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Freedom Betrayed--Hoover's Conversation

フーバー元大統領は、終戦直後に、来日して、マッカーサー将軍と会見している。その会話記録のなかで、「太平洋における第二次世界大戦は、狂った男の戦争に入りたいという欲望から生じた結果であると直裁に述べたと記録している。狂った男とは、フランクリン・ルーズベルト大統領のことである。会見記録は、①米国は1941年に日本との戦争を回避できたこと②米国は、原爆を投下しなくても1945年に日本に勝利できたことの、フーバー大統領が回想録に記録していることを裏付ける資料である。

第九文書と題する記録を仮に翻訳してみたい。

日本

 1946年五月、4,5,6日  東京

私は、ダグラスマッカーサー大将と、5月4日の夕方に三時間、5日の夕方に一時間、そして、6日の朝に一時間、ふたりサシで話した。

マッカーサーは、アジアの同盟国と南太平洋のの全ての運命が大切な時期に補給が飢餓状態になっているとして、ルーズベルト大統領を苦々しく考えていた。マッカーサーは、ひとりあたり3トン半の補給を受けているが、北アフリカがひとりあたり14トンの物資の補給があったのに比べると非常に少なかった。

マッカーサーは、ルーズベルトは、いろんなやり方で、ヴィンぢくてぃぶねすを示したと述べた。マッカーサーだけが、集団での意見交換に呼ばれていなかった。ホワイトハウスのコラムニスト連中は、マッカーサーを卑下することが多く、(その点、ルーズベルトが、マッカーサーのことをマクレラン(南北戦争の時にリンカーン大統領に反対した軍人)と呼び、問題児と呼んでいたことを確認できる)。ホノルルでの意見交換会議があったときに、マッカーサーは始めは、大統領との個別の会見は予定されていなかった。大統領の演説を起草を担当していたローズマンと海軍の連中が、海軍の指揮下で、北太平洋のルートで軍をすすめる計画を推した。そこで、マッカーサーは強硬に10分間、サシで大統領に会見をすることを要求している。マッカーサーは大統領とサシの会談で、もし、194年の選挙以前に進展があることを期待するのであれば、南ルートで、島伝いにフィリピンに侵攻することによってのみ、達成されると大統領に述べた上で、1944年の十一月にもフィリッピン上陸が可能であると進言している。マッカーサーは、ルーズベルトの関心を喚起して、聖人を取り付けた。この会談の一部始終を、ローズマンは壁耳をして、聞き耳を立てていた。ルーズベルトは、ニミッツ提督が激怒したとされるが、海軍の提案を受け付けなかった。マッカーサーは、ニミッツが、自分を許していないと述べた。マッカーサーに寄れば、ルーズベルトが感心を持ったのは、自分地震の政治的な可能性だけで、優れた戦略を論じる観点からは、効果のないはなしであった。

マッカーサーはフィリピンを取り返して以降はいつでも日本と和平ができたが、日本の軍事的なギャングどもは、自分たちを支えている足が切り落とされれば、敗北することを知っていたからである。マッカーサーは、しかし、ルーズベルト大統領は、日本に対して最後の詰めの講堂を自ら指揮することをしないと決め込んでいた。最後の式は、ニミッツ提督の行わせる手順であった。沖縄戦での被害が比較的に大きかったことが、そして、(1語単語が欠けている)トルーマン大統領に影響をあたえ、それに、世論が加わった。

私は、マッカーサーに対して、トルーマンにあてて1945年の五月半ばに、覚え書きを提出したことを紹介して、その内容は、日本と和平を達成することができれば、我々の主な目的は達成されるという内容であったことを伝えた。マッカーサーは、その通りが正しく、そうしていれば、すべての大損害、複数の原子爆弾、満州に対するロシアの侵入も避けることができたと述べた。

私は、日本の戦争の全体が、戦争に入りたいという狂人の欲望であったと述べたところ、マッカーサーも同意して、又、1941年七月の金融制裁は、挑発的であったばかりではなく、日本が、その制裁が除去され無ければ自殺行為になったとしても、戦争をせざるを得ない状態氏追い込んだ。制裁は、殺戮と破壊以外の全ての戦争行為を実行するもので、いかなる国と雖も、品格を重んじる国であれば、我慢できることではなかった。マッカーサーは言葉を続けて、ルーズベルトは、1941年の九月に近衛と和平を達成できた筈だと述べ、そうすれば、太平洋と、中国の自由、そしておそらく満州の自由を確保するという米国の目標を全て獲得していたに違いない。また、マッカーサーは、近衛は、天皇から、完全撤退に合意することの承認をもらっていたと述べた。

マッカーサーは、ポーリーとFEC それにvindictiveなリベラルの連中は日本を破壊しようとしていると述べた。マッカーサーは、そのリベラルの連中の報告や態度については、感情を高ぶらせた。その一例として、ポツダムでの合意挙げて、マッカーサーは、建設的な計画であると言う対局の精神から作られたとした。マッカーサーは、日本が平和時の経済を取り戻して、産業を再構築すれば戦後の賠償を払うことができるが、そうでなければできないと、述べた。(仮の訳は、つづく)

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