構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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Without Prejudice

畏友山崎行太郎氏が、新しく単行本を刊行した。政治批評である。「それでも私は小沢一郎を断固支持する」と題している。圧倒させる内容である。「小沢裁判とは何だったのか」という問いかけの序章があり、第一章で江藤淳が小沢一郎に何を見たかと謎解きをして、江藤淳が小沢潰しに利用され、岩手日報と産経新聞が、江藤の論文「小沢君、水沢へ帰りたまえ」を誤読改竄したとして、事件としている。第二章では小沢一郎の政治哲学をまとめ、第三章は、小沢一郎とアメリカと題して外国勢力の介入について解説している。第四章は、転向した保守評論家の悲哀について述べ、葉隠れをハイデガー哲学で読み解くとして、平和な時代の武士の様相について語っている。特別付録として、山崎氏と、平野貞夫氏と、佐藤優氏との対談が入っているが、圧巻である。それぞれ、小沢裁判は政治的謀略だ、国家の主人は誰だ、と題しているが,いずれも月刊日本で行われた誌上対談の再掲である。単なる政治家礼賛本ではない。これまで、戦後政治についてここまで、保守の立場から突き詰めた評論があっただろうか。外国勢力に籠絡され恫喝に屈した戦後政治の怠惰を糾弾する批評にみえる。

「私は、以前から保守思想家、あるいは保守政治家という種族は,現状維持的なしそうではなく、その内側に「革命的」とも言うべき暗い情熱を秘めているのではないかと,考えていた。小林秀雄にしろ,江藤淳にしろ、私の尊敬する保守思想家は,ことごとく過激な「革命的情熱」の所有者だった。私は小沢一郎にも,そういう「体制を変えて新しい日本を作りたい」と言う「革命的情熱」を感じるのである。」と表紙カバーの裏に抜粋している。

その新刊書について、当方ブログの友人が早速書評を書いて送ってきた。「山崎行太郎氏の新著、師匠の江藤淳を引き継いだ志の高い画期的な本だと思いました。○○××に載せるつもりで書評を書いたのですが、どうも載る機会はないだろうと判断しました。余り寝かせても腐ってしまうので、拙い内容ですがもし載せていただけるのあればよろしくお願い申し上げます。」と連絡してきた。当方ブログも、山崎氏の新著は,類書を見ない画期的なものであると考えていたので、寄稿を早速採用することにした。ペンネームを小沢二郎としているが、そこはお愛嬌としても、わざわざの寄稿に感謝申し上げる。

以下が、その書評である。

江藤淳を継承する“出色の小沢論”出現!!

政治批評はいかにあるべきか

 6月26日に文藝評論家・山崎行太郎の出色の小沢論「それでも私は小沢一郎を断固支持する」(総和社・定価1500円+税)が出版された。山崎氏は小林秀雄やベルグソン、ハイデガーなど哲学に憧憬が深く「小林秀雄とベルグソン」の著書もある。小泉郵政民営化には、一貫して反対の論陣を張ってきた。

 本書は、文藝批評を通した政治批評というパースペクティブで政治を語る。つまり、小沢を論じた「政治評論」ともなっているのだ。著者との対談で、慶應義塾の先輩で師匠でもあった江藤淳(文藝評論家)が語った「僕の政治評論は情報量ではない。情報など新聞記者の方が知っている。僕の政治評論の本質は小説を読むことで鍛えた『読む力』にある」という言葉が忘れられないという。

 テレビ・新聞の報道を見る限り、小沢一郎ほど悪い政治家はいないように思えるが、それはマスコミによる執拗な小沢バッシングや悪のイメージ操作が強く影響している。

だが著者は「政治や政治家を見る日本人の目が劣化しているからではないか。『物を考える力』の劣化、『物を見る力』の劣化は一般市民に限らない。新聞記者やジャーナリストからインテリや文化人、知識人にまで及んでいる。その思想的劣化には眼を覆いたくなるほどだ」と警鐘を鳴らす。

