Flag at half-mast
同志から送られてきた情報であるが、8月9日、長崎に原爆が投下された日に、在京の米国大使館には半旗が掲げられていたとのことである。
関連する写真を掲載したブログのリンクについても送られてきたので、関心の向きのために、ご参考までにリンクを転載する。
http://nipponism.net/wordpress/?p=17335
当方ブログは、エリザベス女王が戦後来日されて、晩餐会の演説の中で、I do not pretend that there was no war. とご発言になり、pretendという言葉が話題になったことを思いだした。Pretendには、ままごとをすると言う意味があるから、意味深な演説であったことは言うまでもない。今回、女王陛下のそれこそ流麗なクゥイーンズイングリッシュを思い出しながら、半旗の写真を見ながらそのプリテンドの入った文句を、口に出してはいわないが頭の中で反芻したことである。
天網恢々疎にして漏らさずである。都合の悪いことを隠していても、フーバー大統領の回想録ではないが、隠されていた筐底から、半世紀後に日の目を浴びて歴史の事実が出て来たのだろうか。日本に対する原爆投下の決定過程は、国家の最高機密として今に至るまで厳重に秘匿されているのであろうが、半旗を掲げたことは、何か新しく当時の情報が公開されたものが加わったかしたのだろうか。なぜ、広島の当日には半旗を掲げていなかったのだろうか、等々の細目はこの際問わないが。
当方ブログは、駐日米国大使が、一昨年の広島の慰霊祭の式典に続いて、今年の長崎の式典にも参加されることを先週聞いて、日米関係にとっての死のトゲを一本抜くようなことで、公式参拝か非公式参拝かを問わず、いずれにしても、時代を画する大変な役目だとあらためて感じ入ったことであった。当方ブログは、米国大使の式典参加、半旗の掲揚のジェスチュアを、真摯に評価したい。
http://www.nagasaki-np.co.jp/kiji/20120810/02.shtml
先日、当方ブログは、日高義樹著「なぜアメリカは日本に二発の原爆をおとしたのか」という近刊の単行本を紹介して、「日本はいまや原点に立ち返り,国家と戦争、そして核について考えるべきときに来ている。日本が変わるには、考えたくないことでも考えなければならない」という前書きの部分を引用したが、米国も、考えたくないことを考えている証左である。米国は歴史の検証を今も営々と続けていることが、半旗の掲揚があったことを見ても理解できるが、日本側でも、そうした歴史の探索が行われて然るべきである。密約の原本すら見当たらない状況では、日本は明らかに占領政治の延長の中で、外交を初めとして三権の能力が劣化しているように見えるのは残念至極である。
Gar Alperovitzという著者が書いた本が1995年にアメリカで出版されて、その翻訳がほるぷ出版から上下二冊になって、同年八月に「原爆投下決断の内幕」との題で、出版されている。残念ながら、絶版になっており、古書で入手するしかないが、原爆投下の内幕についての優れた研究書であり、この際ご一読を勧めたい。事実を知ることは力であるばかりではなく、歴史が動き始めていることを実感する。日本は、大地震と外国製欠陥原発の暴走があって、自立・自尊のための分水嶺を,自力で越えることを決断したようだ。日本は国難に直面して、真実とはなにかを追い求めるべきであり、決して目をそむけてはならない。
追加になるが、草思社から、2005年に出版された鳥居民著「原爆を投下するまで日本を降伏させるな」も、有用な参考図書としておすすめしておきたい。
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