田中角栄著「日本列島改造論」の結びの言葉は次の通りである。格調の高い文章である。金権政治家とは、田中角栄を政界から追放するために、外国勢力が宣伝用語として作った可能性があることを考えさせられるような文章である。現在の日本は、外来の構造改革論でズタズタにされた。社稷をとり戻さなければならない。草莽崛起、圧力を何とかはねのけて志を高く維持したいものである。
明治、大正生まれの人びとには自分の郷里にたいする深い愛着と誇りがあった。故郷はたとえ貧しくとも、そこには、きびしい父とやさしい母がおり、幼な友達と山、川、海、緑の大地があった。志を立てて郷関をでた人びとは、離れた土地で学び、働き、家庭をもち、変転の人生を送ったであろう。室生犀星は「故郷は遠くに在りて思うもの」と歌った。成功した人も、失敗した人も、折にふれて思い出し、心の支えとしたのは、つねに変わらない郷土の人びとと、その風物であった。
明治百年の日本を築いた私たちのエネルギーは、地方に生まれ、都市に生まれた違いはあったにせよ、ともに愛すべき、誇るべき郷里のなかに不滅の源泉があったと思う。
私が日本列島改造に取組み、実現しようと願っているのは、失われ、破壊され、衰退しつつある日本人の”郷里”を全国的に再建し、私たちの社会に落着きとうるおいを取戻すためである。
人口と産業の大都市集中は、繁栄する今日の日本をつくりあげる原動力であった。しかし、この巨大な流れは、同時に、大都会の二間のアパートだけを郷里とする人びとを輩出させ、地方から若者の姿を消し、いなかに年寄りと重労働に苦しむ主婦を取り残す結果となった。このような社会から民族の百年を切りひらくエネルギーは生まれない。
かくて私は、工業再配置と交通・情報通信の全国的ネットワークの形成をテコにして、人とカネとものの流れを巨大都市から地方に逆流させる“地方分散”を推進することにした。
この「日本列島改造論」は、人口と産業の地方分散によって過密と過疎の同時解消をはかろうとするものであり、その処方箋を実行に移すための行動計画である。
私は衰退しつつある地方や農村に再生のためのダイナモをまわしたい。公害のない工場を大都市から地方に移し、地方都市を新しい発展の中核とし、高い所得の機会をつくる。教育、医療、文化、娯楽の施設をととのえ、豊かな生活環境を用意する。農業から離れる人びとは、地元で工場や商店に通い、自分でたべる米、野菜をつくり、余分の土地を賃耕にだし、出かせぎのない日々を送るだろう。
少数・精鋭の日本農業のにない手たちは、20ヘクタールから30ヘクタールの土地で大型機械を駆使し、牧草の緑で大規模な畜産経営を行い、くだものをつくり、米をつくるだろう。
大都市では、不必要な工場や大学を地方に移し、公害がなく、物価も安定して、住みよく、暮らしよい環境をつくりあげたい。人びとは週休二日制のもとで、生きがいのある仕事につくであろう。二十代、三十代の働きざかりは職住近接の高層アパートに、四十代近くになれば、田園に家を持ち、年老いた親を引き取り、週末には家族連れで近くの山、川、海にドライブを楽しみ、あるいは、日曜大工、日曜農業にいそしむであろう。
こうして、地方も大都市も、ともに人間らしい生活が送れる状態につくりかえられてこそ、人びとは自分の住む町や村に誇りをもち、連帯と協調の地域社会を実現できる。日本中どこに住んでいても、同じ便益と発展の可能性を見いだす限り、人びとの郷土愛は確乎たるものとして自らを支え、祖国日本への限りない結びつきが育っていくに違いない。
日本列島改造の仕事は、けわしく、困難である。しかし、私たちがこんごとも平和国家として生き抜き、日本経済のたくましい成長力を活用して、福祉と成長が両立する経済運営を行う限り、この世紀の大業に必要な資金と方策は必ずみつけだすことができる。
敗戦の焼け跡から今日の日本を建設してきたお互いの汗と力、智慧を技術を結集すれば、大都市や産業が主人公の社会ではなく、人間と太陽と緑が主人公となる”人間復権”の新しい時代を迎えることは決して不可能ではない。一億を越える有能で、明るく、勤勉な日本人が軍事大国の道をすすむことなく、先進国に共通するインフレーション、公害、都市の過密と農村の過疎、農業のゆきづまり、世代間の断絶をなくすために、総力をあげて国内の改革にすすむとき、世界の人びとは文明の尖端をすすむ日本をそのなかに見出すであろう。そして、自由で、社会的な偏見がなく、創意と努力さえあれば、だれでもがひとかどの人物になれる日本は、国際社会でも誠実で、尊敬できる友人として、どこの国ともイデオロギーの違いを乗り越え、兄弟づきあいが末長くできるであろう。
私は政治家として25年、均衡がとれた住みよい日本の実現をめざして微力をつくしてきた。私は残る自分の人生を、この仕事の総仕上げに捧げたい。そして、日本じゅうの家庭に団らんの笑い声があふれ、年寄りがやすらぎの余生を送り、青年の目に希望の光が輝く社会をつくりあげたいと思う。
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