 「政治は道徳ではない」と断じる江藤は、政治を善か悪かの道徳レベルで語ろうとするマスコミや文化人の物の見方・考え方を批判する。江藤が政治家に求めるのは「政治力があるか、ないか」「政治的構想力があるか、ないか」「国民の生命・財産を守れるかどうか」で、政治力も政治的構想力もない軟弱な政治家こそ最も悪い政治家と言うべきだと著者は加える。

江藤は「小沢氏というのは不思議な政治家で、政策を実現することが第一、…そのためには自分がいつ総理になるかは二の次の課題、…政策の実現こそが緊急の課題だということをハッキリと打ち出している人間が出て来たということは戦後日本の政治史上まことに驚くべきことだ」(「それでも『小沢』に期待する」、「諸君」平成5年1月号)と書き小沢を擁護した。

 著者は「テレビや新聞などマスコミからの情報を1回、遮断し忘れろ。何も知らないような純粋無垢な状態で人や物を、もう一度直視してみよ」とも提言する。そういう視点から小沢一郎を通して政治を検証したのが本書だ。

 その上で「政治家たちの口から出任せに語られる政策論や立派な余所行きの政治哲学なるものを全く信用しない。信用するのは、それが現実のものになる場合のみ」と語る。そして「政治家の本質は実践・実行にある。実践・実行の政治家は、いつでも責任を取って『死ぬ』気構えができた『葉隠』武士のような存在、言い訳もせず黙って責任を取る存在」、そういう政治家を「実存的政治家」、そういう政治を「実存的決断の政治学」と呼んでいる。

小沢一郎へのこだわりも実践・実行の政治家だからと明快だ。本書には本物の政治批評を復権させ自立させるためのヒントが多く詰まっている。

 6月26日の衆院本会議で消費増税法案採決に青票を投じ、民主党を離党した小沢氏は、消費増税反対や脱原発などを掲げ7月12日に新党「国民の生活が第一」を結成し代表に就任。秋にも予想される衆院選を射程に入れた活動を開始している。政治家としての決意を示したのだ。

 かつて江藤淳は、橋本内閣の行政改革に触れ「激動の時代であればあるほど、何を守り、何を考えるかをはっきり見定めなければならない。郵政三事業の民営化などという愚挙を、この時期に決めてしまうようなことだけは心して避けなければならない。何故ならこれは、国家に対する国民の信認に関わる事柄だからである。悪くなっていないものを、どうして無理に変えなければならないのか。山間僻地の特定郵便局に行ってみるがよい。その業務から簡易保険業務を切り離すことが、どれほど地域の実情を無視した『改革!?』であることか。阪神大震災のとき、簡易保険だけは簡易な身元の確認だけで被災者に即刻支払われているのである。『改革』されるべきものは郵政三事業ではなく、それを原資とする大蔵省資金運用部の資金の運用のあり方である。『行革』は平時の機構いじり、景気対策こそ、この非常時に政府のなすべき仕事ではないか」(「激動の時代」産経新聞・平成9年11月3日号、同社刊「月に一度」に収録)と15年前に愚かな民営化論を戒めている。

 橋本行革で郵政事業庁は郵政公社になり、小泉首相は悪化してもいない郵政事業を“構造改革の本丸”と偽り、憲法違反とも言われる衆院解散・総選挙に打って出て強引に民営・分社化させた。結果、郵政事業はガタガタになってしまった。江藤の危惧したことが現実となったのだ。このことを再度、確認しておくことは無駄ではあるまい。道徳ぶった一見良さそうに見える見せかけの政治評論ではなく、政治を視る眼をしっかり鍛えるためにも。もう山崎氏の本を無視して小沢一郎も政治も語ることはできない。そういう高みを示している。心ある多くの人々に是非とも読んでもらいたい。(小沢二郎)

 

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