構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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Economics of Patriotism 2

東谷暁氏の講演は続きます。

実は、当時流行ったグローバルスタンダードという言葉は、日本でしか通用しない和製の英語だったのです。フクシマさんが、某雑誌で「そんな言葉は米国内では使っていない」としゃべっています。しかし、そういう言葉を使うとかっこよいとなり、国際的という言葉に、日本人は弱くなって、構造改悪を支持する連中が流行らせた。数年後には、英米の経済誌にも載るようになったが、実は、日本人がつくった英語の逆輸出だった。何という屈辱でしょうか。また、90年代には、日銀を政府のコントロールから外そうとした日銀「改革」や、2000年の金融庁設置も米国化の一端だ。なぜこれらの改革を行うのか、金融庁をつくるのかという議論は取り上げられずに、これまでの制度が立て直されるのだという報道のみがまかり通りました。これは変だと思って、「金融庁が中小企業を潰す」と言う本を書きました」(草思社)が、1000ページある米国の金融マニュアルを移植して日本の金融機関を取り締まろうとするものだった。その外国のマニュアルの翻案をしたのが木村剛という人物で、このマニュアルのせいで日本の中小企業は全く実態にあわないものをごり押しされ、ばたばたとつぶれていきました。彼は、金融改革の英雄として一時祭り上げられましたが、(2010年)日本振興銀行の事件で逮捕されていますが、誤った思想で日本の企業を潰していったという問題を考えると、もっと以前に逮捕されるべき人物だったと思います。アメリカのマニュアルで、中小企業を潰し大銀行を取り締まった。

バブル崩壊後の21年間は、改革の名前の下に、日本の経済や経営で強い部分を廃棄処分にしていった。米国が要求した以上のことを大喜びで、経済学者やエコノミストという連中の日本側の(手先が)やってしまうことでした。まさに奴隷根性ですね。例えば、郵政民営化にしても米国が要求していたのは、簡保市場の開放でしたが、日本側は郵政公社自体をバラバラにしてしまった。民営化してしまった。それをエコノミストの連中が盛り上げた。

そんな改革で日本が強くなるわけがない。自らの強みをつぶして経済が停滞しても、未だに、日本はグローバル化していない等という者がいる。こんなことをして強くなる国があるわけがなく、奇跡でも起きない限りあり得ない。

グローバル経済は、米国の都合で行われた政策だったが、もうひとつの特徴は、金融が中心に有り、投資を日本でやりやすくするために、日本の金融制度を変更させた。投資の仕組みなどをどんどん変えてしまった。

金融が構造改革の対象となるのは当然であると考える方もいるかも知れないが、しかし、元々の経済学では、金融をグローバル化するというのは禁じ手である。やっちゃいけないことだった。経済学の父であるアダム・スミスは、日本の改革派?の日本の経済学者やエコノミストに信仰されていますが、意外なことに、経済を安易にグローバル化してはいけないと主張していた。アダムスミスは、自由貿易などを信じていなかった。18世紀の経済を考え詰めた結果、「貿易はろくなものじゃない」と言う結論に達して、自由貿易の危険性を説いたのが、アダムスミスの経済学である。

そもそも、アダムスミスの主著は、国富論であって、世界経済論ではない。正式の題は、「諸国民の富の性質と原因の研究」であるが、「ロンドンとエジンバラの間のものを流通させるのは良いことだが、英国がお金が欲しくてフランスと交易をするのはいいことではない。ましてや、オランダのように、お金がお金を生むような貿易は最低だ。決して国民のためにはならないだろう」と主張している。歴史的な背景を考えると、当時、世界の金融の中心地は、オランダのアムステルダムで、金融を仕切っていたユダヤ系の人達が大勢いた。アダムスミスは、それを見ぬいて貿易はろくなものじゃないと言ったのだが、案の定、オランダが没落すると、金融関係者はシティに逃げ込んでいった。繁栄しているところに、金融関係者が入り込むの今も同じである。現在米国は金融の中心になっているのは、米国人が金融に長けているわけではなく、反映している大国に金融関係者が集まるからだ。

お金がお金を生むようなことに、重きを置くような国民経済がうまくいくわけがないとアダムスミスは、18世紀の頃から気づいていた。これが経済学だ。自分の国の経済を考えてこそ、自分の国が豊になり強くなるーーこれが本当の経済学でしたが、彼の考え方は段々と失われ、これをもう一度復活させたのが、J・M・ケインズでした。

ケインズは、不況の時に、財政出動させて、景気を回復させる理論を経済学にもたらしたのですが、ケインズの歴史的、あるいは経済学史的な意義はもうひとつ別なところにある。ケインズは、1929年に始まった世界大恐慌を見て、この原因は何か、「グローバル化された金融」なんだと見ぬいている。1933年に論文を書いて、「金融によるグローバル化をやめるべきだ」と提唱している。 通貨を、国境をこえて流通させるのをやめ、流通するのはものだけにしよう。また不況時には、景気回復のためには海外投資を止め、国内への投資をまず重要視すべきだというのが、ケインズの主張だった。閉鎖けいざいにしないと景気はなかなか回復しない。36年に書いた有名な「雇用・利子・および貨幣の一般理論」でも閉鎖の大系で書いている。今の経済学者は、ケインズは洞察力がなかった、国際経済には無知だなとと、批判するものがあるが、ケインズは国際経済を理解していたからこそ「国際経済中心をやめよう」と提唱したのです。ケインズは、若い時から自分達の国英国の繁栄に視点を据えて議論をしていました。同性愛者だったという人もいる。20年代に、当時大蔵大臣だったチャーチルの金本位制に復帰せよとの議論に反対して、イギリスは没落してしまう恐れがある、チャーチル氏の経済的帰結という題のパンフレットをつくり配ったこともありました。私は、アダムスミスと、ケインズのふたりの視点は、今でも正しいと思っている。

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