Coming Apart 3
昨年は、真珠湾攻撃七十周年の日であったが、1941年12月七日は、米国が超大国かを始めた日であるしている。そのように、1963年11月22日、つまりケネディ大統領が暗殺された日から、アメリカ社会の変化が始まったとして、色々な国勢調査などのデータを駆使して、アメリカが新たな階級社会が生まれたことを検証している。
1963年11月21日とはどんな日であったかを振り返っている。木曜日で、ニューヨークは雨模様であった。それほど冬の寒さではない。CBSのイブニングニュースのアンカーがウォルター・クロンカイトになっていたが、まだ、キャスターになって1年半が立っただけであった。その日のニュースは、サンフランシスコ湾のあるかトラス監獄から脱獄して有名だった、Robert Stroudという囚人がミズーリ州の刑務所で死亡したこと、有名な国際政治学者のポールニッツェが、海軍省の長官になったことなどであった。下院の野党の政治指導者は、ケネディ大統領の公民権法案は、クリスマスの休暇まで、議会に付託される可能性がないというニュースなどがあった。経済は上昇傾向であった。
当時は、情報の選択肢は限られており、テレビのチャン年ルは大都市で、四つ(CBS,ABC, NBCの三大ネットワークと、もうひとつの非営利の放送局)でしかなかった。今ではアメリカの豊かな都市の代表例となっているテキサス州のオースチンなどは、後のジョンソン大統領の夫人が経営するテレビ局が一つあっただけであった。
60年代アメリカのキーワードは、単純明快=シンプルである。
DVDはなかった。アマゾンはなかった。車は殆どアメリカ製で、ヨーロッパの車は高価格で殆どなかった。日本製の車はまだまだ安かろう悪かろうの代名詞であった。
都市には、レストランは殆どなく、アメリカナイズした中華料理があり、ピザやスパゲッティをイタリア料理と称する食堂のようなものがあっただけであった。タイ料理や寿司ましてや生の魚を食べることなど思いもよらなかった時代だ。アメリカで最初のタイ料理のレストランが開店したのは1970年代に入ってからである。(つづく)
« Coming Apart 2 | トップページ | The secret of Happiness »
この記事へのコメントは終了しました。
コメント