従者」としての役割を期待されていた。やがて、タフトの時代になると、日本はアメリカにとって潜在的脅威となっていき、やがて対立が深まっていった。

 自らの強圧的な政策によって中南米諸国を離反させてしまったアメリカは、いまアジア太平洋地域での影響力拡大を急いでおり、日本と中国とをことさら対立させる気配すらある。今年になって、アメリカは太平洋の島嶼国への殉死を開始している。

 同時に、当方が警戒しているのは、日本の台頭を阻止するために、太平洋戦争の戦勝国間で戦勝国体制を維持しようという傾向が感じられることだ。朝鮮半島における、韓国軍艦の沈没事件や、尖閣諸島での中国漁船体当たり事件、その直後に行われたロシア大統領の北方四島訪問などは、アメリカによる戦後体制の現状維持を追認するものとして、太平洋戦争の終結時点に歴史が逆転した印象すら与えるものとなった。事実、ロシアは、ヤルタ体制に戻ったことを広言して、その国際法の基盤を主張している。

 こうした中で、日本が対米追従外交を続けることは、長期的にみて日米関係に悪影響を及ぼす。従属的関係は決して友好関係の強化にはつながらないからだ。

原発の暴走によって、戦後政治の枠組みの分水嶺を日本は越えた。こうした中で、日本が安易にTPPに参加することは、結果的に日米関係を悪化させると予想される。国民の多数がTPPによって日本の社会、文化が破壊されることに気づけば、強烈な反米感情が湧きおこってくるだろう。そうした反動が日米友好を決定的に悪化させる可能性がある。

── わが国は、TPPを拒否することはできても、自由貿易、経済連携の趨勢には抗い難い。

 もちろん、日本は世界との貿易拡大を進める必要があるし、そうしてきた。日本は、慎重に相手国を選び、例外措置と開発援助等を組み合わせて、経済連携協定(EPA)を推進してきたが、例えば、タイとの間では、日本が農業技術や食品安全、貧困解消に関する支援策を講ずる代わりに、タイも米の自由化を要求しないという形で折り合った。フィリピンとの間では、小規模農家が生産するモンキーバナナや小さなパイナップルについて優先的な関税撤廃や無税枠設定を行うといった具合に、相手国の零細な農民に配慮し、貧困解消と所得向上に貢献しようとしている。お互いの農業や産業をつぶし合わないという、いかにもアジア的な知恵が発揮されている。ところが、TPPには相互尊重への配慮が欠落しており、超大国の制度、特にアメリカ型の農業を有利に展開しようとする意図が露骨に示されている。TPPは、そもそも貿易に関する枠組みではなく、支配と被支配の露骨な構図がある。

No TPP

ご参考まで。月刊日本12月号は、TPP断固粉砕!!と特集記事を編成している。他に、森田実氏が、TPP反対は日本独立運動だ、として、日米安全保障条約の成立の闇について言及している。

http://gekkan-nippon.com/?p=1655#more-1655

http://gekkan-nippon.com/?p=1651

TPP is against Human Rights

こうしたブランドの靴を買わないことが一番ですが、劣悪な労働条件などの事態を温存するようなTPPは、単なる貿易協定ではないことは、明らかです。支配と従属の固定化の協定です。

世界的に、頭脳で有り心臓で有り、人権を擁護してきた欧米が、実は、文明的にも道徳的にも衰退しつつある。新自由主義の性経済カルトがはびこって、こうした劣化した人権の状況を、作りだしているのが現実だ。

日本が、それに追従してはならない。日本の政治指導層の劣化が激しく、政府は無能で、政治家は小物になり、マスコミはまともに報道しなくなり、国会は議論をせず、経営者は、自分の会社のことばかりを考えて、学者は御用学者となり、官僚は国を担う自覚を失い保身にはしっているにしても、あきらめてはならない。頭から腐る魚のようになっていても、草莽崛起もある。日本は、むしろ、このビデオの抑圧されたインドネシア人の側に立って闘うべきであろう。TPPにも参加してはならない。アジア諸国で抑圧されている友人のためにも。

TPP is a Case for Change of Mind and/or Lying?

あるいは大統領にはなったが、その対抗馬だった、TPPとNAFTAを支持していたヒラリークリントン女史が実質的な大統領になっているのだろうか。これでは、アメリカ国民が、オバマ大統領に激しく失望してしまったことがよくわかる。

日本でも、民主党に期待を寄せて、政権交代があったが、公約を果たさないどころか、小泉・竹中政治よりも市場原理主義の政策が乱発されて、いよいよ政治経済が劣化しているが、どうも、アメリカでも同じことが起きているようだ。

Political Apathy

岡山市内で見かけたポスターである。打ち捨てられた光景である。後楽園に行く通りの丑寅の鬼門の角に掲げられたポスターであった。その写真の政治家が、在日外国人の団体の会合に出席して、外国人参政権を促進する発言を下との記事がその日の新聞の片隅にあった。もう日本は戦後政治の分水嶺を越えてしまったから、簡単に騙されることはない。福は内、鬼は外である。

駅弁

駅弁

Kuroshio Culture and Tradition

月二回のペースで、黒潮の流れが洗う島や海岸を思い出しながら、短文を書いている。60回になった。還暦と言うが、これで一巡した気分である。去年病気をして、一回か二回書けなかったことがあるが、書き始めてから三年が経った。ネタ切れになるかと思ったこともあったが、締め切り近くになると何とか字数を埋めることができたのもあるし、勢いよく、月夜の白砂の浜辺で三味線を弾きながら躍り出もするように、黒潮のことを書けることも少しはあった。この2回分は、言葉の話で、幼稚園の同級生?から、徳之島の方言(しまぐち)を調査した本のコピーを頂戴して参考にした。引用文献をまず明示するのが礼儀であるが、今回掲げた。集落毎の言葉の違いを見ると、「シマと呼ばれる自立した世界を作ってきたこと」が実感であることは、特段強調しておきたい。

 リストにしてまとめておかなければ、ネット上のどこにあるかが判らなくなってしまって、探すことすら難しくなってしまう。毎回毎のアドレスを列挙して、当方ブログの関心の向きには、第一回から読めるようにした。黒潮文明論などと壮語しているが、黒潮とその大自然と、その中で生きる人間が作り出す文化に味があることを何とか、その一端を表現しようとしているだけである。

読者の皆様、還暦の60回を期して、読後感なり、コメントをしていただければありがたい。

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51 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/kuroshio-51.html

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53 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/kuroshio-53.html

54 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/kuroshio-54.html

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58 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/kuroshio-58.html

59 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/kuroshio-59.html

60 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/kuroshio-60.html

○の中に、数字を書くやり方がまだ判らないので、51番目からは、○なしになっている。読者でご存じの方がおられれば,ご教示方お願いしたい

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Kuroshio 60

徳之島方言の研究

 昭和五〇年と翌年の夏に、東京大学文学部言語学研究室を中心にした二十人前後の学生が柴田武教授と共に参加して、徳之島方言の研究が言語地理学の方法で行なわれ、その成果は翌年『奄美徳之島の言葉──分布から歴史へ』と題し秋山書店から出版された。本稿の引用は同書に拠る。柴田教授は、三省堂から出版されてベストセラーとなった『誤訳』という新書を、W・A・グロータース(ペンネームは愚老足)というカトリック神父の言語学者と共著した言語学者と記憶する。

 余談であるが、グロータース神父は後に日本に帰化したが、ベルギー人で、
パスポートには、「このパスポートを持つ者がベルギー国外で行なう行為につ
いて一切責任を負わない」と書いてあったと述べ、比較文化論を展開してい
た。

 日本国旅券には、「日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えるよう、関係の諸官に要請する。日本国外務大臣」と書いている。中東の空港当たりで諸国の官憲が手助けをしてくれることなど皆無で、アジアの国でも、日本人と判れば袖の下を要求される目印にされたことも珍しくなかった。日本では、青色の外交官用の旅券が別にあるが、イギリスの旅券はその区別がない。職業が外交官だとあるから、外交特権があるのであって、日本の場合には、緑色の公用旅券という種類もあって煩瑣にしているが、そうした旅券を区別する国際慣行はないから、大事にされる理由がなく、外国官憲からは却って疎ましい旅券と判断される恐れがある。現実にはジャングルで猛獣が解き放たれているような殺伐とした国際関係が支配している世界を、自在に跨いで旅行するには、この旅券の所持人をいじめるとただでおかないとでも書く方が効果的かも知れない。島国の外務大臣はナイーブで、諸国民の善意を信頼して期待しがちだ。

 徳之島では、集落毎に言葉が違うのかと思うほどに、各集落が独自性を保っ
ている。南部の伊仙町が一つのまとまった言語圏となっているのは例外であ
る。どの集落の言葉が一番良いかとの問に対しては、母間の言葉が良いと言う答えが島全体に分布しているが、言葉が集落毎で差異が少ない伊仙では、自分たちの言葉が標準語に直しやすいとの理由で一番良いとしている。母間の言葉がいいのは、やさしい、丁寧だからとの理由であるが、実際に南島の言葉は優しさがあり、初めて鹿児島弁を聞いたときには、島言葉の声調と比べて、喧嘩をしているように聞こえた程である。

 土間の囲炉裏の地炉(じる)にかけられていた鍋や釜についた黒い煤を松原の方言ではフグルと言っていた。魚の鱗をイッキというが、髪の毛から落ちる「ふけ」のことでもある。蛙は、島の北西部の松原方面では、ゴロージャというが、ビッキャ又はアッタラビッキャと呼ぶところが、島の北東を中心にある。伊仙や大部分では、アタラと言う。ちなみに、奄美大島の北部では、ビッキャ、南部では、ビキ、徳之島の南の沖永良部島では、ガークという。蛙が、こうも違う呼び方である。

 トンボは、松原方言では、イージャンボーラと言うが、島の南部では、ウッシャ、ウシャミャ、ウェーシャ、と言い、エーザマが、今の徳之島町の南部で、カネマと呼ぶところがあり、ビィートゥと呼ぶところもあるのは、驚くべき多様性である。トンボのことを日本の古語で「あきづ」と呼ぶからそこに繋がりがある。カマキリは、松原では、キョーキンバイ、亀津では、イッサルマイと呼んでいたが、集落によっては、ケーシャトバイ、ユーサイト、イサト、イッソダマイタン、タウツ
コ、などがある。

 方角は、北がニシで、歌謡曲「島育ち」で、「朝はニシ風、夜は南風」とあるニシ風は、北(にし)風のことである。西はイリである。沖縄で、十一月初めに吹く季節風をミーニシと呼んでいるが、ミーは新しい、ニシは北で西ではない。

 音韻の分布は、丁寧語で貴方のことをウイと言うが、伊仙では、ウリと言う。鶏は、松原ではトゥイ、伊仙ではトゥリ、奄美大島の南部では、トゥルと発音している。鶏を呼び寄せるときに、トゥー、トゥーと呼びかけている。バナナは、バサナイと北部では言い、南部ではバサナリと発音する。針をハイと言い、南部ではハリだ。左は、シジャイ又はヒダイ、南部でヒダリになる。ラジオをダジオと発音している人も結構いた。歯をファーと島の南部では発音していたし、南のハイは南部ではハイで、むしろ、島の北西部の松原当たりでファイとなるから、江戸っ子が日比谷公園を鴟尾屋講演(しびやこうえん)と発音しているようでお
もしろい。

 ふくらはぎのことをクブラと松原では言うが、島の大部分ではクンバと発音している。ものもらいの腫れ物のことを、イビレと松原では言い、その他では、インベかインメと言っている。おできのことをニブトゥと言っていたし、牛の引く車を右に曲がらせようとする時には、ウニ、ウニと声をかけたし、ウシ、ウシと鞭打って左に曲がらせた。家の南側の小川をムェーンコ(前の川)といい、サイというアミのような甲殻類を掬(すく)った。湧き出る水をイジュンと言う。泉だ。清冽な島の思い出である。(つづく)

Justice

Justice

かつて「政界の牛若丸」の異名があった国会議員で、東京協和、安全の旧2信用組合の乱脈融資事件で服役していた山口敏夫元労相が17日、村上正邦元参議院議長が主宰する「日本の司法を正す会」に出席した。平成21年10月の仮釈放以後、公の場では初めての発言として、検事と裁判官の間の裁検交流などを、国会議員が議員連盟を組成するなどして、やめさせるべきだと主張して批判した。

 産経新聞電子版は、「講演の後、「今の自民党は野党の落ち武者となり、派閥の枠組みも溶けて液状化している。まとめるリーダーもおらず、民主党より気の毒だ。民主党も、政権運営のやり方を知っているのは小沢一郎元代表しかいない」と述べ、新進党時代の盟友だった小沢氏を持ち上げた。」と報道している。村上正邦氏の小沢一郎氏についての見方とは異なる。

 山口氏は現在、大震災の被災地で活動するNPO法人などの支援を行っているというが、原子力安全委員会、福島県知事、等の責任について言及したほか、恐怖を煽るような原発関連の放射能対策について科学的な線引きをおこなうべきであり、際限の無い予算投入には問題があると指摘した。

Takeshima is Korean Territory?

A High School Student compiled this video questioning the Korean territorial claims of the Takeshima island. Well done! It is a proof that young Japanese are not brainwashed and they can think and see the facts as they are.The strenght of Japan is still maintained by the younger generation and they can express themselves in much decent manner without any fanatism in the age of ITC revolution.

高校性がよく調べて作ったそうです。良くできています。事実を調べて主張する。洗脳されていません。神がかりになっていない証拠です。

Japan's Independence without reliance on Nuclear Power

http://gekkan-nippon.com/?p=41

興味深い論説である。

「竹田 IAEAという組織は、世界中の原子力を隈なく監視しているのかと思いきや、その予算の七割までを日本の監視に割いてきたのです。世界の原発の一割しかない日本の原発に予算の七割を割いています。つまり、IAEAとは「日本核武装監視機構」なのです。日本の核武装を監視するために作られた機構であることは間違いないのです

藤井: 未だに、第二次世界大戦の戦勝国体制が続いているわけです。国連安全保障理事会の常任理事国は、すべて核兵器を保有しています。NPT体制とは、彼らの核独占体制のために結ばれたものなのです。
IAEA事務局長に天野之弥氏が就任したことは、困ったことだと思いました。日本は、ますますIAEAにがんじがらめにされてしまいます。

竹田: 日本が原発を止めてしまったら、国連もIAEAも、アメリカも中国も困ってしまうのです。」

脱原発無くして対米自立なしとして、日本の自立の為には原発は要らないとの論説である。核武装論の是非はともかく、IAEAの役割など、大東亜戦争で敗北してからの日本の戦後政治の核心をついた対談となっている。ご参考まで。

The 70th Anniversary

今年は、大東亜戦争が、日米戦争となって開戦してから、70周年になる。

日本が世界制覇の為に始めた侵略戦争であると言う史観が、占領軍当局から流布されたが、アメリカが、対日戦争を起こそうとして色々と挑発が行われたことが明らかになってきている。日中間での戦争を仕掛けて、日米を闘わせることが有利だと考えていたに違いない当時の国際共産主義運動のコミンテルンの動きなどを、もう一度真相を解明するために、検討を加えることが必要である。

当方ブログは、最近の、TPPなどの強圧的な米国の姿勢をみるにつけ、アジアの中枢の位置を占める日本潰しのように感じて仕方が無い。それは、開戦前夜の米国の強圧と似通うっている。日本を追い詰めようとしているのは、何なのか。

12月8日の、午後6時から、東京国会議事堂近くの憲政記念館の講堂で、アメリカはなぜ日戦争を仕掛けたのかと、題する講演会が開催されるので、ご関心の向きは参加をおすすめする。講師は、加瀬英明氏(何故、アメリカは対日戦争を仕掛けたのか)、ヘンリー・ストークス氏(ペリーがパンドラの箱を開けた)、高山正之氏(アメリカは何故日本に悪意を抱いたのか)、茂木弘道氏(戦争を起こしたのはアメリカである)である。括弧内は演題である。

主催は、「史実を世界に発信する会」である。連絡先は、03-3519-4366である。ホームページは、http://hassin.org/ である。

The 27th Kyoto Prize--The Kabuki Actor, Mr Bando Tamasaburo

http://youtu.be/2gkQfSy2f8w






猫
神田の横丁にあった。

Revealed Inconvenient Truth

植草一秀氏のブログに、「「日本の伝統文化と農業と医療を守る」との発言は、犯罪心理学での犯人の心理・行動を象徴的に表している。その懸念が極めて大きいことを、野田氏は白状してしまった」と書いている。更に、この騒ぎの中で、三つのことが明らかになったとしている。その三つとは? 興味深い記事である。下記のリンクからお読みください。

http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-63fd.html

No TPP

今年の二月に書いた拙文である。ご参考まで。野田政権になり、状況はいよいよ劣化しているようで、日本の属国化が明らかになった。野田民主党政権は売国の政権である。民主主義の選挙を歴て成立したわけでもなく、正統性がない。速やかに内閣不信任案が提出されて、解散・総選挙の道が探求される必要がある。大震災の後の外来の国難である。関税自主権を欧米から取り返して百年の記念すべき年に、属国になるような策を誤ってはならない。独裁が許されてはならない。日本は大統領制の国ではなく、権力が権威に従属することが国の基本になる。現代の足利尊氏を許してはならない。

