Of Human Bondage
大震災後に、絆という言葉が流行語のようになり、また大事にもされている。
ところが、中国では、理解されないだけではなく、中国語における絆の意味が全く異なると言う。中日大辞典(大修館)には、中国語の【绊】は、①足をすくう、罠などに引っかける、②じゃまになる、わつわりつく③きずな、拘束、④わなと言う意味で掲載されているが、確かに③に「きずな」とあるが、これも、日本語の場合の煩わしい「しがらみ」のような意味に近い。
日中間では文字が同じでも意味が異なる例が多い。検討というと、中国では自己批判という意味である。絆(きずな)というと、中国人には、罠にひっかけるという意味に取られる可能性がある。
以上、週刊ダイヤモンド5月19日号に掲載されていた、「金融市場」、東短リサーチ取締役加藤出氏の記事、を参考にしている。
http://en.wikipedia.org/wiki/Of_Human_Bondage
サマセット・モームの半自伝小説、Of Human Bondageは、人間の絆と邦訳されているが、中国はそうした絆などどうでもいい価値観が覆う世界となっているのだろうか。 "the simplest pattern, that in which a man was born, worked, married, had children, and died, was likewise the most perfect"等とモームが表現する人間の価値を共有できない、社会が分断されてアトム化した、拝金の独裁・統制国家と化しているのだろうか。
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