「環太平洋経済連携協定」が、菅内閣になって突然提起され、しかも異常な勢いで推進されている。外国勢力の陰謀が加わり、歴史的な蛮行が強行されるのではないかと懸念する声が高まっており、日本の政治・経済を破壊しようとした小泉・竹中政治の構造改革の再来であるとの指摘もある。アメリカが2008年9月に、投資金融の全ての分野の交渉に参加を表明して、昨年九月の尖閣諸島の近くで中国漁船の海上保安庁の巡視船に対する体当たり事件を契機に、菅政権は、雪崩を打ってこの環太平洋経済連携協定(TPPと略称される)の推進に走ることになった。しかし、冷静にTPPの本質と利害得失を検討することが重要で、そうでなければ、新自由主義の構造改革論を信じて上げ潮だと主張したが実際には引き潮で破綻したリーマンブラザーズの二の舞の様な社会経済の混乱と破綻の道を、歩むことになる可能性が大きい。TPPは、民主党に政権が交代してから、一旦棚上げ又は廃棄されたかに見えた、日米間における「年次改革協議」の再来であり、米国による日本改造の事実上の復活となる気配が濃厚である。

昨年の11月9日に、菅政権はTPPについて、関係国と協議を開始すると閣議決定に踏み切ったが、党内論議はもとより、国会などで、議論が十分に行われた形跡はない。TPPは即時あるいは10年以内の例外なき関税撤廃を原則としている。参加にあたっては、FTAを結んでいない国(例えば日本に取ってはアメリカとオーストラリア)とは事前協議を行い、かつ参加国全員の同意を必要とするから、これまでの二国間のFTAとは全く内容がことなるものである。全ての品目を自由化交渉の対象とすることも敢えて宣言することになれば、「重要品目も生け贄に奉じて、白旗を掲げて降伏する」ことに等しく、強権的な政治手法は、小泉・竹中政治で採用された問答無用の恫喝を加える新自由主義に典型的な政治手法であり、市場原理主義の社会実験が中南米で行われたような政治弾圧や逮捕や投獄が頻繁に行われる事態は日本では見られないが、不起訴となった有力政治家を検察審査会で再度裁判に起訴する等、司法当局を巻き込んで政治冤罪が発動されているのではないかとの指摘も見られる事態となっている。鈴木宗男議員は、去年最高裁判所の決定により、収監され国会議員の職を失っている。マスコミの論調も、多元的な議論のない、表現の自由が制限されて、例えば政治家の発言なども捏造される事態や、報道されない事態が頻発している。

このように、尖閣列島における中国からの軍事的な圧力を含めた恫喝があった可能性があるが、それに対抗するとして、米国の経済植民地になる可能性のあるTPPを、議論もなく受け入れてしまうことは国益を毀損する可能性が大である。残念ながら、民主党内には、政権与党としての矜恃と使命感が欠落しており、郵政民営化に反対して構造改革の内在的な欠陥を追求して離反した当時の自民党議員と比べても、危機感が大きく欠落している。
TPPは、産業界にはこれを歓迎する向きがあり、筆者が参加したとある貿易団体の新年会に於いても幹部から歓迎するような発言が見られたが、TPPに潜む日本破壊の戦略を想像すれば、逆に、産業界としては、特に日本の基幹産業を支える経済団体などは、危機感を表明して警鐘を乱打することが識見であると考える。

TPPは、経団連などの団体が支持しているとの見方がある。前原外務大臣が昨年10月19日に「日本のGDPの第一次産業の割合は1.5%だ。1.5%を守る為に98.5%のかなりの部分が犠牲になっている」と述べているが、実は、アメリカは、1.1%、イギリス、ドイツは0.8%であり、アメリカ、イギリス、ドイツ、共に農業の利益確保に血道を上げており、農業なき通商国家,或いは半島国家を目指すのであれば格別、産業界としてTPPを礼賛することは、世界情勢が変わる中で、主従の関係を維持する日米安保体制と輸出依存の農業なき通商国家を墨守することにつながる。産業区分を細かくしていけば、自動車を中心とした輸送用機器も2.7%であり、製造業全体でも実は二割を斬った19.9%の数字との並びで論じられるべきである。前原外相の講演で、犠牲になっているとする輸出は、実は17.5%に過ぎないから、全体の比較をしない針小棒大の政治宣伝の講演内容である。更に、農業の関連産業の広がりや、多面的な機能に対する理解を欠いているとされる。食品産業は、9.6%にも上り、従業者の人口は775万人にも達する。

従って、農業のせいで国益が失われるとするのは的外れの議論であるし、FTAが進まないのも農業のせいであるが一気にTPPを進めるしかないとすることも短絡している。一部の輸出産業と一面的な消費者利益の為に,他にどれだけの国益を失うのかを総合的に検討しなければならない。経済団体がいつしか、自動車業界などの利益保護団体に矮小化して外国勢力の主張のお先棒担ぎの体をなしているとして、国民的な批判の対象となる恐れがあり、ものづくり企業としての日本の基幹産業を担う企業は、慎重に対処して、むしろ、TPPの欠陥について十分な研究を行うことが必要である。

TPPとは何か。

TPPは、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの四カ国が2006年に発足させたEPA(経済連携協定)を広く環太平洋地域全体に適用としようとするものであり、具体的には、2015年まで工業製品、農産物、金融サービスなど全ての商品について関税その他の貿易障壁を実質的に撤廃して、環太平洋全域に亘って、究極的な貿易自由化を実現すること主な目標として政府間の交渉を進めるとする。これまで、オーストラリア、ペルー、アメリカ、ベトナム、コロンビア、カナダが参加の意向を表明している。目的にかかげてである。TPPはいわゆるFTA(自由貿易協定)の一種でもある。そもそも、FTAは二国間・多国間で関税その他の制限的通商規則を・・構成地域間における実質上の全ての貿易について廃止されている地域とされている。ガット第二十四条に法的に位置づけられている。もちろん、実質上の全てのと言う文言の公式解釈はないが、通常は例えば農業全体などの特定部門を除外しないで、全貿易額の90%以上の関税を撤廃することとされており、原則は即時撤廃であるが、廃止は10年以内に行うことという経過期間の設定が、94年に解釈了承されている。その他にも、協定所議品目の設定や、再協議品目の設定などの例外措置もある。北米自由貿易協定では、アメリカはカナダとの間で乳製品、ピーナッツバター、砂糖、砂糖含有品、綿を除外している。経済連携協定(EPA)は、FTAの一変形であり、関税撤廃だけではなく、規制緩和や経済制度の調和等まで含めた協定により、重要な品目の除外と開発助成を組み合わせたり、或いは、投資環境を整えるなどの要素を加えて、互恵の様相を強めて、日本が進めた方式であり、2002年のシンガポールとの協定を皮切りにして、11カ国と日本が結んだ協定のことである。

FTAは、世界全体としてのガット体制での合意が困難になったために、いわば各個撃破で、大国が貿易自由化の為の別の手法として活発に採用されている手法である。問題のTPPはAPEC諸国に参加の道を開いたとして、即時又は段階的な関税撤廃という、FTAでは認められているはずの例外規定を認めないFTAとされているのが、最大の特徴である。2006年に、TPPは発足しているが、シンガポールは都市国家、ブルネイは人口が僅かに40万人、チリは、中南米との出入り口との位置づけで、四カ国合わせて2640万人の小国が糾合して、中国の台頭に抗して通商国家としての活路を開くものであったが、アメリカが、関与を表明して、TPPは性格を一変させた。小国の例外有りのFTAから、例外なしの帝国のFTAに豹変した。小国の軒先を借りて母屋を乗っ取る手法であり、帝国の世界戦略追求の場に変化させたのである。

FTAの本質は,差別性にあるが、相手を選んで、関税撤廃を追求するもので、非貿易的な関心事項への配慮はないが、国内助成の削減と言った内政干渉もなく、例外措置をとれるので、関係国の了解さえあれば、柔軟に自由化を追求できる利点がある。WTOの無差別原則の例外として認められており、協定毎に柔軟に対処できる。確かに、一方では、意図的に競争相手を排除できるから貿易の流れが歪曲されることは否めないし、典型的な例として,米国はカナダと墨西哥とは、米国の乳製品の方が競争力があるので、北米自由貿易協定では乳製品をゼロ関税にして、墨西哥にどんどん輸出して、一方の米豪FTAでは、乳製品を例外扱いとして、世界一競争力のあるオーストラリアからの乳製品のアメリカ流入を不正でいる身勝手さである。米豪のFTAでは、アメリカが譲歩したように言われているが、間違いである。
更に、例外なしが優れたFTAであるとするのも間違いである。ゼロ関税のFTAよりも、高関税品目を除外してFTAをまとめる方が優れている可能性がある。高関税品目を抱える国としては、自国の経済厚生が高まるのは、輸入増加によって国際価格、つまり日本の輸入価格の上昇が高いと、消費者の利益が圧縮され、国内生産が被る損失と関税収入の喪失額との合計が消費者の利益よりも大きくなってしまう場合があり得る。日本とタイとのFTAの試算でも、例外品目のない場合の日本の利益は3億7300万ドル、域外国の損失は30億2200万ドルになるが、米、砂糖、鶏肉を除外した方が、日本の利益は、6億6100万ドル増加して、域外国の損失は6億3600万ドル減少する。日本とヨーロッパのFTAの試算も同様であるが、重要品目である、アメリカの農業製品であるから、それを場外すること自体が交渉の妨げとなる。(そもそもアメリカがFTAを推進しているのは、ガットでは、農産物の補助金の問題を避けて通れないからである。)

日米と日本とヨーロッパのFTAの試算に於いても、例外なしの場合は、日本の利益は8億2400万ドル、アメリカの利益は36億2500万ドル、域外国の損失は46億4500万ドルであるが、農産物を除外すると、日本の利益は11億4200万ドル増加し、域外国の損失も31億4000万ドル減少している。

日本は、慎重に相手国を選んで、例外措置と開発援助等を組み合わせて、EPAを推進してきたが、例えば、日本が農業技術や食品安全、貧困解消に関する支援策に応ずる代わりに、タイも米の自由化を要求しないという形で力を発揮した。タイの零細農民の所得向上に配慮した優先処置も表明したことが,決着に貢献しているし、フィリピンとのEPAでは、小規模農家が生産するモンキーバナナや小さなパイナップルについて優先的な関税撤廃や無税枠設定を行うといった具合に、相手国の零細な農民に対する配慮を可能な限り行い、アジアの貧困解消と所得向上に貢献することによって貢献しようとする日本の姿勢が評価された事例もある。
お互いの農業や産業をつぶし合いをしないという、いかにもアジア的な知恵が発揮され、特に多様な農業の存在がようやく理解されるに至っているが、TPPにはそうした理解が 欠落しており、超大国の制度、特にアメリカ型の農業を有利に展開しようとする意図が露骨に示されている。
「食料は軍事的武器とおなじ武器であり、直接食べる食料だけではなく、畜産物のエサが重要である。まず、日本に対して、日本で畜産が行われているように見えても、エサをすべて米国から供給すれば、完全にコントロールできる。これを世界に広げていくのが米国の食料戦略だ。そのために農家の師弟には頑張ってほしい」とウィスコンシン大学では教授されていたし、ブッシュ大統領は、日本を皮肉るかのように,「食糧自給は国家の安全保障の問題であり,米国では自給が当たり前であると考えられているのは、なんという贅沢だろうか。」「食料を自給できない国を想像できるか、国際的な圧力があれば屈服してしまう国だ。危険にさらされているリスクのある国である」と演説している。
アメリカでは、イギリスの植民地時代から、西部開拓を含め拡張主義がとられ、先住民族の虐殺と文化、歴史の抹殺に象徴されるように、先住民から強奪した土地を基盤にして、氷河時代に蓄積した地下水をほとんど極限まで使った粗放農業が行われてきた。アメリカの都市は輸送手段には、公共的な手段が極端に不足し、二酸化炭素の排出に無頓着な経済をつくりだしながら、農業には巨額の補助金が投入されている。

アメリカが、TPPに関与してきたのは、ヨーロッパにはヨーロッパ連合があり、主導権を採ることは難しいが、北米では、北米自由貿易協定を通じて覇権を追求してきたが、アジアでは、政治体制や発展段階が実に多様で、モザイク模様になっていることから、アジアの団結に楔を打ち込み、主導権を確保する手段として関与してきている。東南アジアでは、ASEANが成立して緩やかな自由貿易圏が成功裏に展開したが、2005年にいたって、中国がASEAN+3(日中韓)という共同体構想をぶち上げたことから、これをアメリカ排除の動きと受け止めて対抗戦略としてTPPを利用したと考えられている。日本は、米中の間に挟まれ、インドを加えて、それにオーストラリア、ニュージーランドを加えて、ASEAN+6とする提案を出している。

自由貿易の命題は、市場原理主義の基本的な柱のひとつであるが、それが成立するためには、社会的な共通資本の存在が全面的に否定され、現実には決して存在しないような制度や理論を前提として、非現実的で、反社会的で、非倫理的な命題が絶えず登場して、自由貿易の夢物語が社会的共通資本を破壊して惨害をもたらすことが歴史上に繰り返されているが、拡張主義の帝国にとって好都合な考え方である。
社会的な共通資本とは、宇沢弘文教授の定義によれば、「ひとつの国ないし特定の地域に住む全ての人々が、豊かな経済生活を営み、優れた文化を展開し、人間的に魅力なる社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置を意味する。社会的共通資本は、自然環境(大気、森林、河川、水、土壌など)、社会的インフラストラクチャー(道路、交通機関、上下水道、電力、ガスなど)、制度資本(教育、医療、司法、金融制度など)の3つの大きな範ちゅうに分けて考えることが出来る。」となるが、自然環境は、それぞれの国や民族が長い歴史を通じて聖なるものとして次の世代に引き継いできたし、社会的なインフラストラクチャーについては、管理運営は官僚的な基準で行われてはならないし、市場的な基準に左右されてもいけないし、また、制度資本についても、人間的な尊厳をたもち、魂の自立を保ち、日本国民として誇りに思う権利と事由を十分に教授することができるよう制度とならなければならないとする。
 ところが、新自由主義の政治経済思想は、企業の自由が何ら規制なく補償されるときに、人間の能力が最大限発揮され、生産要素がもっとも効率的な利用が行われるという、根拠のない、非科学的な信仰、或いは思い込みに過ぎない考え方であり、その教祖がシカゴ大学経済学部を中心とするミルトン・フリードマン教授であったが、あらゆる公共分野を私有化して、全てのものを市場を通じて取り引きするという制度を作ることが理想とされた。教育や医療、交通機関など、いわゆる公共サービスが民営化の美名の下に否定されて、実は私物化された市場の形成が追求された。水も市場がつくられ、自由市場貿易が追求された。儲けるためには、法を犯さない限り、何をやってもいい。日本では、若い経営者が、愛情もお金で買えると嘘ぶいたが、規制改革の名の下に、儲ける機会を広げた。国家は、武力の行使も辞さないことが横行して、場合によっては核兵器で先制攻撃をかける理論も横行して、核兵器の使用が現実化する緊迫した事態が発生した。
小泉政権が、こうしたパクスアメリカーナを標榜する市場原理主義の日本侵略を本格化させたといわれる。日本の経済社会は、小泉・竹中政治の結果、ほとんど全ての分野で格差が拡大した。国民総生産は,大きく後退していわゆる縮小均衡が見られる。医療や農業分野が大きく毀損された。医療分野における国民皆保険制度は、長い時代を経て、60年代に至ってようやく達成した世界に冠たる制度であったが、これを混合医療というアメリカ型の保険会社が医療を支配する制度に切り替えようとした改悪の動きも見られた。教育制度ではバウチャー制度がまことしやかに議論された。幼稚園の民営化や、英語教育を幼児に行うことでの言語と文化を破壊する洗脳教育の危惧すら見られることが、まことしやかに推進された。もちろん、郵政民営化などは改革の本丸などと称揚されたが、内実は、郵便貯金と簡易保険による巨額の国民資産の私物化と外国への国民資産の移動が画策されたから、それが失敗したことが、深刻な問題として顕在化してきている。こうした危機的な状況の下で、2009年の総選挙で、民主党の地滑り的な勝利があり、政権交代が初めて行われたが、新たな新自由主義の再来とも思われる政策が復活しており、失望感が大きく広がっており、菅政権の支持率は,2割を切って低下している。TPPに強権的に参加しようとする政策決定を見て、政権交代に寄せられた国民の期待を無残に裏切ったとする決定的な見方があり、政権与党の中からも、菅政権を打倒しなければならないとする動きが表面化して活発化している。

TPPに対するアジア諸国の動向

TPPはアジア諸国を引き込むことが目的であるが、TPP会合に中国は欠席した。韓国は米韓のFTAに署名したが、牛肉問題で、批准には至っていない。韓国はヨーロッパとFTAの調印しているが、TPPについての関心を持つようなポーズを見せているが、中韓共に、農業問題への慎重な態度である。タイやインドネシアは、ASEANを中心に結束すべきであり、アメリカの介入は其の団結を分断させるものとして警戒的である。現在の九カ国に日本が加わったとして、10カ国のGDP総額は日米で九割以上を占めることになり、事実上の日米経済統合が本音ではないかとの見方もある。名目は環太平洋経済連携であるが、日米の無条件、例外なしの経済統合の別の名称がTPPであることが明白である。環太平洋と銘打つからには、そもそも中国の参加が見込まれない経済連携など意味がないとの考えm説得力があり、日本は今や中国との貿易が対米貿易を上回っているのが現実であり、中国への現地投資も抜きんでていることから、利害得失を熟考することが必要である。

日米FTAの政治経済学
戦後日本は日米安保体制に依存して、沖縄返還があったが、米軍の基地を含む軍事機能は、沖縄に押しつけ事実上の占領政治が継続された。ジョセフ・ナイ氏は、沖縄は核の傘の人質であると、今年になって文藝春秋新書として邦訳された本で明言している。他方、日本本土は軽武装国家として、高度成長に邁進したが、冷戦の崩壊で,日本列島が共産主義からの防波堤としての役割が意味を失った。小沢一郎氏が発言したとされる、在日米軍プレゼンスは第七艦隊で十分、駐留なき安保、沖縄の基地は最低でも県外などの発言は、アメリカの虎の尾を践んでしまったと指摘されている。政権交代後の鳩山内閣は、首相と幹事長を同時に更迭する事態となって挫折した。菅政権は、自民党と変わらないような安保依存論に戻ったが、TPP参加は,横浜で開催されたAPECで来日したアメリカ大統領への土産という見方があったが、「既に中国と話している」との返答であって、日本が米中の二大国の協議対象であったことが露呈した。朝鮮半島における、韓国軍艦の沈没事件や、尖閣諸島での中国漁船体当たり事件、其の直後に行われたロシア大統領の北方四島訪問などは、アメリカによる戦後体制の現状維持を追認するものとして、太平洋戦争の終結時点に歴史が逆転した印象すら与えるものとなった。事実、ロシアは、ヤルタ体制に戻ったことを広言して、その国際法の基盤を主張している。国際連合は、連合国であり、スターリンとルーズベルトが結託した時代が再来したかのように主張している。

 2008年からの世界的な金融経済危機は、アメリカの過剰消費、野放しの金融資本主義の帰結であったが、日本では米国市場依存、なかんずく内需拡大を忘れた外需依存が裏目に出た。金融からものづくり、外需から、環境、福祉、エネルギーなどの内需依存経済への転換が重要であるが、依然として、均衡財政論が巾を効かせて、米国がグリーンニューディールなどと威勢の良い内需拡大政策が主張される中で、日本では、緊縮財政の色濃い仕分け会議が、財源を生み出す魔法の会合のように喧伝されている。

WTOの交渉とTPPの交渉の違いも明らかにしておく必要がある。WTO交渉は関税引き下げを交渉分野にしているが、同時に農業の国内保護引き下げをも交渉の対象としている。アメリカは、WTOでは、自国の農業補助の引き下げに激しく抵抗するから、いつも交渉が行き詰まるが、FTAの交渉では,農業の補助の削減は交渉の対象にならないから、もっぱら押せ押せの交渉になる、関税やその他の国境措置の引き下げや撤廃を強圧的に進めればいいから、アメリカにとっては、力を誇示して交渉に当たれる都合の良い交渉方式である。
第三の開国という言い方は間違いである。

日本の関税率は、全品目で3.3Z%であり、世界で最も低い。アメリカが3.9%、ヨーロッパが、4.4%、韓国が8.9%、タイが16.9%、インドがなんと33%である。アメリカ人の中にも,まだ日本市場が閉鎖的であるなどと主張する向きがあるがそれは誤っており、アメリカよりも日本は、全体として、市場が開放された国である。農産物を見れば、なるほど、アメリカは関税率が6%で、日本の12%よりも低いが、ヨーロッパは20%であり、タイは35%、韓国はなんと35%、インドに至っては、135%の関税をかけている。日本はWTOの規則を金科玉条のように守って来ており、農業保護の補助金削減をまじめに実行している優等生である。農業所得に占める財政負担の割合は15.6%で、欧州諸国が軒並み90%を超えているのに比べれば遙かに低い。いまだに、にジョンは過保護な農業保護国であるという批判は事実ではない。逆に言えば、アメリカをはじめ、欧米が高い自給率を誇り、高い農産物の輸出が行われているのは、手厚い政府支援の証左である。我が国の自給率が低いのは過保護だからではなく、農業の保護水準が低いからである。菅首相は,第三の開国と発言したことは事実誤認にとどまらず国益を失した可能性が高い。

日本がTPPに参加しなければアメリカの軽トラック関税25%が日本企業にとって不利だとか、ヨーロッパとのFTAがないから、EUの自動車関税10%、薄型テレビ関税14%が日本企業に録って不利だとかの解説がまま見られるが、実は其の韓国企業が好調な理由は、ウォン安である要素がもっとも説得的である。関税率の問題ではなさそうだ。

日本で高関税が維持されているのは、僅かであるが、米、乳製品などの農産物がある。それが撤廃された場祭、食糧自給率は、14%に急落する。実は,アメリカが狙っているのは、食料戦略によって、日本を弱体化させるのではないかとの見方がある。主要産業である農業を失った地域社会は崩壊して、国土は荒れ果てる。伝統と文化と共同体を破壊する方法である。関税撤廃によって、打撃を受けるのは、繊維製品、皮革製品、履き物、銅板など、重要な品目は工業分野にも多いし、金融、医療など,労働力の移動を含むサービス分野の開放が意図的に行われているのではないかとの見方がある。

市場開放が困難なのは、農業分野が主であると言われているが、事実に反する。もっと深刻な障害は素材・部品産業である。韓国では,日本からの輸入が増えて被害が出ることを懸念する世論の高まりがあり、韓国側は中小企業への技術協力やそのための基金出資について要求があったが、日本側は、「そこまでしてFTAを韓国と結ぶつもりはない」拒否している。日本のものづくり企業が実は韓国のいわゆる大企業を支えている現実もある。

グローバリゼーションは体制の危機の輸出合戦である。

グローバリゼーションは,貿易を自由化して拡大すれば、世界の相互依存が深化するといわれ続けてきたが、現実には起きなかった。アメリカも貿易の拡大を国家戦略としては捉えていない。貿易の拡大どころか輸入超過に苦しんでいるというのが本質である。貿易が需要不足と過剰生産という矛盾を解決しなかったからである。アメリカでは需要不足を価格の切り下げで対処しようとして、賃金の安い中国に生産拠点を移し、中国はアメリカの工場と化した。天安門事件で威信を低下させた中国共産党は、高度成長で民衆の不満を解消する政策を掲げ、貧農を切り捨て、沿海部の繁栄に限られるいびつな経済構造をもたらした。都市と農村の格差が拡大して、利益を上げたドルを国内で貫流させるとインフレが発生するので、内需拡大ではなく、米国の金融資本の増強に使われ、米国債や株に投資されたことは、日本のいわゆるキャリートレードの状況と同じである。日本や中国から過剰友言える資本を流入させて、産業が衰退しているので、現実の経済ではなくマネーゲームとなり、それが破裂して一種の恐慌を発生させたのである。中国共産党の体制の危機は、アメリカが中国共産党を温存して体制の崩壊を回避しているとの見方も出来る。

自給度の高い国民経済があってこそ、貿易は補完的なものになる。戦前の日本でもエネルギーはなんと70%もの自給率があった。徳川日本が鎖国できたのは、当時の日本にそれだけの経済手技術的な蓄積があったからであり、生活の質の高さと美意識は,特に江戸時代には最高水準に達して世界の文明国に伍している水準にあった。

TPPは、WTO同様に頓挫する。世界市場を拡大する政策を採らないで,強者が強者になり、弱者を放置する世界政策では、消費市場がどんどんしぼむばかりで、国際的な合意はますます難しくなる,弱肉強食の貿易大系が現出することになる。氷山に衝突して沈没するタイタニックに乗り遅れることは結構なことであるから、一部の経済界やマスコミの騒ぎたてるようにTPPというバスに乗り遅れる方が国益になるばかりではなく、世界の平和と安定に貢献する可能性が大である。

日本は、実は、貿易依存、輸出依存の国ではない。貿易依存度が増したのは、弱体化した結果に過ぎない。世界銀行の統計でも、貿易がGDPに占める比率は、世界170カ国中で164番目である。企業の中には、国内市場が飽和しているから海外市場が大切で輸出を強化するとの方針を採る会社がまま見られるが、国内需要を喚起することが優先すべきである。しかも、ため込んだ外貨を海外で投資して国内の経済活性化に貢献しないから、海外進出を主導した挙げ句に、でっち上げの事故でリコール事件が頻発する政治的な攻撃を受ける始末で、構造改革に加担してもなすすべを知らなかったようである。

経済団体の幹部を輩出したトヨタやキャノンが派遣労働者の解雇に先頭を切らざるを得なかったのは、そうしたグローバル政治経済の変貌に対する認識の浅さと欠如が原因であったといわざるを得ない。

No TPP Traps

Tibet and Spiritual Relief

東北を訪問されたダライラマ法王が、震災で被災した子供を優しく抱きしめる写真が心に沁みる。しかし、日本の政治は、TPPの方針といい、ダライラマ法王に対する礼を失した対処といい、なにか、外国の覇権勢力の暴虐に阿っているかのようだ。

http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-1685.html

ご参考まで。正論であり、当方ブログは賛同する。

Olympus

今、あれやこれやと論じる時間がないが、オリンパスの事件を聞いて、すぐ思い浮かんで想像したのは、内視鏡の技術を奪うために仕掛けられた外国勢力を中心とする謀略ではないかとのことである。

内視鏡の技術は、日本で生まれた医療技術である。当方ブログは、もう十年も前になろうか、開発を積み重ねてきた内視鏡を年代順に並べて、博物館を作りたいとの相談を受けたことがあったが、力及ばずして、できなかった。

日本の病院でも、オリンパスの製造する内視鏡を使わない日はないというような、有用な技術であるから、オリンパスのカメラもさることながら、内視鏡は同社の収入の大部分を稼いでいたとみられるが、単なる会社の買収ではなく、いわば、日本の戦略的な技術を日本から奪ってしまおうとする勢力が介入している可能性がある。医療に市場原理を導入して、市場化する、公的な医療保険制度を破壊して、民間医療保険制度にしてしまうのと同じような動きの中で起きた事件ではないかと憂慮する。

当方ブログは、細部に亘って承知しているわけではないので、読者の中に、別の情報があれば、このコメント欄などに、書き込んで頂ければありがたい。

昨夜は、日本がTPPを政府として受け入れる方向で、つまり亡国の道を歩き始めたのであるが、そうした動きとも連動している事件で有る可能性が想像される。しかし、地震があり、老朽化した外国製の欠陥原発の暴走があり、戦後政治の分水嶺を越えようとしている。日本は、もう長きの眠りから起き出そうとしているかのようだ。自立・自尊の日本をめざして、「雄々しく」目を覚ましつつある。過去の支配勢力が最後の悪あがきをしていることも事実であるが、巻き返しなどできない。

世界が動いている。日本は、ギリシアやイタリアのようlに、財政赤字の大部分を外国の債権者が持っているわけではない。むしろ日本国民の財産である。日本はようやく八紘為宇の使命を明らかにしようとしている。

In Retrospect

最近、回想録が出版されている。ラストバンカーと呼ばれているという。回想録を出版して、自己弁護するなど、宣伝は得意らしい。しかも肝心な話は、そらして黙りを決め込む。就任の時も、幻冬舎の雑誌を使ったり、新書版の本を出したりと、売名に近い宣伝手法が採用されているから、回想録もその手法のひとつだろう。しかし、ビデオ映像が残る。醜悪である。回想録が出版されても、このビデオ映像を隠すことはできない。小泉元首相と会ったかと問われて、コメントできないととぼけている。

今も、西川社長(当時)が連れてきた亜流の経営者が、烏天狗のように日本郵政に居座っているという。拝金の烏天狗は、消え失せるべきであろう。ちなみに、高杉良氏の新刊の経済小説、「虚像」の下巻の主な登場人物となっている。回想録を出版してイメージ挽回を画策したのであろうが、「虚像」が新たに出版されていよいよ、悪辣な実態が強調されるだけになったのは、皮肉である。手先となった、チーム西川は、どうなっているのだろうか。カネが絡み、暴力があり、公の私物化をする。市場原理主義は、国体に反する考え方である。万民の幸せを求める考え方とは真っ向から対立する。

Independence of Japan

5月の末に書いたメモである。ご参考まで。

危機の管理のためには時間の認識が重要である。時間を表すギリシア語に、クロノスとカイロスがある。クロノスは流れる時間であるが、運命や神の意志によって決められる時間をカイロスという。国家によってカイロスは異なるが、東日本大震災の3月11日は、日本人にとって共有できるカイロスとなった。14時46分は、日本にとって歴史の転換点となった。

その意味合いについて後で論攷を進めるとして、まず提案したいのは、3月11日の体験を共有して、迅速に記録にとどめておくことである。時間が空いて後から記録するのでは、言い訳や恣意がはいり込んでしまうだけではなく、記憶はどんどん薄れてしまうので、資料としての価値が薄れる。歴史の資料としては、乃ち過去の事実が正確に記されていればいるほど、現在の状態と将来の判断材料としての価値が高まるからである。3月11日当日に、どのような動きが見られたかを記録しておくことは、危機の時代におけるあらゆる団体の運営や経営のあり方について重要な示唆を得ることが出来るし、改善の基本事項を容易にとりまとめることが出来る。何故なら、平時においては見えないような問題点が、液状化した大地のように噴出して出現したからである。会社であれば、経営トップから末端の社員に至るまで、3月11日14時46分から、その日の深夜に至る行動を記録してまとめることを組織的に行うことを勧める。

筆者は、当日の動きを次の様にとりまとめた、ご参考まで。

「東北関東大震災が発生した。地震が起きた時、赤坂の溜池を歩いていた。アークヒルズの高層ビルを通りすぎ、交差点を右に曲がれば、虎の門方向というあたりだ。阪神大震災で、高速道路が横倒しになった写真を思い出し、官邸前に行く道路の上を高速道路が走っているから、看板やガラスが落ちてくる可能性ありで、近くのビルの玄関に入り込んだ。上階から米国人とおぼしき三人が走り降りて道路に飛び出そうとするから、ビルの中が安全なのではないかと制した。時計を眺めて五分も震動は続かないはずだと諭した。終わって呆然としているので、直ぐ本国の家族に電話をかけた方がいい、まだ電話はつながるからとお節介な話をして名刺を一枚渡した。サンキューと一言言ったが、その後の連絡はない。日本財団の前を通り過ぎて、米国大使館への通りを横切り、昔の満鉄ビルを過ぎて、虎ノ門まで出た。原子力の平和利用を被爆国日本に於いて宣伝するための心理作戦に従事した外国の組織のあったビルの窓ガラスが散り散りに破れていたのを見た。虎の門では旧知の○○の建築の専門家に出会ったが、庇が特徴で、ビルの中央が中空になって法隆寺の五重塔の心棒の役割を果たしているから大丈夫とのふれこみであったが、老朽化して民営化で、修理費用をけちったか知らんと聞いてみたら、補強工事を現役の時代にちゃんとしたから、大丈夫な筈だと自信ありげに答えた。警察のアンテナがのっている総務省や外務省を過ぎて、博物館のような赤煉瓦の法務省の庁舎を右に、警視庁を左に見て桜田門についた。早々に通行止めになっており、祝田橋から皇居前広場に抜けたが、お堀の水が揺れ動いた気配もなく石垣の乱れはなかった。皇居前広場には、大手町あたりの高層ビルからサラリーマンがヘルメットを被って白ワイシャツ姿で、一団をつくって逃げて来た。外資企業も多いから、不安げな顔の外国人社員も結構な数であった。東御苑あたりでは、近くの第一ホテルが建築中で歩道が狭苦しくなっているせいもあって、歩道の離合が袖がふれあうほどに人も増えた。沖縄の知人が、前島密の賞を受賞をして、竹橋のホテルで祝賀会が予定されていたが中止になった。ホテルのエレベータは止まり、一階のコーヒーショップは、家に帰れない客の居候のようなたまり場になっていた。日生劇場で、演歌歌手の北島三郎のショーがあって、わざわざ関西から見に来たという老夫婦が、地震で大揺れで劇場の屋根が落ちるのではないかと怖かったので、帝国ホテルの隣の劇場から宿泊しているホテルのある竹橋まで徒歩で帰って来たとの話だった。一階のレストランは水を給仕してくれたが、居座るわけにも行かないので、竹橋の裏の神田鍛冶橋に知り合いの会社があったので訪ね、油を売ることにした。エレベータが止まって五階まで歩くのはこたえたが、事務所の本箱が飛んだくらいで、電気も動いていたし、トイレの水も出ていたので、東京の被害は阪神大震災のようにはならないことははっきりしていた。夜の八時半頃までで見切りをつけて、目黒の先を目指した。白金高輪から白金台を過ぎて目黒に着いて、東急の電車が少し動き出したので、そこから○○○経由で○○○線に乗り換え、家に帰り着いたのは一一時半を回っていた。途中タクシーも見たが何時間も渋滞に巻き込まれていたし、麻布十番のあたりではサウジアラビアから来たという学生が日本の整然とした秩序に驚いたと言うので、伊勢神宮を参拝しておくことも日本を理解する為に必要だと忠言をしておいた。深夜になって目黒通りの渋滞も解消されたので、○○○の会社の寮に避難していた娘の救出に車を運転して行った。家のガスは自動的に止める安全装置が作動したが、ボタンを押せば復旧した。千葉の精油所が燃えて築地移転予定の豊洲や浦安の埋立地が液状化したが、地震で一番怖い火事が東京二三区で発生しなかったのは僥倖であった。

●さて、陸上自衛隊の飛行機が撮影した津波の映像は、海鳴りの底から叫び声を上げて名取川の海岸に押し寄せる水塊を撮影している。震源地は、金華山の先の太平洋沖で、親潮が盛り上がった津波である。海上保安庁は、巡視船が津波の大波を横切る映像を公開したが、「総員、つかまれ」と船長の冷静な伝声が印象に残る。陸に近づくと突然波高を高めるが、海上では横倒しにならないようにして直角につっきる操船をする。○○の観光船の船長は新西蘭(ニュージーランド)から小型ヨットで太平洋を縦断して故郷日本に帰った勇者だが、津波でモノは全部失ったが、発生と同時に船を沖出しして生還したと電話の先で話していた。福島第一原発を襲った津波は四〇メートルの高さの建屋を超えた。波頭は、プロメテウスの火に怒りをぶちまけている潮の塊のようにも見えた。見えない恐怖は、人の判断力を停止させるが屈服してはならない。拝金の市場原理主義は、自然災害を脅しの手段にして流言飛語で人を金縛りにするが、姿の見えない敵を的確に測定して分析して、敢然と絆を強くして克服できる。黒潮の民は波濤を跨いで雄雄しく立ち向かう。」

人命が多く失われた東北地方と、電車や電気が停止した関東地方や、揺れは大きかったが、影響が少なかった関西地方と、企業の事業所によっても、大震災に対する受け止め方の違いはあるが、今回は天災に、原子力発電所の暴走という人災が加わったことによって、一挙に全国民が共有できる災害となった。企業経営においては、日本全国の企業活動を一体するためにも、そうした状況認識の共有化が必要である。海外に事業所を持つ場合には、なおさら重要であり、どちらかと言うと、日本の親会社に対して無関心な社員が多く見受けられる場合においても、今回は原子力の問題で、世界的に関心が広がっていることも有り、外国人社員の行動についても分析を進める良い機会である。外国社員の企業貢献の本当の水準について知ることの出来る良い機会である。企業の一体感を強化する事が必要であり、そのためにも、3月11日以降の行動の記録をとりまとめることがまず危機管理の要諦である。社史はどちらかと言うとクロノスの記録となりがちであるが、会社の分水嶺を示すクロノスで企業の動きをまとめることは、会社経営の改善のためにも重要である。戦争の遂行において戦史をまとめることが極めて重要であるとされるが、例えば、ヴィエトナム戦争の開始直後に、当時のマクナマラ国務長官は、戦史の記録とりの開始を命令しているのは著名である。単にクロノスの観点からではなく、カイロスの観点から、企業はもとより社会国家の原理の変遷について記録することが重要である。

さて、冒頭で歴史の転換点となったと述べたが、地震で壊滅的な打撃を受けたことで、実は、自力でその災害からの復旧を果たさなければならないという単純に自明のことが明らかになったと言うことである。太平洋戦争の敗北後、日本は外国軍隊の占領下におかれ、東西冷戦の中では日米安全保障条約に守られているとしたから、戦争においても、自らを決するという原則はなくなり、危機の状況の克服を外国に期待する心理が通常となっていたが、今回の大震災に於いて戦後初めて、自力で克服しなければならないとの厳然たる事実に直面することとなった。特に、福島の原子力発電所の津波による電源の喪失とその暴走は、たとえ外国企業が建設したとしても、その外国企業が責任を取ることはないどころか、市場原理主義の中で、当時原子力発電所を建設した外国企業はむしろ国際金融の企業に変身しているのではないかとの指摘もある。結局は、電力会社や日本の関係企業が生命を賭して、原子炉の暴走に歯止めを加えるという行動をせざるを得ない、外国からの助けの期待は外周の期待のみであって、事態の本質的な収拾には、外国からの安全保障措置が期待できないことが明らかになった。それどころか、原発を重要な輸出商品と考えている国家は、原発は制御可能ではあるが、今回の事態は日本側の杜撰な管理体制によって生じた人災であると言う物語を造って自国の国益の維持のために使おうとする動きすら感じられるところである。ロシアは、日本の情報収集のために派遣した専門家の意見を公表して日本の対応を批判しており、フランスは迅速に自国の原子力技術の売り込みのために大統領をすら派遣している。事実、福島原発からの放射能の放出と共に、外国軍隊の原子力空母は、影響を受ける海域から迅速に撤退している。つまり、そうした過酷な状況の中で、電力会社や関係企業は、文字通り命がけで事態を収拾するために働く事態となった。もちろん、中には、事故現場で働くことを拒否したものも出たには違いないが、多くの人が志願して危険な仕事に従事しているし、また、中高年の技術者の中からは、決死隊結成の動きも見られ、戦後の外国依存の政治経済体制の中で横行していた、他人任せの安全保障観が覆されることとなった。原発の暴発は退役者が食い止めるという論文を、住友金属工業OBで、「福島原発暴発阻止行動プロジェクト」代表の山田恭暉(やすてる)氏が、書いているが、約95名の志願者があったという。明治天皇の御製に、敷島の大和心の雄々しさはことあるときぞあらはれにける、の歌があるが、「大和心の雄々しさ」という表現が初めて使われて違和感がない状態となったことは、戦後日本の思想が克服された可能性が高い。想定外という表現が多発したが、実は、合理性の枠組みを超える事態が発生したことを示しており、人間の理性でとらえることが出来ることのできない事態が発生したことを示しているが、戦後一貫して、合理性が過多に尊重されていたことは重要であり、合理性では問題の本質的な解決にならないことを露呈するに十分であった。合理的な計算に基づいてリスクを最小化していたが、個人主義や生命市場主義では危機に対応できずに、これまで無視されてきた、人間の力では及ばない人智を超えるものに対する畏敬を感じる人々の手によって、対処が行われている。3月16日に発出された天皇陛下のビデオ・メッセージは、日本のカイロスに対する応答であるが、その中でも、命を差し出すことが要求される仕事として、自衛官、警察官、消防士、海上保安官などを列挙して、労をねぎらっているが、今回は、職業選択の自由を持っている民間会社にしかすぎない東京電力の原子力専門家が、無限責任を持って任務の遂行を行ったことは賞賛に値する。退避命令を検討したとされる東京電力幹部の報道があったが、事実とすれば、戦後の制約された思想の中での出世はあったが、国家全体の生き残りをかけた判断の中では完全な誤りを犯したのである。つまり、合理主義の想定外の前で萎縮しない「雄雄しい」人が現実には作業を行っている。東電幹部や日本の政治家を含めて、合理主義の強い支配下にあったから、想定外の事態に直面して、思考停止状態をおこしてしまった者が多数出たが、それは文字通りの思想の問題が露呈したのであって、そうした合理主義から責任追及を行えば、単純に頭を下げて回る社長が出現するだけになる。今、重要なのは、責任追及よりも真相究明であり、3月11日の当日に何が起きたかのクロノスの正確な記録であり、それ以外に対処の策を確立する正確な資料の収集方法はありえない。

三浦綾子の小説、塩狩峠は、規模的には小さな危機ではあるが、福島原発と類比できる事例である。塩狩峠は天塩を石狩の境にある険しく大きな峠であり、明治四十二年2月28日の夜、急さかを上り詰めた列車の最後の連結器が外れ、客車が後退を始め、乗り合わせていた鉄道員、長野正雄がとっさの判断で、暴走を止めるために身を投げ出すという実話を元にした長編小説である。思想即行動、行動即思想を、瞬間的に思い、行動するという、一大事の時に発揮される行動が雄々しさである。想定外の自然の脅威を克服する思想が、日本と民族の生き残りのために重要であるかがはっきりしたように思う。会社の広報誌等で、この塩狩峠の小説を読むことを進めることも一策である。北海道の塩狩峠の現場には作家の三浦綾子の記念館も残っているようであるから、夏の旅行の目的地として若手社員に勧めるのも一策である。福島原発の暴発阻止の作業に加わっている社員、OB、関連企業などに対しては、最大限の支援を行うことが必要である。企業のトップによる現場の慰問を行うことが必要である。

今回の大震災で、冷戦後の時代を謳歌した新自由主義の政治経済思想が、完全に終わりを告げたと言うことも冷厳な現実である。新自由主義とは、制約のない資本主義のことで、市場の競争で勝利したものが富を得ることが当然だとする考え方で、国家の規制は悪で市場が全て決定することが正しいとする考え方である。日本では、構造改革と称して、新自由主義の政治が強行されていた。個人主義が謳歌して、会社の経営においても、共同体の経営感覚は時代遅れとされ、個々の社員を分断して競争させる成果主義の経営がもてはやされ、見かけの報酬が最大限尊重されて、一流大学の卒業生が先を争って外国資本の証券や銀行に就職先を求めるという奇態が生じていた。2008年の9月には、リーマンブラザーズという、日本では日露戦争以来の関連があった国際金融資本が破綻して、新自由主義の限界が明らかになっていたが、どういうわけか日本ではその残党勢力が残り、政治的にはみんなの党などと、衣替えをして生き残っていただけではなく、構造改革路線を打倒するために登場したはずの民主党政権の政権交代を無にするかのように、鳩山内閣をサボタージュと官僚の抵抗で倒してしまった。その後に登場したのが菅政権であって、小泉政権と本質的には同じであるポピュリスト政権として大量の政治宣伝を行って仮想敵を作り、それに対抗する政治エネルギーを結集することで、権力を把握しようとする政治手法を取り入れた。しかし、3月11日の大地震により、原発のメルトダウンが起きていたことが発覚したことと同様に、国家権力の中枢にもメルトダウンが起きてしまった可能性が高い。メルトダウンが幸いにして原子炉の底にたまり、核燃料が再臨界する可能性は低いとされるのは朗報であるが、国内の政治権力の指導力の弱さは情けないほどで、政権与党ばかりではなく、野党においても未だに市場原理主義を直す気配はなく、郵政改革法案なども、会期末までに採択されるかどうか厳しい情勢にある。危機に直面して、菅内閣を支援するのではないが、日本国家が崩壊してしまう可能性があるので、直ぐに更なる政権交代や総選挙を実施して政治の空白時間を作り、政権を追い出すわけには行かないという奇妙な認識が日本をおおってしまったのが現実である。逆に、固有名詞の菅内閣ではなく、日本国民が民主的な手続きで選出した最高政治指導者としての内閣総理大臣に権力集中が必要であると言う矛盾を抱えた状態に陥っている。住友金属工業のOBによる決死隊の構想について書いたが、新自由主義の経営においては、そうしたOB団体の管理などは不必要なコストとして切り詰められたことが現実であったが、これからはそうした経営手法は改めなければならない。むしろ合理性を欠いた自然への畏敬を含めた活動を行うOB団体や企業の共同体としての機能の結束を促す活動の支援を行う方が経営の円滑な進展に役に立つことが期待される。新自由主義的な、企業の構成員のアトム化を促進する経営手法を推し進める団体などが、雨後の竹の子のように林立したが、そうした団体や、その音頭を取った学者や、オピニオンリーダーとの縁切りを急がなければならない。経済団体もすっかり、新自由主義を主導する経済人によって主導権を奪われるだけではなく、外国資本と結託して外国企業に都合の良い経済政策を代弁者となった、いわば隠れ蓑団体も散見されるので、こうした団体に対する寄付行為なども厳に慎む必要がある。

地震の発生後、外国のマスコミには、集団ヒステリーとも思われる現象が発生したが、その背景には、人種主義の臭いが感じられることを、警戒警報として指摘して起きたい。特に人種主義の問題については、西欧ではタブーに近くなっており、もはや正面では存在しないとして取り上げられないが、まだまだ西欧社会の底流にある近代の思想が、日本で頭を持ち上げた気配がある。外国の大使館が、東京を引き払って、大阪に移転するという珍事が発生した。当初は、原子力発電所の暴発が原因で、放射能汚染の拡大の恐れを危惧する向きもあったが、実は、大地震後の暴動や略奪を恐れが背景にあったことも、表面化しつつある。日本では、暴動や略奪は起きないことは、阪神大震災の時にも証明されているが、こうした大災害の時に西欧社会では、暴動略奪はつきもののように発生するので、今回も首都東京でそうした事態が発生するという恐怖に囚われてしまった可能性が高い。イタリアの国営放送は、大阪から、実況中継をしたし、渋谷に原発があると報道した米国のテレビ会社もあった。マルコポーロの当方見聞録は、ジパングを黄金の国であると記述しているが、更には、人肉を喰う野蛮の国でもあると指摘している。カネはほしいが喰われたくはないような心境が働いたようである。付け焼き刃のビジネスで、マルコポーロの当方見聞録はビジネスマンの必読書になっているようで、そうした妄想が働いたようである。日本側からすれば馬鹿げた話であるが、まだまだ相互理解には程遠く、マルコポーロで日本を知る時代ではないと思うが、その偏見がしみ渡っているのが現実である。日本をよく知るコロンビア大学のドナルド・キーン教授が、日本への帰化を発表したのは、こうした西欧の迷妄に対する、西欧知識人のささやかな抵抗と矜恃と受け止められる。日本の研究に人生を捧げた外国人に対して冷たく、日本をくいものにしたような人物に名誉ある勲章を贈るなどの事態が続いていたことも是正されなければならない。小泉構造改革で荒稼ぎをした外国ビジネスマンが続出したが、そうした連中の大半が東京から撤退した。例のブランドの企業であるルイヴィトンですら、東京に踏みとどまることが出来なかったという。日本人はもうルイヴィトンを買わなくなるであろうことは目に見えている。ブランドでも、ローレックスの時計は、六月十日に時の記念日のコンサートを敢行するが、そこでは南西諸島のコンサートを取り上げ、一種の土着の音楽を強調する企業もあるから、日本理解の程度にも差があるようだ。フランスやドイツの大使館機能の東京からの移転は、異常ともいえる状態であった。日本のドイツ理解に比べて、いかにドイツにおける対日理解がお粗末なものなのかがよくわかる事例となった。戦争中に政府高官が軽井沢か箱根に家族の住所を移して顰蹙をかったことがあったが、それは、軽井沢や箱根が外国公館の避難場所となっており、連合国の空襲がなかった安全な場所だったからである。今回の大地震後、フランスに至っては、自国民の東京脱出をさんざん煽った後に、原子力企業の女性社長を来日させ、なんと大統領まで追加して訪日させて、原子力技術の売り込みを推進している。原子力の運用手順は渡すが、技術は渡さないという、過酷な植民地政策の悪臭を紛々とさせる事態となった。日産自動車が、仏企業のルノーに買収されて、名前は日本の会社であるが内実の支配はフランス資本であることももっと知られて良いが、東北地方からの部品供給が先細りとなり、慌てて社長が来日して福島原発に近接したいわきの工場を訪れているが、どういうわけか今回は沈黙を守っている。福島原発の近隣の工場の再開を、警戒区域をはずして創業しろと迫るわけには行かないから、グローバリゼーションの中での自動車産業における対外関係が何とも軽薄なものにすぎないことを露呈した。中国は緊急援助隊を送りながら、片方では、尖閣諸島の領有権を巡って威嚇を継続した。日本国内では、一部中国人による略奪があったがマスコミが伝えるところとならず、自警団が組成されて抑圧している。中国政府は都内で土地の買い占めを画策するなど、帝国主義の傾向を強めているのは要警戒であり、森や水の買い占めも話題となっている。ロシアに対しては、領空侵犯で続けざまに戦闘機を緊急発進をする事態があった。米国は、自国民のために勝手に制限区域を日本政府と異なって設定するという横柄さを誇示したばかりではなく、海兵隊の駐留を正当化する政治宣伝のひとつとして利用しようとしいたが、失敗して、侮辱発言を行ったメア国務省部長を再度更迭することに踏み切らざるを得ない事態を招来している。無人の偵察機を飛行させて、そのデータを独り占めする事態も伝えられている。ちなみに、南太平洋で、原爆・水爆の大気圏での実験を行ったが、マーシャル諸島の住民に対しては人体実験ともみられるような悲惨な取り扱いが行われているが、それは、人種主義が背景にあることは容易に想像出来る。廣島・長崎への原爆投下は、勿論人種主義の優越の臭いを無視するわけには行かないが、今回の大地震の直後の欧米の動きは、今まで底流に潜んでいた人種主義の悪魔が蠢く事態となったことが発覚した。大企業の場合には、海外の支社などを通じて徹底して、日本国家・民族の緊急事態において、略奪や破壊の行動に走らないことを説明を行う必要があった。 一旦日本を離れて又戻って来た外国人の処遇であるが、情報要員である可能性もあるので、慎重に扱う必要があり、単に年休処理で、職場離脱を休暇として処理してはならない。お人好しの日本企業として内心ではベロを出していることが確実である。当該国は、特別機を数機派遣して引き揚げ大作戦を行った背景がある以上、日本国内での人口拡大による工作?を行っていた要員を引き揚げさせたとの見方が有力である。なお、チェコなどそれほど日本国内に自国民が以内国までもが、特別機を二機派遣して自国民の撤収作戦を敢行したと言うから、首都東京における外国人のパニックは想像を絶するものがあったのは、人種主義や自国の行動の裏返しの恐怖がが底流にあって増幅された可能性が高い。

筆者の40年以上にわたる交際のある米国人が、日本理解を誇示するかのように、連休明けにわざわざ来日したが、その友人の述べるところでは、「日本は、日本を理解しようとする外国人に対しては冷たくしていたのではないのか。日本で単に金儲けをして本国に送金する外国人をチヤホヤしたのではないのか。日本を半分脅すような連中に資金援助をして、本格的な日本研究を支援することもせず、米国の大学ではもう日本を研究する人などあまりいなくなった。国務省でも、中国関係者ばかりだ。米国研究なども本当は日本は何も出来ていないのではないか。ワシントンの二枚舌のロビーイストに大枚を支払っているだけではないのか。日本を理解して対等な友人になろうとした者をないがしろにしたのではないのか。前から続いていた日米のパイプは実は細くなっているのではないか、ビジネスばかりの浅い関係になっているのではないのか、日本の政府の官僚の能力も、経営者も政治家も同様であるが、著しく低下しているのではないか。面と向かって日本の立場を主張する日本人が少なくなったから、アメリカ側でも、日本は御しやすいと誤解してメア発言などが横行しているのではないのか、メア発言は日本の官僚が吹き込んでいるのではないか。」などと指摘したことが心に残る。

企業としては、大地震後の混乱を海外向けの広報を行うチャンスと考えて差し支えない。支援のメッセージを寄せた外国の顧客や関係者に対しては、心の底から感謝を伝えなければならないし、それは、市場原理主義の経営とは、縁もゆかりもないはずの創業の精神に戻った、自立自尊を求める気迫のこもった感謝の文言でなければならない。日本に対して寄せられた最大の義援金は台湾で集められことも特筆できる。タイからは、観光団が組成されて訪日したことも特筆して良い。要すれば、誰が真の友人であるか、誰が職場を放棄して逃げたのか、外国との関係を判定する最大の機会として活用すべきである。

更に、追加する点としては、こうした大災害の後では自粛を行うことが常であったが、今回はそうした自粛が実は日本を収縮させる勢力に加担するので、企業は決して自粛に加担してはならない。自粛して、その儲けを利益とすることができる誘惑が働くことは当然であるが、それだけに、自粛をして見せかけの利益が増えてもそれは経営の成果ではないことを厳格に認識すべきである。

最後に、東日本大震災と沖縄の関係についても言及しておきたい。東京の大マスコミには殆ど言及されていないが、沖縄の琉球新報は社説を3月18日に、「大震災で、人道的な支援の効果についてはわかるが、軍の貢献を政治宣伝するのはどういう神経なのか、日本の和の文化を揺すると同一視する発言をしながらこれも撤回せず、災害支援で復権を目指すつもりか。発言の撤回も反省もない人種差別主義者の復活など、願い下げだ。はっきりさせよう。米軍がレトリックを使おうとも県民を危険にさらす普天間飛行場やその代替施設は沖縄にいらない」と書いた。危機的な状況を辺野古移設の口実に使おうとすれば、沖縄の不信感と反発は一層強まることになることを指摘しておきたい。ともだち作戦を殊更に強調するのは、日米同盟が弱体化している証拠にしかならない。日本全体のために海兵隊が必要なのだから沖縄はそれを受け入れよという強圧的な主張は、それなら沖縄は日本にとどまる必要はないという主張を持つ可能性があるし、又、そうした状態を作り出すための高等戦術の可能性もある。そうしたうがった見方は、19世紀末以来の西部開拓から、太平洋を西へと向かう米国の勢力拡大を考えると現実性があるシナリオである。

追加

以下は、熊野の本宮大社に日本復活祈願の小旅行の記録を留めようと書いた雑文である。ちなみに、今年の全国植樹祭は5月22日に、和歌山県田辺市で開催され、天皇皇后両陛下がお出ましになっているので、南方熊楠の故事を書くことは、あながち無駄ではなく報われたと考えている。

「熊野の地で日本を思う

夜寒で避難所に炊き出しの応援に行く体力に欠けるが、何か出来ないかと、熊野の本宮大社に詣でて、日本復活祈願をした。飛行機で羽田と発つと僅かに一時間で紀伊白浜に着き、熊野古道を辿るバスで更に一時間で着く。

四月一五日の早朝から本殿祭が始まり、九家隆宮司は「大震災があり、祭の時間を知らせる花火やアドバルーンをあげることを自粛したが、その他の行事は淡々と進めることが大事である。人と自然との共生、東北で多くの人々の命が奪われた、その御魂の鎮魂を祈ります。明治二十二年の大水害で本宮大社は壊滅的な打撃を受けたが、僅かに二年の間に今の山間の丘陵地に移築することに成功している。しかも重機がない時代に大がかりな復興事業を成功させている。来年は大水害から一二〇年の節目の年として、社殿修復等の工事を進める」と決意を述べられた。

先人の迅速な修復に習うためにも、決断して迅速な行動に移して行くことが大事だとの趣旨の挨拶であったが、聴衆の中からは、現下の日本の政治指導力の欠如を想像したせいか、嘆きの声か、溜息か、はたまた失笑とおぼしきさざめきが聞こえた。本殿祭は、春の恵み、自然に生かされていることに感謝を捧げる神事である。

午後には御輿が、本宮大社の旧地である大斎原まで練り歩いた。満開の桜の中で、斎庭神事が大斎原で挙行され、餅投げがあり、熊野修験が大護摩の火を焚いた。神事の終わる頃雨が降り出して、遷御祭で御神輿は本殿に戻った。復興祈願をするにふさわしい大日本の聖地たる風格であった。

政治犯として収監された鈴木宗男氏も去年の九月一九日に、本宮大社に参っているし、宮司から「新しいスタートの場所ですから。人生山あり谷あり、苦難もあります。お身体に気をつけて、しっかり頑張って下さい」と激励を受けて何となくホッとした気持ちになったと書いている。今年の一月八日には小沢一郎民主党元代表も、白い巡礼の装束をまとって本宮大社に詣でている。

本宮大社の旧地は熊野川の中州にある。ダムが出来るまでは滔々として、河口の新宮からの船の往来が今より遙かに頻繁で古代の船着き場があったことを想像する。明治二十二年の大水害は人災であり、明治政府が神社の合祀を画策して紀伊の神社林の巨木を伐採したから、その結果山が荒れて、大水害が起きたに違いない。

南方熊楠の旧宅は田辺に残るが、隣地に顕彰館が建てられ、約二万五千点に及ぶ資料を整理しているので、帰りに立ち寄った。温泉場となった白浜の町の郊外の魚つき林であった岬の高台に、南方熊楠記念館がある。
昭和天皇の御製 
雨にけふる神島を見て紀伊の国の生みし南方熊楠を思ふ の歌碑が敷地に屹立している。昭和四年六月一日、御召艦長門に六隻の艦船を従えて南紀を行幸した昭和天皇は、熊楠の推奨する神島に上陸して粘菌を観察され、後刻艦上で神島の植物に関する御進講を受けている。昭和三十七年南紀に再度
行幸の天皇陛下が、熊楠の思い出を話され帰京後発表された歌である。

神島には 一枝も心して吹け沖つ風 わが天皇のめてましし森そ との熊楠の赤誠の歌碑が昭和五年に建てられて今に残っている。神島とは田辺湾
にある面積三ヘクタールの島である。

神島と書いて、訓は「かしま」であり、神は建御雷命であるというから、常陸の鹿嶋神宮との関係も容易に想像され、かしまが神島であることを田辺の記念館を訪れるまで知らなかった不明を恥じた。神島は、古くから不伐の森であったが、明治四十二年に神島の社が、近くの神社に合祀され、森の伐採が計画された。南方熊楠はこれに反対した。

明治政府は、明治四年の太政官布告で全国の神社の格付けをして、明治九年には、神社合祀の法律基盤を固めた。紀州では、特に急進的な合祀が行われたとされるが、きっと巨木の利権があったからに違いにない。

南方熊楠が、神社の合祀合併とそれに伴う神社林の伐採を憂えて、長文の論攷を初めて発表したのは、明治四十二年九月であるが、神社の森がか
けがえのない生命の貯蔵庫であることを知り、日本という国の文明の根本がそうした、小島の森や、鎮守の森に宿っていることを、むしろ七つの海を制覇した大英帝国の博物館での勉学の成果として知り尽くしたと思われる。

大正七年に至ってようやく、「神社合併は国家を破壊するもの也。神社合併
の精神は悪からざるもその結果社会主義的思想を醸成するの虞あるを持って今後神社合併は絶対に行うべからず」との意見が通った。熊楠の反対で、神島の森、熊野古道の野中の継桜王子社の森、那智の滝の原生林などが残ったが、大方の神社林は切り倒されてしまった。明治の神社合祀は、小泉構造改革の破壊とも似た神殺しであった。近代の宗教秩序を導入して合併で効率化する発想であった。

神社合祀の場合には、巨木が利権となり、木を伐ってそれを売ることで、一部の勢力が利益を上げるという構造であった。列島に繁茂していた巨木が、外国勢力の手に渡って加工されていったとすれば、現代の構造改革協議や郵政民営化という外国金融勢力の支持によってなされた虚妄に限りなく近い。事実、北海道の樫林は外国で酒樽になった。

神島は天皇陛下が愛でて、南方熊楠とその継承者が厳重に守って保護したにもかかわらず、マツやタブノキの巨木が弱って枯れ、少しずつ荒廃しているという。南紀でも魚つき林は殆ど破壊されたし、神島のある田辺湾や海岸線は、コンクリートによって津波の力を消す浦々を埋め立ててしまった。昭和二十一年に南海道地震による大津波がおきたことがあるが、これからの覚悟はあるのだろうか。

さて、東京に帰り、原発の写真集をみると、全部が海岸にあるが、テトラポット
を積み上げた形で自然の力をなめきっているように見えた。心して沖津風が吹いたせいか、熊野灘の原発建設の話は立ち消え・中止になっている。」

 

京都国際会館

京都国際会館

Slanted Broadcaster TBS and Say NO TPP

http://www.janjanblog.com/archives/54934

高橋清隆氏による、亀井静香国民新党代表の記者会見模様である。

東京放送(TBS)が、虚偽の報道をして世論操作をしようとして、出入り禁止になっていることについては、事実であれば、当方ブログとしても抗議の声をあげたい。何故なら、虚偽報道は、明確に放送法に違反するし、そうした偏向を許すことは、日本の国の有り様を揺るがせることになるからである。

No TPP

TPPの問題点について、植草一秀氏が、ブログで、簡潔にまとめてリストを作っておられた。ご参考まで。

http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/tpp-0940.html

TPPについて、以下の内容がまったく国民に知らされていない。
 
(1)日本の関税率が世界標準と比較して極めて低いこと
 
(2)TPPが実質的に日米EPAであること
 
(3)日米以外のTPP参加国が基本的に一次産品輸出国であること
 
(4)米の関税率が撤廃されれば、日本の米作農家の大半が立ち行かなくなること
 
(5)TPPの核心が財の貿易にはないこと
 
(6)共済制度の廃止による米国保険産業の進出が目論まれていること
 
(7)郵貯・かんぽ資金が米国保険業界に狙われていること
 
(8)混合診療が強制され、貧乏人は適切な医療を受けられなくなること
 
(9)米国保険業界が民間医療保険商品を販売しようとしていること
 
(10)農薬使用制限、排ガス規制などが緩和されてしまうこと
 
(11)紛争解決が国外機関に委ねられると「治外法権」が成立してしまうこと
 
(12)TPPが米国の輸出拡大戦略のなかから生まれていること
 
(13)交渉に参加してからTPP不参加を表明することが重大な外交問題になること
 
(14)農業のGDP比は低いが、農耕地は可住地の4割弱を占めており、美しい国土保全の観点における農業の役割は極めて重要であること
 
(15)農村の共同体社会の破壊は日本文化の破壊につながりかねないこと
 
(16)TPPでメリットを受ける製造業は日本の17.6%しか占めておらず、残りの82.4%の産業にとって、TPPはデメリットをもたらすものであること
 
(17)日本の国益を考えるなら、中国への輸出の重要性がはるかに高く、TPPはこの要請に矛盾すること」

日本は市場を閉鎖しているような国ではない。世界的に見ても、市場を開放している国である。郵政民営化が外国勢力の陰謀の力が働いていることもよくわかるリストである。

Postal Crimes

政治経済の暗部をえぐるかのように、経済界の不正と虚妄を告発して来た作家の新作、「虚像」が出版されたことは、既に当方ブログにおいても紹介した。郵政民営化の闇は、かんぽの宿売却を発端としてその一部が明るみに出たが、大部分は今も闇の中にある。高杉良氏は、小説の形をとりながら、しかし、多少の新聞記事や雑誌記事を読んだ者にとっては、実名が簡単に想像できる人物を登場させている。当方ブログも、早い内に書評を書かなければと考えていたが、今朝になって、優れた紹介文があったので、それを率先して紹介することにした。

郵政民営化とは、一体いかなる虚妄と不正が行われたのか、政治的な見直しが放置された背景などを、考えるよすがとしたい。また、当方ブログは、再三に亘って、司法当局による犯罪捜査が行われて然るべきであると主張してきたが、むしろ告発が行われて不起訴になっていること自体が、日本国家の弱体化あるいは、中枢が烏天狗に乗っ取られた気配を示していることが、「虚像」を読んで良く理解できる。(中央銀行総裁までが、買収される場面の記述は圧巻であるし、その中央銀行総裁が、経済財政諮問会議で、郵政の民営化を強硬に主張したことがおもいだされてならない。しかもその人物のテカが、民営郵政会社の幹部に居残っているが、そうした烏天狗のうめき声が現実に聞こえるかのような経済小説である。小説の体を取っているが、ノンフィクションに近い。高杉良氏は、これまで新聞社などから訴えられて裁判をしてきたこともあり、実名が簡単に想像できるような小説を書くことは、高い取材力が背景にあって、裏がとれているからこそ、切り込んだ記事が書けていることと思う。)

「虚像〜政権中枢で規制緩和の旗を振った政商

「二〇〇八年(平成二〇)二月一二日、午前一〇時五分前、千代田区霞が関一丁目の日本郵政ビルの前に一台の車が止まった。“簡保の宿”入札を控え、トップ同士で大枠を確認することが目的」。トップとはワールドファイナンス社長の加藤愛一郎、日本郵政社長の北山良二。「般若顔の北山」は五井住之江銀行の最高権力者として君臨した。「権力に対する執着心も尋常ならざるものがある」
 同席したのは北山が懐刀として五井住之江銀行から連れて来た専務執行役の早河洋。「目付きの鋭いヤクザっぽい風貌、北山の威光を笠に着て、日本郵政のナンバー2として肩で風を切って闊歩していた」。秘書室長の前山弘、経営戦略室長の千田定彦、営業企画部次長の深田正夫を加えた四人は、「経営の中枢を占め、チーム北川と呼ばれている」
 「不動産としてではなく事業の譲渡ということでの入札」は、「すでに一年半前に加藤と北山で認識を共有していた」。「“簡保の宿”の件は北山社長にしっかり説明しておきました。三人で一杯やりましょう」。「小声になると舌足らず気味のべちゃべちゃした口調が癇に障る」竹井平之助。竹井は郵政民営化を進めた大泉純太郎内閣の金融担当大臣。加藤は「竹井の軽さに嫌気がさし、使えなくなる日もそう遠くない」と思うが、竹井、北山と「三人寄り文殊の知恵」を出した仲。そして加藤、北山は「�簡保の宿�譲渡スキームを練り上げてきた」
 高杉良氏の経済小説「虚像—覇者への道㊤驕りの代償㊦」(新潮社)が話題となっている。大泉内閣の政権中枢に食い込み、規制改革推進委員会で規制緩和の旗振り役の「ノンバンクの帝王」加藤は、「儲け仕事しか興味を持たない」。規制緩和路線の裏側で何が仕組まれていたか…、政商にのし上がった加藤が、なぜ表舞台から消えたか…を描く。
 そこに蠢く人物なども“多士済々”。「大企業べったり、財界べったり」の新聞「東経産(東京経済産業新聞)」、そして「ヨタ記事ばかり書き、インサイダーに乗る」記者。通産省の課長だった森川勝造が、加藤と立ち上げた「森川ファンド」、マスコミは「物申す株主」と持ち上げた。そこに出資した日銀総裁となった畑中剛。ワールドファイナンスも「濡れてに粟も極まれり」の巨利を貪った。
 人材派遣会社のエール社長の谷玲子。「頭脳明晰とは言い難いが要領がよく、押し出しの強いルックスで主婦層に根強い人気のある」横浜市長の今西浩二。みなとみらいの開発で、加藤の策動に協力する。プロ野球参入表明や放送局買収問題で名を馳せ、時代の寵児とマスコミが囃した「マルエモン」こと丸尾健太ビデオクラブ社長。「黒を白、白を黒と言いきって恥じない」政治家。加藤は「政治家ほど当てにならないものはない」と述懐する。「その極めつけは、こすっからさは相当な」竹井。
 金郵庁顧問の村木烈とまとめた竹井金融再生プランは、金融機関に厳格な資産査定による不良債権の早期処理を強要した「実体経済に疎い粗悪なアイデア」。貸し渋り・貸しはがしで「中小企業はお手上げ。経済を再生するどころか、不良債権を無理矢理捻り出す仕掛け」をつくった。「デフレ不況下のさなかに無用なまでに厳しい資産査定を断行、日本経済の屋台骨を支える多くの中小企業の息の根を止めた男」「自らの失政を恥じるどころか、円安による輸出企業の好調でマクロ経済が底を打ったことを、銀行の不良債権処理による功績にすり替えた、稀代の詐欺師」と指弾する。
 「世界的にも例のないデフレ不況下で不良債権処理を強引に進めた大泉—竹井路線にマスメディアがチェック機能を果たさなかった点も首をかしげざるを得ない」。銀行の過剰な不良債権の処理で、ハゲタカ外資が巨利を得ただけでなく、「不良債権ビジネス、不動産ビジネスで大いに果実を得た」のが、加藤が率いるワールドファイナンスだった。
 「市場原理主義者の竹井が次のターゲットに定めるのは、合わせて三〇〇兆円を超える郵貯・簡保マネー。この三〇〇兆円を欧米に差し出すとさえ憶測されても仕方がない郵政民営化法」は2005年10月14日に成立した。そして「加藤—北山ルートを遣って、日本郵政の保有する不動産情報を入手した。まさにインサイダー情報」による“簡保の宿”売却の不正が行われた。
 「当面二年は従業員を解雇しない程度の目くらまし」「収益還元法で減損処理」「簿価を二三〇〇億円から一四〇億円に引き下げる」「竹井が行った駄目押しの応援」…。情報は「加藤に筒抜けとなっていた」。会計基準の見直しでは「減価償却期間を六〇年から二〇年に短縮。毎年、費用扱いされる減価償却費は三倍となる。費用が増えれば利益は減少。一部の黒字施設は赤字に転落し、赤字施設はそれが拡大し、簿価は引き下げられた」
 日本郵政のフィナンシャルアドバイザーに就任したダイヤモンドブラザーズの存在も不透明。「契約は基本報酬が一か月一〇〇〇万円。別に成功報酬が売却価格の一・六%、ただし成功報酬には最低金額六億五〇〇〇万円が別途設定された。売却されれば価格がいくらにせよこれだけの実入りがある。一般的に売却する側のアドバイザーは高価格で売却することで成功報酬を高めようとするインセンティブが働くが、日本国民の資産を託されたダイヤモンドブラザーズに、それは皆無だった」
 「“簡保の宿”七〇施設に、首都圏の社宅物件と、世田谷のレクセンターを加え」、そして「世田谷レクセンターが最終的に外された」経緯、全てが密室の中での“出来レース”だった。総務大臣の鳥海太洋が、ワールドファイナンス傘下のワールド不動産への一括売却へ疑義を示し、北山が譲渡契約を白紙撤回するまでの結末、その経緯を示唆する内容には少し違和感を覚えるが、株価が下がる中、カジノ資本主義の中で踊った加藤は「単なる老害経営者」として消えていく。
 その前に竹井は「大泉首相の任期満了に伴う退任に歩調をあわせるように、二〇〇六年九月に任期を四年近くも残して参議院議員を辞職した」。それは「大泉退任で威を借るべき虎がいなくなった上、違法行為がバレたため辞任やむなしと判断。国民を愚弄するにもほどがある。右顧左眄する幇間的な学者や評論家を総動員して、自己正当化のためのプロパガンダを謀ったが、所詮底が割れている」
 大泉首相の下で、暗躍した竹井、加藤、北山…、企業利益のためには手段を選ばず、そこには庶民への思いやりなどは微塵もない。過剰な不良債権処理で多くの中小企業は資金繰りに行き詰まり、規制緩和と相俟って雇用が破壊され、その時代を賑わせた者たちは、水面下で全て繋がっていた。そして公的資金として金融機関につぎ込まれたのは庶民の血税だった。
 郵政民営化の実態、そして、なぜ今、郵政改革が求められているのか、改めて考えたい。
(和光同塵)」

以上であるが、ネットのアドレスがhttp://www.tsushin-bunka.co.jp/?p=1896である。ご参考まで。

Corrupt Scholar?

ジャーナリストの佐々木実氏の書いた記事をネットで探していたら、次のようなサイトに出逢った。市場原理主義の醜悪な一面が端的に紹介されている。他人の論文を盗用の疑惑があって恥じない人物が、学者を称して閣僚を務めた時代があった。新自由主義の政策がもたらした惨害が修復されることなく、引き続いているだけではなく、政権交代を果たしたにもかかわらず、TPPという名の国際的な覇権の枠組みを作って、日本の政治経済、ひいては文化と伝統の破壊を、継続拡大しつつある。

http://unkar.org/r/job/1297666867/22-24

「現在パソナの会長職にある竹中は、一橋大学経済学部を卒業しているが
実は その博士号は当時自分が勤務していた大阪大学で取得したもの。
(竹中を阪大に引っ張ったのは、官舎に愛人を住まわせていたとして
政府税調会長をクビになった本間正明元阪大学教授で、彼もまた
竹中と同じくサプライサイド経済学を志向する経済学者である)

竹中が一橋大学に提出した博士論文のタイトルは
日本開発銀行の設備投資研究所(設研)に勤務していた当時
完成させた 『開発研究と設備投資の経済学』というもので
ハーバード大学に留学していたときの研究成果をまとめたものである。
この論文は東洋経済新報社から単行本として出版されサントリー学芸賞を受賞したが博士号を取得しようとして 提出した一橋大学の教授会では「あまりに初歩的である」と却下され、やむなく阪大に提出、学位を取得した。

その竹中の博士論文には剽窃の疑惑がある。
『月刊現代』2005年12月号の佐々木実『竹中平蔵 仮面の野望(前編)』
によれば、設備投資研究所の同僚の実証分析を剽窃したことが指摘されている。

岩波書店の月刊誌『世界』2009年6月号の経済学者、宇沢弘文東大名誉教授と経済評論家の内橋克人氏の対談「新しい経済学は可能か3」でもこのことが指摘されている。
宇沢教授は、森嶋通夫ロンドン大学名誉教授(故人)とともに
日本人のノーベル経済学賞候補者として名高い近代経済学者で
設研に深く関係していたので、当然当時の竹中を知る立場にいた。
以下、対談の39頁から40頁まで一部引用。

(前略)
宇沢 ある朝、設研の研究会に出かけようとしていたとき、当時
設研の研究員をしていた竹中平蔵氏から一冊の本が贈られてきた。
それは、S君という同僚と二人でやっていた共同研究の成果が
ベースだった。研究会の後、雑談の席で、竹中氏からこんな本が
送られてきたと皆さんに回した。他のだれにも、その本は
送られていなかった。S君も全く知らないことだった。
そのときのS君の苦悩に満ちた表情は見るに耐えなかった。
plaglarizeは、plaglarizeされた側の苦しみの深刻さに
問題がある。心を盗まれてしまったと同じような何とも言えない苦しみです。

(中略)

そのとき、M君という若い研究員がS君にこう言ったのです。
「plaglarizeした、しないとなると、双方が傷つくことになってしまう。このことは忘れてしまって、むしろ、二人で同じようないい研究を
一緒にして、本にしよう」。それから一年ほどかけて、二人で
真剣な共同研究を重ねて、すばらしい成果を挙げ、研究書として
出版したのです。二人とも、経済学者としても、また人間的にも
見事に成長して、いま指導的な大教授になっています。
この事件は、それで一件落着したのですが、設研の雰囲気に
大きな影を残してしまったことは否定できないように思います。
学問の研究は決して一人でやるものではありません。
志を同じくして、お互いに心から信頼し合って共同的な
研究活動を行い、同時に、一人一人のアイデア、研究的貢献を
尊重して、決して粗末にしてはいけない。研究者の仲間は、大切な
社会的共通資本を守るコモンズだということを強調したいと思います。

内橋 『現代』に連載された「竹中平蔵の罪と罰」の中に、
その部分が少し出てきますね。

宇沢 そのときも取材されたのですが、一切触れなかった。

内橋 そうだったのですか。

宇沢 私がアローの下にいた時代は、私の研究人生でいちばん充実し、
実り多かったと同時に、マッカーシズムの恐怖の嵐の中で自殺した
学者が出るなど緊張した時代だった。その後、ミルトン・フリードマンが中心になって学者のモラルを徹底的に壊していく。そういう時期に
アメリカの大学に留学して、それをあたかも自分の
功績であるかのようにして、非倫理的な役割を果たしている
人たちは許せない。
(後略)

*****

かつての恩師にここまで言われているのに、竹中は沈黙を守ったまま。
以前、写真週刊誌に税金をごまかしていると指摘されたときには
すぐ民事訴訟を提起したのに、なぜだんまりを決め込んでいるのか。
竹中は未だに慶應義塾大学の教授も併任しているが、plaglarize(剽窃)は
学者の世界では懲戒解雇はおろか永久追放されるべき重大な不祥事。
学者としての良心とプライドがあるならば、反論する義務があるのに
いつまでたっても沈黙を守ったままだ。
教授と言っても、なぜか現在では講義は受け持っていないらしいので
もしかしたら慶應の学生にこのことを質問されるのを恐れているのかもしれんが。」

Here Remains A Fountain

神州の泉というブログがある。「負け犬根性から脱却しよう。日本人、日本の「かたち」をとらえなおしてみたい。現実の風景も、精神の風景も、本来あるべき日本の風景とはどのようなものか。」として、優れた評論を執筆してこられていたが、昨年の10月以来、中断されていたので、心配していた。体調がすぐれなかったことであったが、この11月から、又再開されている。嬉しいことである。ここに、政治経済の飢えと乾きを癒やす泉が残っている。

当方ブログの読者の皆様も是非、神州の泉のブログを読んで頂きたいものである。もちろん、意見が同一である必要もないから、微妙な違いを楽しみながら、事実を比較点検して、真実の日本の風景を追い求めることにしたいものである。

神州の泉のアドレスは、http://shimotazawa.cocolog-wbs.com である。

No TPP Conspiracies

小泉俊明衆議院議員のメルマガである。正論である。ご参考まで。

「2011年11月05日(土曜日) 14:54:57
衆議院議員小泉俊明です。メルマガ No.1635「TPPは平成の亡国・ハッキリNOを」

今TPPへの参加の是非が問題になっていますが、冷静かつ客観的にメリットとデメリットを分析し、あくまで国民の利益を守る視点から結論を出すべきだと思います。

私は様々な有識者や役所や団体のお話を聞き、各種データを分析した結果、TPPは日本国民にとってメリットがほとんど無く、デメリットが大きすぎるとの結論に至りました。

(1)<<私達の食糧と安全を守ろう>>

まず日本国民の食糧を守ることは国の最低限の責務です。

日本の穀物自給率は僅か26%、いつも世界192国中下からワースト10に入っています。もちろん先進国中ダンドツの最下位です。

先進国中ワースト2のイタリアでも約80%。こんな国は日本しかありません。

TPPに参加すれば日本の農業は壊滅的打撃を受け、穀物自給率はますます下がることは確実です。

全世界の輸出穀物の7割はたった6カ国で賄われており天候異変で穀物の輸入が止まる現実的危険があります。

かつて米国からの大豆の輸入が止まった時のことを思い出して頂きたいと思います。

どこの国も自国で足りなくなった時、穀物の輸出はしてくれません。

日本の農業を大規模化すれば競争できるとの主張がありますが、私はアメリカ、中国の大農業地帯をこの目で見てきました。

どんなに日本が大規模化しても、アメリカやオーストラリアや中国などの広大な農地に比べれば日本の全農地を集約したとしても所詮猫の額であり、規模では最初から競争にはなりません。

現に100ha以上耕作している大規模農家の方々が真剣に反対をしています。

日本農業は安全性と品質で対抗すべきなのです。しかし、TPPに参加すればこの安全性も脅かされます。ポストハーベスト問題や遺伝子組み換えの表示も不要になると言われています。

(2)<<輸出産業にメリットはあるのか?>>

有識者の話や様々なデータを分析すると、製造業にとっても喧伝させるほどメリットはありません。

日本の市場が広がり輸出が増えるとの主張もありますが、早稲田大学の野口教授の試算では、0.4%しか輸出は増えずほとんどメリットは無いと明確に指摘しています。

TPP加盟国と参加予定のシンガポール、チリ、ブルネイ、ニュージーランド、ペルー、ベトナム、マレーシア、コロンビア、アメリカと日本の10か国中、アメリカと日本だけでGDPの9割を占めています。

消費市場として他の国々は余りにも経済規模が小さく、ほとんど日本の輸出が増える余地は無いのが現実です。

最大の輸入国であるアメリカは、オバマ大統領が輸出を2倍に増やすと言っており、これ以上日本の対米輸出が増えることも考えられません。

元経済産業省官僚であった中野剛志京大准教授が指摘するように、米国の農畜産物だけが大量に日本市場に入ってくるだけの結果になる公算が大なのです。

内閣府と経済産業省は、自ら示すプラスの数字の理論的根拠を明確に示すべきです。メリットが無いとする民間有識者の試算との食い違いをきちんと公開でデータの信憑性を戦わせるべきです。

またそもそも我が国の輸出総額は50~60兆円と日本の経済規模全体の約1割に過ぎず、0.4%位輸出が増えてもほとんど国民への経済効果は期待できません。

日本は世界に冠たる内需大国であり、内需拡大政策の方が遥かに経済波及効果が高いのです。

(3)<<韓国・中国は不参加>>

デメリットだけでメリットがない。

だからこそ韓国は、TPPでは無く米国との2国間協議であるFTAを選んだのです。

また当初参加を検討していた中国もメリットがないため参加を見送ったのです。

(4)<<日本への投資が増えるのか?>>

参加によって日本への投資が増えるとの主張もありますが、金融投資の面ではすでに日本の株式市場の七割が外国人売買で占められるという世界的にも異常な状況にあり、これ以上の増加は考えられませんし、また好ましいことでもありません。

また工場などの直接投資増も、現在の超円高下では考えられません。

日本企業ですら海外進出せざるをえない状況で、TPPへの参加によってなぜ外国の直接投資が増えるのか全く理解に苦しみます。

(5)<<日本医師会は反対を表明>>

日本医師会は、世界に冠たる国民皆保険制度が破壊されるとして、正式に反対を表明しています。

病気になってもお金がないとお医者さんにもかかれないアメリカのような国に日本をしてはなりません。

(6)<<関税自主権の放棄の是非>>

TPPの実質は、『関税自主権』を自ら放棄することにあります。

しかし、歴史的に見ても『関税自主権』を自ら放棄することは明らかに間違っています。

過去の世界中の独立戦争は関税自主権を巡る戦いだったと言っても過言ではありません。

江戸末期の1858年我が国は日米修交通商条約により『関税自主権』を失いました。

『関税自主権』を取り戻すために、日清戦争を戦い1899年までの41年間もの長い歳月を要したこと、先人たちの幾多の血が流されたことを忘れてはなりません。

(7)<<平成の亡国の危険>>

『平成の開国』との言葉が一人歩きしていますが、日本は最初から『鎖国』などしていません。

平均関税率は他の先進国より低いのが真実であり、最も開国の進んだ国なのです。

真実と異なるスローガンは国民を欺く危険なプロパガンダです。

私は『平成の亡国』になると危惧しています。

(8)<<ハッキリYes!ハッキリNo!を>>

TPP推進論者の本音は、結局アメリカの要望だから言うとおりにしたほうが良いということにあるようです。

しかし、我が国でエコノミストとして第一人者である菊池英博先生がアメリカに出張しており、11月3日バーナンキFRB議長とTPPの問題につき話をされたと国際電話を頂きました。

バーナンキFRB議長は、『TPPについて、日本はノーならなノーとはっきり自分の意見を言うべきです。

そうすればアメリカも日米双方の友好関係を損なわないような別の方法を考える。』と言われたとのこと。

バーナンキ氏は、小泉内閣の時に時価会計を日本が採用した時も、『デフレの時に時価会計を採用すれば、ますますデフレになるのは当然です。

今は時価会計を入れる時期ではないと、日本はノーならはっきりノーと言うべきです。』と言っていたとのこと。

今回もTPPが無理に日本に押し付けられれば、国民が反米感情を持ち反って日米関係に亀裂が入る可能性があります。

大激動期を迎えたいま、世界中の国々が国益をかけた外交交渉を繰り広げています。

大切なことは経済大国である日本が、国益のために自分たちの意見を明確に主張することです。

正々堂々と、日本にとってメリットのないTPPにハッキリNOを言いましょう。

【国民の利益を守ろう@小泉俊明】

No TPP Conspiracies

小泉俊明衆議院議員のメルマガである。正論である。ご参考まで。

「2011年11月05日(土曜日) 14:54:57
衆議院議員小泉俊明です。メルマガ No.1635「TPPは平成の亡国・ハッキリNOを」

今TPPへの参加の是非が問題になっていますが、冷静かつ客観的にメリットとデメリットを分析し、あくまで国民の利益を守る視点から結論を出すべきだと思います。

私は様々な有識者や役所や団体のお話を聞き、各種データを分析した結果、TPPは日本国民にとってメリットがほとんど無く、デメリットが大きすぎるとの結論に至りました。

(1)<<私達の食糧と安全を守ろう>>

まず日本国民の食糧を守ることは国の最低限の責務です。

日本の穀物自給率は僅か26%、いつも世界192国中下からワースト10に入っています。もちろん先進国中ダンドツの最下位です。

先進国中ワースト2のイタリアでも約80%。こんな国は日本しかありません。

TPPに参加すれば日本の農業は壊滅的打撃を受け、穀物自給率はますます下がることは確実です。

全世界の輸出穀物の7割はたった6カ国で賄われており天候異変で穀物の輸入が止まる現実的危険があります。

かつて米国からの大豆の輸入が止まった時のことを思い出して頂きたいと思います。

どこの国も自国で足りなくなった時、穀物の輸出はしてくれません。

日本の農業を大規模化すれば競争できるとの主張がありますが、私はアメリカ、中国の大農業地帯をこの目で見てきました。

どんなに日本が大規模化しても、アメリカやオーストラリアや中国などの広大な農地に比べれば日本の全農地を集約したとしても所詮猫の額であり、規模では最初から競争にはなりません。

現に100ha以上耕作している大規模農家の方々が真剣に反対をしています。

日本農業は安全性と品質で対抗すべきなのです。しかし、TPPに参加すればこの安全性も脅かされます。ポストハーベスト問題や遺伝子組み換えの表示も不要になると言われています。

(2)<<輸出産業にメリットはあるのか?>>

有識者の話や様々なデータを分析すると、製造業にとっても喧伝させるほどメリットはありません。

日本の市場が広がり輸出が増えるとの主張もありますが、早稲田大学の野口教授の試算では、0.4%しか輸出は増えずほとんどメリットは無いと明確に指摘しています。

TPP加盟国と参加予定のシンガポール、チリ、ブルネイ、ニュージーランド、ペルー、ベトナム、マレーシア、コロンビア、アメリカと日本の10か国中、アメリカと日本だけでGDPの9割を占めています。

消費市場として他の国々は余りにも経済規模が小さく、ほとんど日本の輸出が増える余地は無いのが現実です。

最大の輸入国であるアメリカは、オバマ大統領が輸出を2倍に増やすと言っており、これ以上日本の対米輸出が増えることも考えられません。

元経済産業省官僚であった中野剛志京大准教授が指摘するように、米国の農畜産物だけが大量に日本市場に入ってくるだけの結果になる公算が大なのです。

内閣府と経済産業省は、自ら示すプラスの数字の理論的根拠を明確に示すべきです。メリットが無いとする民間有識者の試算との食い違いをきちんと公開でデータの信憑性を戦わせるべきです。

またそもそも我が国の輸出総額は50~60兆円と日本の経済規模全体の約1割に過ぎず、0.4%位輸出が増えてもほとんど国民への経済効果は期待できません。

日本は世界に冠たる内需大国であり、内需拡大政策の方が遥かに経済波及効果が高いのです。

(3)<<韓国・中国は不参加>>

デメリットだけでメリットがない。

だからこそ韓国は、TPPでは無く米国との2国間協議であるFTAを選んだのです。

また当初参加を検討していた中国もメリットがないため参加を見送ったのです。

(4)<<日本への投資が増えるのか?>>

参加によって日本への投資が増えるとの主張もありますが、金融投資の面ではすでに日本の株式市場の七割が外国人売買で占められるという世界的にも異常な状況にあり、これ以上の増加は考えられませんし、また好ましいことでもありません。

また工場などの直接投資増も、現在の超円高下では考えられません。

日本企業ですら海外進出せざるをえない状況で、TPPへの参加によってなぜ外国の直接投資が増えるのか全く理解に苦しみます。

(5)<<日本医師会は反対を表明>>

日本医師会は、世界に冠たる国民皆保険制度が破壊されるとして、正式に反対を表明しています。

病気になってもお金がないとお医者さんにもかかれないアメリカのような国に日本をしてはなりません。

(6)<<関税自主権の放棄の是非>>

TPPの実質は、『関税自主権』を自ら放棄することにあります。

しかし、歴史的に見ても『関税自主権』を自ら放棄することは明らかに間違っています。

過去の世界中の独立戦争は関税自主権を巡る戦いだったと言っても過言ではありません。

江戸末期の1858年我が国は日米修交通商条約により『関税自主権』を失いました。

『関税自主権』を取り戻すために、日清戦争を戦い1899年までの41年間もの長い歳月を要したこと、先人たちの幾多の血が流されたことを忘れてはなりません。

(7)<<平成の亡国の危険>>

『平成の開国』との言葉が一人歩きしていますが、日本は最初から『鎖国』などしていません。

平均関税率は他の先進国より低いのが真実であり、最も開国の進んだ国なのです。

真実と異なるスローガンは国民を欺く危険なプロパガンダです。

私は『平成の亡国』になると危惧しています。

(8)<<ハッキリYes!ハッキリNo!を>>

TPP推進論者の本音は、結局アメリカの要望だから言うとおりにしたほうが良いということにあるようです。

しかし、我が国でエコノミストとして第一人者である菊池英博先生がアメリカに出張しており、11月3日バーナンキFRB議長とTPPの問題につき話をされたと国際電話を頂きました。

バーナンキFRB議長は、『TPPについて、日本はノーならなノーとはっきり自分の意見を言うべきです。

そうすればアメリカも日米双方の友好関係を損なわないような別の方法を考える。』と言われたとのこと。

バーナンキ氏は、小泉内閣の時に時価会計を日本が採用した時も、『デフレの時に時価会計を採用すれば、ますますデフレになるのは当然です。

今は時価会計を入れる時期ではないと、日本はノーならはっきりノーと言うべきです。』と言っていたとのこと。

今回もTPPが無理に日本に押し付けられれば、国民が反米感情を持ち反って日米関係に亀裂が入る可能性があります。

大激動期を迎えたいま、世界中の国々が国益をかけた外交交渉を繰り広げています。

大切なことは経済大国である日本が、国益のために自分たちの意見を明確に主張することです。

正々堂々と、日本にとってメリットのないTPPにハッキリNOを言いましょう。

【国民の利益を守ろう@小泉俊明】

Corrupt Postal Privataization

http://www.tsushin-bunka.co.jp/?p=1855

郵政民営化後のかんぽ会社の商品の「構造的欠陥」について、署名入りで告発が行われている。

http://www.tsushin-bunka.co.jp/?p=1506

http://www.tsushin-bunka.co.jp/?p=1535

http://www.tsushin-bunka.co.jp/?p=1556

http://www.tsushin-bunka.co.jp/?p=1576

2011年10月24日号

終身保険・入院特約の制度改正を!
―「死亡時返戻金の支払」・「終身払」の復活―
東京簡保交友会 会長●早田利雄

1.終身保険・入院特約の苦情等は、30年に向けて、徐々に、しかも確実に増加! 

 「即時定期年金・入院特約」は、お客様の苦情等に端を発し、発売2年6か月後の23年1月、販売自粛に追込まれた。
 しかし、「終身保険の入院特約には、苦情等のリスクはない。」とかんぽ会社は、主張する。果たしてそうか。  
 現時点では、苦情等は、ほとんど表面化していない。
●お客様は、「死亡時に返戻金がないこと。」から生じる種々の現象について、まだ十分理解していないこと。また、加入者死亡の事例が少ないこと。
●発売3年経過の現時点では、基本契約の保険金は、払込額の数倍の金額となり、加えて特約料の支払総額もまだ少額なため、損失感を感じていないこと。
 しかし、払込済契約が発生する30年に向けて、徐々に、しかも確実に苦情等は増加していくだろう。 
①未経過特約料は、52歳時の67万円から60歳時は374万円と払込済直後がピークとなる。しかも、この金は、受取人等には、一切払われない。
②基本契約の保険金と払込総額との差額(プラス分)は、52歳時の838万円から、60歳時は190万円と激減する。時の経過とともに、①との関係もあり、総合的な収支は徐々にマイナスとなり、損失感を強く感じるようになる。
③統計的には、男性は82歳程度で、加入者の半数が多額の未経過特約料を残して死亡する。
(例示 50歳加入・60歳払込済、1千万円・男性)[8月1日掲載]

2.現特約の「正味保険料」は、80歳で死亡した時、前特約より230万円高い。

 各死亡年齢別の現・前特約料の比較は、表1の通りである。
 20年7月から発売した現入院特約(「その日から」)は、毎月の「入院特約料(表定保険料)」は、入院1日日から保障する等内容の充実を図っている中で、250万円安くなっている。
 しかしながら、「死亡時の返戻金がない」ため、実際にお客様が支払う「正味保険料」は、前特約より高い場合がある。
 払込済直後の60歳で死亡したとき、前特約は、払込総額は689万円。しかし、死亡時返戻金が628万円払われるので、正味保険料は、61万円。一方、現特約は、表定保険料439万円のままのため、378万円高いことになる。
 70歳死亡時は、344万円、80歳死亡時は、230万円高くなっている。
 保険料の引下げは、「表定保険料が対象」とかんぽ会社は説明するが、「正味保険料」を見ると、男が平均寿命(80歳)で死亡した時、230万円も高いのでは、「特約料を引下げた。」ということがお客様には実感できない。
 中国の故事成語「羊頭狗肉」を思い出す。[7月11日掲載]

3.日本・第一・明治安田の大手三社は「終身払」、かんぽは「有期払」

 かんぽ会社は、「死亡者に積立てられた積立金を残余の被保険者群団に繰入れ、保険料を引下げたので、返戻金はない。」と主張する。加えて、返戻金の受取権利者が基本契約の受取人と異なる場合のトラブル解消のためと言うが、解消策は、「返戻金受取人の事前指定制度」等他にも有効な方法がある。  
 更に「他の民保では、解約時の返戻金の仕組みはあるが、死亡時の返戻金は、設けないものが多い。」と、「他の民保並み」を強調するが、その実態は?
 日本、第一、明治安田大手三社の医療保険(終身型)の払込み方法は「終身払(終身にわたり、毎月払込)」のみである。
 現「終身保険」の特約料は、一生涯分を一定の払込期間に全額払込む「有期払」を採用している。そこで、払込済後の60歳時の解約返戻金は、払込総額の85%・男は374万円、女は421万円である。この返戻金は、「未経過特約料(60歳から100数歳までの将来の特約料分)」を還付しているものである。80歳時は290万円、100歳時にも110万円(男)の未経過特約料が存在する。
  「終身払」であれば、未経過特約料は発生するものの、その額は、「有期払」に比べ、極めて少額である。したがって、「死亡時返戻金がないこと」に、お客様の理解を得ることも容易である。「死亡時返戻金がない制度」とするのなら、他の民保並みに「終身払」を採用すべきである。

 参考)簡保の特約料払込方法等の変遷
 ①平成5年3月末以前  「終身払―死亡返戻金なし」
 ②平成20年6月末以前  「有期払―死亡返戻金あり」
 ③平成20年7月以降  「有期払―死亡返戻金なし」
 注) 「一時払」は、23年1月以降、販売自粛(停止)
(例示 50歳加入・60歳払込済、1千万円・男性)[7月18日掲載]

4.現特約の「有期払・一時払で、死亡時返戻金がない制度」は、構造的欠陥!

 23年1月に、終身年金の販売自粛と合わせ、「即時定期年金の入院特約は、『死亡返戻金がないため、被保険者が早期死亡した場合の喪失感が大きいこと。』から、販売を自粛する。」との指示文書が出ている。
 「即時定期」の場合、1000万円の入院特約料は、111万円である。加入直後等お客様が早期に死亡したとき、「死亡時の特約返戻金は、ない。」というルールにより処理すれば、受取人等が納得しないことは、当然予測できる。   
 しかし、この問題は、制度創設時から指摘されていたものである。その説明会場でも「このままでは、将来、お客様とのトラブル発生が危惧される。改善して欲しい。」という声が多く出されたが、一顧だにされなかった。
  「販売自粛」は、お客様の苦情等により実施せざるを得なくなったものではあるが、制度創設時に、この事態を想定していなかったとすれば、「極めて杜撰・稚拙な制度設計である。」という批判を、免れることは出来まい。。 
 何れにしても、即時定期年金の販売自粛は、「有期払・一時払で、死亡時返戻金がない現入院特約は、制度的に破綻していること。」を認めた証左である。
 かんぽ会社は「説明不足等による将来的な苦情等のリスクの発生と販売実績が低調なことを考慮し、即時定期の入院特約を自粛した。」と強弁する。
 しかし、苦情等は「一時払でありながら死亡時返戻金がない。」という制度設計から来る構造的欠陥であることを認識しなければ、真の解決策には至らない。
[7月25日掲載]

5.「『終身』は、10年間の特約料が『養老』の 5.2倍」でも苦情等は起きないか?

 現在、販売継続中の「終身保険」の入院特約料の総額は、439万円、60歳時の払込済直後の未経過特約料は、374万円である。これは、即時定期111万円の3倍超の額である。据置定期年金は、ほぼ同額の110万円である。
  「一時払」と「分割払」の相違はあるが、「被保険者が保険期間中に死亡した場合、未経過期間割合の保険料が払戻されない仕組み」であることは、即時定期と何等変わることはない。有期払制度を採る終身保険・据置定期年金を販売自粛の対象外とするのは、全く整合性が取れない不合理な処理である。 
 簡友会の「速やかに終身保険の入院特約は、販売自粛すべきである。」という提言に対し、かんぽ会社は、「保険料の払込方法を分割払とする基本契約に付加する特約については、①加入後早期の死亡にあっては、払込保険料が少額であること。②保険料払込済年齢の近く又はそれ以降の死亡にあっては、それまでの期間の保障提供があるから、即時定期のような苦情等のリスクはない。」と主張する。
 ①52歳の事例では、基本契約が838万円のプラスとなるため、総合収支は、767万円のプラスになる。しかし、入院特約料を分計すれば、払込総額の80%・71万円が未経過保険料(払い過ぎ)である。
  60歳の事例では、基本契約のプラス分は、190万円に激減し、未経過保険料が354万円であるため、総合収支は、164万円のマイナスになる。
 ②「60歳死亡のときは、それまでの間、入院保障を提供しているので、苦情等にはならない。」と主張するが、これでは、50歳から60歳まで10年間の入院特約料が、「養老保険タイプでは85万円」、「終身保険タイプでは5.2倍の439万円」となり、全く合理性がない。
 ③素直に「入院特約料は、52歳時は17万円、60歳時は85万円。差額の71万円、354万円は、保険料引下げの原資に活用した。したがって、返戻金はない。」と言うよりほかない。しかし、この回答でお客様の理解・納得が得られるとは到底思えない。
 注)本項の入院特約料は、養老保険(50歳加入・60歳満期、1千万円・男性)と同額(月額7,100円)と仮定
(例示 50歳加入・60歳払込済、1千万円・男性))[8月1日掲載]

6.100万件を上回る現入院特約加入者に正確な情報を丁寧にお知らせすること。

 即時定期への入院特約付加は、23年1月以降自粛しているが、それ以前の加入者に「販売自粛に関するお知らせ」等を、一切行っていない。23年10月の「販売停止」も公表していない。甚だしく不誠実な対応である。
 一方、終身保険への現入院特約付加は、既に100万件を上回り、更に増加し続けている。「重要事項は必ず説明し、ご理解いただいている。」と言うが、社員の相当数が、入院特約の仕組みを十分には理解していない現状から、この判断を信じることは出来ない。早急に、正確な情報を提供する必要がある。
  「死亡時に返戻金はない。」とその概略は説明していても、その内容をどこまで具体的に説明し、お客さまがどの程度理解しているかについては、多くの課題が残っている。①死亡時に返戻金を支払わない理由は②正味保険料・未経過保険料等への影響は③継続か、解約か、その選択の利害得失は。等々
 80歳の時、特約を解約すれば、男は290万円、女は361万円の解約返戻金が払われる。これと同額となる入院日数は、男は190日、女は240日である。これに対する評価は?    
 入院特約をそのまま継続して、入院保険金・手術保険金・長期入院一時保険金を受け取るのか。それとも解約するのか、あなたは、どう助言するか。
 入院特約発売当初から、優績者の一部は、「75~80歳までに解約を進める話法」を展開し、トラブルからの自衛を図っている。しかし、解約前に死亡したお客様の不利益を防ぐことは出来ず、それは、入院特約制度の改正に委ねざるを得ない。
「生涯補償」を標榜しながら、80歳前後の時点で、解約を進めることは、異常事態である。お客さまのためにも、社員のためにも速やかに解決すべき課題である。
[8月1日掲載]

[結 論]
既述の論点から明らかなように、終身保険・入院特約制度の選択肢は、
「有期払―死亡返戻金あり」「終身払―死亡返戻金なし」の二つである。
おかしいことをおかしいと認める勇気を!

No TPP

TPPは、昨年、普天間の問題が膠着状態になってから突然浮上して、菅政権が環太平洋と誤訳の名前を叫びだし、地震があって外国製の欠陥原発が暴走して、日本が弱体化したことを見透かすように、問題化した対日謀略の最新版である。野田内閣になって、その手先のうわついた政治家が外交の補佐をするようになっていよいよ顕著になった。

交渉のテーブルに着かないことが最上の対策である。いろんな圧力、罵詈雑言を浴びせてくるだろうが、奴隷状態になるよりはマシである。戦後を見ても、日本が経済的に復活すると、同盟国と言われるその外国は、繊維交渉、東芝COCOM事件、自動車貿易摩擦、スーパー301条事件、保険協議、その他の通商摩擦、日米電電資材調達、などなどと、あらゆる押しつけを行ってきた。日本の自主防衛を妨げながら、米軍と自衛隊とを相互運用などと、独立国家としての軍事力の保持を妨げながら、経済分野では、属国化をしようと攻勢をかけてきた。最近では、新しい兵器は売らないなどとの高飛車の姿勢も見せるようになった。在京の外国商工会などは、内政干渉そのものの提言書を活字にして堂々とな発表する居丈高な横柄が日常茶飯事となっている。郵政民営化のように、世界最大の国民資産のカジノ経済への投入を画策したが、幸いにして、リーマンショックの荒波から逃れている。二束三文になる、危ないところだった。

アダムスミスの自由貿易とは、英米にとっての自由貿易が他国に取っては不自由貿易で有り、国富の増大とは、他国に取って植民地化へと亡国の道でしかない。しかし、英米の住民、国民もベニスの商人の末裔に簒奪されて、国家が商売の道具となっていたことも事実である。実際、米国の中央銀行の制度は、国家とは関係なく、有力の銀行の私的な団体である。政治が商売をすることは、当然であるが、果たして日本の国家間とは、似て非なるものである。今、ニューヨークで、ウォール街占拠の運動があるが、一パーセントの支配層が、99パーセントの住民、国民を支配する国である。日本はそうではない。そうした区別はあり得ない。

APECが布哇(ハワイ)で開かれ、そこに参加する総理大臣が慌てて、TPPに対して政治決断をするなどと訳のわからない、錯乱したような話をしているが、布哇の王朝が失われ、併合されたことを忘れてはならない。ハワイは日本に助けを求めたが、残念ながら、当時の日本の国力では助けることはできなかった。)イギリスでも、外国勢力が17世紀の初めに武力で乗っ取った前例があり、その時の手法が布哇乗っ取りの手法に酷似しているのも不思議であるが、初の黒人の大統領がハワイ出身であると言うのも単なる偶然ではない布陣である。

自由貿易の為には、国家の存在こそが障害であると考える連中の陰謀である。英米の住民、国民のなかにも、その簒奪で被害を受けた者が多数である。布哇の原住民は、厳しい抑圧の下にある。観光で行けばすぐ判るが、原住民が、布哇の島の角に追いやられている。明日の日本の運命のようだ。投資家に対する国家の規制を撤廃させて、やりたい放題の野放しにしようという謀略だ、しかも文書になっている。国際仲裁などは、明治の時代の領事裁判権と同じだ。

なにか、帝国主義の時代に戻ったようだ。日本の立正安国を祈り、行動しようではないか。明の大帝国が寄せてきたときも、足利氏が逆賊の気配を見せたが、三種の神器を守ることができた。

今回も、徹底して、抵抗することが必要だ。日本を、英米のように、ベニスの商人の末裔に支配される国家にしてはならない。

大地震があり、原発の暴走があり、戦後占領政治の虚構が明るみに出た。ばれた。日本は、自力で分水嶺を越えなければならない。TPPと言う謀略の最新版が、日本の一部の政治家を操作しているが、日本を簒奪に委ねるわけにはいかない。絶対阻止だ。

自立・自尊の日本を創造する良い機会が訪れたのだ。ハワイで、TPP拒否をむしろ明言すべきである。アジア太平洋の諸国、そして、英米の抑圧された住民、国民も、立ち上がる日本にきっと共感を示すはずだ。ショックドクトリンにおびえていた中南米諸国も、最近のアルゼンチン大統領の再選に見られるように、自立自尊の歩みを深化させている。世界の大勢は、日本の独立した行動を必ず八紘為宇の行動として評価するはずだ。

Around Japan in Eight Minutes

八分間で日本を一周する。映像が美しい。

Go around Japan in 8 minutes.

Kuroshio Culture and Tradition

 黒潮の自然にはぐくまれた人間の生活について、学者の話では無く、多少の神がかりとなって、月二回のペースで、短文を書いていたら、今回で59回目になった。小舟を操って、黒潮の流れに従ってあちらこちらと漫遊している気分だ。言葉のことを書こうと思っていたら、幼稚園の同級生?から、徳之島の方言(しまぐち)を調査した本のコピーを頂戴して参考にした。引用文献を明示するのが礼儀であるが、余白も足りなかったので、次回に掲げる。ご寛恕のほどお願いしたい。ただ、「各集落が、シマと呼ばれる独自の世界をなしている」と言うことが実感であることは、特段強調しておきたい。

 リストにしてまとめておかなければ、ネット上のどこにあるかが判らなくなってしまって、探すことすら難しくなってしまう。情報の海に溺れてしまうことになるから、毎回毎のアドレスを列挙して、当方ブログの関心の向きには、第一回から読めるようにした。黒潮文明論などと壮語しているが、たいしたことはない。黒潮とその大自然と、その中で生きる人間が作り出す文化に味があることを何とか、その一端を表現しようとしてあがいているだけなのかも知れない。

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59 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/kuroshio-59.html

○の中に、数字を書くやり方がまだ判らないので、51番目からは、○なしになっている。読者でご存じの方がおられれば,ご教示方お願いしたい

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Kuroshio 59

黒潮言語(島言葉)の豊かさ

 言語は、文化の中心から周辺へと伝搬する。柳田國男が「方言周圏論」を論じて「蝸牛考」と題したのは卓抜で、カタツムリの殻のように渦を巻いて言葉が伝わっていく寓意であろうか。長い時間が懸かるが悠久ではない。故郷六十年と慨嘆するうちにも、あっさりと言葉は変わってしまう。還暦と同様に言葉は、六十年で世代交代するというのが、体感できる仮説である。沖縄で一昔前は、占領軍の言語を流暢にする者が金門(ゴールデンゲート)クラブなどと名付けた留学組のクラブを組成して、丁々発止の勢があって、英語でちゃんと啖呵を切っていたが、交渉する気力が弱くなって、地元では、方言(しまことば)がラジオの番組の一部になったりと標準語(やまとぐち)に圧倒されている。成人式の日に、ヤッコ(奴)さんのような袴を着て、酒を飲んで暴れている姿を見ると、黒潮の島の誇りある若者がこれでは情けないと眉をひそめることである。強い蒸留の酒ではなく、頭を錯乱させて二日酔いの残る醸造酒を飲む習慣が加わったことを恐れる。ハワイや中南米の移民の間に、昔ながらの首里や那覇の正調の言葉が残っているが、山原(やんばる)や宮古(みやーく)や、奄美や、波照間、与那国をはじめ、その他の島々の独特の方言(しまことば)の運命は推して知るべきで、東京や大阪や神戸に島から出て来て、まさか、自分が方言を話す最後の世代で、なにか世界遺産にでもなったか、あるいは黒ウサギやハブのように古生代からの生き残りのような感懐に囚われるのは、やはり、言語が強い者にまかれて弱者の言語は、亡びてしまう運命にあるかと疑ってしまう。しかし、それでも、その小さな言語が豊かな表現を保持して、どこかにその形跡を残し、人間世界の言語全体が豊になるなら、単に嘆き悲しむばかりではなく、言語文化の伝承に努めようと思うのが、おおらかな島人(しまんちゆう)の気合いである。元ちとせ氏の島唄のコンサートの話を書いたが、月の夜の黒潮の浜辺の悲唄(エレジー)が、日本列島から世界に広がっていく可能性も考えられて、おもしろい。

 さて、島の中の言葉のことを言うと、外側から見ると、そんな小さな島の中で、同じだろうと思うと、これが大間違いである。こんなに違うのかと思うほどに、隣の集落と全く異なる言葉が、日常生活で使われる。川に橋が架かり、道路ができてバスが走るようになれば、他人の集落にも出かけるようになるが、標準日本語を理解するよりも隣の集落の言葉の方がより難しいこともままある。奄美の徳之島の方言で検証すると、方言の地図を作れば、モザイクになり、実に多様性がある。「この島なりに中心があって、そこから周辺に伝播したらしいことがうかがえる。(以前、代官所があった)亀津(かめつ)がその中心地である。」と書いていても、隣の奄美大島の名瀬や古仁屋(こにや)とも関係が無いほどに言語の変化がゆっくりとしていても、隣の集落とのご縁が積み重なって、例えば、通婚が可能になるまでには、それこそ世代がかかっており、男女の糸をたぐり寄せて夫婦が世帯を持って定着してもなお、集落毎の言語の個性が継続している。別の表現をすれば、島がその島なりに「独立国」であり、集落が集落なりに自給自足を果たして、「独立」していたのであるが、交易が進み、相互依存が進んで、ようやく、その独立ならぬ孤立が克服される。奄美大島の大和(やまと)村は、船で通う陸の孤島であったが、トンネルができて、中心の名瀬から通勤圏になった。祖母が大和浜の教師になってオルガンを弾くために赴任した大正の時代には、船に乗ったという話を聞いたし、記憶が斑になった母親が、鹿児島の女学校に行かずに、奄美の女学校に行ったのは、船酔いのせいで、七島灘(しちとうなだ)を船で越える気力がなくなり、名瀬で中途下船をしたからだと聞いたのも初めてのことだったが、「各集落が、シマと呼ばれる独自の世界をなしている」ことは驚きではない。

 辺境に古語が残るのは、言語地理学の主要な仮説であるが、徳之島の中でどの集落の言葉が古いかというと、島の南北両端の手々(てて)と伊仙(いせん)のことになる。沖縄では、島の南部を島尻と呼んでいる。豊饒をもたらす神は東からやってくるから、綱引きは、必ず西方に勝たせなければならない、道路の方向ではないと、その沖縄の言い伝えが、ちゃんと徳之島の島尻の綱引きに残っている。端的な例であるが、猫は、島の大部分でマユと言うが、ミャウとにニャウとの音韻が亀津から広がっている。膝のことを古語で「つぶぶし」と言うが、徳之島では、ちぶし、ちんしである。奄美大島では、ちぶしである。ナメクジをナンタクジラといい、カタツムリをチンナンディラと言う。パパイヤは、マンジョマイと呼び、別の集落ではモッカというが、パパイヤが入ったのは、最近の大正時代である。サツマイモは、島の南部できれいに分布して、伊仙でヤンと呼ばれ、他では、ハンシン、ハンジンという。首里ではハヌスと呼んでいるから、本当は、古いヤンと共通語のカライモとは異なる植物だった可能性もある。

 琉球王国の氏族が島の南部の伊仙に多いせいか、他ではヤーと言うが、伊仙ではウラと言う。下は、シャー(した)と、シュー(しも)の区別もできる。フクロウは、ツクフが古いが、モグラはいない。(つづく)

Morita School

http://moritasouken.com/sMJ24.HTML

ご参考まで。森田実先生が主宰する森田塾のコーナーの記事である。

No TPP

わかりやすい動画である。懐かしの三船敏郎である。不平等条約を阻止しなければならない。地震、原発暴走、TPPと一挙に国難が日本を襲っている。ひるんではならない。日本の自立・自尊を悲願としなれば、関税自主権は取り返せない。明治の時代と今の時代とが鏡のように重なる。

A Cup of Noodle

味もいいが、椀がすばらしい。桜細工の器である。東京品川にある、秋田県のアンテナショップ、あきた美彩館に併設されたレストランでの、稲庭うどんのぶっかけ500円也である。拝金の市場原理主義者とは、関係の無い味であり、食品である。遺伝子操作の小麦粉のことを考えるだけで、まずくなる。

Japan China Relation

 TPPなどの問題に議論が直截的になりがちであるが、来年が日本と中国共産党が率いる中華人民共和国との国交が「正常化」して40年になることは、ロシアの指導体制の変化に対する対応などと並んで重要な節目の年であることを印象づけている。

 支那では、来年新しい中国共産党幹部人事の体制が発足するから、もうすでに人事の季節になっている。日本では、政権交代後の政権が迷走しているなかで、地震があり、原発が暴走して、はたまた、日米関係をめぐるTPPを巡って、国難に陥った。日中双方に大局を欠いている可能性があり、国交の記念行事などについて考える余裕が無くなっている可能性があると指摘する向きがある。

 日本と中国との国家間の関係は極めて重要である。最近の中国は急速な経済成長の下で、覇権主義と拡張主義を示す傾向にあるから、アジア太平洋の平和と安定を求める日本の役割は重大である。来年が節目の年であれば、当方ブログは、ささやかながら、台湾やその他のアジアの諸国との関係はもとより、ロシアや朝鮮半島情勢、はたまた太平洋の海洋の島嶼国との関係を含めて、日中関係について、多角的・多面的に考える契機にしていきたいと思う。読者のコメントも、是非お寄せ頂きたい。

No TPP, No Foreign Domination

Stop TPP

Postal Crimes

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